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やればできるぢゃん。
あちら の追記で済ませようとしましたが、エントリーすることにしました。
先日8月15日18時半からノートルダム・ド・パリであげられた荘厳ミサのビデオです。
MESSE à NOTRE DAME-Messe de l'Assomption
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040578&vl=video_nouveautes
日曜日の夜、軽い気持で見始めましたが、
...見入ってしまった。
13日から始まった聖母被昇天祭最後のこの日、シャルル10世(1757-1836)が寄贈された聖母像は16時15分よりノートルダムからシテ島、サン・ルイ島の路地を巡回し、18時過ぎノートルダムに戻りましたが、ビデオはノートルダム聖堂内に入る前の様子から始まりますが、この逆光で眺める門前の様子、たまらんとですね。子供の頃、年に一度、聖母行列を行っていた学校に在籍した私には甘酸っぱい感覚に襲われたりもしますが、途中で独逸語の天使祝詞が聞こえてきて「ハイル、マリ」で始まることには驚いたっぺ。このハイル!だけど某国ではこれをつぶやくことさえタブーなのに聖母に対しては今もいつも世々に至るまでオッケーなのね。勉強になりますた。

さて、聖母像の聖堂内入場も、щ(゚Д゚)щ たまらーん。
オルガンと金管楽器によるごミサはフランスではしばしばあげられますが、私は好きよ。そこはかとなくアングリカン臭が漂ったりしますけれど、メロディがちょいと違うので、まるごとアングリカーンではないと思われます。

このごミサの司式はヴァチカン本店の秘書官であるレナート・ボッカルド Renato BOCCARDO 司教さまによるものですが、伊太利亜びとである司教さまにとってフランス語は第二以下に位置する一言語に過ぎないこともありましょう。このごミサのラテン語含有率の高いこと。典礼の中で歌唱できる部分はほぼラテン語でござったようで。先週あたりからニュウスでカトねたが登場するたびに「教皇さまが来仏まで一ヶ月を切りました」という前置きもあるし、9月13日パリであげられる教皇さま司式のミサにおいてラテン語聖歌がかなり占めることもあり「今から練習」も兼ねているのかもしれません。というのも、ビデオの最後の方でおそらくノートルダムの主任司祭の〆の挨拶がありますが、その中で司教様に「Sainteté (サンテテ、=教皇さまのこと)にノートルダムでのお祭りの報告、よろしくね♪」なんて調子のよいお願いが聞こえてきたりします(アピールがお上手、この主任ヾ(`◇´)。

私が軽い気持でこのビデオを観始めたことにも理由があり、前もってノートルダムのHPでこのミサが「Messe solennelle 荘厳ミサ」で行われると明記されていても、それはミサの荘厳さではなく、単に司祭が白い祭服を身に着けていれば、フォークだろうが、手拍子打とうが「荘厳ミサ」と位置づけられることがフランスでは「あり得る」からです (-。-) Bof。更にノートルダム・ド・パリに限定するなら、こうしてKTO というネットTVでミサ中継を拝見できるようになって、観ているこちらが「荘厳だわ、厳粛だわ」と身も心もうっかり思ってしまうような ミサ を拝見したことがありません。エマウスの創立者ラベ・ピエール師、元パリ大司教リュスティヂェ師の葬儀ミサでも「今ひとつかふたつ」違いました。というのも、もしかしたらノートルダム・ド・パリの成人合唱団の得意分野がコンテンポラリーの域であることもあるかもしれません。もしパリ市内で非現実的な数分、荘厳な雰囲気を感じ取りたいなら、ノートルダムからほど近い 聖ジェルベ Saint Gervais 教会の聖務日課 に参列するのがよろし。実は無伴奏ですし、フランスではア・ラ・モードで知られていたりしますが、なぜか醸し出す雰囲気はクラシックという世界です。

