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教皇さまの御手からホスチアが
ハラハラと地べたに落ちた~。
いやはやなんとも、本日のメインエヴェント。
おら、見ちまっただ・・・・

だけんども、これが騒ぎになるのはどこの国なんだろう。

仏蘭西では日常でもそんぢょそこらのパン屋さんでバゲットを買ったところで必ずしも袋に入れてくれるわけではない。そのままポンと渡す店もあれば、バゲットの半分の長さほどの筒状の紙袋にストンと入れて渡されたり、10cm四方の紙をバゲットの中心に据えて、店員さんが慣れた手つきでパンをクルクルっと回して渡されたりもする。そんな素手に渡されたパンが道にうっかり落ちたりすることがあるけれど、落とした本人がそれを疎ましく思うどころか「道に落ちたところで神さまの価値が変わるか!」とわけわからんこと言って、そのまま家に持ち帰って平気で食べてしまったりする。あ、パンを切るのは家長の仕事。それもパンを切り落とさないで、ナイフを入れても首の皮一枚残すのが作法。なぜならイエズスはパンを切り落とさず手で割いたのだから。宗教を忘れたうちに招かれてもこの作法を今も守っている家が結構あったりする。このような生活習慣はサルコぢが決して触れたくない部分であり、B16が指摘した部分でもあるだろう。

さて、きょう。
事件はミサ中。聖域の向こう、更に祭壇の向こうで起こったのだ。
ごミサの形が1970~80年頃のノブスオルドの所作が基本だったと申し添えておく。つまり、司式司祭である教皇さまが聖変化後、ホスチアを割ってまずおん自らが召し上がり、ミサごたえの侍者4名に配り始めてまもなくだ。祭壇の向こうだから教皇さまも侍者も直立であって、パテナが顎下に添えられるわけでもない。祭壇右側の侍者のお口にホスチアを持って行き、舌に乗せたおつもりだったのだろうけれど、指を離された途端、ホスチアが侍者の左肩から地に向かって木の葉が落ちるようにハラハラと、あっという間に地面に落ちられた。双方うろたえることなく、侍者の神父さまはさっと跪き、地面のホスチアを手にとって口に入れた。
はい、それまでよ。
果たして、テレビ画面に映し出されたこの数秒は「汚聖」だったンだろうか?道端でうっかりバゲットを落としたムッシュウがおっしゃるがごとく「泥や砂が付こうが、かびが生えようが神さまの価値は変わらん」のではないだろうか?というか、汚聖だの何だのよそさまに言われたくないわな。教皇糾弾!? この事実を目の当たりにして、地面にハラハラと落ちたパンをすぐに拾えない、どうやって処分するかばかりヲッチャーが考えあぐねると言うのも・・・うぅううううん。どうも欧州の人々と抜本的に発想が違うのかもしれないね。

速報でした。(^_^)

le 14 septembre 2008, la croix glorieuse

きょうは午前8時半からFrance2の特番でルルドからの生中継を13時手前まで見た。
先のエントリーでちらり書いたけれど、B16に短絡的に「懐古主義者」というレッテルを貼るのは噂に惑わされている人々によるもので、これまでのB16による司式ミサを眺めればこの箔だか泥は各自の眼からウロコが落ちるように洗い流されてしまうと思う。
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Benôit XVI ce matin à Lourdes©REUTERS

きょう午前のルルドでのミサは何だったンだろう?

私の感想は古いようで新しいミサ。B16式ミサのひとつだろうか。

ごミサが終わった直後、参列した子供達にFrance 2 のインタヴュワーが印象やら感想を尋ねると、複数の子が「教皇さまのごミサはビザール bizarre だ」と返答した。bizarre ビザールという単語は「奇妙」に値するので、大人の会話でこの語を用いるには脳内で本当に口にしていいか悪いか駆け足させてから口に出す言葉だったりする。T'es bizarre (テ・ビザール、あなたって変)と言われて、うれしいと微笑む仏蘭西びとはまずいないだろう。教皇さまがビザールなんて、自家用車の後部座席にしか座れない人間、つまり10歳未満のガキの発言だから脳内経由せず素直にボロっと口から出た言葉のようにも思える。何がビザールかと言うと彼らの話では、自分達が日常あずかっているミサと違う、と。そりゃ、そうだよなあ。このルルドの会場にトラディシオナリスト(Traditionaliste, =現ヴァチカンと第二ヴァチカン公会議を受け入れる典礼保守主義者)やアンテグリスト(Intégriste, 第二ヴァチカン公会議を認めない、ヴァチカンにつながらないカトリック信者)がどれほどいたかは存ぜぬが、いわゆる1968派に育てられたヒトだろうが、トラディシオナリストまたはアンテグリストだろうが、きょうの教皇さま司式ミサはどちらも納得いかない進行だったかもしれない。

