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せっかく復活したのに40日なんてあっという間。
こんにちは Ascension アサンシオン、昇天祭の祝日です。
復活祭から40日目、イエズスさまが天国に戻らなければならない日です。

エクサンプロヴァンスのサン・ソヴール大聖堂の正面から屋根の上の大天使ミカエルをお見上げ申し上げましたが、遠い、遠すぎます。

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天国というところもミカエルの更に向こうの空遠くにあるのでしょう。


天国の門前に着いたところで、門の右にいらっしゃる聖母と赤子は優しく微笑んでいても、門の左のトントン・ピエール(=ペトロおぢちゃん)は怖い顔をしてぎゅっと門の鍵を握ったままです。もし罪が赦されて中に入ることになったとしても、天国の門はあまりに大きく重すぎてひとりではそう簡単に押し開くことはできなさそうです。ピエールおぢちゃんは門を開けるために力を貸してくださるのでしょうか?
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Veni creator Spiritus,           Viens en nous, Esprit Créateur,
Mentes tuorum visita:           Visite l'âme des tiens.
Imple superna gratia            Emplis de la grâce d'en haut,
Quae tu creasti pectora.         Les coeurs qui sont tes créatures.

Qui diceris Paraclitus,           Toi qu'on appelle Conseiller,
Altissimi donum Dei,            Don du Seigneur de Majesté,
Fons vivus, ignis, caritas,         Source vive, Feu, Charité,
Et spiritalis unctio.              Toi qui es onction spirituelle.

Tu septiformis munere,          Toi, le Donateur aux sept Dons,
Digitus Patemae dexterae,        Puissance de la main de Dieu,
Tu rite promissum Patris,         Toi que le Père avait promis,
Sermone ditans guttura.          Qui fait jaillir notre louange.

Accende lumen sensibus,        Mets ta lumière en nos esprits,
Infund amorem cordibus,         Répands ton amour en nos coeurs,
Infirma nostri corporis           Et que ta force sans déclin
Virtute firmans perpeti.          Tire nos corps de nos faiblesses.

Hostem repellas longius,         Repousse l'adversaire au loin;
Pacemque dones protinus:       Sans tarder, donne-nous la paix
Ductore sic te praevio,          Ouvre devant nous le chemin
Vitemus omne noxium.          Que nous évitions toute faute.

Per te sciamus da Patrem,       Fais-nous connaître Dieu le Père,
Noscamus atque Filium,         Enseigne-nous aussi son Fils,
Teque utriusque Spiritum         Et fais-nous toujours croire en toi
Credamus omni tempore         Toi qui es leur commun Esprit.

Déo Patri Sit Gloria,            Gloire à Dieu le Père éternel,
Et Filio, qui a mortuis           Au Fils ressuscité des morts,
Surréxit, ac Paraclito,            A l'Esprit saint Consolateur,
In saeculorum saecula.           Pendant tous les siècles des siècles



死後の世界で役立つであろう「現世における死語」、つまりラテン語(左)と仏語訳(右、斜体)の文章を久しぶりに手にしましたが、フランス語はラテン語系とは言え、こうして並べてみるとラテン語と似ているようで大して似ておりませんね。寧ろ、英単語を連想できる単語がラテン語にあったりなんかして。最終節くらいがフランス語を見ずに何言っているのかわかる一文かもしれません。英語とラテン語と言えば「小さな恋のメロディ」という映画でマーク・レスターがラテン語の宿題か何かを忘れて先生からお尻を棒で引っぱたかれるおしおきを受けるシーンがありました。小雨降る中、墓場でデートするマークとトレーシィ・・・がーぶちょん♡
いずれにせよ、日本語を連想できる単語はラテン語にはなさそうです。あの世でもハンデありすぎ。こんにちから10日後の Pentecôte 聖霊降臨に期待したいところです。

21世紀になって第二外国語でラテン語またはギリシャ語を選択する中学生がフランスで増えているそうです。ギリシャ語はギリシャで使えるけれど、ラテン語を習得したところで彼らは何に生かすのでしょう? 「駄・ヴぃんち・コード」の解読でしょうか?


le 25 mai 2006, Sophie
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by ma_cocotte | 2006-05-25 04:00 | 『春』 Rien de spécial | Comments(22)
Commented by hi-vison_1103 at 2006-05-25 09:53
おふぁよー(^ー^)
かろうじて、知ってる(わかるというより)単語が右にあるかな?ぐらいでクラクラしてる最中.....byクロエ
Commented by Μασασυμι at 2006-05-25 10:40 x
m@_cocotte様、今日は。