この日、現在のノートルダム・ド・パリのあるじ 23 師(=ヴァントワ André Vingt-Trois 枢機卿)はルルドにあらしゃり まして、ぶっちゃけ立場を忘れてつぶやけば、この場にもし23 師がいらしたら、ビデオとは言え視聴後にこういう感動やら感想を持てたかどうか。私が知る限りではありますが、ここまで荘厳に近い雰囲気を醸し出しているごミサはノートルダムにおいては荘厳度第二位ではないでしょうかねぇ。

第一位?そりゃ、今年6月17日にノートルダムであげられた1962ミサでござんしょ。
b0070127_18403363.jpg
Photos par Liturgia
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この祭服、もしかしてノートルダム右ウィングの宝物館に展示されているものから奪取っ!? なんて妄想しちゃいましたよ。もちろん空論妄想に過ぎませんけれど。教会は何事もPermit (免許)とAutorization (認可)で成り立っておりますけんね。この1962ミサももちろんその作業あっての実現だったわけです(無認可ぢゃないってことよ)。

兎にも角にも、8月15日のごミサのビデオを視聴後の感想といたしましては、式次第もないのにラテン語の部分で多くの方が朗誦しており、朗誦だけでなく重要キーワードでの所作も角度よろしくきちんと行っていることですわな。世俗席の様子を画面で見る限り、1970年以降のお誕生の方が多いのにこれをできるってぇのはおフランスがエヴァンジェリゼ évangeliser、つまり伝道国という強みがあるのでしょうか(日本國はミッション(Mission, 布教)国であってエヴァンジェリゼ国ではない)。カトリックワールドにおいてフランスの典礼は暴走しているという批判も多々ある中、いざラテン語重視となったら戻りが早いというか、ちゃっかり成績トップぢゃーん。やっぱり放蕩してもフランスという国が「ヴァチカンの長女」であることには変わりがないのかな、とふと思った日曜日の夜なのでした、まる。

フランスの9月は大学生にとっては進級再試の月であって、進級が既に6月に決定している学生にとっては9月も夏休みですからして、9月12日から15日までの教皇来仏では若いもんが大活躍しそうです。ド田舎在住のアジアん婆ちゃんも今更ソレム Solesmes の僧院のグレゴリオ聖歌CDを買ってみたあるね。ラテン語は難しすぎておつむの慰めにもなりませんが、心の慰めにはなりますでしょう。

le 18 août 2008, Hélène

今年11月24日の列福式@日本國の式次第、楽しみです。
ラテン語含有率はいかほどでありませう?
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by ma_cocotte | 2008-08-18 18:01 | 『?』なKTOりっくん | Comments(22)
Commented at 2008-08-19 19:36 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-19 20:31
★ 鍵19H36@190808 さま、お知らせありがとうございます。
早速拝見しました。相変わらず、彼らはキーワード起爆ですね。
Commented by tama at 2008-08-20 09:58 x
Messe a NOTRE DAME とSanit Gervais教会の聖務日課のVideoしつかり見せていただきました。関西の田舎でもこのような、一級のミサや聖務日課をみられることができ、ま・ここつとさまに心よりお礼もうしあげます。ミサではなつかしいラテン語におもわず、くちずさむこともでき、聖務日課ではさぼつているお祈りをともにさせていただくことができたみたいで、うれしいでした。修道士と修道女のかたがたがこの時間帯にはこの教会に集まられるのででしょうか?後ろに少し、民間のかたがおられましたが、自由に参加できるのでしょうか?近くにそのような場所があれば、本当にうれしいのですが・・夢みたいな話です。
昔、福岡黙想の家で朝早く、詩篇の交唱がおこなわれていて、黙想会では、それがなんともいえない楽しみになつていたことをおもいだしました。これからもいいVideoのご紹介宜しくお願いいたします。

