<< この紋所が目に入り始めたら、 時代錯誤な土曜日 ヾ(`◇´) >>
寒い冬でなくても、求められ、求めよう。
ココんちを出てから26時間。
夜10時過ぎに実家に到着し、翌日の午後2時過ぎから母の納棺の「儀式」でした。それが葬儀屋さんによる提案なのか、浄土宗の習慣なのかも知らぬまま、その時間になってしまいました。葬祭会館のスタッフの方々が拙宅にいらっしゃる少し前、母の妹二人と義妹がやって来て、母の棺に納めるものを見繕ってくれました。長いこと、男(=父)の一人暮らしだったこともあり、荒れ果てていると言っても過言ではない両親の寝室ではありましたが、叔母たちが母の枕元からまだ仕付け糸がついたままの色留袖を見つけ、それを棺に入れることにしました。母が私がいつか結婚したら披露宴で着ようと考えていた着物だと記憶しています。まもなくスタッフの方が脳を献体したことでガーゼに包まれたままだった頭髪を整え、私のせいで何日も巨大なドライアイスを乗せられてコチコチになった母からパジャマを脱がせ、寝たきりになる直前までお気に入りだった服に着せ替えてくださいました。お化粧もして、母の鏡台の引き出しにあったお気に入りの口紅も唇に乗せることができました。棺に母を納めてから、おそらく三途の川を渡るための諸道具を次々と納め、清めた水を含めたコットンで母の手や足を拭くよう促されました。母の手は両肩に乗っていたドライアイスのせいでかちこちで冷たかったけれど、母の足はつめたくてもまだふっくらしていたこと、今もよく覚えています。
この時、母に服を着せ、色留袖を足から腰のあたりまでかけましたが、天国に行って困らないように洋服や着物にあう靴や草履、バッグなどを棺に入れようとしたら、最近の火葬で禁じられているものばかりで棺に納めることができませんでした。眼鏡も入れられませんでした。おしゃれな母なので、あちらで完璧なおしゃれのお披露目ができないこと、気の毒に思いました。

母の葬儀が済んだところで、いつまでもぼーっとしていられませんでした。私の実家滞在は一か月ほど。役所などの諸手続は父と手分けできましたが、どうしても母の身辺整理は娘であり、同性である私に一任されてしまいました。母の葬儀の翌日だったと記憶していますが、まず三面鏡の整理から始めました。ひきだしを掃除していると、お粉や口紅などのにおいがまざって「母の香り」がしました。使いかけの化粧品も母が触らなくなって数年経つので、ほとんどの化粧品を潔く捨てるしかありませんでした。「ママ、ごめんね」とつぶやきながら、ひとつひとつゴミ袋に入れました。今では滅多に見ることのなくなった美しい革や石をあしらった携帯お粉のためのコンパクトが見つかった時にはすぐ自室に持って行きました。母の愛用のオーデコロンもこれからは私が身にまとうことにしました。

三面鏡の整理を終え、続いて母の洋服の整理に取り掛かりました。
母は着道楽でもあったので、洋服棚、箪笥、押入れからどれほどの服が出てきたか。それらの服を着れるもの、着れないものにまず分けました。着れない服が入ったゴミ袋は20以上軽くありました。着れる服を私が着れるもの、その他の服を季節ごとに更に分け、季節別にした服を更に色別に分けて数箱に収めました。この仕分け作業の時も、繰り返し「ママ、ごめんね」とつぶやいていました。洋服を広げては汚れなどの確認をしましたが、洋服をきっかけに思い出すことがいっぱいありすぎて、ありすぎて。第三者が私のその様子を見たら「この子は働いていない」と思ったことでしょう。母が棺の中で着ていた服のベルトがこの最中に見つかり、母に悪いことをしたと泣けたりもしました。

そこまでの作業を数日かけて終えたところで、叔母に電話をしました。叔母からすぐさま古着は誰も引き取らないから清掃センターに電話して、こちらが料金を払って引き取ってもらうように言われました。

正直、ショックでした。

私がまとめた服を叔母が確かめて、欲しいと思ったものは一着ぐらいは形見として受け取ってくださるかと思った私が甘かった。正直、素直にそう思いました。電話を切って、箱に収められた母の服を見るとどうしてもゴミとして出す勇気が持てませんでした。