きょうのごミサ。
開祭はフランス語で始まったにも関わらず、聖書朗読あたりから(子供達にしてみれば)怪しくなってきた。外国語による第一、第二朗読で、答唱詩篇においては番ごとに異なる印象の言語が耳に入ってくる。福音書朗読は昨日のパリでのごミサ同様、朗唱。説教はフランス語だったけれど、ちょっと子供には難しい(??かなあ???超ウルトラ濃縮すると「聖母はみんなのお母さん」ということだったんだけれど)。その後、クレドはラテン語で、共同祈願がこれまた各国語で、ヒンドゥー語や中国語まで加わった。奉納の儀が済んでラテン語で唄われたSanctus を境に、なんと聖体拝領まで唄だけでなく典礼文までも100%ラテン語になってしまっただ。閉祭での教皇さまによる祝別もラテン語だったし、最後の聖歌も聖母に捧げられたラテン語聖歌だった。この聖歌を唄い終えて、教皇さまは英語、スペイン語、ポルトガル語、ドイツ語、ポーランド語、フランス語で参列者に礼の言葉を述べられた。

欧州各国の中でドメスティック度上位のフランス共和国に住むお子たちにはあらゆる言語を操る教皇さまがビザールに見えてしまっても、それは不思議ではないのかもしれない。大人の私だって、数ヶ国語を流暢に問題なく操る教皇さまはスーパースタアである。

ラテン語でノブスオルドと呼ばれる、フランス語で呼ぶところのポルシス(Paul VI、=パウロ6世)ミサの原点の所作に忠実でありながら、前半、いわゆる「み言葉の祭儀」では地球上の国境を取っ払ったかのような流れ、感謝の典礼以降はラテン語が中心と言うのも、教皇さまの重いやら願いが生かされているような気がしてならない。

ミサが終わった後、番組に登場した解説者のおひとりが、ルルドはカトリックの聖域だけれど、ポピュレール Populaire な聖域なんだ、と説明していた。つまり、庶民的というか人民的というか、ヒトによって手を伸ばせてもヒトによっては手を伸ばすことも躊躇うような選ばれた聖域ではなく、世界中の誰もが心身に疲れたら気軽に寄れる聖域だと言うこと。
これ、あたっていると思います。
教皇さまが説教の中で、ベルナデット・スビルゥの一家が本当に貧しく、彼女が無学だったことも上げつつ、なぜ聖母がそんな彼女を選んだのか考えて欲しいと私達に問いかけられた。そして、イエズスさまを産んだ聖母だからこそ、私達すべての母親が聖母でもあること。母が帰天して半年を過ぎたばかりの私には涙が目からボトっと落ちてしまうほど慰められた言葉でありました。教皇さま、ありがとう。素直にそう思いました。

それにしても、ベルナデット・シラク女史。
パリだけでなくルルドのごミサも参列。身分あればこそだが、この3日間、教皇さまがあらしゃるところには100%出席。ベルナデットさんは一日一シャプレ(Chapelet、=ロザリオの祈り)を欠かさないという噂も、ご本人の発言も、本当なのかもしれない。
Pratiquante (生活宗旨を守る信者)であるミシェル・アイヨマリ Michèle Alliot-Marie 内務大臣とクリスティヌ・ブタンChristine Boutin 住居大臣ももちろんおっかけルルドでした。(^_^)

昨晩、生放送中はパンク状態だったKTO による13日夜のルルドでの光の聖母行列。
PAPE EN FRANCE
VEILLEE MARIALE A LOURDES ET ALLOCUTION
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040860&vl=video_nouveautes
さあさ、「めでたし」と「あめのきさき」をご一緒に。(感涙
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by ma_cocotte | 2008-09-14 21:37 | Vive le pape! | Comments(11)
Commented by berucci-pete at 2008-09-15 09:19 x
KTOがルルドでのミサを中継、とのことでしたので、だれもいないオフィスで仕事をしながら見ました。ながら観式だったので、ご聖体が落ちたところは見逃してしまいましたが。
教皇聖下の説教では度々大歓声がわきあがっていましたね。野外ミサだとそうなってしまうんだろうな、なんて思っていたら「聖下のお言葉ですぞ!」と会衆をたしなめるどこぞかのモンセニョール… 間違いなくあなたが正しいんですが、まあ、熱狂するみんなの気持ちもわかってやってちょうだい。微笑ましい一幕でした。
Francois Bayrou氏もこのミサに与ったとか。そういえば彼、あの辺りが故郷なんですもんね。
Commented by ma_cocotte at 2008-09-15 13:55
★ berucci-pete さま
ルルドのごミサですが、教皇さまの説教はすばらしかったと思います。
難しい内容ではありませんでしたが、聖母が何たるか、それを私達が考え、
どう行動するか。・・・というか、パリにせよ、ルルドにせよ、召命について
(主に)若者の目からウロコを落としたいのではないでしょうか。場所が違えど、
おっしゃることのテーマは同じような気がします。

