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「母国にいられなくなる」という事実。
旧ソヴィエト連邦内の一国、グルジアで非常事態宣言が発令されたそうです。
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La police géorgienne tente de disperser des manifestants,
le 7 novembre 2007 à Tbilissi.
Photo par Zviad Nikolaishvili@AFP

ロイター電にはこの件についてこんな感じで書かれていました。


グルジア大統領、全土に非常事態宣言を発令

2007年 11月 8日 12:24 JST [トビリシ 8日 ロイター] 

グルジアのサーカシビリ大統領は7日、大統領辞任を要求する反政府デモ隊鎮圧のため機動隊を投入し、全土に非常事態宣言を発令した。
2003年に権力の座に就いて以来、最大の政治危機に直面している同大統領は、米国との関係強化を進めることに不満を持つロシアがグルジア国内の騒乱を煽っていると非難している。
ノガイデリ首相は、当局がクーデター計画を未然に防いだと述べ、アルベラゼ経済発展相は、15日間の非常事態宣言下ですべての独立系テレビのニュース番組は放送禁止となることを明らかにした。
サーカシビリ大統領は、反政府活動にはロシア情報機関が関与している証拠があるとして、ロシア外交官3人を国外追放するとともにロシアから自国大使を召喚した。

Cf. http://jp.reuters.com/article/domesticEquities/idJPnTK806499920071108




私個人といたしましてはソヴィエトがああなっちゃった後、ゴルバチョフ氏とシュワルナゼ氏というのは改革のヒーローズのように見え、後にシュワルナゼ氏がグルジアの大統領におなりあそばしたと漏れ聞いて「グルジアは平和になってよござんしたね」と安堵した時期がありました。ところが1992年から2003年まで11年もの長い間、シュワルナゼ氏が国家元首の玉座に長居しすぎたせいかグルジア国内が不安定になり、シュワルナゼ氏が玉座を去って後、ますます不安定になってしまい、とうとう非常事態宣言発令という深刻事態にまでなってしまいました。(シュワルナゼ氏ご本人は失脚後、ロシア国内にお引越しちゃったと漏れ聞いておりまふ)。

さて、グルジアですが、お仏蘭西語だと Georgie ヂョルヂィという国名になります。
ヂョルヂィという国名を聞いてちょっと思い出したことがありました。

今年の7月はじめ、地元の納涼会に行きました。初夏の夕暮れ、みんなで一品持ち寄りでのバーベQパーチィです。30人以上集う盛会になりましたが、その宴席の隅に3歳になるかならないかの子を連れ、臨月を迎えた大きなお腹を抱えるマダムと彼女のご夫君がいました。彼女のそばに彼女が持ってきてくれたパイが置いてありました。私はそれをひとつ摘み、ポン!と口にいれたら、酸味のあるチーズが口でほろっと溶けてとても美味しい料理なのです。フランスではじめて食べた味だったので彼女に質問したら、グルジアのパイだと教えてくれました。フランスの中西部のド田舎町でカスピ海の向こうのグルジア料理を味わえるというのも摩訶不思議な気分になりました。
このグルジアからいらしたマダムの話によりますと、一年ほど前、この一家はグルジアを「追われ」、フランスに入国したそうです。なぜフランスに来たのかというと、ご夫君がBrigade Criminel (ブリガァド・クリミネル)だったためグルジアに「いられなくなった」のだそうです。ブリガァド・クリミネルという職種は日本語に訳すと何が適当でしょうか。「国家警察の刑事班所属隊員」かしら・・・兎に角、ごっつい職というか、心に疚しいことがあるヒトの前でこの職を挙げたらちびる職だと思われます。
このご夫妻、フランスに移住してからSecours Catholique スクゥル・カトリック、=日本のカリタスの好意で日常生活指導や仏蘭西語の勉強を続けているのだそうです。そこはかとなくロシアっぽい雰囲気のマダムは美しい笑顔でご自分たちの事情を話してくださいましたが、その間、ウクライナっぽいゴツさが漂うご夫君は無言のまま。もしかしたらブリガァド・クリミネルだったかしら・・・なんて内心思ってしまったりもしました。それから一時間以上もして宴会も盛り上がっていたところ、突然このご夫君が私に日本語で話しかけてきたのです。
щ(゚Д゚)щ 驚きましたねぇ。
旧ソ出身でカスピ海の東岸の本当に小さい国から地中海やらアルプスを越えてフランスに亡命状態の彼がですよ、いっきなりフランスから自分の母国を飛び越したはるか向こうの国、日本の言葉を話し始めたのです。それも流暢なの。
なんとこのご夫君さん、グルジア国家警察時代に水道橋の講道館に柔道留学なさってたそうであります。いや~、膝ポン!なお話ですわよね。私の知らない世界ではありますが、聞けば納得の留学事情といいましょうか。柔道や空手のような武器を使わない護身術や「警棒」をつかっての防衛はきょうび欧州各国の警察で流行の技であります。なんとあのヴァチカンのスイス兵(=ガーブチョンズ)におかれましてもこれらの武術取得は必須だとも伺っております。

