<< 今はもう秋。 夏火事,毎日燃えております。 >>
「助けてあげられなくてごめんなさい。」
昨日も今日も私は泣いています。

7月の終わりから毎晩のようにフランスのテレビで原爆についてのドキュメンタリーが放映されています。今年は60周年目という節目にあたることも理由のひとつでしょう。

昨晩は英国BBCとフランスのTF1が共同制作した番組 "Hiroshima" が夜8時50分から放映されました。米国側については記録フィルムを使用し,日本側については記録フィルムに加え生存者の証言とそれに基づいた再現フィルムによって語られていました。時系列で淡々と番組は進み,米国側兵士が楽しそうに爆弾そのものにサインやらメッセージを書いて飛行機に乗せ,それが投下され,その直後の地上が画面に映し出されました。

日本の証言者はさまざまで当時の女学生,医師,看護婦,主婦が登場しました。
それぞれの証言と再現フィルムは目をそらすほどのリアルさであり,特に主婦の証言による再現フィルムは一日経た今も私の頭から抜けてくれません。


あの朝,彼女が夫と娘の3人で朝食中,原爆が投下されました。その瞬間の記憶がなく我に返った時,家に迫る火と腕を汚した夫を見つけ,どこからか聞こえてくる娘の声に気付きました。
「おかあさん,助けて。おかあさん!」
娘は一瞬前まで茶の間だったはずの場所に積み上げられた瓦礫の中にいました。片腕を怪我した夫と彼女は瓦礫をよけようとしますが,その向こうから火がみるみる近づいてくるのです。もちろん熱風も。
「おかあさん,助けて。熱いよ。おかあさん。お願い,助けて。」
しかし彼女と夫は娘を助けるのが無理だと気付いてしまうのです。火の勢いと自分達の動きの鈍さの違いがわかってしまったのです。このままだと自分も火に飲まれてしまう・・・そう悟った彼女の手は止まってしまったのです。でも瓦礫の向こうから無邪気な娘の助けを求める声が絶え間なく聞こえ,ある瞬間とんでもない声を発し,二度と聞こえなくなってしまいました・・・愛娘の声が。



ココはフランスでこの番組はもちろんフランス人に見てもらうためのものですが,この再現フィルムで瓦礫の向こうから聞こえる幼い女の子の嘆願の声はずっと日本語で流れていました。そしてその最期の瞬間の声もいつもどおりフランスの容赦ないリアルさで私の耳に届きました。

この幼い女の子の最期の声を私の記憶に残したまま一夜が明け,5日は16時からFrance5で1時間にわたり2002年NHKが作成した ドキュメンタリー が放映されました。広島の平和記念館に永久保存されている原爆被災者自身が描いた絵を元に作られたドキュメンタリーです。

当時中学生だった男性が原爆直後,倒壊した小学校に救助に行ったけれども瓦礫の向こうで助けを求める子供を助けることができなかった,と。この男性がその状況を描き,絵の左隅に縦書きで
「助けてあげられなくてごめんなさい。」
と綴っているのです。この綴りの下には瓦礫から伸びる小さな手とそれを握る男性の手。この男性は火がいよいよ迫って身の危険を感じるまでこの少年の手を握っていたそうです。


昨晩の母娘の悲劇とこの男性が目のあたりにした現実。

自分の目の前で助けを求める人を諦めなければならない瞬間。

「ああ,私ならどうするのだろう?」とずっと考えています。
なす術もなく諦めるのか,それとも共に火に飲まれる運命を選ぶのか。


はるか昔,私は高校の修学旅行で長崎に行きました。浦上天主堂で地に転がる爆風で吹き飛ばされた天使像の頭を見ました。
b0070127_239791.jpg
その後「この子を残して」の著書で有名な 永井隆(医学)博士 が生涯を終えた如己堂を訪ねました。原爆で住まいを失った永井博士が子供二人と生活したたった2畳一部屋の一軒家です。永井博士は勤務先の長崎医大で被爆した後,浦上(爆心地)近くの自宅に戻りました。そして台所があった辺りで溶けたロザリオ(→)を見つけそこに妻がいたことを悟りました。ロザリオは彼女がいつも身につけていたものだから。永井博士はバケツにロザリオ周辺の灰をかき集め納めたそうです。
その話を聞いた高校生の私は原爆が人間を溶かして消してしまうものだと知りました。
ロザリオをつなぐ鎖は溶けても残るのにヒトは簡単に跡形もなく消えてしまうのだ,と。
落下瞬間の温度は6000℃,爆心地半径200mは瞬間に全てが消失しました。
日本では広島も長崎も「原子爆弾」という同じ単語で表現することが多いですが,広島はウラニウム爆弾,長崎はプルトニウム爆弾が投下されていることなど詳細を国民は知るべきです。(私が原爆の詳細について知ったのはアメリカの歴史教科書↓です。英文,図とも明解!)


