「ほっ」と。キャンペーン
カテゴリ:『?』な日本國( 34 )
この場合、帰国子女の前例はなんら関係ない。
今日の朝一番でコレ ↓ を読んでしまいました。
森永卓郎の戦争と平和講座
第72回 非暴力の前に不服従から始めよう
コレ ↑ 、明らかに論点がズレています。
もし文科省が日本国内の全児童について小学生6年間の間に海外の日本人家庭に在住し、現地校に通う義務を発するなら兎も角、日本国内の公立小学校に通う児童全員に第二外国語として英語を学ぶことを義務にするのだから、筆者の幼少時の経験と今後の日本国内の児童が教育において課せられる義務はまったく異なるものです。

筆者のように「小学校1年生をアメリカで、4年生をオーストリアで、5年生をスイスで過ごし、すべて現地の公立小学校に通った」ことで、世界のどこであろうと家庭においては日本語を用い、その結果、ご自分の思考回路が特殊になり、それが今に役立っていないという事実は第三者として「ご尤も」です。

ですが、日本国内に居住し、家庭では日本語を使い、学校においても第一言語として日本語を用いた授業を受け、週にヒトこま、フタこまの英語の授業があると仮定するならば、あくまでも第一言語は日本語であり、第二外国語が英語になります。週に一、二時間の英語の授業で英語圏、米語圏の生活文化を題材にした読書、作文、会話を学ぶことは児童に興味を与える手段になります。

森永氏個人が海外生活においてそれぞれが短期間(一年程度)で、英語圏、独語圏、仏語圏を渡り、児童が家庭では日本語、現地の公立校で現地の第一言語での日々を過ごしたところで、それは言語の遊牧民児童のひとりですし、その後の成育歴などが加わって、成人後にも児童の言語教育についてトラウマを抱いてしまうことはわからなくはありませんが、その経験は決して「一般」に化けないと思います。

英米語の言語に関わらず、音楽や美術の芸術分野、スポーツ分野など何事も家庭と学校が未来ある子供にできるだけ出会う機会、試す機会を与え、児童本人に興味を持たせ、将来の糧にすることを導くのがThe best ですよ。別に小学校の6年間で英語の授業を受けたところで苦手に思う子もいれば、なんら将来に役立てようとしない子もいるでしょうけれど、それが普通であり、自然ですよね。全員が興味を持ち、優秀になるなんて予想の方が異常です。

国際においては齢一桁のうちから英米語に触れさせている学校、家庭が多く存在するのですから、極東の島国である日本国もできる範囲で国際化にもう一歩進むのは大いに賛成です。


le 26 août 2016, Césaire



以上、あくまでも言語学的に、です。
終戦直後の国際事情など関係ないので、別に日本国内の初等中等教育において第二外国語が英米語であろうと中国語であろうとかまいません。言語学においては生後9歳までの第一言語が生涯にわたっての第一言語になるという説がありますから、海外在住の日本人家庭においてはたとえ家庭内が日本語であろうと幼稚園、小学校と一日の大部分を過ごす場所で現地語で10歳になるまで過ごしたら、その人物の思考は現地語で先ず行われている可能性が高いという仮説になります。まあ、この説が正しいとすると、幼少期に森永氏のように短期間で多数の語学圏を渡ったとすると、成人してから思考において混乱が起こり、それをスマアトにするまでそれなりの苦労が生じるのもわからなくはありません。
ですが、日本国内で生まれ、生活しており、その多くが自宅において日本語を第一言語にしており、公教育において週1、2時間の「英語の授業がある」というのは、完全に第一言語が日本語、第二言語が英語ですからね。得手不得手程度ですよねぇ。いくら日本で生まれ育って、日本の公教育を全て受けても「国語」が苦手なひとも多くいるのですから。英語の授業は古文、漢文と似たような立場ですよ。
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by ma_cocotte | 2016-08-26 16:19 | 『?』な日本國 | Comments(0)
平成の「玉音放送」
昨日の午後になって今上天皇陛下の「お気持ち」なるビデオメッセージをオソレヲヲクモカシコクモ(ココで最敬礼)お見上げ申し上げました。http://www.kunaicho.go.jp/page/okotoba/detail/12

なんで名詞なのに「お気持ち」なのだろう? 「お気持」ではないの?と、ふと思ったンですが、半万年以上昔に三流校の現国(註:現代国語の略)で習ったことなんて今アテにしてはならんと自戒しつつ、拝聴。←コレについては、上に掲げた宮内庁HPを拝見すると正式には「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」であって「お気持ち」ではありません。ふぅううん、ま、アナウンサーの標準語のアクセントもアヤフヤになってしまっているきょうび日本ですから「おきもち」を漢字にかえても「ち」がくっついているなんてことは「見逃すのが優しさ」、それがきょうびの日本なのでありましょう。

