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シベリアからの突風
きょうの朝は風の音で目が覚めました。
南仏に住んでいた頃はしっかり閉めた鎧戸をいとも簡単に開けるほどのミストラルという北西風に慣れていたものの、ココ新天地に引っ越してからは久しぶりにうなるような風の音を聞きました。
今朝の天気予報によりますと、この風、シベリアからの吹き降ろしだそうです。この勢いだと大西洋を越えてエイメリカ大陸に届いてしまいそう。そんなシベリアからの風に大地を舐められつつ、2009年1月3日、私の誕生日を迎えました。

母が昨年2月24日にこの世を去ったことで、この新年は祝詞を述べられないもどかしさを感じつつ「今年もどうぞおよろしく」ばかり繰り返している私です。きょうの誕生日も自分を産んでくれた母に感謝するだけにして、私のための特別なことは何もしないことに決めました。
去年のきょうを振り返ると、母は居間に置かれた介護用ベッドで寝たきりでした。自分で話すことも、自分で食べることもできませんでした。でも、心で思ったことは母ができるなりに表現してはいました(声色が変わったり)。父は母のベッドのそばで新年一番のお酒を口にしたらしいですが、今年は同じ居間にベッドはなく、去年はなかった真新しい家具風仏壇が置かれました。もう動けなくて、犬猫より表現力も乏しくなっていた母ですが、そこにいるだけでやっぱり違うもので、体温を持ち、胸に耳を寄せれば心臓の音が聞こえる・・・そういう存在のいとおしさはこうして失って実感もできるのだといい年こいてわかったような気がしている今年の1月3日なのでした。

====== 十 ======

私、死に損ないで産まれました。
本当の出産予定日は1月4日だったそうです。新年が明けて、母の父が自転車でふらーっと私の実家にやって来たところ、玄関先で陽光浴びながらぼけーっとしている母を見つけたそうで、どうも破水らしきものが始まっていたらしい。そのままタクシーを呼んで、お世話になっていた産院に。ところが、どうも臍の緒なるものが三重にも私の首に巻かれており、「かんし」というものを使って私の両こめかみを押さえて引っ張る形での出産となり、母の肉体も健康が万全というわけではなかったので、母子危険とみなされて父が分娩室に証人として入ることになったそうです。
引っ張り出された私はしばらく泣きもしなかったそうですが、それでも3100gでしたから、小柄でガリガリだった母には大きすぎたベイビィでもあったのでしょうね。私が生まれる一年ちょっと前に両親は初めて授かった赤ん坊を早産ゆえに生後3日目にして失ってもいたので、月満ちて生まれ出た私であっても果たしてどこまで生きるのかも疑心暗鬼だったようです。

私も母の胎から出たせいか、子供の頃は親に面倒ばかりかける子で、特に健康面では高熱やらぐったりやらで医院に運ばれたり、逆に看護婦さんを伴った医師が往診してくれたり。こういうことは私自身、忘れなかったりします。話がそれちゃいますが、昔はお医者さまと看護婦さんが自転車を漕いで往診にいらしてくださったりしましたね。

どこか弱くて、かろうじて一月第三日目生まれの私はそれから早生まれの子供としてどこか贔屓目、かばわれながら大きくなりました。学校生活においても1月から3月生まれの子は「小さくてかわいい子」のような扱いをされていたりもしましたね。幼稚園に入ってすぐは3月生まれの同級生はまだおしめをつけたままだったりして、それも「早生まれだから」と頭の悪さも運動音痴も大目に甘く見られていたような記憶があります。

ところが、仏蘭西に住むようになったら、1月3日生まれの立場は大きく代わり、学年で第三日目に早く生まれた子供扱いになります。後に続く残り362日の間に生まれた子よりも誰よりも大きくて、誰よりも強い子です。仏蘭西の新年祝いは元旦のみで翌2日から平常ですので、三が日生まれの子としてめでたがられることもありません。教室には必ずしも1月1日生まれの子はいないでしょうから、1月3日に生まれたあなたは時にクラスの大将でしょ?みたいな扱いが仏蘭西。このギャップ、日本國で生まれ育った自分には時につらかったりします。仏蘭西は中華思想の、時や場合によっては傲慢思想国だから、東の果ての哀れな国の風土や教育事情なんぞ説明したところで聞く耳も理解する気持も持ってくれなかったりします。日本の学年と誕生日の関係も、日本の新学年が4月に始まることも元は欧米化をなかなか受け入れなかった蛮國だからという偏見。こういう点、本当におフランスの悪いところですよ。田舎に住めば住むほどこういう偏見がまかり通っているのも事実です。

昨日、ラシダ・ダチ Rachida Dati 女史(現共和国法務大臣)が女児を出産したことが速報で流れました。一夜明けたきょう、ゾラ Zohra と命名されたことも明らかになりました。賢愚帝サルコぢ一世が再再婚する直前までラシダ・ダチ女史はサルコぢの愛人という噂もあり、こうして43歳にしての初産ですが、実はラシダ・ダチ女史は独身、加えて独居で、妊娠が公表されても父親が明らかになっていないままです。これ、日本では「あり」なマジョリティな話かもしれませんが、仏蘭西だとこういうことは「あり」であってもマイノリティな話です。仏蘭西の場合、婚姻前出産が50%を超えたことが昨年だったか発表されましたが、両親が婚姻してようがなかろうが、別居していようが、父親が認知して自分の苗字を与えるのが マジョリティ だったりします(例えばドパルデュとキャロル・ブケの間の子も、ヂャニアリデの長女も、ソフィ・マルソの長男もそうやね)。近年、籍を作るにあたり父親の名前が登録されない共和国民が都会であればあるほど増えているのも事実です。えと、つまり、ラシダちゃんの女児もそのお仲間に入ることになるのかもしれません。ゾラちゃんの苗字がダチ Dati でしたら、そゆこと。=父親の認知なしっす。(註:仏蘭西の場合、子供に父母両方の苗字を与えることが可能です。ハイフンでつなげ、苗字の羅列の順番は親の自由です)

ラシダ・ダチ女史も賢愚帝サルコぢ一世が栄華を極めるために選んだコマのひとつでして、彼女は両親がマグレブ出身のイスラーム教徒の移民二世、弟は悪いことして共和国内で裁判係争中だけど、立派に学業を修めた彼女個人はこうして法務大臣にまでなれたんだよー、と移民出身の共和国民にアピールされた「希望の星」のひとりなのです。ラシダちゃんの高級ブランド好きもつとに有名。ほんの数ヶ月だけ独身だった賢愚帝のモロッコ訪問にもラシダちゃんはパートナーとして同行し、モロッコは自分の父親の出身国でイスラームが国教だって頭の良いラシダちゃんなら重々わかってンのに、賢愚帝が世界にアピールしたい徹底政教分離のお立場を助けるがごとく、ご自分の両肩をもろに出し、身体の線がわかるほどの朱色のあでやかなドレスでモロッコ国王主催の晩餐会にご出席あそばされた。中華思想のお仏蘭西の法務大臣だから訪問国の慣習も重んじられなくなっちゃったんでしょうかね?私には挑発行為に見えましたけれど。
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AFP PHOTO/GERARD CERLES

ほんと、今振り返っても、ありゃ、不思議だった。そして昨年、妊娠が発覚して、父親は秘められたまま、中絶もせず、ラシダちゃんは臨月であっても公務に元気よく出席し、1月2日にひとりの「共和国の宝=未来の納税者」を出産、シングルマザーとなりました。天晴れでんな。きょうびお仏蘭西の女性はこうでなければならないという見本と手本をラシダさま自らがお示しあそばされたのです。

で、お仏蘭西ですが、出産日を医師と親が計画する自由があります。
ラシダちゃんはなぜ1月2日を選んだのでしょう?ね?

