<< ・・・姐さん...。(言葉に、... ココんちのヒットスタヂオ >>
「仏蘭西には二度と来てくれるな」とは言わない。 « Le dalaï-lama toujours le bienvenu en France »
ナマだと勘違いしている国父さんからの言葉を流行歌手でもある国母さんが國に滞在中のナマ、ダライ・ラマ Le Dalaï Lama さまに伝えました。これを伝言ゲームと言います。
b0070127_16133082.jpg
Rama Yade, Bernard Kouchner, le dalaï-lama et Carla Bruni-Sarkozy dans le temple bouddhique de Roqueredonde, près de Lodève. Photo par AFP
動く映像はこちら(↓)で。
Carla Bruni- Sarkozy s'est entretenue avec le dalaï-lama
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,4002819,00-carla-bruni-sarkozy-s-est-entretenue-avec-le-dalai-lama-.html
....( ̄□ ̄;)? あらま、どうしましょう。仏蘭西滞在中のダライ・ラマ師の通訳を務めるマチュ・リカール Matthieu Ricard 師が「中國政府またはチベット支持派 Pro-thibét によるチベットに対しての言動についてそこに真の正義がなければ道徳上、(双方共)受け入れ難いものである」とおっしゃってます。だよね。あのプロチベの中にどれほど真の目的が反中が潜んでいるか。こやつらに悪用されているのはチベットそのものだということを、国境を越えてチベット仏教を敬愛する聖俗民にはわかりきっていることだったりします。

そうかと言って、「会いたくても会えないの」と大統領代理として外務大臣ベルナール・クシュネ Bernard Kouchner 氏と人権大臣ラマ・ヤデ Rama Yade ちゃんを送った神聖皇帝サルコぢ一世のひとり舞台もいとあはれみを覚えると申しましょうか。自分で自分の行動に限りを作っているだけで、身動き取れなくなったところでそのたびに大統領閣下に振り回されるのが、歌い手の国母サマだったり、臣下である内閣の各コマだったりするのです。もう慣れたね。(-。-) ボソッ
ここまで繰り返されると大統領の参謀のオツムに何かあるンぢゃないかと想像したりもしますが、えーと、次期大統領選まであと何年だ・・・。

一方、歌い手国母ちゃんの旦那ちゃまですけれど、昨日25日は64年前、ナチスによって124名の市民が殺害されたマイエ Maillé の追悼式典に現職大統領として初めてお出ましになりますた。
L'hommage aux massacrés de Maillé
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,4032130,00-l-hommage-aux-massacres-de-maille-.html
この事件、1944年8月25日に発生しました。フランス語で massacrés de Maillé と呼びますが、génocide de Maillé ではありません。フランス語では massacrés  は虐殺、génocide は大虐殺ですが、これは大小で見るというより、市町村民の100%が殺められたなら、génocide であり、1%でも生存する市町村民がいるなら massacrés となり、何事も数字に拘る仏蘭西ではこの単語の選択にも厳格であったりします。この単語比較に限ったことではありませんが、日本語はこういう点で曖昧かもしれませんね。絶対禁止(Interdit)と禁止(Permission-Autorisation)の違いに疎かったりなんて典型例だもの。(-。-) ボソッ

ま、我らがナマ神の国父サルちゃんにおかれましては昨年のヴァカンスで炸裂しすぎましたから、このひと夏は共和国民に「働くお父さん」のイメージをアピールしてくださいませよです。

le 26 août 2008, Natacha
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by ma_cocotte | 2008-08-26 16:53 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(10)
Commented by leonie at 2008-08-27 09:07 x
お久しぶりでございます。
先日英語の勉強に
ttp://itotd.com/articles/357/oradour-sur-glane/
を読みましたが他にもこのような悲劇があった村があるんですね。
ここもmassacreだわ。(たしか生き残りが数人いたような)
いつもいつもここっと様の記事で勉強させていただいております。
<(_ _*)> ありがとうございまする。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-27 20:22
★ leonie さま、まずはご連絡。
小テレーズのご両親が10月19日に列福されるそうです。
第二の連絡はおととい25日朝のFrance 2 テレマタンでヴィジタシオン
の修道院が紹介されました。カメラが入ったのは初めてだそうです。

で、戦争の悲劇ですが、フランスの場合はポーランドに向かう線路の途中に
既に収容所があり、ガス室もあったようです。目的地前、フランス国内で
帰天した人々もかなりいました。それとは逆に独逸軍が次々と市町村を
制圧していったことでのmassacreも多々ありますね。前出のマイエの
場合は夏だったことで市民の中には子供だったことでコロニーヴァカンスで
他の土地にいて助かった(その代わり、親は犠牲者となった)ケースなど
だそうです。
Commented by 歩厘 at 2008-08-29 00:32 x
私は学者ではないのですが、本文中のmassacreとgénocideの定義に多少疑問を感じます。いわゆるgenocideの定義は、1948年に国連で採択されたジェノサイド条約に基づくものが一般的だと思いますが、そこには生き残りがいる云々は表記されていません。何をgenocideとするかは現在でも様々な意見があるようですが、一般的には、ある人種・民族などの構成員を意図的に抹消する行為を指すようです。

