<< なぜノートルダム「寺院」なのだろう? 霊的読書(れいてきどくしょ) >>
無理なこぢつけ
こんなことだから電脳内の日本語世界で「これだからおフランスのカトリックって・・・」と批判されたり、バカにされても仕方ないと思いました。
何が?って、ヴァティカンにおわしますフランチエスコ教皇さまとフランスは花の都パリのエリゼ宮殿にお住まい始めた小童!エマニュエル・マクロン大統領の(5つの)共通点です。第一の鍵事項は「イエズス会」だそう。以下の添付記事が原文ですわ。



なぜ2者の第一の共通点が「イエズス会」なのか。
それは教皇様が着座までイエズス会に奉献した修道司祭であり、小童マクロンが故郷アミアンのイエズス会運営中学・高校に在籍していたからだそう。これ、カトリックについてよく知らないと納得しちゃうのかもしれませんが、ちょいっとしたカトリック通だとこのリンクは「無理なこぢつけ」だったりします。なぜなら、召命あってイエズス会に入会するのと、親やら本人の希望でイエズス会の学校を選ぶのでは次元が違うから。はっきり言って、小童マクロンを中心にしてこの話題にするならば、フランチエスコ教皇さまの中学・高校はアルゼンチンのサレジオ会運営の男子校であって、教皇さまが中高時代に関わった司祭方の多くはサレジオ会員だったのです。イエズス会の司祭が青少年時代の教皇様を導いたのではありません。イエズス会とサレジオ会って今でこそ、ちょびっとは協働していたりもしますが、前世紀終わり、いや、今世紀に入っても「イエズス会はヒダリなら、サレジオ会はミギ」と聖俗信者の笑い話にもなっていました。実際、JR四ツ谷駅の線路上にかかる四谷見附橋から赤坂離宮を眺めつつ、この与太台詞をつぶやくとまさにその通りで、橋のヒダリにイエズス会の管区長館、橋のミギの学習院初等科の裏にサレジオ会の管区長館がござる(ついでに、橋のミギにはパウロ会の管区長館もある)。1980年代初めまでさかのぼってしまうと、この配置に加え、赤坂離宮を眺める我々のヒダリ背後にヴァティカン大使館と(今は潮見に引っ越してしまった)日本司教団のビルヂングがありました。今の雙葉幼稚園の建物のすぐそばね。偶然にしろ、当時のJR四ツ谷駅周辺のカトリック関連施設の配置図はなかなかのムフフな面白さがありました。イエズス会管区長館から上智大学を通り過ぎ、ホテルニューオータニの左手前にはメリノール会の日本管区がありましたっけねぇ。つまり、赤坂離宮のちょいっとヒダリに位置するけれど、イエズス会よりはちょいっとミギ位置ですかね。

まあ、そんな日本国の、それも東京での与太話はほっぽらかしても、元はカトリック国教国だった仏蘭西という国の中で、カトリック系の雑誌が掲げたこの記事の、この無理なこじつけには花の都のどっぷりカトちゃんだけでなく、地方にちらばるカトリックゾンビだって失笑ですわな。この雑誌、どういう編集長と編集スタッフが集ってンだろう。イエズス会運営校の過去にすがっている連中かなあ? 共和国内のイエズス会運営校の現実に目をそむけるな、ですよ。ほとんどつぶれて無くなってますがな(お仏蘭西の場合、大都市圏に数校残っているだけ)。

フランチエスコ教皇様が外遊の前後に必ず、御膝元ロオマのサンタマリアマッヂョーレ教会を訪問し、祈りと沈黙の時間を持つなんて行い(信心業、信心行と言っていいかもしれませんが)はイエズス会というよりサレジオ会が児童、生徒に教え込む習慣とリンクするのも普通のカトちゃんならば簡単に見抜けたりします。イエズス会のガッコ、それもフランスの、マクロンが通った時代のような共学化されて、半私立となったカトリック校では聖像やら聖堂で祈るなんて習慣教えないってヴぁ。そもそも校内に十字架も聖像も置いてあるのかさえ、疑問。それを言っちゃ、フランチエスコ教皇様の青少年時代と年代の差があること、教皇様の初等、中等教育は南米であって、小童マクロンのそれは1968学生革命以降のフランス共和国内だから、フランスのカトリック教育界としては「イタい、イタすぎる」ところを突っついて、比較できないから、こんな無理なこじつけを第一共通項としての記事になるのよね。