母の服を見ているうちに、結婚直後、夫婦揃って体格がよくなりすぎたため着れなくなった服を私の中学時代の恩師が働いていているボリビアに送ろうと思い立った時のことを思い出しました。母校にメールでその旨を話したところ、「貴女の気持はありがたいが、無事に着くか確証できないほどの土地であり、今一度貴女のまわりに目を向けて欲しい」と返事をもらいました。 cf. ボリビアはコチャバンバの話
その後、われらが地元の赤十字に服を持って行きました。確か木曜午後が受付時間で、その時間にあわせて行くと、既に赤十字の門前には複数の移民さんがいました。私の車を見つけると、今すぐここで品を見せて欲しいとおっしゃる。なぜなら、その頃、赤十字が古着を引き取る側からも会費を募るようになっており、彼らはそれを惜しんでこうして門前で待ち伏せするようになったのです。結局、私が持って行ったものは全て赤十字の敷地の中に入る前に引き取られてしまいました。叔母の話で行き場のない母の服を見つつ、あの時の品物を調べる人々の真剣な顔、喜ぶ顔を思い出し、母の服を彼らなら喜んでくれたかもしれないと思いましたが、今の自分は南米でもなければフランスでもなく日本にいるのです。まずは日本で誰かに喜んでもらえないだろうかと考えてみました。

母の服は40代以降の女性なら着ていただけると思いつつ、ふと日本國にも私服の修道女が多々いらっしゃることを思い出しました。脳裏に思い浮かんだ修道女会はふたつありましたが、学生時代から現在に至るまでお世話になりっぱなしの先輩が卒業された学校のシスターが私服だったこともあり、すぐ先輩に電話をすると、先輩が二つ返事で同窓会担当のシスターにお話を持って行ってくださいました。シスターからのお話では送料を出せないこと、内容を確かめてシスター方がおめしになれない服(=派手な服)は、その会が関わるその先の団体に委ねることさえ受け入れていただければ、とのこと。それを伺っただけでも母の服が再生するという喜びに私は満たされ、父にその旨を話すと永遠に「カト無視」の父でさえ喜んでくれました。その後、母校にも連絡したところ、母校のシスター方は制服であっても、同窓会とローマ本部直轄の活動団体が市井のフリーマーケットなどで販売し活動費用にあてることができるので引き取りたい、と返事を下さいました。なんという助け!母の洋服をもう一度箱から出し、今度は修道女方がおめしになれそうなものとそれ以外に分け、段ボール箱2箱をシスター方へ、ひと箱を母校に送りました。先輩から介護が必要なほどご高齢なシスター方もいらっしゃると伺ったこともあり、未使用のパジャマや介護用下着、靴下なども箱に詰めました。

その週末、たまたま母校に伺い、応接室でお茶をいただいている最中に私が送った箱が届くという偶然があり、シスター方が大きな箱をご覧になっただけで大喜び。母校には福祉施設もあるので、定期的に品を探しにいらっしゃる外部の方もいるとか。
更にその翌日の早朝、2箱送った先のシスターからも電話をいただきました。初めての会話なのに、先輩を介していることもあってか、母の帰天のことも含めて慰めになる言葉をたくさんいただきました。中でも、
しばらくしたら、あなたはおかあさまをたくさんご覧になるわよ。
という一言には泣けました。修院のシスター方がみなさんで母の服をおめしになってくださると。シスターが「でも、おばあちゃまばっかりでごめんなさいね」とおっしゃったことにはこちらが電話に向かってお辞儀してしまいました。母がどれほど喜んでいることでしょう。私の母は派手好きというか個性ある服を選ぶヒトだったので、シスター方にどこまで派手目の服を受け入れていただけるかが私の心配でもありました。その不安を母校のシスターにも話したところ、この私服着用が認められている修道女会のシスター方は小学校低学年の目を養うためには修道服より私服が良いとカトリック校会議でおっしゃったそうで「心配に及ばず」と励ましていただきました。

私としてはたとえシスター方におめしいただけなくても、その先で有効利用していただけるならそれで満足すると決めていたので、兎に角、私が母ダッシュであるシスター方をたくさんこの目で拝見することができる、という言葉だけでどれほど救われたことか。

次回の帰国では前回の帰国で時間がなくて手をつけることができなかった和装箪笥の中の整理をしなければなりません。着物をおめしになる修道女方っていらっしゃる?

