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岸のコチラと岸のアチラ
11月1日、今年もフランスに盆と彼岸が一度に参りました。
ココんちも新天地に越してきたのでお墓参りです。旧天地にはココんちの仏蘭西人♂の親族のお墓はありませんでしたが、新天地には彼の祖父母と21歳で事故死した従兄のお墓があります。昼下がりの墓地に入ってみますと何処も彼処も
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ずずずいーっと菊だらけぇ。

色とりどりの菊だらけなのでございます。1905年に政教分離法が制定される前はカトリックに勢いがあったフランスなのでこんにち11月1日のToussaint トゥサン、万聖節の国定祭日も元々はカトリックの典礼暦で定められているものです。教会ではこの日に365日のカレンダーに載っていない聖人や殉教者のために祈ります。翌2日はDéfunts デファンと呼ばれる「死者の日」で、この日は全ての死者のために祈る日となっています。そのカトリックの習慣に倣い、フランスでは年に一度11月1日、2日に菊を携えてお墓参りをするのです。

11月1日は聖人だけでなく殉教者のためにも祈ると書きましたが、我が新天地はかつて太陽王ルイ14世によるプロテスタントからカトリックへの強勢改宗命令がきっかけで市民虐殺が行われた地でもあり、フランス革命時には革命政府に従わなかったカトリック司祭3名が処刑されたそうです。このお三方(↓)が信仰を守ったゆえに処刑されてしまった主任司祭(真ん中)と助任司祭(両翼)です。殉教でさ~ね。
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こんにち11月1日はこのお三方のためにも祈られたことになりますね。(’人’)

時の流れを眺めれば、プロテスタントからカトリックに改宗したことで命を失わずに済んだ者もいれば、その逆でカトリックの教えを捨てなかったために処刑された者もいることになります。
万聖節、信念なるものについてあらためて考えさせられたりなんかして。

le 1er novembre 2006, Toussaint
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by ma_cocotte | 2006-11-01 23:20 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(22)
Commented by しぇリ~ at 2006-11-02 01:13 x
お仏壇にお供えする菊の花が仏国ではお墓に添えられるのですね?
オランダ人宅では、菊の花が飾られていること多し。
白と黄色のコンビネーションを見たときは、キギョっとしました。

ma cocotte家にとって、新天地が安住の地であるように祈ってますね。
Commented by hi-vison_1103 at 2006-11-02 01:25
万聖節という言葉の方がなんだかいいな。
まここっちゃんのとこにくると、脳みそのシワがすこし増えるだよ。
(^ー^)私も、まここっと家が、そこでも気持ちよくすごせますよう、祈ってます。byクロエ
Commented by ma_cocotte at 2006-11-02 01:45
■しぇリ~さま、10月中頃からどこのお花屋さん、スーパーでも菊の鉢
のための特設会場が設けられます。菊の香りで日本が恋しくなったり
するくらいです。(菊は菊でも春菊が食べたひ)
どうもこの時期、お墓に飾るのは切花ではなく鉢物だそう。鉢物は
枯れないので「永遠の命」を意味するとか。___φ( ̄^ ̄ )
新天地で安住できる気分になれるまで10年くらいかかりそうだわ。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-02 01:48
■hi-visonクロエさま、ほれ、Toussaint でしょ?
Tous saint と分けられる。直訳すると「聖人みんな」、故に「万聖節」
1日と2日を合わせてご先祖さま全てにお祈りできるということになり
ますね。ご先祖さまあってのわれらぢゃけね。ありがとー。
新天地は県庁所在地なのにスーパーうるとらド田舎なのですよ。
んもー、信じられまっせん。(TдT)
Commented by Paris at 2006-11-03 22:58 x
ma cocotte様 ご無沙汰しております。落ち着いたマロンに衣替えなんですね。フランスも地方それぞれ随分違うところを拝見させていただいております。
菊ですが、日本だと、花屋さんにお墓に薔薇を供えてはいけませんと言われてしまいました。トゲがあるからだそうです。欧州で薔薇は供えてあると思うんですが。どうでしょうね。
それと、全く急いでいないので、気が向かれたときでお返事はけっこうなのですが、子供向け歴史の本Autrement Junior ”Feodalite et croisades” Le Moyen Age, Du Xe Au XVe Siecleの中に、王に逆らった側のLes Albigeois(Tarn県)男女囚人たちが、裸のまま燃やされたらしい絵があるのですが、火あぶり、しかも服も着てはいけない?じっくり本のフランス語を読み込んでいないのですが、キリスト教同士の争いも熾烈なことに驚きました。ルーブル美術館でも、捕虜になった裸の女性が後手に縛られて床にころがってる絵がよくあります。負けた側でも女王、王女クラスだと、ドレスを着たまま連行されているので愛人になったのでしょうか。日本のように負けた側が自害する、というのはキリスト教徒的にはできないのですよね。ではよい秋を。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-04 00:16
■Paris さま、おひさしぶりです。
フランスのお墓ですが万聖節に切花を飾るのはよろしくないらしいですよ。
中世のことはあんとに庵さんに登場していただきたいところですがヾ(`◇´)
パリならばクリュニー美術館が中世時代の展示物が多いと思われ。
初めて行った時に拷問道具を見てびびった記憶がございまする。
一年くらい前にFrance 2で放映された「呪われた王」だったか、百年
戦争を描いたドラマでしたが、拷問&処刑場面ばかりでしたね。
凄かったわ。ジェラール・ドパルデュも火あぶりにされていたなあ。
負けた側の女性が愛人になるのでしょうかねぇ。修道院幽閉など
ありそうだけれど。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-04 17:40
■Paris さま、昨年France 2で放映されたドラマのHPが見つかりまし
たので、だうぞ。
http://les-rois-maudits.france2.fr/