観想修道女会の修道女方も少女のようにはしゃいでいましたね、そういえば。
昨晩のニュウスだとスペインから国境を越えてやってきた青少年層が
多くて、それが驚き事項だったとか。ピレネーは寒いので、ピディスの
大聖堂で眠れるように配慮したそうです。

バイルゥ氏ですが、彼はPratiquant で知られています。が、彼の
方針は(昨日もインタヴューで同じことを言っていましたが)公人では
聖体拝領しない、でも、私人なら「跪くし、聖体拝領もする」でした。
既に一年以上も前の過去ですが、前回の大統領戦で彼が決戦に
残れなかったのは悔やまれるところです。サルとセゴ姐は外見違えど
中身があまり違いませんでしたから。
Commented by siojake at 2008-09-15 21:46 x
やはりピレネー越え組が多かったのですね。
最後のスペイン語の時の歓声がひときわ高くて、ルルドは近いから沢山来てるんだろうなぁと思っていました。スペイン旗に混じってカタルーニャ旗も結構あったように感じました。

バイルゥさんのインタヴュー姿を見たうちの連れ、「なんか今日はいつも以上に良いおっちゃん風に見えるよ」だって。ちょびっとだけ選挙の時にギラギラッとしたカリスマチックな空気を持てたら違っていたのかなぁ、というのが我が家の見解です。

日本人の生活の中に何気なく神道の流れがあるみたいに、フランスはカソリックがしみこんでいると思います。それだけに、皇帝ちゃんみたいなのがトップなのはマズイよな~と今回つくづく感じた次第。
ついでにカティーシーくらいちゃんとやって欲しいなぁ。気分は王族だってんなら、その辺押さえとかないと笑われますぜ。
Commented by ma_cocotte at 2008-09-15 22:31
★ siojake さま、そう、スペインからの青少年パワーが想像以上だった
らしいですよ。次回のWYD(JMJ)がスペイン開催だからでしょうか。
それと大英帝國からの巡礼者も多かったですね。英国人の巡礼熱って
カンタベリー物語の時代からまったく下がらない。なんぢゃ、ありゃ、国民性?

カタルーニャにとってカトリックは土着宗教っぽいですもんね。パウロが
スペインまで宣教したという伝説もあるくらいだし、サンヂャックがある。
いやー、21世紀、攻め方の違うレコンキスタ願望ありかもです。ふっふっふ。
バイルゥさんは私生活では真面目なカトリック、その証拠ではないけれど、
長子と末っ子が20歳くらい離れてますよね(爆笑。

皇帝サルコぢ、焦っていると思いませんか。この週末のデバ番組での
ライシテテーマはどれも面白かったです。
人気についてサルコよりB16の方があると私は見ましたが、どうでしょう?
サル夫妻のお出迎えの仕方はいやはや。一族全員、跪いてしまった
ベタンクール女史とはあまりに対照的。
サルコぢですが教皇を迎えたにも関わらず、エリゼ以外は呼ばれない客
となったサルコでしたね。当然かな。
Commented by Lucia at 2008-10-25 12:51 x
ローマでの祝祭ミサでも、聖書朗読は各国語で行われ、共同祈願も各国の代表者が自国語で祈り、それ以外のお祈りは昔どおりにラテン語です。
日曜日の正午、パパ様が自室の窓から姿をお見せになってお説教される時には、長いお説教はイタリア語で、その後各国語の短いお話が続き、アンジェラスの祈りはラテン語です。でも広場に集う各国の信徒でも、ラテン語のアヴェ・マリアも唱えられない方が増えていますね。
私が学生だった頃は、カトリック教会では世界のどこに行っても同じ言葉で祈るので、誰もが心を一つにできる、と教えられたのですが…。
子供たちにとっては、自分たちが知らない言葉のミサが異様に思えたのかも知れませんね。昔なら、小学校を出ていない人たちでもラテン語で祈っていたのでしょうけれど…。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-25 18:53
★ Lucia さま、私も!