Commented by ma_cocotte at 2008-08-20 16:16
★ tama さま、うれしいコメントをこうして頂戴することができ感謝です。
サン・ヂェルヴェの聖務日課ですが、エルサレム会によるもので、ビデオに
写る聖堂はパリ市役所と目鼻の位置になります。
エルサレム会のHPはこちらです(右端で言語を選べます)
http://jerusalem.cef.fr/index.html
創立したばかりの修道会ですが、勢いがあり、観光地と化したモン・サン・
ミシェルやヴェズレーに彼らがあらためて派遣されたことで、聖域の尊厳が
目に見えて戻ったことでも知られています。残念ながら、日本には
まだ管区が作られていないようです。(観想、活動、在俗すべてあります)。

こちら↓ですが、聖域として復興したモン・サンミシェルの様子です。
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040546&vl=video_nouveautes
商店街の中の聖体行列など印象的です。俗化に歯止めがかけられたと
思います。エルサレム会に修院が任されたのが2001年だそうです。


tamaさん、ぜひこちらも。8月17日の教皇さまです。
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040593&vl=video_nouveautes
Commented by siojake at 2008-08-20 19:35 x
ども、ma_cocotteさん。
14日の午後、わたくしノートルダムにおりました。
先週一週間は日本から来た家族が滞在してまして、その日はノートルダムとサンルイをお散歩。観光客で溢れてはいましたが、聖堂内ではオルガンと金管楽器が音楽を奏で(夕方の為の演奏リハーサルでした)、一番奥の祭壇では巡礼と思われる方々が祈りをささげてらっしゃいました。グループのリーダーと思しきアフリカンお姉さんの姿はチラっとニュースに映っていたので、多分セーヌの船にも乗られたのでしょうね。

その前日、ルーブルのイタリア絵画のあたりでは聖職者3名と遭遇。
とんすら?な方と修行中らしき若者2名が絵の前で語り合う姿を、義母が綺麗ねぇ~とウットリ眺めておりました。
黒い服をお召しになってましたが、彼らは市役所裏から来たのかなぁ。
Commented by tama at 2008-08-20 21:16 x
観ました。観ました。特にDocumentaire L`ame du MONT SAINT MICHELはすばらしい!!エルサレム会つて、実に生き生きしていますね。スールとフレールが共同で働いているのもすばらしいです。皆さん、いいお顔。ここにいて、仕合せです。とフレールがいつてましたね。お掃除,かね突き、食事、台所仕事など。とても素敵でした。特におどろいたのはイコンが多用され、イコンの製作にフレールがたずさわつておられることでした。正教の方には懐かしいことでしょう。聖ミカエルのイコン、イエスのイコンが目につきました。回廊はフラアンゼリコのいたサン・マルコ寺院を思わせるようでした。
日本にはまだエルサレム会がないということでしたが、沈滞した日本の修道会がこのような会で生きがえつてほしいものです。またドキュメンタリ映画として、これが日本で放映される日がきますようにとねがつております。観光地としてしか認識されていないモン・サン・ミツシェルがこんあにすばらしい祈りにみちた聖域であることを皆さんにしつていただきたいものです。






Commented by tama at 2008-08-20 21:22 x
二度もはいりました。削除おねがいいたします。続きがあつたのですが、長いので切りました。もし、エルサレム会が日本にくれば、修道会は随分かわるだろうとおもつたことでした。
後期高齢者でそのような修道会があれば、入りたい人、案外周りにいます。でも介護でへろへろになることでしょう。あああ~残念!!
Commented by at 2008-08-21 02:03 x
正教徒ではありませんが
>正教の方には懐かしいことでしょう。
なんででしょう?
イコンが画けるのは正教の信徒、それも主教または司祭の祝福を受けた方だけです。規定の斎を守り祈りをし正教の生活をするなかではじめて画かれるのです。そしてさらに司祭の成聖があってはじめてかかれた画がイコンとなります。そうでないものは、たんに画に過ぎない。イコンではありません。
カトリックの方がイコンを模写するのはご自由だと思いますが、それはイコンではありません。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 03:37
★ siojake さま、おお、14日にいらしたのですね。うらめしやー。
いつか14日のセーヌでの行事に参加してみたいです。聖母と一緒に
川下りなんてなんとまあ。毎年少しずつ盛会になっているみたいですね。

