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新装開店してから、十年とひと月
拙ブログのことです。
こんにちで「Tant pis! Tant mieux! そりゃよござんした。」のブログを始めて十年とひと月となりました。

なぜ新装開店かと申しますと、2004年の9月のいつだったか、私が生まれてはじめてのブログを同じエキサイトブログ社でオープンしましたが、10月だったかコオトジヴォワアル内戦についての私見を掲載したことがきっかけとなり炎上したのであっさり完全消去。仕切りなおして新装開店したブログがこんにちココにあるこのブログなのざんす。

最初のブログの名前「仏蘭西の空を仰いでみる。」だったっけ・・・確か、たぶん。
ついこの間、このブログを始めたような感覚なのに、こうして当時のいろいろさまざまなことを思い出せない現実からして、十年一昔とは言え、それなりに長い年月なのだなあ、私も年取るわけです。

そもそも十年とひと月の記念日にこの話題に触れたのも、十年丁度だった先月22日に思い出すことをすっかり忘れていたからです。

まあ、そんなもんでいいと思ってます。
その程度の思い入れだから十年とひと月も、こんな私が続けられたのです、はい。

何事も去るもの追わず、ですな。
ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。← これは今もそらんぢられるという私の脳みそつるつる構造の怪
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と、土曜日の日没から待降節第四週となり、アドヴェントキャンドルの全ての蝋燭に火がともりました。四本目の蝋燭は「平和」です。希望、愛、喜び、平和を日々こころに置いて、24日の夜に気分よくグロリアを唄いたいです。

le 22 décembre 2014, Françoise-Xavière Cabrini

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by ma_cocotte | 2014-12-22 00:15 | 『?』なたわ言 | Comments(4)
逆縁の不幸
先ほど、きょうの「花子とアン」第117話の視聴を終えました。
泣きました。
同時に花子の息子の死を報せる電報を受け取った蓮子さんに義母さまが日本婦女子の鑑のように凛と、うろたえる蓮子さんの背中を押した姿が印象的でした。私は子供を産んでもいませんし、育ててもいないので、どうも齢ばかり重ねるだけで心構えが子供のままであると改めて実感もしました。

以下、どうでもいいことですが、

私の亡き母は生まれて初めて出産した子(男児)を生後三日で失いました。母の健康と、これから生まれてくる赤ん坊のためにもと私の両親が首都圏の過疎地に引っ越してすぐ、身重の母がお風呂場で転んだことで産気づいてしまい、日満たずに出産となってしまいました。自宅でお産婆さんによる出産となり、初子は無事に産まれたものの、3日目に急変し、眠るように息を引き取ったのだそうです。私の両親にとっては初めての子供だったので、月足らずの赤ん坊ではありましたが、戒名もいただき(両親の名前からそれぞれ一文字ずつもらっての戒名です)、荼毘にふし、父方のお墓に納骨されました。今は、亡き母と息子は並んで納骨されています。

私が生まれる前の話なので、両親からこのことについて知らされるしかありませんでしたが、今振り返ると両親共にこのことについて私に語ることはありませんでした。父は未だに何一つ語らないと言えます。生前の母は何度か年ごとに父にそっくりになる私を見て寂しくなったのか、死んだ子供が自分にそっくりな赤ん坊だったと私に話したことがありました。母は面長の顔立ちでしたから、おそらく月日満たずに誕生した兄も肉付きなど赤ん坊らしくなかったので、面長の母に似た印象だったのかもしれません。

母が亡くなって、葬儀を済ませても私の父は朝昼晩だけでなく思い立っては仏壇やら家に安置されていた骨壷に手を合わせるばかりで、母の遺品には何一つ、まったく手を触れませんでした。一方の私は母に手を合わせる暇もなく、一か月近く朝から晩まで母の遺品の整理をし、遺品を手にしてはあれこれ思い出すことを懐かしみながら、空を見て射祷していました。その時だったか、それから半年後になって母の納骨で実家に戻った時だったか、父に私が「母が先に行ってしまったけれど、もし私が先に行ってしまったらママは発狂してしまったかもしれませんね」と話したことがありました。父は節目がちに頷いただけでしたね。最初の子だけでなく、私まで母より先に他界してしまったら、きょうの「花子とアン」の中で蓮子さんの義母さまが子供を失った母親の気持を蓮子さんにびしっと伝えられたけれど、我が身の心臓をもがれるよりつらい思いは母親にとっていかばかりかと想像します。きょうの「花子とアン」の後半で息子の遺体に添い寝する母 花子。蓮子さんの来訪で堰を切るばかりに号泣する花子。私が生まれる前のこととは言え、もしかしたら私の母もこうなってしまっていたのではないだろうかと今になって思いやる自分・・・遅すぎですね。