  >私が学生だった頃は、カトリック教会では世界のどこに行っても
  >同じ言葉で祈るので、誰もが心を一つにできる、と教えられたのですが…。

私もまったく同じように、中学校の宗教の時間に習いました。
でも、私の母校ではラテン語聖歌を他の日本において伝統ある耶蘇
女学校のように唄わず(現状でもそうです、情けなや)、先日、関口での
荘厳ミサにあずかったところで黒革聖歌集の二番までは暗譜で唄えても
ラテン語聖歌では口パクだったりしました。
地元教区内で1962ミサが復活し、一度だけ(物見遊山的に)訪問した
ことがありました。おそらく10歳に満たない男児が3人、侍者でしたが
所作が完璧なのです。おそらく日曜日以外に集まって練習している、
つまり四半世紀前の侍者会本来の形が復活しているのだと思いますが、
ここんとこフランス国内の祭壇向こうでは七三分けの若い男子が
増え始めていて、彼らもB16世代と呼ばれているかも。
Benin 版の公教要理要約本の最終章がカトリック祈祷文一覧でラテン語
併記という優れ物なのです。早く日本でも発売されると良いのですが。
Commented by Lucia at 2008-10-26 15:39 x
日本では、主祷文やその他の主なお祈りも最近は口語体になってしまい、教会によって、口語体と文語体を混ぜて使ったり、すべて口語体だったりするので、日本語でも唱和できない私です。
それより何より、一番気になるのが、「使徒信条」です。どうもこのお祈りに限っては、日本のカトリック教会では、本来の「ニカイア・コンスタンティノポリス信条」文は最早使われなくなっているようです。
なぜ?何故?どうして!?と、あらゆる場でこのことについて発言し、質問するのですが、どなたも理由は教えて下さいません。「祈祷書には記載されているからいいでしょう?」と言うのが、唯一のお返事でした。
イタリアでも時には簡略化された文を用いますが、日本では洗礼式でも簡略文なのです。
「ニカイア・コンスタンティノポリス信条」は、カトリック教会が伝統的に、基本的な信ずべきこととして用いてきたお祈りだったのに…。(続く)
Commented by Lucia at 2008-10-26 15:41 x
今日はまた、ミサにおいて、「アレル、アレルーヤ」という歌詞で歌っていました。ヘブライ語で"Hallelu-yah"(ヤハを賛美せよ)の前半だけを最初に入れたのなら、「ハレル・ハレルーヤハ(最後は小さい字のハ)」となるかも知れませんが、西欧語の「アレルヤ」は一つの単語の筈なのに…。どうなってしまったのでしょうか。「アレルヤ、アレルーヤ」と言葉を入れることができる音階だったにも拘らず、です。

ma_cocotte 様、フランスではいかがですか?
Commented by ma_cocotte at 2008-10-26 22:41
★ Lucia さま、そのアレルヤ唱はおそらくテゼ共同体のものでは
ありませんか。曲がわかれば確定できますが、歌詞から拝察するに
仏蘭西でもたまに唄われている(というか、フランスだとこの選択は
典礼当番の趣味次第だったりします)ものと同じです。
私のようなヨソ者だとミサに参列したところでどの聖歌が以前からある
もので、どの聖歌がテゼやらエンマニュエルなのかもよくわからないまま
です。日本ほどの決定的な違いの決め手(曲調や歌詞の体)がないせい
もありますが。ただ、こちらにおいてもミサ中の手拍子と子供に赤いスカーフを
振らせることには違和感があります。そう思うのはフランス人でも多い
ようで、そういうことを楽しそうにしているミサをあげる教会に通う人は
見えるように減りますね。世俗が教会を選ぶ自由も第二ヴァチカンが与えた
ことでしょうけれど。

ニケア信条についてはわが地元教区の第三代司教がニケア信条を
東方から持ち込まれた張本人ヒラリオさんなんで、たまに唱えられます。
日本だと関東の某巨大な I 教会にて毎月第一日曜日にはニケアが
唱えられていると聞いたことがあります。
Commented by Lucia at 2008-10-27 12:25 x
パパ様よりはちょっと若い私ですが、やはり伝統の中に本当の精神があったのなら、それを大切にしたいですね。
でも現在の状況をただ批判するようになっては、私も間違った方向に向いてしまうのでしょうね。兎に角自分の顔を前に(ずーっと先でも)神様の御旨が見えるように努力しましょう。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-27 22:00
★ Lucia さま、そうですね。
B16は伝統主義とばかり噂が流れていますが、野外ミサや若者向け
ミサでもB16ご自身の我をはった典礼にはなっていません。私は
B16が独逸やオーストリアにいらした時の野外ミサの素朴な雰囲気に
とても好感が持てました。日本でも唄われる黒革の聖歌集に掲載されている
聖歌がドイツ語で何曲も唄われていました。急に世界が小さく感じられました。
ニケアは文章が深く、美しいですね。万が一廃れてしまったら寂しいです。
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