そうしながら、どうにももしかしてこれは玉音放送ではないかしら?とふと我が頭に思い付きました。

そして、昭和二十年八月十五日の玉音放送からまもなく71年になりますが、平成の、平成28年の玉音放送はラジオから流れる音声ではなく、天皇陛下の「御尊影」が動くビデオメッセージであることも今更オソレヲヲクモカシコクモ(ココで最敬礼)気づいたのであります。

そして、フランスなんかに自分が長期滞在しているせいか、欧州内のいくつもの王国で近年、王様や女王様が生前退位されていることに慣れてしまっていたのか、それとも私が単純バカだから、日本國においても天皇陛下が生前退位のご意向をあらわされたら「御意」でなされるのかとばかり信じていたら、日本においては「それはあってはならない」ということが今回の件でわかり、またひとつ「知る喜び」でした。

大英帝國の法律のように「前例があり、前例に従う」なら歴史を遡るのが最優先になるのかもしれませんが、日本國のようにご維新を境に大日本帝國憲法制定やら天皇が現人神と神格化されたことで、それまでの過去の生前退位の事実が分断されちゃったわけで、しかも不思議なことに71年前に大日本帝國憲法から日本國憲法に遷り、天皇は現人神ではなく象徴天皇にキャラが変わったにも関わらず「生前退位」については「そのまんま」だったというのは、ツルツル頭の私でも「なんだかなあ」とオソレヲヲクモカシコクモ(ココで最敬礼)ついうっかり思ってしまいました。

昨日の夜になって日本国内で放映されたこの件についての番組を視聴していたら、これが天皇陛下としての「終活」のひとつではないのでしょうか、という話がありました。そういえば、しばらく前に天皇陛下が火葬を希望されている旨、報道がありましたっけ。墓所も天皇と皇后が隣とは言え、別の墳墓にするのではなく、天皇皇后両陛下が「ひとつのお墓に入る」ことを希望されたとも拝聴した記憶があります。

そして、昨日のビデオメッセージでも天皇家の葬儀と服喪の習慣にも触れられていたので、もしかすると「終活」準備のクライマックスが今回の「お気持ち」を公にすることだったのかもしれないと三角形の底辺に生きる私は想像(いや、妄想)しました。

私にとってはるか高い、高みの、天岩戸の向こうの問題なので、「あっしにはかんけーねーこってす」と申し上げるのが本当のところですが、天皇陛下がビデオメッセージの最後に「国民の理解を得られることを、切に願っています。」と結ばれたことで、三角形の底辺であっても日本国籍者である私が天皇陛下のために考えなければいけないのだと思いました。

松島屋のおだいふくを食べながら考えたかった・・・。


le 9 août 2016, Thérèse-Bénédicte


余談。
もし今上天皇陛下が生前退位となった場合の名称、呼称について上皇や法皇は天皇よりチカラある、位が上のイメージがあるのでいかがなもんぢゃろの?という記事が散見されてたけれど、上皇ぢゃダメなのかしらね?歴史を振り返って上皇で怪しいチカラを持っていたのって悪の後白河くらいなんぢゃねーの?と思うのですが。それとも、きょうびの日本らしく万民にわかりやすいように、ナントカのひとつ覚えで「名誉」をくっつけて「名誉天皇」・・・? これは私個人はカンベンです。


皇后陛下は「皇太后」だから、なんの問題も発生しないのよね・・・。
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by ma_cocotte | 2016-08-09 18:15 | 『?』な日本國 | Comments(0)
独善思考による省略
「イスラム国」は「ISIL」に…自民申し合わせ

産経新聞 1月26日(月)18時35分配信

 自民党は26日の役員会で、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」の呼称について、原則として「ISIL(アイシル)(イラク・レバントのイスラム国)」か「いわゆるイスラム国」という表現を使うことを申し合わせた。

 党内から「日本がイスラム国を独立国家として承認しているかのような印象を与えかねない」などという懸念が挙がっていたためだ。「 ISIL 」は「the Islamic State in Iraq and the Levant」の略称。




先日26日に以上の提案があったためか、ココ数日、電脳世界日本語領域において「イスラム国」がほぼ消え失せ、「IS」という略称が飛び交うようになりました。
ですが、おそらくガイジンさんから眺めると
「IS」という略称は何の名称の略ですか?
となり、私が先ず
「The Islamic State の略です」
と返答したところで、もし更にガイジンさんから「それを和訳すると?」と質問が出たら、
イスラム国(家)】です
と返答することになると私は思うのですが・・・。

このやりとりに間違いはあるまい。
まっこと、日本國は地球上における真のドメスティック国家だ・・・。
思考回路が欧米各国と根本的に異なるので、件についてこういう現状が今に至っているのだろう、と想像できなくもありません。兎にも角にも、日本政府は交渉経過について世間に公開しすぎ、瞬時にダダ漏れしているだろうに。

