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Hourra! Ingrid Bétancourt enfin libre!
昨晩、22時過ぎだったと思います。突然、テレビ画面の下方にテロップが出、2002年2月23日に誘拐されて以来6年間、南米はコロンビアのジャングルの中で左傾ゲリラの人質となっていたイングリット・ベタンクール Ingrid Betancourt 女史(↓)が無事救出されたという速報が流れました。
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思ったよりふっくらしていて、元気そう。釈放されて得た久しぶりの自由が彼女に力を与えるお薬となっているのかな?A pein descendue de l'avion qui a atterri à l'aéroport militaire de Bogota, Ingrid Betancourt s'est montrée souriante. RODRIGO ARANGUA/AFP

昨年11月30日 にコロンビア政府が公式HPに掲載した人物(↓)とは同じ人物とは思えないほど、ベタンクール女史がイキイキとして美しく、少女のようにかわいらしくさえ見えます。
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Photo par Presidencia de la República de Colonbia

空港にベタンクール女史の母上とご夫君 Juan Carlos Lecompte 氏が出迎えていたこともあるのでしょうね。一夜明けて、フランス共和国国内の今朝のニュウスでは繰り返し母と娘の抱擁の姿が流れました。cf. http://jt.france2.fr/8h/

いろいろボヤく前にまずは参考資料として、以下の記事をご覧あそべ。

<コロンビア>トリック作戦で人質救出 ベタンクールさんも
7月3日11時14分配信 毎日新聞

【メキシコ市・庭田学】コロンビア国軍は2日、同国最大の左翼ゲリラ「コロンビア革命軍(FARC)」に誘拐されていた元大統領候補で仏国籍を持つ女性、イングリッド・ベタンクールさん(46)ら人質15人を救出した。FARCを欺くトリック作戦で、銃弾を一発も発射せずに人質を電撃的に奪還した。
 ベタンクールさんは大統領選運動中の02年2月、誘拐された。他に救出されたのは、03年に拘束された米民間軍事会社の米国人3人とコロンビアの兵士・警官ら。10年以上拘束されたコロンビア人もいる。
 会見したサントス国防相によると、救出は「王手作戦」と名づけられ、まずFARC内部に国軍スパイを仕立てた。スパイはFARC上官をだまし、3グループに分かれ拘束されていた人質15人を同国南部のジャングルに集結させた。そこへ2日朝、民間機を装った国軍の白いヘリが到着。15人を乗せ、奪還に成功した。
 人質は離陸後に救出を知らされたといい、ベタンクールさんは「うれしくてみんな跳び上がり、ヘリが墜落しそうだった」と話した。AP通信によると、FARCの上官ら計4人が機内で逮捕された。
 だが、FARCは依然として25人前後の兵士・警官らを政府との交渉のために拘束。また、身代金目的で約700人の民間人を人質にしているとされる。ベタンクールさんは会見で「残された人質を救出しなければならない」と語った。
 ベタンクールさんは欧米で、FARCが拘束する人質の象徴だった。フランス当局は03年、極秘に仏軍機をコロンビアに送り込みベタンクールさん救出作戦を試みたが失敗。当時内相だったサルコジ大統領は昨年、ドイツでの主要国首脳会議(ハイリゲンダム・サミット)で人質問題を取り上げていた。



