<< 教皇さまの御手からホスチアが 平和な戒厳令の夜@巴里 ヾ(`◇´) >>
B16 は過去から未来を生み出すなのだ。
昨日から今日にかけて中身の濃ゆい一日半であつた。今頃、教皇さまはルルドぢゃろうか。心や脳をよぎる由無しことがたわわゆえ、mes mémentos 備忘として以下にするす、いや、記す。

【2008年9月12日】
*午前10時55分*
国営放送France 2。ローマ教皇ベネディクト16世来仏特別番組が始った。国母陛下カルラちゃんが表紙のテレポッシュでは12時5分から放映と書いてあるにもかかわらず、放映時間が変更になったようである。
教皇さまが飛行機からお出ましになり、大統領夫妻がタラップ下までお出迎え。我が予想どおり、夫妻とも教皇さまの指輪に接吻せず、神聖皇帝たるもの「平等」というか、内心は教皇より偉いという自覚があるサル。そして、イタリアびとであるであろう国母陛下はカーテシさえなさらず。ふと、カトリーヌ・ド・メディシスならカーテシするだろうな、と思ふ。司会者マリ・ドゥリュケール Marie Drucker 嬢の話によると神聖皇帝サルコぢ一世が大統領なんかに身を窶されてから、空港まで来賓を迎えることは今回が初めてなんだと。国際プロトコルに従えば、たとえサルコぢ一世が教皇なんか迎えに行きたくなくても迎えに行かないと「世界の非常識」になるでよ、と思ふ。
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ヲッチャアである私、教皇さまはもちろんだが、我らがタルチシオ・ベルトーネ国務長官(↓)と、「教皇さぁまといつも一緒、あなただけずるい♪」なゲオルグさま(↑)が気になる。

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教皇さまを先頭に次々と現われる21世紀とは思えない装束の方々の中から容易に見つけられる。我らがタルちゃん(=ベルトーネ師)は毎度のごとく、満面の笑みで機内から登場。国母陛下との会話では、枢機卿のお召し物でなければ単なる北イタリアのシニョールにしか見えない。これだから・・・タルちゃん、好き。そして、聞き間違いかもしれないが、モン・シニョール・ヂョルヂュのご専門は教会法であると我が耳に入って参った。ヂョルヂュってどなた?・・・・ヂョルヂュウだから Georges ・・・・げっ、

ゲオルグだあっっ!

なんとかの絵本で優しく語る彼ったら教会法が専門だったのきゃっ!?、と思ふ。
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教皇さま、空港を出、お車に。ナンバーの県ナンバーがなぜか78....ヴェルサイユか?
お車の行き先はla nonciature、ラ・ノンシアテュール。なぜかここに数分待機して、大統領宮殿に向かうと。ああ、国際プロトコルに則れば大統領が教皇を玄関でお迎えせねばならんからか、と思ふ。 そして、ラ・ノンシアテュールなる単語が「在○×ヴァチカン大使公邸」を差すものらしいと何となく知れた。知る喜び。


*正午過ぎ*
教皇さま、大統領府エリゼ宮に。
玄関前で記念撮影をし、2階へ。神聖皇帝から教皇さまに記念品贈呈。パスカルの初版本と、教皇さまが大好きなモーツァルトらしき人物と風景画のリトグラフ2枚。教皇さまからも返礼品を神聖皇帝夫妻に渡されたが、中をあまり見もせずに、皇帝は「ヂャン・ピエールっっ!」(だったと思うが)執事を読んで、教皇さまからいただいた白い箱が右から左って感じで移動してしまった。
その後、宮殿内のナポレオン三世広間にて午餐会の招待客を前に両国家元首のご挨拶。まずは神聖皇帝サルコぢ一世。朕の國はライシテ laïcité 国家ぢゃけ、カトリックもイスラームもユダヤも仏教も完璧に平等なんであーる、というような話を10分以上続けた。後を受けた教皇さまがフランスの歴史を顧みつつキリスト教が基礎にあることをまず語った後、
"la foi n'est pas politique"
信仰は政治ではない。
とおっしゃった。勝負あり。というか立場上なのか、サルコぢが「今」しか語れず、今と社会情勢だけで仏蘭西のライシテとは何かという主張をされてもあまり私にはピンと来なかった。きょうび、宗教が政治になりうるのは某宗教で明確だが、信仰は政治体制がなんであろうとその価値も重みも変わりない。治安上の危機感があるからこそ個人の信仰が必要ではないかと思ったりもする。そして仏蘭西史を顧みれば、フランスは生活文化、美術、文学、どんなところから眺めてもキリスト教を払拭できるわけではないわけで、サルコぢがいっくら「現代フランスにおいての宗教価値は全っき平等」を繰り返ししつこいくらい訴えても、教皇さまにはこめかみポリポリな話なんである。ダライ・ラマぢゃないけれど、この世のどこの国であろうが「信仰生活できる」ことがB16にとっても不可欠なんだろう。