仏蘭西では現在も L' État islamique レタ・イスラミック、和訳すると【イスラム国(家)】を使っています。

支援者以外、世界中の誰も独立国家として「イスラム国」を承認しているなんて普通、想像もしませんよ。
日本国内でISだとかISIL(音に乗せるとアイシル)と呼ぶようにしても、「イスラム国」の組織とまったく同じですよね。変なの。


le 29 janvier 2015, Gildas

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by ma_cocotte | 2015-01-29 17:00 | 『?』な日本國 | Comments(2)
米国そのものが世界そのものなのかしら?
ココんちは日本國から遅れることの7時間に位置しておりますが、しばらく前から毎朝こんぴーたに火を入れて日本(語)世界ヲッチを始めると先ず目に入る文字が「アナと雪の女王」。この文字配列に伴う内容は観客動員数やら主題歌の大ヒットや声優にまつわる話題などなど。

正直、世事に疎い私ですので、「アナと雪の女王」の話題を見るようになってしばらくしてから、仏蘭西共和国内での動きはどうなのか興味を持ち始めました。その間もずっと日本国内では黄金週間と重なったこともあって映画鑑賞に誘いこむ話題が次から次に電脳内に飛ぶので、読み手としては「お腹いっぱい」の感覚に襲われました。(私だけかもしれませんし、私の他にも同じ感覚「お腹いっぱい」「呼吸ができなくなりそう」な方がいらっしゃるかもしれませんが、それは横に置いて)

なんでも「アナと雪の女王」は世界的大ヒットだと日本語でいくつも届いてきます。「公開からわずか1カ月半で、観客動員数1000万人を突破」なんて情報も見ました。印象ではなく具体的な数値を目にしたので、仏蘭西共和国内の興行成績を調べてみたら、共和国内のロードショー開始日は2013年12月4日で、「5 140 149 entrées au 21 avril 2014」、つまり、2014年4月21日現在の入場者数は5140149人とのこと。ロードショー初日から4か月と17日目に514万人と149人が映画館で「アナと雪の女王」を鑑賞したことになります。日本国内の勢いの半分以下になりますでしょうか・・・いや、期間設定がまったく違うので同じ1ヶ月半に設定したらもっと大きな違いが出るのではないかと思います。

ですが、日本國内では仏蘭西共和国なんて日本より貧乏な国での勢いなんて自国民の「目にも耳にも入れるに値わず」なのかもしれません。上である米国だけを見て歩こう、なのかも。

と、5月11日現在、仏蘭西共和国内で話題になっている歌は「アナと雪の女王」の主題歌 Let it go ではなく、昨晩、ユーロヴィジョン音楽祭でグランプリを取ったオーストリア代表の歌唱でござあます。
初見、ヴぃっくらこきますよ。


歌唱の最後の最後の決めポーズが磔十字架上のヂーザっさんに見えてしまう(もちろん潜在意識のせい)ので、おっかないです。
でも、この方、昨晩の開催直前まで催されていたインターネット上での投票でもぶっちぎりのトップでしたので、昨晩の受賞はこの方以外はあり得なかったと思います。

話ずらしましたけれど、なんちゅうか、映画や音楽でも日本国内で「世界大ヒット」と宣伝されてもどう信じたらよいのでしょうね。日本にとって世界は米国のみということなのかもしれませんが・・・ウソ、見栄っ張りの自覚もなく宣伝しているのかしら・・・(どつぼにはまってどっぴんシャン♪) 欧州各国のように昨年末のクリスマスに上映でなく、日本では米国アカデミー賞発表後に上映を選んだことも「商売上手」ということなのでしょう。

うぅうううん、兎にも角にも連日の「アナと雪の女王」礼賛報道の嵐に追いつけない自分です。


le 11 mai 2014, Cyrille

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by ma_cocotte | 2014-05-11 18:26 | 『?』な日本國 | Comments(4)
いろいろと難しい。
先日2月14日に降り始めた雪が降り積もり、15日午前中に予定していた亡き母の法要が中止、延期になってしまいました。
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久しぶりに実家の窓から雪をながめましたが、子供の頃によく見た大きな雪ではなく、本当に細かい粉雪だったので、積もる予感を持ったけれど、まさか「記録的大雪」になるとは思いもしませんでした。そう、子供の頃に見た大きな雪、ぼたん雪と呼んでいた記憶がありますが、あのタイプの雪だと東京都内より私の実家あたりの方が降雪後にしばらく深刻な状態になったものですが、今回は東京都内や都下、太平洋岸の町村が降雪や孤立化で大変なことになりました。あれから12日、きょうの朝になってようやく孤立化解除の方向とニュウスで流れ、少しだけ安心できました。

