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カテゴリ:怒髪に突かれるCPE!( 7 )
C'est fait: le CPE est mort 【完結:CPE は死んだ】
Le CPE a été enterré ce matin par Jacques Chirac et Dominique de Villepin.  - LIBERATION.FR : lundi 10 avril 2006 - 13:25

  CPE はジャック・シラクとドミニク・ド・ヴィルパンによって今朝葬られた。 (リベラシオン紙)


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先月10日上院でCPEが可決されてからぴったり一か月目のこんにち4月10日午前、この一か月であっという間に人相が悪代官様に代わり、両目のまつげまで真っ白けの毛になった『これでも首相』のド・ヴィルパン氏(→)によってCPE廃案が発表されました。
   飛んだお茶番劇がようやく幕を引きましたわね。

この発表に伴ってUNEF (全仏大学生組合)やらPS (フランス社会党)よりヒダリ突き当たりまでの各党首やら労働組合の皆々様方が次々と「Victoire(勝利)」を宣言しましたが、こんなちゃんちゃらおかしい出がらしのお茶番劇で「Victoire ヴィクトワール(勝利)」という言葉を使ってしまってよいのでしょうか?おヒダリ党ズや労働組合の成熟した大人のみなさま方はともかく未来ある高校生や大学生がこんな茶番で勝利の満足感を得たと勘違いしてしまっていいものでしょうか?本物の勝利というのはこんなCPE法廃案なんかで味わう満足感と比べ物にならない「神聖なもの」ではありませんか?

今日は一日中CPE廃案のニュウスばかり流れていますが何から何までずずずいーっと納得いきませんね。というのも、3月10日のCPE法案直後からフランスのド田舎に住む異邦人、ニッポンびとの♀、しかも会ったこともないヒトビトに「おばさん」と嘲笑されるような私がですよ、CPE法案は「愚」だと学生の立場や就業の現状、住居はじめ生活保障問題などあらゆる角度から意見を述べていたのに、もしCPE法案を実施するにしてもそれを実施する前に他の問題(会社の負担金、住居問題、高等教育就職カテゴリー)を改善するのが最善策だろうとつぶやいていたのに、なぜド・ヴィルパン氏はその問題点にも着手の順番にも気付かなかったのでしょう?マチニヨン(内閣府)から最も近いANPE(職安)に飛び込んで職員にちょっと聞けば一般大学生の就職問題なんてすぐにわかるでしょうに、CPE法なんか公表する前の下調べでCPE法がいかに愚な法なのかいくらでも証拠を拾えただろうに、なぜCPE法を上院に提出したまま1か月もの間放置して世間を騒がせたのでしょう?

こんにち(4月10日)CPE法廃案が決まり、高校や大学は3週間ぶりに授業が再開されることになりそうです(って、今週はパリ・ボルドー地区の全就学者は春休み中なので来週再開)。が、誰もが内容を一読しただけで「くだらないよ」と口にしてしまうようなCPE法を3月10日に上院でとりあげなければ学生の構内篭城や授業妨害も、ありとあらゆるストも、便乗暴動や公共物破壊も起こらなかったのだし、まして労働組合員のCyril Ferez 氏がパリに上京してまでデモに参加して何者かに殴られて昏睡状態に陥ることもなかったことになります(3月18日の暴動で昏睡に落ちたFerez 氏は4月7日、20日ぶりに昏睡から覚めました)。

こうして今日CPE法案が死んで埋葬されてしまいましたが、世界一の観光都市でもある花の都おパリの治安も収入も激減、もちろんシラク大統領とド・ヴィルパン首相の信用も人気も失墜です。この一か月を振り返ると冗談抜きでド・ヴィルパン首相は世間知らずのお坊ちゃま「おシアンス・ポーのパー」としか思えませんが、ちびっと斜めに構えてこの事件を眺めるとこの大失態によりド・ヴィルパン首相が来年のフランス大統領選挙の候補に挙がることはまずなくなりました。1か月と1日前までド・ヴィルパン氏は中道右派の最有力大統領候補だったのに。
・・・奥さん、ちょっと待ってくださいよ。
フランス内閣府マチニヨンには首相の下、31人もの閣僚 がおります。31人もフランスの国家が幼少時から選りすぐりに選びに選びまくり手塩にかけて育てた31個の脳味噌がどう考えてもフランスのド田舎に住む無冠の異邦人、脳味噌ツルツルのおばちゃんに劣るわけがございません。つ・ま・り、計31人の大臣はCPEの「愚」を知りすぎていながら大統領候補ド・ヴィルパンを舞台に押し出して踊れなくなるまで踊っていただいたのではないでしょうか?まもなく4月10日の日は暮れて行きますが、そこここから「これで来年の中道右派から選出される大統領候補はNicolas Sarkozy (ニコラ・サルコぢ)氏」と聞こえてきました。
「え~っ!?サルコォ!!?? それだけはヤだよ、ヤだヤだ」と私が耳を塞いだところで、耳かっぽじるように「サルコ♪サルコ♪」と聞こえてきます。ウルさい、うるさすぎるぞ。蠅たたきでぶったたくぞっ。
それにしてもサルコ、悪代官を消したおぬしも悪よのぉ・・・。
いやいや、いずれの御時にか。モンパルナスのLe Monde 紙から漏れ聞いたよしなしごとでおぢゃるが・・・。与党UMP の党首でもあるサルコぢ内相は当初からCPEについてふにゃふにゃな態度でおぢゃりましたが、数日前ド・ヴィルパン首相に妥協案を提案したそうぢゃ。首相さえこの案を受け入れれば15日の議会で提出予定であったが、首相はこの妥協案はCPE法そのものの死に値すると拒否。サルコぢ内相はこの妥協案を8日付Figaro 紙で公表する手はずまで済ませていたところを大統領府が察知してかわいい首相を守るため「ちょと待ちゃれ」とサルコぢ内相を止めたとか。さて、来年の大統領選挙、どうなりますことやら。女帝セゴレーヌの誕生か? 目を外すことさえ難しいのぉ。

こんにち20時のTF1ニュウスにド・ヴィルパン氏が出演とな。

【Rétroliens*Trackbacks】
*Excite 国際 : <フランス>政府がCPE撤回 労組・学生らの猛反対で
*Excite 主要 : 仏若者雇用策を撤回=大統領、首相の大失点=差替