きょうの「花子とアン」ホームページ の日めくりノートを覗くと、花子の夫 英治さんのこの日の演技についての考えを読むことができます。読みながら、時代背景違えど、上に書き連ねたようなことが心巡った次第です。
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きょうは8月13日で、まもなく14日の日付にかわって数分後には、12年も共に暮らした愛猫の他界一か月を迎えることになります。猫ですからね、ヒトぢゃありません。寿命もヒトより短いとわかっていますけれど、この一か月、寂しい気持でいっぱいです。写真はこんもりと満開になった庭のルドベキアです。おとといあたりから秋の気配も感じられます。時は先に先にと流れているのだと咲く花や吹く風に教えられています。

le 13 août 2014, Hippolyte

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by ma_cocotte | 2014-08-13 18:04 | 『?』なたわ言 | Comments(4)
静かな週末、無気力な週明け
くよくよはよろしくないとくたびれた扉に壁紙を貼った夜、くよくよの原因であったほぼ黒猫の容態が急変し、日付が7月14日となって10分後に究極の内弁慶だった彼女はなんとひとりぽっちで初めての大きな旅に出てしまいました。

そんなわけで、仏蘭西時間で夜22時からの世界蹴球大会決勝ナマ中継も、翌朝7月14日の革命記念日パリはおシャンゼリゼでの軍事パレエドのナマ中継も、14日夜遅く旧市街の広場で開催される美しい花火大会もココんちでは完全なる無関心のまま、2014年7月15日の朝を迎えました。
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昨日の午後、私の隣から、遠く横たわる永遠唯一の恋猫をずっと見守る長男猫です。
こうして彼、何を思い巡らしていたのやら。


le 15 juillet 2014, Bonaventure



恥ずかしながら、拙猫ブログ 『ココんちの(3+1)+1+1猫と一犬のたわごと』 http://chatsblog.exblog.jp/ で今年2月からのほぼ黒猫との闘病記録を残しましたこと、ココにお知らせします。
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by ma_cocotte | 2014-07-15 17:54 | 『?』なたわ言 | Comments(4)
ゲエリングさんの言うとおり。安倍べのべ。

国民を戦争に加担させるのは、実に簡単なことだ。
国民には他国から攻撃されつつあると言い、
平和主義者を愛国心がないと非難し、
国が危機に瀕していると主張するだけである。


                       ヘルマン・ゲーリング ナチスドイツ国家元帥



参議院議員選挙投票日の翌朝一番で上の言葉を知りました。
太閤秀吉を前にした三成のように、
ごもっともでございます。
という言葉が私のツルツル脳内をぐるぐる周り、続いて、そういえばナチス語録には
嘘を百回つき通せば真実になる
があったなあ、とぼんやり思い出しました。
まあ、いつどこで誰彼が言った、彼らが所属したグループはうんたらかんたらというのは横に置いて、こんな ↑ 1940年代のマニュアルを、2013年の極東アジアの、日本國の某政党に教え、勧め、実行させた人物は誰なのだろう?
2013年7月22日朝、私の知りたいところです、はい。
某政党の改憲草案が時代を逆行している点とつながらなくもないというのも気持悪い。私は米国が護憲側になると確信しています。なぜかというと改憲草案が実現すると、現在以上に米国から見て太平洋西岸が不穏になり、米国にとって面倒臭くなるからです、まる

米国がいくら「世界唯一の正義国」と名乗ったところで、ボランティア慈善集団ではあるまい。甘い。(-。-) ボソッ


le 22 juillet 2013, Marie-Madeleine

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by ma_cocotte | 2013-07-22 16:52 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
いっそ、すっぽんぽんになりますか。
なんてね、公衆でヒトがすっぽんぽんでいたら、どこぞにしょっぴかれるのがこの世ですのにね。

新ローマ法王:型破りな言動 好意と注文が交錯

毎日新聞 2013年04月04日 22時38分(最終更新 04月04日 23時56分)

 【ローマ福島良典】フランシスコ新ローマ法王(76)がキリスト教カトリックの伝統を覆す型破りな言動で、古色蒼然(そうぜん)としたバチカン(ローマ法王庁)に新風を吹き込んでいる。一般の信徒やメディアには「親しみやすい法王」として好意的に受け止められているが、保守系とされるキリスト教関係のインターネットサイトでは「カトリックのトップであることを忘れないで」「大衆迎合は時間の無駄」と注文を付ける声も出始めている。▼キリスト教史が専門のローマ第3大学のロベルト・ルスコニ教授(66)は、フランシスコ法王が選出されて以降「法王」を名乗らず、一貫して「ローマ司教」という呼称を使っている点に注目する。「カトリック界では近年、法王の力が強くなってきた。他の司教と対等な『ローマ司教』の呼称に固執することで、フランシスコ法王は教会改革の姿勢を示そうとしているのではないか」と推測する。▼「法王らしからぬ法王」ぶりを行動でも示している。前任のベネディクト16世(85)の退位後、サンピエトロ広場に面する法王用の豪華な居室の修繕が終わっても引っ越さず、バチカン内の離れの別棟で暮らし、朝晩には他の枢機卿と言葉を交わしているという。ミサの説話では古典言語のラテン語ではなく、一般信徒に理解しやすいイタリア語を使う。▼報道陣との会見(3月16日)では「非カトリック教徒や無神論者に配慮」してカトリック流の祝福をやめ、無言で祈りをささげた。イエス・キリストの最後の晩さんにちなむ宗教儀式の洗足式(3月28日)をバチカンの大聖堂ではなく、ローマ市内の少年院で行い、法王として初めて女性の足を自ら洗い、口づけした。4月3日の一般謁見では「女性の役割」を強調した。▼こうした革新的な振る舞いに対して、「ラテン語によるミサ」というキリスト教サイトは3月27日、「法王用の居室をバチカン博物館に収容しないよう願うばかりだ」と皮肉った。また、フランシスコ法王が3月23日にローマ郊外の離宮にベネディクト16世を訪ねた際、礼拝堂で並んで祈りをささげる写真が公開されたことも物議を醸し、イタリア紙に「誰が法王なのか」との投稿が掲載された。

