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ヒ ト や 道 徳 の 価 値 判 断 。
この一週間、町を歩けばこのポスターが其処此処彼処に。
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毎週水曜日発行の かのCharlie Hebdo シャルリ・エブド の第一面はこんな感じ。
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インターネット版プラシド Le Placide にもこんなの見つけた...。ε= (´∞` )bof
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Jeudi 17 Janvier 2008

《 Le Fou de DIEU 》は『神の馬鹿』、『神の度外れた無分別』、『神のチキガイ』などと訳せましょうか。ここでの「神」ですがどうも神聖フランス帝國国家元首であらせられる皇帝サルコぢ一世サマを指すようです。昨年5月のスペイン風な戴冠式から8か月が過ぎ、皇帝さまもイヤイヤながらユダヤ教やらキリスト教各宗派、イスラームの高位聖職者と会わねばならず、現在はインドでヒンドゥウな週末を送られておりますけれど、どうも カトリック聖職者との面談時における言動の異様さ だけでなく、先日1月13日から15日までのアラビア半島諸国の旅での皇帝サマのご発言が共和国内で尾を引いているのでございます。天下のおル・モンドさまも1月15日発行紙のReligion (宗教面)ではなく Politique (政治面)で、
A Riyad, Nicolas Sarkozy prêche "la diversité" des religions et cultures
リヤドにて、ニコラ・サルコぢは宗教と文化の「相違」の福音を説く。
なあんて記事を掲載しました。この記事で持ち出されたのは1月14日 リヤドでの国王御前演説での皇帝サマ発言 です。なんだな、こりゃ、礼拝の感話のごとき演説といいましょうか、徹底政教分離国家の元首サマが臣民に説き伏せる「神」ですかね?
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Le credo de Sarko - Le Canard enchaîné n° 4552 - 23 janvier 2008

1月25日はフランスの暦では Conversion de Saint Paul 『聖パウロの回心』の日でしたが、偶然にもこの日の夜、国営放送France 3 の大西洋版ニュウスラ・ロシェル&サント教区 のベルナール・ウセ Bernard Housset 司教が神聖皇帝サルコぢ一世サマのリヤド発言について反論声明を出したことを伝えました。ウセ司教さまがおっしゃるには、皇帝サルコぢ一世サマはサウジ・アラビアで「全ての道徳は宗教によって作られる」と言っているが、そうではなく、神を信じようが信じまいが各自の心の中の良心が徳と化して現れるのであり、フランスにおけるライシテ laïcité、=完全政教分離の良さは「政治に支配されるものでもなく、精神世界に支配されるものでもなく、各自ひとりひとりの中にある「良心の自由」の保障」である、と。司教さま個人におかれましては無神論者の友人知人もいるが、彼らの存在の抜本に道徳心があることを確信しているのでサルコぢ一世の主張は受け入れ難いのだそうです。
ご尤も ですわねぇ。
人間の誰もが心の最奥に良心 La conscience をもれなく持っているとするのがカトリックですからして、信仰の自己申請のみで個人の道徳の有無やら良し悪しは明らかにできません。どこかの大統領みたいにいくら「J'uis Catholique. 私はカトリックだ」と口外しながらも不道徳な生活を臣民に喜んでひけらかしている御仁もおりますしねぇ。一年ほど前、大統領選挙選でサルコぢはやたら laïcité ライシテの語を出していましたが、当時、彼がそのライシテの中身を語ったか?と振り返ってみると「カトリックもユダヤも1905年以降公共で我慢していることがあるのだからイスラームも我慢するのが「平等」とは語ったに過ぎないかもしれません。こうして神聖皇帝サルコぢ一世サマが大統領なんかに身をやつして8か月が過ぎ、いくら本場イスラームの国での演説であれ、宗教心のない人間にはモラルがないがごとき発言というのは「自由・平等・博愛」のスローガンの下に生きる共和国民に不平等を与えかねません。ニコラ・サルコぢなる人物が大統領候補になった段階から自分を応援する人物には「出身国を限定しない「できる」人物」を集め、「できる人物」であれば出身国で差別も区別も自分はしないことをアピールしました(なんせサルコぢサマご本人が移民二世で、弁護士として成功した大統領はんです)。そして、大統領就任後は移民や難民には「共和国の中で「できる」なら「住み続けることができる」けれど、「できないなら母国へ帰れ」ですし、共和国民には「働くことができるなら働いて上限なく稼いでその収入を共和国のために浪費しろ」がごとき勧めをし続けています。それができないなら野垂れ死にもやむをえないと言わんばかりの改革ばかりですもんね。これからはサルコぢが決めた「新しい平等」のせいでSDF(路上生活者)はますます現れ、テレビも見れないご老人が増えるばかりでしょう。

どうやら神聖皇帝サルコぢ一世サマによって、フランス共和国にはサルコぢ独善設計の新しい天秤や物差しを使った「人間の価値」の判断基準が作られたようです。8か月目にして支持率は既に50%を割りました。残り4年2か月で支持率がどう動くのかも注目です。

le 26 janvier 2008, Paule
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by ma_cocotte | 2008-01-26 21:07 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(0)
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