The Enduring Vision: A History of the American People, Concise Edition
Clifford E.,Jr. Clark Sandra McNair Hawley Joseph F. Kett Neal Salisbury Harvard Sitkoff Nancy Woloc / Houghton Mifflin College Div



昨日今日と原爆についての番組を見,脳の片隅に残っていた長崎での思い出を取り出して,改めて戦争はあってはならないものだと私は思いました。もちろん敵対するものを挑発する行為であるテロもあってはならないものです。


さて,原爆を投下したアメリカでもなく被爆した日本でもないフランスで「原爆」をどう語るのだろう,というのが私の興味でもありました。今日まで私が見る限り,意見を述べずに事実のみを流す番組が続いています。核保有国であるフランスがこうして原爆をテーマにした番組を放映したり,ニュースのたびに原爆特集を流し続けることは日本人の私にとってうれしいことです。これを見たフランス共和国民が「アメリカと日本のどちらが悪いのか?」ではなく
「核兵器を所有することがいいことなのか?悪いことなのか?」
を真剣に考えてくれることを期待します。もちろん日本國民も,ね。



十 Voici, Trackbacks! 十
Excite : <原爆展>来月、パリ市庁舎で 広島、長崎両市も協力
Excite : 原爆投下から60年、広島で記念式典=米国では依然根強い擁護論
Excite : 特集放送、米批判も 世界がヒロシマ振り返る
*長野智子Blog : 日曜日のスクープ!
*「メルボルン便り」 : メルボルンでのヒロシマ・ナガサキ被爆60周年記念 平和イベント


十 TBできないので【参考資料】 十
*日本経済新聞 : 原爆投下「後悔していない」・エノラ・ゲイ元乗組員が声明
*日本経済新聞 : 米国民の57%「原爆投下は正しかった」・世論調査

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by ma_cocotte | 2005-08-06 01:30 | 『?』なたわ言 | Comments(34)
Commented by seven_sea at 2005-08-06 07:54
私もこの番組をイギリスで見ました。 あとヒロシマ・モナムールと。
小さいころに見た、ヒロシマで「影になった人間」の写真を忘れることができません。60年。 これだけの年月がたっても、誰にしても忘れることができないものであると思います。 

戦争やテロはいやだ・・・と感覚で思う瞬間でした
Commented by ミリアム at 2005-08-06 10:28 x
日本でも”ヒロシマ”3時間の放送でやってました。
あの瓦礫に埋もれて母親に助けを求める少女の声は、本当にリアルで涙が止まりませんでした。
ココ様は広島の原爆資料館には行かれた事ありますか?
多くの遺品、写真などの展示物が生々しく悲惨な状況を語りかけてきて、たまらない気持ちになります。
戦争の意味って何なのでしょうね...。

そしてもうひとつ悲しいのは、世界で唯一【核】の犠牲になった国なのに、同じ日本国民でありながら平和公園の折り鶴を燃やしてみたり記念碑に落書きをしてみたりと無知なバカヤローが存在するという現実です。
Commented by cooyoyogi at 2005-08-06 11:33
フランスでは、関心をもって取上げられてるんですね。核保有国であるのに・・。嬉しいことですね。
昨夜テレビで見ましたが、アメリカでは日本に落とされたのは、
「大きな爆弾」 という認識しかない人が多いそうです。
「大きな爆弾」ではない「核」はそのときそこに居た人だけではなく、
その灰を含んだ風や雨をあびた人、胎内にいた人の体を
その後死ぬまで数十年も蝕み続けることを知らない。
最近では日本人においてもいえることだそうです。