こんな記事を読んで納得するひとが増えるからさ、司祭の召命の神秘が色褪せて、果ては司祭も職種のひとつで自分が選ぶもの、自分の理想と違えば還俗してウン十倍の給与を得られる職に就けばいいとかワケわからん潮流がどんどん大河に化けて行ってしまうわけ。これからも還俗する司祭やら、陰でコソコソ悪いことする肩書きカトリック司祭が増殖するンぢゃないかなあ。

まあ、そういう秘跡についての何やら薄っぺらたさに危機を感じ取ってらっさるのが歴代の教皇様ですし、先のベネディクト16世教皇様がカトリックのヒエラルキィの上層に向けてかなりの改善を求められた後、現在のフランチエスコ教皇様がヒエラルキィの底辺にうごめく無数の凡信者にもできる「言動の提案」を毎週、一般謁見やら日曜正午のアンヂェラスで続けられているというのも明らかですね。

あくまでも私見ですが、私はフランチエスコ教皇様が家庭とサレジオ会で信仰生活の基礎を徹底的に教えられ、成人後に心身もってイエズス会で奉献生活することに導かれての今があるってぇのは羊飼いの中のリーダーとして「最善のバランス」だったと思います。まあ、枢機卿会もその成育歴含めてホルヘ・マリオ・ベルゴリオに清き一票を投じたのでせう。ベネディクト16世が選出の時、決選投票で負けたのがベルゴリオでしたからにぃ。でも、先にラッツィンガア、続いてベルゴリオという流れはドンピシャで、これがもし逆だったらと思うと意味もなくゾっとしたりもする。カト的な表現を借りるならば「良心の黄信号」ってやつですか? やっぱ、教会人事にも聖霊がしっかり働いているンだねぇ(今月6月はカトリック教゛会では「聖心月」であり、昨日は移動祝祭日なれど聖霊降臨の主日であり、こんにちのおフランスはその翌日ゆえ国定休日でやんす。)

で、も。
少し遠くからフランチエスコ教皇様を眺める、と。
2013年3月13日に教皇座に着座したのですから、既に4年。
未だルルド巡礼を実行なさらないあたりは、彼って、とても、ヴぇりぃ、イエズス会だわよね。← これってミソであり、鍵w

御後よろしいようで。ちゃらら~ん。


le 5 juin 2017, Boniface



【与太つぶやき】

もし、次期教皇が中米生まれのサレジオ会司祭になったら(わかるひとには具体的に思い浮かべられるそのお顔w)、世間の新聞雑誌はいとも簡単にフランチエスコ教皇もサレジオ会出身だったんだぜ、と記事にするのかしらねぇ? なんかイエズス会については良くも悪くも特別な持ち上げやら偏見が世知辛い世の中にはびこっているように思えてならないのですが・・・と気づけたのも、こんな記事の無理なこぢつけ。
ちなみに、イエズス会に入会すると、フランチエスコ教皇様の世代だと叙階(=司祭になる前)の修練期にイエズス会運営の学校に派遣され、教職や寮の舎監として数年過ごす務めが発生していますよね。だ、か、ら、もし小童マクロンがイエズス会の学校の教員だったら、フランチエスコ教皇様と共通項になるけれどさ、どっちかって言うと小童マクロンよりブリジット夫人の方がそのイエズス会のガッコの教員だったんだから、「教え子に苦労しました」なーんて共通項が教皇様との間にあるのではないかしらね。(ウヰキなので信憑性に欠けますが、ブリジット夫人は少なくともイエズス会運営の学校2校で教職を務めておりました)




[PR]
by ma_cocotte | 2017-06-05 15:44 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< なぜノートルダム「寺院」なのだろう? 霊的読書(れいてきどくしょ) >>