cf.http://mainichi.jp/select/news/20130405k0000m030083000c.html




地球上の西方教会婦女子よ、
その指から指輪をはずし、その耳からイヤリングをはずせ。
今すぐ、押入れからそれは地味な衣服を出し、身に付けよ。
靴は石畳の上を歩きやすいものを選び、磨きに磨け。
化粧は厳禁とす。
もしこれらを公衆で実行したら、私共は世間で質素、簡素である耶蘇教世俗女性として賛美されるであろう。
されねーよw
だって、私たちは無冠、無名、この世という名の草原に生きる羊の一頭に過ぎませんから。羊がまとうウールは羊の身から出たもので、その質が優良ならばこの世で生かされる。だとするなら、私たちの心の在り方によって私たちの心身をもって表される言動が優良であることが何より大切でしょうにね。
羊の皮をかぶった山羊に騙されるのも私たち人間なんですよ。
日本國限定とは申しませんが、お仏蘭西のマスコ゛ミにしろ、「新しいローマ法王」の存在を借りて、市井の私たちをどう洗脳し、煽りたいのでしょうか。2013年3月13日夜の「新しいローマ法王」のお披露目から半月以上経ったけれど、この手のほとほと気分悪くなる記事がいつまで続くのだろう。史上2000年において前例のない「新しいローマ法王」が誕生し、なぜかその「新しいローマ法王」の言動すべてが「革新」であって、「前例がない」と一見褒めちぎっているけれど、こういう宣伝やら印象操作が過ぎると大英帝國ピューリタン革命の時代の市井のように「眼に見える簡素質素倹約こそが信仰の表れ」という信仰の形骸化が再び始まりそうで気分悪くなります。

しかも、上の記事に
ミサの説話では古典言語のラテン語ではなく、一般信徒に理解しやすいイタリア語を使う。
とありますが、私が知る限り、第二ヴァチカン公会議以降の教皇さまいずれもイタリア国内、ヴァチカンでのお説教はいつもイタリア語ですよ。ヨハネ23世典礼だろうがパウロ6世典礼だろうが、カトリックの典礼がラテン語で行われると、聖書朗読や説教まで全てラテン語で行われているというのは ウソ ですがな。
記事の締めは案の定、カトリックの内で革新派とそうでない派閥に分裂しているかのような話題。記事の内容からして、ミギもヒダリも関係ない次元なのに、分裂しているかのような話にするンですね。マスコ゛ミの真の目的はカトリック分裂と弱体なんでしょ。sigh

ウソも突き通せば真実になる・・・_| ̄|○
そういうウワサに振り回されるのはシュウキョウなんかを取っ払ってのこの世の羊ということだ、まる
粛清にいざなわれるのは御免蒙る。


le 5 avril 2013, Irène

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by ma_cocotte | 2013-04-05 18:38 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
いずこの、『フランシスコ』
アベムス・パッパム Habemus Papam の全文にはラテン語でFranciscum、フランシスクムとあります。日本のカトリック教会ではフランシスコ、英米語ではフランシス Francis、イタリア語ではフランチエスコ Franciesco、フランス語ではフランソワ François を公で用いることになったようです(欧州時間で3月14日正午以降)。スペイン語やら独逸語ではどう表記するのか、追ってわかることですから焦らずとも良いです。
cf. 新教皇の名称について
新教皇の名称は、教皇庁大使館の通知を受けて、今後は「教皇フランシスコ」と呼ばれます。(2013.3.15)

さて、2013年3月13日の午後7時10分。あのシスティナ礼拝堂の屋根に設えられた煙突から白い煙がもくもくと出ました。その後、アベムス・パッパム Habemus Papam という新しい教皇さまが聖ピエトロ大聖堂の正面の大バルコニーにお出ましになり、私たち世俗にごあいさつしてくださるという儀式がありますが、ベネディクト16世名誉教皇さまが選ばれた時は白煙から45分後にアベムス・パッパム、ところが、今回、フランシスコ教皇様がバルコニーにお出ましになるまで一時間と数分かかりました。この60数分という時の流れはテレビ画面前の世俗を「あってはならない妄想」に招くワケで、白煙から30分過ぎても何ら動きがない、B16とタイ記録になる45分過ぎても何ら動きがないとなると、ココんちのような下品な男女が集う家では「たぶん前もって用意した3サイズのスータンいずれのサイズにも合わない枢機卿さまが選ばれちゃったんだよ」なんて話になり、同時にテレビ画面からは、ココんちでは24時間ニュウス専門チャンネルのi>teleを視聴していたけれど、ミラノ大司教アンヂェロ・スコラ枢機卿さまが選ばれたのだという話をはじめ、はては招かれた仏人政治家に「スコラ枢機卿はカトリック民主主義(党)を支持している方ですから良かったですね。あなたに都合がよろしくて」なーんて話。こちとら、テレビ局がそういう確定をまことしやかに話すことで、脳内にはアンヂェロ・スコラ枢機卿様の「おぬしもワルよの」ピンナップ写真が走馬灯状態になってしまいました。