それにしても、母の代わりに私ができること、天国の母に喜んでもらえることをひとりで考えるのは寂しいです。

le 15 juin 2008, Germain

【 余 談 】
相談申し上げた先輩に我が母校のシスターが制服を着用していると話したら、
ええっ!? お金かかるでしょ?
とすぐさま叫ばれた。こちらは同時に (@。@) キョットーン でしたが、制服の方が私服より経費がかかるのでしょうか?母校の場合、その昔は在校生の制服もシスター方の縫製によるものだったそうです。最近こちらのドキュメンタリー番組でヴァチカンの内情が放映されたけれど、あの中は何から何まで手作りだんべよ。特に布地はシスター方の手による縫製と刺繍のみです。手縫いの制服の方が私服よりは経費がかからないというのは私の思い込みだったのかも。先輩がそう叫んだ瞬間、わが脳内スロットマシーンと化し、チーン!と出てきたのが、母校のシスターの制服が以前は冬は黒、夏はオフホワイトだったのに、現在は一年中、ねずみ色だということ。一年中同じ制服ならばそれだけでも節約になるのかもしれません。私の時代の校長様が鬼太郎のねずみ男とウリフタだったんですが、制服がねずみ色になってしまったら本当に本物ですよ。

いや、そうではなくて、制服って維持が大変なのかなあ。
 
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by ma_cocotte | 2008-06-15 22:33 | 『?』なたわ言 | Comments(40)
Commented by rice_shower at 2008-06-16 02:54 x
MOTTAINAI.....。
数年前からワンガリ・マータイ女史が3R(Reduce/Reuse/Recycle)の精神を一言で表す言葉として世界中に紹介している訳ですが、触発され調べてみて元々は“勿体無い”(物体、即ち物の本来あるべき姿がなくなるのを惜しみ、嘆く気持ち)という仏教用語だと知り、自らの無知を恥じたものです。
また、MOTTAINAIには『忝い(かたじけない)』の意味が有りますが、、“忝”は“天”と“心”を組み合わせた会意文字で、これは自然、宇宙への畏怖の念を表すアニミズム的言葉であることも知りました。


Commented by ma_cocotte at 2008-06-16 03:14
★ rice_showerさま、
「もったいない」とはそういうことなのですね。
恥ずかしい話ですが、母の色留袖が跡形もなくなくなった後、もったいない
ことをした、と思ってしまいました。でも、仕付け糸も取っていないままだった
のでやはりあれは母が着るべき着物だったと思うことにしました。

「もったいない」と「かたじけない」が同意語ですか。
「かたじけのうござる」は確かに頭を下げて、恥じ入るほどの気持を持ち
ながらも感謝の意を述べる時に(私は)使ったりします。

今晩、地上波でポルトガル戦を観戦できない私です(T_T)。
Commented by rice_shower at 2008-06-16 11:23 x
こんなこと、思い出しました。
7、8年前に某大手電気メーカーの半導体素材工場(子会社)の閉鎖が決まり、これを一式中国の企業に売却する仕事を手がけました。 現地での立ち上げが完了、生産開始のセレモニーに子会社の社長さんをお招きしました。 日本で10年以上使った装置が塗装し直され、中国で復活している様を見てもらいました。 その長さんが見終わった後「断腸の思いで閉鎖した工場の機械が元気で動いているのを見て、涙を堪えるのが大変でしたよ」と私の耳元で囁かれました。 
今の日本では「無駄を無くせ、節約しろ、合理化せよ」と掛け声は掛けても、MOTTAINAIの分る、こういうタイプの経営者が少なくなっているような気が.....。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-16 15:57
★ rice_shower さま、
私もかつて某社で、日本で使わなくなった赤電話、公衆電話などをアジア、
アフリカ、中南米に売る部におりました。私たちが海外に出て、垣間見れる
のは公共物の再利用が一番ですが、工場備品やヒトがヒトへ教えつなげる
技術など一般人の目に留まるのが難しくても、それなくして地球の成長は
ありません。社長さん、良い目と心を持ってらっしゃいますね。
こういうことを発展途上国で見て哀れみをまず語られると「ううううん」と
うなる私がいたりします。私個人はこういう流れを施しとは思いたくありません。
Commented by サエキ at 2008-06-16 20:41 x
叔母様もきっと悪気は無かったのでしょうけど。。。
悪気は無いけれど情愛のわからないひとはいるものだから。

せめて解決策が見つからなくても、ma_cocotteさんとおでこを突き合わせて、どうしたらよいだろうねぇと長い時間対話するほうがずっと良い。

それにしてもシスターの「しばらくしたら、あなたはおかあさまをたくさんご覧になるわよ。」という言葉は情愛に満ちた知性というか、シスターの信仰生活やお人柄を感じられるひとことですね。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-16 20:55
★ サエキ さま、
なんかね、あの時点では叔母の言葉で泣けました。身内だけでなく、
世間さまでも「お古なんか引き取らない日本」と連想してしまった。
そんなに恵まれた日本なら、喜んでくれる今の地元や南米が実家なら
良かったのに、なんて変な思考回路に紛れたような感じ?

