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偏見という名の脇道に迷い込む前に、
ココんところで二度、ライシテ laïcité と教育や病院など公共施設 の問題、ライシテと慰霊 の問題について触れたので、更にライシテがらみの仏蘭西での生活事情について触れ、そこから先はそこはかとなく深刻な脇道に脱線してみようと思います。
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まずは、結婚 Le mariage についてであります。
仏蘭西共和国における結婚は「市民婚 le mariage civil」と「宗教婚 le mariage religieux 」にはっきり分かれており、どちらか一方を挙げただけで二つを包括することはできません。わかりやすく説明すれば、前者は「公」だから共和国内に住む男女が夫婦と名乗るには必須、後者は「私」だから個人の自由、必ずしも挙げなくてよい儀式です。
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市民婚は新郎新婦どちらかが規定された月数を居住した市町村役場の婚姻の間 ↑ において、マリアンヌと呼ばれる女神像の前で、市町村長職の司式で挙げられ、その儀式の中で読み上げられる婚姻に関する仏蘭西共和国憲法に新郎新婦は宣誓せねばなりません。儀式の最後に宣誓書に新郎新婦と双方の証人、そして司式した市町村長のサインをもって婚姻が共和国に認められます。市民婚直後の数ヶ月の間に免許証や通帳、電力・水道請求など役所発行の証明書を提出して名義変更を行うと無料になることが多いです。
一方、宗教婚は個人が信仰する宗教施設で、その宗教の決まりに従って挙げられます。かつて仏蘭西の国教であったカトリックを例に挙げると、原則として待降節と四旬節の期間中を除く土曜日に、教会聖堂において、カトリックの祭壇の前で、カトリック司祭の司式で挙げられなければなりません。司祭の按手をもって祝福された男女は教会聖堂での挙式後、カトリック教会に婚姻を認められることになります。この挙式の証明を役所に提出したところで、仏蘭西共和国にはなんら認めてもらえないので、政府からの恩恵はありません。故に、市民婚はカトリック教会の婚姻の条件をまったく満たしていないので、もし教会で挙式しないまま市民婚のみで男女が夫婦生活に入った場合、婚前同棲の罪にあたるため、カトリック教会であげられるミサにおいての聖体拝領が禁じられます。ついでにカトリック信者の仏蘭西びとが異教徒である異性と婚姻する場合は、信者同士の婚姻と同様に婚姻前に結婚準備講座に通い、挙式においては誓約婚ではないので必ずしも司祭ではなく、永久助祭が挙げることもあります。仏蘭西のカトリック教会の場合、信者同士の婚姻の際は男女双方が自筆で司教宛に誓約書を書き、指導司祭に提出する義務があります。

====== 十 ======

以上、仏蘭西共和国においては日本國のように男女が結婚を欲し婚姻届という名の一枚の用紙を役所に提出すれば婚姻が成立することはなく、必ず役所で正味30分ほどの婚姻の儀式にあずからねばなりません(ただし、Pacte civil de solidarité (PACS、連帯市民契約) を覗く)。原則として土曜日にしか市民婚は行われないために、早いうちに役所に挙式日時を予約せねばならず、その際に提出する書類もかなりあります。中でも慣習証明という仏蘭西の伝統に則った書類は、自分が「清らかな成人である」と世間に認めてもらうために必要な書類で、婚姻の少し前から役所の掲示板に氏名も明らかに貼り出され、それを読んだ市民は婚姻に異議を唱える権利があります。重婚などの予防だそうですが。
例えば私のようなガイジン、しかもEU国以外の国籍を持つ外国人が仏蘭西共和国民と市民婚を挙げた後、長期滞在許可証の条件を配偶者に変更することができますが、その書類は県庁に提出し、場合によっては地元の共和国警察署において担当官との面談が必要となります。いくら役所や警察に教会やシナゴーグ、モスクで婚姻した証明書を持参しても長期滞在許可証の身分を書き換えることはできません。ところが、警察での面談において婚姻の種類を質問されるのも常という不思議があります。しかも、その婚姻の形がしっかりコンピュータに記録されます。仏蘭西はライシテの国なのに。

====== 十 ======

そして、もうひとつ。
共和国内の役所で婚姻する男女の義務は健康診断を受け、その書類を役所に提出しなければなりません。その健康診断の中にはエイズ検査も含まれています。自分は純潔だからと言う理由でエイズ検査を拒むことはできません。

で、エイズ AIDS 。仏蘭西語ではシダ SIDA と呼ばれていますが、もし市民婚を決めた男女が健康診断を受け、どちらかが、または双方がエイズ検査で陽性が出たとしても、仏蘭西共和国内において役所も、カトリック教会も二人の婚姻を無効にはしません。役所の場合、彼らの主治医や専門医が連携しての治療援助をし、教会は心のケアの一端を担うことになります。互いの愛情をわかりあって婚姻を決めた男女を、エイズという病を理由に引き裂くようなことはしません。
愛を病が分かつことができるでしょうか?
不治の病を愛が治すことはあっても。
しかも、病を理由に挙げて、他人が、愛する二人を分かつなんてことは権力がある者や自己の健常や貞潔を過信している者による傲慢な行いになります。

いずれにせよ、仏蘭西においてエイズは俗世間においても、宗教世界においても忌み嫌われている病ではありません。そもそもキリスト教には輪廻転生や因果応報という概念がないこともあり、発症理由を先祖のせいにしたり、発症もしていない子々孫々を疑わせたりする発想が仏蘭西には通用し難いので、聖においても俗においてもSIDA (=エイズ)は単純に「現在、治療が難しい難病」に過ぎません。世界中の人間が善意をもって治療法と治療薬をこの難病で苦しむ人々のために探し続けるのです。

====== 十 ======

と、こ、ろ、が、です。
ここ数年、電脳域の、それも日本語環境において「我こそは本物のカトリックである」と名乗る方々(← 国籍は電脳域なので不明としよう。)が、ご自分の考えと異なる人々に対し、この人々はエイズ菌に冒されており、いずれ地獄に堕ちるとまで日本語の文字で表わしています。エイズ AIDS という現代の難病名を自分が相容れない他人を蔑むために利用しているように私には見えますが、このような考えを日本國内のカトリックで本当に教えているのでしょうか?仏蘭西のカトリックとはまったく異なる考えです。おそらくイタリアや米国など欧米諸国のカトリックとも、アフリカ大陸各国のカトリックとも異なる考えです。たとえ或るヒトがエイズを発症したとしても、その方の魂が善であるならば地獄に堕ちるなんてことはないと考えるのが私個人が知っているカトリックであり、今年三月に私がロオマ巡礼した際も教皇さまからエイズ対策活動を依頼されている世俗団体サンテヂディオ la Communauté de Sant'Egidio の創立メンバーのひとりである責任者が同様のことをおっしゃっていました。日本語で自らカトリック信者と名乗る者が送信しつづけているエイズ蔑視発言とはまったく逆と思われますが、どちらが真実?...なんて、教皇さまにつながるサンテヂディオに決まってンでしょうが。

電脳域とはいえ、あまりのエイズ偏見がカトリックの名を絡めて日本語で流れているので調べてみたところ、日本国内にも存在する一見キリスト教のようでキリスト教ではない或る新興団体において、成年信者のための集団結婚をさせる際、候補者全員にエイズ検査を行っており、団体で最もエラいヒトがその結果を見て結婚相手を選択するのだから誰もが安心して結婚できるのだそうです。つまり、エイズ陽性の男女は「省かれる」のです。だから見ず知らずの結婚相手でも「安心」なんですと。この団体ではエイズは純潔を守らないから発症する病気と教えているそうで、時に輪廻転生やら因果応報まで絡めて蔑視かつ忌み嫌うとか。