・・・・なんてお遊びを数分続けたところで、画面向こうのヴァチカンからの生中継画面は大して変わらず、午後8時丁度になり、ココんちでは私が「もしかしてお名前選択で時間がかかっているんぢゃないの?」という言葉を漏らしてしまったのでした。そして、さらに10分。バルコニー周辺の窓から灯りが漏れたところで、テレビ画面から小声で「Francesco? Francesco Salesio?」というつぶやきが確かに聞こえました。前者はアッシジのフランシスコ、後者はフランシスコ・サレジオという北イタリアと国境を接するフランス側に縁ある聖人です。そのささやきの直後、アベムス・パッパムの儀式が始まり、仏人であるトラン枢機卿の宣言で新しい教皇さまの名前が「フランシスコ(仏語でフランソワ)」であり、その名がイタリア共和国の第二守護聖人であるアッシジのフランシスコから取られたものであるという説明がテレビ画面から聞こえてきました。というわけで、アベムス・パッパムの儀式の最中に既にフランス語圏では新しい教皇さまが選ばれた「フランソワ」という名前はアッシジの聖フランシスコからいただいたものだ、と「唯一の由来」に確定されました。

ところが、面白いものできょうび三次元より信頼されている電脳世界における日本語圏では数日にわたり、フランシスコ教皇さまがイエズス会の修道司祭出身であることから、フランシスコと言う名前はイエズス会と日本に深いかかわりのある「フランシスコ・ザビエル」からいただいたものではないかという推測がいくつも流れました。おまけに、フランシスコ教皇さまは日本を贔屓しているという発言まで日本語で飛び出した。

これ、想像過多ではありませんかね。

というのも、フランシスコ教皇様のフランシスコはアッシジのフランシスコからいただいたもので、教皇様ご自身が世界の貧困を思うにはアッシジのフランシスコの生前の生き方に倣うことがよいと思いつかれたこと、さらにはアッシジのフランシスコという人物が貧困問題に向き合っただけでなく、神の被造物全てを愛されたことが教皇名を決める決定打だったのです。加えて、確かにイエズス会のフランシスコ・ザビエルは日本の大地に最初に足を踏み入れたカトリック宣教師ではありますが、イエズス会の精神について調べれば「ヒトが作った国境、ヒトが作った身分をとっぱらって我々は神の大いなる栄光のためにはたらく」のですよ。だから、カトリックの最長上、ロオマ教皇となられたイエズス会の神父様が地球のどこぞの一国を贔屓している・・・というのは身勝手な想像です。「えー、そんなぁ」と反論あるかもしれないけれど、イエズス会には「死体のごとき従順」もろもろイエズス会に受け入れられた者が生きるための基本とする言葉の数々があり、建前で眺めるならば、フランシスコ教皇さまは神さまが造られた地球そのものをわけへだてなく愛し、その地球の上にある不平等や格差をなんとかなくすことを大切に考えられていると生前のアッシジのフランシスコの精神と照らし合わせて、私たちが考えると、いろいろなことが見えてきます。

そんな観点を基本とするならば、原子力発電所の問題など地球と自然をいじめ続けている日本という国について、フランシスコ教皇さまはなんらかの意見を持っていらっしゃり、それは世界における上位の富裕国日本への甘い感情ではないこと、容易に想像つきます。





以下、カトリックの聖域になんら関係のない、俗世の婦女子がぶっちゃけ申し上げれば、ホルヘ・マリオ・ベルグリオというイエズス会の神父様は教皇に選ばれたところで、ペトロから先代までの265名の先の教皇方に「倣う人物」がいないので、「フランシスコ」という前例ないお名前を敢えて選ばれたのかしら?と穿った見方をしてしまいました。もしそんな思いをフランシスコ教皇さまが心に置いていらっしゃるならば、おそらくカトリック教会に大きな改革があるでしょうね。
それは、それは、もんのすごぉおおおく大きな改革。
わっはっは。そりゃ、楽しみだ。


