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開かずの押入れから、
お久しぶりでございます。
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半年ほど前の里帰りでは、永眠した母の身辺整理が中心になってしまい、既に予定していた自室についての諸事を何もできぬまま実家を離れた私でした。こうして今、再び里帰りできたことで、今回は前回できなかったことから動き始めました。今更、読み返したい本を探すため、ひさしぶりに押入れの扉を開き、探索を開始しましたが、目的の本は見つからず。その代わり、思いもかけぬものがいくつも出てきました。
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な、なんぢゃこりゃぁああ!?

真ん中の写真はナマです。長崎での叙階式ミサですね。按手なさるJPII。写真の右下のヨハネ・パウロⅡ世来日記念グッズは、
どなたからいただいたのだらふ?
まったく記憶にございません、なのだ。これは三折りになっておりまして、開くと冒頭の「色男さん、いらっしゃーい」な ご尊影、ご尊影のページを返すと、
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来日年と月が掘り込まれたコイン、ステッカーに、「きょうこうさまのゆびわ」という絵本が入っておりますが、ステッカーが置いてある場所には教皇さまの写真と言葉が書かれた葉書が入ったプラスチック額が納められていました。

ココであったが百年目、いや、四半世紀になりますでしょうか。
これだけでもハツがバクバクと動揺したのに、押入れ探検を続けていたら、んなもんが。
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教皇さまが来日された時の生パネルと、私のランドセル。

パネルの裏を見たら、下級生から私宛のメッセージが書き込まれており、彼女の父上が報道関係者だったのでこのパネルを私にもくださったことを思い出しました。教皇さまの日常が垣間見れるような自然さだけでなく、左右の助さん、格さんに、今更ヴぃっくり。向かって左は濱尾司教さまでございますな。お懐かしふございまする。

ランドセルはビニール袋の中から出て参りましたが、デイパックに目が慣れてしまったせいか、ランドセルがとても小さく見え、このランドセルを重たそうにのけぞって背負った自分がいかに小さく、子供だったのかあらためてわかりました。

モノを探すのも、掃除するのも億劫になってしまう私ですが、今回は鉛の腰を持ち上げて動いたところで押入れが玉手箱に代わったようなうれしい勘違いをしつつ楽しんで作業することができました。

le 2 octobre 2008, Saints Anges Gardiens
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by ma_cocotte | 2008-10-02 08:32 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(20)
Commented by rice_shower at 2008-10-02 10:49 x
河井道とボナ・フェラーズの心の交流を記した、『陛下をお救いなさいまし』を読み終えました。
多くは語りません。
ただ、キリスト教を通じて世界を見る、という視座を与えてくださった、貴女やantonianさん(それと佐藤優!)に感謝です。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-02 11:58
★ rice_shower さま、なぜ多くを語られないのか知りたかったりします。
私は昨日あたりから恵泉誌に掲載されることが多い「戦争責任」関係の
記事に目を通し始めています。気になっていることは本来のキリスト教観に
果たして「永遠の謝罪」なる義務があるかどうかですね。どうも話が結び
つかない部分があるような気がしてならないのですが。 さっき見つけましたが、
2003年11月に「世界平和とキリスト教の功罪-過去と現在」と題した
国際シンポジウムが開催されており、ドイツ人のカトリック神学者ハンス・
ユーゲン・マルクス氏がアウグスチヌスの正戦論を挙げての俗への影響
を述べ、在日大韓教会名誉牧師の李仁夏氏はカトリックのヨハネパウロ
二世による悔い改め運動がなければ平和運動には取り組めないと論じた、と。
で、荒井献氏が聖書無謬の必要性を述べたという、まぁ、なんだな、こりゃ
な、ですな。
Commented by rice_shower at 2008-10-02 13:09 x
「テーマが深淵に過ぎ、語り得ない」と言うべきでしょうね。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-02 17:19
★ rice_shower さま、それはまた面妖な。
思うに、ですけれど、キリスト教は限りなく丸に近い多面体で、それは
宗教だけでなく、社会にも、文化にも、生活にもあてはめられ、もちろん
個人にもあてはまる。rice_showerさんが深淵に思えた部分は
rice_showerさんが限りなく丸に近い多面体になるために、これまで
凹んだ部分にすぎないのでは?
凹んだ部分がもりあがって、いつかお話していただければうれしいです。