仮に、生き残りがいるかいないかでmassacreとgenocideを分けるなら、国際的に認知されているユダヤ人に対するgenocideもフランスでは「génocide」ではないでしょうし、フランスでは広く知られているはずのアルメニア人に対するgenocideも「génocide」ではなくなってしまうのではないでしょうか。なぜなら、いずれも生き残りがいるので。(続く)
Commented by 歩厘 at 2008-08-29 00:33 x
その場合は、個々の町や村ではgénocideがあったかもしれないが、全体としては生き残りがいるので、いずれも「ユダヤ人massacre」、「アルメニア人massacre」となってしまうのではないでしょうか。ある特定の地域で行われた虐殺行為の生き残りが全くいないということを証明するのもかなり難しいと思います。

「英語の定義(あるいは国際的に広く知られている定義)とフランス語の定義は違うのだ」という議論もあるかもしれませんが、本当にそうなのかどうか疑問を感じます。フランス語のwikiでも少し調べたのですが、生き残りがいるいないの定義はなかったように思います。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-29 02:17
★ 歩厘 さま、うーーん。
「全体」の見方、捉え方が二種あるかと思います。
歩厘さんはフランス在住でらっしゃいますか?フランスの都市作りですが、
agglomération とagglomération がくっついていることは稀で 間に
hors agglomération という地帯があります。他に agglomération の内外にlieu-dit と呼ばれる集落があります。
つまり上の話の場合、マイエという市内でのドイツ軍による虐殺で、生存者が
いますからgénocideにはなりません。が、境を省いて、民族を全体として
捉えるならばgénocideの語は当て嵌まるかと思われますが。
génocide des Juifs par les nazis という例文は存在しますよ。
本当にそうでなかったら、拙宅の仏蘭西びと♂に注意しますね。おそらく
学校で習ったことをそのまま私に説明してくれたと思いますので。
仏蘭西国内の場合ですが、
 >ある特定の地域で行われた虐殺行為の生き残りが全くいないという
 >ことを証明するのもかなり難しい
これは難しくないと思います。教会や市役所広場に戦没者、行方不明者の
名前が掲げられていますし、各記念日に名前が読み上げられますから。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-29 03:10
★ 歩厘 さま、更に。
génocide の語源はギリシャ語のgenos(民族)とcaedere(殺す)
になります。マイエの住人はフランス人になり、虐殺を行ったのは
ドイツ人です。当時のマイエですが500人の住人がおり、内124名が
犠牲になりました。
ウィキですが、以下に犠牲者の名前が挙げられています。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Massacre_de_Maill%C3%A9

で、虐殺行為で不明瞭な過去が仏蘭西にはありますね。ヴァンデ戦争。
関係資料は焚書されたと伝えられています。
Commented by 歩厘 at 2008-08-30 00:57 x
http://en.wikipedia.org/wiki/Genocide_definitions
上記のリンクはwikiによるgenocideの定義です。人によって微妙に定義が違うことが分かりますが、いずれも、生存者がいるかどうかとか都市の地理構造云々には関係なく、genocideを定義しています。

Mailléの大量殺戮がgénocideではなくmassacreなのは、「ドイツが計画的、組織的にフランス民族の抹殺を図ろうとした痕跡がない」ことが理由だと思います。もちろん、genocideは個々の都市で起きた事件ではなく、民族や人種など包括的な概念を対象にするということにも因ると思いますが。(続く)
Commented by 歩厘 at 2008-08-30 00:58 x
ma_cocotteさんが示した下記の項目に書かれているように、
http://fr.wikipedia.org/wiki/Massacre_de_Maill%C3%A9
Mailléのmassacreは、地元のレジスタンスに対する報復として(en représailles aux actions de la Résistance locale)行われています。つまり、Mailléのレジスタンスが大人しくしていれば、massacreは起きなかった可能性があります。ただ、ドイツは、ユダヤ人に対しては、彼らが抵抗しようがしまいがひっ捕らえてガス室に送ることを計画的かつ組織的に遂行しました。だから「genocide」と呼ばれるのだと思います。

ルワンダではフツ族がツチ族を、オスマン帝国末期には青年トルコがアッシリア人やアルメニア人を殺戮しました。いずれも対象となる民族を絶滅させる目的を持っていたと考えられます。よって、「genocide」の範疇に入るのではないでしょうか。(続く)
Commented by 歩厘 at 2008-08-30 01:00 x
(3連投で恐縮ですが、これで終わりです)

確かに、genocideとmassacreが「かぶる」こともあると思います。例えば、ナチスドイツ占領下のある村で多数のユダヤ人が殺害されたとするならば、それは「ユダヤ人genocide」の一環としての「○○村massacre」と呼ばれるでしょう。ただ、Mailléは、先に挙げた理由によってそれに当てはまらないと思います。つまり、「フランス人genocideの一環としてのMaillé massacre」でもなければ「Maillé genocide」でもなく、単なる「Maillé massacre」であるということです。
Commented by ma_cocotte at 2008-08-30 02:19
★ 歩厘 さまがそう定義されたならそれでよろしいのではないでしょうか。
例えば当時のナチは進軍、市町村制圧の際に彼らが気に入った民家を
見つけて、それを家主が譲らなかったらその場で問答無用で殺していましたし、
遺体も見せしめのために放置されたままでしたけれど、第一目的が
民族抹消ならばgénocideであり、当時のドイツ人が進軍において
フランス人を犠牲にしていったのは手段であり第一目的ではないので
génocideではないということになりますね。承知いたしました。

フランスには民族はいませんものね。独逸にしてみれば仏国籍者、
独逸の意向に沿わないヒトの命を奪っていただけで、それはGeneでは
ないですね。
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