le 17 mars 2013, Patrice



【余計な余談】

新しい教皇さまが「フランシスコ」という名前を選んだと見聞した途端、「ああ、イエズス会員だからフランシスコ・ザビエル」と想像する日本人もアレだけれど、「ああ、フランシスコ・サレジオ!」と口にする仏蘭西びともどうかしています。フランシスコ・サレジオは仏語読みでは「フランソワ・ド・サル François de Sales」と変換し、16世紀から17世紀にかけてこの世にいらした聖人ですが、19世紀になり、北イタリアはピエモンテの一司祭、ドン・ヨハネ・ボスコなる人物が修道会を創立し、その名にフランシスコ・サレジオからいただいた「サレジオ会」を選んだのです。そんなわけで、仏蘭西国内でサレジオ会とドン・ボスコの話をすると「ああ、フランスの偉大な聖人を盗んだひとね」と意地悪い返答がたまに戻ってきたりもします。欧州中華思想国フランスならではのイヤな愛国護国表現だったりします。(どーでもいいけれど)
アベムス・パッパムの儀式の翌日から、仏蘭西という国では教皇さまにアッシジのフランシスコを勧めたのはアベムス・パッパムで宣言のお役だったトラン枢機卿だとか、次期国務長官にはパリ大司教アンドレ・ヴァントロワ枢機卿が選ばれるだとか噂を流していますけれど、16日午後の段階でフランシスコ教皇様がアシジのフランシスコの名前を選ぶきっかけを作ったのはブラジルのサンパウロの大司教さまだと教皇様ご自身が説明されていますのでゴミ箱にポイ!のネタですが、次期国務長官については19日の着座式が済むまではわかりませんね。でも、
ヴァントロワ枢機卿さまではないと思うわ。(-。-) ボソッ

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by ma_cocotte | 2013-03-17 19:52 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
いったいなんなんだね?
この寒さは・・・。
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先日の伊太利亜のロオマから北上する旅でも、連日本当に寒くて、旅の途中で冠雪を拝んだほどでした。
旅に出る前、ロオマはココんちより南だからと一度は旅行鞄に夏の服を詰めたものの、天気予報で翌週の伊太利亜の天気を調べれば連日、低温と悪天候とあり、旅行鞄の中身を冬物に詰め替え、私自身もヒートテックを着用して出発しました。
結果、正解でした。あまりにも寒いので薄い生地なのに身体を温めてくれるヒートテックが役に立ちました。

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日曜夜に伊太利亜から地元に戻るまで、巴里では寒さだけでなく、雹まで空から降って来ました。
そして、ココんちに戻ったからとて、夜が明けても、明けても、強風雨での繰り返しで金曜日になってしまいました。

火曜日、ひょんなことで外出先で来週火曜日から5月が始まると気づかされ、自分がカシミアのマフラーに冬のオーヴァーをはおっている現実もあり、クビを傾げてしまいました。
もう一昔も前になってしまったけれど、南仏蘭西に住んでいた頃は1月も終わりになるとそこいら中にTシャツ一枚で歩く人々がいたほどです。

いったいこの気象は?異常気象と呼べそうですね。
できれば、陽光の下、新緑の美しい五月を迎えたいものです。

le 27 avril 2012, Amédée

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by ma_cocotte | 2012-04-27 19:00 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
無 言 の 実 践
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ココんちの近所の大規模小売店舗の出入口に家庭用風力発電設備のお店が出ていました。
仏蘭西という国は中国や日本を相手に原子力発電関連で嘘をついてでもお金を稼いでいるのに(時に個人のポケットが膨らみもしているのに)、共和国内では原子力発電反対運動も盛んで、新築の住宅の屋根の上には必ずと言っていいほどソーラーシステムの板が備え付けられ、今では家庭用風力発電システムまで売りに出されるほどです。
隣国の獨逸で、原発反対、ピースボート運動とべっとり、同性愛ウェルカムの「緑の党」の勢いが増していることで、来年、大統領選挙を控えた仏蘭西というかサルコぢとしては共和国内では平和と自然を愛するボクちゃんなのよとアピールしたいがために国外では原発推進商売で稼ぎ、国内ではエコロジーグッズ商売をお友達たちに頼んで不動産でも電化製品でも「共和国民のための新製品」を売り出して、ポケットが膨らむようにしているのでしょうね。

あ、き、れ、た。

さて、先日のアルザス旅行の際、高速道路から原子力発電所を見ました。
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仏蘭西中西部からアルザス地方までの往復路で私が見つけた原子力発電所は1、風力発電所群(たいてい1群に10基ほどの風車)は3でした。南仏蘭西の高速道路や一般道路で原子力発電炉に出っくわすことより低率のように思えました。アルザスへの道は高速道路沿いが放牧地であることもあってか、緑の草原と青い空の間に巨大な風車が独特のスピードで円を描いており、悪寒どころか好感を持てました。

日本國の1.5倍の国土を持ち、人口は日本國の半分の仏蘭西だからこそ風力発電所の建設が容易なのかもしれません。今年3月11日の東日本大震災以降、私は予算や風土、生活文化を考えずに子供のように単純に津波被害があった境から太平洋沿岸についての新たな都市計画は青森から千葉まで太平洋沿岸に風力発電所を建設してはどうだろう?と発想しました。風力発電所の難点は生み出せる電力の少なさだけでなく、騒音もあるのだそうです。だからこそ、被災地を風力発電所にメタモルフォゼできないものかと思いつきました。

先日の旅行でアルザスに到着した初日の宿で見つけたものはこれでした。
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ソーラーパネルです。
宿泊先はカトリックの観想修道女会が運営する宿泊施設でしたが、敷地にこのソーラーパネルと野菜畑、果樹園があり、シスター方だけでなく宿泊者の日常にも役立てられています。周辺の世俗さんがお手伝いを申し出れば、シスター方はいつでも彼らを迎え、共に働いています。自給自足自炊とでも申しましょうか。私が二泊した間にも庭の芝刈りと、夕食の給仕と皿洗いを手伝った男性、お店当番や昼食、夕食の準備と配膳のお手伝いをした婦女子お二人にお目にかかりました。