事実を知って、次世代へきちんと語り継ぎ、犠牲国として核反対を訴え続けることが、
犠牲になった方々に対して唯一私たちができることではないでしょうか。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 14:42
■seven_seaさま。
BBCとTF1共同制作の番組ですか?
第三国の中立の立場で仕上げた番組でしたね。

閉鎖性や勘違いカリスマを持つ人間が現れて限られた武器で行われるテロは戦争と変わらないように思うことがあります。

今でも忘れないのが9.11の時,戦争を経験した両親から「大変だ,戦争だ」と電話がかかってきました。両親にとって戦争経験は一生のトラウマなので単純に飛行機がビルに激突する事実を見て「戦争」と連想したのです。

戦争反対しながらテロを許す方々っていったい・・・?
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 14:48
■ミリアムさま。
バラエティ偏重の日本のテレビでゴールデンタイムにぜひともこういう番組を流し続けて欲しいものです。フランスではTF1の番組をかなりの人が見たらしく,昨晩ニュースで礼が述べられたくらいです。

私は友人知人に広島,長崎出身の者が多く,第二,第三世代になるのかなあ。祖父母,父母が被爆者という家庭も多いのです。被爆していない友人達もある不安を今も抱えています。

無知なバカ野郎さんたちですが,戦争反対してテロは「事情があるんでしょー」なんて矛盾を言う方々も仲間だと私は思いますよ。日本に多いですね,この矛盾を語る人。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 14:58
■cooyoyogiさま。
私が興味あったのはフランスが戦勝国(いちおう,なんですけどね)であることと,核保有国の立場で原爆をどう語るかということだったのです。イラク戦争開始時のアメリカのように嘘番組ばかり流されたらどうしようか,と。
今のところ国や団体の意見を述べずに視聴者個々の感性に任せる番組ですね。事実だけを眺めるだけですが戦争や原爆に対する嫌悪は芽生えるのが普通ではないかと思いました。

建前では平和利用を宣言し,フランス国内は原子力発電所だらけなので国民主権国ならば将来的に核「兵器」廃絶につながるムーヴメントになって欲しいものです。

広島や長崎に投下前日,爆弾を飛行機に搭載するまえ,アメリカ兵たちが笑いながら爆弾にメッセージやサインを書いていたのは目に焼きついてしまいました。ただアメリカ人は投下した恐ろしさをわかっていてもそれを口では否定しなければ生きていけないという心理状態も災いしているように思います。

原爆は無差別テロとなんら変わりありません。
Commented by クロエ at 2005-08-06 16:07 x
今日明日は、メルボルンの中心部の広場、大きなイベントがいつも行われているフェデレーションスクエアにて、原爆60周年ということでイベントがあるようです。私は行きそびれておりますが・・・。
人の手で起こした悲惨な出来事に目をそむけず、未来の人に伝えていかなければいけませんね。
暴力に暴力を返せば、いつまでも平和は訪れません。どこにも争いのない平和な日々が、この地上に訪れることを祈らずにはいられません。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 16:31
■クロエさま,オーストラリアでは原爆60年をどのように報道していますか?興味あります。
今朝インターネットで検索すると日本での反応は涼やかで,むしろフランスではトップニュース扱いになっているほどのヒートアップです。日本は終戦記念日に頂点を持っていこうとしているのかなあ?気になるところです。

本当に人災でも天災でも瓦礫の向こうとこちらという状況はあり双方とも心理的にも肉体的にも悲惨です。だからこそせめて人災によるものはなくさねばならないと私は思います。
Commented by seven_sea at 2005-08-06 19:07
BBCとフランスの共同番組でした。 悲痛でした。それ以外の言葉がありません。

ところでロンドンでは増税が検討されているそうです。 理由はもちろん特別警戒の費用が一般財源からは追いつかないほどの支出の伸びをみせているから・・・かといってノーガードにしたらまた死傷者がでます。

日本でも近い将来、イスラム過激派がでれば「過激派対策税」として増税されるかもしれませんね。

テロリストに同情する人間は、こういった税金を余分に嬉々として払うのでしょうか? それとも自分や家族はいつテロリストに襲われても、本望だ、自分にはテロをされるだけの原因があるというのでしょうか?

