カテゴリ:『?』なミュぢゅるマン( 29 )
今年の犠牲祭 イード・アル=アドハー
今朝、メールボックスを覗いたら、外務省関係のお知らせが届いていました。
表題は「注意喚起:犠牲祭期間」。
犠牲祭というのは年に一度行われるイスラームの大切な儀式で、当然イスラーム暦に基づくので、ラマダン同様、年々ずれることになります。今年は来週の9月12日から9月15日頃だそう。「頃」というのがミソだなあと思います。日没をさすのか、それとも16日の夜明けまでをさすのか、ちょっとわからん。

この犠牲祭ですが、イスラームになじみのないヒトにはかなりキツい儀式で、画像検索なんぞ私個人は決して勧めません。もし行うなら、それなりの覚悟をお持ちあそばせ。で、犠牲祭について文章に表すとするならば、外務省からのお知らせを引用するに
イスラム教徒は,神(アッラー)への捧げ物として,
羊,牛,山羊などを屠り,貧しい人々と分け合うことが習慣
となります。この「屠る」行いが元気な動物の頚動脈をナイフで切るスタイルでして、これはもちろん日常のハラルでも同じで、イスラーム教徒はお肉をいただくにしても動物の血を完全に抜くことが義務なのですね。それをこの犠牲祭の間は市井で業者ではなく一般の男性信徒によって行われることになるわけです。

フランス共和国においては新生児の7割がイスラム教徒という話題が数日前にマスコミを飛び交ったこともありますが、そうかと言って、フランスの土壌は未だイスラームに変化し終えていません。ですから、この犠牲祭の知らせで思い出したことは、隣村に住む私の知人宅の隣にイスラーム教徒の方がお住まいで、庭で犠牲祭にささげる羊や山羊を飼育し始め、知人(欧州系の元パリジエンヌ)が困惑していたことです。飼うのは妥協するにしても、隣の庭で動物を屠るのは心理的にキツいと繰り返していました。

うぅうううむ。

そして、もうひとつ思い出したことはイスラーム原理教条過激派の、いわゆるテロリストと呼ばれるひとびとが異教徒の処刑に頚動脈を切る、首を落とすという行為を選ぶのはこの犠牲祭につながるロジックがあるらしいという説。つまり、イスラームとしての人生において大切な犠牲祭で神にささげる動物を上手に屠るために、異教徒を「練習に使う」という感覚です。信じがたいですけれど、彼らにとって「人間のくせにイスラームとして生きられない」人間は神にささげるための動物より「以下」、「低い生き物」なんですね。そういう思考回路はおぞましく思えるのも、自分自身が何の宗教であれ原理教条主義の過激派ではないからです。でお・ぐらあしあす。

兎にも角にも、犠牲祭の期間中にイスラーム原理教条過激派の方々が変な気を起こしませんように。

参ったな・・・ブツブツブツ。


le 8 septembre 2016, Nativité de la Vierge Marie

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by ma_cocotte | 2016-09-08 18:00 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(0)
だから、金曜はダメよ。
金曜日のお昼あたり以降、大都市においてユダヤん商業地区や欧米人が嬉々と集いそうな公衆には今しばらく近づかない方がいいです。金曜日の午前中に祈祷を終えた原理教条過激なミュヂュルマンがぴちぴちと爆弾背負って飛び交うからです。

しばしばカトリックの御方々が主日のごミサの後、「チカラを得た」かのご発言をなさるものですが、ミュヂュルマンにとって金曜の祈祷後の心境はまさにそれに等しいものがあります。チカラを得るなり自爆するのも員数外の私には納得行きませんが、殉教すれば天国直行で70数名もの絶世の美女と交われるのですから祈祷ででヴぉおしゃんし得たチカラをもって天に昇華する「我こそは美しい」ンですかねぇ。

昨日の私は夜9時過ぎてニュウス専門チャンネルを見たところで独逸はミューニッヒ(ミュンヘンのこってす)の惨事を知りました。一夜明けて、遅ればせながら実行犯が18歳のイラン系ドイツ人(ドイツ系イラン人という表記も飛び交っていますが)の青年であり、既に自殺済みであることも知りました。彼は今頃天国で70数名もの美女といちゃついているのでしょうか・・・。

昨日の時点で私個人はイスラムとはまったく関係のない欧州の白いヒトによる犯罪ではないかとも想像していたのに、なんだかな、これぢゃ、週に一度のペースでイスラミストが関わる犯罪があっちこっちで「ある」ではありませんか。来週はココんちあたりなんてことになりませんように。

超ウルトラスーパーど田舎に住んでいても凶悪なテロ犯罪はパリや大都市で起こるのであってウチのあたりはたいちょぷなんて言えませんからね。だって、そういう私たちの地理感覚を彼らの多くは持ち合わせていません。自分の身近で「実現、実行」ですよ。Bof ニュウヨオクの写真を見せて「これがパリ」と言っても信じてくれるし、エッフェル塔の写真を見せて東京タワーだと嘘ついても信じてくれるもんです。そういう無知を互いに善に生かすのであれば善しか生まれないけれど、そういう無知を悪く扱うのであればいずれとんでもないことが起こる。それは地球上のどこであってもそうなんです。

兎に角、しばらくは金曜日の自らの行動に重々注意するにこしたこたあありません。

止めることなく「地には善意のひとに平和あれ」と祈り続けます。



le 23 juillet 2016, Brigitte

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by ma_cocotte | 2016-07-23 20:34 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(2)
「私は日本人だ。撃たないでくれ。」
先日のバングラデシュは首都ダッカでのテロ事件で伝わってきた表題の言葉。
なんとも首を傾げてしまう言の葉である。

