<< 青葉、若葉に、風薫りて、お腹空いた。 またハズレてしまった。@ツワモ... >>
別に私はどこでも構わないのですよ。
祈ることができ、
この世における我が身の使命が果たせれば。
と、ダライ・ラマ Dalaï-Lama 師はおっしゃりたいのでは、と、この2か月の彼にまとわりつく騒動を傍観していて私は妄想したりしています。

先日、ベルトラン・ドゥラノエ Bertrand Delanoë 氏が長上のパリ市議会において、ダライ・ラマ師がパリ名誉市民になることが可決 されましたが、それは今回の事件をきっかけにパリ市長が大統領&首相府を挑発したわけではなく、既に2003年にダライ・ラマ師がパリ市を訪問したことでその種は撒かれていたのだと表向きにはそう言われています。

日本國ではエイメリカに向かうダライ・ラマ師が日本を経由しただけで大騒ぎになりましたが、フランスにおけるダライ・ラマ師の扱いというのはあまり仰々しいものではないように拝察しています。というのも、おらが町にも数年前、ダライ・ラマさんがお出ましになってるだね。
b0070127_16134618.jpg
↑ おらが町の名物、川下りを楽しまれるダライ・ラマさん ↑
ちなみに左側の僧侶はフランスにおけるチベット仏教の最高責任者さん。

このダライ・ラマさんご訪問を私が記憶しているのも、このご訪問直前に私がこの町に来て、現在住んでいる家の入居契約をしたのですね。その時、建築主であるマダムが私に向かって、この町にはこの春ダライ・ラマ師が来るので、この町は仏教にもアジア人にも優しく、心開く町なのだ、と差別発言をなさいました。マダムにしてみれば思いやりなんでしょうけれど。それを聞いて平行ドンビキした私が「私は日本人ですし、日本の主だった仏教はチベット仏教とは異なりますんで、はい」と返答し、マダムが豆鉄砲フェイスになったのもリアルに覚えております。フランスにおいては田舎であればあるほど日本は中國内にあると思い込んでいるフランス中華思想者が多すぎるでござる。

この時のダライ・ラマ師ご訪問のきっかけは、その数年前におらが町の市長さんがインド北部のダラムサラ Dharamsala でダライ・ラマさんにお目にかかり、おらが町で「チベット市」を開く計画があることを話したところ、ダライ・ラマさんが市長さんの目の前でご自分のアヂャンダを開き、何やらメモされたのだそうです。すたら、あーた、本当にその予定にあちらからお気軽極楽にいらしてしまったんですな。
ダライ・ラマさん、イイヒトでーす。(T_T)
しかも、ダライ・ラマ師の講演会の日にゃあ、こんなに人が集まった。
b0070127_16473555.jpg

この頃、フランスでは「ダライ・ラマは金集めが上手」と口にする人も結構いました。それはかつてマザー・テレサに対しても同じことを口にしている人がいたことを思い出させることですが、こういうことを言う方々は中道左派より左突き当たりまで「宗教信仰者=泥棒」、「宗教=集金手段」という単純刷り込みによる発言に過ぎません。おらが地元も揺ぎ無いPS居城として現在は知られています。

なぜ「現在は」なのかと言うと、今は中道左派で徹底政教分離で同性愛者も好んで引っ越してくる「おらが地元」ですが、かつては血みどろ中世史の舞台の中にあり、続いて太陽王ルイ14世 Louis XIV の愛妾妃がこの町に生まれ、その太陽王がこの町周辺に住む新教徒に旧教改宗を命じたところ彼らが応じなかったので虐殺してしまったり、フランス大革命においては革命政府からカトリック棄教を命じられた聖職者、修道者、市民がそれに逆らったがために殺されてしまったり、前世紀にはヴィシー政権が市役所乗っ取りをしユダヤ人迫害も行っている過去があります。宗教や人種で大量の赤い血が路地やら川面を流れた町なんですよ。こんな過去があるから、多くの人が先祖になんらかの形で虐殺された者を持っているから宗教アレルギーとなり、フランス社会党よりヒダリがこの町では愛されているとさえ言われています。今になって、この町に住む中道左派でありながら共産党より手前に座す「われこそは真の善良」と称す市民が「私共の町は仏教も、アジア人も受け入れます。ダライ・ラマ師がいらっしゃるくらいだから」と喧伝したところで、ダライ・ラマなる方が訪問する市についての予備知識も携えずにノコノコやってくるとは思えません。つまり、ダライ・ラマ師はフランスがどういう過去を持っている国か重々承知であり、そんな自慢できない過去を抱えた自称人権先進国が、ご自分が生きている今、こうして平和に迎えてくれるなら
それでいいぢゃないか
という、心の中の整理やら割り切りができているのではないでしょうか。現に、フランス共和国は 大革命当時のカトリック王党派への虐殺 については現在も多くを語らないままです(語れるわけがない)。肉体的にも霊的にも命に関わるほどの制約が在りすぎるチベットに今は戻れませんよ。帰還は悲願であるけれど、帰還のためには段取りも必要というのは所違えどイスラエル建国の前例でわかりすぎていることです。

