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その一言で、彷徨える魂。
こんにち5月1日は Ascension アサンシオン(昇天祭)と呼ばれるキリスト教のお祭り日(ただし、移動祝祭日)でありました。

フランスでは朝9時から12時5分まで国営放送France 2 ではEmissions religieuses 宗教番組と称して、9時から正教会、10時からプロテスタント、11時からはカトリックの礼拝(ミサ)の生中継が放映されました。

そんな番組をぼーっと眺めながら、きょうはキリストが天に昇った日なのか、とあらためて思いつつ、今年の昇天祭は昨年とはちょっと違う思いが自分の心を過ぎっていることも確認しました。その違う思いを持ったのも2月の終わりに帰天した母がせいです。母の葬儀を終えてからも一か月実家にいたので、そこには母の骨壷があったので、母が小さくなってしまったのは目に見えてわかっても、不思議なもので母がいない寂しさを実感できないままでした。実家を離れ、フランスの家庭に戻り、母の骨壷に毎日手を合わすことができなくなってしばらく経ったところで、ようやく母が同じ大地にいない寂しさを実感し始めました。この頃は肉体を離れた母の魂がどこにいるのか、とふと思うようになりました。他人さまからは「神さまのそばにいる」、「あなたのそばにいつもいる」、「まだ煉獄かもしれない」などいろいろなお話も伺いました。私はお通夜や葬儀でお坊さま方から伺った母が極楽にいる、というお話を伺ったこともあり、それがなんとなく私の心も落ち着いていられるな、と思いつつも、まだ心が揺れ動いているのか、母を探し求めていたりします。生前、『銀ブラ』が大好きだった母でもあるので、いろいろな方の慰めの言葉を拝聴しつつ、母がどこに寄り道しようともいずれは極楽だか天国で落ち着いてくれれば、と思ったりもしています。

こうして昇天祭を迎えて、ふと思い出したのが、3月に或る方から「天国なんてないかもしれない。この世は楽しい。良いところだ。」と言われたことでした。その言葉を聞いたのは母の帰天から二七日(になのか、=14日)を過ぎてまもなくで、私は葬儀でのお坊さまがおっしゃった「母が極楽で待って、いずれ再会できる」という言葉に慰められていたし、子供の頃に耶蘇女学校で学んだとおり「私たちは死んだら、煉獄という場所で清めをし、いずれ天国に行き、永遠の休息に入る」ことも母がそうであればいいと内心思っていました。が、この「天国なんてないかもしれない。」云々を私に話した人がカトリック聖職者だったから、この言葉を聞くなり、私の母の霊魂はいったい今はどこに?と不安になってしまいました。母の帰天から二週間が過ぎ、天国だか極楽に母が既にいるなら娘の私としては安心ですし、もし母がまだ煉獄という場所にいるならば、かつて「煉獄にいる魂は自分のために祈れないから私たちの祈りが必要だ」と学んだので、毎日、母のために手を合わせるのがこの世に残る父と私の務めだと思います。実際、私が実家にいた一か月、私は母の身辺整理やら事務処理で動きっぱなしでしたが、看病を終え、母を見送った父はどこか気が抜けたまま、起きてから寝るまで母の骨壷と仮位牌の前で線香をともす、手を合わせる、言葉をかけるの繰り返しで、まるで坊主のようでした。生前の母が父の名前が「坊主臭いほど道徳的な名前」と失笑していたのを思い出しつつ、名は体を表はす、とはこのことなり~と思ったりもしましたが。

兎に角、キリスト教というか、カトリックならヒトには輪廻転生もなく、胎に生命が宿った瞬間から神秘が始まり、死なるものもこの世における最後の神秘のうちにあり、魂が身体から抜け帰天することで身体は朽ちるのだと私は思っていました。そして、カトリックの聖職者や修道者はこの世に生がありながらも、既に心身共に神に捧げ、この世に未練なんぞ最早ないのだと
....それって、勘違いだったのかな? ¢( ・_・) ? 
小学生の頃学んだ「宗教」という授業で、数多くのカトリック聖人伝を聞いたけれど、多くの聖人が「罪を犯すくらいなら死を」と祈って殉教したそうです。きょうび日本国内の聖職者も修道者も殉教を想定するような状況にはおかれていませんが、それでも日々の祈りの中で「一日も早く天国に招いてください」と凡人の私には理解に苦しむ祈りを捧げている方々が数多いらっさると漏れ聞いていたのですが。目に見えて楽しすぎるこの世に未練があって、他人に「天国がないかもしれない」と言う司祭。