たった二泊三日だけれど、いろいろ勉強になりました。
もちろんソーラーパネルにしろ、家庭向け風力発電にしろ、畑や果樹園にしろ、互助関係構築にしろ、今の世の中ではお金が必ずかかるので、小さな共同体(=ひとつの家)であればあるほど実現には時間も労力もかかると思います。でも、原子力発電なんかに頼らずにヒトは生きていけるのですよ、たぶん。

le 25 septembre 2011, Aurélie


思い出したことですが、例えば仏蘭西の高速道路には必ずしも電燈がありません。道路際に蛍光テープが貼ったポールが並び、夜間走行する車がライトをトップにすることで蛍光テープが電燈代わりになるのです。つまり、真っ暗闇の高速道路を車が130km、雨天ならば110kmの時速で走行しているのです。そして、信号は旧市街内のみで、旧市街を囲む外観道路より外はロン・ポワン(=ロータリー)で、信号がありません。
身近な日常ではよほどの高層ビルでないかぎり、アパルトマンやビルディングの廊下の電気はスイッチ式で、数分でオートマチックに消灯してしまいます。例えば3、4階に住居があり、階段で階下に下りるとして途中で電気がいきなり消えることは日常茶飯事です。

仏蘭西は日本國より電力資源豊富でしょうに、この節約ぶりです。
確かに日本國だけでなくアジア諸国のネオン文化は特筆すべき文化なので失いたくありませんが、石油資源もある他のアジア諸国は兎も角、日本という国は現実を直視し、電力消費や生活スタイルについてもう一度よく考えなければならないと思います。そうすることで、日本には新たな生活文化が生まれ、時に外国も見習ってくれる日が将来来るのではないのでしょうか。
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by ma_cocotte | 2011-09-25 17:25 | 『?』なたわ言 | Comments(15)
秤の目盛を正すのも狂わせるのもヒトの思いにある。
ココんちでパンを繰り返し作るようになり、失敗についての反省から秤をあらためました。とは言っても、10ユーロほどの素朴な調理用秤です。パンを作るには粉を用いますから、秤を使う時には器をまず乗せ、その後、メモリの位置をゼロにして粉を器に移し計量します。計量を終え、空になった器を秤から持ち上げると、針先がグインっとゼロから動き、その勢いの良さや移動の幅に驚かされたりするものです。

ところで、

====== 十 ======


日本國で栄えている或るSNSの一コミュニティスペースにおきまして、2011年6月9日付で拙ブログについて、掲載されているUPIやル・モンドなど有名な通信社のニュース画像が許可をとって掲載していないだろうに、ぜんぶ許可をとって掲載し、ちゃんと払っているなら、ブログにお金をかけられるかなり裕福な方なんでしょう、という推測の私見が書かれていました。

私は拙ブログに自分の手による写真ではなく、他者の手による写真や通信社・新聞社が掲載した写真と同じ写真を掲載する場合、写真の右脇または下に拝借した先のURLを必ず貼っています。もちろん新聞社側の規約も拝読してから行動に移しています。

拙ブログもウヰンドウズで言うところの右クリックをしても私のような素人が撮影した写真さえコピーできないようにしてありますが、このような手段は有名通信社数社では既に何年も前から実行されていることです。このように拙ブログにおいて写真の根本的掲載元や撮影者につながるURLや名称を公開し、もし団体や個人との間に問題が発生するとしたならば、いずれも私本人に通達または連絡を筋道通して行われます。こんなこと、社会常識です。

そもそもなぜ或るSNSの一コミュニティスペースに、読者ゼロに等しい拙ブログの掲載写真についてまるで違法のような話に摩り替え、しかも私個人が裕福などと懐具合まで自己妄想を付け加えて批判文が掲載されたのかと申しますと、その掲載日2011年6月9日の数日前から、同じSNSの別の位置コミュニティで、日本國内で親しまれている名称で言うところのトリエントミサの和訳典礼文が公開されていたことについて、私が転載者ご本人に転載許可をカトリックの聖側からいただいているのかということと、ご自分のミッション(使命)だとして聖側のどなたから依頼または承認を得ているのかと問い質したからです。

当初、トリエントミサの典礼文は日本國の法律に従った著作権の基準のみに照らし合わせた返答が私にありましたが、私が問うているのはカトリックという世界の中での決まり事や慣習を中心にしてのことで、掲載者ご本人が世俗であることから尚の事、この方に聖側のどなたが依頼または、この方が欲したことだとして、この方がまず聖側のどなたに相談して委任や承認を得ての実行なのか確認したかったのです。もしこの流れがないのであれば、カトリックの世界においては順番を間違えた行いであり、いくらヴァチカンの公式HPに掲載されたトリエントミサ(普通カトリックでは1962ミサ、ピオVミサ、ヨハネ23世ミサという愛称で呼ばれています)典礼のラテン語原文の日本語訳を掲載しても、それはあくまで私訳であり、なんらヴァチカンにつながらない私家訳域に過ぎません。