黒の服というのはローマンカラーをはめてらっしゃる?それともスータン
(ウエストから下がフレアにくるぶしまで広がった服です。首元からすそまで
ボタンがだだだだだーっとくっついてる)?
パリ市役所そばのエルサレム会は修道士ですし、黒の服はお召しに
ならないだろうと思います。パリの教区司祭でしょうかね。昨年叙階された
司祭のおひとりはシアンス・ポの学生でもあったですぞ。

ローマンカラーはいいですよね。私もうっとり。スータンにサッシュは
いっそううっとりのハァハァです。(^_^)
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 03:49
★ tama さま、ご覧になりましたか。
このドキュメンタリー、感動しますよね。
tamaさんにはこちらもご紹介いたしましょう。
http://link.brightcove.com/services/player/bcpid246216541?bclid=245987847&bctid=246219362

ここは確か共和国内でもっとも戒律の厳しい女子修道院のひとつです。
この修道院は昨年火災にあってしまいましたが、全焼した聖堂に掲げられた
十字架だけが燃えずに残っていたという不思議な事実があります。

エルサレム会はとても勢いがあります。モンサンミシェルだけでなく
マグダラ伝説で知られるヴェズレの僧院も彼らに任せられたことで
カトリックとしての息が吹き返されました。上のビデオは彼らの生活の
様子が拝見できるし、証言者の話も面白いですね。エルサレム会は
古いものと新しいものが融合して「新しい形」が生まれ続けていると
思います。日本にも管区ができると「何か」がフランス同様、変わる
かもしれませんね。祈り~。
tamaさんには映画「Le Grand Silence」もぜひ!ご参考までに。
http://malicieuse.exblog.jp/7540202
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 04:13
★ 鰤さま、
イコンは描くでも画くでもなく「書く」と表現するのですよね。イコンそのものが
祈りなのでこう表現するのだと以前伺いました。だから模写はないと思います。

ルブリョフの至聖三者の絵は拙宅にも飾られています。共和国内の
多くのカトリック聖堂で飾られているのはウラジーミルの生神女ですね。
「絶えざるお助けの聖母」の絵もしばしば見つけます。

イコンと呼ばれるための条件や定義は兎も角、「祈りながらできあがった絵」が
=イコンと単純に表現されるのがカトリックにおける解釈なのかもしれませんね。

正教会のお立場から西側の考え方についての批判は多々ありますよね。
これまで何度か現実世界でも聞いておりまする。
Commented by at 2008-08-21 06:28 x
おお
誤記しておりました。ご指摘多謝。
>多くのカトリック聖堂で飾られているのはウラジーミルの生神女ですね
私はあまり気にしませんが、正教徒のなかには、西でイコンを使うことを厭う方もおられますね。教義を共有していない方々が上澄みだけをもっていくという、そういう認識でおられるようです(もっとも伝承ではあれは福音史家聖ルカの手になるということだから、分裂前のものなのだが)。とりわけ正教の教義にない「無原罪の聖母」と結びつけることについては必ずしもみなに歓迎されていないことをわきまえていただければと思います。それはフィリオクェを共有しない分裂後のルブリョフの「旧約の至聖三者のイコン」についても同じです。

教義を正しくあらわしたものなればこそ、その教義を共有しない人が用いることに懐疑が示される、というのはロジックとして不当だとは私は考えておりません。もっともイコンから信仰に導かれることもよくあることですので、そこを塞いでしまうことがよいとも思ってはおりませんが。

