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天の門が万民に開かれる日に。
こんにち8月15日は天国の門が万民のために開かれる日なのだそうです。
フランスはこの日が国定祭日で、どこのカトリック教会でもミサがあげられます。天気にも恵まれたので、自転車を漕いで近所の教会のごミサに行ってみました。
聖堂に入って奥、真正面のステンドグラス。
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聖母の戴冠 だにゃ。

ミサが始まる前、先唱者がきょうの被昇天の聖母の祝日には天の門が開門するということを説明しました。聖歌322番の歌詞に「あめのきさき 天の門 海の星と 輝きます」とありますが、もしかして「天の后=天の門=海の星」という並列の一格だったのですね。ようやく気づきました。生きているうちに知れて良かった。

この話を聞いてすぐ、今年2月の終わりに旅立った母の魂がまだ天にたどりついていないのなら、ぜひきょうの開門に飛び込んで欲しいと思いました。ただ、私の母はヒトが押し寄せるところが苦手ですから、こういう時に限ってへそを曲げたり躊躇したりするので、天の門の向こう側にいらっさる聖母に母を導いていただけたら、と、祈りましたよ。

偶然にもきょう は日本國では第二次大戦が終わった日でもあります。
日本のカトリックでは8月6日から15日までを「平和旬間」と定めていて、各自が祈りつつ平和を考える期間でもあります。この間、歴史においては広島、長崎の原爆忌がありますし、暦を眺めればアウシュヴィッツで帰天したエディット・シュタイン Edith Stein (9日)やマキシミリアノ・マリア・コルベ Maximilian Marie Kolbe 師(14日)の名前もあります。彼らの生き様や歴史を振り返りつつ心にうつりゆく思いを祈りに変えながら15日を迎えますが、日本にもゆかりあるコルベ師が囚われの身となる直前、最後のごミサの説教でこのようなことを述べていたことを知りました。
兄弟のみなさん、本当の成長とは何でしょうか。
キリストを信じる者の成長は目には見えません。魂の成長なのです。
わたしたちの仕事が全部できなくなる時が来ても心配ありません。
主イエズス・キリストを信じる心さえあれば、必ず大きな実を結びます。
皆さん、今、平和が押しつぶされようとしています。
でも、私達は神さまが望まれる平和を守って生きていきましょう。

本当の平和は毎日あなたがたの心の中に生まれ、育てられるのです。
自分の幸せのためではなく、人々への平和のために、自分自身を捧げましょう。

日々の行いを通して、私達はキリストに近づくことができます。
これこそ本当の成長であり、最高の喜びです。

心にしみいるというか、深いですよね。
現在、グルジアとロシアの間で戦争が行われていることもあって、コルベ神父さまがおっしゃる「今、平和が押しつぶされようとしています」以降のお話は私達に何ができるのか教えてくださっているように思えます。カトリックにおいて「神」なる存在は「愛」そのものですが、「平和」は各自の心で育てる、つまりひとりひとりが「平和」なんですよね。愛と平和は同じものではないけれど、切っても切れないお友達とでも申しましょうか。文章内の「神」と「愛」という語を互いに置き換えると「愛が望まれる平和を私たち各自が守って生きていく」のですし、「人々(各自の心の中の)神と平和のために自分自身を捧げてみる」と私たちがキリストに近づけるとコルベ師がおっしゃっています。なーるほど。敵の存在の中にも神を意識すれば殺める気にもなりません。何よりまず、自分の中で平和をはぐくめば自ずと幸せを感じるでしょうから、それで終わらせるのではなく、同じ幸福感を他者にも感じてもらうようにすれば、平和の鎖がつながっていく。

簡単のようで難しいから戦争になるのでしょうが、そこには野心や利権があるのも誰もが知るところであり、功名で得る幸せは本当の幸せでも平和でもないのでしょう。

ここ数日、ニュウスでグルジアの様子を見るたびに永井隆氏が残した言葉「「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」を思い出します。魂はないけれど建造物が破壊され、魂が抜けて色が変わった遺体をいくつも見ました。魂が抜けた身体が朽ちるのは時間の問題のみですから、本当に「滅び」ですね。爆薬を吸った大地から産み出される作物も食べたところで死につながったりもします。

フランスでは今日8月15日の祭日について正教で盛大に祝われる大祝日なのだと必ずと言って良いほど説明に付け加えられています。グルジアもロシアも正教国なのだから、もしこの大祝日に休戦をしているのなら、当事者ひとりひとりが自分の心の平和を育て、平和を望んでいる愛を喜ばせてくださいよ。

le 15 août 2008, l'Assomption

きょう8月15日、フランスでは電気とガス料金が一斉値上げとなりました。ガスが5%、電気が2%の値上げですって。きょうくらい出血大サーヴィスの無料にして、明日から値上げすりゃあいいのに。やっぱりサルコぢが神なんてあり得ない。平和(=共和国民)に愛を感じない。けっ。


そうそうそう、そうだった。もうひとつ。
昨晩、映画「薔薇の名前」がFrance 3 で放映されたので観ましたが、もちろんフランス語吹替版でしたが、ラテン語の部分で字幕が出ない・・・・これってなぜ?知ってて当然なのか、知ってる奴しか見ないと思われているのか。謎だ。