3年後には義務付けられている公教育において、クラスで一番の年長となる移民三世の、イスラームの名前を持つ女児がこうしてラシダちゃんの胎から出たのです。
ラシダちゃん、大したもんですわ、はい。
これぞ、ラシダちゃんに天が与えたもうたミッションなんて傲慢話が流れるのも時間の問題かなあ。


le 3 janvier 2009, Geneviève

【既に、例えば、こんな記事。】
Portrait : Rachida Dati, ministre et jeune maman:NOUVELOBS.COM
Rachida Dati a accouché d'une petite fille

..............はぁあああああ。
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by ma_cocotte | 2009-01-03 19:37 | 『?』なたわ言 | Comments(28)
去るのは、わたくし。
2009年は丑年だそうで。

今は昔、2004年12月3日。
マルセイユは6区、ユダヤん商業区近くで見つけた牛、うし、ウシ、うっしっし。
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ヒトが作ったウシですし、ショウウインドウの向こうですもの。
臭くありません。


一寸先は闇。
今のココんちの東100m先の牛たち。
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整髪したスコットランド牛みたいな牛です。
よーく目を凝らすとはるか向こうに環状道路を走る車たちが見えます。この道路の近くには白黒のホルスタインがいつものんびりしています。


そして、ココんちとは旧市街を挟んで反対側の遊歩道の水辺で会う牛たち。
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たぶんシャロレ Charolais 牛。食用牛です。本当に美味ですが、こういう姿を見てしまうと食べられなくなりもす。


ココんち近所のウシも、ココんちから旧市街挟んで向こうのウシも神さまが作ったウシですから臭いです。風向きによってはココんちまで天然の田園の香り smell of country が届いたりもします。私の友人、英國びとは田園の香りが良い香りだと言います。一緒に北イングランドとスコットランドを旅した時、車窓から入るアノ臭いに鼻が気付いた途端、彼女は深く吸い込みました。「ああ、いい香り」と言いながら。私にとってアノ牛馬羊の臭いはたとえ飼い葉の香りが混ざっても匂いではなく臭いであり、深く吸い込む気持にはさらさらなれません。今も、いつも、おそらく残りの人生においてでも、です。けれど、この臭いを自分の知覚に届かないようにと空まで届く壁やら覆いなんてヒトには作れません。

仏蘭西の街づくりは基本的に旧市街から同心円状に広がっていく形です。同心円と同心円の外円の間は森であり、林であり、草原で、たいていは農作物を作る畑と放牧地になっています。ほら、モン・サン・ミシェル。あそこはモン・サン・ミッシェルの同心円と隣町の同心円の間が潮の満ち引きが激しい海沼があり、羊が放牧されていることで有名です。大西洋の海水で育った雑草を食んで育った、このモン・サン・ミシェル手前の沼地の羊の肉はこの上なく美味なのだそう。

話し戻って、ココんちはまさしく或る市の最も外円にあるのでたった100mほど先に赤毛のウシがぼーっといたりするのです。南の獣道の突き当りには猟犬の訓練所があり、南西の草原にはロバがいます。道路にはしばしば車にはねられたハリモグラが転がっていたりもします。風向きでどうしたって神の創造物の落し物やら体臭が届いてしまうし、犬の切ない遠吠えが耳に入っても来ます。春も過ぎれば周りは草原だから気持悪いほどのかたつむりがそこら中にうぢょうぢょとなります。一番外円だったココんちの先に家が二軒建ったし、なんと牛の放牧地のまん前にも小さなおうちが10軒近く建ちました。放牧地のまん前だと知って買ったり借りたりするのでしょうけれど、ココんちの場合は800kmも遠くから近所の様子も知らぬままココに引っ越してしまいました。今更不満を持ったところで、先住権というものがあるのなら引っ越すのは私ですね。

南仏にいた頃はやかましいセミの声、プロヴァンスとかげとコオモリが地上5階のココんちによく入り込んだものです。ああ、春先の数メートル連なる毛虫のパレード。あれは凄かった。

それでも、闇夜が訪れると降るほどの星を眺められます。
セミの騒音も、牛馬羊の臭いもどうやら美しい空を曇らせるものではないようです。
理想郷はこの世のどこにあるのでしょう? ...ありませんよ。
エクサンプロヴァンスに住んでいた頃、「摩天楼が見えないところに私は住めないわ」と言った渋谷のド真ん中に住む女子留学生の言葉を思い出しました。
互いに互いを哀れに思っているのか、羨んでいるのか。

le 2 janvier 2008, Basile
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by ma_cocotte | 2009-01-02 01:55 | 『?』なたわ言 | Comments(7)
なんだかなー、もー。
数日前から巷で話題のこの話題(↓)。


無責任な飼い主減らせ、自民議連が「ペット税」導入論

2008年12月28日03時14分 読売新聞

自民党の動物愛護管理推進議員連盟(会長=鳩山総務相)は、犬や猫などの飼い主に課税する「ペット税」の導入に向けた議論を近く開始する。▼動物を飼ってもすぐに捨ててしまう飼い主を減らし、ペットを取り巻く環境改善につなげる狙いがある。議連では、ペットを購入する際に一定額の税金を全国一律で課すことを想定している。▼近年、ペットの飼い主が「飼うのに飽きた」などといった安易な理由で、ペットを捨てるケースが増えている。2006年度末時点で全国の自治体に引き取られた約37万4000匹の91%が殺処分され、社会問題化している。▼環境省はペットの引き取り数を17年度末までに約21万匹に抑える方針を打ち出しているが、財政難にあえぐ自治体は十分な対策を講じる余裕がないのが現状だ。この自治体の対策費の不足分を補う財源として、ペット税が浮上した。▼ペット税の税収は、〈1〉ペットと飼い主の特定につながる鑑札や体内埋蔵型マイクロチップの普及〈2〉自治体が運営する動物収容施設の収容期間を延長するための運営費〈3〉マナー向上の啓発運動費用――などに充てる方向だ。▼議連では、「ペット税導入には、動物愛護団体からも前向きな声が寄せられている。飼い主ばかりではなく、ペット業者にも『大きく育ち過ぎたから処分してほしい』といったモラルの低下が見られるという。新税導入で殺処分減少に効果があるかどうか、検討したい」としている。