でも、ちょっと考えたら私服のシスター方がひらめいたのですよ。
すぐ先輩に連絡して、先輩がすぐシスターにお話してくださって、ほぼ
絶望だったのに、そこから救われるようにとんとん拍子で話が進みました。
シスターから「おかあさまをたくさんご覧になれるわよ」と伺って、すぐに
理解できなかったというか、ぽーんとカオスから抜けたような感覚?
まさに「救われた一言」でした。(と、今も涙が出る
Commented at 2008-06-16 21:21 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-06-16 22:23 x
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Commented at 2008-06-16 22:23 x
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Commented by at 2008-06-16 22:26 x
近所にドミニコ会系の女子修道院があるのですが、そして服はもちろんご自分たちでお縫いになるそうなのですが、化繊というものを使ってはいけないそうで、一度布地に触らせていただいたのですが、なんともごわごわした手触りでした(これを着てると、動くのが大変なんですよ、と笑いながらおっしゃっておられましたが)。

いまどきですと天然自然の素材というものは、やや値の高いものにつくのかもしれませんね。憶測にしか過ぎないのですけど。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-17 02:48
★ 鍵21H21@16062008 さま、
私も自分が着れる服を数着、こちらに持って来ました。今年もう一度、
母の納骨のために帰国するので、また母の身辺整理の続きをします。
実は実家における私の身辺整理も曖昧なままなのでどうなりますことやら。
正直、和装はどうしましょう。自分で着付けができないので、習わねば
なりませんが、その時間も余裕も今の私にはありません。

母の葬儀には母がかつて着ていた喪服を着ました。複雑な思いも
ありましたが、母の喪服を着れて良かったです。大切にします。

私もこちらで1980年台のホンダシビックにしばらく乗っていました。
今は新しいホンダに乗り換えましたが、フランスではまだあの角ばった
シビックは現役でしばしば見かけます。モノに対する感覚が早い速度
で変わってしまい、今の私には追いつけないのかもしれません。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-17 02:57
★ 鍵22H23@16062008 さま、
実家に滞在した一か月は目が開いている限り、焦り続けていたような
気がします。私はあまり電車など移動中に眠るタイプではありませんが、
今回ばかりは電車の中で何度かこっくりこっくりと寝てしまいました。
母の身辺整理はつらかったです。今になって振り返ると、もしかしたら
捨ててはいけないものまで捨ててしまったのでは、と不安になったりします。
靴やバッグを捨てるのがつらかったです。
服もひとつひとつ広げて確認して仕分けしていましたが、「ごめんね」
ばかりつぶやきながらまとめ続けました。どれも母が粋に身につけて
いた姿ばかり思い出してしまい・・・。

喜んで再生してくださる方に委ねる、手放すという複雑な思いがあっても
希望になりますよ。殿方のお召し物ですとセーターなど喜んでいただけ
ますね。わが地元の神父さまはセーターのひじに革のつぎあてをして
着続けています。鍵さんのため、お祈りします。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-17 03:06
★ 鰤さま、
フランスですが、わが母校のシスター方はフランスでは私服なのです。
制服だと活動範囲が政治的に狭められてしまうことでの特別措置らしいです。
かなり前ですがこちらの修道院を訪問して、その話になったら、わざわざ
自室からきれいにたたまれた制服を持ってらして「ローマに行ったら
これを着ます」とおっしゃってました。が、今はローマでも私服の方が
いらっしゃるようです(HPを拝見するかぎり)。
が、ドミニコのシスター方はフランスでもきちんと制服をおめしです。
以前住んでいた小さな町にドミニコの修道女方の小さな修道院がありました。
ドミニコの黒いベールとオフホワイトの制服、かわいらしいと思います。
(観想のドミニコ会はまた違う雰囲気の制服らしいですが)

鰤さんは「Le Grand Silence」という記録映画をご存知ですか。
カルトジオ会修道士の生活についての映画ですが、その中に老修道士が
入会者のために修道服を作る場面があります。感動ですよ。
ご覧くださいませ(↓)
http://www.youtube.com/watch?v=cG662-kKnnc
Commented by mosu at 2008-06-17 14:18 x
こんにちは。

着物がお好きな方でしたら、娘さんがいたら幾つかは譲りたいのではないかと思います。
私は母と身長差が大きすぎて、直しても着られないのでお母様のお召し物を母娘で着られるというのはうらやましいなーと思います。
お母様のお洋服が着られるようでしたら、お好きな色・柄のものを幾つかお手元に残されたらいかがでしょうか?
着付けは、ほら、お代さえ払えばやっていただけますし。