私はよく、詳しく知りませんが、日本國の仏教の宗派によっては習慣で法要は他界した日より前に行わなければならないそうで、私の母は2008年2月24日に他界したので15日の法要が中止になったことは「深刻」な問題とのこと。
ですが、お寺に相談したら、空いている日時が3月までないとおっしゃるので、どんなバチがあるのか存じませんが、母のための法要は他界した日より後日になってしまいました。(いちおうお寺さんからは他界した日より後でも仕方ない、大丈夫です、という言葉はもらったそうです)

んなわけで、母の命日、2月24日の午後、ひとりでぶらっとお墓参りに行きました。
お寺の境内や墓地に未だ残雪がありました。
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翌日25日はぐんぐんと気温が上がり、お昼過ぎにはコオトをはおらず、ブーツをはかなくても気持良く、気分良く、外出できました。
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この分だと、母の法要の日には雪も溶け、そこはかとなく春を感じられることと思います。

春よ、来い。

le 26 février 2014, Alexandre

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by ma_cocotte | 2014-02-26 12:38 | 『?』な日本國 | Comments(2)
穏やからしからぬ空気の逆流
昨日の朝、キリスト教の出版、新聞、雑誌関連の代表者有志による『「特定秘密保護法案」に反対する共同声明』文について知りました。
『「特定秘密保護法案」に反対する共同声明』
https://docs.google.com/file/d/0B_uVqAznKssYSkNLT0NHVy1McU0/edit?usp=sharing&pli=1
文末の連名を拝見したら、新教諸派と聖公会による共同声明で、旧教系出版社の名前は連ねられていませんでした。旧教さん、いつ声明文を出すのでしょうね。

この『「特定秘密保護法案」に反対する共同声明』文を目に通しながら、数か月前の日本國の元首相・外相経験者によるナチスの名を出しての改憲意見騒動がまた我がツルツル脳内フロッピー上位に持ち上げられ、同時にぼんやりとではありますが、第二次世界大戦中の日本国内においてのキリスト教側の運動と迫害を思い出しました。私自身は戦後の生まれではありますが、偶然、イタリアに本部を置く宣教修道会が運営する耶蘇女学校で育ったし、新教女学校で学んだ過去があるので、戦時中のキリスト教信者への迫害を知らなくはありません。

第二次世界大戦が日本國で終戦を迎えたのは1945年8月15日ですが、今は2013年10月。68年の年月が流れているのに、なぜ2013年の10か月と数日の間に第二次世界大戦時代の出来事を思い返すような事柄が続いているのだろう?と不思議でなりません。こうも68年以上前の情勢がフラッシュバックするような出来事が繰り返されるということは、日本國は後退、劣化している、いえ、後退・劣化させられている最中ということなのでしょうか?

そんなことを一日考えていた日から一夜明け、こんな記事を見つけました。
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昨日一日の自分が思い巡らしたことが油とするならば、この記事によって着火されたような気持になりました。単純、
また ナ チ ス かよ?
とまず思いました。次に、なぜに元首相・外相経験者のお口から滑ったナチスねたで世間が炎上したのに、ストレエトな表現ではないとは言え、かつてのナチスによるプロヴァガンダ常套句の「意志の力」を元首相経験者で現在首相の座に再び着座したオトナがお口から出すのか、自分の目はすっとんきょうな、豆鉄砲を食らった鳩のような目になってしまいました。

どういう場のお勉強会や研修会でかつてのナチスの政策や広報手段についての講義が繰り返されているのか私が知れる術はありませんけれども、どこぞのお席で大らかに飛び交う単語であっても、必ずしも世間のどこでも出せる単語や文章であるとは限りません。現在の日本國首相は一般企業での就労経験が過去にありますが、例えば「社外秘」「部外秘」と赤い朱肉で押された回覧板を手にしたり、目にしたことがないのでしょうか?内閣のエラい方々から次から次にNGな語句を出して、時代を逆行するさまざまな提案に同意してくださいよ、というお願いが続くのは、正直、不気味だし、気持悪いです。

日本國において「意志」という言葉はいかほどか存じませんが、欧州のキリスト教生活文化において、われわれひとりひとりの「(自由)意志」というのは天主さまが他のなによりも重んじ、尊重してくださっているものです。ナチスはそういう民ひとりひとりの心理を根底に踏まえて悪用し、ああいう力を起こしました。本当に本物の意志は善によるものであって、決して悪から造られるものではありません。
日本國はどんどん世界の中で後退していくのかなあ。
「特定の秘密を保護する」ですか。だったら、秘密のお勉強会で飛び交う世間のNG単語を世間で披露しないことをまず自ら示すのがよろしいでしょうにね。日本国内は兎も角、国際においては単語だけで「裁かれます」からして。


le 24 octobre 2013, Florentin

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by ma_cocotte | 2013-10-24 16:17 | 『?』な日本國 | Comments(0)
いつのまにかハナシがズレてる。
何のハナシかって?
麻生太郎副総理が7月29日、東京都内でのシンポジウムでナチス政権を引き合いにした発言 についてのハナシです。↑ をクリックすると、朝日新聞に掲載された麻生発言のディクテを読めます。記事ではなくディクテです。

