カテゴリ:『旅』 Rien de spécial ( 68 )
ヂャウ・ハランバン夫人、お久しぶりにかなりのサヴァイヴァア
今回のヂャウ・ハランバン夫人。
往路はパリから羽田直行便。
復路は羽田から深夜便で先ずフランクフルト。経由で早朝のパリ入りでした。

こういう旅程になったのも、前回まで存在した羽田深夜便のパリ直行を鶴のマアクが撤退してしまったせいでした。日本国内の滞在先、仏蘭西国内での移動事情を考えると羽田深夜便の条件だけは妥協できません。結果、初めての独逸入りを経験することになりました。

羽田から深夜便に乗るとまもなく軽食が出、着陸二時間ほど前にしっかりした食事が出ます。今回の私の場合、着陸が現地時間の午前5時過ぎ、日本時間だと8時間足すので午後1時過ぎ。ですから、食事は日本時間の午前11時頃にいただいたことになるのでお昼ご飯にあたりますかねぇ。

午前5時を周って、フランクフルトの空港に到着してからの私は一時間後にはパリ行きの飛行機が離陸することになっていたので、焦る気持が逸るまま、入国審査と手荷物検査を通り、パリ行きの飛行機の搭乗口へ向かいましたが、
迷った・・・。
いっとき、これは乗り遅れてしまったと絶望状態に陥りましたが、運よく乗り遅れずに済みました(感涙。

パリ行きの機内に乗ると、飛行時間はたった45分というアナウンス。近年の航空業界不況もあるので、何の期待もしていませんでしたが、なんと朝食が出ました。巨大なクロワッサンのようなパンを先ず渡されまして、食べてみるとパンの中にアーモンドクリームがしっかり入っていました。そして、飲み物も出ました。たった45分の飛行なのにCAさん方が実に見事にスマアトに動かれ、流石、ゲルマン民族だと思いました。生まれて初めてのルフトハンザでしたが、機内の清潔さには驚きました。エールフランスぢゃありえない。日本の多くの方が欧州を旅する時に独逸経由にするのはこういう理由があるからではないかと思いました。

さて、フライト45分で無事、午前8時すぎにパリに到着。
到着寸前の低空飛行で朝日に染まるデファンスの高層ビル群やパリのエッフェル塔、ブローニュの森などを拝めたことは運が良かったです。午前8時着ですからビジネス便らしく、乗客のほとんどは預かり荷物無し。預かり荷物を待っていたのは乗客10人にも満たなかったです。

パリについてしまえば、あとは新幹線に乗り、午後2時手前にココんち到着とついうっかり思ったヂャウ・ハランバン夫人が愚かでした。なんとまあ、新幹線に遅れが出てしまい、最後の最後。地方列車に乗り遅れたので、予定より約一時間遅れての帰宅になりました。ふぅ・・・。おまけに出発直前から風邪をひいた予感。こうして帰宅したところで風邪が悪化し、何もできないまま一週間を迎えてしまいました。悪い風邪の峠は越えたように思いますが、油断大敵、無理は禁物ざます。

兎にも角にも、またひとつ旅を締めくくることができました。

le 22 février 2016, Isabelle

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by ma_cocotte | 2016-02-22 22:44 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(2)
見 つ け も の
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亡き母のサングラスと老眼鏡を見つけました。
私がかけることにしました。

le 2 février 2016, Théophane

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by ma_cocotte | 2016-02-02 14:10 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
たかが二年、されど二年
更地だった所に新しいビルヂングが。
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以前は阪急、今度は東急なンですね。



せっかくの銀座ですのにブラブラ歩く余裕がまるでなく、目標定めて歩いても、歩行者天国終了時刻にぶつかってしまいました。
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ギンザにはできればもう一度、寄りたいです。


le 23 janvier 2016, Alphonse

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by ma_cocotte | 2016-01-23 10:50 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(4)
海を見てきた午前
2015年のおヴァカンスも終わって一週間後、久しぶりに海を見て参りました。
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もちろん鼻歌は世界のどこであろうと自然に、
海は広いな、おっき~なあ、月は昇るし、陽は沈む。
海にお船を浮かばせて 行って見たいな よその国
と、わたくしはよその国にこうしているのですがねぇ。 
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悪魔さんと一緒に海を眺めたワタクシ


