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地震のあとで。-それぞれの最良の住処-
23日土曜日昼過ぎの全国ニュース(France 3)で東京での震度5の地震について知りました。フランスは日本で大きな地震があるといつも丁寧に報道を流しますが今回も映像付きで放映され,深夜のニュースまで繰り返し報告されました。

ニュースを聞いて花のお江戸は八百八町(はっぴゃくやちょう)に住む友人,知人,思い出の場所が次々と脳裏を駆け巡り,実家の両親のことも心配になりました。

一夜明けて日曜日,午前10時前後に恒例の実家からの電話がかかってきました。もちろん最初の話題は前日の地震のことでした。両親は茶の間におり事無きを得ましたが,私の部屋のK7(カセット)棚が見事にうつ伏せるように倒れたそうです。そういえば毎回帰国のたびに自室のどこからか地震によって棚から落ちて欠けた物が出てくるのも恒例です。父は私に「大きい地震だったなあ。でも新潟の地震に比べればなんてことはない。とにかくパパもママも無事だ」と言いました。私の父は新潟育ち,昨年の新潟地震の際は親戚や友人の安否さえなかなか知ることができず,連絡が取れた途端,父の育った土地が地滑りと山崩れということを知りました。その時も「どうしようと思っても地滑りも山崩れも人間が止められないもんなあ」と言う虚しい父の声が受話器から聞こえてきたことは忘れられません。
とにかく24日朝,両親の無事がわかりほっとしました。父には「地震は天災なのでいつ来るかわからない,万が一のため棚の上に置いたものは下ろした方が良い,打ち所が悪かったら大事になる」と言いましたが,父からは危機感のない返事が戻ってきました。
私の実家は約20年前に建てられたもので,両親が50代に入る手前,健康を過信した2人が段差を好んで取り入れて造った「とんでもない家屋」です。10年ほど前に母が脳梗塞を患ってますます実家は「うっかりしたら命を奪う建造物」になりました。私は家を出るまで実家に住んでいたので,フランスに住み始めてから階段のないアパルトマン生活を満喫堪能するようになりました。最小限に段差のない造りは人間にとってなんと快適で暮らし易いのだろうと心身で実感しました。

こうしてフランスに住むようになったのが良かったのか,実家にいた頃はまったく会話のなかった父と電話で話すようになりました。喧嘩もしますが最近では世間話までするほどです。これも少しずつ病気が進行している母の思考や呂律がうまくまわらないことも理由のひとつです。母が昔のようにおしゃべりキャピキャピママだったらおそらく今も電話口に父の出番はなかったはずです。

両親と離れて住むようになって長い年月,電話で何度か母が階段から落ちたこと,お風呂でおぼれたこと,お手洗いでこけたこと,台所で転んで起き上がれなかったことなどを父から聞きました。手摺をつけたり,階段に滑り止めを貼ったりという小さなリフォームも介護保険を利用してできる範囲で実行しているとも。私も長いこと住んでいた家なので急な階段,滑り易いお風呂場,台所と茶の間の段差,玄関の高さなど思い出しつつ,父に「ママは病気でもちろんだけどパパも一緒に年齢を重ねるのだからリフォームが無理ならアパートかマンションに引っ越したらどう?」と何度か勧めてみました。父からの答えは案の定「ママが一軒家がいいって言うんだ」です。

「ママは半分ボケてしまっているからパパがごまかせば何とかなるよ。平屋の家がどれだけ暮らし易いか。」と私が言っても,受話器の向こうからは「うーん」と言ううわの空の声です。
昭和一桁生まれの父は幼少期に戦争を経験し,東京市淀橋区の父の実家は戦後のどさくさでいつのまにか他人のものとなっていました。そんな経験が土地や家屋にこだわりを持ってしまうのでしょう。そして母はアパート,マンションというとどうしても昔の借家を連想してしまう頭の硬さです。


さて,フランス人の住居や土地のこだわりについて夫の親戚を例に挙げてみます。

以前,夫の母方の祖母に会った時80歳を過ぎた彼女が「おじいちゃんはアルツ&パーキンになっちゃったし,私も膝が弱ったので,この家を売ってアパルトマンに移ろうと思うの」と私に話してきたことがあります。1階がガレージと客間,2階が母屋というフランスの典型的な一軒家に住んでいましたが,家を囲む広い庭の手入れも億劫になったのでアパルトマン住まいの方が快適だと言うのです。薔薇が咲き乱れ,杏,さくらんぼ,柿,すぐりの木が植えられた庭も十分楽しんだので手放してもいいのだそうです。そして10歳離れた彼女の姉は夫に先立たれて一人住まい,市が彼女に与えたアパルトマンは消防署そばの住宅で毎日看護婦,心理学カウンセラー,ボランティアが交代で様子を見に来てくれます。いざ!という時には目の前が消防署なので救急隊が常勤です。「ああいう生活が理想」と夫の祖母は姉をうらやんで言うのです。

そして夫の叔父夫婦はプールつきの平屋建て一軒家に住んでいますが,子供2人が成人して家を出たので地中海岸沿いの小村にアパルトマンを買いました。「空き部屋が二つもある家を高い税金を払って維持するのは馬鹿らしい」という理由です。子供が独立し夫婦2人の人生には海べりの適当な広さのアパルトマンが最良だそうです。

2000年秋,夫の父方の祖母が亡くなりました。夫に先立たれて10数年,犬と二人暮しの彼女の頭はボケてしまいましたが,死の直前まで彼女は夫との思い出の家で過ごしました。誰も住む者がいなくなったこの家を私の夫の父があっと言う間に売り,彼の姉(つまり私の夫の叔母)と2人で分け,室内の調度品は形見分けとして私達の手元にもリンゴ箱一杯届きました。