さて、ダライ・ラマ師ですけれど、今年8月にはナント Nantes におみ足を運ばれます。
http://www.dalailama-nantes2008.fr/
今回のダライ・ラマ師の来仏も国賓扱いではないようです。
ダライ・ラマ師は8月15日から20日までいらっしゃり、講演会や仏教の生活文化指導などなさるようです。ノーベル平和賞受賞者でもあるダライ・ラマ師の講演会はともかく、こんなはるか遠方の異教異文化の指導にフランスびとが集まるんか?と思ったりしちゃいますが、フランスにおけるチベット仏教の浸透度は日本國よりはるかに広く深く染み入っております。

b0070127_17551218.jpgなにを隠そう、ココんちのフランスびと♂もチベット仏教の修行をコートダヂュール某所で行い、得度し、名前までいただいています。証拠写真(→)ね。左がチベット仏教の得度証明書。このフランスびと♂と知りあって間もない頃、エクサンプロヴァンスのはずれの獣道の先にあるチベット仏教の隠遁所にも連れて行ってもらったことがある私です。
そういうナマな世界に接することがなくても、毎日曜日の朝8時過ぎにうっかり国営放送France 2 にチャンネルを合わせれば、仏教番組 Sagesses bouddhistes (仏教の智慧)が流れておりますわね。今のフランスにとって、チベット生活文化はフランスの普通の人々の普通の生活に浸透できる土台が日本國よりはるかに整っているように見えます。
cf. Union Bouddhiste de France http://www.bouddhisme-france.org/
b0070127_16111411.jpg
↑ チベット仏教のお祈りだそう ↑

きょうび21世紀、目に見える距離、人種、文化だけでは他者との関係の重さを計れないかもしれません。日本がそれらをあげてフランスに自らはチベットに詳しいと言ったところで、そりゃ、どーかな?です。第二次大戦後、政治亡命者、移民受け入れを積極的に行っているフランスにはチベット難民もいれば華僑もいるし、欧州系の人々の中にはチベット生活文化通もいれば、中國ヲタクもいます。そういう過去やら思考やら嗜好を持つ各個人が自由に爆発して意思表示できるのも現代フランスだからなのでしょうけれど、場合によってはヨソの国から派遣された第三者によって導火線に火をつけられているように見えます。だから、気味悪いのだな。

ダライ・ラマ師はチベット仏教の最長上さまであるのだからして、ご自分の思いを語れば、それはご自分の霊的兄弟の思いを代弁していると取られてしまうでしょう。ですが、この世にいながらにして世捨て人でもある僧侶が、この世で何を果たさねばならないのか。それはこの世のどこであっても祈ることでありましょう。それが、今のチベットではできない。今のフランスでは自由に祈ることができても、この先、自由に祈れるかどうかは誰にもわからんぞ。

この世には桃源郷はないのだろうか、ふとそう思いました。

le 10 mai 2008, Solange
[PR]
by ma_cocotte | 2008-05-10 17:03 | 『?』なたわ言 | Comments(10)
Commented by 123 at 2008-05-11 00:29 x
VatikanはTaiwanを捨てて中国に擦り寄るようです。
http://news.google.co.jp/news?hl=en&tab=wn&ned=us&q=China+Taiwan+Vatican&btnG=Search
Commented by ma_cocotte at 2008-05-11 03:06
☆ 123 さま、はじめまして。

  >VatikanはTaiwanを捨てて中国に擦り寄るようです。

フランスの全国紙Le Figaro 紙には、バチカンが中國との和解の努力に
留意しないことへの仲裁を計るためのコンサートであると4月29日付の
記事で書かれていますよ。
バチカンの心がこのコンサートで変わるかどうか?
バチカン側は「人と文化を結ぶもの」と述べているのみで、教会政治に
ついては触れていないようです。
それはそれ、これはこれかもしれませんよ。(^_^)