「キリスト教」という単語を用いるにしても、エイズという難病の捉え方がこの新興団体とカトリックでは正反対。ところが、電脳域の日本語環境では I'm Catholic と名乗りながらも、実はカトリックではない団体の思想をまるでカトリックの常識のごとく流している人間が世界のどこかにいることになります。日本國がカトリックマイノリティの宣教国であり、おまけに日本語が世界において孤立した島国言語だからこんな大嘘を無責任に流布できるんですかねぃ?世界のマジョリティ言語でカトリックの名を出してこんな愚論を流したら、数秒後に反論がちゅどーんです。

さて、「純潔」という言葉ひとつを取っても、カトリック世界においては聖母=純潔として殊更に重んじられる鍵語ではありますが、同じ「純潔」という漢字と発音であっても、カトリック以外の日本語環境ではその中身がまるで違い、例えば前出の日本国内で活躍する某新興団体においてはこの団体で一番エラいヒトの許可無く性交しないことがイコール「純潔」で、このエラいヒトが命じた相手とのみ交われば純潔は保たれるのだそうです。Σ( ̄△ ̄; 
一方、カトリック世界における「純潔」は無原罪である聖母の生き方に倣うことでありますが、それは決して聖母の処女懐胎をさすのではなく、受胎告知における聖母のように真理を純粋かつ誠実に受け入れ、(神から与えられた)使命を実践する生活態度の積み重ねを生涯続けることを指します。原罪を持つ人間が聖母のごとく無原罪にはなれませんが、魂が肉体を離れる瞬間まで魂をできるだけ聖母のこころに近付ける努力を怠らないことを指します。ゆえにたとえどんな難病に肉体が蝕まれても、天を疑わない人間ならば誰もが平らに等しく、各々の魂を育てる仕事が課せられており、いずれ天に帰れるのです。肉体はいずれ塵に戻るものだから、難病に発症したという理由では決して地獄に堕ちないよ。自分が気に入らない他人にエイズという単語を用いて恐怖に陥れたりするのは、いっくらカトリックと名乗ってはいてもカトリックらしからぬ言動だと思われます。

電脳の世界とは言え、カトリックの名をみだりに軽々しく出しつつ、読者の心に疑いの種を蒔き、善良な人々を薄暗い脇道に引き摺ろうとする日本語の文章にはくれぐれも気をつけましょう。

le 15 novembre 2009, Albert

かつてペニシリンが発見されたように、エイズ治療のための最良最善の医療と薬物が一日も早く見つかりますように。以下は教皇さまもしばしばお言葉に出されるカトリック世俗団体サンテヂディオ Sant'egidio のエイズ問題専門ホームページの英語版です。
http://dream.santegidio.org/homep.asp?Curlang=EN
タイトルは DREAM 、英文和訳ならば「夢」ですが、Drug Resource Enhancement against AIDS and Malnutrition の略称です。主にエイズと栄養失調のための薬剤(資材)開発促進運動です。
日本國内ではカリタスジャパンがカトリック精神の下、エイズ問題に取り組んでいます。
カリタス・ジャパン エイズ啓発活動
http://www.caritas.jp/caritas_japan/caritas_japan05.html
偏見のない、善の目を養いましょう。
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by ma_cocotte | 2009-11-15 21:22 | 『?』なたわ言 | Comments(15)
平等観の違い、平等の勘違い
久しぶりに、旧市街に用があるたびに利用していた100台以上は軽く駐車できる無料駐車場に我がチビ車を駐車しようとしたら、いつもなら(特に朝市がある日はいっそう)駐車スペースを見つけることが難しかった広場ががら~んとしており、なぜがらんどなのか悟るまで私の蛍光灯脳では時間がかかりましたが、その原因は無料が有料に変わっていたからでした。
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この旧市街の丘の上にある大駐車場がある場所は以前はギロチン広場であり、目鼻の先に教会があり、この両者をつなぐ道の両脇は当然のことながら墓地だったそうです。今では19世紀から20世紀初頭にかけて建てられた長屋のアパルトマンが丘を取り囲み、ギロチン広場には共和国軍支部や公共機関や施設が入る威厳ある建物があります。

この旧市街に限らず、観光都市を覗く仏蘭西共和国内の市町村において、このような共和国民が頻繁に利用する公共施設や役所、病院、教会近辺の駐車スペースはたとえ旧市街の中であっても無料に設定されていました。それは共和国万民が集う施設があるのだから、貧しい人々が駐車料を理由に足を遠のかせることを良心が許さなかったからです。

ところが、真の神聖賢愚帝サルコぢ一世の御世となって我々に強いる金権営利主義と、中道よりヒダリの諸政党が帝を穿つために我々に訴える平等観がウルトラQのオープニング様となり、旧市街の内側において全ての駐車スペースに平等の条件で有料とし、駐車のための自動販売発券機を大量設置となりました。よくこんなもんを設置する金があるよなー、もっと他のことで使えよ、とついうっかり思ってしまいましたけれど、この工事費用も駐車有料化でいずれチャラになるんでざんしょ。

未成年者でもなく、高齢者でもなく、障害者でもないひとりの平らで凡なガイジンがこの変更を眺めて思い巡らすのは、
万民が集う場所には貧困の中にいる民もいるのだから、万民が利用する施設周辺の駐車スペースは無料とする。
と、
旧市街の内側の全ての駐車スペースは平等に有料とし、全利用者から平等に駐車使用料を徴収する。
のどちらが「真の平等」なのだろう?と。私には前者が本当の真の平等のように思えてなりませんが、拙者は脳味噌ツルツルのアホちゃいまんねんパーでんねんな生物♀にすぎないので、不肖ま・ここっとの感想は偏見なのかもしれませんが。バス代より一本のバゲットの方が安い仏蘭西共和国内で、貧しいヒトが病院にも、教会にも、役所にも「お金がないから行けません」という道を行政が造ってしまってよいものなのでしょうか。実際、南仏だったら駐車違反で督促状をワイパーに挟んだところで、罰金を払うために行かねばならない市役所周辺が有料駐車だとしたら、それを理由に違反者は不払いを決め、いつのまにか間に団体SOSラシズム Sos Racisme おかかえの弁護士がしゃしゃり出て来て、ラシスト理由にまわりまわって役人に退職命令なんて話、うぢゃうぢゃゴーロゴロです。仏蘭西共和国の三大スローガンのひとつが平等 égalité で、近年は第四のスローガンとして連帯 solidalité が挙げられるようになりました。ココに王無き共和国が今も重視するヴァチカンからは現教皇がやたら隣人相互愛 charité を仏蘭西語で勧めてこられる。連帯 solidalité と隣人相互愛 charité はそっくりだけれどどこか異なり、駐車条件の均一化は前者、個人のアイデンティティを慮っての条件は後者なのでは?という思考の中に浸りながらの11月第一週のしめくくりとなりました。
たかが無料駐車場の有料化にしても、
仏蘭西独自の良さがまたひとつ失われた
ように思い始めています。

た、だ、し、ココんち地元の仏蘭西社会党員が治める旧市街の現状でも、正午から14時まで、午後7時半以降翌早朝まで、主日(=日曜日)国定祝祭日は有料駐車スペース(駐車場、路上脇、共)は無料です。これは駐車違反取締りの役割が中央警察 Police nationale ではなく地方警察 Police municipale であることから、地方警察官の昼食休憩やら勤務時間やら主日条件勤務などの伝統とカトリックにおける主日の考え方の名残(主日に裁き、裁かれない)ゆえです。ただただしぃ、旧市街外円道の際に立つ十字架像から出たら、隣町までの路上には主日であっても憲兵隊員が我々の悪さを監視していますから、決して羽目を外さないように。
エデンの東 ってか?