>ギリシャ語はギリシャで使えるけれど、ラテン語を習得したところで彼らは何に生かすのでしょう?

m@_cocotte様は佛蘭西で暮らしていらつしやるのに、へんな事を仰いますね。佛蘭西では羅甸語の知識がないと、知的乃至文化的な世界に触れる事ができませんよ。高級インテリを対象としてゐる訳ではない本や雑誌を読んでゐても、羅甸語の字句が註釈なしで出て来ます。年末になると一斉に売り出される手帳の中で最も有名なのは「QUO VADIS」です。わたくしが通つてゐた○幌○星高校では「宗教」といふ科目があつて、毎授業の始めに「Ave Maria, gratia plena. Dominus tecum, benedicta tu. In mulieribus et benedictus. Fructus ventris tui Jesus. Sancta Maria, mater dei. Ora pro nobis pecatoribus. Nunc et in hora mortis nostrae. Amen.」と唱へましたが、大抵の佛蘭西人はこの祈祷頌を知つてゐる筈です。(つづく)
Commented by Μασασυμι at 2006-05-25 10:50 x
(つづき)さう云へば、わたくしが○レ○トに住んでゐた時(1993~97年)に、私のアパルトマンにリセアンが遊びに来た事がありますが、彼は本棚に羅甸語の文法書や辞書があるのを見て、わたくしに「Latine loqueris ?」と訊きました。また、高等教育を受けてゐないパン職人の家に夕食に招待された時、彼は「Fiat lux !」と云ひ乍ら照明を点け、電灯が点くと「Et facta est lux」と云ひました。教育程度が大して高くないこれらの人たちでさへこの程度の羅甸語の知識があるのですから、佛蘭西で羅甸語の知識ゼロだとちよつとまづいではないでせうか。少なくとも、「Alea jacta est」、「Veni, vidi, vici」、「Cogito, ergo sum」、「Quod erat demonstrandum」、「Roma non uno die aedificata est」といつた言葉を文法的に説明できる程度の知識を持つてゐないと、辞書を引くことすらできません。と爾云ふ次第です。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-25 14:06
■hi-visonクロエさま、ラテン語族ならもそっと似ていてくれても良かろうに、
と唄いながら(↑実は歌)思いました。あたすの脳内フロッピーはもう
入るところがないのでラテン語は断念だにゃあ。っくしょーっ。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-25 14:56
■ Μασασυμι さまっておいくつですか?
まさか1950年代生まれではあるまい。
マリア会ってきょうび日本の少年達にラテン語の祈りを唱えさせていますか?
それ、すっげーっ!ことですぜ。
私が耶蘇女学校でラテン語に触れたのはアデステです。今も暗誦できます。多分、天国の門前でもこれで突破しよう、と目論見です。へへへ。
そういえばLys Blanc 耶蘇女学校でAve Maria やらAve verum
Corpus の合唱が義務になっておりましたにゃ。

第二ヴァチカン公会議(1962~64年)以前は世界中どこのカトリック教会
でもラテン語ミサがあげられていたので信者ならラテン語は式次第範囲で
あっても身についていますね。わが恩師もかなり高齢ですが、長崎生まれ
のボンクリなんでイタリア系修道会にいても私が見せた御絵のフランス語文
を見て的確に単語を訳せますです。どうもカンが働くようです。

M@s@sumi さんが接したパン職人さんも1960年以前に堅信まで
終えてらっしゃるとか、Pratiquant だったりなんかしません?
まあ、ブルターニュは信仰濃厚なことで有名ですもんね。Pratiquant
も多いのでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-25 14:57
■だがなー、M@s@sumi さまよ。
1960年以降の生まれだとラテン語に触れない、ミッテラン後は水曜日
の公教要理に出席するガキも激減です。私がたまにミサに行っても
奉納の祭儀以降でラテン語を選ぶ司祭も滅多におりません。
ラテン語がやはりカトリックに深く関わるものというのは間違いありますまい。
文学で登場するのも略称が主で文章に接することはなかなかっす。
というわけで、最近、ギリシャ語やラテン語を取る中学生が増え始めた
ことがニュウスになったんだと思いまする。

日本國のカトリック教会(教区ね、教区)はラテン語の「ら」の字も使わん。
祈祷は現代文になるわ、大司教の紋章にラテン語でなく日本語を入れる
方まで多々現れ・・・もう終わりだ。 ぶくぶくぶく。
Commented by あぐねす at 2006-05-25 21:14 x
はじめまして!

