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モグラの勝利
昨日、2016年11月27日は中道右派による次期大統領筆頭候補選出のための最終予備選(第一回選挙での上位二名による決勝)の日でした。ココんちあたりは朝からずっと好天でしたので、投票場もひとが集まっていると思いきや、第一回投票に比べると閑散としていたらしいです。もともとフランス社会党の党員ばかり住む町なので、第二回投票となりフィヨンvsヂュペと決まったところで、どちらが選ばれても所詮同じ、どちらか勝った方に負けた方が従うのだからさ、という見切りがあったのでしょうね。私も木曜日を境にこの件についてのヒートダウンが甚だしく、正直、ヂュペの逆転勝利もあり得るンではないかい?と内心思っていましたが、私がどう思おうと私はこの仏蘭西共和国では投票権を持たないガイジン。近未来の大統領に「ガイジンは共和国から出て行け」と命じられたら出る立場です。ココんちの仏人♂は午前10時になる前、2ユーロを手に投票場である近所の小学校に行き、フィヨンに投票したそうです。たかが一票、されど一票w

兎にも角にも、昨日は投票締切の午後7時から一時間半後の午後8時半頃にはフィヨン圧勝の報が飛び交いました。地図を添えての対戦結果は以下のとおり。

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藤色がフランソワ・フィヨンで、66.5%
きれいな水色がアラン・ヂュペ、33.5%

と、ヂュペさんが勝利した県は共和国内本土では一週間前の第一回戦より減ったものの、地図の右下に一覧として掲載されている海外領土・海外県では善戦だったように思います。数字から見ても、初選で敗退したサルコぢ、ルメェル、ポワソンがフィヨン支持、ナタリ姫とコッペ(パン)がヂュペ支持を表明していましたから、おそらくサルコぢの支持者の相当数がヂュペに投票してこの数字になったのではないかと思います。そりゃ、自然の成り行きですわな。この数値でまぢ、他人事ながら安心しました。

で、ヂュペの敗因ですが、第一回投票日の翌日月曜から水曜までフィヨンの悪口、うわさ、デマの発信が過剰だったので、木曜夜のデバからいきなり「知性のヂュペ、都会的なヂュペ」をアピールしたところで時間が足りなかったように思います。それと、ヂュペは共和国の未来について「現状維持」の姿勢が強く、それって現政権、仏社会党の方針が現状そのものですから、ヂュペは社会党員ではなく仏共和党員なのに「話がおかしくないか?」となります。初戦第二位で決勝進出を決めた直後にヂュペは「攻める」と宣言したのに、未来については守りに徹していたようです。そう思えたのも、一方のフランソワ・フィヨンは「それって非現実的ではありませんか?」と思えるほど、もし自分が大統領になったらば、ああする、こうする、といろいろな改革案をずぅっと繰り返していたのです。それは予備選始まってすぐ、フィヨンが人気第四位前後をうろうろしていた時からです。昨日までの最後の一週間も、ヂュペ陣営からフィヨンの私生活についてのデマが次々出ても、そんなのは薄笑いの表情のみで開き直りと相手にしない姿勢を貫き、ひたすら「もし自分が大統領になったらば」の改革案を連日、繰り返していました。だから、昨日の、フィヨンの勝利宣言では自分の提案を多くのひとが知ってくれた結果だと。なるほどねぇ。それにしても、フィヨンさんはヂュペさんとそのブレインズに上から叩かれ、横殴りされても、よく耐えましたよね。あれでヂュペ陣営からの攻撃に応戦していたら、昨日の圧勝と認められる数値には至らなかったことでせう。

傍観している私個人の偏見に過ぎませんが、この頃の共和国民は政治においては大きな改革を提案し、私生活においては一昔古い時代のスタイルで生きている人物を大統領に、国父さんにしたいのかもしれない、と思いました。神聖賢愚帝サルコぢ以降、フランソワ・オランド王にしろ、今回の中道右派予備選にしろ、私生活でスキャンダルを流されている政治家の方がマヂョリティです。

さてさて、フランソワ・フィヨンさん。来年の初夏にはエリゼ宮の長上となるでしょうか。

中道右派がフィヨンさんに決まって、次は中道よりヒダリの次期大統領候補が次々と登場します。既に立候補宣言している方々含めて、もちろんオランド王と等しく、私生活スキャンダルの宝庫です。



le 28 novembre 2016, Catherine Labouré

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by ma_cocotte | 2016-11-28 15:38 | よっ、大統領!2017 | Comments(0)
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