この会見後、エリゼ宮にて午餐会。その後、今月新装オープンしたばかりの中世時代のシトー会修道院コレーヂュ・ベルナルダンで講演。この講演にジスカールデスタン元大統領、シラク大統領夫妻、パリ市長ドゥラノエ氏が出席するが、なぜサルコぢは出席しないのでしょう?とマリ・デュルケールちゃんが質問。誰かが「そ、それは公式行事ぢゃないからでしょう」と。苦しい返答に聞こえたのは私だけかもしれないが。聞いたところでお財布が重くならない話に時間を費やせない大統領なだけぢゃん、サルコぢは、とうっかり思ってしまふ。ベルナルダンでの講義は地上波で放映されなかったので残念。

この来仏中継番組の中で知ったことは、B16が教皇となって住まいにピアノを持ち込まれた初の教皇らしいということで、何でも現在も一日に一度は必ずピアノの練習をされ、モーツァルトのピアノ曲がお好きだとのこと(なんかハノンとか最初に弾いてからモーツァルトに行きそうだけど・・・)。


この曲はモーツァルトではないわなあ...


続いて、教皇さまが現在も複数の猫をかわいがっており、その中の一匹はおん自ら食事などの世話をしているそうだ。ま、ココまでは以前から漏れ伺っていた伝説だったりする。或る夕方、或るスイス兵がラッツィの後ろに続く十数匹の猫を目撃し、それ以降、「ヴァチカンのフランシスコ」という異名が付いていると。が、昨日の特番で爆笑だったのが、司会者や出演者が「となると、教皇さまがフランスにいらっしゃる間、その猫は誰が面倒を見ているのでしょうね?」と推測し始めたことだ。仏蘭西びとはそんなことが気になるンだろうか?まあ、世界一貧乏な国家元首だから、もしかしたら4日の留守ぢゃバケツ一杯の餌を寝室に置いてきた可能性はなきにしもあらずなのかもしれない。(嘘

ココんちの夕食後、インターネットでKTO カテオにアクセス。
丁度、パッパモビル(あのメルセデスの白い特注車をフランス語で Papamobile と呼ぶ。耳に入る音が妙にかわいくてマイブーム中)でノートルダム・ド・パリに夕祷のため到着されたところ。ノートルダム前のヨハネパウロ二世広場には伊東大漁苑のようにピッチピチはねまくる若いもんで一杯。聖堂内には招かれた正教会の聖職者と新教の牧師先生方、そしてカトリック聖職者(司祭、助祭、永久助祭)、修道者、神学生2000名で一杯。画面にクラシックな装束のカルメル会修道女方を見つけた。驚き。そして、教皇さまがお出まし。おそらくお召しの祭服もミトラも仏蘭西で準備されたものだと拝察するが、教皇さまの右胸の伝統的子羊の刺繍と彩りが妙にかわいい。御座に教皇さまが鎮座なさるとちょこんと正三角形で、なぜか王権たまころを持つ幼子イエズスさまのように見えた。お話の中で「教会は生きている。」という言葉が何度か出てきて、心に響く。そうか、教会は組織ではなく生き物なんだとあらためてメモメモのふむふむ。夕祷の方はノートルダムの成人合唱団が得意とするコンテンポラリの朗唱と聖歌が中心で、私としては今ひとつか二つか三つ。それでも後半にラテン語聖歌があったので「ま、こんなところがパリ大司教区側の教皇様への気持のアピールかえ」とちらり思ふ。