明らかに着ないものは着物専門のリサイクルショップという手もあります。思い出のお品を「売る」というのは抵抗があるかもしれませんが、着物好きな方に出会う確率が高いので、その先で大事にしてくださると思いますよ。

Commented by ma_cocotte at 2008-06-17 16:29
★ mosu さま、
着物はもともと高価ですし、維持が大変というのも、こちらが今から
ビクビクしている原因でもあります。
今では珍しくなった総桐箪笥に納めていても、その箪笥の方が疲れて
しまっており、箪笥の修理を出すにしても職人さんがいるかどうかさえ
これから調べねばなりません。
和装小物も銀座の老舗のものが多いし、中には着物と共布のあつらえ
もあります。どうしましょうね。

私も母と5cm以上身長差があり、今になって体格が太ったことや齢を
重ねたことで母の洋装で先の滞在中は乗り切ることができました。
運が良かったです。
が、WiiFitを買ったところ、今の体格だと私はメタボで将来苦しむことに
なりそうなので減量せねばなりません。そうすると洋服が着れなくなって
しまうかも。
こういう点、和装着物は素晴らしいですよね。日本、ヴぁんずぁーい!です。
Commented at 2008-06-17 16:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-17 17:50
★ 鍵16H41@17062008 さま、
お気持お察し申し上げます。
私も夫との会話の中で、母の帰天についての楽観的言葉に戸惑いを
覚えることがよくあります。もちろん夫にしてみれば、素直にそう信じ、
私を励ましているということも理解しています。
夫の意見だと私の母は現在は天国で何の心身の苦痛もなく幸せなのだ、
そうだけれど、それを聞いた私が「えっ...本当?」と疑ってしまう返答
をしてしまったりします。母が存命中の私の至らなさ諸々、まさに「後悔」
としか言葉をあてがうことのできない事項で反省することばかりです。
そこに「赦し」など絡むと、哲学の域に入ってしまいますね。
その後悔にしばられるとしても、プルースト級にはなりたくなかったりします。
Commented at 2008-06-17 19:49 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-17 21:19
★ 鍵19H49@17062008 さま、
そのようなご経験をなさいましたか。
葬儀の前後、家族には泣く余裕もなかったりしますね。
私も以前なら母がしていた来客の対応を、自分が代わりにせねばならず
(母は棺の中ですものね)、ご足労運んでくださった来客に挨拶する時は
笑みさえ浮かべていました。泣かない私が薄情な娘に思えた身内もいた
ようです。公の場で泣き崩れられたら良かったのかなあ・・・と、ぼんやり
葬儀から数日経って思ったりもしました。

母の服をまず着れるもの、着れないものに分け終えた段階で、叔母に
着れるものまで処分しろと簡単に言われたのはショックでした。
きょうも母の服を身につけている私ですが、母には死してなお、脳を
献体してもらったり、洋服を修道女方におあずけしたり、と私のできない
ことばかり、私のためにしてくれているようにさえ思えます。母には
頭をさげっぱなしですね。私はわがままで困らせてしかいないのに。
Commented by at 2008-06-19 17:38 x
改めてお母様の魂の安息をお祈りします。

エントリをあらためて拝見し、コメント欄を拝見し、いろいろと思うことあり。長くなったので拙ブログにしたためてみました。

とくにま・ここっとさまのブログを引用してはおりませんので、TBはなしで。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-19 18:08
★ 鰤 さま、
拝読いたしました。
鰤さまのさまざまな思い、お察し申し上げます。
こうしてネット上とは言え、会話を交わすようになった鰤さんとの交流で
互いの思いをどのように分かち合えるかわかりませんが、できるだけ
互いに天を仰ぎつつ前進いたしましょう。(天を知るなら天を仰ごう、
そうすれば絶望はない、と今年の復活の主日にお説教で聞きました。
母のこともあったので、この言葉だけでも救われる思いがしました。
Commented by mosu at 2008-06-20 09:32 x
昨日、某教会で夕方のごミサに与ったのですが、私服のシスターがいらしたのを見て、ま・ここっとさんのこちらのエントリーを思い出しました。

「『たくさんのお母様方』はきっとこんな感じかしら?」と勝手に想像しつつ、お祈りさせていただきました。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-20 16:46
★ mosu さま、

