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そうは問屋が卸さなかったカレンダー
冬時間となって4日目、突然、寒くなりました。
昨晩の天気予報でココんちあたりの最低気温が0度と発表されたので、きょうは午前中に庭の水道の元栓を締めました。これでもう来年の春まで外の水道は冬眠です。
とは言え、フランスという国はこれからが苗木の植え時だったりします。農業国フランスには独自のフランスの風土に合わせた農事暦が昔から存在し、その暦の語録によりますと毎年11月25日、アレクサンドリアの聖カタリナのお祝い日に苗木を植えれば根が必ず張り、枝を剪定すれば春には豊かに新芽を吹くのだそう。なのに、外の水道を止めてしまっては水も撒けないとココ新天地引越し当初心配もしましたが、なんの、なんの。冬時間にもなると、ココんちあたりは毎朝、芝生がグレーに見えるほど露が張り、午前中はその露が大地に滲みこんでいくのですね。だから大地に水を人が与えなくても苗木は枯れることがないのでした。

フランスの暦ですが基本は西暦(グレゴリオ暦)で、その全日に聖人の名前が冠されており、現在も自分の名前と暦の聖人名がビンゴの日はお祝いする習慣が残っています。天気予報でその日の聖人名を読み上げて「おめでとう」と締めくくられるのは毎日のことですが、街中に出るとたいていのお花屋さんには当日の聖人名が店先に掲載されており、なぜかカフェやレストランにも掲載されていたりしますが、あれはランチの際に仲間がご馳走でもするのでしょうか。きょうびインターネットでエレクトリック・カードなんてものを送れますが、一昔前までは天気予報で当日の聖人名を聞くなり飛び跳ねて同じ名前の友人あてに電話したり、ファックスしたりという様子も垣間見れたものでした。

ところで、フランスの歴史においてもうひとつ暦が存在します。その暦はフランス革命暦 Le calendrier révolutionnaire français 、またの名称を共和暦 Le calendrier républicain と言い、長いフランス史の中でたった8年、大革命直後の1793年からナポレオンの独裁が始まった1805年まで使用されました。この暦、フランス国内のみで使われましたが、とてつもなく個性的で、他国どころか隣国の暦とも相容れないほどです。そんな暦が生み出されたのも、革命政府が天敵カトリック教会を憎んで抹消したいがために、キリスト生誕に起源を置く西暦を根こそぎ払拭して、共和国政府成立と共におニュウな暦を共和国民に押し付けたのでした。

この暦、いちおう四季がありますが、一年の始まりは西暦でいうところの9月22日だそうです。日本國で言うならお彼岸でスカイ?ちなみに共和暦の月はこんな感じ。
【秋】 Mois d'automne
 ヴァンデミエール Vendémiaire (葡萄月、9月22日~10月21日)
 ブリュメール Brumaire (霧月、10月22日~11月20日)
 フリメール Frimaire (霜月、11月21日~12月20日)

【冬】 Mois d'hiver
 ニヴォズ Nivôse (雪月、12月21日~1月19日)
 プリュヴィオーズ Pluviôse (雨月、1月20日~2月18日)
 ヴァントーズ Ventôse (風月、2月19日~3月20日)

【春】 Mois du printemps
 ヂェルミナル Germinal (芽月、3月21日~4月19日)
 フロレアル Floréal (花月、4月20日~5月19日)
 プレリアル Prairial (牧草月、5月20日~6月18日)

【夏】 Mois d'été
 メッシドール Messidor (収穫月、6月19日~7月18日)
 テルミドール Thermidor (熱月、7月19日~8月17日)
 フリュクティドール Fructidor (果実月、8月18日~9月16日)
¢( ・_・) アレ? 9月17日から新年9月21日までが空白になりますが、これは各月を平等に30日としたため、残りの5日(革命政府が指定した閏年は6日)をおヴァカンス、その名もサン・キュロットの休日 Les Sans-Culottides にしたのですね。サン・キュロットなんてうっかりSaint Culotte (=聖パンツ)なんて筆記してしまいそうですが(実際にはculotte を用いるなら、Sainte culotteになるのでサント・キュロットとしか発音できません)、日本語表記とは異なるSans Culottides と書くならば革命当時、キュロティイドを履けなかった「市民階級」を指します。つまりこの五日間は「市民の休日」ということですね。

こうして各月名を眺めますと、季節ごとに各月の語尾が共通の韻を踏むという文学的美も感じられますが、政府が詩人に命名を依頼したのだそうです。日本語に訳された各月名の語幹は夏以外はなるほど、フランス国土の横割りより上の風土にあてはまるかと思います。

で、忘れちゃいけない一週間は7日。これは旧約聖書に基づいていますから、革命政府にしてみれば払拭し、共和国民には神なんかが決めた一週間は7日制をすっぱり忘れ去ってもらわねばなりません。革命政府はなぜか10日に一度休日を迎える、つまり月に3度の休養日とし、現在復活している365日にあてがわれた聖人名のかわりに農作物、5曜日(5、15、25日)に家畜、10曜日(10、20、30日)に農機具の名前をあてがったのでした。ご苦労なこってす。でも、ヒトの身体も神が創ったものですから、どうもそのヒトが作ったこの一週間10日制にヒトの身体が追いつかないことでこの暦が廃れる原因になったそうです。エンッシャッラー。 