フランスは日本に比べれば天災は少ないかもしれません(近年,私の住むプロヴァンス地方では深刻な山火事が繰り返されてはいます)。が,上のように夫の身内だけを見ても,フランス人の住まいや財産に関する柔軟な考え方には驚いてしまいます。彼らには土地や家屋への愛着やこだわりがないのでしょうか?年齢や家族構成でさっさと生活環境を最適のものに変えていく,「この家はもう私のためではない。もっとふさわしい人に譲る」と誰もが格好良く言います。フランスではそうやって不動産が動くそうです。
私の両親もフランス人のような考え方になってくれたら私は少し安心できるのに。
日本は各地方の習慣や風習があるので,日本人がフランス人のように自らの安全や快適な人生のために愛着ある土地や家屋を適齢世代に譲り渡せる気持を持てるようになるまでかなりの時間がかかるかもしれません。

私の実家の近所には40階以上の高層マンションが次々と建設されていますが,地震の翌日の電話で父が「30階や40階の途中でエレベータが止まったらどうするんだろうな?老人には思うように動けないだろう」と。私だってエレベータの同乗者がキアヌなら奇跡的にフットワークが良くなるかもしれませんが,そんなことはまず有り得ないのでエレベータからの脱出となったら腰を抜かして恐怖に震えることでしょう。そうでなくとも地上と高層階の階段の昇降は高齢者には重労働です(私だって6階ごとに一休みです)。

そんな心に浮かぶ由無しことを考えると,高齢者には一軒家でもマンションでも低層階の平屋の住空間が最良の住処なのかもしれません。


参考資料 【2005年7月23日東京の地震】
*France 2 http://info.france2.fr/monde/12433955-fr.php
*RTL Infos
    http://www.rtl.be/Site/Index.aspx?LG=1&PageID=209&ArticleID=49634
*L'Express http://www.lexpress.fr/info/infojour/reuters.asp?id=1780&1435
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by ma_cocotte | 2005-07-25 04:11 | 『?』なたわ言 | Comments(57)
Commented by ツキノワァヌ at 2005-07-25 06:23 x
ウチの実家も「ばりあふりー」なんて言葉が出てくる前に建てたモン(しかも欠陥住宅)だから、この先心配。両親は売り払ってマンションを買い、子どもの誰かと住むのを希望してるけど・・・。
日本の家屋はどうしてこうも割高なのかすら。最近の建て売り住宅って見るからに安普請なのよね。まわりとの調和なんてものもないし。自分の敷地の中だけで完結してるのよね(しかも安っぽく)。
しかし、一昨日の地震。やっぱ日本でお気に入りに囲まれて暮すのはムリだわさ。普段使いのグラスが割れただけでもったいないお化けに泣かされたわ。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 07:03
■ツキノワァヌさま。
日本の住宅事情は不思議ですね。
私は見取り図を見るのが大好きなんだけどなぜあんなに狭い空間を作らねばならないのだろう?と。一方で外国人向けアパートは日本でも快適空間でしょ?番町や麹町,目黒あたりのHomatなんて建築後40年近く経っているのになぜああいう間取りが日本人向け家屋に普及せず,何かにブロックされたままなのだろう?

なーんかあるよね,なんか。

でもツキノワグママーヌさんとツキノワパパがお引越の気持があるだけでも人生をきちんと考えていらっしゃると思います。
もったいないお化けさんにおよろすく♡
Commented by ぴよよん at 2005-07-25 08:17 x
もうすでにご存知かもしれませんが、今回の地震でエレベーターががんがん止まったそうですよ。
しかもそれが想定の範囲外だったというので驚くばかりです。
(これほど止まらないと思っていたらしいです)
電車も全然動かなくなっちゃうし、お江戸はいつか大地震が来る来ると言いながら、実はあまり対策がなされていないのがよーくわかって怖いです。
Commented by kintonton at 2005-07-25 14:00
日本人の土地に対する執着って何なんでしょうね~。
フランス人の様に、自分の身体に一番快適な住空間を求めて
家を手放すということは、まず無いに等しいと思います。
私の実家も今では年老いた父母が2人とワンコ一匹で暮らして
いますが、80歳になろうとしている2人には少々広すぎるような
気がします。ワンフロアーで、日当たりが良く、買い物が便利な
マンションなんていくらでもあると思うのですが、サラリーマンが
やっとのことで手に入れた家を手放すのって抵抗があるようです。
エレベーターといえば、我が家のマンションのエレベーターも止まって
しまい、昨日の夕方やっと直りました。
大きい地震が来るようなことを言っているわりには、交通機関の
復旧にもかなりの時間がかかったし、政府への連絡も遅れたとか・・・。
阪神、新潟、福岡と大きな地震が続いていたのに、首都東京は
この程度か・・・と何だか心配になってしまいました。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 14:39
■ぴよよんさま,そうらしいですね。
今私が住んでいるアパルトマンは日本で言う5階です。エレベータなし。何とか食料品を持って登ることはできます。
日本で流行の高層マンションですが,何かが原因でしばらくエレベータが止まってしまった場合,階段のみで30階,40階まで登るのは体力的に厳しいように思います。いつも手ぶらではないでしょう?