上の Les épithodes をクリックすると Sommaire が出てくるので
各エピソード最後の voir un extrait をクリックされるとオドロオドロしい
映像がご覧になれますよ。
ジェラール・ドパルデュはテンプル騎士の役ですね。湖の上で公開
火あぶり処刑だったなあ。王族はブタの丸焼きを食べながら楽しんで
おりましたね。おおこわ。
思い出したことはこのドラマで浮気した姫さん達がとっ捕まって頭を
丸ゾリにされて修道院に幽閉された話でしょうか。それと英國王エドワード
2世が同性愛の罪でお尻に焼鉄杭を突っ込まれて絶命したはず。どちら
も事実だったみたいですね。彼の妻も浮気して、浮気相手は処刑されましたよ。
百年戦争のKWでググルといろいろ出てきますわよ。(((( ;゚Д゚)))ガクガク
Commented by あんとに庵 at 2006-11-04 21:10 x
呼ばれてまいりましたです。
といってもアルビジョア十字軍を記録した絵画の捕虜女性が素っ裸・・・って・・・私も判らんとです。通常、女性は概ね質素な(下着姿???)で火炙りにされますよね。今手元に資料がないんで調べがつかないです。お役に立てずごめんなさい。

考えられるのは・・・
・捕虜女性はひん剥かれるというのは当時当たり前であった。
・リアルな残酷な戦争の光景(裸にされて陵辱されてしまう)を描こうとした。
・最後の審判の光景をオーバーラップさせている。
・「異端どもは倫理的にトンでもだった」ことのプロパカンダ。もしくはそうだと思い込んでいた。

・・・・のどれでしょうか。う~む。
昨日はわたくしも死者ミサに行ってきたです。なもんで今日はサボり。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-04 21:47
■あんとに庵さま、おフランスのグーグルでググってみたら、こんな絵が
出てまいりました。

http://www.herodote.net/Dossier/Croisade_des_Albigeois.htm

燃やされる前の御一行さまでしょうかねぇ。(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
火であぶられている最中のものは見つからなかった。m(_ _"m)
昨年見た百年戦争のドラマでは絞首刑も出てきましたが。
痛いのはイヤですね。頭を丸ぢょりも頭蓋骨の形がバレるからヤだ。ψ(`∇´)ψ