あの日、神父さまから「天国はないかもしれない」と聞いた瞬間に、帰天してまもない母がどこかで迷子になっているのでは?と不安になりました。神父さまから「この世は楽しい」と聞けば、日本人女性の平均寿命が85歳だというのに73歳の若さでたったひとり天国に旅立った母がもう少しこの世にいた方が良かったのかな、とも思ってしまいました。そう思ったところで、この一年の母は寝たきりで思うように動けもしなければ、話すことさえ出来なかったけれど。そこに天国があるなら、母の魂は今頃、苦痛もなく、自由で幸せなのだろう、と思えますが、もし天国や極楽がなかったら私の母は今どこを彷徨っているのでしょうね?誰かが私に話してくれたように、母は今も私のそばにぴっとりと一緒にいるのでしょうか。それとも死んだら何もかも終わり、無なのでしょうか。

無ではないと思うな。
だって母の遺体を目の当たりにした時、魂がそこにないことがひっしりわかったもの。
それは心臓音や息遣い、ぬくもりとは関係なくて、魂が抜けているのがわかるのです。だから、魂なるものは「ある」と母の死を境に前にも増して強く実感しています。

死後、ヒトはどうなるのか?
こればかりは自分が死んでみなければ確認できないことですが、私は霊魂が永遠に憩える天国だか極楽なる場所があった方がいいと思うし、できればいつか私も母と天国で再会したいと思うのですが・・・・もし天国がなかったら、肉体と共に昇天したキリストや聖母は今、どちらにいらっしゃるのでしょうね?この世での使命を終えた魂が安らげるのが死でありましょうに、休む先がないというのは死してなお疲労するイメージしかわかなかったりします。
死んでも疲れるなら死にたくないかも。
誰にぶつけているつもりでもありませんけれど、ボヤいてみました。

le 1er mai 2008, Jérémie

TF1 のニュウスで流れたモン・サン・ミッシェルの様子です。
Le Mont Saint-Michel fête ses 1300 ans (4月30日@TF1)
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3837794,00-mont-saint-michel-fete-ans-.html
Le Mont Saint-Michel fête ses 1300 ans (5月1日@TF1)
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3837884,00-mont-saint-michel-fete-ans-.html
A chaque touriste son marchand フランス風門前町の様子(^_^)
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3837888,00-chaque-touriste-marchand-.html

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by ma_cocotte | 2008-05-01 23:04 | 『?』なたわ言 | Comments(12)
Commented by rice_shower at 2008-05-02 07:14 x
死とは、亡くなった方が、現実の世界から残された人々の心に、その棲み処、位相を移すイベント...。 そんなことを考えます。
『チベットの死者の書』は、死者が現世への愛着、執着を断ち、解脱出来るよう、それが無理なら好ましき転生が遂げられるよう、導く語り、教えですが、それは同時に残された人々の心にしっかりと固着、再生されることをも意味する、という風に我流に解釈しています。
その為にも、遺族は死の悲しみを(経典は遺族が遺体に触れたり、傍らで泣いたり、悲しみの言葉を発することを戒めていますが、これは亡くなった方が現世に執着し、その心が乱されるから)、亡くなった方の解脱(耶蘇の昇天に相当するのかな?)と我が心の内での再生を歓ぶ気持ちに置き換えることに努める、それが亡くなった方に心の安らぎを与えることにもなる、なんて不信心者は浅はかに考えたりしています。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-02 15:32
❒ rice_shower さま、ありがとうございます。
今の私は、母がこの世のどこにもいないことを実感しては泣き、ふとした
瞬間に母を忘れてしまっている自分に情けなくなったり、という繰り返しです。