一方でテロリストの親玉のビンラディンもそのNo2も大富豪の息子たちです。

新卒平均20万の収入の50%が「過激派対策税」とかになる可能性もあるわけです・・・・
Commented by seven_sea at 2005-08-06 19:10
↑テロリストに同情する人をみてこういう数字のからくりって彼らは知っているのだろうか? と思いました。

収入の50%が税金、しかもセキュリティ対策費の割合がほとんどだと、貯金なんかできないですよ。 一生借金まみれで暮らしていくわけです。もちろん今しているような贅沢なんてできません。 

物品には20%近い消費税とか・・・それくらいセキュリティはお金がかかるわけです。

でも大富豪テロリストは資金切れがないし、同情論(人員と世論に不足なし)とか寄付で犯行を決行します。 
あぁいやだ・・・(怒)
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 19:45
■seven_seaさま,疑問ですけれどイラク参戦しているにもかかわらず大英帝國はロンドン・テロが起こるまで特別警戒していなかったのですか?

・・・そりゃあやっぱり温存と言われちゃってもしょうがないですよね?

非武装うんぬん叫んでいる方々に限ってテロに同情しているのも疑問ですね。
Commented by seven_sea at 2005-08-06 20:02
一般のレベルでは何も警戒してませんでしたよ。 イラクの死者といえばワーキングクラスの中でも下のほうの階層だったからかもしれませんね。そういう国なんです。

それどころか、つい最近まで、パレスチナのプロパガンダ教育に国連で異議を唱えたイスラエルを「言論の自由の侵害」として非難してましたもの。 モスクや学校で「過激思想」を教えるのは言論の自由だと(笑)

>非武装うんぬん叫んでいる方々に限ってテロに同情しているのも疑問ですね。

その方たちに税金を払ってもらいたいです。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 20:59
■seven_seaさま,イングランドの対テロ警備は制服警官ですか?
フランスは1998年の段階ですでに迷彩色軍服を着て肩に銃を下げた兵士がパリ市内警備をしていますよ。空港もそうです。

イラク参戦した段階で特別警戒態勢に入って良かったように思いますが。
うーんー,大英帝國は無意味な自信を持っていたのでしょうね。

アメリカでは原爆擁護が57%で「投下しなかったら何人のアメリカ人が死んでいるだろう?」という理由。でも彼らはヨソの国で戦う「兵士」ですからね。原爆の犠牲者は兵士ではなく民間人です。原爆擁護している人々が9.11を嘆くのも矛盾に思えてきます。
Commented by koppa124 at 2005-08-06 21:57
永井博士の如己堂、小学校の修学旅行の時にバスの中から見ました。
バスガイドさんが「この子を残して」の一部を読んで聞かせてくれました。
子供ながらに胸が締め付けられるような気持ちになったことを今でも憶えています。小さな子供二人を残して逝くことはどんなに苦しいことだったでしょう。
宇宙から見た地球には国境も何も無いのにね。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-06 22:12
■こっぱさま,永井先生は放射線学が専門で原爆以前に残り3年の命を宣告されていたそうです。で,原爆による二重被爆。ご遺体は献体されたそうです。私は奥さまの緑さんが消えてなくなってしまったという事実が本当にショックでした。今もフランス人に原爆について聞かれると必ず「溶けて消えちゃうんだよ」と話してしまうほどです。
広島や長崎の出身の友人達は2世にあたるので体内爆弾と向き合って強く生きています。いつもその話題というわけじゃないけれどたまにその話題になります。毎日を生きるというのはそういうことなんだなあ,と思います。
Commented by akberlin at 2005-08-07 00:38
はじめまして。ベルリンにいるものです。
実はこの"Hiroshima"、ドイツのZDFでも放送されました。
再現ドラマはBBCのクルーが撮ったのですが、投下直後の
場面は日本では適当なロケ場所が見つけられず、
ポーランドの片田舎で撮影され、現地に日本人が少ないため
比較的近い、ベルリンから日本人エキストラが多数参加しました。
私もその中の一人だったので、この娘を失うお母さんのシーンの
撮影も現地で見ていました。
つらかったです。としか言えないです。

実は父と叔父が被爆者です。その日、二人ともたまたま学校に
行っていなかったので助かりました。父は爆心から2キロくらいのところの
軍事工場の機械の物陰にいて九死に一生を得たそうですが
お友達で一家全滅のひともたくさんいたそうです。