夕祷後、教皇さまがご退場。画面に映った先は見覚えのあるノートルダム秘宝館への入口のように見えたけれど、あそこの先に香部屋があるのだろうか?数分後、教皇さまはお着替えあそばして再び聖堂からぴっちぴちの若者が待つ広場へ向かうため中央通路に。もみくちゃである。ニュウヨオクの聖パトリックの参列者の方がおとなしかったようにさえ思えた。どっからどー見ても、観想修道会の修道女であろう方も満面の笑みでぴょんぴょんはねながら教皇さまに手を一生懸命伸ばされていた。
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AP Photo/Philippe Wojazer, pool


教皇さまがノートルダムの正玄関から広場にお出ましになった頃、お空も美しいナイトブルーに染まっていた。パリはやっぱり美しい街である。教皇さまがお立ちの場所はまさにパリ発祥の原点と言っていいだろう。教皇さまは広場中のあちらこちらで次々にぴょんぴょん跳ね上がる若者たちに驚かれた様子。どうもフランスでは彼ら20歳前後の若者を「ブノワっ子」と呼び、30過ぎた世代を「ヂャンポールっ子」と呼ぶようである。教皇さまが「この中にはシドニーで既に会った方がいるのかな?」とおっしゃったところで、地鳴りのように

うぉおおおおおおお。


なぜ「うぃいいいい」に聞こえなかったのだろう。素朴に不思議である。

教皇さまがラ・ノンシアテュールに戻られた後、若いもんはこの広場から3km先、翌日のミサ会場であるアンヴァリッド広場まで 聖母行列を始めた のだった。一夜明けて、14日朝8時のFrance2のニュウスでこの事実を知る。日常の夜でさえ美しいパリに、蝋燭行列が妙に似合う。ニュウスビデオの中で女性がこの行列に参列できたのは一生の思い出だと語り、それを聞いた途端、日本國の同世代の女性が果たしてこの行為を行ったところで心の満足を得られるのか、とふと思ふ。同じビデオの中で家族連れの夫妻が野宿することをうれしいそうに語り、この番組の直後に始まった特別生番組でトゥールからやって来た夫妻が今朝6時半に家を出たと笑顔で言っていたのもこれまた印象的というか、仏蘭西びとにこんなガッツがあるけれど、大統領が私達に命じる購買意欲促進運動にガッツを見せる仏蘭西びとをまだ見たことないことに気づいたりした。サルコぢもナマ神であり、ダビデのごとくだと思い込んでいるなら、そんな傲慢を捨て謙虚になって考えを改めれば良いだろうに。無駄な期待。

【2008年9月13日】
*午前8時55分*
13日のパリでのミサ生中継は国営放送France2 と民放TF1 が同時放映だったけれど、とりあえずマリ・ブリュケールちゃまが司会のFrance 2 で見ることに。タンタンおたくのリヨン大司教バルベラン枢機卿がインタヴュウに登場されたことも選択ポイントだったかも。両局とも解説者に司教さまをお迎えしたり、全国紙の編集長を呼ばれて、聖俗両面から完璧な解説を伺えたものの、しばらくしてマリ・ブリュケールちゃまが司教さまに「ムッシュウ・ル・カーディナル Monsieur le Cardinal」だったか変な呼びかけをしたことをきっかけに、ココんちの仏蘭西びとが「なぜ彼女はモン・セニョールを使わない?」とあれこれ起爆KW(=彼女の父方一家関連ね)を絡めながらブチブチ言い出したため、TF1 にチャンネルを変えてミサ・ヲッチン。ミサ会場に寄られる前にアッカデミィ・フォンセーズに寄られた教皇さまだったが、この(↓)アカデミィ・フォンセーズ会員の制服を見て、
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AFP_JACQUES BRINON

ふと数年前、マルセイユの路地で、たまたまアパルトマンの玄関が開いていたのでその中に入って、美しい鏡とシャンデリアの写真を撮ったら、通りがかりの方がこのアパルトマンにアカデミィ・フォンセーズの会員が住んでいたんだよ、と教えてくれたことを思い出した。その通り自体、その方の名前でRue Edmond Rostand だったね。この方だ。
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そういえば数ヶ月前にアングレェムの司教さまがアカデミィ・フォンセーズの会員となられたっけ。http://afp.google.com/article/ALeqM5ge3qfK7Vep5XlWEmfnlgk2mrS1xw
アカデミィ・フォンセーズのお式は10分ちょいで、教皇さまはアカデミィ・フォンセーズからアンヴァリドの会場までパッパモビルで移動。既に広場はアレクサンドル三世橋までうぢょうぢょに参列者で一杯だったけれど、橋から祭壇前までのパッパモビルは亀よりもでんでんむしよりものろく動いてた。ビューンと走り去ったシドニーとは別の生き物のように見えた。このごミサにも本当ならば出られないであろうベネディクティーヌやドニミケーヌの観想修道会の修道女方が多数。驚いた。
それに昨晩の天気予報では雨のパリのはずだったのに青空が見えていたことにも驚いた。どうも教皇さまは「晴れ男」のようである。思えば大雨のアウシュヴィッツで突然晴れて虹がかかった事実は奇跡を見たかのようぢゃった。