きょうは8月7日なので9日が過ぎたことになりますか。
事件直後からの世間の騒動は、以下をご覧いただくとざっとわかりやすくなっていると思います。
Yahoo!みんなの政治 麻生氏「ナチス発言」の真意は
http://seiji.yahoo.co.jp/close_up/1347/
「発言を読み解く」の中で、田原総一郎氏の意見が私個人はうなずくばかりで、これ以上もこれ以下もありません。極東の島国とは言え、日本國という国の首相、外務大臣を既に務めた麻生氏が公衆でナチス関係の単語をお口から出されたことが「単純に」国際においてよろしくないのです。麻生氏であろうとなかろうと、その発言者個人がナチスを肯定しようが否定しようが、そんな個人の嗜好、思考なんぞ「あっしには関係ないこと」であって、繰り返しますが、単純に公衆でナチス関連鍵語を出されたことがマズいのです。だから、欧米のマスコミにおいては首相、外務大臣経験者であり、現在は副総理という重職にある政治家がナチス関連用語を用いてインタビュウに答えたにも関わらず辞任にもならない日本という国を世間に冷静に知らせているだけなのです。

ところが、です。
日本國という国の中ではこの九日間にこの話題について話がどんどん膨らみ、麻生発言の真意を読めない読み手がおかしい、反語もわからない読み手がおかしい、麻生氏発言はなんら悪くないのだ、という意見が電脳内に飛び交うようになりました。いつのまにかハナシがナチスの単語を公衆でお口から出した麻生氏についての批判ではなく、麻生氏の発言というか日本語を読めないひとについての批判です。7月29日のシンポジウムの会場で麻生氏の発言を拝聴した周囲のひとびとは全員反語だとわかったので笑いが起こった、と断言する ブログ まであり、私は驚きました。その笑い声は失笑、冷笑も含まれていたのではありませんか?なぜ「好意的な笑い」だったとブログ主は断定できるのだろう?
上に出した  Yahoo!みんなの政治 麻生氏「ナチス発言」の真意は をスクロールすると「みんなの意見」のコーナーがあり、フェイスブックやツイッターに投稿された意見を読むことができます。麻生発言を歪曲して記事にした記者が悪い、麻生発言の日本語を読み取れない個人が悪いというコメントの繰り返しですが、そんな記者や読み手のことなんて、国際においてどーでもいいことですよ。話題を逸らすな。

だって、公衆でナチス関連の用語を用いた人物、すなわち、麻生太郎氏が問題なんだから。┐(-д-`;)┌

霞ヶ関におかれましては首相や外務大臣に就任するにあたり、海外のタブーを何も教えないのかしら?麻生太郎氏は欧州では珍しくホロコオスト教育を行なわない大英帝國に留学されていたことで今の今までナチス無知だったのか、それともご自分の中で確信あっての発言だったのか。

昨日8月6日付の、こんな記事を読みました。
Business Media 誠
麻生氏「ナチス発言」騒動の本質は、「ナチスの手口」を学ばないと分からない
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1308/06/news022.html
文中に「発言の一部を切り抜いてツギハギし、「問題発言」として火をつけ海外メディアに叩かせる。その反応を“逆輸入”してさらに騒ぐ。」とあり、読み続けると海外メディアの記事が「自国の利益のため“もめ事”をつくりだデマ宣伝」だから、
デマ宣伝の犠牲にならぬよう、
日本人もナチスの「手口」を真剣に学んだほうがいい。
と締めくくられています。となると、海外情報を逆輸入して更に騒ぐのは日本人ですからして、三次元においても電脳においても日本と日本語圏内を完全に鎖国すればナチス関係の単語を公衆で出したところで何のお咎めなしとなります。そこまでして、ナチスの話題を公衆で出すことを肯定したいですかねぇ。今回の一件、海外メディアは触れますよ、はい。

いくら極東の島国の中の一ポイントでの有名政治家の発言であっても、海の向こう、国際におけるタブーに触れることを甘やかし、「ナチス否定者の発言だから大丈夫、大丈夫。問題ない」と麻生副総理を庇うために、問題視した記者や読み手の日本語の能力を「理解不足」と断定して、「理解できる日本人」「理解できない日本人」と二分することでナニが解決するのでしょうか。(今となっては何が規準かさえわからないけれど)麻生発言を好意的に読めない人を追い出して、同じ意見の者だけ集うまで、麻生発言を好意的に読めない記者、読み手を叩き続けるのかなあ。世界を敵にまわしているよね。世界の常識の外だもの。

ところで、タブー (taboo) とは、【もともとは未開社会や古代の社会で観察された、何をしてはならない、何をすべきであるという決まり事】なので、日本は21世紀の今も未だ未開社会なのかもしれません。日本國が一日も早く国際社会の中の一国となれますように。

いずれにせよ、【日本と欧米の間にはナチスについてかなりの温度差がある】ことはいっそう鮮明になりました。


le 7 août 2013, Gaétan

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by ma_cocotte | 2013-08-08 01:17 | 『?』な日本國 | Comments(10)
断るが、盛者は必ず衰えるのだ。これ、理也。
チーン!

