仏蘭西共和国内は冬休み期間最後の週末を迎えることもあり、木曜、金曜あたりからニュウスや報道番組で昨年3月11日にあった東日本大震災について特集を放映するようになりました。政治、経済、原子力発電所技術などあらゆる角度からの分析が専門家によって説明され、もしかしたら日本国内で日本国民に説明されていることより詳しいかもしれません。
あのフイリプ・ニベル Philippe Nibelle 氏は仏蘭西に戻らず、会津若松から仙台に引っ越していたのね。 ところで、昨夕、花の都は巴里の司教座聖堂ノートル・ダム教会で、東日本大震災一周年を目前に控え、この日の夕祷が日本の復興に意向が置かれたものとなりました。以下が夕祷の様子です。 VêPRES à NOTRE DAME Vêpres du vendredi, célébrées pour le Japon http://www.ktotv.com/videos-chretiennes/emissions/nouveautes/vepres-a-notre-dame-vepres-du-vendredi,-celebrees-pour-le-japon/00065053 この夕祷が日本のために行われたのも、パリ大司教であるアンドレ・ヴァントワ André Vingt Trois 枢機卿の指示によるもので、当日の司式はノートル・ダム教会の主任司祭によるものです。夕祷ですのでミサとは進行が異なりますが、夕祷では在仏日本人の方々が日本語でお祈りの意向を述べられてもいますので、私はこの週末はこのビデオを拝見拝聴しながら射祷を続けることにします。 le 10 mars 2012, Vivien 2012年3月9日夕方にノートルダム・ド・パリで行われた夕祷について、日本では以下の記事が配信されたようです。 パリ・ノートルダム寺院で「慰霊と感謝のミサ」 2012.3.10 10:51 東日本大震災から1年を前に、パリのノートルダム寺院で9日、震災犠牲者の慰霊と、日本に対する支援への感謝を示すミサが行われた。大聖堂にはパリ在住の日本人やパリ市民など約2000人が集まり、なお苦難の渦中にある被災者のため祈った。 ノートルダム寺院は震災直後の昨年3月13日にも震災犠牲者追悼ミサを行っている。今回のミサはパリ在住の日本人有志が同寺院に打診、教会側が日本との連帯を分かち合う場を設けることに賛同した。 1時間半に及んだミサで、パリ在住のピアニスト、菅野潤さん(55)=宮城県塩釜市出身=は「フランスや世界が、日本のために寄せてくれた支援が、どれほど希望を見いだすよすがとなったことか。深く感謝している」とあいさつした。(共同) http://sankei.jp.msn.com/world/news/120310/erp12031010530001-n1.htm 一時間半のミサとありますが、40分ほどの夕祷だったことがビデオのごとく事実であります。m(_ _"m)
仏蘭西の暦を眺めると、きょう11月30日は聖アンドレ Saint André の祝日です。
アンドレはイエズスさまの弟子のひとりで、西暦62年頃、バツ × の字十字にかけられて処刑されたそうです。 ですから、世界中どこに行っても聖アンドレを表す絵画や像には罰点十字がシンボルのごとく添えられています。 ココんちの近所にも聖アンドレの名を冠した教会聖堂があり、屋根の上にも罰点十字と共にいる聖アンドレ。 ![]() 聖堂内の最も奥、祭壇の後ろのステンドグラスは聖アンドレが裁判にかけられている様子で、裁判長に偶像崇拝するよう求められたものの、聖アンドレがそれを拒み、十字架刑の判決が出た状況が表されています。 ![]() 私の腕が足りないので、情けない写真でありますが、 ![]() きょうで11月も終わり、明日から12月。師走と呼ばれる月ですが、ココんちあたりはどんどん日が短くなっており、夜明けは午前8時を過ぎてから、日没は午後五時あたり。電気があり、電灯が家の中も外も照らしているにも関わらず、お天道様がいるうちにあれやこれやしようとすると、日照時間が長過ぎる夏に比べて忙しくなります。・・・なんてことに気づくまで何年かかったのだ、自分。 le 30 novembre 2011, André
ココんちの近所の公立病院の小聖堂で見つけたステンドグラス。