第一朗読は空軍の男性だった。福音書朗読は助祭(Diacre)だと紹介されたがすばらしい朗唱で、司会者やら解説者やら聖書が朗読ではなく朗唱だということで驚きの声を上げていた。驚くな、仏蘭西びと。おととしだったか我がド田舎の教会でさえ万聖節当日か翌日の福音(真福八端)が同じように朗唱で司祭によって読み上げられたことがある。野外ミサより古い教会聖堂で抹香もうもうの中で朗唱を聞くとうっかり酔いしれますよ。お勧め。

で、何かとミサ生中継中に前教皇ヨハネ・パウロ二世がパリでミサを司式された時との比較がされていた。ミサ前後には30~40台のいわゆるヨハネパウロ世代と呼ばれる聖俗の数名をターゲットに質問も飛ばされていたけれど、誰もが「意見はあってもJudge (ヂュッヂュ、=裁き)はしないと返答していたことが印象的。両者比較の一例として、パリでのJPII司式のミサ時にはエレキギタアが使われたのに、今回のB16ごミサではオルガンと金管楽器のみだということや、聖体拝領も跪き台が用意されたので、教皇さまからいただくヒトは跪いて口でいただく形となったことなど。けど、跪き台が不安定で、いいのか、おい、と思った。解説者が「JPIIはみんなの教皇だけど、B16はカトリックの教皇である」という表現をして、これには妙に納得。1980年以降の「行き過ぎた典礼改革」についての改革は誰が着手しても批判は浴びるのは自然だと思う。が、しかし、B16が1962ミサを見直したことで「懐古主義」という箔を貼るのはどうやら早合点のようである。http://zenit.org/article-18792?l=francais
ごミサが終わり、教皇さまがラ・ノンシアテュールにお戻りあそばした後、奉納の儀で現れたパン屋さんが明け方に45000個のブリオッシュを野宿の参列者に配った話を知り、ちょい涙。そして、参列していた家族連れの多くがアンヴァリッド広場でそのままピクニックを始めた姿が画面に映し出されて、仏蘭西びとだなあ、と思った。アンヴァリッドそばのアパルトマンから見物している人が映し出された時には映画ディネ・コンを思い出してしまった。私にはまったく別世界の人々だ。


初秋のパリの空の下、気持良さそう。良い週末になりました。
パリでは何事もなかったこと、ほんとよござんした。はい。

さ、ルルド。14日は朝8時半から特別ナマ番組ですと。

le 14 septembre 2008, la croix glorieuse
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by ma_cocotte | 2008-09-14 00:57 | Vive le pape! | Comments(9)
Commented by Lucia at 2008-10-26 15:56 x
ma_cocotte 様、ずーっと遡って読ませていただいているので、コメントを読んで頂くのも大変でしょうね~、と思いながらも、楽しいので、そして私は殆ど家に引きこもっているので、つい書いてしまいます。ゴメンナサイ。
でも今日の単元は長いので、全文は読んでいません。明日のお楽しみです。
ただ、実は、我が家にも阪神大震災の罹災猫さん(父さん、母さんと数匹の子供は「楽園」に旅立ちました)の子孫さんがまだ13匹おりまして、ピアノ弾きの妹が毎日せっせと世話しています。それで、パパ様がピアノを毎日練習されるということと、猫たちがパパ様について歩く、ということを妹に告げたら、ニーコニコでした。
しゃがんだり立ったり、屈んだりできなくなった私は、すべて妹任せで、ネコちゃんのお世話はしませんが、ネコちゃんが外に出ないように(外に出ると保健所行きなので)囲っているフェンスに近づくと、甘えん坊たちはどこからともなく出てきて、脚に絡みついてきます。可愛いですよ~っ。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-27 17:36
★ Lucia さま、猫!
B16が職員に聖フランシスコの再来(←カト的にはありえない!)と噂
されていること、おもしろおかしいですね。でも、教皇さまがいつでも
どこでも子供を祝福する時のお顔を拝見すると、やっぱりこの方は
神父さまなのだ、と伝わってくるものがあります。
13匹の猫の中にはLucia さんの膝に乗ってくる猫もいませんか?
拙宅の猫もそれぞれにそれぞれに得手不得手や長所欠点もあり、外見
違えど、魂もこころもそれぞれ個なのだと日々実感しています。
Commented by Lucia at 2008-10-28 10:19 x
13匹に中には、生まれて間もない頃から母が育てたグレーで鼠のような尻尾のとても甘えん坊の女の子がいますが、なぜか抱かれるのはだ~い嫌い。母の死後、部屋に入っては母を探してベッドの下に入りっきりになったりしたので、私の部屋に連れて行こうとしたら、人間の子供のように「イヤ~ン」と叫びました。他の甘えん坊はとにかく大きいので、重すぎて持ち上げられないし、フェンスで囲ったお庭にいるので、しゃがめない私の、しかもしゃがめても狭い膝に乗ったことはありません。