 >残された人々の心にしっかりと固着、再生されることをも意味する

これが大切ですよね。母の胎に私の命が宿った瞬間からいつも一緒だったのに
この世から母の存在が消えたから、命をもらってこうして生きていることの
感謝を忘れてしまうのは良くない。
ただ魂が抜けた肉体というものがこれほどむなしいものなのか、と
目の当たりにし、私の中で「死」についての考えが大きく変わったのも
本当です。肉とはなんと惨めなものよ、と。

霊魂が休息できる天国(極楽?)は誰になんと言われようと、カマかけ
られようとあって欲しいですね。私も死んだら、その後は休みたい(^_^)
Commented by 伊望 at 2008-05-03 09:02 x
『見えないものを信じるのが信仰』と言ってしまえばそれまですが(笑)、それで納得できないのが我ら凡人。

この数ヶ月で二人も同世代の友人・知人を突然死に近い形で失ってしまいました。勿論彼らは神の国にいると信じていますが、同時に僕と共に生きていてくれいていると思っています。少なくとも、僕の心の中では。

『パスカルの賭け』でしたっけ!?、ご存知です。
天国が有るか無いか、賭けをして、無いと賭けて無かったとして何も得るものはないが、有ると賭けて有れば得るものは無限

なので『復活の希望』を抱いて共に生きてゆきましょう!!!

Commented by rice_shower at 2008-05-03 16:22 x
生前の愛が強ければ強いほど、別離の悲しみが深くなる、というのは思えば不条理ですね。
ところで、人体においては、その表層、内部に関わらず、絶えず新陳代謝が為されているわけですが、細胞、分子レベルで見ると、半年、一年で全ての構成要素が新しい物に置き換わっているのだそうです。 つまり、現在の貴女や私の肉体に、一年前の物は何一つ残っていない、全くの“別人”なんですね。 
こういう事を知ると、生命の主体は肉体ではなく、肉体を器として存在、維持される意識、能力、人格などの総体、即ちは“魂”の様な物だと考える方が自然であるように思われます。 
Commented at 2008-05-03 21:18 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by anbai at 2008-05-04 00:41 x
 自分は、ずっと介護していた祖母を失った気がしたことは無いんです。勿論、突然逝かれたときは悲しみましたし、震災直後で余震の中でのことだったので、トラウマ(偏頭痛含)には長期間泣かされましたが。
 でも遺影写真の顔は、実に晴れ晴れとしていい顔をしていました。そういう業界に生きる義弟は、天国に行ったあかしだと言いましたね。祖母のためにそう思ってます。今も、好きだった花だったり、好物だったものを見つけてはふと思いだすことは日常的にあります。でも辛くない。いろんな想い出をもらってることへの感謝に変わっているので。これは自分が勝手に信じるところに過ぎないけれど、天国にいながらも、遺された人々、自分の胸の中にも住んでくれてるんじゃないかと思っています。

 浮いたり沈んだりあるかも知れないけれど…段々と想いが整理出来ていくと思います。身体の復活と永遠のいのちを信じ、ささやかながら祈ってますんで…十
Commented by ma_cocotte at 2008-05-04 01:00
❒ 伊望さま、ありがとうございます。
今の私は、時には母が天国で今は苦痛もなく自由で幸福だと思うことも
あれば、この世のどこを探してももう会うことができない母が自分の傍らに
いるのではないか、と思ったり。そう思うと、私のそばでは母は今も安心
できなくてハラハラしてばかりではないか、とバツの悪い思いを味わったり
もしています。そう思うと、やっぱり天国なる場所から見守って、私の
帰天を待っていてくれた方がいいなあ、と思ったりもします。そうなると
この世にいる私は「母を忘れないこと」が使命なのかな?美しい地球に
今こうして生きているのも母の胎あってですもんね。