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写真のココは仏蘭西の西の最果てブルタアニュ Bretagne の、プルマナック Ploumanac'h という土地です。仏蘭西通の貴兄貴女にはすぐわかりますとおり、このプルマナックは今年のおヴァカンス直前に、2015年度の仏蘭西びとに最も好まれている村の第一位に選ばれました。
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結婚を希望する女性が聖像の鼻の頭を触れば一年以内に結婚できるという伝説がある祠(聖ギレックの祈祷所 Oratoire de Saint-Guirec)も、潮が引いた時に訪問したのでそばで拝むことができました。
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↑ どれだけの結婚希望の女性に鼻を触られたのか。既に聖ギレックのお鼻はぺっしゃんこ ↑

この祠、潮が満ちると海に浮かぶ祠になってしまいます。

兎にも角にも今週に入ってからのココんちあたりは連日の風雨で、報道では秋が訪れたことも宣言されました。先週と今週では気温差が10度以上あるように思えます。旅の緊張が緩んだのか、ま・ここっつぁんは風邪を発症。目ぇしょぼしょぼ、お鼻がびがびの火曜日を迎えました。とほほほほ。

le 15 septembre 2015, Dolorès

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by ma_cocotte | 2015-09-15 17:24 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
葡萄牙について知らないことばかり
だったので、知る喜びがいっぱいの旅になりました。
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例えば、首都リスボンで遠くにかすんで見える橋。
その名は「4月25日橋 Ponte 25 de Abril」、欧州で最も長い橋なのだそうです。知らなかった。

とある三食付き昼寝皆無の団体旅行に参加し、リスボンからポルト、国境を越えてスペインのサンチアゴまでのバスツアー。不幸にも連日の豪雨でバスの窓の外の景色も大して楽しめず、ただただ耳に入ってくるガイドさんの説明をかぢっておりましたが、自分、ポルトガルについて何も知らないことを知りました。

現在のポルトガルの第二外国語は英語だけれど、以前の第二外国語はフランス語だった。

国民男子の義務教育化が1940年代、国民女子の義務教育化が1950年代なので、現在も多くの高齢者が文盲であること。(例えば1910年代のファティマの聖母出現で知られる3人の子供たちは学校に通っていませんでした)
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大昔、ポルトガルがアラビア・イスラーム世界に支配されていた時代が長かったので、現代ポルトガル語のうち約1000単語がアラビア語由来であること。たいていはアル al で始まるそうです。が、例えば地名のファティマ、ナザレなどはアラビア語そのものだそうです。そう言われてみると、ファティマはイスラーム婦女子の典型名だし、ナザレはイエスさまが育った土地で、現在はパレスチナ自治区内です。なあるほど。

16世紀頃は日本との交易がさかんで、当時の日本の文化がポルトガルに多く持ち込まれ、生活文化に大きく影響していること。例えばポルトガル語でお茶を「チャ」と呼ぶのも日本からお茶の文化が届いたからだそうです。知らなかった。これについては当時の日本がポルトガルからたくさんの生活文化を受け入れ、今に至っているのだとばかり。ところが、ポルトガルでは「お互いに文化交換をしていた」と捉えてくださっているようで、親日家が多いです。ありがたい。

ポルトガルでの最低給与設定が月額500ユーロ(フランスの三分の一弱)で、500ユーロで定年を迎えた場合、その後の年金が月額270ユーロであること。←フランスぢゃ生きていけないかも・・・。コレゆえ、高学歴者や手に職を持つポルトガル人が欧州各国、海外(主にブラジルまたはアフリカ内の旧ポルトガル植民地各国)に移住してしまうという現実。この話題は少なからずショックでしたね。一方で大学での就学費用が何から何まで高額なので、大学に通える学生の出自が限られてしまっているという矛盾。なんだかなあ。ポルトで、バスの中から偶然にも何度か黒づくめの伝統的な装いの美しい大学生たちを見ましたけれど、教育制度が欧州の他国よりかなーり遅れているし、問題があると察しました。