ふーん。
そこはかとなく不透明でよどんでいるように見えます。
ペット税はどこにかかるのでせうか?上の文章だと飼い主とペット業者の双方でしょうか?だとすると(生き物に対してあまり良い言葉ではありませんが)購入時に消費税のごとく扱われるもの?いろいろ検索をかけてみたら、このペット税は自動車税や固定資産税などと同様にペットの飼い主に対して課税されるものらしいです。想定されるこの課税による効果は
マナーの悪い飼い主、動物を虐待する飼い主、すぐに飽きて捨ててしまう飼い主など、こういう性質の方々は税金を払ってまで買おう、飼おうとしなくなるだろうし、逆に本当にペットのことを大事にする飼い主が多くなるだろう
だそうです。そうでしょうか。自己快楽につながるならお金払うのでは。仏蘭西のお金持ちは新車を購入し、税金を払う前に売って、新車を買ってるそう。半年単位で買い替えですってよ。そういう半年で売られた新品同様の中古車を買ったのがココんちです。それに、税金を払う義務だけでペットを大事にする飼い主が多くなるという考えも楽観すぎというか、「お金を払うこと → だから、大事にする」なんて心の貧しいヒトの発想に思えてならないンですが。税収の使用目的を見ますと、マナー向上の啓発費用とありますが、マナーとは具体的にどのようなマナーなんでしょうか?公で他人さまと揉めない基礎はマナーでしょうけれど、動物の虐待や「飽きて捨てる」というのは飼い主が生命の重さや尊さをまるでわかっていないから実行できるのではないでしょうか?ペット業者の「大きくなりすぎて(売れなくなったから)処分して欲しい」だけでなく、純血種を好む客のニーズにこたえて儲けようと考えが優先すると健常でない犬猫が出生したことですでに処分している話も漏れ聞いています。そういう動物を保健所から引き取って養子縁組している人々も日本國内にもいらっさいます。

2006年度の時点で約37万4000匹中の91%が殺処分され、2017年度までにペット引取り数を21万匹に抑えたい、などと読むと過去の『キャンプ』を連想しなくもありません。なんかハツにズキっと来ます。殺処分改善は数字の減少というより、繰り返しますが飼い主の「生命」についての意識にあると思うんだけどなあ。
仏蘭西ですが、野良犬も野良猫も警察や憲兵隊が見つけると、管轄内の動物愛護協会(La Société Protectrice des Animaux 略してSPA)に連れて行き、後はSPAにお任せになります。SPAのホームページの 養子縁組コーナー だけでなく、ココんちあたりだけかもしれませんが、国営放送地方局で毎週末のお昼の時間にこの地方の動物愛護協会であずかっている犬猫などの動物が映し出され自己紹介後、養子縁組希望の方は以下の電話番号へ!というスポット番組が流れます。決して見るからにかわいい子犬や子猫ばかりではなく、中年~老年、時に障害を持つ動物であることもあります。ココんちの一匹もSPAで引き取った猫です。

仏蘭西というかEU諸国では動物を伴ってのEU国内国境越えでも動物用パスポートとマイクロチップが既に義務となっています。ココんちの猫たちもワクチン接種の際、一度にマイクロチップ挿入をお願いしたところ割引になりましたし、マイクロチップのナンバーは農業省に登録され、証明書が後日送られてきました。が、マイクロチップは見た目ですぐわからないので内耳の刺青が見直されてもいますが、どうしても薄くなってしまうことや、数年前には捨てるために耳を切り落とされた犬が発見されたこともスキャンダールで紹介されていたことがありました。これまで共に住んでいた犬猫が邪魔になった途端「捨てよう」と思いついてしまうと、真夜中に車に乗せて自宅から遠く離れた場所に捨てるという桃太郎侍にぶった切っていただきたいようなことをするヒトもいます。

こういうことを思いつく人間、哀れです。

今月初め、東京都下にお住まいの或る著名人が野良猫に餌をあげ続け、集合住宅に住んでいることもあり、同じ建造物に住まう当人以外の9家庭が訴えたというニュウスが流れました。訴えられたご本人は 隣人が嫌がっても猫に餌を与える理由 として
猫にも『先住権』があり、餌をやらないと死んでしまう。
地球には犬も猫も小鳥も、花や植物も同じように生きている。
人間の癪に障るからといって、この世から消してよいはずがない。
とおっしゃったそうです。行を代えてみましたが、はっきりとした3つのテーマがありますよね。一行目はたまたま猫で訴えられたから猫についてのこの世の先住権を出して「食わなければ(ヒト同様)死ぬ」と。二行目はヒトや猫だけでなく他の生き物の生命が平らに等しく地球にあること。三行目は「人間の癪に障る」ことで「殺める」こと、つまり強者の弱さで弱者を殺めることに反対であることを述べてらっしゃる。三行目にドキっとしました、私。
だけど、この訴訟の話題についてたまたま猫に餌を与えているだけだったり、猫と同居しているだけで猫派という枠に押し込められ、その猫派に所属するヒトの主観が強いあまりに世間のバランスから外れているがごとくの扱いや、猫の公衆の粗相の悪さが猫嫌いの五感に響いて癪に障るので猫派はこういう人々のために自分への甘やかしを改めた方がいいという意見も見ました。日本國では野良犬はいないし、散歩も飼い主が丁寧にお掃除していることも事実です。全員かどうかは存じませんが。
一方、仏蘭西ではどうかというと公衆での犬の粗相を掃除する飼い主はまずいませんので、歩道には犬の落し物がごろごろ転がっています。それを踏むとBon chance!と言う習慣もありますが、その後の靴底掃除など犬の臭いと馴染みない者にはチャンスどころか苦行です。特に枯葉のシーズン以降は雨でよれた枯葉と犬の落し物の区別が色だけでなく感触でも分かり難く、しばらくしてから立ち上る臭いで泣けたりします。不思議なのは仏蘭西の犬は♂も♀もしゃがんでpipi (ピピ、小用)します。道路の端に立つ電柱に片足をあげて用を足す♂を見た記憶がない。ああ、よそンちの車のタイヤにピピを引っ掛けている犬が散見されますね。散歩中も犬の飼い主は小用も歩道のど真ん中でさせて、その後は放置で去ります。ココんちの場合、隣家2軒、向かいの一軒には犬がいます。各お宅、犬の用は庭で足させています。片付けもしません。芝や花卉の栄養にでもなるのでしょうか。もし仏蘭西だったら公衆衛生マナーは犬派の方々にまず義務付けしていただきたいものです。犬派だけでなく、警官や憲兵のパトロールは時に馬で行われ、馬の落し物も歩道や公園に放置されたままです。農業国家ですから牛馬羊が車道でお散歩なんてことも地方なら見られ、もちろん落し物があり、走行の車はそれを避けることもできません。臭いですよ。所変われば品も価値も常識も変わって、猫に関わりないヒトから彼らの主観と偏見で猫派という枠に押し込められたり、猫原理主義者扱いされたヒトビトだけに改善を要求できなくもなります。お互いできることをするのが最初の一歩です。
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ノエル直前のクリスマス市に出ていたお子達のためのポニー試乗会。