Commented by anbai at 2008-05-11 12:33 x
あの、この「血脈」なる漢字が旦那さまの法名だったりします?
何だか意味がよく分からんのですが…(・ω・ )
Commented by なつこ at 2008-05-11 13:05 x
coco様

川下りを楽しまれるダライ・ラマ師、ゆったりとしてリラックスされている姿に安心感を覚えます。

自国のことを懸念しつつ外遊される姿勢に懐の大きさを感じます。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-11 15:54
☆ anbai さま、
ココんちのフランスびと♂はチベット仏教と曹洞宗で名前をもらっています。
「大心」とかいてタイシンと読むのだそうです。
てなわけで、右の「血脈」は曹洞宗のものです。
最近、知ったことですけれど、日本のお坊さまはこの「血脈」をご自分が
亡くなった時のお棺に納めてもらうのだとか。
左の冊子がチベット仏教のもので修行したお寺の名前と、いただいた
名前の意味、指導されたお坊様のサインなどチベット語とフランス語で
書かれています。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-11 16:04
☆ なつこ さま、

ダライ・ラマ師ですが、今年は8月にナントにいらっしゃいます。
ここも歴史上では「ナントの勅令」で知られる「宗教史拠点」だったりします。

意味が違うかもしれませんが、今回の出来事とダライ・ラマ師を合わせて
思っていると、なぜか「ゆく川流れは絶えずして しかももとの水にあらず」
や「諸行無常の響きあり」など過ぎるし、宗教違えどイスラエル史を
連想したりもしました。

もし今、ラサで祈れれば彼らにとっては地上極楽の理想だと思いますが、
それが適わないのもこの世はこの世であって極楽でないからかも
しれません。今、こうしてこの世に生があるなら、祈れる場所で祈ること
が彼らに与えられた使命を果たすには最良最善の選択肢かも。
Commented by 伊望 at 2008-05-12 00:35 x
>チベット仏教のお祈りだそう

これ面白いですね。

普通仏教の帰敬『信仰告白』は仏・法・僧と三宝に帰依を表明するものが、仏の前にラマに帰依するといういわば『四宝』帰依なのですね。仏より先にラマが来るというのは凄い。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-12 02:57
☆ 伊望さま、仏教にも詳しくてらっしゃる!? 
なるほど、「四宝帰依」になりますよね。
ココんちのフランスびと♂がチベット仏教から名前をもらったのが1997年
ですが、彼は今もチベット語でこれをそらんじます。

  >仏より先にラマが来るというのは凄い。

ですね。
これで思い起こすのは、パリの聖火リレーで騒いでいたチベット市民派は
信仰とは関係ない連中だったことです。あれはどう眺めても中道より左
突き当たりまでの二分裂表現運動でした。全体主義は中國側、無政府
主義はチベット側だったりしました。ダライ・ラマ師の思想とは次元が
違いましたね。ダライ・ラマ師、お気の毒です。
Commented by rice_shower at 2008-05-12 12:26 x
特定の信仰を有さぬ者は、“祈ることしか出来ない”などと軽々に語りがちだが、“自由に祈ることを願う”、今は“祈ることすら出来ない”人々を支援、激励するのは、やはり“祈り”なのだろう、と思い至る今日この頃です。
日本で、特にいつもは見ぬふり寝てるふりの仏教界から、中共批判の声が澎湃と湧き上がっている事実は、ダラムサラはもちろん、ここを経由して中国内のチベットの人々にも伝わっている、と聞きます。 祈りは届いているのですね。
で、私は今は亡き祖父母に、「胡錦涛の枕元に化けて出てやれ」と祈っておきました。
Commented by ma_cocotte at 2008-05-12 14:29
☆ rice_shower さま、
「支援、激励」の表現方法に問題があるのではないでしょうか?
聖火リレーにおける抗議や、3月の内乱がきっかけで始まった一部の
オリンピックボイコット運動はダライ・ラマ師にとっては決して彼が望んでいる
形ではないと拝察しています。(国境なき記者団のボイコット運動は今に
始まったことではなく、3月に内乱がなくても同じ行動を彼らはしました)。

祈りというのは喜びや満足に感謝するものでもなければ、恨みを述べンや
でもなく、喜怒哀楽を「何か」に語ることが祈りになるのではないかなあ。

でも、祈ったところで必ずしも自分の思い通りにはならない。
神の正義は必ずしも「自分の思いと合致しない」のですからして。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード
<< 青葉、若葉に、風薫りて、お腹空いた。 またハズレてしまった。@ツワモ... >>