【追 記】
TF1ニュウスで紹介されたこの夏のルルドの様子です。
Les pèlerins se pressent à Lourdes
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3943836,00-les-pelerins-se-pressent-a-lourdes-.html
14日夜の行列と15日午前に行われた野外ミサ。

Déjà 15.000 pèlerins en chemin pour Lourdes
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3940911,00-deja-15-000-pelerins-en-chemin-pour-lourdes-.html
ルルドでのボランティアについて。

【追 記-その2】
16日13時のTF1ニュウスで紹介されたコルシカ島の聖母行列です。
La Vierge, sainte patronne de tous les corses
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3944266,00-la-vierge-sainte-patronne-de-tous-les-corses-.html
コルシカ島そのものの守護聖人が聖母なので、各市町村で聖母行列が行われるのが伝統だそうです。映像はバスチア市で、銀で作られた聖母像。マンマとかマードレとイタリア語がフランス語に混ざるのがいかにもコルシカです。

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by ma_cocotte | 2008-08-15 22:03 | 『?』なたわ言 | Comments(9)
Commented by at 2008-08-16 09:49 x
わたくしも恥ずかしながら身辺のごたごたで殺気立ち「死ねばいいのに」などと不穏当なことを思ったりすることもあるのですが、自分がそんなんで平和を祈ってもなにもはじまりませんですね。反省 orz

グルジアは停戦協定に署名したようなのですけど、ニュースが錯綜しておりますのでどうだか。ところでたしかに別の場所でもうしましたように15日は生神女就寝祭ですけど、それはユリウス暦の15日なので、グルジアやロシア(そして日本)ではグレゴリオ暦8月28日が祭りの日になります。

ていうか昨日から斎なんだからさあ、まじ休戦しようよ; ; 頼むわ。

不当と不正には理をもって反駁しつつ、相手もまた神の像につくられしことを忘れずに、復讐ではなく平和を望む心をもちたいです。
Commented by at 2008-08-16 09:53 x
あらTBおくれてない。はてなも夏休みなんだろか。

ところで『薔薇の名前』のラテン語のところというと P.... (以下ネタバレにつき自粛) のところでしょうか。日本語のときには字幕がありましたねえ。フシギ。当時は不勉強でそこが爆笑ポイントだということに気づきませんでした。無念。キリスト教文化になじんだフランス人がみるとまた違ってみえるのでしょうね。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-16 16:29
★ 鰤さま、
母校のシスターから雑談に過ぎないけど学んだことは、まずは自分が
平和になる、自分と同じ屋根の下に住むヒトと平和になる、この基本が
あれば必ず平和が連鎖するということでした。これを聞いた時、自分の
愚かさを痛切に知ったし、自分がまずできることは何か、など考えさせ
られました。はじめの一歩は自分のことだから「できる」だろうし、難しくても
努力できる。平和にしなければならない対象が広がれば広がるほど現実
にするのが難しくなるのも事実です。

コルベ神父さまの言葉において、平和で自己満足したところで終わらないのも
ミソですよね。おそらく奉献(Consacration)やカリタスにつながって
行きますが、説教だけに考えさせられる御題ですね。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-16 16:37
★ で、鰤さま。
「薔薇の名前」ですが、まったく字幕がありませんでした。
映画の中で数回ラテン語らしき音を聞きましたが・・・おそらく、ストーリーの
ネック的キーワードが秘められているのでは・・・と思ったんだけど。

初級ラテン語域なのかすら・・・・。
近年、フランス国内の中高生が選択する第二外国語において、ギリシャ語
とラテン語が上位を占め始めているそうです。
中学生用の教科書を買ってみようか、熟考中です。
Commented at 2008-08-16 16:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-16 20:24
★ 鍵16H54@160808 さま、
「悔い改めよ」という意味でよいのでしょうか。
映画の初っ端で修道院長とフランシスカーン(コネリさん)との挨拶も
ラテン語でしたよね。他にも要点要点でラテン語が雑談だったり、KWだと
私の耳では感じたのですが。。。字幕が欲しかった。

そういえば、数日前にようつべでイタリア語版のブラザーサン・シスター
ムーンを見ましたが、教皇謁見の場面でラテン語が出てくるけれど、
やっぱり字幕がありませんでした。ごミサのラテン語の字幕は欧州
土壌ではまだ必要ないかもしれないけれど。普通の会話の中のラテン語
には字幕が欲しいかも(号泣。
Commented at 2008-08-17 01:00 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented at 2008-08-17 08:10 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-17 18:20
★ 鍵01H00@17082008 さま、なるほど。
次回帰国の際、「薔薇の名前」を購入してみますね。
拙宅の近所に廃墟となった中世時代の修道院の址がいくつかあり、
先日、そのうち2箇所を訪問しました。そのうちエントリーしたいと考えて
はいますが、まとまらんとです。
図書館が燃えるシーンにそっくりなことが1年前、ブルターニュの
女子ベネディクト会修道院(St. Michel de Kergonan)でありました。
ほぼ全焼でしたが、なぜか十字架のキリスト像が無事だったんですよ。

http://saintmichelkergonan.monsite.orange.fr/index.jhtml

修道院長と来客との挨拶はラテン語でしたよん。

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