___φ( ̄^ ̄ ) フムフムフム.....
更に、よろしかったら、こちら(↓)をご笑覧くださいませ。
おチャベスさまの、ご来仏。http://malicieuse.exblog.jp/7729489/
実は、このフランス国籍を持つコロンビア人であるイングリット・ベタンクールさまの誘拐人質事件につきましては、ガイジンヲッチャーのひとりだった私には昨晩の無事釈放を知ったことでひとつのカンマ(,)を打つことができ、その役目どおりに一息つくことで、さまざまな思いが脳と心を駆け巡っている次第でございます。まずは
コロンビア国軍がチャベスいらずで人質15人を救出した
こと、これが私には祝着至極に存じます。これまでコロンビアのウリベ大統領がガン!としてヴェネズエラのチャベス大統領からの「余がゲリラとの仲介と和解をするあるね」という申し出を受け付けなかったことは、賛否両論ありましたし、人質救出までの時間が経過すればするほど、ベタンクール女史が誘拐時にコロンビアの大統領候補であったがために実はウリベ大統領が彼女の存在を快く思っていないだの何だの噂にもなりました。つまり「救っているようで救うつもりは全然なーい」という憶測ですね。これまでにチャベス大統領のネゴも失敗し、フランス共和国軍の救出作戦も失敗に終わったにも関わらず、こうしてコロンビアの軍が自らの作戦で救出に成功したことは国際政治上でも論点やら観点が見直されるきっかけになったように思います。中南米の現状は不気味なほどヒダリに急旋回中でもありますので、この結果がどう中南米大陸中に影響するのか見守りたいものであります。

次に、フランスという国についてです。
このイングリッド・ベタンクール女史が極左ゲリラに誘拐されて以降、フランス共和国内では特にフランス社会党(PS)が中心となって定期的にベタンクール女史の救出キャンペーンを大々的に行ってきました。共和国内中、PSの市長が君臨する市町村役場には美しいベタンクール女史の大ポスターが一年中掲げられてもいました。
で す が ね 、
ベタンクール女史はフランスで生まれたわけでもなければ、ご両親のうちどちらかがフランス人というわけでもなく、1981年にフランス人男性 Fabrice Delloye 氏と結婚したことでフランス国籍を手にした女性なんですね。この二人の間には一女一男(Mélénie, Lorenzo)がいますが、この二人の婚姻関係は1990年に離婚という形で終わっています。しかも離婚と同時に、ベタンクール女史は子供二人をフランスに残したままコロンビアに帰国し、政治家としてデビュウ、新党を結成し、2002年のコロンビア大統領選に立候補した直後に誘拐され、昨晩の無事救出に至ります。

イングリット・ベタンクールさまが46年の人生のうち、おフランスにおフランス人として滞在したのは9年なんですね。しかも、離婚直後に彼女の母国コロンビアにお帰りあそばしたのに、2002年の事件発生後からこんにちに至るまでフランス政府は彼女を「フランス人」として世界中に救出をアピールし続けたことになります。
こんなこと、普通、ありえないでしょ?
と、ついうっかり口から言葉が零れ落ちてしまいますが、この零れ落ちる疑問は市井のフランスびとにとっても実は同じだったりします。イングリット・ベタンクール女史がコロンビアで教育相を務めた父を持ち、姉は駐仏コロンビア大使(2000-2004)だったり、幼少時に一時期過ごした花の都パリにBAC(大学入学資格試験)合格後、留学生として戻り、出国する1990年までにベタンクール女史にはフランス国内で力ある人物たちとの人脈がしっかりできていたことで、ここまでフランスという国が彼女の無事救出に拘り続けたのではないか、という話もしっかり底辺で流れています。
だよねぇええええ。
イングリット・ベタンクールという女性はコロンビアにとっても、フランスにとっても「特別扱い」に値する女性なのですよ。

例えば、フランス国内のごくごく普通の市井において、です。某宗教を生活信条とする移民男性と結婚したフランス人女性の子供が、フランスと父親の祖国の二重国籍を持っているにも関わらず、両親の離婚を契機に「母親が異教であることを理由に」子供が父親の祖国に連れ去られたきり行方不明という話がゴマンとフランスにはあっても、ベタンクール女史のための救出キャンペーンのような運動は表向きにはございませんのよ。フランス国籍を持つ子供を誘拐したのがゲリラならば世間様で救出キャンペーンが活発化するのかな?