■こんにちまでのCPE関連エントリぃズざんすよ。ちびしーっっ!■
*3月12日:パリが久しぶりに燃えている。(ソルボンヌ篭城)
*3月14日:《松町の大臣》になんか凡の気持はわかるまい。
*3月25日:たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
*3月27日:お呼びでないのに「およばれ」に与かりたいヒト。
*3月28日:3月28日全国anti-CPEストライキ情報を知りたくても知れない。なぜならテレビ局がスト実施中なのだよ。
*4月1日:『矛盾政権の時代』が恋しや、ほーやれほ。
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by ma_cocotte | 2006-04-11 00:10 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(26)
『矛盾政権の時代』が恋しや、ほーやれほ。
私がフランスに住み始めた1999年当時、共和国民の自慢はCohabitation(コアビタシオン)と呼ばれる「保革共存政権」でした。
Cohabitation (保革共存政権)とは国政を握っている大統領と、大統領に任命される首相が政策的に対立する陣営に属するという憲法想定外の奇妙な体制を意味します。1958年、国民による直接選挙で選ばれる大統領に権力が集中するように構想されたのがフランス第五共和制でしたが、1986年3月以降、左派ミッテラン大統領に右派シラク首相、続いて同大統領に右派パラデュール首相、右派シラク大統領に左派ジョスパン首相などコアビタシオンが2002年大統領選挙まで実施されていました。政界や法曹界など知識人の一部ではコアビタシオンは批判の対象でもありましたが、共和国民にとっては二極の権力が互いに牽制しあいバランスを取っているように見えるコアビタシオンは好ましい存在で、1997年当時、有権者6割がコアビタシオンを支持していました。が、共和国内における長年のコアビタシオンは国民が戦争や内戦などの危機を身近に感じることがなくなり、国家非常時を想定した政治体制を維持するのが難しくなったのです。つまり、コアビタシオンは共和国民を「平和バカ」にしてしまったのです。2002年大統領選挙で今までなら最終選挙には中道すぐミギヒダリの党首が残っていたのに、フランス社会党(PS)のジョスパン候補が落選し、決選投票が中道右派のシラクと極右のJean-Marie Le Pen ル・ペンが残ったことでコアビタシオンに終止符が打たれました。2002年以降、国政を握るシラク大統領と同じ党派の内閣がフランス共和国を支配することになりました。

第五共和制発足後、ド・ゴール、ポンピドゥ、ジスカールデスタン各大統領は同陣営の党派から首相を任命していました。しかし1981年にミッテランが大統領となったものの1983年の下院選挙で左派が敗北したことによりミッテランは中道右派のシラクを首相に任命せざるを得なくなったのがフランスにおけるコアビタシオンの始まりで、第一次コアビタシオン(1983/3~1988/6)と呼ばれます。当時、ミッテランは内政問題をめぐり、シラク内閣の行政命令(政府権限による立法)に署名することをたびたび拒否しましたが、シラク首相は行政命令と同じ内容の法律案を国会で成立させたため、大統領が署名拒否したところで内閣に対抗できないことが国民に知れてしまいました。この後、防衛・外交は大統領、内政は内閣という権限の二分化が定着しました。

■■■■■■十■■■■■■

で、先月10日から共和国内を賑わしたり、時には善良な国民を良くも悪くも震撼させている若者層雇用促進策「初期雇用契約(CPE)」問題です。昨晩8時丁度から各テレビ局で大統領声明が放映され、新雇用法に署名する意向が明らかになりました(故に4月4日のanti-CPE派の全国スト&デモは実施)。

3月11日の学生によるソルボンヌ篭城以降、私はこの件を静観してはいましたが、便乗暴動による労働組合員Cyril Perez 氏への暴行事件以降は静かに観ていられず、こんにちに至るまで口からはボヤキが出っぱなしです。

PS(フランス社会党)はもちろんCPE法反対を支持しており、デモ参加はもちろん、国会中継でももんのすごーい野次を飛ばしまくってド・ヴィルパン内閣に挑んでいます。でも投票権のない私が現状を傍観していて気付いたことですが、今年はじめのムハンマドさま風刺画問題でベットリベチョベチョだったイスラム系移民を敵にした今、2007年の大統領選勝利のために新たな支持者を見出さなければならないという左派の思惑が見えちゃったりなんかします。
昨秋の郊外暴動を含め、現在の若年層失業問題もミッテランからジョスパンに至るまで社会党が生み出した法案の副産物であり、目に見えた結果であるというのが右派の言い分です。その意見に対して「我々は正しかったのだ!」と弁解しているのが現在の社会党。こんにちに至るまでの社会党の言動はCPE法案反対というより、支持者獲得と過去の政策肯定運動が主のように見えるのですが・・・。私は社会党のジャック・ラング氏やベルナール・コシュネ氏(国境無き医師団を創設したヒト)を贔屓にしていますが、ここ3週間で「やっぱり社会党はダメだにゃあ・・・かと言ってシラクもサルコもド・ヴィルパンも納得いかん」という心持です。

もし2002年の大統領選出最終選挙でジョスパンとシラクの一騎打ちになっていたら、おそらく現在もコアビタシオンは続いていたでしょう。コアビタシオンは国内に「平和ボケ」の国民を産むと批判されますが、確かに2002年のコアビタシオン崩壊以降、国内での暴動はあからさまに増えており、非合法活動によって善良な共和国民が治安に不安を覚えるくらいなら憲法違反だろうが、国内平和なコアビタシオン体制は武器を持てない者には大歓迎です。今回の件もシラクのお気に入り、腰ぎんちゃくのド・ヴィルパンが空意地をはって推したがるCPE法案をシラクが署名拒否するわけがない、とずっと言われていました。もし現在も共和国がコアビタシオン政権であったならばこんな「悪代官と庄屋」のごとき独断もなく、大統領府エリゼと内閣府マティニヨンの会議でもそっと平和な光明が見えていたのではないでしょうか。