和算

この「チーン!」で百貨店のレジを連想できたら、昭和のヒトなんだろうなあ。
おごれる人も久しからず
・・・チーン!

この「チーン!」でお仏壇の前を連想できたら、日本で生まれ育ったヒトなんだろうなあ。

今年9月半ばに伏せ目がちの表情硬いヒョロヒョロが第93代日本國内閣総理大臣の座に着かれて以降、この三か月、日本民主党について距離を置いて涼やかに眺めていた自分ですが、なんだか師走の、天皇誕生日を目前にもう本当に
もー、だーめだこりゃ ┐(-д-`;)┌
みたいですね。昭和の時代(東に向かって最敬礼)だったら「あやつら、年越せんのか?」と来年のことは鬼が笑うからあえて口には出さずこんな台詞をつぶやいたものです。火鉢にはお餅と和歌山みかん。キセル?葉巻?ハイライト?ようこそ、ようこそ。щ(゚Д゚)щ カッモ~ン

日本民主党が政権を勝ち取ったことで頂点に上り詰めたエラい方々が腰を屈め、時にはひれ伏すようにアルカイーダ(=アラビア語で「三角形の底辺」の意)の平民に力を尽くし、ご自分のン十万円のスーツの形を崩してしまうポケットの中身を分け与えてくださるのかと思いきや、三角形の底辺を踏み台にそっくり返って天に向かって高笑いという滑稽は私がこうして日本國を外から眺めているから気付けるのでしょうか?この政治団体が見做している三角形の底辺って日本國の西に位置する三か国でしょ?どういうチャートをこの政権を掌握した政治団体は描いているかどなたかご存知だったらツルツル蛍光灯脳のあっしに教えてつかーさい。

基本、日本國はこの中に生きているわけで、
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http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/1-2.html

Σ( ̄△ ̄; あれ、ちょいっと待ちゃれ。
いつから日本の三権分立を三角形ではなく、まん で表わすようになったンでしか?三角形を円で表わすなんぞきょうびこんぴーた時代に屁の数秒でしょうけれど、こんなことやっちゃったら真の三権分立、理想の三権分立の形を曖昧にできますな。
神奈川県は横浜市の公式HPに三権分立について以下のようにあったぢゃん(← まちがった用法です。ワザと、です)

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国の政治は、国会(立法(りっぽう))・内閣(行政(ぎょうせい))・裁判所(司法(しほう))がそれぞれの役割をもち、分担して進められています。このしくみを三権分立(さんけんぶんりつ)といい、民主主義の政治の基本的な考え方になっています。

 どうして3つに分けているか、わかりますか?

国の権力(けんりょく)が1か所に集中してしまうと、その力が強くなりすぎてしまいます。だから、立法・行政・司法のそれぞれ独立している機関(きかん)が担当して、お互いにおさえあいつりあいをはかって国民の権利・自由を脅(おびや)かすことがないようにしているんです。

http://www.city.yokohama.jp/me/senkan/kids/01_seiji2.html

日本國の未来を担う子供のための文章に  音便を用いるな、にゃろめ。 ヽ(`Д´)ノ

ったく、日本語の文章以前に子供に対して「わかりますか?」という問いかけを用いるとわ。成長過程にある子供に能力を問うな!こんにゃろめが。もし私が青少年だったら、お口を開いたままお口の恋人ロッテのチュウヰンガムを噛んで視界を邪魔するリーゼントを触りつつ「わっかんねーよ」と演じてみちゃおうかなー(←棒読みでどうかひとつ)。
子供向け、いや、平成風に表わすなら、この横浜市の キッズ 向けの文章内容からすると日本國の三権が互いに抑えあっている だそうだ。これ、ちょっとヴぃっくり。互いに抑えあったら三角形の形が無くなるではありませんか?三権分立の理想は限りなく正三角形でしょ?三角形の形が崩れるのは一片の長さの長短によるから、ある点の思惑で長くなろうとする一片について抑えられるにしても、点のやる気のなさやら怠惰で短くなった辺をどう伸ばすことができるのでしょうかねぇ?