あまりにも凄惨な光景で父はほとんどこの話を私にしてくれたことが
ありません。むやみに恐ろしい話をしても怖がらせるだけだと思ったから
だと思います。私はこのドラマの撮影で被爆した広島の疑似体験
をしました。つくりもの、撮影とはわかっていてもその凄惨さが
身にしみました。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-07 03:31
■akberlinさま,はじめまして。
そして貴重なお話をどうもありがとうございました。拝読している途中で涙が出てしまいました。

そうだったのですか,ポーランドでの撮影だったとは。
adberlinさんはそこにいらしたのですね。

上のエントリーはあの母娘の場面のみを敢えて書きました。
瓦礫の下から助かった少年の話と対比させようか最後まで悩みました。
翌日のNHKのフィルムでは自分の目玉を手に乗せて呆然としている少年の話もありました。涙が出ました。

私は友人知人に広島,長崎出身の者が多く,ある友人の家には「誰にも会わせられないおじいちゃん」がいました。本当にどなたの話を伺ってもすべて異なるし比較なんてできません。

やはり瞬間に存在が消え失せてしまう・・・本当に恐ろしいものなのでしょう。
今もニュースでエノラ・ゲイのパイロットが肯定しているインタビューが流れましたがそういう心理に持っていかないと生きるのが難しいからなのだろう,としか思えませんでした。
Commented by kattyan60 at 2005-08-07 08:40
広島、長崎の記念館を訪れ、その高温と爆風の中に人が居る、爆心地から少し離れた場所で被爆された方、子供の姿は悲惨で目を覆うばかりだった。
僕も小さい頃に火傷を経験し、今もケロイドが残っている。
理由を如何に考えても許されるものでは無い。
ごめんね、昨日に書き掛けのままで、今日まで懸かりました。
Commented by macocotte at 2005-08-07 15:48
■かっちゃんさま。
全てが消失してしまった爆心地から少し離れた場所が本当にこの世なのにこの世でない状態になってしまいました。私が先日見た番組でも医師の証言で第四日目に異変が起こり体内から腐って細胞が働いている皮膚側と共存できなくなって息絶える,と。目玉が飛び出て自分の手に乗っても理解できない子供の姿・・・。

エノラ・ゲイの元兵士は自分が正しかった,と思い込まないと生きていけないのでしょうね。心理カウンセラーが発想の転換指導をしているように思えました。

アメリカでの支持者の言い分は「このままなら多数のアメリカ人が死んでいた」です。自国を戦地にしないで「兵士」が亡くなるのと,戦地というだけで無差別に一般市民に原爆を落とすのは等しく並んで語れる事項ではありません。ああいう発言を目にするたびに大国の勘違いに呆れるばかりです。
Commented by 枇杷 at 2005-08-07 17:09 x
今、この本が絶版で復刊リクエストがかかってます。ネット検索では古本屋以外に跡形もないんですよ…。

翼の影(ゲレオン・ゴルドマン神父)
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=24358

フランシスコ会に入った直後にナチスの召集→フランス→北アフリカ戦線を行ったドイツ人神学生のお話。しかし中身は信仰体験としても十分に読める、非常に濃い内容です。古本オークションで競り落としましたが、ナチスが関わっているということで信徒で無い方々にも歴史資料として珍重されているらしく、高いところでは定価の数倍で取引されてました。

永井隆全集〈第1巻〉サンパウロ ; ISBN: 480566410X
永井隆全集〈第2巻〉サンパウロ ; ISBN: 4805664118
永井隆全集〈第3巻〉サンパウロ ; ISBN: 4805664126

この方の本は文庫化もあったりして絶版ないです。実体験者の声ほど重いものはないので、こういったものは残してほしいですね。

さて、広島・長崎などを拠点に反核・反戦運動をしておられる方々は、アメリカや日本以外の核はきれいだと思われているのでしょうか…?アメリカを諌めるなら、フェアーに他の国をも諌めなくてはいけないわけで。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-07 18:06
■枇杷さまも気付かれていることと思います。
非武装やら反戦を簡単に口にされている方々は一方である宗教が好んで行うテロ擁護なんですよ。一方で何度も書いちゃうけれどアメリカ側の自己都合な弁護にはうんざりしています。他国を戦地にして兵士と言う身分での犠牲者の予想数と,戦地という理由だけで一般市民に原爆を落とした事実は並べて語ることはできません。自分がしたことを肯定しないと生きていけないほどの重さというのはあの自己弁護コメントを聞いているだけでわかります。アメリカ政府が最高の心理カウンセラーをつけてああいう発言ができる精神に持っていってるのでしょうね。