と、ポルトガル国民の生活はとても厳しいのに、ポルトガルの町の様子はフランスやスペインの町々より洗練されていて美しいという不思議。もちろん町のそこここに壮麗な歴史建造物だけでなく朽ちた廃墟や疲れた建造物が点在してはいるのですが、どういうわけか街全体がかもし出す雰囲気はフランスよりかなり垢抜けているように思えました。私が日本人なのでポルトガル人の生活感覚とどこかツボが合致しているせいでしょうか?
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首都リスボンも、商業大都市ポルトも、ファティマやナザレも都市計画整備実施または完了直後に訪問したのも運が良かったのかも。空港もリスボン、ポルト(↓)とも近未来空間でしたよ。
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と、以上、まとまりのない文章のまま、とりあえず今日はココまで。

le 18 novembre 2014, Philippine



もうひとつ「知った喜び」を思い出しました。
現在のポルトガル国内事情がフランスと異なる点。
それは、最近の世界を騒がさせている物騒な諸問題にもつながりますが、今は貧しいポルトガルもかつては他の欧州国と同じくアフリカにいくつかの植民地を持っていましたが(ポルトガルにとって最後に手放した植民地は中国のマカオ)、アフリカのいずれの旧植民地国もキリスト教国であり、イスラームがマイノリティである点が英仏の事情とまったく異なる点で、ゆえに現在もアフリカの元植民地からポルトガル本国にひとびとが移住してきても英仏が悩んでいる問題がポルトガルでは起こらないのだそうです。これはちょっと目ぇ覚まされた話題でした。

と、この写真はナザレの町で偶然出会ったアフリカはアンゴラからの巡礼者さんたちです。カトリックさんたちですね。
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ロオマ、ルルド、ファティマなど必ずアフリカからの巡礼者さんたちがいらして、彼らの美しいプリント布の民族衣装に私の目が釘付けになってしまうのですが、アンゴラの布地も鮮やかで美しい。ほれぼれ。
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by ma_cocotte | 2014-11-18 04:23 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
大航海
ポルトガルはリスボンの街灯。
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大海原に出て行く大帆船


ああ、ポルトガルと聞けば「大航海」という文字がまず思いついたりするものね。
そして、「ポルトガルの大航海」と聞けば、発見のモニュメントを思い出すのが日本人。
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ポルトガル人にとっては発見のモニュメントはそんなに「ぜひ、絶対見物しなければならないもの」ではないようで、むしろ並んで聳え立つ「ベレンの塔」に必ず寄って見てほしいようです。
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そして、ポルトガルの大航海と言えば、バスコダガマ。
正確にはヴァスコ・ダ・ガマ Vasco da Gama。おまじないではなく、15世紀から16世紀にかけて生きていたポルトガルの冒険家。彼のお墓なるものがベレンの塔に近いジェロニモス修道院内聖堂にございました。
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どぉおおん!
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どっ、どぉおおおん!

ジェロニモス修道院についてはあまりのデカさ、美しさに腰が抜けてしまいましたけれど、ジェロニモスについてはまた今度。そして、バスコ・ダ・ガマのお墓と同じタイプの棺を何十も拝見したポルトガルの旅でもありました。パリ近郊のサンドニ聖堂に行けば似たような棺がゴロゴロあることも知ってはおりますが、ポルトガルのそれに比べるとフランスのそれは地味に思えたりもします。この話もそのうちに。

さて、話戻って、発見のモニュメントとベレンの塔の間に、飛行機。
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船の時代から飛行機の時代へ。

ポルトガルくらい「平家物語」の冒頭の文がしっくりと似合う国はないと思います。

もう少しポルトガルについて勉強すればよかった・・・これについては大後悔。


le 13 novembre 2014, Brice

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by ma_cocotte | 2014-11-13 02:20 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
路地裏で
ポルトガルはリスボンのカテドラル近くの、
車も通れない細い路地で、
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見つけた。


何を?
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空(くう)を見上げたら、



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靴。


なぜ?

le 8 novembre 2014, Geoffroy

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by ma_cocotte | 2014-11-08 04:20 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(2)
ポルスペひとり旅
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10月10日から17日までポルトガルとスペインを旅して参りました。
連日の雨どころか豪雨で、洪水に追いかけられてのトム&ジェリ旅の一週間でもありました。