>・「異端どもは倫理的にトンでもだった」ことのプロパカンダ。
もしくはそうだと思い込んでいた。

このご推察に頷いてしまいました。文盲が多い時代、噂とヴィジュアルで
訴えるのが嘘であれ本当であれ一番容易だと思いまする。

Commented by あんとに庵 at 2006-11-06 01:14 x
見た。
どうも殿方はパンツはいて女性人は真っ裸。チュニック等の肌につけるシャツ類は男も女も脱がされているですね。
そういえばこの時代、女性はパンツはいてないんですよ。
武器の携行などを警戒して、男女問わずひん剥くというのはアリかもしれないです。で、中世のパンツはいてる男性はパンツ姿だけど女性は丸裸になってしまう・・・。エロいなぁ。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-06 01:44
■あんとに庵さま、
この絵の殿方のパンツは現代のおフランスのオノコのパンツでもありますよ。
証拠はこちら!

http://www.hom.fr/

同じ形でしょ?しかもこの国の男子のパンツには窓はありません。
中世時代から進化なしのパンツ(フランス語だとスリップ)、これぞトラッド。
この時代の女性ですが生理の時はどうしていたのですか?
こんにゃくイモはまだこちらでは見たことがありませんぞ。
Commented by Paris at 2006-11-08 23:26 x
ma cocotteさま、早速画像つきのお返事ありがとうございます。お返事遅れましてすみません。以下のURLどんぴしゃりです。流石。
http://www.herodote.net/Dossier/Croisade_des_Albigeois.htm これが載ってる絵本シリーズです!改宗しちゃえば燃やされなくて奴隷くらいですんだのかも?
あんとに庵さま、はじめまして。
Aひん剥かれるというのは当時当たり前であった。B(裸にされて陵辱されてしまう)を描こうとした。私はAかなあと思ったり。Bは、ルーブルで巨大な絵の中に沢山出てきます。しかもそのまま敵国まで歩かされたりしたみたいですし。優雅にベッドの上で裸体ポーズを取っているのは有力者の愛人ですよね?で正妻や娘の肖像画は当然ドレス姿。カメラが発明されるまでのポルノ的な用途?
ちゃんちゃかちゃんmusiqueつきのURL,笑っちゃいました。ありがとうございます。残酷な方は、あとで拝見します。故米原万里さんの「パンツの面目、ふんどしの沽券」の中に、キリストがはいてたのはふんどしかパンツかと小学生時に既に悩んでいらしたと書いてありました。合掌。生理の時は多分布を中に入れたりナフキン的に当てて、お洗濯したのでは。西欧も日本も。
Commented by Paris at 2006-11-08 23:35 x
続きです。つまり江戸時代のはりつけにされた男女は貧しいながら着物着たままはりつけにされたと思ってました(あくまでTV等での想像)が、欧州では裸で燃やされちゃったの?という初歩的疑問でした。で、それが伝統にあったからアウシュビッツでも裸だったのかなあと思ったのです。で裸で燃やした理由ですが、単に囚人の金とか洋服とかを再利用したかったからなのでは?彼らの裸を見たいからではなく。つまり合理主義ってことで。でも男性のみパンツはいてるのは不公平ですね。クリュニー美術館へは数回行ったのですが、拷問道具を見た記憶がないんです。あの貴婦人と一角獣のタペストリーの中で、彼女の持つ旗がなぜイスラムの三日月なのか、また正倉院御物とか帯の柄に似てるという印象が強かったです。王女のベールもターバンぽいしスルタンのようなテントがあるし。
Commented by Paris at 2006-11-08 23:53 x
続きです。「怨霊と縄文」「君は弥生人か縄文人か」梅原猛・中上健次、「興亡古代史」小林恵子(やすこ)著(聖徳太子は本名等与刀弥弥大王と記録があり、天皇在位していたが消されたという説。)を読み直したのですが、紀元前古代日本原住民は縄文人、後裔が蝦夷人、その後裔がアイヌ。駆逐したのが渡来人である弥生人。これに似たことが欧州であったはずですが、詳しく知りません。ダビデの星が京都の広隆寺にあったり、イスラムもユダヤも7世紀くらいに移民が来ていたからこそ、ルーブル美術館やアラブセンターにある陶器や織物と同じものが日本に残っているんでしょう。こちらのファッションにペーズリー柄が多いのですが発祥がインド、エトロのスカーフはこの柄多いですね。美しいモチーフを辿っても、途切れた歴史が透けて見えるような気がします。断片的なことを推理するのは楽しいですが、資料が要りますね。話はずれますが、Davignon,Etienne Vice Chairman, Suez-Tractebelという方の別名をご存知ですか?アビニヨンの王という意味ですが、貴族出身でしょうか?