le 7 novembre 2009, Carine
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by ma_cocotte | 2009-11-07 01:43 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
根のない「嘘」に「本当」という漆を塗る口場(こうば)
十一月、長月。日本國内は文化祭シーズンたけなわ。
またも、電脳日本語環境域において新しい舞台が設定され、そこでは次々と 想像過多 発表会 が公開されています。え?お祭り?あ、文化祭シーズンですものね。
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久しびりの電脳散歩でこんな「疑いの種」を売っている屋台を見っけました。ε= (´∞` )
諸聖人の祝日 ..2009/11/01(日) 05:59
私も10月の終わり頃に、フランスに旅行したことがあるのですが、11月1日に先だって、皆さん、お墓参りをなさってましたね。
結構な御年の方々が、派手な大きな花束を抱えて歩いておられる姿を目にしました。
....はあ? ┐(-д-`;)┌
仏蘭西の伝統的生活習慣においては万聖節には 鉢植えの菊 をお墓に飾ります。だから、一週間ほど前からスーパーマルシェにも、生花店にも、墓地の出入口にも色とりどりの菊の鉢を並べた売り場が出ます。仏蘭西ならではの季節の風物です。一方、切り花の花束は仏蘭西ではヨソのご家庭に招かれた時に選ぶ品物のひとつです。でなければ、葬儀ミサにおいて切花の花束が棺の上に置かれることもありますが、それは参列者が持参というより、アレンジメントなり花束を作った花屋さんが聖堂まで運ぶのが常です。墓地においても棺を埋めたばかりの墓石の上に花束が置かれており、それが墓所に新参者が埋葬されたことの決め手になったりもします。

日本からの旅行者が万聖節の少し前に来仏し、偶然、どこぞ市街で見かけた派手で大きな花束を抱えたご年配が事前の墓参りに行ったと断定できるほどの独自の想像を電脳域でお披露目したところで、その独自のご想像が
本当の真実と当たっていればいいですね、まる 
もしかしたら御友人の御宅などに招かれて美しい花束を求めただけなのに、当人の知らないところで墓参と決め付けられたご年配の仏蘭西人、お気の毒です。根も葉もない戯言から、根の無い切花の束。なーるほど。でお・ぐらーしあす。

同じ人物による想像が事実のように語られている件、これで少なくとも二度目です。
http://malicieuse.exblog.jp/11672539
どこぞのご老人が携える花束を墓参だと思い込む程度なら個人の勘違いで済みますが、以前のように仏蘭西司教団がヴァチカンの教皇さまの意向に背いて司教総会で叱られたなんてことを、イタリアの地方夕刊紙の日本語私訳が掲載されたブログだけで世俗が確認もなく事実のような断定発表なんて、いくら聖座忠誠派の伝統主義者と名乗っても、聖座に土下座することが自分にはないという甘えと安心による無責任だからこのような遊びを電脳で披露できるのでしょう。そんな名も無い個人の代わりに聖座の御前で無知の羊の愚かさを謝罪するのはご自分が所属する土地の教区長さまか長上さまであることさえわからないなんて、畏れを知らぬカト世間知らずとはこのことなりなり。
あわれみのみ心 われらの願い
みそなわし給いて 聞き入れ給え
愛の主のみこころ
深き罪科(つみとが)より 清めたまえよ
二番の歌詞の方がどっきりマンモスだけどね。
えー、さてー、黒革聖歌集の何番でしょ?← 難易度1だよ、しかし ε= (´∞` )

お仲間内の電脳公開ヤマカン当てゲームが参加者各自の快楽になっていることが、既に多数の傍観読者に伝わっていることも気付けないで興じている。次のヤマカンはなんだろねー♪ 
みんなでお気軽極楽にヲッチ、ヲッチッチねー♪
上のコメントをクリックするとお祭りの屋台に直行できます。店主の同意する来客のみ歓迎だそう。この世において天主にしか同意しない来客に向かって店主ごときが女王気取りのこの屋台、どうやら店主が来客より偉いのは明白。幼稚園児のおままごとみたい。こんな遊びを妙齢過ぎた成人日本人がするなんて、
身の程知らずで怖すぎぃ ((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

le 2 novembre 2009, Défunts


仏蘭西国内の伝統生活文化について、真実ではないことを真実と、伝統ではないことを伝統であるという実しやかな話に作り変えて日本人に手段を選ばず流布したいのでしょうね。それはなぜゆえ?
嘘も突き通せば本当になる。
ベネディクト十六世ご自身が心身をもってよく知り尽くされ、今は嫌悪されている第二次大戦時中の獨逸国家の言動そのものです。
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by ma_cocotte | 2009-11-02 19:04 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
私はどの立場なのだろう?
ココんち近く、旧市街の美術博物館にて。
一枚の壁に並んでいた三枚の絵を左から順に。
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確か三枚の絵の共通テーマが貧困 la pauvreté でした。
田舎町の美術館に常設展示された絵画なので、描かれている建造物は旧市街のどこかで見たようにも思えます。このような光景は遠い昔の過去とは言い切れず、装束を変えれば現在もココんち界隈で見る様子でもあります。フランスにおいては貧困は過去ではなく、今も身近にあり、探す必要はありません。

このような一枚の絵を観て、おのおのが心に思い巡らすこともひとつではありませんし、描かれている人物の誰に自分をあてはめるのか、それともあてはめずに単に傍観するヨソモノに過ぎないのか、あるいはかつて貧困を経験した家族や友を思い起こすのか、それもおのおの異なることでしょう。

おのおのの立場は千差万別であれど、「施す者と施される者」とか「見下げる者と見上げる者」、「強者と弱者」という意識に留まってしまうと傲慢や卑下など要らぬ感情が心に生まれかねません。それでは「施される者、見上げる者、弱者」と仮定したところで、弱者とされた人のズルさで嘆く人も数多いたりもします。

しばらく前、司祭館で神父さまと面談している最中に呼び鈴が鳴り、神父さまが玄関先に出ると「弱者」と思われる人がおり、困っている自分に施しをくれ、とおっしゃる。神父さまが「お金はさしあげられませんが、一緒に食事をいかがですか?」とお話した途端、その「弱者」と思われる人は「あ、いいです」と言い切らぬうちに神父さまに背中を向けて門を出て行きました。
それより前、まだ私が南仏に住んでいる時、婚姻準備の勉強のため修道院に行くと、シスターがどこか落ち込んでおり、聞けば、住む所もない子供を数名抱えたジプシーの母親が洗礼を受けたいとやって来たので修道院の一室を与え、三食をシスター方のお食事から分け、住み込みのまま洗礼の準備と子供たち(そのうちひとりは自閉症症状を持つ男児)の教育をし無事受洗。それでは、堅信の準備をしましょう、とシスターが話したところ、翌朝、全員が跡形もなく、お金を持ち出して消えていたのだそうです。夜逃げですな。ところがシスターはこれが初めてではないとおっしゃる。初めてではないし、こういうことがあったからとてこれからも困った人が現れれば同様にし続けるとまでおっしゃる。
さらに何年も何年も前、東京の某教会の神父部屋(と、若者は呼んでいた)に入り浸っていた頃、やはりドアのノックの音を聞いてドアを開けると独特なニオイを携えた方が無心する場面に何度も遭遇したことがあります。神父様はご自分のお財布から出すこともあれば、お財布を覗いてから「少し待ってください」とその人に告げ、小走りに裏のレジデンスに行き、院長様に事情を話して戻って来たこともありました。そういう人の中には何を思ってか二度、三度と同じ事を繰り返すことがあり、優しさあれども甘やかすことはしない神父さまが厳しく諭す様子も私は見たことがあります。

凡人の私にはいずれの場合も神父さまもシスターもあまりに人がよろしすぎるのではないかとついうっかり思ってしまうけれど、どなたも同様に「騙されるのが私でよかったのです」とおっしゃる。そう聞いて、自分が必ず施す側と信じ込んでいるなら、騙される自分についてだけの善行を思い描いたりします。