永井先生についてですが白黒の映画があります(近年のリメイクではなく)。先生は原爆以前にすでに余命を宣告された放射線障害患者であり原爆による二重被爆です。が,死に至るまでの清貧はカトリック信者の鑑となる生き方だそうです。これは母校で何度も聞かされました。夫婦の在り方,親子の在り方・・・21世紀の今でこそナンピトにも読んで知ってもらいたいです。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-07 19:39
■更に枇杷さまへ。
復刊リストの話ありがとうございました。
検索したら板橋教会にいらした神父さまですね。
日本にゆかりある方なら本当に復刊してもらいたいです。
日本ではフランスがアメリカのような戦勝国として扱われてしまいがちですが,実は戦争中のフランス本土はナチ政権下でした。こういうことを知ってもらうためにもこの復刊が実現されるといいなあ。
Commented by kaeru34000 at 2005-08-07 20:23 x
こんにちは。kaeruです。ココさんのコメントを見て私も、核保有国フランスがどんな風に原爆を放送するか、に注目してみました。昨日土曜日深夜M6局にてHiroshima, les cendres de l'enferという映画(12禁)をやっていました。日本でもこの時期毎年戦争もののドラマや映画は放送されますが、↑これほど描写が生生しいのは見たことがありませんでした。しかし、被爆国で無いフランスにとってはこれくらい刺激的な描写でないと、原爆がどれほどのものだったか、認識しにくいのかも、とも思いました。一方、ニュ-ス番組では日本の子供たちが原爆の歴史事実を学ぶ授業風景が放送されていましたが、大半は居眠りしている子供たち。キャスタ-のコメントは“60年経った今、戦争は子供たちにとって遠い存在になっているようです。”というものでした。私は残念な気持ちになりました。目をそむけさせず、↑くらいのリアリティのある映画で子供たちには歴史を知っておいてほしいもの。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-07 20:30
■kaeruさま,フランスでよく原爆について面白がる人がいる時にはっきりと「溶けて無くなっちゃうほどの熱だ」と言うと大抵黙りますよ。
フランスのニュースはテロでも死体をはっきり映すので日本人には刺激が強すぎることがありますよね。

私も居眠りする子供達の映像を見ました。
塾通いで疲れているのでしょうか?
テレビゲームの残忍な画面は許されて本当の映像を規制する日本の将来は危険だと思います。
Commented by melbournedayori at 2005-08-07 21:08
こんにちは、
メルボルンで行われた平和イベントのレポートで、トラックバックをいただきました。関心は高く、大勢の方が、集まってましたよ。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-07 21:38
■クロエさま,TBどうもありがとうございました。メルボルンのイヴェント,写真で拝見できてうれしいです。
フランスは核兵器所有国です。この原爆60周年についてのマスコミの取り上げようと国の在り方は明らかにつながらず,果たしてこの番組をどう捉えていいのだろう?と考えてしまう次第です。建前は国民主権で大統領を選ぶ国ですから未来の有権者がこういう番組を見ることで核反対に動いてくれると期待していいのでしょうか?そうなって欲しいです。
Commented by 枇杷 at 2005-08-08 12:25 x
「翼の影」は一気に読みましたが、「召命は日本へ」それがあまりにもはっきりしていたケースです。そして修道士となり、神学生としてナチスのSS入りをしてしまうわけですが、それは『神への宣誓もナチスへの宣誓も行わない』で認められてしまったそうです。つまりは、ナチスとしては『使える兵隊であればいい』ということだったらしい。主人公も主人公で、その立場(権限)を目一杯に利用して、転戦先の教会をそっと守ってきたり、ナチスが売り払った修道院の図書をパリの古書店で買い取って、ドイツに戻したり…と殊勝そうなんです。が、一方で、イタリア人司教に銃をつきつけ、戦死する兵士の最期のときに必要なホスチアをもらったり、無理やり当時の教皇さまに謁見とか無茶苦茶やってます。そして捕虜として収容所内での宣教の折にフランス軍による収容所管理の劣悪さに抗議→悶着、そしてナチストとして処刑寸前数回…それをシスターたちの祈りと機転に救われ…と。これはいろんな人に読んでほしいですね。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-08 15:51
■枇杷さま。
この神父さまがフランスの捕虜になったのはアルジェリア時代ですか?
ナチ隊員ならフランス国内で捕虜になることはまずありません。
かなりサバイバルな半生を1960年過ぎまで欧州とマグレブで送ってその後東京の下町での宣教職というのも濃い人生ですね。