なーんて書いて、「いや、それ、ハズレ」だったりなんかして・・・へへへ。
Commented by tama at 2008-10-02 18:04 x
JPⅡが来日されたとき、息子は大学生でした。ま・ここつとさまはランドセル背おつて・・おいででしたか。JPⅡの流暢な日本語にはたまげました。後、カステルガンドルホオの別荘で、拝謁が適い、今は故人の夫と教皇さまの握手の写真がリヴィングに飾つてあります。枢機卿さまと巡礼したおかげで、思わぬ恵みに浴したわけです。
ま・ここつとさまの押入れのおかげで私もしばし懐かしさに浸つておりました。
昨日10月1日は小さきテレーズの祝日でしたね。やはりご紹介いただいた「モーリスとテレーズ」夢中で読みました。二人の素直なやり取りに普通~の人をテレーズに感じ、「普通で普通でない」テレーズのすごさに感動しました。いつもいい情報を頂き、感謝、感謝です。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-02 19:01
★ tama さま、
JPII の来日は思い出いっぱいですね。
飛行機からタラップを降りられて大地に跪いての接吻など。つば付きの
お帽子をかぶってらっしゃったっけ・・・なーんてことを思い出してしまいます。
アーメンハレルヤで幼稚園児とダンスなさいませんでしたっけ????
パウロ六世も校内の至る所に掲げられていたご尊影がハンサムさんでしたが、
動く教皇さまJPIIの格好よさで、我が母校のような女子校では大騒ぎだった
のかもしれません。パネルが押入れから出てきた時には忘れかけていた
当時のことをたくさん思い出すことができました。

教皇さまとのご拝謁、うらやましい限りです。私も拝謁はかなわねど、
できるだけ早いうちにローマ巡礼を実現したいです。

「モーリスとテレーズ」を読まれましたか!お二人の手紙だけで考えさせ
られますし、手紙ひとつひとつに添えられている司教さまの考察や説明で
更に深く考えさせられる新しい形の本かもしれませんね。本当に普通の
やり取りの中にどれだけ魂の栄養が秘められているか。私にとってもある
シスターから頂戴した本ですが、良い本に巡り合えたことに感謝しています。
Commented by rice_shower at 2008-10-03 05:11 x
「私は無益で精巧な一個の乱反射体であり、底なしの吸収体である。  我が人生はその生理学的証明である.....」
なんてね。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-03 09:20
★ rice_shower さま、
「あの人、丸くなった」という表現がありますが、もしかしてrice_showerさんの
凹んだ部分やら影だった部分に水が注がれ、陽が射したのかもしれませんよ。
どう発芽するか楽しみですね。
Commented at 2008-10-03 16:04 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-05 16:58
★ 鍵16H04@03/10/08 さま、
うぉおおおお、ついに。
フランスと同じようにたっぷり表面にかけたお砂糖がキャラメリゼして
おりましたでしょうか。あの甘酸っぱさは秋にぴったりですよね。

完璧な丸はTout puissance はたまたAll mighty かもしれませんね。
私たちにとっても理想は球体でしょうけれど、All mighty にはなれない
のだからして、限りなく丸に近い多面体になれるよう生涯かけて作り、
作られるのが人生なのかも~?
Commented by Lucia at 2008-10-24 18:19 x
ma_cocotte 様、ローマにいらっしゃる時に、水曜日の朝、車椅子での巡礼者に逢われたら、介助を申し出られると、パパ様に直接ご挨拶できます。私は大分以前から松葉杖での歩行にも制約がでたので、イタリアには車椅子と松葉杖持参で行きますが、そのお蔭で、JPII様、BXVI様に何回も謁見できました。JPII様は勿論ですが、BXVI様も慈愛に満ちた眼差しの方で、直接お目にかかると、本当に清らかな透明感のある方ですヨ。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-24 21:04
★ Lucia さま、うぉおおおお、なんと言うお話を。
ルルドではあのChariotの移動を手伝ったことがありますが、もし
同じ巡礼団にいらしたら夫に申し出させましょう。それだけでも喜びです。
B16ですが、拙宅地元の神父さまが既にお目にかかっており、実際に
お目にかかったところ、お声に包まれるような錯覚を覚え、自分の手を包む
教皇さまのお手がマシュマロのようだと私に話してくださったことが
ありまして、Lucia さんからのお話と一致しますね。小柄でかわいらしい
印象なのに、他者を包み込むほどのオーラのようなものが備わって
らっしゃると。この神父さまは今やすっかりB16っ子で、フランスでは
まだ珍しい万年ローマンカラーです(彼の従兄は万年スータン!!)。
あー、間近でお目にかかりたいですけれど、鼻血をたらしてしまいそうです。
Commented by Lucia at 2008-10-25 11:30 x
まずtama 様へ。 JPII様は、来日される前に、日本語のローマ字書きしたご挨拶を読むようにと手渡されたけれど、きちんと自分が理解しない言葉は発したくないからと、日本語を学ばれたそうです。ご自分の理解した言葉によって、ご自分の本当のお考えを日本の皆さんに聞いていただきたかったそうです。子供たちに対する本当のお父様のご配慮ですね。
ma_cocotte 様、BXVI様は、公式の写真ではなぜか怖そうな御顔に見えますし、本格的な神学者でJPII様の右腕だったことから、知らない方からは敬遠されがちですが、謁見の時にも、お友達のようなお言葉をかけて下さるので、会話もできます。ただ、人数が多いから、車椅子を引っ張って、さっさと通り過ぎさせようとする眼鏡のおじさまがおられるので、ホンの数分のことでした。2月27日には、その間に15枚も写真が撮られたので、最後の写真ではパパ様の笑顔もよく見えます。指輪の接吻はしなかったのですが、礼儀作法を忘れて、大きな柔らかい右手をしっかりと握ってしまいました。同じ教会の4人で2台の車椅子で行きました。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-25 18:42
★ Lucia さま、私のような立場の者が以下のようなことを申し上げたら
怒髪天つかれる方々も多々いらっしゃるかもしれませんが、こうして
B16を画面からとは言え拝見したり、お説教を拝聴する機会を重ねますと、
B16という方は真に教区司祭職の見本だと思わずにいられません。
今は教皇さまになってしまわれたけれど、過去に遡れるならばラッツィンガー
神父さまのいらっしゃる教会で、いろいろ関わることができたらどんなに
「どんなに」だったでしょう。「 」内をどう表現していいかわかりません。
別項にもボヤきましたが、教皇さまは「形に拘る方」ではなく「言葉の方」
ですね。言葉で共に泣け、共に笑え、共に考えることができると、私は
子供のように疑いない思いでこのおぢいちゃまに対して印象を持ち始めています。
ああ、お目にかかれますように。
Commented by tama at 2008-10-26 10:44 x
割り込みおゆるしください。
Luciaさま
私にまで、コメント頂き、恐縮です。JPⅡは日本語を学んでくださつたのですね。私が謁見させていただいた時は別荘の小聖堂でひざまずかれている教皇さまを先ず拝見しまして、あとで、見事な廊下で一人ずつ、お会いいただきました。パーキンソン病でおたちになつておられるのも苦しそうで、柱によりかかつておられました。おつらかつたでしょうに、笑顔のお写真がのこつています。宝物です。B16にはかなわぬ夢でございます。
Commented by Lucia at 2008-10-26 14:31 x
tama 様、私がJPII様にお目にかかったのも、パパ様の晩年でしたから、おからだはとても辛い状態だったと思います。でもその微笑みは、周りの世界を無限に押し広げているかのようでした。各地の教会における高位聖職者方の不祥事には本当に苦悩しておられた筈ですが…。
JPII様は真の意味での殉教者、信仰の証し人だったのですね。

