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祈りに祈って、天に聞き届けられて
おとといの結婚式。

新郎の親族は誰一人参列しませんでした。母上は隣町にお住まいなのにまったく現れず。
新婦の親族は2歳半になるお二人の息子のベビーシッターも兼ねてパリ近郊在住の実の妹さんがひとり。グアドループに住む母上は欠席でした。
だから、聖堂には主に新婦が地元のカトリック共同体で関わるひとびとが集まっていました。地には善意のひとに平和あれ、ですな。
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↑婚姻式が終わった直後、縄紐を引っ張り手動の鐘を鳴らす司式司祭↑

そもそもなぜ私がこの結婚式に関わったのかと言うと、一か月ちょい前にたまたま「久しぶりにココんち近所の教会のミサに行ってみようか」という気持になり、久しぶりの近所のミサで新婦に会ったのです。彼女とはしばらく前から挨拶を交わす程度の間柄でしたが、その彼女が近寄ってきて近々、教会で結婚することになったので婚姻ミサに参加してくれるよう私ども夫婦に話してきたのでした。その時の雑談で、彼女がひとりで結婚準備をしていること、彼女は地元出身ではないのでお店を見つけるだけでも大変でインターネットを頼りにしていることがわかりました。そこで「私にできることは何かないかな?」と思い巡らして、私から聖堂内装飾やブケーなどお花について手伝えるかもしれない、と話し、その場で私の連絡先を渡してその日は別れました。

ココんちから最も近い教会は毎月第一、第三日曜しかミサをささげていないし、6月の第三日曜を最後に9月まで閉鎖とのこと。私はこの一年、土曜の夕ミサにあずかることを好んでいるので滅多にココのミサにあずかっていないし、彼女はココで必ず見る顔ではありません。だから、たまたま久しぶりに会ったところで近未来の教会での結婚の話もどこまで本当かどうかもわからず、こちらは連絡先を渡したのだから、あとはなるようになれの気持でした。

それからしばらくして、6月の半ば手前にココんちのポストに結婚式の招待状が入っていたので、それをきっかけに連絡を取ると、新婦からあらためて結婚式のお花についてのお願いがありました。最初の打ち合わせは6月19日の午後4時、彼女の家で。この日の午後、温度計は42度を指していました。だから、この暑さがいつまで続くのか、もし挙式日の7月1日までこの酷暑が続いたらどうしましょう!と先ず悩みました。しかも、昔の聖堂ならば石造りなので外気温より10度近く低く、ひんやりと花を守ってくれますが、結婚式を挙げる教会は最近の建造物だから室内の温度も湿度も外気の影響を強く受けます。これらについては結婚式が午前中ではなく午後の、それも午後遅く16時に行われることになっていたので、前日までに揃えた花はガレージに保存し、もし当日、しおれていたら臨機応変に私が近所の花屋さんを巡って補うことにしました。
そして、ブケーについては花嫁さんの希望や夢はあれど、いちおうこちらからドレスの裾の長さや膨らみ具合を質問しました。

その時に新婦から、ご自分はとうとう教会での結婚が実現することになったのに、何もかもうまく運ばず、そのことを祈りのうちに神さまやマリアさまに相談していたら、突然、あなた(=まここっつぁん)からお花のお手伝いの提案があり驚いた、と。そして、ドレスについては3回ほどあった結婚準備講座に参加し、そこには複数のカップルがいたけれど、講義後の食事会での雑談で他の女性たちからドレスはどこで買うのか?あーだ、こーだと金額が絡む話題ばかりで疲弊してしまい、神父様には講座には参加しても講義後の食事会は欠席することを伝え、そういう気持についても神様やらマリアさまに祈り伝えたそう。すると、突然、彼女の知人からサント Saintes (ユネスコ遺産で有名な大聖堂がある町)に良い花嫁衣裳屋さんがあると情報が届いたのだそう。

そして、お花の話題に戻れば、結婚式の直前になり、いつもお世話になっている修道女から修院の庭に咲くマーガレットの花を根元からごっそり切ってくださった・・・のも祈りのおかげ~だそう。

いや~、お祈りってすごいですね。

それだけで驚いちゃいけない。
私に届いた招待状には結婚式後の披露宴先に国鉄駅そばのレストランの名前がありました。ココはなかなか評判の良いお店で、ココんちでも誕生日や結婚記念日に何度か選んだお店です。けれども、このお店、確か土曜日は完全休業ではありませんでしたっけ?・・・と、そのことも私が彼女に話したら、それもお祈りが通じて実現したのだそう。なんでも新郎新婦お二人でこのお店でお食事をしたらあまりのおいしさに感動し、その場でお店に7月1日土曜の夜のパーティーをお願いしたけれど、その時は「その日は休業日だし、調理人がヴァカンスに入るので」とやんわり断られた。ところが、数日後にお店から電話があり、調理人さんのヴァカンスを一日繰り延べしたので土曜の夜、特別に開けましょう、と話があったのだそうです。

これには私もヴぃっくりざます。彼女曰く、これもお祈りのおかげ。
こういうことってあるンですね。
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↑お店の立て看板に Soirée Privée の文字↑

もし私だったらこういうことがあっても「らっきぃ」としか思わないけれど、何事にも祈りが聞き届けられた、と思えるのは凄いことだと思います。
そんな新婦が結婚式の準備で子供のように駄々をこねたことがひとつ。
それは聖堂内の聖母像に飾る花を祭壇下の花より豪華にしたいということ。

これはダメ、ダメ、ダーメでしょう。
私が断ったら、彼女は「だって私は神様より聖母に向けていつも祈っているから」と。私は彼女に「でも、あたし、聖母教ぢゃない」
聖母は我々の祈りを神さまに取り次ぐのであって、実現を決めるのは神さま唯おひとりってことを忘れちゃいけねーよ。そもそも結婚式だって聖母像の前でなく、祭壇の前で行われるのにさ。ぶつぶつぶつ。

それでも、新婦は頑なに譲らず、百合の花は聖母だけに飾ることになりました・・・・
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私が最初、聖母像の花を最も華やかにすることに意見したことで、装飾の準備に取り掛かった金曜午後の初っ端に彼女から聖母像の花はご自分で造ると強い申し出があったので「どうぞ、お好きなように」と返事し、私は自分の仕事に取り掛かっていたのですが、ほどなく彼女からギブアップの声があり、イチから私が生け直したのでした・・・。これは祈りのおかげなのかなあ・・・違う気がするけど。

いずれにせよ、結婚式も披露パーリーも無事に終わり、このヴァカンスの間に新婚旅行を兼ねてルルドに旅をする。もちろんそれは聖母へのお礼参りというのは彼女の中でロジックだろうし、彼女のすべての望みと願いを拒まずに助けたご夫君はたいしたもんだと思います。残るは彼の洗礼のみとなりましたぜ。祈りはいつ届き、取り次がれ、聞き入れられ、実現するのだろう。楽しみ、楽しみ。


le 3 juillet 2017, Thomas


余談、
偶然ですが、こんにち7月3日は聖トマの記念日。このトマはじーざっさんの弟子のひとりの疑り深いトマです。だから、今日の典礼の福音朗読はヨハネ26章の24から29節なンですね。なーんだか、本文のなんちゃらに通じる気がしてならない。私はほんと、見ないと信じないひとだなあ。
ヨハネによる福音
20・24十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。25そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」26さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。27それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」28トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。29イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」




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by ma_cocotte | 2017-07-03 20:31 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
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