結局、ナポレオンが皇帝となって2年後の1806年1月1日(共和暦では14年雪月11日)、このヒトが作った暦は廃止されて西暦(グレゴリオ暦)が復活。更にはナポレオンがカトリック教会と和解したことで、365日聖人暦もフランスの暦に復活してしまい、毎日どこかの家で祝杯があげられるように再びなったのでありました。仏蘭西びとは現在も単にこれ、何かにかこつけて祝杯をあげるのが好きなだけだったりしますが。

敵を怨むということはここまでの発想を生み出すものなのですね。周りが付いていけるか、それが問題なんでしょうけれど。戻ってしまって、どーもすみません。

le 30 octobre 2008, Bienvenue  イラッシャイ」ってどんなヒト?
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by ma_cocotte | 2008-10-30 05:33 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(8)
Commented by Lucia at 2008-10-30 14:40 x
昔の方たちは、それぞれの土地の気候風土をよくご存知で、農作業に精出しておられたのですね~。水撒きしなくてもちゃ~んと神様が露を恵んでくださる。
それにしてももう零度ですか?お風邪など召されませんように。
外気温とあまり変わらないわが書斎の温度は、まだ19度もあります。でも足先ばかりは冷え込むので、今日は初めて椅子の下だけ設置した床暖房のスイッチを入れて見ました。こちらもそろそろ暖房が恋しくなる季節です。
Commented by ma_cocotte at 2008-10-30 18:15
★ Lucia さま、
フランス農事暦ですが、風土に聖人名を加えての勧めが述べられており
それがなんとも面白かったりします。たとえば
「聖ユーグの日から聖ソフィの日まで雨が続くと納屋と製パン室は一杯になる」
「聖マルコの日に天気が悪いと種のある果物は不作になる」
「聖マルタンの日には老いも若きもワインを飲もう」
「聖ギヨムの日が良い天気だと藁よりも多くの小麦が取れる」などなど。
なんとなくミレーの「晩鐘」を思い出しませんか。

今年の私は10月中旬まで実家におり半袖で過ごしていたので、どうも
こちらの気候と装いの調節がうまくいかないというか、まずは時差ぼけ
を治さねば。時差ボケなのに冬時間変更というのもダブルパンチです。
Commented by Lucia at 2008-10-31 09:27 x
このフランス農事暦、何とも楽しいですね。
ところで最近を振り返ってみて、当たっているのでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-10-31 17:50
★ Lucia さま、
先人の残したこういう単純な言葉は当たって、納得のようです。
国内食料自給率を70~80%維持しているフランスではありますが、
近年は輸入食物に対し、農漁業従事者が反乱を起こすことが多く
なりました。
Commented by Lucia at 2008-11-01 16:53 x
先人の経験は大したものですね。日本で国内食料自給率が70%になるのはいつのことやら…。
Commented by ma_cocotte at 2008-11-01 22:55
★ Lucia さま
日本は少子化のおかげ(?)で、大学全入の時代に入ったのでしたっけ?
フランスでは現実は兎も角、今も共和国で最高の尊敬される職は
「羊飼い」です。一国において土地を耕したり、海の幸を取る人が
いなくなったら、他国に頼るしかないし、それが平等で取引できる
理想が貫かれればいいのですが、それもそうは問屋が卸さない
でしょうね。隷属なんてことになりませんよう。
Commented by Lucia at 2008-11-05 15:07 x
今では日本でも、大学を出たからといってエリート・コースを歩めるわけではないですし、就職してもすぐ退職したり、フリーターを好む傾向も見られるようです。しかも大学三年生になった途端に、就職活動が始まるので、大学を、本当に学問を学ぶ機関として機能させるのが難しい昨今です。勿論入学当初から大学院を目指す学生もいるいますから、私が現役だった頃にはすでに、二つの道を考えてカリキュラムを組まなければならない状況になっていました。
かつて、日本の大学は、入学試験があって入るのは難しいけれど、卒業は簡単、という評判でしたが、次第に、入学も卒業も簡単になっていくのでしょうね。
大学院でさえも、じっくり時間をかけて良い研究をして、国際的にもすぐ通用するレベルの論文を書かせる大学院よりも、定まった期間内(修士課程は2年、博士課程は3年)に、まあまあというレベルの無難な論文を多く出させる大学院の方を、文科省は高く評価するようになってしまったのですから…。
イタリアでも40年昔の学生に比べると、レベルが下がってきたと教授陣は嘆いていますが、フランスでもそんな問題はあるのでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-11-05 19:48
★ Lucia さま、
大学全入時代になり、卒業生が民間企業にばかり選んだり、医学研修
生が自分の思いのまま研修病院を選べるようになったら日本という
アイデンティティのバランスがどうなっていくのでしょうね。
仏蘭西の場合はこちらの3年制大学制度を米国風の4年制(英国も
そうでしたっけ)にすることでもめにもめました。が、大学入学資格試験
の難しさはそのままというか。論文形式なので価値をどう量れるのか。
いちおう20点満点です。
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