例えば仏蘭西だったらヒトを犬派と猫派に他人が仕分けすること自体、子供に「あなたはパパとママンのどちらが好き?」とうっかり質問して大人に厳しく注意されることに値しますね。生きているモノの形はどうであれ生命をいとおしむ心が第一です。自分が共に住める条件が合うからたまたま同居しているのが犬であり、猫であり、ハムスターであり、爬虫類であり、各家庭の条件が合えば複数の類の動物と住むだけです。一番お気軽なのは窓辺でスズメに餌付けすることですかね。仏蘭西という国なので心理的な勧めでもあるでしょうが、子供がいる家庭には犬猫両方が飼われていることが多々あります。そして、学校でも定期的に動物と触れ合うアトリエを開いています。外見は違いますが、言葉を借りるなら「地球には犬も猫も小鳥も、花や植物も同じように生きている。」のであり、それぞれに魂があります。それを外見や習性の違いで派に分け、飼い主の特徴づけするのはいかがなものでしょう。
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最近、ココんちの玄関先によく現れる猫です。窓越しにご対面。ココんちから10mちょっと先のムッシュウの家の猫で、ラプラドールとも同居です。

ちなみに私は犬も猫も苦手です。くしゃみや鼻水などのアレルギーも持っています。子供の頃は今にも増して愚か者だったので我侭でセキセイインコを買ってもらい、途中で飽き、母が鳥たちの最期まで面倒を見続けました。が、私が実家を出たところで一人で生活していたら畜生(敢えてこの語を用います)と同居せずに済んだものの、人は一人では生きられず誰かと共に一つ屋根の下に住むことになったなら、自分の我ばかり通せない現実も心身に痛いほどいくつもあります。今、私が猫と住んでいるのは同居人個人の希望だったからに過ぎません。日常の私は例えるなら漫画「綿の国星」のトキオのお母さんです。猫との係わり合いに緊張してしまいます。もちろん犬もそうです。たまたま猫と住んでいるだけで猫派の主観強い者というレッテルを貼られたところでハズレです。動物を毛嫌いする両親と生きてきた私も、新しい同居人のせいで猫と暮らしたことで、こんな畜生でも時には同居人より優しい心といたわりを知っていることもわかりました。魂、心です。外見ではありません。それがわかって嫌いになる方向に自分を誘うことはできず、好きになれる良さを探そうと努力しています。私の両親は戦争を経験し、自分が生きていくことに精一杯で、いくら物質に恵まれた時代になっても他の動物に対し優しい気持を持つのが難しかったことも同情しています。かつて親が口汚い表現で犬猫はじめとする動物を見下すことに私は同調できませんでしたが、それでも私の親なのです。

私はヒトも犬も猫も性格が良ければ好きですが、状況把握もせずに生命を軽んじ、情けもない性格ならそういうヒトも猫も犬も好きになれません。そして、毎年春に木の皮を破って新芽を見せる木々や花々には生きる力を教えてもらっています。

各地で野良猫を捕獲しては避妊手術を行い、養子縁組を続けているボランティアの方々がいますし、殺処分待ちの動物(主に犬、猫)の救済活動を続けている方々もいます。私はそういう活動をしている方々とも交流ありますが、彼らは犬派でもなければ、猫派でもなく、まず第一に生命を考えて、自らが動いています。上に掲載した訴えられた某氏も既に地元行政に相談し、避妊手術や養子縁組活動を続け、当初20匹以上いた野良猫が現在は4~5匹になったと彼を訴えた側が認めてもいます。こういう活動は映画でもゲームでもないので、それこそ個人の癪に障っただけで根こそぎ消したり、リセットしたり、何もなかったことにもできません。こんなことでも各自ができることしかできません。

私個人が私の生活を中心に希望していることは一度同居した人も猫も私も同居前より不幸にならないことを心がけて普通の生活を続けることです。公共においてもマナーを守りつつ、より良い共存をすること。ココんちの来年は今年よりちょっと幸せになれればよいですが。

le 31 décembre 2008, Sylvestre
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by ma_cocotte | 2008-12-31 01:41 | 『?』なたわ言 | Comments(3)
刻々と、
迫る、その日。
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きょう12月24日は母の月命日にあたります。10か月経ちました。この月日は長いようでもあり、短いようでもあり、よくわかりません。ちょうど 一か月前の24日 はルルド Lourdes という小さな町で母の供養を私なりにしてもみました。他人に勧められての旅でしたが、行って良かった、行けたことに今は感謝しています。この旅を終えてまもなく、我がブログ友達のぱぴよんさんが天国に一人旅に出ました。昨日、久しぶりにぱぴよんさんのブログに行って 一年前の12月のエントリー をおさらいしていたら涙腺が脆くなってしまいました。ぱぴよんさんがその日その日を懸命に生きている!生きていた!

齢のせいか、「去年の今頃は・・・」と自分についても、他者についても振り返ることが多くなりました。私の母についても去年の今頃を振り返って、まさか母本人も二か月後に天国に旅に出るとは思いもしていなかったのではないだろうか、と想像してみたり。私の母のように思いも寄らず2か月後に旅立つのも、ぱぴよんさんのように余命を宣告されたことで旅支度を整えつつ旅に出るにせよ、死ばかりは究極の神秘であって、その旅立ちの瞬間までは誰もが「生きている」のですよね。いえ、「生かされている」のかな?だって死ばかりは自分の予定どおりにはまず行かないのだもの。だとしたら、「生きるように」ともらった生命は大切に。
で、「生きる」とはどういうことなんでしょう?今更、そんなことを考えて、「今を生きる」、「今、この瞬間をどう生きる?」なんて御題が季節外れの運動会のごとく脳内滑走しています。
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ご慶事の前日にそのようなことに思い巡らすのも傍から見ればどうかしているのかもしれませんが、偶然にも母が亡くなったのが24日なのだから、月に一度の特別な日が重なっただけです。ご慶事の直前だからこそ深く思い考える時間があって良いのかも。
今年からひとつの生命の誕生を祝うだけでなく、このご慶事に前後して胎に生命が宿る神秘、死の神秘をひとりの人生の一本道の上の歩みとして考えられる12月24日になりました。そのように考える種を24の付く日に蒔いてくれた母に、ありがとう。

ところで、天国ってこんなところでしょうか?
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教皇さま揃い踏みなんてこの世では決してお見上げ申し上げられないざます。はっはっは。

le 24 décembre 2008, Adèle

【深夜ミサ@ヴぁちかん】
以下のURLで生中継される予定です。2時間15分ほどだそう。
DIRECT DE ROME
Messe de minuit

http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00042395&vl=video_nouveautes
Les trois photos par ma_cocotte@Lourdes
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by ma_cocotte | 2008-12-24 00:32 | 『?』なたわ言 | Comments(8)
永 遠 の 記 憶 。
少し前、11月7日 にお話した私のブログ友が12月9日に帰天したこと、
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先ほど、彼女のブログにご長女の言葉によってお知らせがありました。
12月9日
http://baromi.exblog.jp/9184016/
2008年12月9日午前1時35分か・・・
仏蘭西は引くことの8時間で、12月8日午後5時35分。
その時を思い起こすと、私が自動車教習所を出た時間にあたり、夕暮れの中、線路を跨ぐ陸橋の上をブルブル寒さに震えながらココんちに向かって歩き始めた・・・そんな時、10000km東向こうでぱぴよんさんは天に向かって行かれたのですね。
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12月8日、仏蘭西の暦を眺めればその日は無原罪の聖母の大祝日。
そんな日に天に呼ばれたぱぴよんさん。今は聖母と一緒でしょうか。
これからは毎年、無原罪の聖母の祝日を迎えるたびにぱぴよんさんを思い、祈れます。
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写真はすべて、2008年11月23日午前9時頃 @ Lourdes