が、最近、ふと気付いたことですが、貧富というのは目に見えるものだけでなく、心の価値さえ計れるということ。そうだとするならいくら外見が富裕であっても心が貧しく、飢え乾いて水を求めている人もいるかもしれません。逆に見た目はあまりに質素でも、心が豊かな人もいるでしょう。心の貧富はどう見抜くかは、互いが交流することにあります。となると、「施す者と施される者」、「見下げる者と見上げる者」、「強者と弱者」という目で判断できる関係においても、互いの「善意」が必須なのではないでしょうか。数学に例えると両者が「善(+)」ならば足したところで「二つの善」、かけたところで「善の二乗」だけれども、どちらか一方が「悪(-)」ならば足したところで善は減り、善(+)に悪(-)をかけたら善は悪に変わってしまいます。数学では空しい結果になるけれども、ヒトには知が与えられているのだから知を用いれば悪を善に変化させることもできるはず。それは時間も労力もいることだろうけれど、悪と悪が足されて二つの悪と化したり、悪と悪が掛け合わされていっそう強い悪になることは善人であるならば知力をもって避けねばなりますまい。そう、「地ニハ善意ノ人ニ平和アレ」を信じるならば。もし自分がこの世の由無しごとで他人の傍目に「弱」の立場になったとしても、決して善の心だけはこの心身から失ってはならないのです。・・・っと、弱っちい自分にビシビシ言い聞かせつつ、今年も十一月という月を数時間後に迎えます。

おフランスには21世紀に入り、そして「金が全て」の神聖賢愚帝が共和国大統領なんかに身を窶して以後、ハロウヰンが無理に庶民に浸透し、本当ならば待降節と共に訪れるクリスマスの準備が前倒しされて10月最終週から大規模店舗にはお菓子、香水、おもちゃや仮装商品の特別コーナーが設けられるようになりました。その勢いに負けまいと、テレビのCMではスクール・カトリック Secours Catholique (仏蘭西のカリタス組織)の浄財を求めるコマーシャルも流れ始め、なぜかそのコマーシャルの中にはスクールカトリックでは遺言書作成のお手伝いをするというものまであります。

自分を中心にするなら或る対人関係で自分が凸でも、他の対人関係では凹かもしれません。上の一枚目の絵は勝手口の様子ですが、お手伝いさんはこの状況では施す者でも、扉の向こうでは主に仕える者です。三枚目の絵も修道女方が待ち求める人に善意を示しても、修道院の中では神に仕え、人と人の間では従順を伴う共和の中に生きてらっしゃる。相手の凸や凹を自分の凸凹に合わせればひとつの四角になります。ですが、凸の自分が凹の他者に合わせて、自分も凹になったところで、合わさるどころか内側に隙間ができ、他者が自分のように凸になったところで今度は両脇に隙間ができてしまいます。目に見えない凸凹なれど、こうして表現するとひとつになるのは難しい。個々の間の互いの違いを認め合うだけでなく、個々を取り巻く不況や格差など人ひとりの思惑では生み出せもしなければ消せない現状も、その中で互いに思いやり、善と善をつなげれば、心だけは豊かでいられるかもしれません。「~かも」という仮定は、まず自分が実践すれば消せます。

今年は11月29日の待降節のはじまりまで心身、物資ともども自分にできることを、自分に無理のないテンポで準備に入る。十二月を人は師走と言うけれど、師歩でいいぢゃないの?十一月に良い準備をして、十二月は一日、一日丁寧に過ごしてみよう、なんてどうでしょ。
よっこらしょっ、と。

le 31 octobre 2009, Quentin
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by ma_cocotte | 2009-10-31 19:44 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
田舎の学校、田舎の子、そして
ココんち近く。旧市街の美術博物館にて。
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昔の学校の様子を描いた絵のようです。
お役所の抜き打ち検査を想像してしまいました。フランスでは今もよくあることです。

こちらは昔の、ココんちあたりの男の子らしい。首にかけるおメダイの習慣は今と同じ。
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こちらはどうもお教室の壁にかけられたフランス生活文化史の説明画みたいです。
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この説明画がもしポスターで売っているのならば迷わず買いました。
6つのパートの内、左下は9世紀の教会聖堂内部の様子で、右に当時の司教様の装束、左にベネディクト会修道僧の姿が描かれています。
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そして、右下のパートは9世紀当時の学校の様子が描かれており、トンスラに白装束の修道僧が子供達に勉学を教えています。
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もし私たちにわからないことや知らないことがあった時、文章のみで有識者から説明されると想像どころか妄想に至ることもあるけれど、もし絵画や写真などイマーヂュを添え、心を込めて言葉で説明されれば、その教えを見聞した者は想像をめぐらしても妄想には及ばないのです、と、2006年までココんちの♂♀がお世話になったローマ人宣教修道女から教えられたことをふと思い出しました。かつてその童貞様が宣教に出られた南太平洋の小島でも、アフリカのルアンダでも、紙芝居を携えて青空の下で子供達に最初に聖書や聖人のお話を教え、その後文字を教え、それから朗読を教えたのだとか。宣教を終え、住み始めた南仏の小村の修道院でも毎月末になると翌月の典礼暦に合わせた絵や写真を要理部屋の壁に貼りかえる。70歳を数歳過ぎたシスターの代わりに、絵画やポスターの張替えをするのが私たちの役割でもありました。良い思い出です。
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2006年5月21日、エクサンプロヴァンスで。

私達の本当の母のように、本当の母より厳しく私たちを育ててくださったこのシスターも私たちより3か月遅れで南仏を去り、今は故国イタリアで生活していらっしゃいます。メール交換は今も続いており、私たちが「会いたい」と書くと、決まって「天国で会いましょうね」と返事が送られて来ます。

le 29 octobre 2009, Narcisse
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by ma_cocotte | 2009-10-29 04:43 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
心と心が今はもう通わない
あの素晴しい愛をもう一度~ 060.gif060.gif060.gif




きょうの朝一番、起きたばかりなのに、気を失いそうでした。
加藤和彦氏の他界。

この歌 ↑ は...、
今は昔、やふやふ白くなりにけり・・・だったけれど、加藤氏の他界で思い出した!
毎週日曜、麹町の夕暮れの空に広がることがたびたびありました。
日曜学校のつとめを無事に終え、反省会に入ったリーダー達の中にギタアの達人が数名おり、会議中もギタアを放さず、つまびいているうちに男子リーダーが誰ともなく唄う曲のひとつがなぜかこの歌でした。

今朝、こんな悲しい知らせが届いたことでこの曲を聴き直してみたら、「心と心が今はもう通わない」のところでカオスに巻き込まれたかのようになりました。互いが生きているから心と心が通わないのでしょうか。それとも死を境に、相手の姿が失われたことで逆に心と心が通い合うようになるのでしょうか。

十何年も昔、信徒会館の会議室で気持良さそうにこの歌を唄っていたリーダー達も学生時代を終え、それぞれの召命を確かめ、それぞれのミッションに四方八方に散らばりましたが、今も年に一度、麹町に集まってはあのすばらしい日々を懐かしみつつ、外見変われど互いの心と心があの頃と代わらない情熱のままであることを確かめ、次の再会を約束し合い、それぞれのミッションに散っていくの繰り返しを続けています。
生きていれば、それができる。
十年近く前、教会学校担当でいらした神父様方と教会学校OB有志が始めたこの企画も、今は教会学校にお子様をあずけてくださるご父兄も手伝ってくださり、更には成人となった教会学校の子供達も集ってくれ、年々盛会になっています。マリアさまの心、それは青空、私たちを包む広い青空の下に。わたしたちの、心は、今もひとつ。