伊望さんの人生に関わられたお二人の天国での安息をお祈りします。
これからもよろしくお願いいたします。上を向いて歩こう!
Commented by ma_cocotte at 2008-05-04 01:07
❒ rice_showerさま、目からウロコの話、私にはまだ知る喜びがある。
母が帰天したのが2月の終わりで、キリスト教だと復活祭を迎える準備
期間にあたる時期、私は実家におりましたが、ごミサに行くと、聖書の
朗読箇所も、神父さまのお説教も「肉と魂」に関係する話が多かったのです。
ある外国人神父さまが「惨めな肉」という表現をされたのが妙に印象に
残ってしまいました。というのも、まさにそのものの母を見たから。
魂が抜けた身体とはなんと残酷なものよ、と実感しています。

魂が健全である、という表現を誰にも受け入れてもらえるとは思いませんが、
母のように寝たきりになっても魂が健全であれば天国なるところで安らいで
いるだろう、と信じたいし、この世にいる自分は死の瞬間まで魂を育てる
ことが大切だと母の闘病と死を通して考えるようになりました。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-04 01:15
❒ 鍵21H18@03/05/2008 さま、
涙が出ました。
実は母校でお世話になったシスターからも母のこの世での闘病が煉獄に
値するから、と鍵さんが神父さまから伺ったお言葉とほぼ同じことを
おっしゃり、それを聞いた瞬間に私は子供のように泣きじゃくりました。
母の性格も知っているから、まだ煉獄なのかなあ、と不安に思ったりも
して、それは今もふとそう思ってしまうのだけれど、天国があるなら、
いずれ天国で母は安らげ、いつか私と再会できると心強くなれます。

でも、もし天国がなかったら・・・・泣けますね。
なーんで神父さまなのに「天国がほんとうにあるか?」なんて話になる
のでしょう。カマかけられたのかな?(笑

バスクの神父さまと伺うと、モッキンポット師を思い出します。
面白い方でした。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-04 01:25
❒ anbai さま、ありがとうございます。
四十九日も過ぎると、いろいろな感情が一度に押し寄せてくるのかもしれ
ませんね。今の私は不安や怖さや悲しさやら寂しさやら。それと同時に
我が侭な思いもわいてくるというか。
きょうも突然、初夏のような陽気になり、庭仕事をしていたら、母がここにいたら、
と思い浮かんでしまった・・・・。花が咲き乱れる美しい季節なのに、母は
その季節を前にこの世を去ってしまったんだと思うと悔しいというかつらい
というか。避けては通れない道というか、通って、成長できることなのかな?

遺影の写真ですが、夫が初めて来日した時の最終日、実家を離れる
直前に母と撮った写真を使いました。あまり見たことがないほどの
かわいらしい笑顔で、どなたからもほめていただけました。義弟さまの
言葉、私もうれしくなりました。教えてくださってありがとう。

ほんと、感謝に尽きます。今こうして私が存在するのは母あればこそだから。
Commented by miruba at 2008-05-07 02:11 x
ma cocotte さま


Je vous presente mes condoleances en ces tristes moments.

全然存じませずすっかり寝ぼけたご挨拶、失礼致します。
人は必ずこの世に別れを告げる。
そんなことは解っていても、自分の心に決着をつけるのは
多分自分自身にそのときが起こるよりも、簡単にはいかないでしょう。

元気を出してね。
毎日、思い出して差し上げたら、きっと喜んでくださるわ。

桜は散りましたが、マロニエの花が沢山咲いていますね。

Commented by ma_cocotte at 2008-05-07 16:29
☆ miruba (7sept)さま、お元気でしたか?
9年前、実家を出て以降、母は電話のたびに「寂しくないの?ママは
寂しいの。戻ってきて」と繰り返し私に言いました。でも、私は戻りませんでした。
今は逆の立場になり、私がいくら母に「寂しいから戻ってきて」と祈り
頼んだところで、母のぬくもりも存在も戻ってきません。

mirubaさんのおっしゃるとおりで、自分はできたのにしなかった、母は
もうそれができない・・・・後悔やら反省を今更している自分、情けない限りです。

パリはこれからもっとも美しい季節に入りますね。
母の分まで美しい季節を愛でたいと思います。
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