この1年9か月、大変だったと思います。
2007年4月に病を宣告 されてから生きながらにして煉獄を味わい、それはいくらぱぴよんさんが語ってくださっても、私が心底分かち合える肉の痛みではなかったと思います。あまりにも明るくぱぴよんさんが病気と向き合われたこと、健常な私が癒されたほどです。感謝。私が近い将来、ぱぴよんさんを倣えるか。そう思ったところで、病気を迎えることさえ怖くて怖気ている自分がわかります。こんな小心者の私にぱぴよんさんが教えてくれたこと、私の心の宝であり、弱い心を元気付けるお薬です。

ぱぴよんさん、よく闘いました。私の誇りです。
人生のよき先輩に私はブログを通して出会えました。
たくさんの励みになるコメントをありがとう。
どうぞ今はゆっくりお休みください。
Ma petite chèrie Mme. Papillon-e,
A Dieu, mais, a bientôt. Bisous.

le 11 décembre 2008, Daniel
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by ma_cocotte | 2008-12-11 20:10 | 『?』なたわ言 | Comments(2)
久しぶりの、「...またか」
この金曜日の朝からテレビのニュウスからインドはムンバイでの事件についてカルティエ・ヂュイフ le quartier juif 、=ユダヤ人街というキーワードが聞こえてくるようになりました。短絡的に要約すれば「イスラーム過激派がユダヤ人街内の複数施設で命がけの立て籠もりをしている」ことになりますが、 どうも日本語報道の記事をざっと眺めますとミュぢゅるマン(musulmans, =イスラム教徒)が立て籠もった建物をピンポイント扱いで「事件現場」とし、そこがたまたま「ユダヤ教施設」であるという記事が多いようです。日本國向けにはこれくらいの浅い説明でいいのでしょうか。が、ユダヤ教の、それもその一帯にウルトラオーソドクスまで住んでいるとなると彼らの生活形態から考えれば「ユダヤ人居留区」内での多発事件と頭の隅っこに置きつつ今回の事件を眺めた方がいいように私は思います。オーソドクスのウルトラ度が増せば増すほどシナゴーグが徒歩圏内にあるところにしか彼らは住まいを持ちませんからして。事件現場となったホテルズもユダヤ人居留区内にあるか隣接しているのではないでしょうか。

このような国際配信になるほどの事件は久しぶりにしても、この手の宗教上のいざこざについては地球上の其処此処彼処でよくあることで滅多にないことではありません。これまでの礼拝堂の放火やら破壊、墓荒らしなどを思い出しつつ、私が「またか」とつぶやいてしまうのは事件の流れの中に「金曜日」が入っていることです。金曜日はユダヤ教にとってもイスラム教にとっても一週間のうちで特別な日です。へ?ユダヤ教の特別な日は土曜日でしょ?とつっこみたくもなりますが、ユダヤの暦では日没から日が変わるので金曜日の日没からシャバート(安息日)が始まります。フランスでも金曜日のユダヤ人街を覗けば、キッパを頭に乗せている人が関わっているお店は金曜昼までの営業で、しかも他の週日より早めの店閉いだったりします。かのイスラエルでは金曜日の日没直前から黒服黒帽くるるんもみあげの方々がシャバートを迎える喜びの踊りを路上でなさったりもする、それが世界中のユダヤびとの金曜日です。日没後、シナゴーグに足早に向かう人々を見かけるのもフランスでもそこここで見かける金曜の夕暮れと土曜午前の日常であります。一方、イスラームの金曜日も特別な礼拝日です。わが地元のイエメンびと♂は金曜の授業は礼拝出席のため来ることはないと教授に宣言していたほどです。この金曜日の意識はユダヤんにとってもミュヂュルマンにとっても信仰生活に熱心であればあるほど強いものでもありましょう。

なのに、なのに、です。
世界の一神教の三大派閥、ユダヤ教、キリスト教、イスラームにおいて、時に「三位一体などという空論などありえるわけない、神は唯一の神のみ」とユダヤ教徒とイスラームが手を取り合ってキリスト教を省いて仲良くしているにも関わらず、今回のような事件も起こり、しかも何が心の起爆剤になっているのかあまりに残虐な事件になってしまったりします。宗教違えど同じ唯一の神を信じる者同士、互いにとって特別な金曜日を互いに静かに喜びのうちに迎えられるようにできないものなのでしょうか。なにも金曜日という日に、通りどころかゾーンで火煙もうもう、血が飛ぶほど暴れなくても。

漏れ聞けば、事件があった地区はカルティエ・ヂュイフのうちでもカルティエ・ヂュイフ・オクシデント Quartier juifs occidentaux、つまり欧米系ユダヤん居留区で、必ずしもスファラディやミズラヒばかりではなさそうです。ああ、だからウルトラ・オルトドクス(超正統派)というキーワードが出てくるのですね。インドとは言え、この界隈にはアシュケナヂ系の方々が多くお住まいなのでしょう。Nariman House のキーワードで調べたところ引っかかったのがこちら。http://www.chabad.org.in/index.htm 左サブメニュウのムッシュウから拝察して、もしかしてウルトラオルトドクスと報道されているものの、ユダヤでは新興であり、世界中で布教活動をしているルバヴィッチの方々?
11月27日夕方、France 5 の生討論番組C dans l'air のテーマが
Bombay : les enfants terroristes ボンベイ:テロリストの子供たち
cf. http://www.france5.fr/c-dans-l-air/index-fr.php?page=resume&id_rubrique=1027
でした。この番組の冒頭で論客であるインド人女性が事件が勃発したあたりがボンベイで最も治安が良く、欧米人が多く集う華やかな場所であると説明しています。それに加え、欧米系ユダヤ人居留区であるならば、確かに国境を越えた人脈やら金脈で目に見える富やら繁栄が漲っているでしょう。が、それを力づくで破壊したところで世の中の美は醜に、きらびやかなものは単なる灰やら炭やら愚塊に変化するだけで、自分の身には何らかの変化が生じるかもしれませんが、自分の心や魂についてはいったい何が変わるのでしょう。