一時は高層マンションっていいなあ,なんて思った時期もありましたが,こういう現実を見るとやはり基本がいいのかな?と。

昔,台風で電車が止まっただけでも精神的に参った記憶があります。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 14:51
■kintontonさま,やはり昔からの「ご先祖様の土地」という考え方がベースにあるのかもしれませんね。フランスの場合は子や孫にこだわらず,必要性に応じた他人に使ってもらう,という考えです。

私の両親も車無しで日々の生活に困らない環境に引っ越してくれるとうれしいんだけどなあ。今はまだ車を運転していますがこれもいつまで。心配事が増えるばかりです。

交通機関ですが線路のひびの点検だったのでしょうね。地下鉄は線路ではなくフランスのようにタイヤ型にすればいいのになあ・・・としばしば思うことがあります。

Commented by madame_kei at 2005-07-25 14:57 x
ma_cocotteさま、いつも拝見させていただいております。

今、夫の両親が東京に遊びに来ており、地震のあったときは、義母はなんとご不浄の中という悲劇(喜劇?)でした。
JRは何時間も運転見合わせとなり、山手線内で2時間半ほど待たされたようでした。最終的には地下鉄で無事に帰ってきました。
地震に慣れている日本国民の私ですら、今回の地震は足がガクガクするほどの衝撃を受けたので、慣れていないフランス人たちの驚きはどれほどだっただろうと思います。

夜、France2でニュースやるかと思い見ていたのですが、エジプトとロンドンのテロのことをずっとやっていたので、やらないかと思い消してしまいましたが、France3でやったという事は2でもやったんですよね。
ma_cocotteさまの記事をリンクさせてもらいました。

日本に住むものの宿命かもしれないですけど、地震怖いです。

(うちのマンションもエレベーター止まりました!!3階でよかった~)
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 15:08
■madame_keiさま,WoW!それは!
お察し申し上げます。
夫も日本に行った時地震を経験しました。
大した地震ではありませんでしたが,硬直していましたよ。
本当に怖かったそうです。

ニュースはFrance2もTF1も長い時間をかけて流れました。

南仏は100年単位で大地震が来るそうです。
1900年頃Salon が壊滅的状態になったそうです。
Salon の博物館で被災写真を見ました。

やっぱり低層階がいいですね,つくづくそう思います。
リンクどうもありがとうございました。
Commented by kachimo at 2005-07-25 15:30
ma_cocotteさん、
フランスでも東京の地震ちゃんとNEWSになってるんですね。
地震、うちの家もかなり揺れましたよ!
招き猫の棚、落ちてこないように必死で押さえておりました。
こんなでかいのは、久々でした。JRは7時間止まりました。
東京に遊びに行ってなくて良かったです。
エレベーターに閉じこめられて方がかなりいたようです。

それはそうと、ツール、アームストロングの7連覇で終わってしまいましたね。今回でアームストロングも引退だし、来年のNEWヒーローが楽しみです。
Commented by macocotte at 2005-07-25 17:25
■カチモ広報部長!お久しぶりです。
二世帯住宅の星といえばカチモ広報部長ですよ!
フランスでは日本で地震があるたびにかなり丁寧にニュースで流れます。映像がつくくらい。おそらく国民に実感してもらうためではないかしら?知らないことほど恐ろしいことはない,妄想に至る,というのがフランス的考えです。

私も若かりし頃,以前東京で深刻なナニカがあったら新河岸川と荒川を泳いで渡れないと真剣に悩んだことがありました。かといっていまだにカナヅチなんですけどね。ぎゃはははは♪

昨夕アームストロングさまさまはシャンゼリゼパレードだったんですが,疲労でしょうか?普段はペラペラのフランス語でのやりとりができない状態になってしまい・・・でも美談でまとめられていましたよ,彼の活躍は。

そうですね,来年から楽しみです。

Commented by ミイ at 2005-07-25 18:11 x
ココさんちも心配ですねぇ。建物はもちろん地盤の固さも大事だから、引っ越すのだけがイイ答えとも言えないのが日本?なのかな~とも。もちろん、安くなったとは思うけど買い換えでの損失も。
ただ、地震あるないに限らず、住みやすい住居は必要かと。
今日実家に行ったけど、思いの外上から物は落ちていなかったです。
でもね、足腰弱ってる父を見てると、たかが窓の段差でつまずいたなんて聞くと、、涙出そうになるのです。
最近いくつかマンション物件を見てるけど段差ほとんどないです。風呂場・トイレの手すりも、だいたい付いてるかな。
おととい、友達に言われたけど、ずっと暮らしてる今のマンションで私も一緒に暮らすのが一番いいのでは、、と言われ、また考えてます。
確かに環境はいい、、でも、建物は古くもなってるし、いくら中をリフォームしてもマンションじたい古い作りに変わりないでしょう。。
まあ、、いずれ答えは出ると思うけど。。

南仏の100年単位の地震、、怖いです。関東大震災なみのサイクルでしょうか。。

Commented by ガレット at 2005-07-25 18:34 x
はじめまして♪ madame_keiさんの所から来ました^^ フランス人ダンナ&8ヶ月の娘と関東在住です。ダンナの勤務先が都内なので、あの地震が平日だったらと思うと…ゾ~ッとします(涙) ダンナの方が地震にやたら慣れてて冷静で、震度幾つか予想しながらNHKを見るのはいつも彼…私は生まれた時からずっと関東なんですが、地震がとてもコワイ(><) 
ダンナの父方の祖母ですが、小さな村で車も無く1人暮らしだったので、心配した義両親が同居を何度もすすめましたが「住み慣れたこの家で一生を過ごしたい」と言って聞かず、結局、1人で自分の事が出来なくなって老人ホームの様な所へ移るまで、家を手離しませんでした…田舎のお年寄りだったら、こういうフランス人も、少数ですが居るのかもしれませんね(--) 義祖母が亡くなり、誰も住む予定の無い家は若い夫婦に売られました。「家を大事にしてくれそうないい夫婦で良かったよ」と義父は寂しそうに言ってました。
Commented by madame_kei at 2005-07-25 18:57 x
ma_cocotteさま。拙ブログへ来ていただいてありがとうございました!