まあ、こんな三権分立を学ばされている21世紀の日本國国民ですから、イノセントな未成年の男子女子、時に決してイノセントぢゃない 成人日本國民もきょうび2009年12月の日本國内で見聞することについて、ああ、左底辺に位置する内閣が他の二点を抑えているというか、飲み込んでしまおうとしているのだな、と素直に想像するでしょう。ε= (´∞` ) bof

しかも上の日本キッズ向けの説明についてアゲアシを更に取るなら、三権分立は民主主義の政治の基本的な考え方 に過ぎません。考え に「方」がつくと「how to +動詞」ということです。へー×∞...How to は個人の手段手法のうちなのか、それとも全体に強いることができるのか?
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日本國にはかつて士農工商などヒトが決めた身分があらゆる形であり、近代日本においては国民は平らに等しくいずれの身分からも参政できることになったのに、国民に選ばれた代表者が勲章バッジと事務所をゲットした途端、三角形から飛び出て、三辺の外壁にぶちあたって強風と化した異国からの風に身を投げ、一緒に三角形の中の和を乱そうと挑発するなんて何考えてだか。
そもそも今月に入って天皇陛下のご高齢について2004年2月以降に厳格化されたとする 一か月ルール なる話題に取り沙汰されているけれど、天皇皇后両陛下のご高齢を慮るなら、陽も沈んだ寒空の下、水流るる橋の上にて、歌舞音曲の披露宴にご起立のままご臨席賜るべからズ。この三か月の日本國内の敬の欠如、今月師走に始まったことぢゃありません。三角形の外角も内角も数値において狂いが既に始まっているではありませんか。まっこと不敬どころか無敬な一件も実は南部上皇と音羽親王が畏れ多くも畏くも 天皇家に要求したことな でしょうか?

もし日本國を旧約聖書のノアの箱舟の話に例えるなら、自らを選んでくださった日本國民を見下して傲慢を見せ付ける上皇に従う臣民は自ら「そんな船には乗らない」と意思意志を露にしたのだから、この世から一掃される天命にあるでしょうね。だって
それが世の常だも
昭和の時代ならば大晦日は家族と共に過ごすのに、平成の時代ではカウントダウンなるイヴェントに家族をほっぽらかしてでも行くらしいですが、年の瀬にオゴちゃって盛っちゃってる民主党という名の船が内海で迷走し沈没するのもカウントダウンですね、こりゃ。世界という名の三角形の底辺で踏み潰されている私にでさえ、日本民主党って大海の向こうを独善でしか見れない超田舎モノのドメスティック団体に見えるだけれど。
祇園精舎の鐘の声
諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色
盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢のごとし
たけき者もついには滅びぬ
偏に風の前の塵に同じ
我亡き母の実家の離れで、美酒をいただきながら祖父がつまびく琵琶を聴きつつ、月を仰ぎ世を儚みたいものでござんす。その櫻の木で造った周り廊下に月見窓も、琵琶に俳句を愛でた祖父もこの世には既に跡形もございません。よよよ。

le 15 décembre 2009, Ninon







こうして見比べますと、畏れ多くも畏くも天皇陛下皇后陛下の御身の周りは大きくお変わりあそばしても、両陛下のお心のきずながなんらお変わりないことを畏れながらご拝察申し上げます。天皇陛下、皇后陛下、万歳!

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by ma_cocotte | 2009-12-15 18:48 | 『?』な日本國 | Comments(6)
U ・x・)  
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le 13 octobre 2009, Géraud