■■■■■■十■■■■■■

昨日のニュウスでも高学歴保持者の失業について具体例を挙げて語られていました。共和国内における若者層の失業率は22%となっており、全体の失業率平均9.6%を大きく上回っています(ちなみに県別失業率はココんちがあるBouche du Rhône 県が全国一の失業率です)。昨日のニュウスではBac+5(DEAまたはDESS、修士と博士の間の学位)を持っていながら、一度も正式採用されたことがないという29歳の男性が紹介されました。私が知る限り、Bac+5やdoctorat(国家博士号保持者)の失業者はそこここにゴロゴロいますよ。もし働いているとしてもBac+3の仕事で妥協して働いているヒトもいます(が、稀)。話戻って、現在も親の家に居候する彼はStage(無給見習い)やCDD(期限付き雇用)を行ったり来たり、雇用期限が来たら「はい、さイならー♪」を繰り返しながら現在に至っています(つまり会社側がこの雇用体制を常用していることになります)。日本と単純に比較できないのは高校卒業まで多くのフランス庶民は国から養育負担金をもらって子育てをし、18歳になった子供は一人暮らしを始めることが普通です。学生であれば本人が国に申請して家賃を含めた生活補助をもらい、両親への養育負担金は終了します。そのまま独立していくのが常だったのに、最近ではまず物価高でいい年ぶっこいても親から独立できなくなった子が増えました。もしCPE法案が通るとクビになった子が再雇用先をすぐに見つけられず家賃も払えなくなって親の家に戻る率が今以上に高くなり、子を再び迎えたからといって成人ひとりを養うにはフランス庶民の懐事情では聖書の「放蕩息子のたとえ話」のような美談にはなりません。親子関係だけでなく、世間のあちらこちらでは家賃滞納の居座りやSDF(住所不定者)が増え、新たな社会問題が生まれることでしょう。

■■■■■■十■■■■■■

昨晩シラク大統領がテレビ演説でおっさったように「状況を沈静化する時期だ」と私ゃ思います。CPE法を反対する高校生や学生の気持は痛いほどわかるし同情しますが、一方、公共物破壊や空飛ぶ火炎瓶を見ちゃうと「もういい加減に止めてよ」となりますし、約1か月の授業聴講を無駄にした学生には早くガリガリとノートにメモできる環境(=フランス学生の聴講メモは講師のドモリや咳払いまで記入するのが常)を与えて欲しいものです。

これまで何度もあたすがボヤいておりますように、ド・ヴィルパン氏は外科医向きではありませんね。失業問題についていち早くメスをあてて取り除く部位が素人が見ても外れており、CPE法案を優先すれば他の腫瘍がいつのまにか癌に変容してしまう可能性が高すぎます。治療不可能な悪性癌を発症する前にシラク大統領が動かねばなりませんが、おそらくシラク大統領の思惑は2007年大統領選挙までご自身の席の安泰でありましょう。
だって、彼もエゴイストなフランス共和国民ですから、ロジックです。
sigh・・・・

le 1er avril 2006, Hugues

■Rétroliens*Trackbacks■
Excite 国際:仏労組、与党と協議へ 「歴史的」と勝利宣言
Excite 国際:フランス首相支持率、過去最低水準に低下=最新調査
Excite 国際:<仏スト>学生ら、4日に全土で大規模な抗議行動
Excite 国際:仏、4日再び全国スト 労組、雇用策の撤廃要求
Excite 国際:仏大統領が新雇用法に署名の意向、修正方針示すが労組側は拒否


■こんにちまでのCPE関連エントリぃズでごわす■
*3月12日:パリが久しぶりに燃えている。(ソルボンヌ篭城)
*3月14日:《松町の大臣》になんか凡の気持はわかるまい。
*3月25日:たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
*3月27日:お呼びでないのに「およばれ」に与かりたいヒト。
*3月28日:3月28日全国anti-CPEストライキ情報を知りたくても知れない。なぜならテレビ局がスト実施中なのだよ。
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by ma_cocotte | 2006-04-01 17:17 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(8)
3月28日全国anti-CPEストライキ情報を知りたくても知れない。なぜならテレビ局がスト実施中なのだよ。
こんにち28日はフランス全土で高校生、大学生と労働組合員を中心としたCPE法案反対を訴えるストライキやデモ行進が行われておりまして、例えばSNCF(国鉄)ですと新幹線の2/3、中距離列車の40%、近距離列車の51%が運休です。花の都おパリの地下鉄とRERは7割運休。もちろん空も大変なこって、エールフランスは午前中全便欠航やら3割欠航などを実施なんですけれど、飛んだところで着陸地の空港がスト実施中となると誘導職員や管制塔職員が働いていないこともあるので、つまり目的地によっては「飛びたくても飛べない」なんてことが起こります。
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郵便職員は14.7%、教員は27.28%、学校職員は42.72%(内訳は職業高校36.83%、普通高校40.56%、中学40.56%)がストに入りました。こんにち28日は全国135箇所でmanifestation(マニフェスタシオン、=デモ行進)が行われますが、マルセイユでは200,000人強の規模になるとのこと、です。ついでにマルセイユ市内の地下鉄とバスは67%が運休です。

ココんちの地元ではきのう夕方、既に高校の校門にanti-CPEの横断幕がかけられており、門柱にもペンキで反対主旨が書き込まれていました。先週23日の抗議行動実施日にはこの高校がニュウスに取り上げられ、高校生組合長が周辺のゴミ箱を校門前に動かしてバリケードを作っているのが流れたりもしていたので今日は家の中でぢぃっとしていようと決めてはいましたが、世の中の動きは気になるもの。フランス国営放送の地方局であるFrance 3 Méditerranée の正午のニュウスを見ようとテレビを点けたら「職員ストライキ決行中」のテロップが流れ、結局私は地元の動きをテレビ局職員のスト参加によって知ることができませんでした。フランス3地中海支局のスト参加表明の原文は次のとおりです。
"Grève"
En raison d'un mouvement de grève national d'une certaine catégorie de personnel, la diffusion des éditions des journaux régionaux et locaux ce 28 mars 2006 ne peut être assurée. Veuillez nous excuser de la gêne occasionnée
『全国スト実施により2006年3月28日の地方ニュウスはおそらく放映されませんので、それによる不便はあしからず、お許しを。』みたいなことをHPに載せておりましてね。これまで何度もテレビ局のストで番組がロクに流れないことは経験しているし、最長半月近く通常番組を見れなかったこともあるので「きょう一日くらいは許してやろうか」なんて仏心を持てるようになった私です。こんなこと、きょうび日本の放送局で行ったら大変な騒ぎになるのでしょうね。フランスではテレビ局勤務者であれ彼らは成人した共和国民ですからスト&デモ参加も平らに等しい権利を有しているのでテレビが止まってしまうのも彼らと同じ共和国民である視聴者は受け入れねばならないのでした。視聴者が決して神さまになれないのは「神は唯一」という思想ベースあってのことでせう。これは商業でも同じで「お客さまは神さま」ではありません。が、近年、民放が視聴率重視に狂い始め、民間企業が日曜開業を決行したあたりからこの意識は薄れ、日本化しているのも事実です。

