火曜日の夜、ドイツvsイタリアのワールドカップ準決勝戦を見ていて思い出したことがある。
フランスのテレビ中継は競技場に出る直前の選手達の様子から映し出されるのだが、白いユニフォームを着たドイツ人と独特な青色のユニフォームを着たイタリア人はあきらかに違う人種だ。外国人に見慣れない日本人から彼らを見るとドイツ人もイタリア人も同じ「白いヒト」かもしれないが、おそらく彼らが同じに見える要素は日本人より「彫りの深い」顔立ちだけなんぢゃないか、と思う。 ちょっといわゆる「一見白いガイジン」というカテゴリーを見慣れてくると、この夜の私のように両者の違いが見えたりもするようだ。例えば、肌の色ならドイツ人は白く、イタリア人は日に焼けた肌色、顔の違いはドイツ人の眉は薄く、イタリア人の眉は濃く、眉間で産毛が橋となって一文字にさえ見える。 ワールドカップサッカーという国別対抗の試合における比較なので、ドイツ人とイタリア人の比較になったが、こういうヒトの外見の違いは例えばフランス国内のみでも顕著だったりする。 しばしばフランスに住む日本人の間で耳にするのは、フランスの大西洋岸北~北西部生まれの男性と地中海沿岸地方生まれの男性では明らかに「違う種類の白いヒト」だということだ。こういう印象は日本人留学生の多くが語学留学の場合、1~2年の滞在でその中間点でフランス国内を移動する場合が多く、実際目にした第一印象が語られているのだと思う。日本では「フランス人」という一単語で片付けられてしまうフランス共和国民だが、フランスという国はヨーロッパ大陸のヘソ国なので、多くの日本人留学生の第一印象のとおり大西洋北部は色白かつ金髪金眉の碧眼が典型とも言え、そこから大西洋沿岸を南下するとバスクやポルチュガルっぽいイベリア人臭い人相になる。一方、地中海側は?となるとイタリア国境からスペイン国境まで車で爆走すりゃあ半日でフランスを通過できなくもない距離でもあり、イタリア系、スペイン系はもちろん、太古の昔からMéditerranéen(ne) メディタラネアン、=地中海人と呼ばれる人々が住んでいることでフランスでは知られている。が、多くの場合、家庭というか、家庭を作ろうとする二人の愛次第で、彼らは自由に恋愛し、二人の間に生まれた子供が親双方からもらったものを携えてこの世で生をまっとうすることを繰り返して、今のフランス共和国民が構成されている。 今週はじめ、地中海沿岸のある町でポルトガル系フランス人がポルトガル系でないフランス人に攻撃され、かなりの重症のため入院してしまった。もちろんワールドカップ準決勝戦が原因である。たまたま被害者がポルトガル系の苗字だったことで思い詰めたフランス人が彼を殴ってしまったのだそうだ。フランス国内各地にポルトガル系の人々が多く住む町がある。彼ら個々の考えで5日の夜はポルトガル贔屓にもフランス贔屓にもなった。ポルトガルのユニフォームTシャツを着てフランス国旗を振るヒトもいた。その逆ももちろん。ポルトガルが敗退という結果になり、ポルトガル系フランス人は直後からフランス応援団に加わった。8日は祖国を応援し、9日はフランスを応援するそうだ。この感覚はもちろんドイツ系フランス人だってイタリア系フランス人だって持ち合わせている。 6日朝からフランスが注目しているのはイタリアとのなが~い国境沿いに位置する町村である。国境には不思議というものがあって、例えば仏伊国境線のフランス側にはイタリア系が多く住み、イタリア側にはフランス系が多く住んでいるものである。地中海沿岸の仏伊国境そばの町Menton マントンは6日朝からフランスとイタリアの国旗を掲げることで住民や観光客に中立の立場をアピールした。ワールドカップになると各家庭の窓から国旗掲揚されたりするが、国境沿いの町村の窓辺には当然、両国旗が掲げられ始めている。 ![]() Photo par AFP/Bertrand Guay この写真も一見「普通のフランス人」の集まりかもしれないけれど、ひとりひとり皆、心も身体も、その個人の「人生、歴史」も違う。でも、今はRépublicains レピュブリカン、共和国民であり、フランスが大好き!だからこうして勝利を喜んでいるのだ。 ココんちの共和国民♂は伊太利亜びとに「仏蘭西人をベースにバスク人の血は入っているけれど伊太利亜の血は入っていない」と言われ「僕の先祖はクロマニヨン人 です」と返事していた。確かに彼の父祖の土地はクロマニヨン関連遺跡からほど近い。 ワールドカップが始まりフランスが勝ち進んでいくに連れ、フランスという国の在り方について再び昨秋の郊外暴動を持ち出しての痛烈な日本語による意見もそこここで見受けるが、例えば大西洋北部出身のリベリ Franck Ribery 選手は一見「普通の白いフランス人」だが彼は改宗イスラム教徒である。