フランスは地震のない国かと思っていたので、100年に1度と言うのはびっくりです。前回が1900年頃ということは、近々の予定という事でしょうか?
リッツクラッカー(缶)は、5年保存可能だそうですよ!買っとこうかなぁ・・・それより水かなあ?いやトイレ?
いざ災害と言うときに、自分がどういう行動を取るかまったく検討がつきません。マンガみたいに枕持ってハダシで外に飛び出すのかな~?
Commented by tnk_atk at 2005-07-25 18:59
遠くでお母さまの健康状態はさぞかし心配でしょうね。。。

うちの両親は、大きな地震がおこればタンスに押しつぶされるようなかんじで寝ていますので、あのタンスをなんとかしろ!って言っても、「死ぬときゃ死ぬ」っていって、聞き入れません。
即死ならともかく、押しつぶされて、助けをまちつつ下敷きになってじわじわ死ぬのは嫌ですよね。
いくらなんでもそんな死に方して欲しくないし・・・

旦那たちは地震の怖さを知らないので、ニュースみて騒いでる姿をみるのは腹立ちます。
彼らは経験したことないのだから、仕方ないですけどね。
私はこちらにいる限りは地震はないでしょうけども、だからこそ日本の地震には敏感に反応してしまいます。。。。

Commented by Tamarind-Cafe at 2005-07-25 20:08
今回の東京地震。街も行政も個々の人々も用意のなさ心構えのなさが露見され、腹立たしい思いです。
たくさんの前例から、もう少し学んで欲しいですね。
まここってさんのご両親への御心配、とてもよくわかります。遠く離れていると、さぞもどかしいことでしょう。
私もこの10年、東京などに住むの知人友人に地震対策を訴え続けてきましたが、ノレンに腕押し、近頃は疲れ気味。命も健康も財産も、失ってみなけりゃありがたみがわからないのかしらね。
でも今回の東京、たいした被害がなかったのを幸いに、それぞれが対策を講じるようになれば良いのにと思ってます。非常時は他力本願、通じません。自分の命は自分で救うのが基本です。私が阪神淡路大震災で痛感したことです。
みなさまのご両親さま。とりあえず、大型家電はベルトで固定し、家具転倒防止のつっぱり捧から始めてください!。
Commented by Coquille at 2005-07-25 21:04 x
ma_cocotteさん、はじめまして。
いつも拝見させていただいてます。
私も、親の反対を押し切って日本を離れ現在フランスにいるので、ma_cocotteさんのご両親を心配し、いたわる気持ちが良く分かります。
うちは兄がいるし、両親ともまだ元気なのですが、何時どちらかが病気にでもなったら...と常に心配です。
うちの実家も、父が建設業なため略自力で建設、設計は(ビックリ)うちの母親といういい加減さで、年寄りには不便この上ない作りです。
「一回、全部壊して一階建てのバリアフリーに作り直して、他の年老いた親戚(伯父・伯母達)と共同生活でもしてくれないかしら」なんて、勝手な事を思ったりします。
でもやっぱり両親にとっては、若い頃苦労して手に入れた思いでいっぱいの家なので、そんなこと出来ないんだろうなあ。複雑です。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:10
■ミイさま,そうね,日本は地盤の問題があるのよね。
良質の土はやわらかいものね。
父の育った土地などは何百年も美しい山並みを維持してきたのにあの地震で地滑り,このタイミングに居合わせてしまった運命の人々の運命もあるのかもしれませんね。

マンションは室内空間ではなく共有空間が問題だと思います。
足を悪くした人が苦労するのは階段を降りる時です。昇る時の数倍苦痛を伴います。だからエレベータが使えなくなった時には階段でしょう?

これを考えるとやはり高層マンションのリスクはかなり大きいと思います。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:13
■ガレットさま,はじめまして&ようこそ。
上の本文中で登場する夫の祖母の姉がまさにガレットさんの義祖母さまと同じ考え方です。もともとピエ・ノワールなので着の身着のままアルジェリアから戻ってきたスペイン系フランス人ですが,彼女の子供はリヨン近辺に住んでおり同居を望みましたが,彼女が「夫の墓のあるこの町にいたい」と願って離れません。結局,市が用意した家はなかなか好条件の場所なので彼女としては満足なのかもしれませんね。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:16
■Mme. keiさま,災害対策は考え始めると答えがなかなか見つからないものですよね。9.11直後,領事館からテロ対策指導なるものがメールで届きましたが,火を使えないと缶詰ものも食べ難いのは顕著ですものね。(フランスの缶詰料理は結構おいしいのです。これ,本当)

とは言え,南仏なんぞはプロパンを使用するおうちが多いので,あらかじめプロパンを買っておくとちょっとはいいのかな?

ちょと考えてみますね。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:21
■tnk_atkさま,親世代の頑固というか開き直りも心痛みますよね。親子の立場が逆転して子が親を案ずる年代に入っているのに強がりを言い続けるとでも言いましょうか。
本当に神戸震災の時の話も聞いたりする(私の友人は神戸在住が結構いるのです)と,新潟とは異なるツボで心配になります。私地震,神戸震災の翌年1月に神戸を訪ね,目の錯覚でおかしくなりそうでしたもん。

日本にいらした時にご夫君が偶然震度2程度の地震を経験されるといいかも。ココんちのフランス人は偶然経験してしまい,まるで殊勲者のごとく自慢して歩いていますよ。顔色が瞬時にまっつぁおになったのにね。

Commented by minechan15 at 2005-07-25 23:26
日本では30階ぐらいを超高層って言うみたいですが、ここ韓国では、20階ぐらいは普通で、超高層は50階ぐらいのことを言うみたいですよ。

我家もここでの家探しの時に、52F、56F、27Fっていう部屋を見たのですが、50階以上なんで雲の上っていう感じでした。韓国人は、高い方が断然好きなんだそうです。で、そこを止めた理由は、ガス。キッチンの火種は、こんな超高層なのに電気ではなくガス! 何かあったら、アッという間にタワーリングインフェルノになってしまう訳です。

そして、今は9階ですが、まぁこれ以上上の階には住みたくないですね~。韓国では一応地震が無いことになっていますが、震度5なんて来たら「恐ろしい状態になりそうな」建物が結構あり、ウチもヤバイ!?

Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:27
■たまらん・かふぇさまは神戸震災の経験者でしたか。お察し申し上げます。
私の友人その1は六甲近くに住んでいましたが,この家を選ぶ際最後まで悩んだもう一棟のマンションは全壊だったんですよ。震災当時マンションの1階に住んでいた友人夫婦は横向き寝で地底の底から段々音が大きくなって迫ってきてドン!と地震が来た,と言っていました。
私の友人その2は関東住まいですが母方が神戸東灘なんです。お嬢育ちのお母さまが行ける所まで(と言っても大阪市内です)行って,そこから徒歩でご実家に。
六甲の友人からはY口組T岡宅前の救援テントがどこよりも役立つものばかりだったという話も聞いています。トイレットペーパー,生理用品,おむつなど涙が出るものばかりだったそうですよ。

線路も改善しないとあれだけの電車網になってしまうとヒビを発見するのも時間がかかりますよね。本当に想定未来で改善して欲しいです。

Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:31
■Coquille さま,はじめまして。
親が元気なサカリに建てた家というのはどうも自信満々設計で妙な小細工が多いですよね。心理的なものでしょうか?
フランスの近代建築のように四角と平らな床という無機な中で暮らすのが飽きず安全のように思えます。
拙実家のように床の凸凹となるとバリアフリーにできるわけもなく,夫婦でつまずいてばかりでどうするのでしょう? いくら心配しても聞くわけぢゃないので・・・悩みます。

Coquilleさんはパリですか?
Commented by ma_cocotte at 2005-07-25 23:36
■ミネママさま,韓国の住宅事情は高層好きなのですね。
大丈夫なんだろうか。
新幹線もろもろ見切り発車の故障続きを考えると建築物だけ完璧というロジックはありませんよね。ふぅむぅ。ガスにしても電気にしてもリスクは大きいと思います。9階は,ほれ,かつての皇居際のビルの際限の指定階数ですよね。理想だと思います。うちはレアが一度5階から地上まで落下したことがあるので,やはり普通の低層アパルトマンの最上階がいいな,と実感しています。
Commented by lovinluv at 2005-07-25 23:50
そうそう。エレベーター問題は必須ですね。階段でも負担のない階数にしないと。
最近タワーマンションが多いんだけど、、やはり、往復するかもって思うと、5階が限界かと思うわ。
今は3階なので、基本的に買い物量多くない限り外階段であがってるの。
あと、マンションの場合、5階以下は、若干危険もある、のも頭にいれて。
まあ、下の作りの問題なんだけど、、今のマンションはもちろん、下全面駐車場なんてないので、、そうそう潰れないとは思うのだけど。
地震おきたら、電気ストップでエレベーター使えない、、ってのは絶対頭に入れておかないと。

実家のマンションで震度2くらいかな、エレベーターにちょうど、いたんだけどね、、めちゃめちゃ揺れて、あわてて、近い階押して外出たの。去年そうとっかえしたので、今は新しいエレベーターなんだけど、感知して止まるのかも。でも、それはそれで閉じこめられるので、、いやなんだけど。。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-26 01:47
■ミイさま,階段を降りる時はどうしても筋を使うので難しいのよ。だから駅のエレベータが上り専用になっているのはいつも疑問に感じていることなのです。
耐震設計のビルは上下階が動かず中間が大きく揺れる構造になっていることもよく頭に入れて置くべきですよ。20階建なら10階あたりが最も大きな揺れになります。

やはりどう考えても火事ならば階段を煙突にするのがベストだし,テロはおそらく日本ではないと思うけれど・・・やはり低層階マンションがザ・ベストだと思いまする。
Commented by tnk_atk at 2005-07-26 02:33
日本は一般に年寄りに部屋をかすのを厭がりますよね・・・・
祖母が両親のそばで暮らせるよう貸し家を探していたとき、とても苦労したようでした。結局幸運にも両親の隣の家が売り家になったので、前の家を売り払って買いましたが。。社会全体のシステム、価値観からしてなかなか住み替えが出来難いですよねぇ。
こちらは自ら老人ホームに行くという人もいらっしゃっいますし、実際とてもいいところが多いですよねー

阪神大震災では震度4程度しか経験していませんし特に被害は無かったのですが、それでも恐かったです。揺れだけでなく、建物がきしむ音も恐いんですよね。それが建物やら家具やらが崩れる音までと想像するだけで恐くて眠れません・・・・
Commented by ma_cocotte at 2005-07-26 02:49
■tnk_atkさま,聞いたところによると北欧型老人福祉の基本は他人が老人を診るということだそうです。フランスがどこまで追いついているのかわかりませんが,家を子に譲るというよりニーズに見合った人に譲る,老人ホームではフットワークの良い世代(移民が多いです)が働くなど,血族より他人が関ることでうまく行っているように思います。

日本はまだ他人にそこまでをOpenにすることに抵抗があったりするので血族同士の甘えでかえってくだらない喧嘩が増えてしまったりしますよね。私の両親なんて他人はいやだ,でも娘の言うことなんて聞きたくないですもん。困ったもんです。

地震や津波が発する時のエネルギーは経験しなければ想像できないもののように思います。 恐ろしいけれど,出遭ってしまうのは運命(C'est la vie)なのかなあ。最近そう思うようになりました。
Commented by 狐火 at 2005-07-26 05:10 x
中越地震でご両親様が被害に遭われたとのこと、お見舞い申し上げます。
阪神大震災、中越地震だと震度7ですものね。
我が家も震度7クラスが来たら被害が出ると思いますし、あたりのインフラ基盤は崩壊するでしょう。
天災の多い日本、支援災害には諦観の念が日本人にはありますね。
私は震度5は3回くらい経験してるのでこの位なら平気なのですが、レアル・マドリッドの皆さんは、軽い余震と台風をお土産話に持って帰るかもしれません。(笑)