続きます。
Commented at 2008-08-21 06:30 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 16:11
★ 鰤さま、
この件は難しいけれど、本流はどちらなのか、という面も関わってくるでしょうね。
ミッション国の日本ならば通る意見であっても、例えば東西分裂以前の
聖人だけでなく、建造物美術品を今もカトリック教会と国が共同で所有して
いるフランスのような国では正教側のおっしゃりたいことが通るのでしょうか。

拙宅のまわり、東西分裂以前の建築物も美術品も現在もカトリック教会が
使っていますが、後々の正教では受け入れられない教義を理由に
正教に返すべきでしょうかね?共有の聖人の棺もフランス国内だけでも
複数ありますよ。外からいらだたれたところで、この教会美術と歴史の
中で関わった人物において何か問題がありますか?現在に至るまで、
単純に教皇従順のうちに現存していることになります。従順において
疑いはないが西側の主張にはなると思いますけれど。まあ、イコンを
いずれ西側では用いられなくなるよう祈りましょう。

最初のコメントが公開されて10時間ほど過ぎているので、このままにして
おきますね。
Commented by tama at 2008-08-21 16:49 x
昨夜はお知らせいただいたVIDEO全部ひらけましたのに、今日は昨日のも、今日のもまつたく開けません。同じ手続き(左クリツク、検索)でやつて、昨夜はモン・サン・ミツセルがみられたのに、今日はダメなのです。ベネディクト会も聞けません。こういうことつて、どう理解すればよろしいのでしょうか?PCのことをお聞きするのも申し訳ないのですが。なにかいい方法がありましたら、ご教示くださいませ。
私は本当に仏語のエクテがオンチみたいで、字になつて、やつと少しわかるという悲しさです。いつかモン・サン・ミツセルの証言者のお話をかいつまんで、おしらせくださいますと嬉しいです。お忙しいま・ここつとさまに甘えることになにますが・・
Commented by tama at 2008-08-21 17:03 x
続きです。
正教のことですが、今年6月岡山でイコン収集と研究に熱心なカトリツクの神父さまがおられて、7人くらいでお話を聞きにいつてきました。行きかえりで10時間かかりましたが。
その教会にはイコンが沢山置かれていて、聖堂にもマタイのイコンが置かれていました。マタイの福音が読まれる日だつたからです。カトリツクの人でイコンの好きな方は多いです。教会にイコンが置かれるのが、増えることをねがつております。今はつくることは難しいでしょうが。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 17:29
★ tama さま、拙ブログのコメント欄に掲載されたURLはコピー後、
ブラウザのURL欄に貼って起動するのがよろしいかと思います。
(本文中のURLはエントリー作成時に私の方でリンク付け作業を行って
おります。)
日本では典礼面の回帰が強調されてばかりいますが、修道生活の面での
回帰運動が国際的には活発化しているのではないでしょうか。
アメリカでは教区立とは言え、トンスラと1962典礼が義務の男子修道会が
今世紀に入ってから創立されました。

http://www.canonsregular.com/bishops_decree.htm

エルサレム会は前世紀の創立ですが、聖務日課の歌唱などは正教会の
歌唱などを取り入れてますよね。男女が共に聖課を行うのも新鮮かも。
パリのサン・ヂェルヴェ教会の外観と聖堂はこちら(↓)。
http://www.parisbestlodge.com/saintgervais.html

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 17:41
★ tama さま
少し前の拙エントリーになりますが、こちら(↓)
http://malicieuse.exblog.jp/8604656/