そういう交流が国境を越えてできるのに、グルジア国内ではクーデターの危険があるとかで大統領閣下が非常事態宣言を発令しているというこの矛盾。

そもそも、日本人が自分の生業のせいで母国にいられなくなることってあるのでしょうか?私なんぞこうして海外に住んでいますが「何かあったら母国にとっとと帰る」と勝手に心に決めており、その思いが海外で生きていける強い支柱の一本であったりもします。日本に帰りたくても帰れなくなったらどうしよう。「日本に帰れて当たり前」と思っていた私は平和ボケ婆です。

現在のグルジア国内の問題は親エイメリカの大統領閣下に対し、ロシア政府が納得しておらず、親ロシアなグルジア国民に国内反乱を起こさせるようロシア政府が裏で操っているという話まで聞こえております。となると、前出のおらが町に住むグルジア男性は親ロシアな刑事さんだったためにグルジアにいられなくなってしまったのでしょうか。だいたいグルジアの国が二分するのもソヴィエト時代に共産党が国民を東西南北に強制移住させた結果ぢゃないかね。
ほんと、旧ソ連内ってソ連時代のツケだらけだと思うよ。(-。-) ボソッ
グルジアの非常事態宣言について日本國での報道はあっさりしたものですが、お仏蘭西には他にも多数のグルジア難民がいるせいか、関連報道もかなり詳しく流れています。ここ数日の暴動で360人以上が負傷し、既に109人が入院中だとか。
グルジアのみんなたちがプロの操り師が操作する操り人形にならず、
自分で自分の平和を考えることができますように。
そしておらが町の彼らがいつか一時でいいから帰国できる日が来ますように。

le 8 novembre 2007, Geoffroy
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by ma_cocotte | 2007-11-08 18:40 | 『?』なアッジア~ん | Comments(2)
Commented by papillon-e at 2007-11-09 11:09
 私はグルジアで何が起こっているのか知らなかった。世界で何が起こっているのか知らない。知らない事は少し悲しい事だ。
 保育園でアフリカから来ている家族があったけど、彼女も母国が内戦で壊滅的になり、「帰れない」と涙を流していた。今はアメリカにいるようだ。そう、帰れる所のある人は幸いだろう。帰れないとなると覚悟も必要だし、深い悲しみも背負っているのかも知れない。

 世界中、難儀なことなく行き来できればいい。帰りたいときに帰れるようになればいい。夢のようなことだけど、少しでも悲しい思いをしないでいられるようになればいいですね。
 
 それにしても、文化芸術は世界を制するのかな?これからの柔道からも目が離せないです。日本の武術はどうなるのでしょう。よい方向に、健康的に明るい道を進んでほしいな。
Commented by ma_cocotte at 2007-11-09 15:42
>ぱぴよんさま、「帰れるところがある」という思いが異国でも生きていける
支柱のひとつのように私は感じています。が、母国が好きで、出るつもり
もなかったのに、自分が就いた職ゆえ国を出なければならなかった、と
言う事実はなんとも・・・個人なんてありませんよね。国の政変が原因
だもの。きょうび日本国と日本人の間でこういう関係になることってあるのかしら?

日本の柔道や空手など武器を使わずに護身したり、相手を逃さない方法は
欧州の警察や軍で熱烈歓迎されていますよ。もちろん民間でも。
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