召命について祈りましょうね。
私は学生になってまもなく、初めてベールをかぶらず、半袖ブラウスの
シスターにお目にかかっってヴぃっくらこきました。それまでの私が
世間知らずだったに過ぎないのですが、今も私はシスターの制服、
神父さまのスータンやローマンカラーを守りたい派だったりします。
もちろん各自の「こころ」が最優先であることはわかってはいるのですが。
フランスのようなライシテの問題で制服着用制限が生じることには疑問
ありです。神父さまの中には公立病院のAumônier であってもスータン
で院内爆走なさっている方もいらっしゃいます(爆笑。がんばれ~♪♪\(^ω^\)♪♪
Commented by at 2008-06-21 03:19 x
ありがとうございます。
聖職にある方でも、時々ものごっつすごい囚われない服装の方いらっしゃいますよね。あるところで、そこは廃墟のようになってしまった教会で修復費用を捻出するためにギャラリーのようなことをなさっていて、たまたま学生と間違われたわたくしめは、そこにいたステテコ姿のえらい血色のいいご老人に「あんた学生さんだろ!展覧会やってるんだよ!いいからはいんなはいんな!」とフリーダムに誘われ いいんだろうかこの人ここの小教区の人なんだろうかしかしこれを断るのも大変だなていかおらのイタリア語そんな複雑なこといえないぜ とおもい「ぐらっちぇしにょーれ」と気軽にこたえて、しかし教会の人に見つかってあとでもめたらどおしようと冷や汗をたらしつつ無料入場したのですが

知人の意見によるとそれはそこの街でもっとも由緒正しいぬるしあ系修道院の一番偉い人だったらしい。どっとはらい。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-21 03:36
★ 鰤さま、
その方、もしや苗字がホンダさんでわ・・・(爆笑
あ、イタリアの方だったらちゃいまんな。え・・・でも、ステテコ姿のイタリア人?

聖職者や修道者の服装の自由化は進んでいますね。
フランスですが、神学生や若手司祭に服装回帰派が増えつつあるみたいです。
フランスの場合、ライシテやら68絡みで私服化=世間への遠慮っぽい
ところがあったりするので、その反動かもしれません。日本とは事情が
かなり違うと見ています。
少し前、町で偶然、PieX(ルフェーヴル派)司祭にばったり。
サッシュをきちんと巻いたスータン姿が美しすぎました。うっとり。
Commented by at 2008-06-21 04:36 x
まだ起きてましたよ。きょうは夜おでかけしていたのでまだ部屋が冷え切らない。除湿中。

OFM関係の方ではございませなんだ。ゆかりの街ではありますけれど。いやあれはステテコっていわないのかな。ランニングもきてたか。でもどっからどうみてもあれは下着だった。と思います。いまはあの教会も修復できたのだろうか。

フランスは厳密な政教分離がありますからねえ。なにかと意識することも多く大変でしょうね。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-21 05:35
★ 鰤さま、
そちらは既に冷房の時季なのですね。
こちらは冷房いらずのまま夏至を迎えます。

茶バネでないイタリアーニとなると昆布またはサレ塩かパウロんでしょうか。
修復というキーワードがござって関西だとすると塩だと思いま駿河。

フランスのライシテについては日本の感覚で見るとライシテのようで
ライシテでないですね。公立大学に神学部があるし、公立病院には
各宗派の住み込み司祭が常駐です。が、制服だと仕事に制限が生じる
こともあります(例えば教職)。数年住んではいるものの、まだよく
わかりきっていないライシテです。
Commented at 2008-06-21 16:23 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-06-21 17:05
★ 鍵16H23@21062008 さま、そうでしたか。
フランスだけかもしれませんが、その会には独特な労働着があります。
私にはなかなかおしゃれに見える装束なのです。
30分ほどのドキュメンタリー番組(↓)ですが、週末にいかがですか。

http://link.brightcove.com/services/player/bcpid246216541?bclid=245987847&bctid=246219362