インドにもユダヤ系がいます。
数年前に漏れ聞いた話ですが、ユダヤ系である自分が生まれた国の政情が不安で、イスラエルの帰還法を頼りに例えばインドやイランで生まれたユダヤ人がイスラエルに永住を求めても、時に政府からあてがわれる住まいはかのウェストバンクに接する地区だそうです。「ユダヤ人」というレッテルだけで中の選り分けを見ずにユダヤ人でない者がアタックするのは短絡的ですし、目に見える繁栄や豊富な物資だけでユダヤ世界に関わらない第三者に選り分けられた欧米系ユダヤ人をターゲットに攻撃するのも なんだかなあ です。ユダヤ系であることで生まれ育った国でこんな生命に関わる恐ろしいことを経験し、だからと言って帰還法を頼りに本当の祖国に戻ったところで決して桃源郷を見れるわけではないという運命。この事実は宗旨違えど同じ国土で生まれ育った人々が互いに思いやることができ、こうして生れ落ちたインドで国民が世界中の誰よりも幸せになろうぢゃないかと前向きになれたりしないのでしょうか。(・・・・とココまで書いて、ヒンドゥの教えだと難しいのかな・・・とふと思った)。
フランスも土着宗教からキリスト教改宗、やがてカトリック国となったものの、現在は社会主義寄りの政教分離共和国で、現状から眺めると今世紀中にイスラームとの内戦があるだろうと予想されていたりもします。今のところ、その戦を防ぐ見えない盾は1905年のライシテ(Laïcité, =徹底政教分離法)でしょう。
Jésus/Mahomet : les frères ennemis 
イエズス/マホメット:敵対する兄弟
http://www.france5.fr/c-dans-l-air/index-fr.php?page=resume&id_rubrique=1014
ヒトというものは敵がいないと生きていけない弱い生物なのかもしれません。
数日前もニュウス番組の中で同じインド国内のオリッサ州で起こったヒンドゥ過激派によるキリスト教徒居留区への無差別襲撃の傷跡について見たばかりです。こうもこのような宗教対立が続くと、脳裏に「弱肉強食」「下克上」などの単語が徒競走を始めてしまいます。ヒトが決めた国境の中でマヂョリティとなった宗教にとって、マヂョリティが不安になるほど急激に信者数を増やしている異教はやはりつぶさねばならない存在なのでしょうか。

フランスでは最近聞くようになったかもしれませんが、日本でしばしば耳にするのは「ライバル」です。「ライバル」は競り合うために存在するのか、それとも叩きのめしたり、つぶしてまでライバルを消し去り自らが唯一のモノにならなければならないと誰か決めたのでしょうか。掌に乗れる大きさの物を手を握ることでつぶすのは簡単ですが、ヒトには思考する喜び、対話できる力もあるのにそれを使わずに最短安直に他者を消すことで心が満たされるというのはいかがなものでしょう。
Les talibans menacent la France フランスを脅すタリバン
http://www.france5.fr/c-dans-l-air/index-fr.php?page=resume&id_rubrique=1025

この世における究極の人類の救済はイスラームで生きることだとしても、この21世紀、誠意を尽くした対話の中で新しい理想の形を発芽でき、その芽を宗旨を超えて喜びあえれば良いのですが。

le 29 novembre 2008, Saturnin
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by ma_cocotte | 2008-11-29 17:24 | 『?』なたわ言 | Comments(0)
Ma petite prière 祈 り
私のブログ友が今、病気と闘っています。

昨日11月6日、久しぶりにご長女の代筆による御文が掲載されました。
お嬢さまのお話によりますと、わがブログ友はこの9月半ばに入院、10月の半ば、主治の先生から新しい抗癌剤の説明と、彼女が既に今年初めに選んでいたホスピスへの転院について、そしてお薬の投与が無ければ余命は一か月、新しいお薬を使っての余命は三か月というお話があったそうです。
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2006年春から、私達は互いのブログにコメントを残すようになりました。
彼女は私より数歳上で、妻であり、三人のお子達の母であり、ご自分にしか生み出せない仕事を持ち、経営者でもある女性です。ちらりと拝見したお姿もお顔も美しく、私の憧れの女性です。
コメントを交換してしばらくはお仕事のこと、お子たちのこと、ご自身のこれまでの生き方について、時には真面目に、時にはおかしく限りある字数のコメント欄ではありましたが、互いに語り合いました。

2007年4月だったと思います。
鼻の不調をエントリーで述べられた後、検査を受けて、病気を知りました。その時、お医者さまから余命3年と告知されたことも、彼女はエントリーで教えてくださいました。

それからの彼女は前向きに病気と付き合い始めました。
ご自分の余命を告げられたとのエントリー後、彼女のブログの中身は変わりました。
一日に三度は笑う、笑いは病を吹き飛ばすと彼女は話してくれました。
病気になってから、自分の残りの命を知ってから、夫への思い、お子達への思い、友への思い、お母さまと叔父さまへの思いがある時は強気に、ある時は弱気に、そう、彼女の思いのままに語られています。お母さまから受け継いだお店を閉め、実家に戻ることを決めた彼女。歴史ある町の中心の住まいから空気の美味しい郊外に移り、前々からブログにも書いていたように犬と一緒に住み始めもしました。

余命を告げられるほどの病を自らの身体に抱えた彼女のエントリーに元気付けられたのは私の方でした。愚かな私に彼女はたくさんの栄養とお薬を、そそぎ続けてくださっています。どれほど自らを省みる種、他者を思いやる種を彼女は私の心に蒔いてくださったことでしょう。感謝、感謝、本当に感謝です。

彼女が作る服、彼女が選ぶ服は私好みのものでもありました。
それは、彼女に伝えた。
いつか帰国したら、彼女のお店を訪ねて隅から隅までずずずいぃいいいいっとお買い物したいと密かに私は目論んでもいました。でも、そのお店はもうありません。
そんなことはタイミングでしょう。私のわがままだ。
それより、彼女の病気がわかる前までの家族愛でいっぱいのお話と、彼女が病気を知ってから時折、掲載されるご長女の素直な文章から伝わるお母さまへの思い。
昨日のエントリーにはご長女の言葉で
最近
母だけでなく父にも「母さんのことを記録に残して」と言われるので、
もしかしたらまた書きに来るかもしれません。
と締めくくられていました。
こんな10000kmも遠くに住んでしまって、彼女のために何もできない私が情けないです。
本当なら彼女の手を握り、手の甲を包みたい。手の甲やおみ足を摩りつつ、お話したい。
今の私には祈るしかできないけれど、こんな私の祈りがいかばかりかと思うと恥ずかしいけれど、小さな祈りが彼女のご心身の痛みを和らげるお薬となってそそがれますように。

le 7 novembre 2008, Carine
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by ma_cocotte | 2008-11-07 16:55 | 『?』なたわ言 | Comments(12)
仏 蘭 西 的 新 盆 - Défunts -
きょう11月2日は仏蘭西の暦で Défunts デファンと言い、死者を思う日であります。今年はたまたま日曜日になりましたが、例年何曜日であろうと11月2日には教会でミサがあげられ、仏蘭西の場合だとミサの中(たいていは共同祈願)で、各教会においてこの一年の間、葬儀をあげた方の全氏名が読み上げられて、全参列者がそのみ霊のために祈ることになっています。

私の母も今年2月24日に亡くなったので、フランスならばきょう11月2日が日本で言うところの新盆のような日でした。遠い異国で異教の葬儀で送られた母の名前を読み上げていただけはしませんが、母を知る者が二人、母を思ってミサにあずかりました。母にその気持だけは届いていれば、と思います。

