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別に信じてくれなくても。
今週の週明けからこんなニュウス。
Lourdes: cinq cas de "guérisons remarquables" pour le Comité médical international de Lourdes
Lundi 1 décembre, 18h46
http://fr.news.yahoo.com/3/20081201/tfr-lourdes-guerisons-56633fe_1.html
どうやらルルドにおいて新たに5症例が奇跡と認められたようです。この件、まずはYahoo.fr で見つけたので、Lourdes というキーワードでニュウス検索をかけたところ、主要全国紙掲載記事で引っかかったのが以下の2記事でした。
Lourdes reconnaît cinq guérisons remarquables
Jean-Marie Guénois
02/12/2008 | Mise à jour : 15:57
http://www.lefigaro.fr/actualite-france/2008/12/02/01016-20081202ARTFIG00305-lourdes-reconnait-cinq-guerisons-remarquables-.php


Lourdes : cinq guérisons "remarquables" authentifiées
Par Chloé Durand-Parenti (avec agence)
Publié le 01/12/2008 à 17:54 - Modifié le 01/12/2008 à 19:17
http://www.lepoint.fr/actualites-societe/lourdes-cinq-guerisons-remarquables-authentifiees/920/0/296216
おル・フィガロさまとル・ポワンですね。おル・フィガロさまの方は毎度のごとく一般読者からのコメント欄が喧々囂々と花盛りで、まだまだ花が咲き続けそうです。中には「信じなくても祈らなくても奇跡はあるんだよ」という意見もありますが、そのとおりでしょう。
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1858年2月、ベルナデットという少女がルルドの林の中で聖母を見てからこの150年で奇跡と認定されたのが67症例、そこに新たに5症例加わるようです。今回の5症例は女性4例、男性一例、40歳から69歳の方々だそうです。この5名全員が熱心な信者かというと決してそうではないそうで、中には6回目のルルド詣でご自分が持病の快癒を願ってもいないのに突然、自分の様子が何か変わったことにまず気づき、やがて治ったことを洞窟前で自覚した方もいらっしゃいます。
へぇえええ、こんなこともあるのですね。
思いがけず治ったご本人が一番びっくりしたようです。そりゃそうだ。
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来週12月8日をもってルルドにおける聖母出現150周年関連行事が終わりますが、そのこともあって、12月4日夜、ココんち地元のカトリック系高校の階段教室で地元の永久助祭さんによる講演がありました。ルルドと永久助祭の間に何の関連付けがあるのか?この永久助祭さんの本職が医師であることは前から存じておりましたが、彼がおル・フィガロさまの読者コメント欄でも複数が語っている Le comité médical international de Lourdes、ルルド国際医学委員会に所属する奇跡認定医のひとりであったんですな。
ひょっえぇええ、ご近所にそのようなお方ぐゎっ!
調べてみましたら、Dr. 永久助祭師の専門は神経内科学でした。こんな機会は滅多に私にはありませんので暴風雨の中、拝聴に伺いました。この国際医学委員会は20名ほどの各専門医(イタリア人、アイルランド人、フランス人、ドイツ人など)で構成され、パリとルルドで隔年で会合がもたれているそうです。医師団が涼やかに語るとすれば、SIDA(AIDS)の奇跡例に巡りあいたいのだとか。・・・でしょうね。
で、症例患者がルルドに行ったとして、必ずしもあの激しく冷たいお水の浴槽に浸らなくても、水を口にしたり、患部にあてたりしなくても奇跡はあるそうです。
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聖域ではこんな感じで水をもらったり、その場でごくごくと飲んだり、顔を洗ったり。

今回の一症例のように「私は頼んでいなのに治してくれちゃって」なんて奇跡もあります。
この先生だけぢゃありませんが、奇跡についてしばしば語られることは
個人が奇跡を信じようと信じまいが、奇跡はあったのです。
...ですわね。おっしゃるとおりでございます。

le 6 décembre 2008, Nicolas
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by ma_cocotte | 2008-12-06 03:58 | 『?』なKTOりっくん | Comments(14)
Commented by シスターみみっく at 2008-12-07 01:32 x
おほー、新しい奇跡出ましたか。
めでたい。

ルルド関連の本は以前から読んでいましたが、アーヴィング・ウォーレスの「The Miracle(邦題:奇跡への八日間)」を読んで以来是非一度行きたいものだと…。

頼んでないのに御恩寵。
なんかいいですね。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-07 03:10
★ みみっく姉殿、でしょー?
私も頼んでいないのに治った方の話を伺って、これぞ、奇跡だなあ、と
思いました。ベルナデットも会いたくて、その望みがかなって聖母に
会ったのではないですものね。