不思議な世界ですけれど。(^_^)
Commented by Paris at 2008-07-13 02:48 x
こんにちは
ご母堂様は、きっとma cocotte様を見守っていてくださると思います。
例えば、駅の階段を12段くらい大雨の日に落ちたのですが、ほとんど怪我もなく、父の霊が守ってくれたのだと感じました。
私も父を亡くした後、20代からの父のアルバムから全て残され、蔵書も全て読んでから処分しました。おしゃれでしたので、スーツ類も20着はあったと思います。ネクタイは、手作りバッグの内ポケットにリフォーム。
着物ですが、70台の母が753で着た時の帯は、バッグに、伯母や祖母の形見の着物は、思い切って、普段に着られるウエストゴムのパンツ14枚を縫いました。ほぼ母にあげました。あとおそろいで、ブラウスとかも。着物から洋服へリフォームするのは大流行です。
Commented by Paris at 2008-07-13 02:51 x
続きです
生まれて初めてこの年でミシンを中古1万円で買い、直線縫いしかできないのに、意外と作品ができました。
母にも、古い帯から、ポシェットやリュックサック、を作ってあげて、母は、お嫁入りに作ってもらった着物などが、今になって、普段着として着られることに大喜びしていました。
帯を切り、753の子供用のように4隅にひもをつけて結び、お太鼓は折り紙のように形にしたものを作って、枕を通して背中にしょうだけで、簡単に自分で着付けができます。
長襦袢で、丈をおはしょりしなくてよい丈なら、ウール絹用洗剤で手洗いして、アイロンかけて、ネグリジェに、羽織はガウンとして着ています。襟のガーゼの部分は、袖を少し切ってその布を襟にかがりました。巻きスカート等も長方形の上にリボンをつけるだけでもOKですし。
ほどかずに作るリフォーム、手縫いでもできるリフォーム本もありました。高橋恵美子「着物から手縫い服」 ご参考まで


Commented by ma_cocotte at 2008-07-13 15:41
★ Paris さま、いろいろ教えてくださいましたこと、ありがとうございます。
まずは次回実家に戻った時に和箪笥の中を全部確かめねばなりませんね。
長襦袢などをネグリジェというお話、膝ポン!でした。羽織をガウンに
するというのも。ただ絹だと私には贅沢すぎる素材になってしまいますが。
洋服の時もそうでしたが、確認しながら、思い出がたくさんあふれて来て、
ぼーっとしてしまうという繰り返しです。ハサミを入れる勇気が果たして
私にもてるかどうかわかりませんが、こういう作業には「決断」が必要と
言うのも少しずつですがわかってきたつもりです。がんばります。

リフォームの本、帰国したら探してみます。本当にどうもありがとうございます。
Commented by Paris at 2008-07-15 02:09 x
ma cocotte様 お役にたてましたら幸いです。長襦袢ですが、道行のように内側、左右を止める紐をつけてもいいですが、私は4か所にスナップをつけただけで、脱げません。ウエストも紐なしで。お姫様気分で眠れます。母に袖を振りながら、「貴方、行ってらっしゃいまし」と江戸時代気分で芝居じみて台詞を言ってみたりすると母も大喜び。実際江戸時代にタイムスリップした気分になれます。大正くらいの柄がとても素敵ですし。
明治生まれの祖母は母が14才で亡くなり、戦争で写真もなく、私は知りませんが、祖母の形見の着物から伯母が作ったスーツをもらってきました。こういう柄が好きな人だったんだと。最初にはさみを入れるのは勇気がいりましたが、リフォームした物を実際着ると、嬉しいです。詳細の図はよろしければ郵送します。袖丈がぴったしで着心地は最高です。帯はインテリアにも。テーブルクロスとか壁掛け。
Commented by Paris at 2008-07-15 02:25 x
続きです。和服のレインコートは、今年6月、日本でパンツルックの上に
レインコートとして着ましたら、蒸れなくて気持ちよかったです。赤ですけど雨の日は、何を着ていても目立ちませんしー。市販の洋服用レインコートは重いし蒸れるしデザイン悪いし。
羽織はフランスなら、ジャケットとして、黒や白のパンツの上にお召しになれると思います。帯揚げはスカーフ代わりに。着物からウエストゴムのスカートなら長方形を輪にするなり、巻きスカートのようにするなり。
シルクの着心地は熟女にぴったしでございますのでお試しを。
和服のバッグもインテリアとして置きたいほど美しいですよね。下駄などつっかけ代わりにしております。綺麗にふいて、室内でスリッパ代わりとか。黒喪服の帯からはバッグが3つくらい作れます。飛行機内用にマチ20cm、横50cm位のサイズにしました。軽くてよかったです。中ポケットに赤っぽい着物布でポケットを作ったら華やか。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-15 21:12
★ Paris さま、目からウロコです。いろいろ教えてくださったこと、どれも
私の固まった脳みそがほぐされるような快感と衝撃です。
発想の転換とはこのことですね。自分で着付けができないこともあり、
処分することばかり思い巡らせていました。