![]() 仰ぎ見ての第一印象は、正直、「変なの」 右の天使のような方からビームが何本も出て、左の方が驚いているようにも、降参しているようにも見えますし、左の方の奥にいる方が怯えているような不安な顔をされています。病院のステンドグラスにしちゃ何だか見る者に変な印象を与えかねないような気もしましたが、私がそう思うのも東の果てからやってきたガイジンだからなのでありましょう。 多分、この両手を挙げている方は10月4日にお祝いされるアッシジの聖フランチエスコだと思われます。 1224年、キリストが十字架に付けられた時に受けた5つの傷がフランチエスコご自身の身体に現われたという記録があるそうです。このステンドグラスに描かれているビームも5本で、両手両足胸の5か所、キリストの身体に釘が打ち付けられ、矢が刺さった箇所と同じです。5本のビームを辿ると右の方の両手両足胸からビームが出ているので、この6枚の羽に覆われた方はおそらく、ヂィザァス・クライストざますよ。こういう6枚の羽に包まれた表現のヂィザス、私ゃ初めて見ました。 この世に生きる人間にキリストの磔の時と同じ場所に出現した生々しい傷を聖痕と呼びますが、文字を追うより一目でわかる絵画の文化が先行したカトリックでは聖痕をこのステンドグラスのように表すこともあるのだと偶然立ち寄った病院の小聖堂で知ることができました。知る喜び。でお・ぐらあしあす。 le 4 octobre 2011, François d'Assise
きょう9月8日を仏蘭西の暦でたどってみると、Nativité de Notre Dame とあります。カトリックの暦で同じ日を見ると Nativité de la Vierge Marie 。いずれにせよ、きょう9月8日は我らが聖母マリアの誕生日なのです。
![]() カトリックという世界では、毎日、聖書の朗読箇所が決められており、きょう9月8日の新約聖書の朗読箇所はマテオの一章1節から16節まで、18節から23節までです。1節から16節までは16節もあるのに旧約聖書に登場するアブラハムに始まりヂェズ・クリ Jésus Christ の養父ヨゼフまでの系図のみが書かれており、ヨゼフは「マリアの夫」であり、「このマリアから、キリストと呼ばれるイエズスがお生まれになった。」とあります。(バルバロ訳新約聖書、ドンボスコ社、1973、p.9) 18節から23節までは婚前にマリアの妊娠を知ったヨゼフが戸惑い、考えあぐねるヨゼフの前に天使が現われ、使命を伝える様子が述べられています。 正直、「恐れるな」とか「懼れるな」とたとえ天使に言われても、そう簡単に滝つぼに怖れず飛び込める気持になんて心は変わらないよ、と自分なら思いますけれど、そんな滝つぼに飛び込め!なんて大事でなく何事においても一生かけて「おそれ」や「疑い」の気持やら念を軽くする努力もまた(おそらく私だけでなく)ヒトひとりひとりに与えられた勤めで、それには心身の力が必要だから漢字で「努め」と書くのでしょうね。 きょうは夜明け前からまとまった雨が降っており、外出も億劫ですが、努めて務めよう。できるかなー。 le 8 septembre 2011 Nativité de la Vierge Marie
きょうがお祝い日の、ロヨラのイグナチオぉっっ!
![]() 写真は昨年9月9日に私が参りましたスペイン・バスクはロヨラ村にござるバジリカ聖堂です。 写真では小さく見えますが、とてつもなく大きい聖堂なので、持ち合わせたコンデヂ、デヂイチでは思うように撮れませんでした。ううう、魚眼レンズが欲しい。 近寄りましたが、正面もデカぁあああ。屋根の十字架がちっこく見えます。 ![]() いずれの扉もどデカく、一番大きな正扉の上の彫刻もデカ。 ![]() 中に入り、正扉正面の祭壇もデカくて、きんきらきーん。 ![]() 聖堂の中ほどまで進み、正扉を振り返ったところで、 ![]() そして、祭壇に近寄ろうとしたら、ワタクシを遮り、いきなり跪いて祈るバスク美女ひとり。 ![]() 彼女に倣い、見上げれば、イグナチオの頭上は ![]() 父と、子と、聖霊と、IHS 出たなぁああ、アイエイチエス! 兎にも角にも、大聖堂は西班牙の教会建築よろしくきんきらきんきんきーんで、 ![]() このシャンデリアなんて、ヂャン・バルヂャン降臨だわあ。 ![]() なぜか天空だけはそれはそれは美しい薔薇色なのでした。 ![]() 今年の7月31日は日曜と重なるので、ココで荘厳なお式がある・・・ないか。 le 31 juillet 2011, Ignace de Loyola
きょうは朝10時から仏蘭西国営放送France2で、前教皇ヂャン・ポル・ドゥ Jean-Paul II の列福式の生中継が放映されており、なんとなーくココんちでもヂャン・ポル・ドゥのナマ写真を出してみました。
