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10日目にして、お礼参り。
7月2日、コロンビアのジャングルから6年ぶりに救出されたイングリッド・ベタンクール Ingrid Betancourt 女史 が、この12日、ご家族と共にルルドに「お礼参り」にいらっさいました。
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↑ マサビエルの洞窟にて聖母がご出現なさった場所を見上げるベタンクール女史 ↑
Photo par La Croix/AFP

いやはや、速攻の即行。兎にも角にも、7月2日の無事救出後、ベタンクール女史がお口を開けば二言目には「Merci, mon Dieu. Merci, la Vierge. ありがとう、神さま。ありがとう、聖母」が言の葉となって出てくるのは、今やおフランスの誰もが「ヴぃっくりうさぎさん」となり、それにも慣れたところでのルルド詣でした。カトリコの鑑としての道をまっしぐらなベタンクール女史とそのご一行なんであります。彼女の長男であるロレンゾ君の証言によりますと、
Ma mère nous a dit +c'est grâce à un miracle que je suis libérée. Donc remercions ensemble la Vierge Marie+"
✝私がこうして自由になれたのは奇跡のおかげです。だから一緒に聖母にお礼を言いに行きましょう✝、と僕たちに母が言ったのです。
だそうです。このフランス語ですが、全国紙La Croix に掲載された記事からの引用のまんまですが、ベタンクール女史が実際、十字を切ったのでしょうかね?

2002年2月23日にベタンクール女史が左翼ゲリラに誘拐されて以降、ベタンクール女史の母上 Yolanda Pulacio さんは祈りに祈り、母上が娘に語りかける形の録音放送は毎朝5時半にラジオから流されていたそうです。
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左がママンのヨランダさま。右は長男ロレンゾくん。
Photo par La Croix/AFP

2004年8月14~15日、前教皇ヨハネ・パウロⅡ世が 人生最期のルルド巡礼 におみ足運ばれた際には母上が娘の無事を共に祈ってくださるようJPIIに直訴されたという話も漏れ伺っております。

母の愛 ですなあ。

一方、6年もの間、コロンビアのジャングルで人質となっていた娘は目を覚ましてはラジオから母の声を聞き、母の語り掛けに「母には聞こえない」とわかっていても子供の頃と変わらぬ思いで返答をし、こういう立場になってベタンクール女史は「祈ること」の意味を真に悟り、祈ることが習慣になったそうです。彼女はこの救出を奇跡だと例えますが、その6年のジャングル生活において、行動を共にしていたグループの捕虜たちの中にカトリック信仰の篤い人が多く、彼女が彼らから「一緒に祈ろう」と声をかけられたことも「奇跡」なのかもしれません。彼らの一番後ろから導かれるように、あとを追うように祈っていた女史がやがて彼らと輪になって一緒に祈るというのは「子供の成長」にも例えられるでしょうか。いい加減大人になってしまった自分には6年という歳月について鈍く捉えがちですが、小学一年生だった子が中学に入学するまでの年月を思い起こせば、どれだけ人間が変化するのか気づかされますし、その年月を具体的に捉えられもします。

ベタンクール女史は自分が担った十字架はルルドを巡礼することで肩から下ろすことができる、と自ら決めていたそうです。奇跡的救出から10日が過ぎ、コロンビアからフランスへの移動、その後は各メディアにひっぱりだこだけで、ようやく疲労感を心身に実感するようになったところでのルルド巡礼になってしまいました。しかも、ルルドはかなりまとまった雨。7月のルルドはかなり寒いですが、常春の国コロンビア育ちのベタンクール女史がルルドを巡礼することで、しっとりと重みを加えてしまった十字架を下ろせるといいですね。マサビエルの洞窟の、奇跡によって置き去りにされた杖や車椅子のそばに置いて。ベタンクール女史はルルドではこの奇跡に感謝すると共に、まだジャングルに残っている多数の人質の救出を聖母に祈ったのだそうです。
こちら(↓)は12日、マサビエル洞窟でのイングリッド・ベタンクール女史のビデオ。
Ingrid Betancourt à la Grotte de Lourdes
http://www.dailymotion.com/video/x63qmp_ingrid-betancourt-a-la-grotte-de-lo_news
登場する司教さまはタルブ・ルルド Tarbes-Lourdes 教区の教区長ヂャック・ペリエ Jacques Perrier 師です。一緒にAngelusの祈りを唱えたそうですが、ビデオ(↑)の中で天使祝詞や連願など数分ですが流れます。どうぞご一緒に、
Priez pour nous 