加藤和彦さん、今、あなたの心とあなたを思う人々の心が通い合っています。
私達があなたを思う心をわかってください。

le 17 octobre 2009, Baudouin


タイムマシーンにお願い しても、加藤和彦さんは戻って来ないのよね。(-。-) ボソッ
ミカではなくて ゾエちゃんヴァージョン ですけれど、どぞ。
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by ma_cocotte | 2009-10-17 16:09 | 『?』なたわ言 | Comments(10)
まだ決心がつきませんか?
と、或るマダムから問いかけられたのはしばらく前、今年3月に私が参加したロオマ巡礼団の納会においてです。私が何の決心をつけられないのかというと 養子縁組 であります。地においては偶然、天においては必然ですが、その納会の前日、マダムは初孫を授かりました。ロオマ巡礼を終え、各自が普通の生活に戻ってしばらくしての再会での挨拶でその吉報をマダムから教えられ、お祝いの言葉を私が発した途端、養子縁組の話題をマダムから出してきたことになります。
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↑ ヴァチカンはサンピエトロ大聖堂の天使たち ↑

日本國内のカトリック教会で挙式することを望む男女二人の結婚準備において、指導者が男女二人に養子縁組の話までするでしょうか?(ご存知の方、教えてください)
仏蘭西のカトリック教会では結婚準備講座において、男女それぞれが家庭を造る召命を与えられているとし、ひとつの家庭を持った二人が子供をつくり、子供を教会と学校教育の協力を得て育てることについて教えられます。そして子育てを終えた夫妻または子供に恵まれない夫妻が 世界中の不幸な子供をひとりでもいいから引き取り育てることに働くこと も家庭召命のうちのひとつであると教えられます。このようなベースがあるせいか、養子縁組と言う形を取れずとも長期休暇のたびに子供をあずかる家庭や、逆に子供が親から離れて滞在する林間学校(仏蘭西風に言うならばコロニィ・ド・ヴァカンス Colonie De Vacances)に出張する初老夫妻も見かけます。日常では町を歩けば明らかに親子関係が養子縁組である方々がゴロゴロいることも事実ですし、有名人が率先して海外の貧困環境から乳幼児を引き取り育てる見本を行い、それを世間が喜んで一般人にアピールしていることも日常です。

仏蘭西共和国内のカトリック教会や、おそらくプロテスタント教会でも世界中の恵まれない子供との養子縁組を結婚準備においてひとつの家庭を築くであろう男女に勧めており、その世界中というのは国益世界第六位の仏蘭西の後ろに続くアフリカ、アジア、南米の各国です。この勧めが教会と言う宗教組織からの一方的な勧めかと言うと、仏蘭西の場合は恵まれない子供を引き取ったところで政府から養育援助金が支給される制度が既に存在します。ですから、「ウチにはヨソの子供を育てる余裕がないの」という理由は仏蘭西では通用しません。が、政府が養子縁組について生活支援を物資金銭でしてくれるということで、この物資と金銭を目当てに養子縁組を決める共和国民が多々いることも事実です。

このような地球上のヒトが決めた国境を取っ払って、自分より恵まれない子供をひとりでも多く救済し育て上げるという使命について仏蘭西における問題点は、異教の環境から乳幼児を引き取った場合に後になってスキャンダルを先方の国や家庭から起こされる場合が多々あるという点です。最も多いのはイスラーム国から子供を引き取った場合のスキャンダルで、話がなぜか乳幼児人身売買に摩り替わっていたりもします。そして、第二次大戦前後はユダヤ系未成年者との養子縁組です。収容所に連れて行かれないようにとカトリック改宗されたことが後になって強制改宗または自分が望まない改宗だったとなったりします。いずれも裁判沙汰になっていることが多いです。また、最近私が聞いた話では、旧ソヴィエト諸国(いわゆるコメコンですな)から子供を引き取り育てはしたものの、やはり道徳面で互いに心労を感じているというもの。ただし、これは宗派の問題と言うより、それ以前の各自の性格や素、つまり相性ではないか、と私は凡女なりに察しもしました。


余談ですが、ココんちの♂♀が市民婚を挙げた時、ココんち♂の証人をお願いしたムッシュウは9人姉弟の上から二番目にあたる長男でした。彼から聞いた話ですが、彼はパリ一区の極貧環境で産まれ、誕生と同時に仏蘭西西南部の或る家庭に引き取られました。既にその家庭には夫妻の実子である女児がひとり。この養父母ご夫妻は彼を引き取った後、7人の子供を引き取り、その構成はアフリカ系、アジア系、障害児などさまざまです。現在、このご夫妻の実子である長女はカトリック修道女となり家を出、成人した養子も数名が独立し、養父母宅を離れました。夫の証人である彼の場合は初恋の女性と恋におち、子供ができ、結婚。現在は二児の父親です。


さて、世界中の不幸な子供たちを救済する考えですが、仏蘭西と日本國では意識に大きな違いがあるようにも見えます。養子縁組について仏蘭西では現在もこうして活発ですが、日本國では衰退傾向にあるかと思います。
仏蘭西にこうして住んでいると、仏蘭西が日本からも子供をもらい、日本を救済していると信じている仏蘭西が世界の中心かつ理想国と思い込んでいる田舎者の仏蘭西凡人に出くわしたりもします。実情は仏蘭西が世界第六位の国勢なのだから上位五か国から養子を迎えることは滅多にありません。その基準があるとするなら、本当ならば世界第二位の国勢である日本國内に世界第一位の米国以外の数多の国から迎え入れた養子が存在してもいいはずなのです。が、現実的には「無い」に等しいでしょう。

なぜ日本國では、第二次大戦後において国勢だけでなく国民の生活水準も向上したのに養子縁組が衰退したのか、この点、世界の平和を思うならば考えねばならない点かもしれません。

今年6月21日、ローマ教皇ベネディクト16世が いかなる難民(戦争、政治、自然災害、等)をも受け入れるのは私たちにとって義務である と私たちにおっしゃったことは記憶に新しいところです cf. http://malicieuse.exblog.jp/11330685 。このスピーチについて、教皇さまは現場で拝聴した人物のみに語りかけたのでもなければ、欧州限定でもなく、カトリックの基本であるヒトが定めた国境なんぞを取っ払い全世界の隅々まで散らばるカトリックひとりひとりに語りかけられたことは言うまでもありません。ところが、どうもカトリックさんたちの中には教皇さまのこの求めよりも自国の憲法遵守を第一に挙げ、自身の現状より不幸かつ平和でない環境にいる人々の受け入れを拒もうとしている人々がいます。これ、なにかおかしいですね。教皇さまにとっては世界中のカトリックに努力してもらうようお声をかけるにしても、もちろん数多ある国々にそれぞれの法律があることも重々わかっていますが、それでも救済に努めようではないか、と万民に声をかけているのです。教皇さまに近しい立場であれば、聖側であれ、世俗であれ、教皇さまの希望を実現するために動くのがカトリック世界です。法律を破ることはしてはなりませんが、教皇さまの希望にできるだけ近づけるように法律を変えようとする運動はカトリックとしてできるならする しかないでしょう。それが結果として実現しなかったとしても動くことが何より大切なことです。カトリックの中での枠組みで見定めるなら、仏蘭西のようなエヴァンヂェリゼ国なら兎も角、ミッション国である日本國でローマ教皇の意向が国政に生かされる方が稀でしょうが、それでも動くのが世界にちらばるカトリック魂の役割です。

