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「一年の計は元旦にあり」だったら、
・・・非常に困る。困るのだ。
というのも、大晦日夜から今現在までココんちでお湯が使えないのである。元旦朝から不愉快マックスなんである。
日本國は関東平野で生まれ育ったま・ここっつぁんには新年を迎えるに当たって「なんとなくニッポン人」な儀式がある。それはまず大晦日の夜に一年の垢を流し、新年の朝に更にもう一度身を清めることである。喩えるなら(畏れ多くも畏くもな喩えであるが)、墺太利のマリア・アントニア皇女が嫁入りのため仏蘭西に入国するに当たって母国の物をすべて取り去り、王太子妃マリ・アントワネットとして仏蘭西の物を身につけるがごとくなんである。

大晦日の夜はいつもの夕飯にちょっと毛が生えたような献立を並べ、それを短時間で義務的に食べ尽くしたま・ここっつぁんは恒例の儀式のため浴室に向かった。実家であれば41℃のお湯に肩まで浸かれるものの、ココんちではそれも叶わぬ。せめてシャワーで一年の灰汁、垢、不運を洗い流そうとしたらお湯が出て来ない。石鹸の泡というものは不思議なもので冷水だと体からきれいさっぱりと拭えた感触に成らぬものだ。
・・・っち。
この一年の垢を落とせないのかよ?
時計を見れば10時になるかならないかというのにま・ここっつぁんは寝ることにした。寝ちまえばこっちのもんで我が身にこびりついた灰汁やら垢にイライラすることもなかろう、ということだ。それと大晦日の夜の献立のためにいつもより洗い物が多かったゆえお湯が足りなくなったのかもしれない、新年明ければお湯が使えるかも?なんていう淡い期待を胸に秘めながら熟睡した。おそらく深夜だと思うが、遠くから花火が打ち上げられる音が聞こえた。夢かな?いや、現実であろう。兎に角、運良くお湯に絡まれるような悪夢も見ずに元旦の朝を迎えたま・ここっつぁんであった。

ところが、新年を迎えたココんちの蛇口からお湯は一滴も落ちなかった。ま・ここっつぁんの「なんとなくニッポン人」な儀式の後半部分は実行不可能となった。
無念でござるぞ。口惜しうござるぞ。
目を開いていると元旦に身を清められないことのイライラが募るばかりなので、左からお日様が昇り始めたばかりなのにま・ここっつぁんはフテ寝を決め込んだ。一方、ココんちのフランス人♂(もん・ここ)であるが、夜中から
「Bonne Année! ぼなね~!
Bonnes fêtes! ぼんぬ・ふぇっとぉ!」
と、ま・ここっつぁんのイライラハートを逆撫でる言動を繰り返し続ける。この上ない嫌がらせである。世が世ならばぶった切るであろう行為である(ちなみにま・ここっつぁんは守り刀なんぞ持っていないが、ヘンケル社の包丁は実家から持ってきたね。父親からもらったチロル万能ナイフもあるでよ)。

元旦となり、ココんちのたれ目はクロワッサンの端っこについた干しぶどうのような視線をま・ここっとに投げつつ、台所のコンロ二つに鍋を並べて湯を沸かし始め、湯が沸けば玄関を横切って風呂場に運んで湯殿に貯めるという作業を始めた。その後、ひとりで
あっは~ん。うっふ~ん。ぶっはーっっ
と、日経の連載小説のごとく擬音を吐きながら自身の清掃作業に入った。それを耳にしたま・ここっつぁんの脳裏にはむかーしむかしの母の胎内から出たばかりの赤子の産湯やら江戸時代の殿(とん)さんの入浴なんぞが浮かんだ。
ひとり、数役とは気の毒よの~。
と、思いつつも、まあ、もん・ここには身分相応なり。彼が冷静なのもガキの頃から通ったコロニィ・ヴァカンス(林間学校のようなもの)で身に着けたのか・・・よく考えれば仏蘭西といふ国の男女はかつて徴兵制もあったのでサヴァイヴァル時の修行が徹底されていたりもするのだ。先日もサン・シール陸軍士官学校の学生が雨がそぼ降る湿地帯で泥だらけのまま冷たい缶詰をかっ食らっているのが放映されたっけ。あんなこと、私はできん。したくもないべ。
あっはん♪うっふん♪と元旦からぶらヴぉなもん・ここを横目に、ま・ここっとは新年が明けた、めでたい元旦だというのに不愉快な一日を送らざるを得なかったことになる。どうももん・ここに着いていけない。故に元旦夜に「アリ・ポッテェ(=Harry Potter)のなんたらかんたら」がテレビで放映されたにも関わらず、数分眺めただけで目を瞑ることに決めたのであった。