日本は平地が狭い国土ですからねぇ。
農耕民族には、なんだかんだいっても土地は財産です。
コツコツと働き、農民も商人も武士も「家」を守り継いでゆく。
それは代々の繁栄を願ってきた日本の美徳であり、資源のない日本が経済大国になれた国民の資質の一つです。
高度経済背長からあった土地神話もバブルが弾けて崩壊し、これから少子高齢化・人口減少を迎えることで土地は資産デフレを起こします。
日本人の意識も生活スタイルも時代と共にどんどん変わっていますが、良い部分は残して行きたいものです。

ン十年以上前になると思いますが、新聞で読んだ話です。
北欧(国名は失念)の首相は、来日した夜に宿泊した都内のホテルで震度3の地震に見舞われて、シャツと靴下姿で廊下に飛び出してきたそうです。
首脳会談も地震の話で花が咲き、お国に帰られてからも話の種にされたとか。
彼も殊勲者のごとく自慢して歩いていると思いますよ。(笑)

仙台で震度6の地震に遭遇したイタリア人のコラムです。
さすがにこちらは笑い話ではすみません。
http://www.1101.com/francorossi/2003-08-04.html
Commented by ma_cocotte at 2005-07-26 05:25
■狐火さま,私の両親は関東に住んでいるので大丈夫ですよ。父方の親戚や友人,知人は自然現象の中にいることになります。父ではありませんが地面が滑って動いたり,山の形が動くのを見つめても手を差し伸べても抑えきれない・・・それが自然の恐ろしさなんだと思います。

フランスはEU一の農業国ですが,おそらく彼らも組合員で定年制だと思います。あまり親子代々というこだわりを聞いたことがありません。例えば小売商店でも定年制で売りに出ます。面白いですよ。

土地にこだわる気持もわかりますが,やはり健康第一,年齢に応じた快適空間で毎日を過ごせるのは自分の人生を輝かせるためには良いことだと思います。

Commented by 枇杷 at 2005-07-26 09:14 x
震度5強の余震の中、昨年秋に祖母の葬儀を強行しました。焼き場の床はひび割れ、煙突は半分折れてました。中に破片が落ちてたら…使えなくなってたそうです。
山間部の方はねえ…さまざまなリスクは生活上あるはずだけど、街の人間とどうしても違っちゃうんです。共生してるといっていいので。なので、危ないと思って年寄りを山から降ろす説得が親戚がかりにですし。農業のみでは現金収入は少なく、養鯉業に壊滅的被害が出たのはお気の毒です。私の義弟の実家のあるところにも出稼ぎ者の組合があり、義弟は中卒です。冬季は中学校は(公立ですが)寮入りが必要な場所で、そして高校進学となると下宿も必要…そうなると大人がお金を数え始める…。何とか工面する人もいるけど、それ子どもが見ておれず東京のそば屋や寿司屋に修行に出るケースが多いそうです。
彼はそば屋で修行中に葬儀社の人にスカウトされて、今に至ります。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-26 14:23
■枇杷さまのコメントを拝見してやはり日本そのものの仕組の流れがスマートでないことを実感しました。
(震災ということを抜きますが)フランスは日本では信じられないような安い学費で大学まで進学できます。大学初年度の登録料(日本の授業料,入学金にあたります)が約20000円程度,それでもほとんどの学生が奨学金を申請し,大学寮に入ります。日本は誰もが受ける権利に「できる,できない」という仕組を作るのはどうかなあ?とこちらに住んでいると多々感じることがあります。
税金がどこに行っているのか,公務員(公立学校だったら教職員)人件費だとしたらこれは改革の必要はありますよ。
Commented by HOOP at 2005-07-26 18:11
私の実家も約20年前に建てかえました。吹き抜けのある居間が特徴ですが、地震のときは長い周期で電球が揺れて怖いです。父が死んでからはどんな風に使っているのだろう?ともかく5万台ものエレベータが自動停止して、メンテナンスの人が行かないと動かないという状態になったのは困りものです。なにしろ数が多すぎます。これがもし本当に大地震、しかも平日だったらどうなっているでしょう?何人もの人が、そこにいることを誰にも報せることもできずに、何日も閉じ込められたら、その建物が無事であったとしても周囲で火災が起こったら、、、
これは新たに判明した東京の弱点ですね。

かつて下野新聞の投書欄で読んだ読者の文章ですが、既に亡くなっている鹿沼市のあるお年よりのことを紹介していました。戦前から戦後にかけて、裕福な農家では子供を学校にやるという考えがなかった。学校などに行かなくても、跡を継げば豊かに暮らせるのだから。そういう考えの家を一軒一軒回って、子供を学校に行かせろと言っていた人だそうです。本人は特に学歴があるわけではなかったが、一生懸命言って回ったそうです。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-26 18:27
■HOOP先生,しばしば「親の心,子知らず」と言いますが「子の心,親知ろうとしない」ですよね。立場逆転は同居すればスムースに行われるのかしら?ともちょっと連想し始めています(笑。

本当にエレベータの話は考えものですよね。結局筒の中の上下運動ですから,ビル内で火災が発生した場合,筒はすべて煙突に変わるはずです。エレベータから脱出したところで果たして・・・?と想像すると楽観からは程遠い想定になりますね。しかも判断がエレベータの密室内でのリーダーにかかっているようにも思います。うーむー。