ルルドですが、聖域からピレネー山脈と反対方向を眺めると、正教会風の
聖堂が見えるのです。どうもウクライナの教会だそう。

Église de la Dormition-de-la-Vierge
6, avenue Antoine-Béguière 65100 Lourdes

ルルドですが、聖域外は温泉観光地のような雰囲気なので聖俗の
ギャップが広すぎなんですけれど、ぜひ。洞窟あたりの空気は何か違います。
Commented by tama at 2008-12-07 14:44 x
奇跡認定の基準はかなりどころか、理不尽なくらい厳しいものですね。「医療不可能な難病が、別の治療なしで、自然に、突然に、通常の回復期間をとばして、完全に治り、再発せず、しかも、医学による説明が不可能でなくてはならない。障害は器質的なもので、精神障害、神経障害、による機能障害では審査の対象にならない。自己暗示でも治りそうな心身症は問題とされてういない」これは16世紀末から17世紀末の基準だそうですが、(竹下節子「奇跡の泉ルルドへ」104P)今もかわつたという情報は聞いていませんが、なにか変わつた点はあるのでしょうか?この基準では130年間(いまから20年前)に2500件の治癒例が説明不可能と認定されており、そのうち奇跡に認定されたのは65件とのことです。奇跡といわれなくても治れば、オンの字ですよね。信仰がなくても治るというのはいかにも現代的で神様もイキなことなさいますね・・・・。
Commented by tama at 2008-12-07 14:53 x
一つお礼を言います。週一回フランス語のレツスンを受けていますが、何かフランスの話題を提供(フランス語ですよ、トホホ)すことになつているんです。そこで、ま・ここつと様のブログが大活躍いたします。先週は殉教のル・モンド、フイガロ、KTOが役立ち、今週は奇跡の話題です。カトリツクでない先生は辟易しているでしょうが、たまたまクラスの相棒はカトリツクで喜んでくれます。他に「食料袋」も話題にピタリですね。来週はそれです。ありがとうございます。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-07 18:03
★ tama さま、先日の講演でも「第一ヴァチカン公会議」というキーワードが
多分に出て参りましたよ。
別件になりますが、先に帰国した時、列福調査中の尊者についていろいろな
面から考察できるチャンスが私にありました。その尊者の場合、既に
生存中の信仰生活も残したものも満点と言っていいそうですが、現在
ひとつ足りないのは「取次ぎによる奇跡」だそうです。本人の遺体の
腐敗度など何の決め手にもならず、兎にも角にも医学的科学的に
徹底的に突き詰めたところで「原因を見出すことが不可能」な完治症例
だと教えていただきました。スタッフは些細な症例でも構わない、とまで
おっしゃりつつ必死に奇跡を祈り待ち続けてもいらっしゃるようでした。

続きます。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-07 18:05
★ 現在、ルルドにおいては奇跡認定は67症例ですね。
最新のひとつが足の腫瘍が完治したイタリア女性だったと記憶していますが、
この女性も「立派な信者」とよそさまから言って貰えるには程遠い方だった
そうです。
今回の奇跡認定で6度目の参詣で願わずして完治した方ですが、完治を
悟ったのはどうもあの洞窟で、だそうです。証言を読んでいて、おそらく
他の観光客同様、洞窟の石をなでながら左から右に進んでいる間に
身体の変化を実感したのでしょうね。背後の聖母像に振り返って礼を
述べたとあります。些細なことのようだけど、妙にリアルだと思いませんか?

お授業ではぜひ全国紙記事やURLから話題の種を見つけてくださいませ。
ル・フィガロの一般投稿欄などはカトでない先生とも意見を分かち合える
かと思います。面白いですよ。
Commented by きなこもち at 2008-12-08 09:46 x
>個人が奇跡を信じようと信じまいが、奇跡はあったのです。

いやはやこの言葉に圧倒されてしまいました。
幼少のみぎり偶然見た海外のドキュメンタリーTVでルルド巡礼の事を初めて知りました。
しんがりが何処かわからないほど世界中から集まってくる方々の人波の映像は当時の私にはかなりセンセイショナルでした。
(日本の初詣や神社参詣で目にするような群集の光景とは明らかに異なる巡礼者達の真剣な表情が忘れられません)

>奇跡といわれなくても治れば、オンの字ですよね。
 まさにtama様がおっしゃるとおりですよね。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-08 17:11
★ きなこもちさま、

この「信じる」と「存在した事実」についてはカトリックの問答でしばしば
経験したりしますね。例えば、「あなたは神を信じますか?」と質問されたら
「神はいるのです」と返答するように、と私は習ったことがあります。
奇跡の話と同様に、個人や団体が信じなくても「神はいる」ということになります。
今回の奇跡の話のように自分で望まない、願っていない快癒を実感する
なんて、まさに奇跡ですね。抜本から思考の道を変えて考えたいです。