こんにち28日のストライキをご覧になってもまだ《松町の大臣(=ド・ヴィルパン首相)》が廃案に応じなければ次回ストライキは4月4日実施と既に予告されておりますが、現時点に至るまでの大臣のご言動から察するに折れるわけはないのでこの運動の長期戦はほぼ間違いないでしょう。このCPE法案反対運動の初っ端は一般大学生によるものでしたが日毎に政治色が濃くなり始め、私の脳内では「胡散臭い運動」となり始めています。来年の大統領選挙の野望も絡んでいると思われます。長期化は当初の目的を見失うことが多いのでよろしくない。

左派系の大騒ぎや政治に関係なく公共物破壊を趣味にする輩の悪行にうんざりし始めたのは私だけではないらしく、全国84大学中約60大学が3月13日頃から授業が行えない状態にあるため、26日にはパリ市役所前で約1000人の中道右派の大学生たちが「授業を受ける自由も保障されるべきだ」と大学での授業再開要求デモ集会を開きました。後期が始まってすぐ休講状態に入ってしまったため、今のままだと5月末の後期試験実施が難しくなり、本来前後期試験に失敗した学生のための敗者復活試験期間である9月に後期試験が行われることになるそうです。
「これは~」・・・ま・ここっつぁんが学生だったら「授業再開運動」に参加しますね。CPE法案の内容に私は疑問を持っていますが、学生である以上は学業が本業なので学位取得と進級を優先すべきでしょう。大学の定期試験はほぼ全科が論文試験(一試験の持ち時間が3~5時間が普通)なので、révision(レヴィジオン)と呼ばれる試験準備のための自宅待機期間だけで腰痛持ちになるのが常です。気力、体力、集中力で約1か月の試験期間を乗り切って「黄金に輝く美しいフランスの夏」を迎えられるはずなのに、このあまりにハードなフランス式定期試験が9月実施となると心理的に夏休みは否が応でも家に篭りがちになってしまいます。外国語を専門科にしている学生などは6月の定期試験で何とか進級の約束を獲得して、7、8月にアルバイトをし、敗者復活試験期間中の9月に語学留学することが多いのです。anti-CPE運動に熱心すぎてこういうチャンスを失うのも考えものです。やはりフランスの夏は万民に等しくキラキラ輝いていているべきです。「授業再開運動」デモを起こした学生たちが持ち出したスローガンは1968年5月革命で用いられた
学生の勉学を禁じることは禁じられている
です。ご尤もなスローガンです。学生や高校生が左派であろうと右派であろうと同じ共和国民なので、平らに等しく自己の意見を主張する権利と機会は使いましょう。でも自分の要求が通らないからと火炎瓶を投げたり、公共物を破壊するような非合法活動は共和国民ならしちゃいかんよ。そういう感情のコントロールが難しいキミガタならば胸のポケットに宇津救命○を忍ばせて。


le 28 mars 2006, Gontran

■こんにちまでのCPE関連エントリぃズだっぺ■
*3月12日:パリが久しぶりに燃えている。(ソルボンヌ篭城)
*3月14日:《松町の大臣》になんか凡の気持はわかるまい。
*3月25日:たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
*3月27日:お呼びでないのに「およばれ」に与かりたいヒト。
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by ma_cocotte | 2006-03-28 20:45 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(20)
お呼びでないのに「およばれ」に与かりたいヒト。
2006年3月23日、花の都お巴里は7区のド真ん中でございました
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燃えてますね~。

転がってますね~。偶然にも同じ日にマイカーが修理から戻ったばかりのココんちではハートの傷口にアルコールをすりこむような映像でございましたよ。どうか、ココんちの車ちゃん、直したばかりなんだから燃やされないでちょーだいね。

花の都お巴里の7区と言えばセーヌ川左岸、ナポレオンの棺が安置されている聖ルイ聖堂を含むInvalide(アンヴァリド)と呼ばれる巨大歴史建造物を中心にした扇型の区であり、内閣府Matignon(マチニヨン)や省庁が点在し、15区に接する左扇翼にはエッフェル塔がそびえていることでも知られています。7区を日本國でたとえるなら永田町から虎ノ門を抜けて東京タワーに至るあたりでしょうか(岡埜の豆大福が食べたひ・・・)。その7区のアンヴァリド近くで23日、このような路上駐車の車への破壊放火がそここココ彼処(かしこ)で行われました。凄いですね、怖いですね。普通ぢゃないですね。
あー、やだやだ。
CPE法案が10日上院で可決後、11日早朝の学生によるソルボンヌ篭城に始まり日毎勢いを増している反対勢力ですが、その真の目的とは裏腹に翌週あたりからなんか変な臭いが漂い始めています。テレビでは連日のように公開生討論番組でCPE法の是非が語られていますが、先日、De Robien 文部大臣とUNEF(全フランス学生連合)の会長が同席した生番組で文部大臣がはっきりと「解決に向けようとUNEFに電話をかけ面会を求めたのに居留守を使って拒否された」と言ったあたりから私は横鼻を指でゴシゴシするようになってしまいました。確かにCPE法案反対を公共でデモすることでアピールすることは世に知らしめるためには効果あることでしょうが、デモを行いたいがために政府からの交渉のアプローチを拒むのは是、如何に?ですね。この番組放映後17日夕刻からパリのソルボンヌ界隈で暴徒による公共物破壊が行われたことで、私の心は白けてしまいました。

私はCPE法によって上下から皺寄せられた一般大学生に同情し、デモやストなどの抗議活動も共和国民に与えられた平等の権利かつ自己主張の表現として傍観していましたが、ソルボンヌ界隈の破壊行為は明らかに非合法活動ですから受け入れるわけには行きませんし、彼らへの同情ゆえに盲目的に許すなんてこともしません。いかんでしょー、あれは。いつもなら学生の利用で潤っているTabac やカフェの店主が泣き笑いで諦めの運命を語っていましたよ。