学校の在り方も難しい。勉学の好きな子を伸ばせる,他に才能があるならばそれも伸ばせるような意識改革と環境作りが必要かも?私は運良く母方の祖父が「教育こそ財産だ」という考えの持ち主だったので母がそれを推しましたが,父方は「本を読むより働け」型だったのでしばしば私の頭上で喧嘩がございました(笑。
Commented by 枇杷 at 2005-07-26 18:42 x
今、廃校になっている、義弟の母校(小学校)がどうやって図書費を工面していたかといいますと。夏休みの課題の一つが「薬草採り」なんですよ。乾かした状態で何キロとか、学年と男女で決まっていまして、子供たちがそれを採ってきて、家で天日乾燥→夏休み明けに学校に持っていきます。学校でまとめると、薬問屋さんが来ていて、目方を量って買ってくれる。それが図書費になってたのです。しかし、そういう境遇が彼を人間的に育てた部分もあり、そこを葬儀屋さんが見たのだと思います。長岡は「米百俵」という話がありますが、それは戊辰戦争で官軍に負けて長岡が城ごと焼けてしまったときのこと。その後も有志が「ランプ会」という会を設けて活動を続けてきました。まずは教育で復興を、と。また、長岡の一番古い公立図書館は「互尊文庫」と言いますが、名前の由来は以下。(http://www.city.nagaoka.niigata.jp/dpage/kankou/kankou/spot/subwin30.html)
Commented by HOOP at 2005-07-26 23:50
母方は遊び過ぎ(かるた取りの競技をやり過ぎ)て、というのは表向きで、実はキリスト教や共産主義にかぶれて勘当されたという祖父だったし、父方は祖父が52歳(父14歳)で、祖母が私の生まれる一年前に死んでしまっていましたから、結局、内村鑑三に傾注してた母方の祖父の影響を大きく受けたのだろうと思います。
この祖父がいつも言っていたのは、近いうちに半島人が第二次世界大戦の復讐にやってくるぞ、というものでした。母が子供を医師、体操選手、ピアニストに育てたいと考えたのは、いずれも日本が共産主義に支配されるようになっても、自分の持てる才能で生きていけるという発想からでした。
父は高等小学校を首席で卒業後、14歳で工場経営者となり、使用人がみなやめてしまった後は一人で製造から配達までやっていました。当時、配達の自転車が転倒し肋膜を患ったそうですが、死んだときに解剖した監察医の話によると、50年以上の間、片方の肺はほとんど機能していなかっただろうということでした。子供の頃に母から、お父さんは勉強したくても学校に行けなかったのだ、とよく言われました。「路傍の石」はとてもよく理解できたものです。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-27 00:33
■枇杷さまのコメントを拝見すると胸中複雑になってしまいます。教科書も大切かもしれないけれどこういう改善が日本には必要ではないかしら?と。フランスの公立小学校は学校内に大きな図書室がありません。同じ自治体の中の図書館にクラスごとに通います。うちの近所の図書館もかなり広い児童スペースがあり,町内の学校が交代で利用する形です。プールも移動して利用します。
日本は恵まれているのかそれともお金の使い方が上手ぢゃないのか,ちょっと考えて文章にまとめたらいいな。貴重な話をありがとうございました。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-27 00:45
■HOOP先生が育った土地をちょっと知っているだけに涙出てしまいました。私の祖父も明治の終わり生まれでしたが道楽馬鹿,いや若旦那でしたが,世間の見方や予測が鋭いヒトでした。今の時代にはああいう遊民系おもしろい人がいないのでつまらないなあ,と思うことがあります。

今の時代だからこそ国が良い芽を見つけて育てて欲しいなあと。学費が「払える,払えない」なんて愚が話題になる限り,日本は勉学途上国ではないでしょうか?・・・とはいえ,大学の乱立はひじょーに疑問を持っていますが。何で許可した,文部省?と。はははは。

・・・で,先生おひとりで医師,体操選手,ピアニストの三役をこなされているわけではありませんよね?(笑)。
Commented by HOOP at 2005-07-27 19:19
まさか!ご存知のように三役のうち一役とてこなしてはおりません。

そういえば、2日ほど前にある大学が医学部を設置するのではないかと言ったら、
そんなことはないでしょうと若い人から言われました。
かなり怪しいと踏んでいるのですが、、、(笑)
Commented by macocotte at 2005-07-27 19:43
■HOOP先生,それは都の西北の大学でしょうか?ふっふっふ。
おとといの定員割れ大学のニュースは国際的には広めたくない恥ずかしい話です。大英帝國でさえ総大学数は110程度だと思われます。「誰でも大学に行ける」という発想はどういう発想なんでしょう?
Commented by HOOP at 2005-07-27 21:50
いやいや、都からみれば北ですな。
ニュースの大学というのは山口県の大学のことでしょうか?
いよいよ再生に着手するのですね。
ひどいところは学生を放置して閉鎖しちゃってますから、
かなりまともな部類といえるかもしれません、つうか
もっとひどいところが次々と淘汰されているのも現実です。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-28 02:11
■HOOP先生,都の北ですか??
その昔の一県一医大で埼玉県の医大,群馬大,自治医大・・・となると埼玉の国立大学ですか?んにゃ馬鹿にゃあ。
昨日話題になったのは約150大学が定員割れだそうです。驚きました。大学の乱立は明るい未来には繋がらないように思うのですが。
フランスは私立大学は10あるかないかです。
Commented by HOOP at 2005-07-28 06:01
いえいえ、埼玉県ではなく国立の医学部がない県で、その大学は私立。
医学部はなくても既に附属病院は持っていたりします。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-28 15:07
■HOOP先生・・・もしかして地元?
もう2学もあるのでよろしいんぢゃないんですか?
両学の存在が極端なので普通の学費の医大が欲しい???
Commented by HOOP at 2005-07-28 19:18
自治医科大学の立場もとても微妙なんですよ。
現在、自治医大の精度を積極的に活用したいと考えている都道府県は
東京都と栃木県くらいなものなんです。
東京都は島嶼に若い医師をしばりつけておきたい。
栃木県はなんだかんだいって総合力のある「病院」を確保しておきたい。
他の自治体では地元の大学に地元枠を確保するなどして、
定員が極端に限られてしまう自治医大に依存することを半ば放棄しているのです。
もうひとつの問題は二つの大学が比較的近接しているということ。
どちらも宇都宮からはそこそこ距離がありますし、
県北からではアクセスが悪すぎるんですね。
まあ、そんな事情を見越して動いている私学があるわけですな。

あ、地震が、、、
Commented by ma_cocotte at 2005-07-28 19:33
■HOOP先生,私の元上司は自治医大に長く勤務しておりましてJ大に移る時に自治医大の出身の数名がJ大に入局希望を出しました。もちろん僻地医療派遣前です。上司は教育側の立場なので理解できます自治医大や防衛医大の卒後研修者の希望をどこまで受け入れていいものかは傍観傍聴する立場であった私でも考えてしまうことがありました。

新設予定で私学というとあの政治家さんちで経営している学校ですな?