...えと、お仏蘭西の朝は コレ で始まる。
そう、EuroTV の No Comments ← クリック♪ とーーっても崇高でステキよーーーん。

...真似してみたね、イロイロ (-。-) ボソッ
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by ma_cocotte | 2009-10-13 16:59 | 『?』な日本國 | Comments(0)
員 数 外 の 夏 。
数日前に「官僚たちの夏」というドラマを見終えました。
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見終えたところで、このムカムカは何だろう?と思考を巡らす数日が続いていたりします。ドラマタイトルに「夏」という文字が入り、お彼岸に最終回を迎えたということで、この視聴後感想をなぞらえると初秋を迎えたさわやかさというよりは、晩夏の酷暑で最後の汗を知るような感覚が心に残っているとでも申しましょうか。
あのドラマの意図はいったい何なのぢゃ?
ドラマの設定は東京、戦後10年目にあたる1955年(昭和30年)から始まり、最終回は小笠原諸島返還あたりだったから1968年(昭和43年)前後だろうと思います。NHKなら兎も角、民放にしてはかなり硬派かつ男子向けドラマだとアンチ・ヂェンダフリなアチシ(←水の江滝子さん風に発声してくらしゃい)には思えたけれど、婦女子の立場で各官僚さんのご家庭のシーンでの様子を楽しみつつ、「~ながら視聴」をしてはおりました。いちおう自分はぁ(←と、昭和40年頃の一高生っぽく)、冷蔵庫もテレビも炊飯器も洗濯機も平民に行き渡ってからの誕生でありますので、そのような家電製品が存在しなかった当時の生活を、当時の市民史と照らし合わせながら知れるだけでも感動でありました。
が、
だ。このドラマですが、途中に衆議院議員総選挙が入り、前後編となり、選挙前までの放映分が第一部、選挙後が第二部と名付けられました。しかも、第二部になり、時代は東京オリンピック後の日本國になりましたが、なーんか目の前で展開されている様子がおかしいというか・・・。変だなあ、違和感あるなあ、と思いつつも毎回見続けていたら、際集会でドつぼに嵌められたというか。
なんだ、あの終わり方は?
第一部終了までは元・公方さまの髪型以外はユルせる範囲の時代考証であり、ストーリーでもありました。実際、ワタクシ事ではあるけれど、親戚に繊維業も鉄鋼業も政治、行政に関わる者もいたので、私が彼らから聞いていた話と多々重なる部分がありました。けれども、第二部はおかしいぞ、明らかに何かがおかしいぞ。・・・そのモヤモヤがこうして週末にまで残ってしまったのでした。

何がおかしいって、第二部以降、通産官僚の過労死があり、政府と官僚の癒着によって第一部前半で振り回された中小繊維業経営者が第二部最終回でもう一度、政府と官僚に振り回されたことで、最後にその振り回された繊維業者のざこばさんが「政府や官僚に振り回されるのはもう御免だから、タイに移住し、一からやり直して自分の名を残す」と言い残すのです。・・・・・えと、ここから先、実際のドラマの方はどう締め括られていたか、
「私の記憶にございません、荒船委員長」
です。↑ わかるかな?わっかんねーだろうな。( ̄ー ̄) ニヤリ
兎にも角にも、ざこば師匠のこの台詞で、私は身も心も ぽかーん 状態に陥りまして、これってフィクション?何か恣意的なものを感じてしまってならないのです。政府と中央省庁への不信感を視聴者に与えたところで The End、海外移住まで宣言させての民衆の底力をアピールしての The End 。なんかおかしくない?(← きょうびの女子高生風に)
このドラマのエンドロールを眺めていれば、某商社のアドヴァイスがあることがわかりますが、政府も官僚も信じられないから民間企業の海外交易のみを信じれば「こんな目に遭わずに済む」とでも三角形の底辺に集う者者に訴えたいのか、それとも、民主党が自民党に代わって政権を取ることを既にテレビ局と製作者側が想定していたから、第二部で政府と省庁の癒着によって振り回されるのは庶民だと視聴者に知らしめ、この10月からの政治改革を肯定的に眺め、応援しよう、と締め括ったのでしょうか。

ああ、単なる私の深読みかもしれませんけれど。

ま、たかがドラマですからね。
われわれがぁ、肌身で知る昭和四十年代とは違う、ということだっ、以上っ。
↑ 本郷三丁目界隈の喫茶店で漏れ聞く東大生の発言っぽく。
が、されどドラマです。
いくら1968年、今から41年前でドラマの幕が閉じたにせよ、小笠原返還のためにエイメリカに巨額投資したことで、沖縄返還にどれほどの金額が国庫からエイメリカに流れ、それを推進したのが須藤(実際は佐藤栄作氏でしょ)総理で、結果、ドラマには描かれてはいないけれど1974年にノーベル平和賞をいただいていることになります。穿った見方をすれば、このドラマによってこの平和賞をゲットできたのもこういうテーブルの下があったからだ、とツルツル脳の私なんぞはかなり強い力で手を引っ張られて、その思考が正しいという世界に誘われているようにも思えました。

ああ、単に私の思い込みでしょうけれど。

・・・・てか、このドラマですが・・・、昭和四十年代の東京駅から新橋駅あたりを知る方ならば、「本郷もかねやすまでが江戸のうち」だから東京大学は江戸ぢゃないとご存知の方ならば、多くの方が私のような違和感をあのドラマを見終えたところで持たれるのではないでしょうか。私はまだ原作を拝読していませんが、原作もこんなオチなんですかあ?そりゃ、こめかみを人差し指でポリポリだなあ。
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霞ヶ関に最も近いテレビ局がこのドラマに関わっているというのが片腹痛いところでありますな。
と、ドラマの中の片山氏風に ↑

le 26 septembre 2009, Côme et Damien

そーいや、埋立地に引越したテレビ局のドラマで、救命救急が舞台になっていたけれど厚労省のせいだってエイメリカ帰りの医局長が学会ではっきりと言ってたっけ。これも印象操作を感じましたねー、まる
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by ma_cocotte | 2009-09-26 17:26 | 『?』な日本國 | Comments(4)