JPI様も本当に聖なる方だったようですが、素晴らしいパパ様方を遣わして下さった神様の霊が、全世界の教会を照らし、イエス様が望まれた共同体が誕生することができるように、信徒の一人ひとりが自覚をもって生きなければなりませんね。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-26 21:29
★ tama さま、Lucia さま
文章の意味を知ってご自分で語るという教皇さまの思いは拝聴する
私達にも伝わるものがあると思います。9月のB16来仏で私もそれを
実感しました。それまでB16が単に伝統形式主義者だという噂ばかり
流れていましたが、B16のお説教や講義を(画面からとは言え)拝聴
しますと、この方があげるミサならば講義ならば形なんてどうでも良い
というような錯覚にさえ落ちます。たとえ若者向けのミサであっても
教皇さまの言葉の重さになんら価値が代わることはないと確信しました。

おそらくというか確実にB16が第二ヴァチカン公会議の現場を知る最後の
教皇だそうです。「言葉」がいかに大切か、第二ヴァチカンでも話し合われ
改善されたことですが、言葉で共に喜び、泣け、考えられることも感謝
かもしれません。

JPI の御世がもう少し長かったらどうなっていたでしょうね。拝見したかった。
けど、これも神さまの思し召しなんでしょう。
Commented by Lucia at 2008-10-27 11:47 x
フランス語をきちんと学ばなかったことが悔やまれる私です。
折角のビデオも、ma_cocotte さんのように理解できないのですから…。
世間はどうしても、今の時代を生きる、高い地位にある方を称賛するより、懐疑的な目で見たり、批判しがちですが、常に心を開いて、何かを得ようとする人には、パパ様のお言葉は貴重なプレゼントとなるのでしょうね。
イエス様も、だからこそ、子供のように素直になることを人々にお勧めになったのでしょう。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-27 21:44
★ Lucia さま、私は逆にイタリア語をきちんと学ばなかったことを
悔やんでいます。ラテン語も気ばかり先になってなんら手付かずの
ままです。欧州の人は構えがなくてもラテン語の基礎が自然に身に
ついているのでこればかりは嫉妬しちゃいますね。

私はB16のごミサをこうして数多く拝見するチャンスに恵まれたことで
B16があげるミサならフォークだろうがロックだろうが構いません。
B16のお説教を拝聴できれば感無量かも。派遣後、喜んで飛び出て
そのお話がいかに感動するかしゃべりまくるかも(これが本当の派遣?(爆笑。
Commented by Lucia at 2008-10-28 09:58 x
ma_cocotte 様、
パパ様にお会いできたら、思いっきり言いたいことを大きな声で仰ってください。そうしたら、周りの人があっけにとられるでしょうし、パパ様が笑顔になられるから、その間に対話が続きます。!?!???
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