![]() 手前の、跪いて祈るヂャン・ポル・ドゥのナマ写真は、ヂャン・ポル・ドゥが1996年9月19日にサン・ロラン・スュル・セェヴル Saint-Laurent-sur-Sèvre と言う年間約25000人の巡礼者が訪れるというブルタアニュ半島の腋の下に位置する小村に、教皇さまご自身が敬愛していた聖ルイ・ド・モンフォールの墓所の前で撮られたものです。 この写真の背後の、もう一枚のナマ写真は日本國は長崎の浦上天主堂で1981年2月25日午後6時から行われた司祭叙階ミサ で撮影されたものです。 ![]() この日、教皇さまは15人の司祭を叙階されたそうで、写真で教皇さまの御前で跪き、按手されている方もその15人のおひとりです。この写真を私は跪いている方から直接いただきました。私の宝。色褪せないでください。 1905年12月に徹底政教分離したはずの仏蘭西共和国という国がきょう5月1日を迎える数日前からヂャン・ポル・ドゥの列福の話題を繰り返しトップ報道しているのも、列福の条件を満たす奇跡数に最後に加えられた奇跡が南仏はエクサンプロヴァンス郊外にお住まいの一修道女のパーキンソン病がJPIIにノヴェナ(9日間の祈祷)をお仲間の修道女方がされたことで完治したことがあるからかもしれません。昨日、今日、テレビでもラジオでもニュウスのトップはヂャン・ポル・ドゥの鍵語の連呼です。おいら、驚き。 パーキンソン病完治を奇跡認定された当のご本人、今年46歳になられたSr.シモン・ピエェル Soeur Simon-Pierre は先週末に地元教区の列福式ミサ参列者と共にフェリーでローマ入りし、きょうは列福ミサの中で教皇ヨハネ・パウロ二世にまつわる聖遺物を手に、きょうのごミサの司式者である現教皇ベネディクト16世の御前に運ぶお役を果たされました。この白い修道服をお召しの方がSr. シモン・ピエェル。 ![]() この美しい、銀色の聖遺物顕示台がテレビの生中継でアップで映されましたが、台の中心に試験管のようなガラス管が縦に一本あり、凝視するとポツン、ポツンと赤黒い何かが上方に点在していました。な、なんと、ヂ教皇ヨハネ・パウロ2世ご本人の ナマ血液 ですと。こりは、眼福っちゅうか、ワタクシこれまでいくつもの聖遺物を拝見する機会がありましたが、このようにナマナマしい聖遺物をお見上げ申し上げるのはテレビ画面でも初めてざます。 血ぃ見た途端、ついうっかり興奮しました。み・すくーぢ。 le 1er mai 2011, Jérémie こんにちの教皇ヨハネ・パウロ二世列福ミサのビデオは以下をクリック。 CéRéMONIE à ROME きょうのローマというか、ヴァチカンでの前教皇ヨハネ・パウロ二世の列福式にはイタリアからあの罰当たりなベルルスコオニ首相が参列し、仏蘭西からは外交なのに神聖賢愚帝サルコぢ一世と寵妃カルゥラ(このヒト、実はイタリア人)ではなく、本来は内政担当のフィヨン首相が参列されたという、まっことボフ Bof な事実ですわい。Bof, Bof
2011年4月23日夜9時20分過ぎ。
![]() 今年はココんちから車で10分程の隣村にある女子カルメル会の聖堂で 復活徹夜祭 の御式にあずかることにしました。午後9時過ぎてもココんちあたりはまだこの明るさです。 ![]() 21世紀も10年過ぎ、今時珍しい手書きの聖週間の行事案内。いかにもおフランスな筆記癖でございます。 午後9時半から式が始まり、最初に聖堂を出、日常は世俗にとって禁域に等しい修道院の中庭に移動し、復活徹夜祭の最初に行う「光の祭儀」という式にあずかりました。 ![]() 写真は午後十時十分前の空模様。今の時季、30分ですとーんと日が暮れます。ココんちあたりではこれから夏至まで今よりもう一時間近く陽が伸び続けます。 午後9時半から始まった復活徹夜祭、閉祭は午前0時半でした。 なんと三時間の長い夜。 いつもならば小教区教会の復活徹夜祭にあずかり、成人洗礼式を拝見しますが、今年は初めて観想修道会の聖堂での復活徹夜祭にあずかり、洗礼式の代わりに司祭が聖別した洗礼盤と水に、参列者全員が各自、指をその水に浸して自らに十字を切るという式や、修道女方がひとりひとり名乗って誓約を新たに更新するという儀式を拝見することができました。とても貴重な経験でした。 le 24 avril 2011, Pâques ![]() イエズスさまが十字架の上で息を引き取ったのは午後三時頃と新約聖書にも書かれているので、同じ時刻にイエズスさまの死を想起する十字架の道行き Le chemin de croix が行われました。 ![]() 十字架の道行きというのはイエズスさまが刑場に向かい、十字架に磔され息を引き取り、埋葬されるまでを14の出来事に分け、そのひとつひとつのお話を振り返りながら祈りを捧げますが、ココんちあたりではお話がひとつ進むたびに最初にひざまずき、しばし黙想した後に起立してエピソードを拝聴し祈ります。14回、これを繰り返すことになります。 ![]() パパやママン、おにいちゃまやおねえちゃまがお祈りしている間に、お子たちは ![]() ずっと小テレーズの御像のそばにいたり、パドヴァのアントニオ像のそばから離れなかったり、 ![]() いったい何を思っているのやら。 le 23 avril 2011, Georges < 前のページ次のページ >
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