きょう11月2日が「仏蘭西での母の新盆」という潜在意識が私にあったせいでしょうか。母が亡くなってから、私が目を覚ましても覚えている夢において初めて母が現れました。どうも実家のようなところに「いつもの母」がいました。母が私に「またね」と言うのではなく、なぜか私が飛行機の時間に遅れるとか言いながら母に「またね」と言ってその場を離れました。母は私に「行かないで」と言うわけでもなく、笑みを浮かべていました。そのあたりでなんとなく目を覚ましました。母が黙って私を見送ってくれたのは長期滞在という形で初めてフランスに向かう日から以降とこの夢でしょうか。フランスに長期滞在を決めるまでの私について母は過保護のように行き先を気にしたり、私の帰宅時間にも神経を尖らせていました。ですから、今朝の夢で母に黙って見送られたのは、目が覚めて今に至るまで少し変な心持であったりします。ただ、母が何等特別なことも真新しいこともなく、私が知っている、私が子供の頃から見ていた「普段の母」だったこと、そんなことになぜか安心できた気持にもなりました。

le 2 novembre 2008, Malachie

「死者の日」も近くなると、ニュウスでも「人の死」に纏わる話題が取り上げられたりします。昨晩11月1日の夜はココんち地元の地方局ニュウスで医学部への献体と献体方法について放映されました。大学の解剖実習の授業の様子が流れ、布がかぶせられているもののご遺体の足が映りました。教授が縫合を教えている場面ではご遺体の左腕が画面に出ました。ちょっとドキっとしました。解剖学教授のお話、外科の先生の話、医学生の感想も流れ、最後に毎年この時季に教授と医学生が献体者のお墓に黙祷する場面が映し出されました。
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フランスの埋葬事情ですが、土葬が今も多く、確か一番廉価な契約ですと約10年後に埋葬場所を掻き回されてしまいます。「家」という単位でのお墓はイタリア風の形でほうぼうの墓地で見かけはしますが、フランスでは墓の単位が「家」というより「個人」単位であることが多く、庶民なら 地元の自治体の墓地に埋葬 です。例えば配偶者の死後、引っ越してしまったら、配偶者とは別のお墓に埋葬される可能性も高いのです。それゆえ、墓地を散策すると荒れ果てた無縁墓がかなりあります。きれいなお墓は修道会のお墓だったりします。
そんな仏蘭西におけるお墓の行く末の現実を見てしまうと、魂の抜けた自分の身体を献体し、年に一度、医学生に墓前で思ってもらえた方が幸せかな、と思います。昨晩の報道を見て、新たにそう思いました。
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by ma_cocotte | 2008-11-02 22:10 | 『?』なたわ言 | Comments(6)
白い日、赤い日、黄金の日
まもなく半年振りに東の果て、日出づる國に向かいます。
母のせいだか、おかげだか、今年は二度も里帰りすることになりました。

母の足腰が弱って、それまで二階の寝室に寝ていたのに、一階のリビングに介護用ベッドを入れ、母はそこで寝起きし、やがて寝たきりになってしまいました。父は添い寝はせず、二階の寝室で寝起きしていましたが、父が二階に向かう時も母がいる部屋の照明は薄明るくつけたままにして、決して消灯しませんでした。
母が今年2月24日に帰天して、私が26日夜10時過ぎに帰宅すると母はリビングで両肩に重たいドライアイスを抱えてカチコチになって横になっていました。脳を検体したことで、頭にはガーゼが巻かれ、更にりんごを保護するようなネットをかぶされていました。なんでも家を出るまでお線香を絶やしてはいけないそうで、渦巻状のお香が焚かれていました。その時も父から母が横たわっている部屋の電気を決して消さないでくれ、と言われました。翌々日、母は骨壷に入って実家に戻り、棺に入れられて家を出るまでと同じ部屋にしつらえられた仮仏壇にちょこんと置かれました。日が暮れて、各自が寝室に戻る時間になったら父が母の骨壷が置かれている部屋の電気を消さないでくれ、と言ってきました。3月の終わり、私が実家を出る日までそれは守られ、私がまもなく帰宅してもそれは守られていて、納骨の日まで守られるでしょう。でも、母の骨壷がお墓の下に収められたら、もう夜間に電気をつけておくことがなくなってしまいます。浄土宗では仏壇の中央に掛け軸のようなものをかけるそうですが、納骨の時、そのかけじくも持参して入魂(?)もしていただくそうです。(お盆にちょうちんをお墓に持って行き、お墓の前で火をいれて持ち帰るようなものでしょうか?)

納骨をしてしまうと、母が本当に実家から離れてしまうような気がして気持複雑だったりします。納骨の日まで、身体の自由が母の思うようにならなくても、おそらく母の健全な心は毎晩、一階でひとりぽっちになってしまっても薄明るい光が点っていたから、娘(=私のこと)が子供の時のように真っ暗が怖くて泣いたりせずにいられることを父に感謝していたかもしれません。ふと、日没後のお墓は真っ暗で母が寂しい思いをしないかな、と心配になったりします。日中は、母の葬儀でお経をあげてくださったお坊さまや他のお坊さまが入れ替わり立ち代り墓地のお掃除をしているそうです。お坊さまはハンサムな青年でしたから、お昼間は母も母なりに楽しめるでしょうけれど。(ああ、なんだか「もーれつア太郎」ちっくな話だ)

母の死から約一ヶ月、私は実家にいたものの、再び10000kmも離れた住まいに戻ってしまったこともあり、動かない母も、骨になった母もしっかりと自分の目で見たのに、ふとまだこの大地をつたって行けばどこかで母が元気にしているのでは?と思ったり、わがままなもので実家を出て10年近くなるのに母の味が恋しくなってどうしても食べたくなったりしまうけれど、母から料理を習ったこともないのでそれは叶いません。母はどこにいるのかなあ?ココんちの近所の神父さまは母は既に天国にいて光のように輝いているんだ、と慰めてくださいました。母校のシスターは私の母が10年近く闘病し、晩年は寝たきりでこの世で既に煉獄を知ったからもう天国ですよ、とおっしゃいます。でも、娘の私は母のわがままや毒っ気な部分を知らなくもないので、今もまだ母が煉獄にいるのではないかと疑ったりしてしまいます。煉獄滞在中の魂は祈れないそうだから、祈りを配達しないといけませんね。

で、これ(↓)、ご存知ですか? 江戸の下町の耶蘇教会の聖堂出入り口で見つけました。
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う よ し ま り 祈 に 為 の 魂 霊 の 獄 煉

と書いてあり、額の下方の右側のポケットに数字が書かれた玉がたくさん入っており、無意識にひとつひき、番号を確認して、額に書かれている意向を読んでひと祈りを捧げ、玉は左側の箱の穴の中に戻します。ちょっと寄って見ましょう。
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どうやら煉獄の魂のために祈る意向は80種類あるようです。日本語の表現からして昭和20年代のものでしょうか。玄関先なのでつい引いてみたくなっちゃうし、煉獄滞在中の魂も知らない人からの祈りの花束を喜んでいることでしょうね。
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母は今どこかなあ?