6月21日の教皇さまが万民に求めたいかなる難民の受け入れですが、国籍、性別、年齢制限はありません。魂そのものの救済です。このご意向をそのまま日本國内に住むカトリックが受け入れ、仏蘭西の例をまねるなら、日本國近隣諸国のカトリック貧困家庭から乳幼児を預かり育て、その子供を一人前にして国や家族に返すという務めを「できるならする」ではないでしょうか。アジア諸国でカトリックが多い国となるとフィリピン、韓国とヴェトナムなど旧仏領が挙げられます。日本國の場合、日本國より富裕国を数えるには片方の指で足りるのに、日本國より貧しい国を数えるためには両手両足の指では足りません。その貧しい国の中に住む魂を自分のそばに向かえ、どうひとつの幸せを共に喜び合えるでしょうか。教皇さまは万民にこの考える種を蒔かれたのだと思います。今の日本国内の現状で養子縁組が難しいとしても、世界中の恵まれない人々のために何かできることはないものでしょうか。


le 12 septembre 2009, Apollinaire

今年はじめだったか教皇さまの今年の目標はアラビア半島に教区を置くことだと仏蘭西では報じられました。地球上でカトリックの教区が置かれていない土地はアラビア半島なのだそうです。もちろんバチカンとアラビア半島各国との外交レベルの協議で実現することでしょうけれども、今年も9月半ばに入り、残り3か月ほどで実現するのでしょうか。気になるところです。私たちが必ずしも知らない、救いの手を差し伸べる先がまだまだ地球上にあるということです。
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by ma_cocotte | 2009-09-12 18:33 | 『?』なたわ言 | Comments(9)
だから止められない、
演芸、いえ、園芸は。
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7月もまもなく終わると言うのに、ザンギリの切り株の周りから新芽を見つけました。
ザンギリの切り株は昨年夏にはこのような花を次々と咲かせました。
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今年も6月となり、この花が咲く季節になりましたが、昨年は次々と新しい枝を飛ばしては蕾をつけて咲き乱れたこの木なのに今年は葉も出さなければ、蕾も持たず、よそんちの同じ木が葉を茂らせ花をたくさん付けたというのに、ココんちのこの木は何の変化もないまま夏を迎えてしまいました。枝を切ったり、根元を見て「枯れた」と判断し、芝刈りの時に芝刈り機で枯れたと思われる部分を刈ってしまったので、このようなザンギリの切り口になってしまったのでした。

この花はおそらくウスベニタチアオイと呼ばれる花で、学名はAlthaea officinalis、仏蘭西ではこの学名かギィモォヴ Guimauve という名前で出ていたりします。ギィモォヴ Guimauve を和訳するとマシュマロというお菓子になります。

はて?マシュマロ?
そう、あのお菓子のマシュマロは元々はこの木の根からとれる粘りのある汁に卵白やお砂糖を加えて味を付け、攪拌して作られた薬用食品だったのです。そう言えば、この木が枯れたかどうか確かめるために根元の泥を避けて確かめた時、根元の皮をはぐと格子状の網目になっており、ガーゼのようでもあり、ねばりがありました。とは言え、枝を途中で切っても表皮の内側に生きている気配がなかったので、私はこの木が枯れた、死んだと諦め、近所の園芸店で新たに同じ苗木を買い、このザンギリの切り株の隣に植えたのでした。

ところが、なんとザンギリの切り株の周りからこうして小さくてかわいい芽をいくつも吹き始めました。生きていたのですね。このちょんちょんと飛び出た若緑色の新芽を見つけて、私は素人園芸の域にいるに過ぎないこと、諦めの早い自分が恥ずかしくなりました。既に七月の終わり、こんな小さな芽がぐーんと伸びて、蕾をつけ、花を咲かせることはないかと思いますが、どうか厳しい冬を生き抜いて来年の夏に美しい花を咲かせて欲しいと祈るばかりです。
この夏もまた、草木から「生きる」を教えられました。
さて、ココんちあたりはこのギィモォヴの木がそこここ生えており、それは野生であったり、民家の垣根代わりだったりと、よく見る花、この花を見れば夏が来た知らせにもなります。それだけ馴染みある花木だからか、ココんちあたりではマシュマロ菓子をよく見かけます。
こちら ↓ はココんちの旧市街のチョコレート屋さんに並ぶマシュマロ棒です。
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20cmほどの四角棒状になったマシュマロはミントやカフェ、フランボワーズ、いちご、チョコなどなどに味付けされ、それぞれに合ったチョコレートがコーティングされ、かわいらしくおめかしされています。

とーっても美味しそうですが、私はマシュマロが苦手なので未だ味見をしておりません。
今朝も、この棒をかぢりながら歩いているマドモワゼルを旧市街で見ました。
マシュマロ好きにはたまらないお菓子だと思います。
勇気を出して食べてみようかな?・・・ううううん。

le 25 juillet 2009, Jacques
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by ma_cocotte | 2009-07-25 23:28 | 『?』なたわ言 | Comments(6)
行く川の流れに乗った気持であるとは言え、
しばらく前から何度か電脳域で某『窓』社のソフト「V」が日本國の幾多の企業で未だ受け入れられておらず、「XP」が今も愛用されており、おそらく後継の「7」にダイレクトに移行するであろうという記事を見てはいました。ココんちのこんぴーたは昨年11月後半に突然、ハードディスクが昇天したことで「V」が搭載されたこんぴーたを使うようになりましたが、使い始めて十日後になぜか突然、某フリーメールサーヴィル(G)と某SNSの2つに限って長文や写真をココんちから送信できなくなってしまいました。そのたびに出るメッセージを某SNS社に知らせたところ、こんぴーたに搭載されているアンチウイルスに問題があるのでそちらで聞いてくれ、という返事をいただきました。こんぴーたはココんちの地元で購入した物ですが、アンチウイルスは言語違えど国際企業の物だったので、日本語環境で問い合わせたところ、フランス語だから日本では対応しないという返事。面倒臭くなったので、そのアンチウイルスを抜き、以前から拝借していた無料アンチウイルスをインストールしましたが、何等状況は改善せず、某メールサーヴィスも某SNSも送信不可のままでした。ところが、数度、夜9時以降に突然、これらの問題がまるでなくなるシンデレラ・タイムがあることに気付きましたが、それは連日夜の決まった時間ではなく、気まぐれに送信可能になることに過ぎないこともなんとなくわかりました。それならそれで「まっいっか」のまま、時は流れ・・・

こんなことがありました。
それは冬時間から夏時間に変更された第一日目、3月27日朝のことです。まい・こんぴーたに火を入れたところ、何か様子がおかしい。某『窓』社の「V」とココんちが契約しているプロヴァイダ「A」との相性がどうも悪いことで数日前に買ったばかりの外付けハードディスクがカッチカッチ...と絶えず変な軽い音をたてているのです。しかも、画面右下の時計を頼りに外出の準備をしていたら、何かをかしい・・・¢( ・_・) ン? なんと実家からの電話で気付けたことですが、「V」が冬時間から夏時間に自動変更するにあたり、二時間ずらしていたのです。つまり、前日まで日仏間は8時間の時差だったのに六時間に変更したのです。ヽ(`Д´)ノ 本当は冬時間の八時間差から夏時間の七時間差と一時間の変更なのです。確か私の記憶が確かならば「98」は夏冬時間変更時に問い合わせ画面が出、こちらが確認を兼ねてクリックすると時間変更が成され、後継の「XP」から自動変更になり、当日朝にこんぴーたに火ぃ入れれば時間変更が完了していました。と、こ、ろ、が、「XP」の後継で、「XP」より優れているであろう「V」がこんな間違いをしたのです。しかも、同時に外付けハードディスクが破損。翌日、購入したばかりのお店に修理を頼んだところ、2週間後に返還という話だったのに実際、ココんちに戻ってきたのは一か月と数日過ぎてからでありました。