23日のパリのド真ん中での騒動ももちろんテレビで事細かに放映されていましたが、当初ソルボンヌ近辺だろうと思いつつ眺めていたらどこかで見たことがあるAir Franceの看板とだだっ広い芝生。もしや、アンヴァリドの長距離バス停?と思いついたら本当にそうでした。
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この写真の右奥にAir France の看板を掲げた建物と長距離バスのターミナルがあります。この手前にはセーヌの左右岸をつなぐアレクサンドル三世橋という絢爛豪華な橋があり、写真奥のSaint Louis des Invalides 聖ルイ教会 は場所柄、軍人高官を含む上流階級が集う教会としても知られ、土曜日になるとそれは優美な結婚パレードなども垣間見れるという本当なら花の都おパリの中でも安心してお散歩を楽しめる「華麗な場所」なんであります。お江戸でたとえるならすがすがしい静寂を感じる皇居前広場のようなところでしょう。が、23日はまるで戦場でした。聖ルイ教会のドーム真下に眠るナポレオンも棺の中まで漏れてくるあまりの喧騒に驚いたかもしれません。
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兎に角、セーヌ河畔や路地の至る所の路上駐車の車は次々とこのような感じで「覆面頭巾」の青少年どもに破壊されたり、周辺に点在する商店の美しいショウウィンドウもメチャンメチャンのコナンゴナンにされましたが、anti-CPEデモの高校生や学生たちはこの暴挙を行っている青少年どもを「僕らの知らないヒトビト」と宣言しております。23日だけで約420人の逮捕者が出ましたが、どうも棒を振り回し、体当たりでありとあらゆるものを破壊しまくっている方々は「破壊するのが趣味なので気持ちよく破壊できる場所に出張してきた人」だったり、昨秋の郊外暴動で暴れ足りなくて満足できなかったヒトだったり、はたまた脳内がヒダリまたはミギ突き当たり巻き切れのヒトビトではないか、と漏れて来ました。
誰も彼らを呼んでもいないのに、招いてもいないのです。
こういう自己中心の暴れん坊ズが騒動に乗じてトンでもない悪さをするのです。自己がコントロールできないネガティヴな感情を発散するためには手段を選ばない連中ですね。図体は大人でも脳内はガキ。いつでもどこでもこういう連中は「気の毒な存在」です。(って、彼らの許しを乞うための常套句は「Pitié. 哀れみを」です)

いずれにせよ、先週あたりから「anti-CPEデモを行う」という理由でなぜかゴミ箱からワインの空き瓶を集めている奴らがおります。既に23日の騒動では空中に緑の壜が飛び交い、地べたには砕けたワイン壜のガラス片が散らかっていました。もちろん治安部隊側から催涙弾も撃たれたし、隊員によって暴徒を警棒が突っついたり、振り回されたりもしました。
花の都おパリのド真ん中で。
3月28日に大規模なanti-CPEストライキとデモ行進が全国で行われるとのこと。昨秋のパリ郊外暴動と異なり、主な都市のど真ん中で繰り広げられるのでケガをしたくないヒト、火傷をしたくないヒト、お目目を傷めたくないヒトは近寄ってはなりません。怖いもの見たさなんて邪心はココロにわいちゃったらすぐに拭い去ることです。


le 27 mars 2006, Habib

外務省海外安全ホームページフランス:学生・労働組合の反CPE抗議行動について (2006/03/24)

■ご参考までのCPE関連エントリぃズだす■
*3月12日:パリが久しぶりに燃えている。(ソルボンヌ篭城)
*3月14日:《松町の大臣》になんか凡の気持はわかるまい。
*3月25日:たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
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by ma_cocotte | 2006-03-27 04:24 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(13)
たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
10日の上院可決から2週間が過ぎ、今では共和国民の誰もが親しみをこめて略称で呼ぶようになったCPE(=Contrat Première Embauche、初回雇用契約制度)ですが、その略称には憎しみのanti-が冠されてanti-CPE(アンチ・セペウ)という反対運動となり、日毎大規模なうねりと化しています。ドミニク・ド・ヴィルパン首相はCPEを「Egalité des chances. 機会平等均等」と前面に打ち出してどんな反対運動が共和国民によって行われようとも撤回も妥協もしないと主張し続けています。一方、11日に在学生によるソルボンヌ篭城で幕開けたanti-CPE運動は日毎に拡大し、今では高校生も加わり、彼ら若者に同情する教職員や労働組合員までが抗議運動に参加し始めました。23日の全国規模のデモ行進の参加者は約550,000人だったそうです。

私はド・ヴィルパン氏が外相時代から贔屓しておりましたが、今回のCPEばかりは彼の主張を聞けば聞くほど疑問ばかりが脳に浮かび上がり、ド・ヴィルパン氏に一度たりともにっこり微笑むことさえできませんでした。首相は「若年層における就職機会均等」を主張していますが、CPEが実施されたところで現状と何ら変わらないとしか想像できません。26歳なんて年齢制限をしなくても、フランス国内の企業が就労者に理由なき解雇を以前から実施しているのが実情です。一度就職しちゃえば解雇の心配がない楽園勤務地の「役所」でもCPE法によって理由なき解雇が実行できるようになるだけの話ぢゃないかと思ったりなんかしちゃって。フランスの労働形態にはCDD(セデデ、Contrat à durée déterminée)という期限付き正社員制度も既に存在しており、諸企業はとりあえずCDDで人材を雇った後、CDI(セデイ、Contrat à durée indéterminée)と呼ばれる無期限雇用に切り替えるのもよく聞く話です。仮契約をした就職予定社員の職業訓練校での修業費用を会社が立て替える制度も既にあります。おパリで抗議デモを行った高校生が掲げた言葉(↓)ですが、
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『CPEなんかなくていい。何もかも今より悪くなる。』

C'est pas mieux que rien. なんて変なフランス語なんだ?直訳すると「CPEなんかないよりましだ、ぢゃないよ!」となりますかね。きょうび高校生の使うフランス語は難解ぢゃ。

でもキミがたよ、おばちゃんもそんな気がするよ。CPEによって失業率が今以上に上がる予感がします。11~12%くらいかな。現法だとフルタイムの身分で最低半年働かないと失業保険は払われないのに、簡単に企業が新入社員を解雇できるようになってしまったら彼らの生活保障はどうなるのでしょう?失業してしばらくするとアパルトマンの家賃が払えなくなってHLM(アッシュエルエム、Habitation à loyer modéré、団地)に越していくおぢちゃんやおばちゃんもいるけれど、HLMは人気が高すぎてコネなしならば入居希望を出してから2年待ちは当然、待ちきれずに挫折するヒトも一杯いるのです。18歳になれば独立する子が多いフランスで学生生活補助も打ち切られたCPE該当者が失業した場合、どのように家賃を払えば良いのでしょう?一度家を出た子供が「生きていけない」と親に泣きついたところで既に養育生活保障を打ち切られた親が笑顔で無条件に子供を迎えることだって難しいフランスなのに。なーんかCPEというのは聞いたところで親であろうと子であろうと不安しか浮かばない変な法案です。これぢゃ、国民に反対総決起されるのも不思議はありません。今のところ、国民の約66%がCPE法案に反対だとか。