Commented by ma_cocotte at 2006-11-09 00:27
■Paris さま、この時代のフランスって奴隷制度があったのですか?
十字架上のキリストが腰に巻いているのは衣服を丸めたものぢゃないかなあ
と想像していましたが、あれは何でしょうね。
生理用品ですが、日本ではこんにゃくが使用されていたと聞いたことが
あります。水を通さないとか?
日本におけるダビデ十字などの研究は確か三笠宮殿下がご専門だった
記憶がうっすらとありまする。イスラム文化が7世紀に日本に来るのは
ありえないような気がしますが。ユダヤについては紀元前から地中海
対岸に入っていますよね。マグダラのマリア伝説があるくらいですし、
パウロはスペインまで伝道したという節もあるそうです。

エチエンヌ・ダヴィニョンという方、ググルといろいろ出てきますけど?
ドつきではないのでアリストクラットぢゃないと思いまする。
Commented by Paris at 2006-11-09 09:11 x
ma cocotteさま 奴隷というのは語弊ありますね。使用人というか?キリストのはスカート状の腰巻かも?こんにゃくは初耳でしたわ。ダビデ星は、伊勢神宮内の灯篭に彫ってあるのもあるとか。法隆寺の夢殿の救世観音宝冠正面上の方に、三日月とその上の丸い球があるのですが、イラン王族か、西突厥支配下のササン朝ペルシャの影響と思われるとのこと。「聖徳太子の正体」小林恵子(やすこ)著の仮説は刺激的です。この観音様は太子がモデルなのだそうです。同夢殿に伝来する四騎獅子狩文綿は600年頃の製作と言われているそうです。龍村織りにこれに大変似た柄があります。写真が出せなくて残念。この著者は、太子が暗殺され、正史から消された理由として、高句麗や百済出身の天皇に比べてあまりに外見も違っていて大和民族の間で浮いてしまったことと、外交方針でも蘇我氏と合わなくなった等をあげていておもしろいです。法隆寺は暗殺された太子の慰霊の為、祟らないように建立されたというのが梅原氏のご意見。
Commented by Paris at 2006-11-09 09:55 x
ma cocotteさま 不勉強なんですが、アフリカ等黒人奴隷制度のずっと前に、欧州で白人の奴隷が存在したとどこかで読んだ記憶があります。戦争で勝った方が、捕虜にして、労働力にしたのでは?何世紀か覚えていません。ルーブル内には戦争場面を描写した大きな絵が多いですね。昔は新聞とかないから広報のための記録なんでしょうけど、どこに掛けたんでしょうね。絵がリアルと思います。D'avignon,Etienne年配の方ですよね。de がd'になってるのかなと思ったのでした。スエズ合併とか話題になっていたようだったので。フランスとずれちゃうんですが、
太子は騎馬民族の大ハーン達頭が高句麗百済北九州経由で亡命してきたのだとか。ベッドに寝てミルクを常用、正八角形の夢殿はパオに似てるとか。法隆寺資材帳に残る白檀の香木にササン朝ペルシャ文字パフラヴィー語が刻まれているとか。拝火教の影響も見られるようです。想像するとかなりの猛者で語学も7か国語くらいできたみたい。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-09 16:01
■Paris さま、ササン朝ペルシャはイスラム国家ぢゃなく、ササン朝の文化が
その後イスラム文化に大きく影響したという順になると思います。
ですから法隆寺にササン朝ペルシャの影響があるとしても、ササン朝から
分派した文化であって、イスラーム文化とはまた別のベクトルになるんぢゃ
ないかと私は思うけれど、どうでしょうね?
ですから三日月はイスラームがササン朝文化から取り入れたと仮説を
立てる方がいいと思いますよ。