独逸語学校付属で十分だと思いますが・・・創業家の野心でしょうか。
Commented by HOOP at 2005-07-28 20:23
ああ、それ(政治屋さんの学校)も違いますよ。
私の言っている大学は既に大学付属のクリニックを学内に、
そして付属病院を東京と熱海に持ってたりします。
そうそう、私が小学生の頃に通っていた病院も、
この大学の「研究センター」とやらになってしまいました。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-28 20:46
■HOOP先生,早速検索し突き止めましたです(笑。
一見万遍ないようで,実はK義塾系が強いかも。
確かに大学全体を拝見すると医学部が存在すべきかもしれませんね。
山王病院も付属になっているとは存じませんでした。
勢いを感じる組織かも?
栃木県全体が勢いある時代なのかしら?
Commented by HOOP at 2005-07-29 17:32
私が思うに、山王病院は付属なのではなくて、母体なのではないかと、、、
にわとりかひよこかはさておき、相互に何らかの関係はあるのでしょうね。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-29 18:29
■HOOP先生,ふーむーな~るほど。
この病院,保険外診療病院だった記憶がございます。
芸能人御用達で,モモ・ヤマグチがご出産あそばしたのが確かココ。
その昔,銀座のK地病院と赤坂のこの病院は「匿名入院可能」でした。
・・・あ,私のかつての勤務先も「匿名可能入院」でした・・・(失笑。

私見ですが日本もそろそろ医学部の在り方を考える時代が来ているように思います。私立医大の学費がああいう設定である限り世襲制から抜け出ることはできません。私のかつての勤務先ですが約10年前で初年度1500万円,その後5年間毎年300万円です。しかも寄付抜きで。卒後研修医は3万円支給で,K大の0円よりはマシなのかもしれませんが。

ですから栃木県の場合も独逸語学校医院がすでにあるので新設校がどういう授業料設定なのか気になりますね。
Commented by HOOP at 2005-07-31 16:35
思い出しました。そういえば、よく週刊誌で名前を見る病院でした。

大学に入学した年に、東大理3を振ってJ大に入った猛者に聞いたところ、
その年のJ大寄付金は10万円から1000万円だったそうです。
なぜ彼が知っていたかと言うと、彼の祖父が寄付金担当の理事だったから(笑)
もちろん、彼は家族の面子のために10万円というわけには行かなかったそうです。
Commented by ma_cocotte at 2005-07-31 16:44
■HOOP先生,それは千葉県佐倉が発祥のJ大ですね?
ここの創業家は西新宿医学校や水道橋歯学校と女子専用の美術学校も創業にもかかわっています。J大ですが数年前創業家を追い出しまして野心あるセンセに乗っ取られちゃったのですよ。学章のいわれまでいつのまにか変わっていました。私は呆気でお口ぽっかーんです。
理Ⅲを振ってJ大って・・・もったいなーい(笑。
Commented by HOOP at 2005-08-01 03:23
彼、現在の勤務先に赴任してまもなくのこと、
「のどが渇いたね、こんな日はシャンパンでも飲みたいね」と
研究室の冷蔵庫を開けてみて、しばし無言。
翌日には、冷蔵庫にどんぺりが鎮座していたそうです。

ちなみに彼と私は、四谷三丁目にあった日本コントラクトブリッジ連盟では
週例ゲームによく参加する(将来有望な不良)高校生として知られていました。
会長で当時物産勤務だった檜山さんのお名刺もいただいたことがありました。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-01 03:39
■HOOP先生,檜山さんってロッキードの檜山さん?

研究室の冷蔵庫にドンペリですか・・・。
ドンペリの周りには何が冷やされていたのであろう・・・?
な,何かおぞましいような気もします・・・。
私が神経内科にいたせいでしょうか????
現在,頭の中はサスペンス劇場オープニング状態です(笑。

先生,四谷一丁目あたりにもブリッジサロンがありませんか?
友人の母上がブリッジ好きで聞いたことがあるのですが,三丁目なのかなあ?
Commented by HOOP at 2005-08-01 03:52
ロッキードは丸紅だから関係ないでしょう。
東京ブリッジセンターと呼んでいましたが、たぶん、一丁目に移ったんですよ。
大学では一年生のときにインカレや新人戦に駆り出されて散々な目に遭いましたが、
その頃はまだ四谷三丁目の不動産会館ビルにありました。
散々な目というのは、こういうこと。
ブリッジのトーナメントは4人チームが2人ずつ別テーブルに分かれて
同じカードを戦うのですが、
私たちのチームは4人だけの参加。
他のチームは2チーム以上参加していたり、応援がいたり。
つまり、試合をしていない人がいるんですね。
んで、試合のほうはたいてい予定時間をオーバーしますから、
結局、4人だけのチームでは昼休みを取れないどころか、
コーヒーや水を飲むことすらできないのです。
空腹とタバコの煙に悩まされながら、よく戦ったものだと思います(笑)
青春だなぁ、、、
Commented by ma_cocotte at 2005-08-01 04:12
■HOOP先生,檜山と聞くとどうも檜山広氏を連想してしまう私です。
コントラクトブリッジで検索したところ,現住所は四谷一丁目になっていました。会員数に驚きました。友人のママはかなり夢中で近所に住んでいることもあって毎日のように通っているらしいです。
Commented by HOOP at 2005-08-01 04:38
やっぱりおかしいと思ったら檜川さんでした。山と川では大違いですね。
失礼しました。
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