私個人においては耶蘇女学校の生徒だった頃(学童だった頃ではありません)、在校生全員の必修である宗教の授業中に生徒全員にカトリックの本が渡され、本の表紙裏、題名裏や後ろ扉裏にあるラテン語の承認表記諸々教えられ、この承認なき本はカトリックに非ずとまでビシっと教えられました。(ただし、近年の、聖人伝や聖職者エッセイには必ずしもラテン語の証明や司教認証はありません。が、修道会によっては上長や管区長名が掲載されていることがあります)

この土台が幼い頃から私個人にあり、齢重ねて2009年春、私が地元教区のローマ巡礼団に加えていただいた際、ローマでヴァチカンの仏語部署でミッションを遂行されている仏蘭西人司教様にお目にかかる機会があり、その際、司教様からヴァチカン公用語のひとつである仏蘭西語部署にいる自分は楽をしているが、公用語でない外国語、特に極東アジア言語、とりわけ日本語の翻訳での諸問題はヴァチカンとの間で難しい問題が山積なのでどうか全てがよくはかどるように祈ってください、と日本語なんかカンケーない仏蘭西のド田舎教区のただ死ぬ前にヴァチカンをひと目見たいだけの気持ちで巡礼に参加した金髪碧眼の世俗たちにお願いしてくださったのです。これ、私はお話を伺った現場で末席にいたけれど、ヴァチカンの執務室という現場では相当深刻でありましょうし、そんな現場を見れない私たちにとっては典礼文や祈祷文、公文書にしても各国語訳を検められるヴァチカンの典礼秘跡省 や 教理省の役割を私たちの都合で軽んじたり、端折ってはならないのですよ。

こんなローマでのお話に続いて、里帰りの際に私が通っていた学校のシスターにお目にかかったら、教皇様がご覧になる文章すべての事前検めのおつとめを同じ修道女会のシスターが仰せつかっており、そのシスターが少し前に来日され、日本管区のシスター方にお話してくださり、修道院に戻れないほどの多忙で、お食事もひとりぽっちで摂ることが多くなり寂しいと思うこともあるけれどカトリックのためにはたらきます、ときっぱりおっしゃったそうです(もちろんイタリア語で)。ヨソの修道女会なら兎も角・・・なんて言っちゃいけませんが、私個人がお世話になりっぱなしの修道女会につながる方が教会内で動く諸文書ではたらいていることを知ってしまって私が「ヴァチカンの承認なんて後でどうにかなるわよ」なんて口にしたらバチがたかりそうです。


====== 十 ======


ま、この2011年6月9日の或るSNSの一コミュニティの一コメントで思い出した件があり、それは拙ブログを長くご覧になっている方ももしかしたら思い出されたと思いますが、2009年春の聖ピオ十世会関連の話題です。拙ブログのカテゴリでは、破門→波紋→和解→破壊 

この時、拙ブログで聖ピオ十世会の話題になると必ず現れる論客さん(砂漠の植物の総称をHNにしている方で現在も電脳域で大活躍中)が複数の論客さんと共に現れ、私が拙ブログに掲載したヴァチカンから公文書で指導を受けたウヰリアムソン師の写真を外すよう命じてきたことがありました。

なぜかその時の理由が上の6月9日に或るSNSで掲載された意見と似て遠からぢという不思議。

この方々がしばらく前に、お二方ご本人のブログではなく他人様のブログでなぜか私の批判を長々と書き連ねたこともツイッター経由で知りましたが、お二方はお親しくつながっているのですね。

もうひとつ、この6月9日の或るSNSの一コミュニティーにおける拙ブログ批判発言の元となったトリエントミサ典礼文の日本語訳掲載の件で、掲載を続ける方がご自分の行いを妨害したとご本人が判断した場合、ほうぼうに妨害したとされた人々についての批判を投稿し、反論が来るとご自分が送信したコメントを消すという繰り返しを続けています。偶然ですが、拙ブログに聖ピオ十世会の話題になると必ずおでましになる砂漠の植物名をHNにされる茨城在住の女性とお仲間も拙ブログで同じ事を行うのが常です。

何かお仲間内で決まった電脳域対策マニュアルでもあるのでしょうか?


====== 十 ======


兎にも角にも、写真の転載と公文書和訳の転載は秤にかけたとして同じ重さでも同じ類のものでもありません。カトリックの慣習やカトリック世界での承認までの順番を軽んじたり端折ることを聖域に住んでもいない立場の者が聖職者の指導もなしに行っていいなんて話、聞いたことが私にはありません。あくまでも私のような者は見聞知ったことを重く捉えて動いたとして、それをご覧になった聖職者が「そんなに厳しく捉えなくても大丈夫ですよ。一緒に進んでみましょう」とおっしゃってくださった時点で、我が心身が少しは軽くなるものです。それでも神父様と共に慎重に動くのは言うまでもありません。カトリックのためなのですから。私が電脳域だけでなくこの世から消えてもなんらこの慣習はカトリックのために働く人々の間でつながれていくだけです。