大司教の日本語入り紋章には私もちょっと…(私の学校でも校章にはラテン語入りだったのに!それにしてもあの紋章の色といい、日本語といい…)

私も第二ヴァチカン公会議以後生まれなんで、ラテン語背面式白おべべ侍者ミサにでてみたいものです。だから、ラテン語にあこがれちゃうのかな。語数が少なくて済むから便利だしね。

最近のミサの変わり様には、もうついていけませんわー、口語式祈祷文には口ごもごも…跪きもなくなった…(これも信者の高齢化のせい?単に、主の食卓を想い再現してる最中に跪き台を倒す音で興ざめするからなのか???)

ところで、こんなDVDが。
ダ・ヴィンチ・コード ザ・トゥルース・あの世界的ベストセラーは全て嘘だった!?(サンパウロのネットショップより)
わたしゃ、こっちの方が興味あるな、陀 ヴィンチ・コードすら読んでないけど。
Commented by 枇杷 at 2006-05-25 21:33 x
私とメールやり取りしたある日記サイトの人のお話だと、プロテスタントからカトリックに来ても「大した変わりもなかった」という言葉を『期待はずれだった』つう意味で仰る方があるんだそうで。
つまり、日本では「宗教音楽」の人気も高いし、スペシャリストも大勢いるから、私含めてクラシックファンはそういう文化を教会には大事にして欲しい方向の人もいるんですね。でも実際に日本のカトの現状を見て、確かに現地語主義は大事だけど、ラテン語で伝わったもの・伝えてきたものも大事に出来んか、というのがあります。私は不勉強なので、KTOの中継は半ば一つのリサイタルを見ている感じでも見ています。KTOで中継が入るのはそれだけクオリティ高いんですが。

で、そういうガッカリ感を持った人がキリスト教の要理とか聖書を学ばないうち、P会とかS会とかいうカトリックの原理主義や亜流に引っ張られるのではないかなあ、と。カトリックに求められているものはプロテスタント化ではないと思います。日本の聖職者の皆さまは勘違いしているなあ、と思います。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-25 23:03
■あぐねすさま、はじめまして。
大司教さまの紋章には実は決まりがあるらしいのですが、どうも日本だけ
例外のようですね。紋章というものは別に「誰にでも分かるもの」ぢゃなけ
ればいけないなんて決まりはその条件にないと思うのですが。というか、
日本人だけにわかる標語が書かれた紋章って・・・非常にドメスティック
ですよね。

私も第二ヴァチカン公会議以降ですが、黒革聖歌集育ちなので最新の
日本で主流のごミサには着いていけません。跪けない人は跪かなくて
良い、それが思いやりなのであって、跪ける人は跪くべきですよ。跪く
のを我慢することで跪けない人の気持になるとでも言いたいのかもしれ
ませんが、それも日本固有の発想ですね。なんでこんなことになっちゃった
んだか。最近の典礼に魅力を感じた人には私のような前世紀の遺物とは
永遠に相容れないように思いますが、これも前世紀があわせるべきこと
なんでしょうね。あーやだやだ(笑。
駄・ヴィンチこーど・The Trueth の方が面白いですよ、おそらく。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-25 23:10
■枇杷さま、ミサというのは日常からの異空間で良いのですよね。
聖俗の区別があって当然のはずなのに、俗の人にわかるために聖が
歩み寄ってどうするんだろう?確かに歩み寄らねばならないことが多々
ありますが、ミサなどの習慣は寧ろ守るべきだと思います。こういうのを
伝統破壊とでも言うのでしょうか?最近ようやくわかってきました。
みことばの祭儀は現地語がいいと思いますが、奉納以降はラテン語や
旧旋律を残した方がいいように思います。

プロテスタントは賛美歌がいいですね。「主にまかせよ」や「神ともにいまして」
が好きです。
Commented by Μασασυμι at 2006-05-25 23:59 x
m@_cocotte様、今晩は。

わたくしは1950年代の生まれではありませんよ。勿論、1940年代以前の生まれでもありません。いづれにしましても、現在は○幌○星高校でも日本語(現代口語版)による祈祷文を唱へてゐるさうです。羅甸語による祈祷文は1980年代後半頃に廃されたやうです。

わたくしに「Latine loqueris ?」と訊いたリセアンは当然十代でしたが、「Fiat lux !」のパン職人もまだ二十代後半でした。リセで羅甸語を履修した佛蘭西人なら、簡単な羅甸語会話はできるのでせう。実際、羅甸語の音声教材も売られてゐますからね。名にし負ふASSIMILから出てゐる『LE LATIN SANS PEINE 』はこれから羅甸語を学んでみたいと思つてゐる方にお奨めの教材です。(勿論、仏蘭西語が読める事が前提ですが。)