素人ながら、おそらく『窓』社の「V」とココんちのプロヴァイダ「A」社との相性が悪いとなるとモデムに問題があるのだろうと電脳域でこれらの鍵語たちを用いて検索したところ、なぜか「A」社と「V」の関係に触れている公式レベルの話題に引っかからず、それどころか「A」社がどうも未だに「V」に何等対応していないような個人間情報交換をいくつか見つけられました。「A」社には無料の問い合わせシステムがありますが、少し前、電話したところ、私の「日本名」を読み上げて笑い始めた女性が1分近く笑ったまま対応せずに電話を切ったことがあり、それに懲りた私は2箇所だけ送信に不自由しても他はほとんど問題がないことで「まっいっか」で、時の流れに身を任せていました。

その流れが突然止まったのは、今から十日ほど前、6月30日のお昼過ぎでした。
ここ ↓ に行き、神父さまからオートリザシオン Autolisation 、つまり認可をいただいて、
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美味しそうなさくらんぼの写真の撮影と味見(!)をして帰宅したところ、こんぴーたがインターネットにつながらず、しかもインターフェースの名前が無効であるというようなメサーヂュを「V」がフランス語で告げて来たのです。これまで使っていたモデムが「A」社から無料提供のものでインターフェースの旧名を新名称に換える作業はこれまで何度か経験していたので、同じことを試みましたが何度やってもダメだーめ。久しぶりのお手上げとなり、かけたくはないけれど例の「A」社の無料電話相談所に電話をしたところ、最初の電話は途中で切られ、次の電話では的外れな回答をもらい、こんな私でもそれはまったく修理に当たらないとわかったので話したところ、解決策はこれしかないと電話を切られてしまいました。困り果てたまま就寝し、翌朝思いついたことは、
そうだ!新しいモデムを買ってまえ!
と、近所のモデム取扱店に練馬大根足を運んだところ、知ってしまった新事実。それはこの「A」社が既に2年前、「F」社に買い取られ、今は名称のみの幽霊会社の状態だということです。故に「A」社のモデムはどこの店にも存在しません。例の無料相談所は失業対策で移民青年に任せているので、しばしば話がかみ合わないことがあるとのこと。いちおう私から前夜に電話で指導された対策について3つのお店の店員それぞれに話しましたが、どの店員からもその返答はなんら修理の解決につながらない、と私の判断とビンゴになってしまいました。

私はA5サイズ、64MBだったかのラップトップPC片手に日本から仏蘭西に引越し、その後、クラスメートが利用していた「W」という無料メールサーヴィスに登録したのが今から10年近く前、その後、電脳の急速な進化と共に「W」は「T」という会社に合併され、程なく「T」はイタリア資本の「A」社に吸収合併。私のモデムのインターフェースは初期化すると「T」の名前になってしまうことで、なぜかその名を「A」ではなく、「A」社が吸収した別のプロヴァイダー会社の「LS」という名に変更することでインターネットとIP電話を使用することができました。おそらく先日6月30日をもってその「LS」という名も使われなくなった(?)ので、ココんちの「V」が「その名称は無効です」と突然、画面上で訴えて来たのかもかも??

兎にも角にもこんなことで疲れるのはくだらないので、A社が幽霊とわかってしまったからにゃ、とっとと縁を切るのがよろし、と判断した私は、かの神聖賢愚帝の第一王子が改宗してマスオとなった某家電量産チェーン店「D」が展開し始めたプロヴァイダー「DB」についうっかり登録してしまったのです。それが7月1日。
3~5日で開通の手紙が届くからそれでOK!当社の電話相談先の社員は移民ではありません、と金髪碧眼の美青年店員が私に断言するし(そりゃそうだわな、だって「D」社はユダヤんだもの)、なんとこの「DB」に登録すると日本國への電話が無料なんですのよ、マダーム。タダほどうれしい言葉はにゃい・・・というかタダという言葉に心の目がくらんでサルがどっかにはじき飛んでしまったとゆーか。どーせ私には選挙権がないからおはじきも簡単とゆーか。モゴモゴ。3日目は土曜日だからまず手紙を受け取ることはないだろうと予想したら、手紙が届いたのは7日火曜日。すぐインストール作業を行ったものの、つながらない。_| ̄|○ これまた重たい気持でDB社の電話相談にかけてみると(註:DB社の電話相談は有料です)、モデムの作動確認を24時間後に行い、それでも動かなかったら、また電話をよこせ、とおっさる。翌日になり、やはりウンともスンとも動かないモデムを確かめて電話をかけたところ、インストール用DVDが指導する場所とは違う場所に線をつなげとか言い始めたのです。それでも何等解決しないので、「こりゃ、解約ですかねぃ?」とつぶやいたところ、今度はこの「DB」社とお仏蘭西の電電公社「FT」との間の問題であるのでもうしばらく待たれよ、と言って来た。なぜ最初からそう言わないのだろう?ただし、金曜日まで猶予をくれたまえ、とおっさる。それで解決しなかったら解約に応じると。これが7月8日。
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こんぴーたが使えないとは言え、時は7月。買出しの際、美味しそうな果実を見つけては念願の果実酒造りに勤しみ、6月24日から始まった夏のバーゲンをひやかし、日差しが強すぎない時間には庭作業に励み、日差しの強い午後はテレビ画面から流れるツール・ド・フランスの中継を眺めては美しい自然と史跡にうっとり。そうそう、ヂャイケル・マクソンの葬儀生中継でほろっとしもしました。

そして金曜日前日の木曜日。午前中の買出しからココんちに戻るとポストの中にお仏蘭西電電公社「FT」から作業終了通知があり、早速、DVDを使ってインストール作業をしてみたら、
使 え た 。
のでした。ひえぇえええ、長かった!と思う反面、プロヴァイダーを変えたことでどこか自分の中で今月一杯は無理だろうという覚悟もしていたので「DB」社が金曜日までの猶予と言いつつ前日に作業が完了したことは、「DB」社の宣伝文句「Contrat de Confiance 信頼の契約」のマジックに私もかかっちゃってる?なーんて疑い始めてもいるのでした。

・・・で、「A」社。
7月1日の午後、配達証明の形で解約申請を行い、翌日の消印で配達が無事済んだという返信も戻って来ましたが、これまで「A」社と解約した人々から聞いた話によりますと自動引き落としを停止しないケースがあるとのこと。超ウルトラスーパーどケチの私には刺激的な情報になりますが、前もって銀行に引き落とし拒否願いを出すと引き落としはもちろん止められますが、なーんと「A」社から逆切れ申告があったケースもあるとか。となると、裁判所申請になるらしいっすよ、お仏蘭西でわ・・・。そんな情報が先行してしまうと実にガイジンの私としては面倒臭く、こんな国からヴぁっくれたくなるのでした。
ああ、そうめん、冷やし中華が恋しや、ほーやれほ。
今のところ、「DB」社は快適ざます。昨年11月末に「V」になってから送信できなかった2方面にも問題なく送信できるようになりました。やっほーい ゚+。:.゚ヽ(=´▽`=)ノ゚.:。+゚