プリエ・プル・ヌ、われらのために祈りたまえ
今年のルルドは聖母が少女ベルナデットの前に現われて150周年という節目の年ですが、それを思い起こすと本当にベタンクール女史の無事救出と、この美貌と精神の健全さが保たれたことは奇跡であり、聖母からの贈り物なのかもしれません。

le 13 juillet 2008, Henri et Joël

こちら(↓)はTF1 のニュウスで流れたルルドのイングリッド・ベタンクール女史の様子です。
A Lourdes, Betancourt remercie la Vierge
http://videos.tf1.fr/video/news/monde/0,,3908097,00-lourdes-betancourt-remercie-vierge-.html
ベタンクール女史は14日の革命記念日に、地中海沿岸諸国の国父さま方と共にコンコルド広場の雛壇の上に登られることになっています。
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by ma_cocotte | 2008-07-13 23:36 | 『?』なKTOりっくん | Comments(3)
Commented by rice_shower at 2008-07-15 08:29 x
一昨日CNNで、同時に救出された3人のアメリカ人のインタビューを見ました。 当然のことですが、神への感謝の言葉に満ちたものでした。
長期的に自由を束縛されると、多くの人間は拘禁性ノイローゼに陥るようですが、この発症率と信仰の有無の相関についての研究なんてのは為されていないのかな、との興味を覚えた次第。
少なからぬ後天性の精神疾患は、何らかの強烈なストレスに心が耐え切れなくなって、狂気に逃げ込むというメカニズムで発症するようですが、ベタンクール女史の穏かで気品に満ちた笑顔を見て、宗教が修辞的に“聖なる狂気”と表現されるのは絶妙であるな、と感じました。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-15 21:21
★ rice_showerさま、私が思い巡らしても文章で表現できないことを
rice_showerさんが表現してくださいました。ありがとうございます。

彼女が怪しいくらい妙に元気なのがヲッチャーにしてみれば不思議だったり
もしました。生還から一週間過ぎて疲労が出てきたという話でしたが、
昨日のレジオン・ドヌール勲章授与の際はおブルヂョワなマダムそのもの
で登場。驚きでした。
おそらくエイメリカびと3人がカトリックという可能性は低いと思います。
でも、祈りは宗派を超えて祈れるし、この行為こそまさにエキュメニカル
運動の真髄だと思います。ベタンクール女史の証言だとたまたま同じ
拘束グループとなった仲間の中に「祈り好き」が多かった(つまり、決して
彼女が祈りの中心だったりリーダーだったわけではないことになります)。
それこそ牛歩に感じられる時の流れの中で、その仲間うちに祈るという
行為が広がり、習慣化され、なぜかこのチームを無血で救出するという
奇跡に近い現象まで起きたことになります。偶然と言えばそれまで
なんでしょうけれど。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2008-07-15 21:24
★ カトリックの場合、「神」「聖母」を忘れなければ絶望に陥ることがありません。
なぜなら彼らそのものが「希望」でもあり、神は「=平和」であり、神の
もとにいざなうのは聖母(暁の星、海の星、つまり水先案内人に例えられる)
だからです。後天性の心の病は「絶望感」によって引き起こされることが
多いかと思います。もしベタンクール女史のグループが祈りを忘れたら
私たちの目にはまったく別のものが差し出されたかもしれません。

>発症率と信仰の有無の相関

あるかもしれませんね。某大神学部の卒論テーマ一覧など探すとあるかも。
既に書籍になっていると聞いていますが、エイメリカ国内のカトリック
修道女の脳がアルツ様になっていてもアルツ症状を行動で見せない
という事実があるそうです。
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