拙宅から1時間強の某所にある教会ですが、東西分裂前に建造された
教会です。もちろん長い歴史の中で補強やら増築が繰り返されては
おりますが、祭壇周辺の壁画や祭壇下(聖女の棺があります)などは
分裂以前からあるものです。
分裂後の東側の作品を西側で拝借すると不満に思われる方がいらっしゃる
のも事実ですので、分裂以前の作品のみを写真に撮って西側で使用する
などの配慮も必要なのかもしれませんね。イコンという語を西側では
使わないようにするとか、使う際には同じ単語でも東とは意味や中身が
違うなど知った方が良いのかも。
私は単純にイコンは「書く」ことで完成する絵だと解釈しておりましたので、
書き手の条件、聖別などについて鰤さんに教えていただくまで存じません
でした。これからは気をつけて語を選ぼうと思います。
Commented by siojake at 2008-08-21 20:26 x
ma_cocotteさん、ルーブルでお見かけしたお三方は裾捌きの難しそうな服をお召しになってました。多分スータンなのかと。襟は白い学生服のようなたて襟が付いていたような気がしますが、ちょっと記憶が定かでない。それから、とんすら?と書いた方の髪型は、サイドにぐるり一周する様に髪を残してそりあげておられました。

お三方が目に入った時、以前にブログで紹介されていたお写真がダブったんですよ。ひざまずく後姿が映ってるもので、コメント欄でも裾捌きテクニックの事が話題になってた項。
義母に「この頃のは宗教画ばっかりなのね~」と聞かれたワタクシ、お金持ちが街の教会のために腕っこきの画家に発注してたからですよ~当時はそういう需要が多かったし、そうやって芸術の財政面を支えてたんです~と答えておりました。
日本的に考えると仏師が渾身の思いで彫り上げた仏像を殿様がお寺に奉納、っていう感じでしょうか。

ルーブルですが、モナリザさんが通過観光客を招きよせてくれるお陰で、大好きなその他のイタリア絵画がゆっくり見られます。ありがたや~。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-21 21:18
★ siojake さま、うぉおお、それはスータンですね。
トンスラで黒スータンというのは・・・それはカトだろうか、違うかもよ(爆笑。
私もお三方の実物を拝見したかったです。

ココんちの地元ですがナポレオン三世がいらした際に、国鉄駅ひとつと
教会二つをプレゼントしてくださったのだそうです(って簡単に言うけれど、
凄いですよね。昔はこういう形で聖俗の関係が成り立っていたのだと
この話を聞いた時に思い知らされました)。
私はモナリザさんの間ではカナの結婚の絵に惹かれたりします。
あれを最初見た時は度肝抜かれるような感動を覚えました。
Commented by tama at 2008-08-21 22:09 x
おかげさまで今度は全部みられるようになりました。オテル・ド・ヴイルの前にあんなに古い教会があつたんですね。10年ほど前、あの近くのアパルトマンで一週間泊まり、毎日あの広場を通つて、ノートル・ダムにいつたり、していたことがあります。知らないということはやはり、大損ですね。大決心をして、本当にもう一度、パリに出かけようとおもつています。私の友人はこの間、77歳でアメリカのアリゾナ、カナダ近郊を一人で旅行してきました。友達にあうために。それをおもうと、私まだ少しだけ若い。今ならゆけそうです。ありがとうございました。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-22 04:25
★ tama さま、良かったです。
10年ほど前のSaint Gervais ですが、大改修工事の最中だったと
記憶しています。
こちら(↓)はエルサレム会のHPに掲載されている聖務日課表です。
http://jerusalem.cef.fr/pages/22paris.html
月曜日以外は世俗も時課や昼ミサなど参列できますし、教会見学(11時の
ミサ後)、オルガン(16時)コンサートなど充実しているようです。

そうでした、ついでに。
来月、教皇さまがパリにいらっしゃいますが、新しいカトリック系文化
施設が5区にオープンします。
http://catholique-paris.cef.fr/-Le-monde-de-la-Culture-et-le-.html
他にも1962ミサをあげている教会もパリ市内3軒あります。
パリ市内だけでも巡礼できますね。
以下はパリに関わる諸聖人が月別に掲載されています。
http://catholique-paris.cef.fr/-Saints-parisiens-.html
聖人の名前をクリックすると各聖人のゆかりあるパリ市内の名所が
挙げられています。ご参考になさってください。
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