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もうひとつの、ナザレ
きょうの朝も夜明け前にぼんやりとこんにちの聖書朗読箇所に目を落としましたら、第三番目の朗読、福音朗読が以下のとおりでした。


福音朗読 マタイ2・13-15、19-23 子供とその母親を連れて、エジプトに逃げなさい。

2・13占星術の学者たちが帰って行くと、主の天使が夢でヨセフに現れて言った。「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」14ヨセフは起きて、夜のうちに幼子とその母を連れてエジプトへ去り、15ヘロデが死ぬまでそこにいた。それは、「わたしは、エジプトからわたしの子を呼び出した」と、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった。

19ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、20言った。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった。」21そこで、ヨセフは起きて、幼子とその母を連れて、イスラエルの地へ帰って来た。22しかし、アルケラオが父ヘロデの跡を継いでユダヤを支配していると聞き、そこに行くことを恐れた。ところが、夢でお告げがあったので、ガリラヤ地方に引きこもり、23ナザレという町に行って住んだ。「彼はナザレの人と呼ばれる」と、預言者たちを通して言われていたことが実現するためであった。




あれあれあれ、昨日、ココにエントリーした聖母像は「ナザレ」の教会にあるものです。けれども、新約聖書のナザレは地中海東岸はパレスチナにあるナザレであり、私が昨日お話ししたナザレは欧州はポルトガル、大西洋岸に面した小さな漁師町のナザレ Nazaré です。この漁師町のナザレは海岸に面したカルティエと、その傍の断崖絶壁の上のカルティエから成っています。
断崖絶壁から下方の海岸沿いのナザレを眺めた写真。2011年10月、私がファティマからサンチアゴ・デ・コンポステッラに行く途中、ナザレに寄り、シャッターを切りました。
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実はポルトガルのナザレの名称はアラビア語のナザレのままですから、地中海東岸はパレスティナのナザレと同じ意味になります。ポルトガル語の中には現在もかなり多くのアラビア語が含まれ同化していることが理由らしいです。余談、ポルトガルのファティマもアラビア語そのもののままです。

上の福音箇所に聖家族(=父ヨゼフ、母マリア、子イエス)がエジプト亡命後、ガリラヤ地方のナザレで暮らし始めたとあります。私の記憶が確かならばヨゼフさまは大工を生業にし、生計を立てていました。地図でイスラエルのナザレを見ると、地中海とティベリア湖の丁度真ん中あたりで、当時の聖家族は「静かな田舎暮らし」をされていたのではないかと想像します。

で、ポルトガルのナザレ。イスラエルのナザレとは異なり、大西洋に面していますが、ココに暮らす民の成人男性のほとんどが漁師であり、彼らの妻は周辺で採れた果物を干したり、家の中で手工芸を行い、それらをナザレに来る巡礼客をターゲットに露店で売り、家計を助けています。ポルトガルの国全体が他の欧州国に比べ貧しいですが、そのポルトガルの中でもナザレは特に貧しい集落なのだそうです。「貧しい小さな町」というあたり、どこかジーザっさんが育ったナザレと似ているかもしれません。
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この写真 ↑ は断崖絶壁の上にある広場の露店です。干し果物屋さんで、左の女性が「ナザレのおんな」。
「ナザレのおんな」には21世紀から15年を過ぎた今でも継続している伝統があります。それは、夫が亡くなった後、ナザレのおんなは一生涯、頭の先から足のつま先まで黒装束で固めるという習慣です。一目でわかる「未亡人」。ですから、ナザレの町を歩いていると海岸沿いでも、断崖絶壁の上の集落でも黒装束の女性に割と出会います。
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↑ 土産物屋の店番をしているこの方もそう。
しちりんでイワシを焼いているこの方もそう ↓
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一見穏やかなナザレの海ですが、時折、突然の高波が襲い、漁師さんが生命を落とされることがかなりの率であるのだそうです。そういう生活文化史の中で未亡人の黒装束の習慣が生まれたのだとか。

さて、妻たちの露店の話でナザレには観光客ではなく巡礼客が押し寄せることを書きましたが、なぜ巡礼客なのかと申しますと、このナザレにはあのファティマよりかなり前に聖母が出現されたのですね。断崖絶壁の上にそれは立派な教会聖堂があり、その中に聖母出現を表す絵画が掲げられています。
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コレ ↑ がそう。ナザレの断崖絶壁と海が描かれていますね。右の白馬が立つあたりにはおんぼろの祠が今も残っています。中に祭壇があり、地下に聖母子像が安置されています。
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ナザレは日本語の「ひなびた」という言葉が妙にしっくりくるように思えました。
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いつかまたできれば訪問したいです。


le 30 décembre 2016, Sainte Famille

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by ma_cocotte | 2016-12-30 16:04 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(0)
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