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霊的読書(れいてきどくしょ)
霊的読書を(好んで)続けているひとと、知識と教養で極めるひとが発する文章または言の葉。
読んだ後に脳と心に生まれる感想が大きく違うことにようやく気付き始めた私です。
そりゃ、もちろん、読む側が既に霊的読書を経験しているかどうかにもよるのでしょうけれど。

巧く表現できませんが、「霊と肉」の違いかもしれないな、と、まず。
霊はアノ世の域で、霊魂そのものの善次第だから、性別も成育、学、職などのこの世の歴も、身体の個性も関係ない。
ですが、肉はコノ世なので、性別も年齢も、成育歴、学歴、職歴も絡む。

何かひとつのお題でも、霊の域まで高められると解き放たれるけれど、肉に拘るならば読んだところで、聴いたところでこの世のしがらみの中にある、いる。

最初は肉に絡みながら読み手のハツを掴み、読んでいるうちに霊の域にいざなうような進め方をできるひとはたいしたもんだと思います。

肉の域にとどまるひとが描く世界を好むひとは、上に書いたような霊の域について「うへぇ、気持ち悪い。やめてよ」とシャットアウトに務めるひとですね。結局、肉の世界、性別、年齢、成育歴、学歴、職歴に拘っていることになります。

読後感想を分かち合うのは難しい。
この世で傍観するならば、たいてい肉の世界のひとが霊的読書を積んだひとびとを教養で押さえつけて「おしまい」。
でも、例えばカトリックにおける勝利はこの世においては「目に見える敗北」ですからね。

わかるひとにしかわからないつぶやきでした、まる


le 29 mai 2017, Ursule

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by ma_cocotte | 2017-05-29 18:15 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
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