2006年1月2日の朝は耳元で聞こえる変な音で目が覚めた。重い頭を持ち上げて確認すると、暗闇の中でココんちの猫・レアたんがもん・ここのたわし頭をいとおしそうに舐めていた。やっぱりココんちの猫はもん・ここをヒトと認識しておらぬわ。ヴぉーふぉっふぉっふぉ。

それはいいとして、2006年1月2日。仏蘭西共和国はいつもどおりの朝を迎えた。元旦が日曜日であっても振替休日制度のない仏蘭西なのでテレビ番組も平常に戻った。学校も仕事も始まった。そんなわけで朝8時半過ぎ、ココんちの給湯器を取り付けた地元業者に電話をした。いつもどおりもん・ここが要領を得ないアプローチをしたため、業者は「来週に行ければいいかなあ・・・」とひどい返事を返してきた。
これから1週間お湯を使えないっ!? っき~っっ!
ま・ここっつぁんのコメカミから血の花火です。ココんちのタコに「あんたが給湯器を備え付けたンぢゃあ!と叫べ!」と影番のごとく指導。タコ(=もん・ここ)がそう受話器に向かって言ってみると、業者は「何?今日夕方に伺います。ええ、もちろん」と態度を変えた。おいおい、この1週間の違いはどこにあるんだよ?ったく仏蘭西ってぇ国は・・・。呆れることばかりである。んで、こう言ったところで、果たして業者は夕方、必ず来るのだろうか?口約束すっぽかしはあったりまえだのクラッカーな仏蘭西である。つまり1月2日、ま・ここっつぁんは自宅待機、一歩も外に出られまへんのや。明日はま・ここっつぁんの生誕記念日だっちゅうに。

「一年の計は元旦にあり」が本当ならば、2006年一年間、ま・ここっつぁんは垢まみれで臭い女ということだ。誰も近寄るなよ。例年にも増して臭いンだから。

ココんちのタコのあてにならぬ話ではあるが、6月には引越というイヴェントもあるらしい。
それだって汗をかく作業ぢゃないか・・・。


le 2 janvier 2006, Basile

ったく、新年一本目のエントリーがこんな話。こんなはずぢゃなかったのに・・・。
かみさんの怒りはココんちにピンポイント攻撃した模様。
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by ma_cocotte | 2006-01-02 17:52 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
Commented by M@s@sumi at 2006-01-02 22:16 x
ma_cocotte様

遅れ馳せながら、新年明けましておめでたうございます。本年も旧年同様宜しくお願ひ申し上げます。

洗面器一杯のお湯で全身洗ふといふのは、森鷗外先生が小倉左遷時代に実践してゐた入浴法ですね。『鶏』といふ短篇にその事が記されてゐます。非常に短い作品ですので、興味がおありでしたら、是非お読みになつてみて下さい。

森鷗外『鶏』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/files/42375_18250.html

Commented by ma_cocotte at 2006-01-02 23:03
■M@s@sumiさま、あけましておめでとうございます。
ぼなね~。
こちらこそよろしくお願いいたします。(株に強くなりたいぞ)。
おお、鴎外先生。高校時代、現国で徹底分析いたしましたぞ。
森先生のHP小説、ありがとうございます。
こうして読めるなんて・・・感謝!
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