近年のルルドはイスラームの女性の観光客が増えました(彼女たちは
決して祈りません)。ルルドの聖域に行くと、今まで見たことがない
民族衣装をお召しの巡礼団などに出会い、世界の広さと狭さを感じます。

きなこもちさんもぜひぜひ。
Commented by Lucia at 2008-12-11 15:50 x
ルルドでは、ストレッチャーから身を起こすこともできない重症の病人や、重度の障害をもった多くの方が介助を受けながら巡礼団に加わっておいでになりますが、彼らの多くは、直接病の治癒を願うというよりも、自分に与えられた十字架を担っていくための力を頂きたくて、洞窟やプールを訪れるように思われました。

また、奇蹟と認定された治癒が、本人が願ったわけでもなかった、と言うことにこそ、考えさせられる重要な意味があるように思えます。

神様が「人間から石の心を取り去って肉の心を与えられる」(エゼキエル書)のは、人が先に回心したからではなく、神の慈しみが先に働いて、回心はそれに続くものであるという教えにも通じるところがありそうです。

ルルドのお水による小さい奇蹟は、私自身、そして複数の友人が経験したのですが、勿論申告はしていません。そういう人も多いのではないでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-12-11 17:13
★ Lucia さま、
ルルドの場合、約7000症例ほど集まっていると聞いています。

今回の5症例前に認定されたイタリア女性の治癒の件も、ご本人は
幼児洗礼者であっても信仰生活を守っていた女性ではなかったと
報道された記憶があります。

奇跡ですが、最終的には医師が解明し切れなかったことを証明する
文が必要だと、先日、列福調査の責任者から教えていただきました。
科学的に証明できないという科学的徹底分析証明が必要なんだそうです。

ストレッチゃーはルルドではシャリオ Chariot と呼ばれています。
まさにエゼキエル書に通じますでしょうか。私もシャリオ運びの手伝いを
経験したことがありますが、毎夏、ルルド駅には到着する列車に乗る
方々を手伝うために10台の少年少女が中心となって働いている姿も
胸打たれたりします。それぞれができることを実践するから聖域でも
あるのでしょう。
Commented by Lucia at 2008-12-18 10:01 x
ma_cocotteさま、私自身が経験した小さな奇蹟と言うのは、切断した指先の再生でした。
妹が友人とルルドに行って留守だったある日、母のために天婦羅をしようと考えたのは良かったのですが、手抜きして、一番厚く設定したスライサーでサツマイモを切っていたら、うっかり右手中指の指先をスライスしてしまったのです。
その時は母に気付かれないように、すぐに流水で洗って、輪ゴムを指に巻いて止血し、持っていたルルドのお水を傷口に一滴かけて包帯して、作業を続けました。
翌朝ずきずき痛み出し、脈動も感じたので、もう一度ルルドのお水を一滴上からかけたら、その瞬間痛みが消えたのです。
切断した時には骨も見えていましたし、爪も、もとの長さまで伸びるには一カ月以上はかかりそうなだけ切り落としてしまったのに、多分一週間くらい後に包帯を外して見たら、爪も指先も切断前の状態で、傷痕すらありませんでした。一週間くらいとしか言えないのは、その事故の二日後に母が不慮の死を遂げたので、自分のことは忘れてしまったからです。
今もコンピュータのキーを打つのはもっぱらその指先なのです。親指と人差し指には随分前から麻痺が出ているので…。
Commented by ma_cocotte at 2008-12-18 17:08
★ Lucia さま、
もしかしたら医学的証明があれば奇跡と認められるかもしれませんね。
Commented by Lucia at 2008-12-20 11:15 x
それが…お医者様にも行かず、薬も使わなかったので、何の証明もないのです。それにまた、私の友人たちにも説明できない治癒は色々ありました。しかもその方々というのが、お一人は仏門に入っておられる方、もう一人はキリスト教には多分まったく無関心な方、そして文化としてキリスト教を知っておられるけれど、信徒ではない方なのです。
それは、神様が「お造りになったすべてのものを愛しておられ」、イエス様がマリア様を人類の母としてお与え下さったからでしょうか?
Commented by ma_cocotte at 2008-12-20 18:46
★ Lucia さま、
ルルドの水の奇跡の件は信仰より、医学、科学で証明できないという
医学者、科学者による証明が必須だそうです。これは列福や列聖調査でも
同様ですね。
骨が削られたなら、骨が健常に戻っていれば奇跡でしょうけれど、日常に
差し支えない回復であるならば奇跡ではないと思います。
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