感謝です。どうもありがとうございます。
Commented by Paris at 2008-07-16 02:47 x
ma cocotteさま どう致しまして。私も着付けは30代で教室へ数回行ったのみで忘れておりました。ご自身で着物をお召しになれると確信致します。ご参考までに沢山の写真つきの着つけの本もお求めくださったら完璧です。
自己流でも、見た目がお太鼓ならいいじゃーありませんかと開き直り、工作的に、ちょんちょん、ちくちく。帯の端から45cmくらいを切る。180cmくらいの帯を半幅に織り、半分に折り90cmにして、四隅に60cmの紐を縫い付ける。お太鼓の形に折り畳み、あちこち縫いとめる。帯の長さにより180cm取れない場合もありますが、問題なしです。
裏に45cmの手先を、15cmくらいの処で縫い止める。お太鼓の中にも手先を通してところどころ縫い止める。お太鼓の上の輪の部分に帯揚げをかけた枕を通して、しょう。フランスでなら、着物を着て靴、ブーツでもおかしくないと思います。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-17 03:00
★ Paris さま、なるほど着付けの本もあるのですね。
フランスで着物の保存、難しそうですね。
その前に次回の帰国時に虫喰いを調べるところから作業が始まりますが。
今から憂鬱です。
Commented by Paris at 2008-07-17 23:27 x
ma cocotteさま 虫食いがあった方が、気楽にちょっきんできます。逆に完璧なものは、どうぞそのままで着物でお召しになっては?着物を触っていると癒されるのでは。
「一人で着るデイリー着物」NHK別冊おしゃれ工房千円では、一重太鼓を結ぶのに15枚のカラー写真で、モデルが実際に着ているところをプロセス順に見られます。長襦袢の着方から丁寧な写真つきもあります。1冊カラー本があると、同系色、反対色で選ぶと綺麗など参考になります。
着物保存は不要になったスーツケースに入れて防虫剤を入れました。たとう紙はかさばるから、パリで売ってる名物スカーフをマルシェで1EURで買ったものを3等分くらいに折り、両端を縫って、袋を作りました。上から入れるし半透明の布で中身が見やすい。着物好きのお友達にご一緒に見ていただくとか?腐りませんので、是非お手元に。西欧婦人は日本の市で、着物を5千円とかおみやげに買ってますよ。
Commented by Paris at 2008-07-17 23:40 x
続きです。竹久夢二の絵に、若い女性が急なデートの為、慌てて着付けしたからひもが帯の下から見えているのがあります。可愛らしい。完璧に着付けていなくても、いいと思うようになりました。
パリで着物を着ていて嬉しいのは、やはりフランス人から素敵、と声をかけられること。着物は世界一優雅な衣装だと自信を持てるようになり、着物を紹介できることは日本人冥利につきると思いました。刺繍も織りも染めも全てが凝っています。日本文化の高さに改めて驚いています。オリンピックの選手入場も、全員浴衣だったら素敵なのに。サウジなどの人々のように、民族衣装を西欧の服に変えず、日常に着ているのもいいなと。帯さえ、巻く部分と、お太鼓部分に切って分けてしまえば、あとは何とか着られます。この先誰も着ないのは着物が可哀想だと思い、着てあげることが供養かなとも。ご主人様も喜ばれるのではないでしょうか?
名古屋帯を半幅帯のようにして、文庫に結ぶのも簡単。これだとお太鼓よりラクです。帯の芯をほどいて取って軽くしました。
Commented by Paris at 2008-07-18 00:30 x
続きです ルフトハンザとかJalでも30kgまでの便があるといいですね。
西陣織など帯は大変重い為着物や帯を体重計に乗せて、何kgか計って、リストを作ってから計算してスーツケースに入れると、現在何kgかわかります。底が平らでキャリーの棒がない日本一軽量ソフトケース4.8kg 73cmx51cmx23cmはデパートで約5万円と高いのですが、着物が平らで綺麗に沢山入るし、薄い蓋のみファスナーで開けばよく底面積の分しか床を占領しないので優れ物。両開きになるプラスチックのでは重いし出し入れも不便で。
古い帯はほどいて芯は埃っぽいので捨てました。布がデシンのような薄い帯は、中身の帯芯がとても分厚くて重いのです。しめていても苦しいし重いので、肩が凝ります。別の無地の軽い布を後でミシンでじゃじゃっとつけました。今回は着物のままでお召しになる物、手縫いでリフォームする物を何点かお持ちになっては?
「日本の女性風俗史」切畑健 紫紅社文庫1200円 全カラーで古墳時代から江戸時代までの着物を再現しモデルが着た写真がご覧になれます。桃山時代のように10cmくらいの帯でりぼん結びだけも素敵。目を奪われる美しさです。
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