ところで、今思い出しましたが、聖ゲオルグも伝説に人でしかないとして、今や聖人の列から外されていますね?お気の毒なゲオルグさま方!
Commented by ma_cocotte at 2008-10-29 04:21
★ Lucia さまのお宅にもグレ猫がいらっしゃいますか。拙宅にも
一匹おりますが、7kg以上ある巨猫です。現在、いびきをかいて
熟睡しています。が、抱っこが嫌いというのは共通項かも。銀灰猫の
特長でしょうか。膝に乗らないのもうちの銀猫も同じです。

猫は頑固ですね。そこが面白いのかもしれません。
B16が猫を好かれるのはなぜなのでしょう。理由を知りたくもあります。
この絵本に書いてあるのかも?

ゲオルグ(Georges)ですが、フランスの暦だと4月23日がお祝い日です。
フランス司教団の聖人一覧ですが、ご参考までに。
http://nominis.cef.fr/contenus/prenom/1166/Georges.html
Commented by Lucia at 2008-10-29 13:53 x
San Giorgio 様はフランスではまだちゃーんと聖人の列に加わっているのですね。もし実在されたのなら、天国でホッとため息をついておられるかも…。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-29 17:16
★ Lucia さま、
フランス語ですと ジョルジュ という発音になりますが、50代~ の
男性に多く、この名を持った方がいます。夫の伯父もそのひとりです。
フランスでは命名法がゆるくなったことで、一時期、暦にない名前を
赤ん坊に付けることが流行しましたが、こうしてしまうと昔からの習慣
である自分の名前と同じ聖人祝日でプレゼントを交換するお楽しみが
ひとつ減ってしまうので、結局のところ、トラディショナルな名前に着目
する習慣に戻りつつあるようです。

少し前ですが、拙ブログで紋章に触れ、ゲオルグというキーワードも
出てまいりました。ご笑覧くださいませ。
http://malicieuse.exblog.jp/8817899/
Commented by Lucia at 2008-10-30 15:22 x
ただ今「ゲオルグ」についての6月のページを見てまいりました。
この聖人はイタリアでも愛されたようで、たくさんの画像が残されていますし、お名前としてもよくお見受けします。
そう,彼が退治したのは竜でした。竜の餌食として人身御供にされかけたお姫様を助けたと言い伝えられていますが、そんなお話が余りにもウソっぽかったので、聖人の列から外されたと聞いておりました。
でも竜を象徴的な意味に解釈すれば、特に問題はなさそうですね。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-30 18:40
★ Lucia さま、
竜伝説ですが、わが地元はまさに竜伝説が残っており、それが町の
発祥だったかのごとき話らしいです。
私は6月にこの紋章の話題になった時、最初、ゲオルグが聖マルチノに
見えてしまいました。
聖ジョージは大英帝國で重んじられている聖人でしたね、確か。
Commented by Lucia at 2008-11-02 18:26 x
今自分で書いたコメントを読んでいて、とんでもない間違いに気付きました。「ウサギのような尻尾」と書いたつもりで、グレーという言葉に発破られたためか「鼠のような…」と書いていました。随分大きな違いですね。猫タンに謝っておかねば…。
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