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なぜ母は待っていてくれなかったのだろう。
本当なら今度の水曜日のお昼前にココんちを出、その夜の飛行機に乗り、翌日夕方、実家に着くことになっていました。玄関を入ったら、まずベッドに横になっている母と対面し、手や足をさすりながらおしゃべりをしようと考えていました。

ところが、今朝、24日の朝6時24分、母は先週はじめから入院していた病院で黙って天に旅立ってしまいました。父も母を看取ることはできませんでした。病院の方が気付いた時には既に心臓が止まっていたそうです。私が父から母の帰天の知らせを聞いたのは23日23時半頃でした。涙も出ませんでしたし、時折、笑みさえもれてしまう私でした。「兎に角、早く帰ってこい」と父に言われても、フランスの日曜日に営業している会社なんてありません。たまたま27日に予約を入れていた航空会社が日系だったので、理由を明記してメールを送りましたが返事をもらえませんでした。布団に入って目をつぶりましたが、眠ることができたのかできなかったのか定かではありません。しばらくして脂汗をかいている自分に気付いて意識がはっきりしました。こんぴーたの前に行ってもやはり航空会社からの返事がありませんでした。離陸時間の24時間前でインターネット予約販売は締め切られてしまうので、とりあえず明日月曜日の便を片道で検索したら予約することができました。最後の一席でした。それから国鉄駅に行き、27日の新幹線をキャンセルし、明日の同じ新幹線に振り替えてもらいました。これも運良く席が残っていました。

今朝8時過ぎに実家の父から電話がありました。母は実家からさほど遠くない病院で帰天しましたが、以前入院していた大学病院に移動し、病理解剖と脳を献体しました。その後、実家に戻り、寝たきりになってからレンタルしていた介護用ベッドの上で眠っているとのことです。

2005年12月に帰省した時、母はまだ階段の昇降ができましたし、なんとか普通の食べ物を食べることもできました。が、2006年の晩秋に褥瘡が骨が見えるほど悪化し、入院後、歩行が困難になってしまいました。2007年の新年を迎える前に退院しましたが、春になった頃、肺炎を患い地元の病院に入院しました。入院したのだから当初は驚き、悲しみましたが、直後、それまで自宅介護でお世話になっていた某会社の事件が発生し、夏の酷暑は病院にいたおかげで快適な温度と湿度で乗り切ることができました。11月の終わり、母が退院することが決まりました。すぐ帰国しようとしたら、父から毎日のように看護士さんやヘルパーさん、お医者さんが入れ替わり立ち代り来宅するので、父が慣れるまで帰国を待ってくれないか、と頼まれました。偶然にも2008年5月にパスポートが切れるので書き換えを兼ねて帰国しようと私は決めました。3月12日は母の誕生日でもあるので一緒にお祝いできればいいと思いました。が、昨春の入院後、母は総合栄養食を流動食でいただくのみの身体になりました。一緒にお祝いといっても一緒にいることしかできません。でも総合栄養食のおかげでこの一ヶ月、母は太り、肌の艶も良くなり、力も沸いて、痰の吸引など自分の嫌なことは力づくで跳ね除けられるほどになりました。

2005年末以来、久しぶりの帰国を前に、私は寝たきりの母に会うこと、母がいるのに着ることない洋服や着物、埃をかぶったおしゃれな靴を見ること、母の手料理も食べられないこと、おしゃべりもできないこと、などなどつらく悲しいことも覚悟しつつ帰国準備をしていました。介護で疲れているであろう父に休んでもらうためにも、私が母の身の回りの世話をすることになるだろう、慣れないことだけど覚えてみよう、やってみよう、とこころに言い聞かせてもいました。そんな不安は横に置いてでも、この週末は「もう来週の今頃は実家だ、母に会える!」と内心で喜んでもいました。

先週日曜日、恒例の父からの電話があった時、私から今回の帰国日程を話しました。電話を切る前に父が「どうせママにはわからないだろうけれど、28日に帰ってくることをこれから話すよ」と言いました。母はそれを聞いた翌日、入院してしまいました。

母は私に会いたくなかったのでしょうか。
それとも「もうすぐ会える」とわかって気が緩んでしまったのでしょうか。

本当だったら今度の木曜日の夕方、母と私は自宅で再会するはずでした。
でも、その日が葬儀になりました。母は土に返ります。

今、日曜日の午後も過ぎ、私の心の中では何度も「なぜママは待っていてくれなかったのだろう?」と繰り返し問いかけが続いています。なぜ私に会う前にたったひとりで旅に出てしまったのでしょう。

おしゃれで買い物好きだった母とは学生時代も、就職してからもしばしば待ち合わせをして一緒に闊歩しました。学校帰りの私がバス停に並んでいると、両手に買い物袋を一杯持った母が背後から声をかけてくるなんてこともありました。母との待ち合わせ場所で私を見つけると、遠くから大きく手を振ってかけてくる母がもういない。まだ実感がわきません。

そんなわけで、明日、日本に向かいます。

le 24 février 2008, Modeste
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by ma_cocotte | 2008-02-24 22:39 | 『?』なたわ言
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