LE LATIN SANS PEINE (ASSIMIL)
http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/B00008CTK5/

(つづく)
Commented by Μασασυμι at 2006-05-26 00:01 x
(つづき)さう云へば、Google には羅甸語版となんちやつて羅甸語版があるのを御存じですか。世界の羅甸語の学習人口は我々日本人が思つてゐる以上に多いやうです。

Google 羅甸語版
http://www.google.com/intl/la/
Google なんちやつて羅甸語版
http://www.google.com/intl/xx-piglatin/
Commented by ma_cocotte at 2006-05-26 00:26
■ Μασασυμι さま、Googleは確かユダヤん系なのにラテン語も作って
くださるとはありがたや。「なんちゃってラテン語版」というのは「ラテン語」と
どう違うのです? ヴぁかちんの国民は700人強ですが、彼らが日頃ラテン
語で暮らしているのか?と言えばそうではないぢゃろー?

わたすは1999年に日本を出ているので現代口語の祈祷文は知っている
けれど覚えるつもりが今のところありません。なんと言いましょうか、
日本語だからこうも簡単に文章が変えられるのであって、英語や仏蘭西語
ぢゃ難しいですよね。英語は今もThy Thou Theeで主祷文を唱えている
のかしらん?変えられるとしたらここなんだけれど。あ、be動詞も伴って
変えられますね。
仏蘭西語は変えどころがないというか、その日の気分でラテン語のまま
祈ったりしちょりますね、まだ。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-26 00:30
■ んで、Μασασυμι さま、リセでラテン語は必修なんすか?
きょうび仏蘭西のお若い方々のラテン語力は水曜日の過ごし方にかかっ
ているでしょうね。サントル・アエレに預ける中道左派より左ぢゃ無理だんべよ。
ラテン語教材、図書館で探してみます。・・・ってヘブライ語やギリシャ語も
興味あるんぢゃが。べるりっつの「はい、できます」シリーズも目に見える
エフィカスありかも。夫にはこれの日本語教材が一番効き目ありました。
Commented by IW∩S∀S∀W at 2006-05-26 09:40 x
m@_cocotte様、今日は。

佛蘭西のリセでは、羅甸語は必修ではなく、幾つかの外國語の中から選択して履修するやうになつてゐるのです。

昨日、御紹介した『LE LATIN SANS PEINE』はカセット付きでしたが、本だけでも売られてゐます。わたくしはカセットが付いてゐない方を買ひました。

LE LATIN SANS PEINE (カセットなし)
http://www.amazon.fr/exec/obidos/ASIN/B00008CTCF/

実は、わたくしはこの本を二度買つてゐるのですよ。

一度目は東京で買ひました。大学1年の時に、アテネ・フランセに初級羅甸語を習ひに行つたのですが、授業中に「佛蘭西では、羅甸語を生きた言語を学ぶのと同じやうに学べる教材が出てゐるんですよ。」と云つて紹介されたのが『LE LATIN SANS PEINE』でした。それで、わたくしは本だけ買ひました。

二度目はブレストで買ひました。本屋で『LE LATIN SANS PEINE』を見掛け、懐かしさの余り衝動買ひしてしまひました。(つづく)
Commented by IW∩S∀S∀W at 2006-05-26 09:47 x
(つづき)さう云へば、英國では英語は外國語ではないので、外國語学習に割けるエネルギーを古典語に回す余裕があるのか、佛蘭西よりも遙かに羅甸語の履修率が高いやうですね。ハリー・ポッターが唱へる呪文なんて全て羅甸語ですよ。

希臘語を学ぶなら、牛津大学出版から出てゐる『Beginning Greek』がお奨めです。これは大学の初級希臘語の教科書だつたのですが、大変優れた教材です。

Beginning Greek (Oxford University Press)
http://www.amazon.com/gp/product/0195010132/