どうもまだ不安。私のこんな複雑な思いに安らぎを与えてくださったのは9月12日から15日までフランスに滞在された教皇さまの説教でした。「聖母に向き合い、聖母を愛しましょう。聖母は私達みんなの母なのですから」と。それが本当なら聖母は私の母の母でもありながら、私の母でもあります。この世で母を見つけられなくなってしまった私も母である聖母に甘えて愚痴れるのかもしれません。私の母は母で、天国で既に聖母といつも一緒なら幸せでしょう。教皇さまに慰められました。畏れ多いことです。

13日のパリ・アンヴァリッドのごミサでは白の祭服、
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040858&vl=video_nouveautes
14日、ルルドのごミサは赤の祭服、
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040861&vl=video_nouveautes
15日のルルドのごミサは金色の祭服、
http://www.ktotv.com/cms/videos/fiche_video.html?idV=00040884&vl=video_a_la_une

でした。どのごミサも説教で感動し、泣けました。
この4日間で私も「みんなのお父さん」B16をますます好きになりました。

以下がフランス滞在中の教皇さまの関連ビデオ一覧です。だうぞ。
http://www.ktotv.com//cms/pape_france
13日夜ルルドでの 光の聖母行列 ←クリック! や14日午後の 聖体顕示式 ←クリック! もぜひ。超ウルトラ感動。
щ(゚Д゚)щ 香炉が4つだよーん。
ではでは、あとでね。
 
le 16 septembre 2008, Edith
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by ma_cocotte | 2008-09-16 04:43 | 『?』なたわ言 | Comments(31)
天の門が万民に開かれる日に。
こんにち8月15日は天国の門が万民のために開かれる日なのだそうです。
フランスはこの日が国定祭日で、どこのカトリック教会でもミサがあげられます。天気にも恵まれたので、自転車を漕いで近所の教会のごミサに行ってみました。
聖堂に入って奥、真正面のステンドグラス。
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聖母の戴冠 だにゃ。

ミサが始まる前、先唱者がきょうの被昇天の聖母の祝日には天の門が開門するということを説明しました。聖歌322番の歌詞に「あめのきさき 天の門 海の星と 輝きます」とありますが、もしかして「天の后=天の門=海の星」という並列の一格だったのですね。ようやく気づきました。生きているうちに知れて良かった。

この話を聞いてすぐ、今年2月の終わりに旅立った母の魂がまだ天にたどりついていないのなら、ぜひきょうの開門に飛び込んで欲しいと思いました。ただ、私の母はヒトが押し寄せるところが苦手ですから、こういう時に限ってへそを曲げたり躊躇したりするので、天の門の向こう側にいらっさる聖母に母を導いていただけたら、と、祈りましたよ。

偶然にもきょう は日本國では第二次大戦が終わった日でもあります。
日本のカトリックでは8月6日から15日までを「平和旬間」と定めていて、各自が祈りつつ平和を考える期間でもあります。この間、歴史においては広島、長崎の原爆忌がありますし、暦を眺めればアウシュヴィッツで帰天したエディット・シュタイン Edith Stein (9日)やマキシミリアノ・マリア・コルベ Maximilian Marie Kolbe 師(14日)の名前もあります。彼らの生き様や歴史を振り返りつつ心にうつりゆく思いを祈りに変えながら15日を迎えますが、日本にもゆかりあるコルベ師が囚われの身となる直前、最後のごミサの説教でこのようなことを述べていたことを知りました。
兄弟のみなさん、本当の成長とは何でしょうか。
キリストを信じる者の成長は目には見えません。魂の成長なのです。
わたしたちの仕事が全部できなくなる時が来ても心配ありません。
主イエズス・キリストを信じる心さえあれば、必ず大きな実を結びます。
皆さん、今、平和が押しつぶされようとしています。
でも、私達は神さまが望まれる平和を守って生きていきましょう。

本当の平和は毎日あなたがたの心の中に生まれ、育てられるのです。
自分の幸せのためではなく、人々への平和のために、自分自身を捧げましょう。

日々の行いを通して、私達はキリストに近づくことができます。
これこそ本当の成長であり、最高の喜びです。

心にしみいるというか、深いですよね。
現在、グルジアとロシアの間で戦争が行われていることもあって、コルベ神父さまがおっしゃる「今、平和が押しつぶされようとしています」以降のお話は私達に何ができるのか教えてくださっているように思えます。カトリックにおいて「神」なる存在は「愛」そのものですが、「平和」は各自の心で育てる、つまりひとりひとりが「平和」なんですよね。愛と平和は同じものではないけれど、切っても切れないお友達とでも申しましょうか。文章内の「神」と「愛」という語を互いに置き換えると「愛が望まれる平和を私たち各自が守って生きていく」のですし、「人々(各自の心の中の)神と平和のために自分自身を捧げてみる」と私たちがキリストに近づけるとコルベ師がおっしゃっています。なーるほど。敵の存在の中にも神を意識すれば殺める気にもなりません。何よりまず、自分の中で平和をはぐくめば自ずと幸せを感じるでしょうから、それで終わらせるのではなく、同じ幸福感を他者にも感じてもらうようにすれば、平和の鎖がつながっていく。

簡単のようで難しいから戦争になるのでしょうが、そこには野心や利権があるのも誰もが知るところであり、功名で得る幸せは本当の幸せでも平和でもないのでしょう。

ここ数日、ニュウスでグルジアの様子を見るたびに永井隆氏が残した言葉「「戦争に勝ちも負けもない。あるのは滅びだけである」を思い出します。魂はないけれど建造物が破壊され、魂が抜けて色が変わった遺体をいくつも見ました。魂が抜けた身体が朽ちるのは時間の問題のみですから、本当に「滅び」ですね。爆薬を吸った大地から産み出される作物も食べたところで死につながったりもします。

フランスでは今日8月15日の祭日について正教で盛大に祝われる大祝日なのだと必ずと言って良いほど説明に付け加えられています。グルジアもロシアも正教国なのだから、もしこの大祝日に休戦をしているのなら、当事者ひとりひとりが自分の心の平和を育て、平和を望んでいる愛を喜ばせてくださいよ。

le 15 août 2008, l'Assomption

きょう8月15日、フランスでは電気とガス料金が一斉値上げとなりました。ガスが5%、電気が2%の値上げですって。きょうくらい出血大サーヴィスの無料にして、明日から値上げすりゃあいいのに。やっぱりサルコぢが神なんてあり得ない。平和(=共和国民)に愛を感じない。けっ。


そうそうそう、そうだった。もうひとつ。
昨晩、映画「薔薇の名前」がFrance 3 で放映されたので観ましたが、もちろんフランス語吹替版でしたが、ラテン語の部分で字幕が出ない・・・・これってなぜ?知ってて当然なのか、知ってる奴しか見ないと思われているのか。謎だ。

【追 記】
TF1ニュウスで紹介されたこの夏のルルドの様子です。
Les pèlerins se pressent à Lourdes
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3943836,00-les-pelerins-se-pressent-a-lourdes-.html
14日夜の行列と15日午前に行われた野外ミサ。

Déjà 15.000 pèlerins en chemin pour Lourdes
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3940911,00-deja-15-000-pelerins-en-chemin-pour-lourdes-.html
ルルドでのボランティアについて。

【追 記-その2】
16日13時のTF1ニュウスで紹介されたコルシカ島の聖母行列です。
La Vierge, sainte patronne de tous les corses
http://videos.tf1.fr/video/news/0,,3944266,00-la-vierge-sainte-patronne-de-tous-les-corses-.html
コルシカ島そのものの守護聖人が聖母なので、各市町村で聖母行列が行われるのが伝統だそうです。映像はバスチア市で、銀で作られた聖母像。マンマとかマードレとイタリア語がフランス語に混ざるのがいかにもコルシカです。

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by ma_cocotte | 2008-08-15 22:03 | 『?』なたわ言 | Comments(9)