私がフランス国内の労働事情を傍観している限り、義務教育修了のみの若年層の失業問題だけでなく、彼らの対局にいる高学歴者(Bac+5以上)の失業率が高すぎること、これによって高頭脳が海外に流出することに歯止めをかけることに目を向けるべきではないかと思います。そのためには現在もフランス国民に人気のFonctionaire(フォンクショネール)と呼ばれる公務員制度の抜本的見直しや企業向けの改善(税制や就労者雇用負担金の率など)が先であって、現段階で近未来を担う卵である学生に「働いてもどうせクビ」なんて先入観やら不安を与えるのは就業意欲を萎えさせるので決して得策とは思えません。

28日に大規模なanti-CPEストライキとデモ行進が全国で行われるとのこと。その前に誰か松町の大臣のおつむりの中をやっこくできる者が現れぬものかのお。ストライキもデモも共和国民に認められた権利ではありますが、ここ数日の騒動を傍観する限り、両手広げて歓待できるものではありませんな。To be continued...


le 25 mars 2006, Humbert
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by ma_cocotte | 2006-03-25 02:57 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(39)
《マツマチのオトド》になんか凡の気持はわかるまい。
松町の大臣(まつまちのおとど)とは、de VILLEPIN : Premier ministre。そう、現フランス共和国首相、Dominique de VILLEPIN ドミニク・ド・ヴィルパン。日本語表記のドビルパンぢゃなくて正しくはド・ヴィルパンである。日本國のマスコミよ、なぜこんな表記までして「ド」つきを隠したがるのぢゃあ?

3月11日早朝、花の都はお巴里のど真ん中でのドンパチでソルボンヌ構内篭城者を一度解散させたものの、anti-CPE(反CPE法案)運動ストライキの勢いは強まるばかり。この運動は法案のターゲットである大学生ばかりでなく、日に日に多くの大学教員も学生に寄り添って反対運動に参加し始めています。13日夜8時のTF1ニュウスに松町の大臣は生出演 してCPEの正当性を熱く語ったけれど、昨年11月のパリ郊外暴動で問題になった若年層の失業と関連付けて話す大臣(おとど)にはそこはかとなく違和感を覚えました。大臣の特徴は語調強くかつ熱い語り口ですが、13日の夜は耳を傾ければ傾けるほど空虚さを覚えるというか、耳にまとわりつく蚊の羽音のような騒音とでも言いましょうか、ぶっちゃけると空論のように思えました。聞き手のニュウスキャスターはClaire CHAZAL(クレール・シャザル)という人気女性キャスターでしたが、松町の大臣の強い口調に釣られたのかプロであるはずの彼女の言葉が大臣の言葉と同時に聞こえることがたびたびありました。こんなに強く出たクレール・シャザルを初めて見ました。(この二人のやりとり全文はこちら

13日から一夜明けて学生ストは全国84大学中50大学で実施され、14日には17大学がストに入りました。私がかつて通った某大学(文学部)もスト決行中とニュウスに抗議文の横断幕で装われた我が懐かしの文学部玄関が映りました。「実施したところで何が変わるんだ?」と主張する学生も。もう大学には関わっていない私ですが、今回のCPE法については一般大学生に同情しています。大臣が昨秋のパリ郊外暴動での若年層就職問題を関連付けてCPEが合法のような言い方をしているけれど、無理がありすぎ。別世界の話を無理やり関連付けたところで両者に皺寄せが来ることくらい大臣ならわかるだろうに。松町の大臣の力説を聞けば聞くほど、
大臣(おとど)には一般大学生の気持なんかわからないンだ、
ヴぁっきゃろー!ニャロメー!
と、疳の虫に甘んじつつ、内閣府HPに掲載されている彼の略学歴を拝見すると、以下の通りなンである。

Dominique de Villepin  ドミニク・ド・ヴィルパン
est né le 14 novembre 1953 à Rabat (Maroc).
1953年11月14日、モロッコの首都ラバ生まれ

Cursus (修学過程)
Licencié ès lettres et en droit,   
Diplômé de l’Institut d’études politiques de Paris,
 
国立政治学財団パリ政治学院修了免状(法学/文学 学士) 
Ancien élève de l’Ecole nationale d’administration
(janvier 1978-mai 1980 : promotion Voltaire).
 
1978年1月-1980年5月 国立行政学院在籍

なんだ、松町の大臣、一般大卒者ぢゃないンぢゃん・・・。
松町の大臣はいわゆるひとつのScience Po (シアンス・ポ、=パリ政治学院の愛称)からENA(エナ)というフランス共和国が税金を使って使って天塩にかけて育てた天才のひとりなんである(ちなみに上述のClaire Chazal はENAで進級できず退学)。彼の学歴は一般大学卒ではなく国立高等専門学校(グランゼコール)卒になる。彼が果たして若かりし頃、一般大学生とは別階級とみなして口もきかないグロン・ゼコール生のようなヤな野郎だったかどうかは知らないが、共和国民のための内政を司る長たる首相たるものが一般大学生に今まで以上の苦渋を飲ませようとするのは、
シアンス・ポーのパーかよ?
ものぢゃないかと思ってしまったりします。昨秋11月に暴動が起きた郊外では若年失業率が50%にも達している地域があると指摘したうえ、「若者の不安定な現状に何らかの対策を取るのは当然の責務」とCPEの効果を強調した松町の大臣ですが、それと大学生の就業条件がどこかで交わるのでしょうか?私が知る限り、これこそ別世界ではありません?

フランスの失業率は常に10%前後をうろうろしています。9%台になるとニュウスで歓喜の映像が流れるのも常です。こんな高失業率の国にガイジンの私が求職者としてANPE(アンペウ、=職安)に登録する場合、個人面談時に学歴もこんぴーたに登録されます。フランスの学歴表現は日本とは異なり、大学名を聞くことは稀で、大学登録資格者(Bachelier バシュリエ)以上はBAC+(数字)という形で表現するのが日常です。ただし、日本の学歴必要年数と異なるため、高卒後の単純年数をBAC+の後ろに付けると必ずしも正しい表現になりません(日本の四大卒はBAC+ になります。BAC+4は修士)。しかもANPEでの面接でニッポンびとが学歴を自称しても受け入れられず、申請者本人が免状を法廷翻訳後、地元を管轄するRectorat(レクトラ、大学区)に持参し、学歴平行審査を受けねばなりません。大学区が審査後与えた学歴がフランスで正真正銘生かされる学歴になります。こんなことができるのもフランスの教育制度が中央集権制を敷いているからで、昨年の教育地方分権案が提案された時にもフランス国内では 高校生による全国規模のストライキ&デモが実施 されました。