ところが、ヴァチカンの承認を経ても得てもいない日本語私訳が先行し電脳域で紹介されていることについて、その行為を弁護したいがために、私個人の拙ブログの写真掲載事情や私個人の懐が裕福だの何だの取り出したところで、秤の目盛を動かしているのは私個人を批判して弁護に奮闘している一個なのですよ。ご自分が秤の目盛を動かして、読者に天秤にかけて見せ、同じ重さではありませんか、と力説したところで、目盛を調節したのは力説している個人です。目盛を動かしたことを知らないヒトは騙されるでしょうけれど、既にヴァチカンの習慣を知っているヒトにはくっだらない言い訳に過ぎません。力説するヒトがいなかったら見聞しなくて済んだ話です。

====== 十 ======


今回の一件であらためて気づかされましたけれど、ヴァチカンの承認ない典礼文日本語訳の無断公開が「たいしたことない」という発想は1988年当時、ヴァチカンの承認なしに4司祭をおひとりで叙階したルフェーヴル大司教事件後の言い分とねっとりそっくりということ。たいしたことあるのですよ、破門になったくらいですから。

まっこと、薄気味悪い一致であります。


どんなに甘い言葉で追認で何とかなるとか言われようが、私個人について批判があろうが、
あなたがしても、私はしない。


この夏、カトリックから聖書が新たに発売されますが、もし翻訳に携わった方がヴァチカンや司教様、長上様から承認をいただく前に電脳域で訳を次から次に掲載なさったでしょうか?世俗がカトリック世界の中で一番自由な身だから好き勝手していいなんて主張する方にはカリタスのCの字もない、自己の欲求を満たして快感を得ているに過ぎない、憐憫極まりありません。


le 22 juin 2011, Alban



未だ一件も通信社や新聞社、撮影者ご本人から拙ブログの写真掲載について抗議を頂戴したことが私にはありません。今回のようなことがありましても、他人の懐の中や重さまで想像し印象を読者に知らせる下品さを私がまねることもありません。6月9日のコメントは十戒の第8戒において罪になる一例ですがな。善い子はマネしちゃダメよん。

▼ それと、ついでにもうひとつ
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by ma_cocotte | 2011-06-22 15:21 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
こんな時こそ、信、望、愛
昨夕の私はヴァチカン放送局の公式HP(英文)を通じて、教皇ベネディクト16世が100,000米ドルを日本の復興のために寄付されたことを知りました。
Charity & Solidarity > 14/03/2011 11.50.46
Pope Benedict sends financial aid to Japan

 At the weekend, Pope Benedict XVI sent a charitable donation of $100,000 U.S. dollars to the Catholic Bishops’ Conference of Japan to help victims of the devastating earthquake and tsunami that struck the Asian nation last Friday.
 Msgr. Anthony Figueiredo, an official at the Pontifical Council Cor Unum, the Vatican office responsible for papal donations to charities, told Vatican Radio’s Tracey McClure that they are working closely with the bishops, Caritas Internationalis and other aid organisations to determine how to respond to the greatest needs of Japan’s people.
 Calling it “a major tragedy,” Msgr. Figueiredo cited Japan as the latest in a string of major disasters, including the 2004 tsunami in Asia, a devastating earthquake and flooding in Pakistan and the catastrophic earthquake in Haiti a little more than a year ago.
 “The first thing we must do is really to pray… for these people to give them hope.” He said.
 “Obviously, material, concrete aid is necessary. The Holy Father has sent through this Pontifical Council the sum of one hundred thousand dollars to the (Japanese) Bishops’ Conference simply because this is the quickest way the funds can get to those dioceses most affected. Also the bishops are the first responsible for charity in the diocese and they know the needs of the people.”
 “We are keeping a close monitor on the needs… Often there’s the immediate response which is good. The Holy Father himself asked for this immediate response. But then in time, the tragedy is often forgotten. This is what we experienced in Haiti… so the Church wants to be there not only in the short term but especially in the long term where many of the secular agencies have gone and there’s no one to help.”

http://www.radiovaticana.org/en1/Articolo.asp?c=469712

記事の中ほどにありますとおり、
“The first thing we must do is really to pray… for these people to give them hope.” He said.
まずは真剣に私たちは祈らなければなりません。被災者の方々に希望が与えられますようにと。
教皇さまのおっしゃるとおりだと思います。
何もない私ですが末端にあれど、後に倣います。

こんなことがあればどうしたってうつむきがちになってしまうけれど、絶望せずに、暗闇の中にひと筋の光を見出せれば必ず希望に誘われると私は信じたいのです。「祈ってる場合ぢゃない!」と怒る方々がいらっしゃるならば、祈る余裕がその方々より1%でもある私が代わります。そして、時間が経てば経つほど、どうしたって弱い私たちは疑いの心を持ち易くなりますから、こんな時こそ「信、望、愛」を私は想起し、意識して行きたいです。

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そして、いつか空にかかった虹を共に仰げる日が来たら、と思いつつ、今日も射祷を続けます。

le 15 mars 2011, Louise

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by ma_cocotte | 2011-03-15 18:43 | 『?』なたわ言 | Comments(6)