われらが ジズゥ Zizou だっててんこもりの過去 がある。私が一押しのトレゼゲ David Sergio Trezeguet ちゃんだってアルゼンチンとフランスを行ったり来たりで波乱バンヂョロンな半生あっての今なのだ。ヒトの人生はそのヒトのみが背負うもので、過去も違えば今から一寸先の未来は本人だってわからない。親子だってまったく同じ人生は歩めない。それが生き物だ。2006年夏、こうして共和国に集った人々で、共和国の勝利を祈るのもまたよろし。 共和国のみなさん、頑張ってください。 ![]() 婆は9日夜もチエリ・アンリ Thierry Henri の Bébé ベベ、=赤ん坊のように喜ぶ顔を拝みたい♡ ほんと、がわええ・・・♡ がーぶちょん♡ 一緒に Zidane y va marquer を聞きませんか? 【Rétroliens*Trackbacks】 *フランス語系人のBO-YA-KI : アンリの顔 *拾い猫日記 : 極東のワイドショーの過剰な期待 le 7 juillet 2006, Raoul ma_cocotte様 お久しぶりです。いよいよワールドカップ決勝ですね!さっきまで不気味なくらい静かだった街中も、だんだん騒がしくなってきました。 そうそう、私もトレゼゲちゃまの大ファンなんです!代表の試合では出番もあまりないし、結果も出せない状態が続いていて、ちょっぴり残念なのですが・・・。私もつい最近、トレゼゲがアルゼンチン生まれ、アルゼンチン育ちなことを知りました。 やっぱり、リベリは改宗イスラム教徒でしたか。試合前の顔に手をあてるお祈りを見て、そうじゃないかとは思ってたのですが・・・。奥様がアラブ系の方だからでしょうか?でも、奥様とか義理の兄弟たちをTVで見る限り、他の有名選手のパートナーと違って庶民的で、個人的にはとっても好感が持てます。 さてさて、今夜の試合はどうなるでしょう。porte-bonheurの白のmaillotで、ジズゥの現役引退試合に花を添える結果になるでしょうか・・・。 ■ぶるーまりんさま、いよいよですね。 ココんちのベランダから外を眺めると国旗掲揚を始めたおうちが次々と! ですよ。Zidane y va marquer!の歌もテレビから流れっぱなしですね。 いやっほ~ぉ!車もクラクソネ始めているし・・・特番も始まりましたね! トレゼゲちゃん、かわゆいですよね。今晩は出るかなあ? ティエリ・アンリもトレゼゲちゃんも喜びの笑顔がすこぶるかわゆくて あの素直な喜びようを見るのが私の楽しみです。 リベリさんはご推察のとおり、マグレブ女性との婚姻による改宗者ですね。 彼の力は凄いですよね。第二のジズゥと噂になるだけのお方ですわ。 ジズゥの引退試合になりますが、トッツィさまもそうらしいです(涙。 ああ、今からドキドキざますよ。楽しみましょうね♪ ま・ここっとさま 拙ブログにコメント&TBどうもありがとうございました。 いやぁ~フランス、残念でした・・・。一体、ジダンはマテラッツィに何を言われたんだ!?気になります。私、ほんとはイタリアびいきだったのですが、あまりのフランスチームの素敵さに、この試合の途中からフランスを応援する事態となりました。特にジダンが退場してからも意気消沈せずに必死に頑張るチームメイトについウルっときてしまいました。 日本ではフランスチームについて『元植民地からの移民』という観点から語られることが多いですが、実はそんな単純な図式にあてはまらない複雑な多民族国家なのですね。しかもかなり昔から。したがって他人様のバックボーンよりも今現在の『共和国民』という立ち位置をより大切にするのだなぁ、、と、ま・ここっとさまのブログを通じて何となく感じる今日この頃です。 ■拾い猫さま、最後の最後での結果でしたね。
でも、あのBuffon に勝てたら凄いと思う。 あのヒト、GKというよりバレーボールのブロッカーになった方が良いほど のパワーを持っています。それに引き換え、バルテーズはな~ぁ。(しらー と、と、トレゼゲちゃんが抱きしめたくなるほど切なかったっすよー。 次があるさ、トレゼゲちゃんよ。生暖かくおばちゃんは見守るぞよ。 「元植民地からの移民」についてですが、旧仏植民地のほとんどが現在 も最貧国待遇なんですね。で、フランスと旧仏植民地の間に条約があり あらゆる面での援助が続いています。国籍自体、複数国籍や取得条件など 日本では説明されない事項が多すぎて、なぜか日本が発信元となるような お話がいくつも作られているように思われます。 本文に貼ったJidane y va maruquer のビデオクリップなどご覧に なるとフランスの「共和国民」感覚が実感できると思います。ぜひ♪
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