こんなシチメンドクサい作業を私もかつて経験しましたが、フランス国内でフランス人と同等の学歴を頂戴したところで、私の会話力はガイジンのままです。就職活動もフランス人大学生と同等というわけにはいきません。そんな事実をしっかと受け止めて3ヶ月に一度通らなくてはならないANPEでの面接で例えば「おら、フランス語がうまく話せないンだで、掃除婦や工場労働についてみたいンだべよ」とあたすが願ってみても、「あなたの学歴ぢゃこの仕事を与えられないわ」と拒否されます。掃除婦や工場労働はBAC+某のあたすが入り込んでしまうとハジかれるのは誰だかわかってンの?とクドクドクド。

そういう経験がある私からするとCPEって一体ナニ?とここ数日頭をひねるばかりです。文学部に入ったばかりの一年生が「3年まで上がれたらCAPES(教員試験)を受けるかなあ」と道は一本しかないような返答しかなく、2年に上がれず留年が決まればさっさと軍役に登録したり、手に職がつけられる職業短大に軌道を修正してしまう子が学年の半数はいるというのが現実なのに。頭が良くて博士課程まで大学に残れても(とは言っても、グランゼコール生から見ると彼らは口も聞きたくないパーなんだそうだ)、論文を仕上げたら「出て行け」と促され、そうかと言って「文学博士」ぢゃ仕事なんてありません。博士号まで持っていながら海外出稼ぎを第一目的にとりあえずは派遣会社登録というのもよく聞く話です。ガッコあたまに商売につながるネゴの才能はあるの?と疑われるのも常なので、AFPA(労働省立職業専門学校)にはBAC+5以上の学歴者のための就職準備クラスもあります。

大学生に限らず就職希望者が就職活動で一般企業に飛び込めば「職業経験がないのでしょ?」と難癖を付けられ、職業訓練校に行けば「Contrat de Qualification 採用予定者登録」を就職希望会社と取り付け、会社に月謝を出してもらって当校へいらっしゃい」なんて言われ、就職希望者は会社と職業訓練校と言ったり来たりなんてこともよく聞く話です。こういうことが好きな子なら毎日が楽しいだろうけれど、苦手な子にしてみれば「もーいいよ」とヘナヘナになります。

今のままだと1968年の5月革命を再現するのでは、とまで言われている今回の騒ぎですが、今一度、騒ぎの素であるCPE(セペウ)案に触れてみると「失業率が約23%と高率の26歳未満を対象に2年間、雇用主に解雇の権利を認める仮契約の形で、政府が率先して就職を斡旋(あっせん)したり必要な技術を身につけさせる」というものです。一方、なぜフランスの失業率が高いままなのかというと、正式雇用の場合、解雇がほぼ不可能なうえ、雇用主の社会保障制度(年金、健康保険、失業保険)の負担額が高いことが主因となっているためなンであって、政府が若年層の高失業率改善のためにまず着手するべきことはCPE法の着眼点より別のところにあるような気がしたりなんかして。今までの一般大学生いぢめに頭でっかちによって更なる「いぢめ」が加えられただけ、と気付いた一部の一般大学生はこのanti-CPE運動にはノータッチで、楽しい夏休みを迎えるために6月の後期試験準備や論文・レポート作成に没頭しているそうです。就職を考えるより進級試験が大切というわけだ。後期試験で進級が認定されない場合、9月に行われる学年最後の敗者復活進級試験に挑まなければならないため、美しい夏の毎日をガリ勉せねばなりません。楽しいはずの夏休みが悪夢の日々に化してしまうのです。「まずは進級!」と決めた彼らのこの気持もものすんごーくわかります。美しく輝ける夏を迎えるために今から準備せいっっ!

う~ん、ストに没頭しているのは夏を約束された余裕綽綽の頭を持つ大学生?
いや、彼らは共和国民なら誰もが喜怒哀楽をこのように表現できるという自由権利を謳歌しているのです。この手のストやデモを実行後、
「結果はどうであれ、私たちの切なる思いを公に表明できたのだから満足」
とキザな台詞で締めくくるのも共和国民の常です。今のところ、高校生も大学生も「廃案まで妥協せず」と意気込んでいます。


le 14 mars 2006, Mathilde


*今週末3月18日に大学生、高校生を中心に彼らの思いを支持する大人たち(教職員、労組)を交えての全国規模のanti-CPEデモが行われるそうです。
▼全フランス高校生組合のHP : http://www.unl-fr.org/
▼全フランス大学生組合のHP : http://www.unef.asso.fr/
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by ma_cocotte | 2006-03-14 20:09 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(11)
巴里が久しぶりに燃えている。
先週3月11日早朝4時半、警察機動隊によって前日から10日上院を通過したCPE(=Contrat Première Embauche、初回雇用契約制度)可決抗議のためソルボンヌ構内に立て篭もっていた学生たちの強制退去が行われました。
おそらく昨年11月のパリ郊外暴動より怖い思いをされた日本の方々が多かったことでしょう。何せ舞台は花の都お巴里は左岸5区のおソルボンヌ、そしてサン・ミシェル大通り。セーヌ左岸で最も有名だった教会サン・ジェルマン・デ・プレから東に向かって最初にぶつかる大通りがサン・ミシェルで、クリュニ美術館前を右に折れるとソルボンヌに至ります。日本人の多くが観光で立ち寄るし、日本人好みのプチホテルなるものが点在しているのもこの辺り。この近辺は日本人向け不動産物件が多いので日本人在住者が多い界隈でもあります。サン・ミシェル大通りは学生向け書店や文具店が多いので足を運ぶヒトも多いでしょう。私もかつてGibert JeuneGibert Joseph には毎日のように寄っていました。
夜明け前の突撃だったとは言え、公共で学生と機動隊が押し合いへし合いして催涙弾やら空中から鉄はしごが降ってきたりですから近隣では相当の騒音だったはずです。午前7時前には沈静化したそうですが、ソルボンヌのマクドのウインドウは粉々に割られていたそうで・・・たまったもんぢゃありませんね。私もニュウスでずっとこの篭城事件を眺めてはいますが、こんな場面↓を見ても「建具がもったいない、壁を傷つけるなよ!」とつぶやいてしまいますし、
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こんな場面↓を見れば「窓ガラス割るなよ、その外灯を譲ってくれないか・・・」などニュウスの本質以外のことが気になって仕様がありませんでした。ガイジンの私にとっては美しい歴史建造物も日常使用している学生にとっては当たり前のタダの校舎なんでしょうね。
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結果としては窓ガラスは粉々に割れ、書籍も燃やされたり、壁や建具にも「篭城2006春」記念の傷が刻まれました。