なんちやつて羅甸語については次のウェブページを御覧下さい。

第四十七夜 googleの遊びゴコロ
http://d.hatena.ne.jp/alpinix/20040319
Commented by hi-vison_1103 at 2006-05-26 10:23
まここっつぁん、おふぁよ。
右上の写真(^^;)
「(@_@;)(@_@;)(@_@;)」
それに、
「っくしょーっ。」っていうのもいいなぁ(^^)
以前の、「めらめら....」の頃の「きーっ!」も好みてしたが。
こんてんぽらりー。
言葉を見る楽しみもあるんでがすよ、ここ♪byクロエ
Commented by ma_cocotte at 2006-05-26 15:31
■IW∩S∀S∀Wさま、第二外国語の選択科目ですが以前の人気は
独逸語や英語だったのに、21世紀に入って中学生がギリシャ語やラテン
語を第二外国語に選択するようになったのでニュウスになったのです
よ。政府としては喜び事項だったようです。ちなみに仏蘭西のGoogle で
Latin collège でググると pédagogie 資料がたくさん出てきます。
面白いですよ。

偶然ですが私も二度同じ本を買うことになったことがあります。
日仏の実験クラスで無料配布された教科書がなぜか留学先での購入
義務本で、日本から持って行かなかった私は再び買うはめに。ついでに
問題集とpédagogieまで買っちゃったあるよ。へへへ。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-26 15:40
■で、 IW∩S∀S∀Wさま、大英帝國のラテン語教育ですが、必修ですよ。
(ただし近年製造されたComplehensive School については存ぜぬ)
公立校における聖書の授業も必修です。これも最近、異教徒は退席できる
権利が与えられましたが。
語学関連はオクスフォードの出版が優れていますね。私も英仏でWord
Routes を持っています(って、こちらの英文科必須購入書の
一冊だったんでしかたなく買ったんだが、買って良かった)

知人(修道女)はこちらがヘブライ語について話すと、ギリシャ思想を
忘れてはならん、と毎回釘を刺して来ます。わがエゲレスびとの友人は
ギリシャ語を学んでいたけれど悪戦苦闘していましたぞ。私が我が名前を
ギリシャ語で書いてくれるよう頼んだら、存在しない音ばかりでした。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-26 15:46
■hi-visonクロエさま、右の写真はカトリックの司祭になるための叙階式です。
一度このように床に全身をうつぶせて自分が死んだことを表し、立ち上がった後
「司祭」になります。写真はバチカンで先日行われたもので、教皇
によって叙階された15名の若者です。叙階式は実物を拝見すると
意外にも感動するものです。地元でも6月にひとり叙階される助祭がいます。
見に行っちゃおうかなあ・・・と思っているところ。うっふん。

っくっしょーっ!は神田っぽいでしょ? っき~ぃっ!はオすP!
Commented by Μασασυμι at 2006-05-26 17:00 x
μα_κοκοττε様(←希臘文字には羅馬文字の「c」に対応する文字がないので、「κ」で代用しました)、今日は。

ほお、さうでしたか。大英帝國では羅甸語は必修なのですか。流石ですな。わたくしは以前、エリート男子校では必修だと聞いた事はあるのですが、大衆向けの学校の事までは知りませんでした。すると、ハリー・ポッターが羅甸語で呪文を唱へても、普通教育を受けた英吉利人は皆(元・劣等生を除く)理解できる訳ですね。

日本の大学の英文科の学生の大半は希臘語も羅甸語も学ばないやうですが(それは佛文科や獨文科でも事情は同じなんですが)、西洋古典語の知識ゼロのまま大英帝國に留学すると、困るのではないでせうか。
Commented by ma_cocotte at 2006-05-26 18:24
■ Μασασυμιさま、公立校での聖書とラテン語は必修だったはずです。
(こちらの大学でのCivilization で学んだ事項ですが)
上述の通り、近年の異教移民が激増したことで礼拝や聖書の授業を
退席する権利が認められました。全寮制学校ですとたいていアングリカン
経営の学校になりますが、カト信者のために司祭が出張ミサを行ってく
ださいます(イートンのHPにも掲載されていますね)。わが友人(日本人)は
オクスフォードの女学校におりましたが同様で、彼女はローマンか
つ寮長だったのでいろいろミサごたえの役目をもらっていたそうです。ア
ングリカンは欽定聖書のこともあり、小学生からラテン語を学ぶことでヂェームス
王の偉業を実感することができたのでしょう。私も共に学んでみたかったある。
日本國の英文科ですが日本語の授業ってぇのが羨ましいっすよ。
仏蘭西の英米文科DEUG1年で仏蘭西語の授業は英→仏訳、仏→英
訳、文法の3授業のみです。日本國の英米文学だと英語学や言語学で
接頭・接尾語の語幹についてラテンやギリシャ由来を学びはしますが。
これはこちらでの仏蘭西語の授業で同様のものがあり役立ちました。
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