残るは、引き落とし問題ぢゃ。
なーんでヴぁかんすシーズンにこんな問題を抱えることになるんぢゃあああ。
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酒だ、酒だ、酒持って来ぉいっ! と卓袱台ひっくり返したくもなりますが、これら果実酒の飲み時は一年後だそうです。

le 9 juillet 2009, Amandine
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by ma_cocotte | 2009-07-09 23:56 | 『?』なたわ言 | Comments(6)
地ニハ善意ノ人ニ平和アレ。
去年の3月23日。母の永眠の知らせからちょうど一ヵ月にあたるその日、私は或るところに行きました。週日の日中ならば二千人前後の人々が集うそこは、日曜日なのでしんと静まり返っていました。平日ならば開いている通用門は閉ざされていたので、高い塀づたいに坂道を登り、突き当たりの正門へ。正門はいつもどおり右横の、人がひとり通れるほどの幅の門だけが開けられていました。私がそこを抜けて数歩歩いたところで、少し離れたところから声をかけられました。振り返ると受付前に男性が一人、身を前に屈めつつ、こちらに向かって「記帳はココですよ」と。その方も記帳されている最中でした。久しぶりに足を運んだところとは言え、私にとっては勝手知ったる場でもあったので、その男性に軽く会釈して、ふらふらと思い出を辿るかのように散歩がてら歩いてみました。約束までの時間が少しあったので、この塀の中の世界について隅々裏裏まで知ってはいるものの、実は一方向だけ私があまりよく知らない西北方面へ足を向けました。右手のテニスコートと左手のバレーボールコートの間の並木道を歩くと突き当たり手前左にひとつの玄関。玄関の向こうに先ほど私に声をかけられた男性と他の数名の方がいらっしゃいました。どうやら日曜日のこの日、この玄関の向こうの世界のためにやって来た方々だったようです。この玄関の向こうの世界は社会福祉法人で、家庭の事情があって親家族と一緒に住むことが難しい子供たちが生活している世界です。日曜日ですから、面会に来る親御さんもいれば、休日という貴重な時間をここで子供たちと共に費やしてくださるしあわせな方々が次々と現れるのが常のようです。

====== 十 ======

この日から遡ること一年と10か月ほど。その日もやはり日曜日、この施設を訪れた一家族がありました。その当日より少し前、外国から日本に観光に来ているが(自分の)子ども達が退屈しているので一緒に遊べるとうれしいのだが、と連絡があったとも聞いています。世知辛いことに少々疎い職員たちは、ただただ善意を喜んで受け入れ当日を迎えました。依頼してきた家族を乗せた白いワゴン車のために普段は閉ざされている正門の大きな門が開き、車は正門を左に曲がり二番目の並木道を右に折れ、突き当たり手前の玄関の前に停まりました。ワゴン車から現れたのはこちらのご一行サマ ↓ そう、ぢゃいける・まくそん ( ̄ー ̄) ニヤリ
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こうしてマイコーにお目にかかったところで「この方、どなた?」と思いつつも決して詮索しない職員と、一目見るなり「うぉっ!?」と驚いた子どもは一部であって決して全員ではないというどこか浮世離れしたココの環境です。ここに住むお子達はガイコクからわざわざ遊びにいらしてくださったお客様方に日頃習っているお琴や日本舞踊を披露し、「日曜の来訪者」のひとりであるこの一家の主(あるじ)は「さくらさくら」を子どもたちと職員のために唄い、どんな紙の切れ端であろうと子供たちからサインを求められれば嬉しそうにサインしたのだそうです。
それこそ神から与えられたまふタレントで比類なき一輪の花を咲き誇らせたマイコーが「退屈している幼い(私の)家族のために」と、自らを滅して日曜の閑散とした環境に現れました。そこでの数時間、大輪の花も、子どもたちも、ボディーガーズも屈託のない笑いを絶やさずにいられたと。
一夜明け、朝からこの一家の主が江戸のハズレまでお忍びしたことが話題となり、この家族の善意を受け入れた園長さまもテレビ画面に登場。興奮気味に「マイケルが来てどうでしたかあ?」などの質問に「わたくしは修道女ですのであの方が有名とも何とも存じませんでしたが、あの方々はとても喜んでくださり、こちらの子どもたちも大変喜び、ですからわたくしもうれしうございました。」と落ち着いた声での返答。時同じくして、この場に集った誰もがみな疑いのない幸せの中にあったのかも。凄いことだな。

====== 十 ======

マイコーの来訪から2年と4か月ちょい後。私は東京都下の某所でこの園長さまにお目にかかりました。午後1時を過ぎており、応接室に現れた園長さま、いえ、スォルMは私たちの顔を見るなり「あなたがた、お腹がすいているのではありません?私が何か見てきましょう」と。数分後に美味しく茹でら、水で引き締められた日本そばが私たちの前に出て来ました。シスターは相変わらず相手の心を見透かされているというか、私の顔に「シスター、お腹すいた」と文字が浮かんでいたのか。スォルMは数年前から大病を患っているものの、それさえ神さまからいただいたものと喜ばれ、ご自分の肉の痛みさえも捧げて他人にばかり気を使っている、とはその席にいらした他のスォルお二人が小声でおっしゃる。他者に気をつかってばかりの園長さまにとって、いつも気になっているのは早い子ならば赤ん坊の時から預かり、寝食を共にしつつ育て、世に送り出した子どもたちのことです。そして、その子供たちのために善意を示してくださった方々への感謝と祈り。今のスォルMは責任ありすぎる立場から離れられ、祈り、祈られの毎日を過ごされています。この都下の修道院で、年齢を重ねども心が健やかで魂が発育中のスォル方に「私たちの分までお願いね」と私が頼まれたのが昨年晩秋のルルド詣ですわい。

====== 十 ======

この施設に訪れる人々は時に知られた名の花であったりもします。が、花の名が有名であろうと無名であろうと、その花から施設に届けられる善意に変わりはなく、ただただその花が勇気を持って動いて作り出し、捧げてくれた善意に感謝するばかりなのです。マイコーが遊びにいらしたように、2002年には こんなこと もあり、最近は こんなこと もありました。こうしたあらゆる善意を知り、私が思い出す言葉はイエズス会総長アドルフォ・ニコラス師の言葉です。以下、再掲 になりますが、一部分だけ。


神の夢を抱いて


 私たちの周りを見回すと、夢を売る商売をしている人々が数多くいます。しかし彼らの売る夢ははかなく消えてゆく夢、ちっぽけな夢です。今日の世界で一番強く求められているものは、もっと壮大な夢を見てその実現を目指す才能です。お金では買うことができない夢、言い尽くすことができない夢を生み出す力です。きっと私に求められていることがある、きっと私が心をこめて、力を尽くして貢献できることがある、という夢を抱く力です。その夢は、心の渇きをいやす夢、人間らしい生き方を追求する夢、正義を求める夢、自分が受けた素晴らしいものを分け与える夢、愛と平和の共同体を創り上げていく夢、一人ひとりが神の子として大切にされる社会を構築する夢です。しかし、このような夢を実現することは容易なことではありません。(中略)この希望に生きる人の特徴の一つは、自分だけが希望を持つのではなく、他の人にも希望のともしびが点るように奉仕することです。(中略)たとえばソーシャルワーカーとして働くならば、その働きによって自分自身も変えられながら、現場で接する人が変えられて行くように働く。自分にとらわれず、もっと共同体を大切にする人、物心両面で分かち合いを大切にする人に変容するように促すのです。(以下、略)



マイコー、ありがとう。
マイコーは「神の夢」を示したひとりだと思います。Michael Jackson という名が冠せられたタレントで得たものを、自らが無名と化して、分け続けた。何も無名にしなければ、自らの名にいっそうの箔を貼れたでしょうに。
スォルMが信頼する聖人がこのような言葉を残しています。
この世では、私たち自身の、また、他の多くの霊魂を救うために絶え間なく働こう。休むのは幸いなる永遠の世界で。
マイコーは永眠する前夜もロンドン公演の練習に励んでいたと聞きました。マイコーの噂は数あれど、もしかしたら真実はその逆で、マイコーは他人を思いやりすぎて、自分の心身に厳しすぎたのではないか、と。どこか不器用に生命とタレントを他人のために消耗してしまったのではありませんか?マイコーの善意にどれほど天地の花々が今も感謝していることか。
マイコー、どうぞゆっくり休んでください、幸いなる永遠の世界で。

le 28 juin 2009, Irénée
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by ma_cocotte | 2009-06-28 23:32 | 『?』なたわ言 | Comments(2)