日本でもこの事件は取り上げられましたが、前回のパリ郊外暴動同様、あらぬ方向に話が向かって行くンぢゃないか?と予想しております。というのも、あらゆる制度が日本國とフランスではあまりにも違うのです。日本で大きく取り上げられた昨秋のパリ郊外暴動ですが「放火」による公共物破壊があったゆえ国際ニュウスに扱われたのだ、と私は見ています。あのパリ郊外暴動で挙げられた数々の犯罪から放火を引きますと、残りの犯罪は毎晩フランス国内のどこかで起こっていると言っても過言ではありません。車一台の放火もマルセイユの北部なら日常茶飯事でしょう。真っ黒焦げの車は私もしばしば見ています。
今回の学生ストについての報道も似たようなもので、学生が学内に篭城したことが国際ニュウスとなったポイントでしょう。それによって機動隊が突入し、催涙弾が飛び交い、空からは学生が窓から投げた鉄はしごが降ってきたので大々的に国際配信扱いになった、そんなもんですね。警棒で殴られた学生、痛かっただろうなあ。いかんよ。痛いの、嫌い。
実はフランス共和国ですが、篭城しない程度の学生ストも教員ストも日常茶飯事です。私自身は前期試験ど真ん中突然の教員スト、学生側授業ボイコット集会、階段教室でのUNEFUnion Nationale des étudiants de France、全フランス学生組合)による教壇占拠も経験しました。平常の授業中に突然、階段教室の頂上入口からゲリラ的に学生組合長はじめ上層部学生が入場してきましたが、教授(英国市民文化史)はあっさり場所(つまり教壇)を明け渡し、私たちと一緒に彼らの決起声明に耳を傾けていました。高校生にもなれば支持政党を持つフランスですからノンポリ大学生はまずいません。アルバイトする時間がなくても国内政治については常日頃から考えているのがフランスの学生です。毎年夏休みになれば各政党による高校生以上が出席できるサマーセミナーが開かれ、それがニュウスで流れるのもフランスでは当たり前のことです。

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全国38大学で進行中の学生ストライキはCPE(セペウ)と省略して呼ばれる「26歳未満の若者を企業が雇用する場合、2年間の試用期間なら自由解雇できる」という法案に反対するものですが、このCPE法案に反対しているのは学生ばかりではありません。ココんちの地元の幼稚園から高校までの教職員は7日に抗議ストライキを行いました。当日、学校は休校です。先週末からスト予告のポスターがそこここに貼られていました。そして当日、教職員は朝もはよからマルセイユにてCPE案反対デモ行進(→)に出席していたのでした。

今回ド・ヴィルパン首相が打ち出した雇用促進策は、試用期間中の若者の解雇を容易にすることで企業の採用増を促すことが目的です。これによって雇用が不安定になると考えた学生の反発の表れが篭城ストなんでありますが、ド・ヴィルパン首相は学生の不安と恐れに同情しつつも方針転換の意思はないと下院ではっきり述べています(今晩12日夜8時からのTF1ニュウス にド・ヴィルパン首相が生出演します)。

ここで、フランス共和国における大学生と雇用の問題に触れますと「何を今更・・・」な話でして、私なんぞはソルボンヌで篭城した学生の学部を知りたくなりました。就職に直結した学部というと経営または経済学部あたりでしょうか?
フランスの高等教育制度は日本のそれとはまったく異なるので重ね合わせることができません。大学というのは学問を学ぶところであり、就職の助けになる機関ではありません。子に働いてもらいたいと願う親は子供が高校生にでもなれば、頭が良ければグランゼコール、ほどほどならBTS(上級技術(文系)またはIUT(工業技術)を狙え、と子に促し、「卒業しても稼げない一般大学になんか行くな」と言う親もいるほどです。例えば私も在籍した文学部になると、ほとんどの学生の希望は教員です。というか、大学で文学を専攻した者が進む道はそれが普通というのがフランスです。大学3年になればとりあえずCAPES(カペス、中等教育教員証)を受験、もし大学4年(日本の修士)に上がれればAgrégation(アグレガシオン、中・高教育教授証)という難関試験を受験して晴れて公立学校教員となります。が、この2試験に落ちれば、AMPE(職安)に登録して自分の学歴より下の職業に妥協してつくことさえあるのが現状です。企業側から言えば「ガッコ頭で非常識(=就労知識まるでなし)」の普通大学卒はすぐに使えないので敬遠。というわけで、AFPA(労働省傘下の職業訓練校)には一般大卒者や博士号を持つ者への就職実用資格講座が多分野にわたってあり、分野によっては2年待ちは当たり前の状態です。会計関連は常に激しい競争率でAFPAの空席を手に入れるのも根性がいります。

フランスの就業制度では学歴に応じた職種にしかつけないのが普通です。ただでさえ他のEU諸国に比べ低所得であり、21世紀になった今も公務員が安定かつ高地位のフランスです。博士課程修了者にはPoste Doctorat(略してポスドク)というカテゴリーから職業を選ぶことになりますが、CNRS(Centre National de la Recherche Scientifique、国立科学研究所)の空席待ちは辛抱しても空しさばかりというのも現状。故に高学歴者がアメリカ、カナダなど高収入が約束されている研究機関に就職するのも目立っており、フランスでは本来「国の宝」であるはずの高知能の過度な海外流出も問題になっています。

つまり今回のCPE法は就職の難しさをわかりすぎている学生に今以上の不安を政府が与えたことになります。政府としてみれば昨年11月のパリ郊外暴動の折に暴れん坊たちから「職をくれ」と要求されたことで、暴れん坊ズが喜ぶ改善案のつもりだったのでしょうが、一方でこのようなひずみやゆがみが出てくるものです。

近年フランスでも過保護親が増えたことが原因で、グランゼコール卒業生の民間企業就職が人気になりつつあるそうです。例えばサン・シール陸軍士官学校では学生が卒業直後の任地であるアフリカや南米などの最前線勤務を拒否し数少ない民間企業に就職を希望しているのが問題になっています。本来、グランゼコールは上級国家公務員になるための高等教育機関なのに彼らが民間に行ってしまうと、凡人が働ける机と椅子が減ることになります。もし一般大学生までが一般企業就職を第一希望とするとなるとフランスの失業率は上がるばかりでしょう。どこからどういじれば良いのだか、ド・ヴィルパン氏でなくても頭の痛い話です。フランス人に日本の大学生の生活や就職事情について話すと「恵まれているね。天国だね。」と言います。以前の私なら「そんなことないよ」と言っていたはずなのに、我が身をもってAFPA生活を経験した今では「そうだね」と同調できるようになってきました。

le 12 mars 2006, Justine
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by ma_cocotte | 2006-03-12 20:51 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(18)