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それにしても、いい笑顔だなあ。
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昨日の夕方だったか、フェイスブックにこの写真 ↑ が届き、拝見するなりの第一印象が「いい笑顔だなあ」でありました。この写真は昨日、ポーランドはクラコフで開催されているワールドユースデイ(World Youth Day)で、毎度恒例の大会のクライマックスでもある「ゆるしの秘跡」での教皇さまです。いくつか前のココのエントリーにも書きなぐりましたけれど、ワーロドユースデイそのものがカトリック生活でもあるので、参加した聖俗信者はカトリックの聖務日課や信心行を基本に大会期間中を過ごすことになります。だから、「ゆるしの秘跡(以前は告解という名称で知られていました。懺悔ぢゃありませんからねw)」を主日を迎えるまでに終えなければなりません。←ウソのような本当の話。フランスぢゃ、すでに形骸化している習慣で、守っているひとはマイノリティレベル(失笑) 兎に角、カトリックの伝統に則れば、主日ミサにあずかる前に必ず告解し、聖俗誰もが霊魂真っ白にし、こころを合わせてミサをささげていたのでした。



ま、フランスのカトリックなんか横に置いて、昨日のクラコフでの教皇様が聴罪司祭となっての告解。
今朝になって、フェイスブック版のバチカン放送英語版から新たに写真が届いていました。
https://www.facebook.com/VaticanRadioEnglish/posts/1259890850689183
なんだか、いずれの写真も「いい写真だなあ」です。

フランシスコ教皇様のこのような笑顔、貴重ですわよね。
ヴァチカン市国の国家元首としてのおつとめの最中にはまずこれに匹敵するほどの笑顔を見せることがフランシスコ教皇様にはありませんから。お心に素直なのでしょうかねぇ。知る由は私にまったくなし。


そして、信じようが信じまいがヒトの勝手ですが、教皇様の写真を凝視すると、お首周りに紫色の厚い布の帯が見えます。これ、ストラと呼ぶそうですが、教皇様に限らず聖職者がこのストラを首にかけている時はヒトのようでヒトでない、そんぢゃ、何かと申しますと「ネ申」なんざんす。そこまで知って臍曲がりの私のような者になると、「へぇえええ、罪を聴く神様は笑顔になるンですか。」と突っかかりますが、神様は向き合うヒト(=霊魂)から罪を聴き、その罪を赦し、告白したヒトを日常に送り出すので、こういう最上の笑顔になるンですわ。この時点で自分の目の前の神様がまだ自分が告白した罪や怠惰についてムっとした顔をなさったままだったら、自分、どういう気持で日常に戻りますかね?「ああ、神様はまだ私の罪を心底ゆるしていないし、根に持ってらっしゃる」なーんて想像しちゃいませんかね。

もう10年くらい前になりますが、私が或る神父様に告解の役目について質問したら、神父様としては「聴いたことをすぐ忘れることが大切なのです」と返事をいただいたことがあり、これについてはそれ以降、常に私は気にかけるようにしています。そうかといって自分は神父様でも立派な信者でもないからあれこれ善くないことを引き摺りがちですが、できるだけ7日未満で忘れるよう務めているつもりです(できてないけどさ)。

この「ゆるしの秘跡」は秘跡なのでカトリック信者の特権となり、信者でないひとはあずかれませんけれど、信者でなくても、神父様が首にストラを引っ掛けなくても、日常の喜怒哀楽などを話すチャンスはあるので、おかしくなるくらい思いつめる前に神父様に会うことも善いことだと思います。もちろんひとそれぞれだから、仏教など他の宗教者に相談するのもよろしいでありませう。

ま、兎に角、きょうは主日だ。新教だと聖日と呼ぶのでしたっけ。世間では日曜日だ。
よい一日にしましょう。

クラコフのワールドユースデイは今日が最終日で主日ミサをもって閉幕。
確か次回の開催地が発表になるのも最終日だったと思います。どこだろうねぇ。


le 31 juillet 2016, Ignace



あ、きょうは偶然にも7月31日なのでイエズス会創立者であるイグナチオ・デ・ロヨラのお祝い日だ。
イエズス会はフランシスコ教皇様が会員でもあるし、もしかして次回はイグナチオにゆかりある土地かしらね?
妄想は止めよう、自分。
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by ma_cocotte | 2016-07-31 15:09 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
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