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仏 蘭 西 的 新 盆 - Défunts -
きょう11月2日は仏蘭西の暦で Défunts デファンと言い、死者を思う日であります。今年はたまたま日曜日になりましたが、例年何曜日であろうと11月2日には教会でミサがあげられ、仏蘭西の場合だとミサの中(たいていは共同祈願)で、各教会においてこの一年の間、葬儀をあげた方の全氏名が読み上げられて、全参列者がそのみ霊のために祈ることになっています。

私の母も今年2月24日に亡くなったので、フランスならばきょう11月2日が日本で言うところの新盆のような日でした。遠い異国で異教の葬儀で送られた母の名前を読み上げていただけはしませんが、母を知る者が二人、母を思ってミサにあずかりました。母にその気持だけは届いていれば、と思います。

きょう11月2日が「仏蘭西での母の新盆」という潜在意識が私にあったせいでしょうか。母が亡くなってから、私が目を覚ましても覚えている夢において初めて母が現れました。どうも実家のようなところに「いつもの母」がいました。母が私に「またね」と言うのではなく、なぜか私が飛行機の時間に遅れるとか言いながら母に「またね」と言ってその場を離れました。母は私に「行かないで」と言うわけでもなく、笑みを浮かべていました。そのあたりでなんとなく目を覚ましました。母が黙って私を見送ってくれたのは長期滞在という形で初めてフランスに向かう日から以降とこの夢でしょうか。フランスに長期滞在を決めるまでの私について母は過保護のように行き先を気にしたり、私の帰宅時間にも神経を尖らせていました。ですから、今朝の夢で母に黙って見送られたのは、目が覚めて今に至るまで少し変な心持であったりします。ただ、母が何等特別なことも真新しいこともなく、私が知っている、私が子供の頃から見ていた「普段の母」だったこと、そんなことになぜか安心できた気持にもなりました。

le 2 novembre 2008, Malachie

「死者の日」も近くなると、ニュウスでも「人の死」に纏わる話題が取り上げられたりします。昨晩11月1日の夜はココんち地元の地方局ニュウスで医学部への献体と献体方法について放映されました。大学の解剖実習の授業の様子が流れ、布がかぶせられているもののご遺体の足が映りました。教授が縫合を教えている場面ではご遺体の左腕が画面に出ました。ちょっとドキっとしました。解剖学教授のお話、外科の先生の話、医学生の感想も流れ、最後に毎年この時季に教授と医学生が献体者のお墓に黙祷する場面が映し出されました。
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フランスの埋葬事情ですが、土葬が今も多く、確か一番廉価な契約ですと約10年後に埋葬場所を掻き回されてしまいます。「家」という単位でのお墓はイタリア風の形でほうぼうの墓地で見かけはしますが、フランスでは墓の単位が「家」というより「個人」単位であることが多く、庶民なら 地元の自治体の墓地に埋葬 です。例えば配偶者の死後、引っ越してしまったら、配偶者とは別のお墓に埋葬される可能性も高いのです。それゆえ、墓地を散策すると荒れ果てた無縁墓がかなりあります。きれいなお墓は修道会のお墓だったりします。
そんな仏蘭西におけるお墓の行く末の現実を見てしまうと、魂の抜けた自分の身体を献体し、年に一度、医学生に墓前で思ってもらえた方が幸せかな、と思います。昨晩の報道を見て、新たにそう思いました。
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by ma_cocotte | 2008-11-02 22:10 | 『?』なたわ言 | Comments(6)
Commented by Lucia at 2008-11-04 10:46 x
イタリアでも墓地の敷地が不足してきたからか、埋葬後10年で返すことになるそうですが、その際、残っている遺骨を拾って、別の所に納骨できるようです。
一族で小礼拝堂を建てて、その壁面の上から下まで全体に納棺出来るような、上の写真にも見られる墓所もありますが、それが出来るのは、やはり、名士の一族なのでしょうね。
我が家もその内、共同納骨堂に納めて頂くことになるでしょう。
Commented by シスターみみっく at 2008-11-04 15:09 x
盆じゅーる。
土葬だとみるみる場所が少なくなるので大変ちゃ大変ですよね。
以前どこかで墓地不足のため「死ぬの禁止」な町がニュースになってましたっけ。
うちも全永眠者のための記憶を行う日が年に何度かあります。
帰省などに配慮してお盆に総パニヒダやるとこも。
ご母堂様の安息をお祈り申し上げます。


Commented by ma_cocotte at 2008-11-05 03:15
★ Lucia さま、
どうも日本國に生まれ育った者としては死後の扱いが気になってしまいます。
ココんち近所の女子カルメル会は近く引っ越しますが、敷地内の墓所の
お骨も全て新しい修道院に引っ越すのだそうです。欧州の土壌ですと
修道者のお墓に入りたくなりますね。日本における「家」の感覚に通ずる
ようで家族がいる限り、永遠に守ってもらえる。名もなき道を選んだのに。

上の写真ですが、マルセイユの墓地ですので、こういう家型のお墓は
イタリア系ですね。フランスでも特に地中海側の古い墓地ではよく見かけます。
Commented by ma_cocotte at 2008-11-05 03:50
★ シスターみみっくさま、びぢゅ~る(←ギニョルショーのアラブ訛りの
フランス語風にどうかひとつ)
正教会は日本語に訳したところで「永眠」や「安息」など美しい言葉が
残っていますね。なんかとても素敵。

母のこと、ありがとうございます。
永遠の休息なんですよね。
Commented by いとへん at 2008-11-06 15:25 x
こんにちは、はじめまして。ときどきおじゃましてました。
私の住んでいるところと、まここっとさまのいわゆる新天地の町は近いんだろうなぁと想像し、胡桃があるなんてどこだろう。。。私も拾いに行きたいです。
お母様のこと、お察し申し上げます。
私もこうやってフランス国に長く住むことになる限り、そしていつかは
やってくる両親との別れを思うとまここっとさまのお心の様子は察するにあまりがあります。でもきっとお空で幸せを祈ってるはずです、どうか安らかな心を保ってくださいね。
Commented by ma_cocotte at 2008-11-06 18:20
★ いとへんさま、はじめまして。
お近くにお住まいですか?
わが地元の胡桃の木ですが、郊外の野原の中の獣道の際に数本の並木
になっていました(爆笑。恥ずかしながら胡桃がどのように実り、地に落ちて、
私達の手に入るのかもわかっておらず、一緒に散歩していたフランスびと達
が突然、腰をかがめて拾い始め、つまみ食いしたりしながら、あっという間に
ビニール袋一杯集めたことには驚きました。でも、美味しいですね。
胡桃独特の苦味がなく、やわらかく、香ばしく、食べ易く、ピーカンナッツに
似ているかも、と思いました。

母のこと、心あるメサーヂュをありがとうございます。
いろいろ思うことはありますが、世に言う「逆縁の不幸」ではなく、子供は
親を見送るのも「ヒトの道」なのかな、と思って、自らを励ましたりしています。
私には子供がないので、私を見送ってくれる者がいません。それについて
考えねば、と。
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