下世話な話では、イングリット・ベタンクール女史の美貌だけでもフランス社会党の広告塔としての条件に当てはまっていたなんて噂もあります。確かに、ベタンクール女史が才色兼備だけでなく財力・政治力まで備えた46歳のコロンビア女性であることは間違いないでしょうけれど。そういうベタンクール女史個人にまとわりついているタレントを省いて、全共和国民に当てはまる「救出条件」はたった9年とは言え、イングリット・ベタンクール女史が結婚によってフランス国籍を持つ一人格であり、フランス人男性との間の子供二人がフランス国籍を持つ共和国民で、2002年の誘拐当時はこの二人は未成年だったからベタンクール女史には「未成年のフランス共和国民の母」という身分も加わっていたことでしょうかねぇ。

Liberté Egalité Fraternité 自由・平等・博愛というスローガンに近年は第四スローガンのSolidalité 連帯がくっつくおフランス共和国ですけれど、本当に共和国民が平等なら、これからも政治やら文化やら宗教やらの理由で見つからない共和国民のみなみなさまを救い続けてください。

ま、ベタンクール女史が無事救出されたこと、よござんした。
まもなく我らがベルナール・クシュネ Bernard Kouchner 外相を団長とするベタンクール女史のご家族@おフランスのご一行サマがコロンビアに到着し、感動の再会ショウを繰り広げられるかと思います。

正直申し上げて、ベルナール・クシュネ Bernard Kouchner の方が、サルよりはるかに「良い仕事」してますね。神聖皇帝サルコぢ一世の傲慢独善の暴れぶりを早くなんとかしてくれんかと思います(彼に投票した共和国民は反省すべし)。そのお話はあらためて、後ほど。

le 3 juillet 2008, Thomas

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救出後、到着した軍の空港で跪いて祈りつつ、司祭の到着を待つベタンクール女史
Former hostage Ingrid Betancourt, bottom right, kneels to pray with her mother Yolanda Pulecio for a group prayer with other freed hostages upon arrival to a military base in Bogota(AP Photo/ Fernando Vergara)

でねでね、ニュウスで拝見したところ、その神父さまの装束が三角に見えるフード付の真っ白い修道服なのです。南米版のフランシスカーンでしょうかしら?
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by ma_cocotte | 2008-07-03 15:54 | 『?』なチュウナンベエ | Comments(10)
Commented by しぇリ~ at 2008-07-03 18:42 x
日本国内のニュースでは中南米扱い。一番早かったA新聞で今朝の11時すぎにアップでした。サミット前なのに。。。カルラ夫人が同行しないことの方が大きなニュースになってるのかもしれませんね。

実は私も不思議だったんですよ、彼女の国籍。人脈のなせるワザだったのですね。
演説に近かったスピーチ。西語のスピーチでオペレーションはパーフェクトだったと連発。また仏語でもしっかりそうおっしゃってましたね。仏語のスピーチではまずサルコにお礼。そしてシラク、ド・ヴィルパン夫妻に愛情を示すなど、6年間の空白がありながらボケなし。。(失礼)この気遣いこそが人脈を広げる?彼女はこのままコロンビアに残るのか?それとも子供達の住むフランスへ?はたまた米国へ?(招待がかかりそうな予感)今後の動向が気になります。

お綺麗な方はどんな状況でもお綺麗なんですね。お姉さまも美しく、南米女性の象徴でもありますわね。

まずは無事に解放されてよかった。今回の救出作戦のために残れされた人質に影響がないことを祈るばかり。そしてひとりでも多く早く救出されますように。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-03 19:40
★ しぇリ~さま、日本國は「極東の島国」ですものね。しばしば、国際
ニュウスとズレが見られる・・・なんとなく悲しいけど、それこそ私には
ベタンクール女史のような世間さまへの力なんてないわけで。

ベタンクール女史ですが、フランスでも「ブルヂョワーズ」と冠されるほどの
お嬢で、既に「共和国そのものを動かせる」人脈を左派、右派にまんべんなく
おさえての(離婚後の)帰国だったみたいですね。

ベタンクール女史は中道左派の「アイドル」でもあったので、今後、
フランスに戻ったとして、彼女がどういう政治的立場を取るかは注目に
値しますね。

残る人質に「報復」なんておろかなことが起こらないよう祈るばかりです。
Commented at 2008-07-03 22:14 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by 白華 at 2008-07-04 19:29 x
あら?真っ白な修道服はドミニカンではございませんこと?
フランシスカンは南米では たしかグレーまたは茶色でございましてよ。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-04 21:58
★ 鍵22H14@030708 さま、はじめまして。

>>日本人女性は全員怒り狂うべきではございませんこと?