Etienne Davignon 氏ですが d' ではありませんのでアリストクラット
ぢゃありませんね。そのまんまの苗字ですよ。ダヴィニョン。「アヴィニヨンの
王」という意味になるのはなぜですか?Etienne エチエンヌというのは
英語のStephen スティーヴンで、聖ステファノのことでする。
聖徳太子は蘇我家の血を引く用明天皇の皇子ということでいいんぢゃない?
お墓も宮内庁が管轄しているのですから歴史転覆になりかねませぬ。
Commented by Paris at 2006-11-10 20:27 x
ma cocotteさま いつも丁寧なお返事ありがとうございます。
>ササン朝の文化がその後イスラム文化に大きく影響したという順に
はい、なるほど。文化やモチーフや様式美を見るのは大好きです。政治
が絡んでくると、戦争虐殺と切り離せないのでなんか暗い気分になっちゃうんですよ。所詮、庶民なので。世が世なら、という家系の方なら、うん百年の末裔ってことで、同じ人生でももっと使命感?があるのかもですが。
貴婦人と一角獣のタペストリーですが、三日月が3つついた旗があるので、ありゃ?何?と気になったわけです。欧州だと旗といえばライオンとか動物系ですし。伊勢神宮の別宮 伊雑宮(いざわみや)神紋がダビデの星だそうです。紋章も辿ると深いですねえ。
ダヴィニョン氏は欧州財界の重鎮らしいです。サルコジ氏が当選したら
フランスガス社を民営化してスエズと合併するかもという予想が。ロワイヤル女史は反対意見。日本郵貯が民営化になりますが、独仏も先に民営化、グローバルなんですね。頭がついていきません。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-10 22:05
■Paris さま、調べてみたけれどクリュニーのタピスリの旗はオリエント
ともイスラームとも関連はないらしいです。まあ、拝見すると下弦の月ですし。
セゴレーヌさまは「いちおう」社会党員なので「今のところ」国営企業の
民営化には反対でありましょうねぇ。
Commented by Paris at 2006-11-19 18:35 x
ma cocotteさま お返事ありがとうございます。"Histoire Visuelle du Monde" by National Geographicという5cm厚さの全ページカラー本が35EURで本屋にありました。p181に写真がありLa Dame a la lincorne Le Gout (tapisserie des PayBas fin du XVe)
と書いてあります。中世美術館では部分アップの貴婦人の絵葉書を買ったのですが、アラブの男性のように白いベールに頭上に花模様の輪をつけていて、不思議です。本の注釈、なぜオランダなのでしょうね。注文主はリヨン貴族でブルージュに依頼して作らせた、と思っていたので。ともあれ、赤を基調にしたこのタペストリーは、他のどのタペストリーより個性的でエレガントで好きです。スルタンのターバン巻き豪華ファッションp309からp320も目を惹きます。ベニスにある玉ねぎ形建物やクレムリンやタージマハールの玉ねぎ形はどこから来たのか興味を持ちました。アンバリッド他半円形ドーム同様建物のおしゃれなんでしょうね。
Commented by ma_cocotte at 2006-11-19 20:54
■Paris さま、白いベールに花の冠というのはキリスト教の習慣だと
思いますが、どうでしょう?中世だと修道女だけでなく未亡人もベールを
かぶる場合があったようです(例のFrance 2のドラマでエドワード二世の
妻はベールをかぶっておりました)。ロシアのクレムリンや教会の丸屋根
はビザンチンの影響、コンスタンチノープルの文化が北上したものでは
ありませんか?(maybe, perhaps, probably...)
アンバリッドはネオゴチですかねぇ。聖ルイ教会で一度ごミサにあずかって
みたいものだにゃ。
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