お金で私腹を肥やしてユダヤ系をナチに渡した神父がいる,とたびたび日本人から聞いています。果たしてそれが牧師なのか神父なのか本当のところを知りたいです。「キリスト教」という枠組みでしか知ろうとしないヒトにとっては牧師も神父も同じです。が,神父や修道女は私腹は肥やせない戒律があります。でも枇杷さんのこのコメントを拝見するとドイツやイタリアには政府側の立場に立つ司祭や修道女がいたのでしょうねぇ。
Commented by 枇杷 at 2005-08-08 17:11 x
ma_cocotteさま>1939年に召集(この年にゲシュタポによって修道院解散→書籍流出がパリで本人に分かる→買い戻し→ドイツに送り返す)、'42年に看護班への異動、’43年シシリー島にドイツ軍生き残りの退却の援護へ、’44年イタリアで捕虜、アルジェの収容所へ、'45年モロッコ、フランス経由でドイツ帰国、’54年日本行き査証取得→来日…となります。ドイツ帰国後もアメリカ軍に何度か連行されたようですが、ナチ内部での教会支持者(主にプロテスタント)などによるヒトラー暗殺計画に間接的に関係していたことから嫌疑が晴れたそうです。ナチのなかに教会に好意的な人物もいて、この方が反ナチで裁判にかけられたとき死刑→一転無罪となったなど手を回していたようです。そういう人たちがヒトラー暗殺を計画していたのを知っていて、伝令役をしていた時期もあったとか。とにかく、ナチの内部でもスパイ戦だったようです。イタリア人司教に銃をつきつけたのはどうしても最期の聖体拝受につかうホスチアとそれを持ち歩く権限が必要であえて…だったようです。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-08 17:41
■枇杷さま,私がずっと気になっていたのがプロテスタントとカトリックの違いを知らない人が単純に「私腹を肥やすためにキリスト教聖職者がユダヤ人に金を要求した」という一文なんですね。いちおう建前としては家庭を持って献金で生活するプロテスタント牧師一家と俗世の縁を切って修道院という庇護の下にいるカトリック聖職者を一緒くたに語ることはできません。厳格な上下関係の中にいる聖職者が小銭一枚持つことさえ罪に思っている方が多いので・・・戦争中だからそういう人もいたのかなあ?と。
日本ではフランスを単純に戦勝国と教えるのみなので,第二次大戦中もフランスがアメリカのように戦場にもならなかったと思い込んでいる人も多いです。実際は目に見える地上はナチに征服され,反ナチ(=レジスタンス)への公開処刑は合法でした。このベースがないと戦時史の捉え方が異なってしまいます。そういうことも考えるとこの神父さまの著書のような市民における戦争史が復刊されることは意義あることだと思います。
Commented at 2005-08-08 20:58 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-08 21:38
■20H58鍵さま,情報ありがとうございました。
実は私が常々持っている疑問点ですが日基はなぜ反ユダヤん,親アラブんなのですか?聖書主義ならば親ユダヤんになるでしょう?

どうしてもつじつまが合わなくて頭の中がギクシャクしています。
単なる自虐&同情といういつもの思想の延長でしょうか?

だとしたらうんざりだわ(笑。
Commented at 2005-08-08 22:19 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2005-08-08 23:06
■22H19鍵さま,貴重な情報をありがとうございます。
ふーん,だとしたら「聖書読め」「聖書だけが正しい」と大学なんぞの授業で言いながら,実際は聖書を無視した歴史観ですね。手前味噌の都合のみの解釈です。ぶった切りたい(爆笑。
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