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そして、生まれて初めて、格安航空会社便に乗りました。
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往復とも2時間前後の飛行時間でしたので、なんら問題なく。
乗務員さん方もとても感じの良い方々でしたし、特に往路はリスボンでの見事、完璧なランディングに感動しました。格安航空会社、あなどれません。

ポルトガルとスペイン一人旅の見聞録は今後、お気まぐれに更新するかも、しないかも。

le 20 octobre 2014, Adeline

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by ma_cocotte | 2014-10-20 19:01 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)
な の か め
2月11日の午後3時過ぎの新幹線に乗り、
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午後6時半、モンパルナス駅発のロワシ空港行きのバスに乗り、
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午後8時頃、ロワシ空港に着き、
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出国検査を済ませ、シャトルに乗り、
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手荷物検査を済ませた後、お夕食。
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夜23時過ぎの成田行きに乗り、
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翌日19時半頃、成田に着陸。
預かり荷物を引き取り、入国審査後、午後8時40分過ぎのスカイライナーに乗ったのでした。
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実家に到着したのは午後10時過ぎ。
いやぁ、長旅でございました。約3年ぶりのロワシ空港も何もかもとても進化しており、空港職員の方に導いていただいてようやく少しずつ前に進むことができました。いつもならば仏蘭西共和国内でとらぼーに遭ってしまいますが、今回は飛行機に乗ってからサヴァイヴァアが始まったと申しましょうか。
習慣で着陸一時間ほど前になるとお財布の中のお金をユーロから円、円からユーロに入れ替えますが、機内に持ち込んだバッグの中に日本円を入れたお財布がない!無い、無い、無い!? 焦りました。里帰り直前にココんちのほぼ黒猫が重病になり、どこかふわあっとなったまま、ココんちを出たせいでいつもの習慣を忘れてしまったようです。運が良ければ預かり荷物のトランクの中にお財布が入っているはずですし、運が悪ければココんちのひきだしの中にお財布は置きっぱなし。もし運が悪い場合だと私は一円も現金を持っていないので「成田からどうすりゃいいの?」としばし。クレジットカードで引き落とせばなんとかなるかと思いついたあたりで成田到着。
入国審査ではメガネを外しての本人確認に続き、係の方が「出国記録がありませんね」と来たもんだ。「えええと、2011年2月ですが」と言いますと、「えええ、3年も出国したままですか?」と一言。こちらはきょとーんとしてしまったんですが、3年「も」出国したまんまというのはよろしくないことなのでしょうか?
続いて、預かり荷物の引き取り。団体さんが数組乗っていたこともあり、自分の荷物がなかなか出てこず、どっと疲労が出てしまいました。ようやく自分のトランクを拾い、見通しが良い場所でありながらひとの少ない場所を見つけて、トランクを開けたところ、「運が良かった」。日本円が入ったお財布を見つける事ができました。でお・ぐらあしあす。
その後は、よろよろと地下に降り、いつもどおり、有人券売所で「一番早く都内に入れる切符をください」とお願いして、最新のスカイライナー。快適でござあました。

その後、JRに入ってから東京メトロに乗り換え、自宅に着くまで、必ずしもエレベータがなかったり、エスカレータがあっても上りばかりで下りがなかったり、と無駄に歩かされました。

なんだかなー。
日仏両国の空港内の進化とは反対に、JRの進化は停滞気味のように思えました。

とりあえず、実家に着いた。大雪には参ったけれど、うちはうち。
あっちのココんちを出てから、きょうで7日となりました。



le 18 février 2014, Bernadette

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by ma_cocotte | 2014-02-18 21:17 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(3)
近いようで遠い国
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先週、ブルゴオニュを旅してきました。
ココんちから東に3県ほど先の県がブルゴオニュ地方の玄関になりますが、玄関をくぐったら、生活文化がまるで異なるので驚きました。車窓から見える家の造りがまず違う。優美なお城にうっとり。食事をすれば、美酒美食に感動。ブルゴオニュという地方はすべてにおいて豊かなところゆえ、かつて隆盛を極めたのだろうと察しました。

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・・・と、流石のブルゴオニュ。
修道士キャラとはいくら邪魔が入っても切れない間柄のようでした。

le 21 septembre 2013, Matthieu
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by ma_cocotte | 2013-09-21 00:01 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(0)