で、拙エントリーとどのような関係が?
参考資料についてでしたら、他社の記事を挙げましょうか。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-04 22:09
★ 白華さま、はじめまして。

>>あら?真っ白な修道服はドミニカンではございませんこと?

教えてくださったこと、ありがとうございます。
真っ白な修道服をお召しのドミニカンは確かロザリオ管区でしたでしょうか?
どうも私にはドミニカンというと白黒か茶白の組み合わせだったりするのですが。
フランシスカンは世界中どこでも黒または灰色がコンヴェンツァル、
茶色が改革派ですね。カプチンも確か黒です。
Commented by 白華 at 2008-07-05 06:09 x
ドミニコ会士は、だいたいご絵ではそうですわね。
正装は黒のマント?をお召しになられるようですが、
普段は皆様、白の修道服でいらっしゃいましてよ。
どうぞ、↓ご覧くださいませ。
http://home.e-catv.ne.jp/cth.dogo/dominico/menu.htm

カプチン会はこげ茶では?アシジでお見かけしました修道者は、確かこげ茶でしてよ。とんがりカプチウムでしたから、カプチン会でしたわ。ただ、お写真などでは光の関係か、黒に見誤ることは多々ございますけども。実際に拝見しましたら、こげ茶でした。歴史的に申しましても、改革派から、分裂して出来ました会ですから、茶色系になりますわね。
コンベンツアル会は、南方の修道院では、皆様、グレーをお召しでしてよ。黒はヨーロッパと日本に多いかと存じますけども。日本でも奄美・沖縄では皆様、グレーをお召しですわ。前教皇様の葬儀ミサの際、棺をお運びしていらっしゃったコンベンツアル会司祭方は、やはり黒をお召しでしたわ。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-05 15:56
★ 白華さま、どうも。
二度目の登場だと拝察いたしますが、以前からこちらに書き込まれて
らっしゃいますか?それとも私と既にどこかで会ったことがあります?

どうぞお気を楽になさってくださいね。

修道服についていろいろ教えてくださいましたこと感謝いたします。
ありがとうございました。
Commented by きなこもち at 2008-07-06 09:44 x
内政面では何かと対立する右と左でも事が人権や国益となると対外政策で一枚岩となって事に当たる御仏蘭西には本当に感心させられます・・・
左翼が売国でないほんまモンですね。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-06 15:56
★ きなこもちさま、
政治の左右分けにおいて、フランスのそれは日本とかなり違うことが
ポイントかもしれません。現在のUMP(サルコぢが裏上皇に居座った
まま)はフランスでは中道右派になりますが、日本だったら中道かなり
左派かも。それをサルコぢはこの団体を自己都合で左右のらくらして
いるように見えます。で、中道より左についてはフランスの場合は
ヴァリエイシャンがありすぎです。社会党、共産党、労働党、トロツキスト、
アナキストあたりがいちおう「政治団体」の大きな分け方。ですから、
先のパリでの聖火リレーにおいて左派の中ではっきりとした親中、
親チベに分かれ、ヒダリの力が一致していませんでした。

今回のベタンクールの件はまず「人の命」がかかっていたことですね。
「国境なき医師団」創立者のひとりであるベルナール・クシュネ氏が
外相だったのは偶然とは言え、彼の主義に一貫性があることの証明
になるような気がしました。サルについては、チャベスにおべっか使った
過去をどう彼自身が取り繕うのかが見物かも、です。
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