イスラームの原理教条主義者に「私は日本人だ」と告げたら、それは「私は異教国の異教民だ」と自ら宣言したことになるので、命乞いどころか逆効果になってしまう。その異教国の異教民に対し、イスラム原理教条過激派は銃殺なんぞしません。刀をもっての処刑になり、たいていは頚動脈を切る・・・だけで済まされずに斬首されることもあります。(もちろん麻酔はしません)

日本國内では未だあまり知られていないのかもしれませんが、地球上(いや、地下も含む)に遍く存在するイスラームの原理教条主義者の理想はこの世界がムハンマドさまが生きていらっしゃった時代そのものに「なる」ことです。だから、もしこの世で彼らの聖戦が達成され、神のみこころに叶ったイスラームの勝利となれば、この世に車も武器も必要なくなって平和が「やってくる」ンですよ。

自分が日本人だと告白することで、日本と寄留国が友好関係にあるから「救われる」という思考は政府間や経済界、識字でき、高学歴者が集う環境では通じても、三角形の底辺(アラビア語で言うところのアルカイダ)で生きるひとびとには理解の外であることが多いです。先進国のおフランスだって、東西南北、私が常に寄留している超ウルトラスーパーど田舎のひとびとには日本が中国の中の一州だとか、インドシナの一部とか信じているひとが必ず一定数います。私なんか日本人ですと名乗った直後に「本当に独裁政治はイヤよね。あなたもつらくて理想国家のフランスに移住したのでしょ」なんて言われたことありますからね。街中で安い世界地図を買ったところで極東の日本がまったく存在しないこともあります。極東の島国の日本なんてガイジンからすれば「そんなもん」なんですよ。日本の名を出せば救われるなんて、いわゆるひとつの「島国伝説」です。

もひとつ、昨日、気になったのはバングラデシュ政府が自国内にイスラム国(IS)要員はまったく存在せず、テロ実行者は高学歴の富裕層だからISではないと言ったとか。これは「はぁ?」「ぽっかーん」レベルですよね。インターネットというヒトが決めた国境を越えた次元が存在する今、バングラデシュのようなイスラム教国内にIS支持者がゼロと宣言できるなんて「不自然」ですよ。イスラムだろうがキリスト教だろうが普通の信者と教条原理主義者の境目は「曖昧」と捉える方が自然です。学歴や家庭環境で判断はできません。実行者の学歴や出自を挙げたところで、そんぢゃ、かのアルカイダを創立したビンラディンは?となります。彼は高学歴の超ウルトラリッチな一族の生まれではありませんか。

今のフランスぢゃ、共同住宅を抱える市町村ならば必ずそこにはISに近い人物がいる、という仮定になります。先日のパリ近郊で起こった警官夫妻刺殺事件だって、この警官が市内の移民訪問をしていたことで、「ISから指示をもらったことでの刺殺対象者」に選ばれてしまったわけです。

兎に角、根本の話になりますが、ラマダーン月の期間中は異教徒がイスラム教国や欧米のイスラムの居留区に滞在する場合、イスラム教の信者でラマダーン(日中の断食)に励んでいる方々を刺激する行動を控えることが第一です。これは「他者を思いやる」ことに通じる行いだと思います。もし、金曜日(=イスラム教の祈祷日)に、日本国内と同じように一週間の労働を共に慰労したいのであれば、ホームパーティを行う方が文字通り「無難」です。ラマダーン中ならば日没後はイスラームで生活しているいずれの家庭でも翌朝の日の出まで宴会が催されますから、家の中の声もお互い様で済みます。

確かにイスラーム教国の中の富裕な国々ではラマダーンの間は外国人労働者に日中の全てを任せ、イスラム教徒は家屋の中で何もしないで涼んでいることでイスラーム世界の中で質素を心がけている国々から「それではラマダーンの意味がない」と批判もあるとのこと。バングラデシュは決して富裕なイスラム教国ではないと拝察しますが、いずれにせよ、ISからはラマダーン開始前にラマダーン月にテロるようインターネット上で指令が出ていたわけですし、異教国の大使館が集まるエリアで、外国資本の西洋料理を振舞うレストランで、異教の民が日没前から楽しむ・・・というのはラマダーンを実践している普通のひとびとの目にはどう見えるのか、今一度よく考えることが務めではないでしょうか。世界のどこであれ、滞在している国の普通の人々の生活を第一に慮ることが訪問者の義務かもしれません。


le 5 juillet 2016, Zoé

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by ma_cocotte | 2016-07-05 16:52 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(6)
金曜日に外食するなんて、
しかも、未だラマダン中。
日没後の外食とは言え、挑発行為、自殺行為、自己責任など、この手の話題で毎度飛び交う日本語のいずれの言葉も当てはまると思います。大使館がお店の周囲に多く、治安がいいから安全なのではなく、だからこそ狙われるくらいに覚悟しての入店だったとしても、です。

はい、7月1日夜、バングラデシュはダッカのカフェで起こった人質立て篭もり事件についてです。


le 2 juillet 2016, Eugénie




事件の現場である「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」 Holey Artisan Bakery ですが、フェイスブックに登録しており、現在も見ることができます。https://www.facebook.com/HoleyBread/
写真を眺めたら、販売している食べ物が欧米風なので、イスラム原理主義者の気持を逆撫でする雰囲気をかもし出していたことは否めません。

兎にも角にも、金曜はダメよ。はい。
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by ma_cocotte | 2016-07-02 16:32 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(0)
今年は今日から、ラマダン
今年は今日6月6日からイスラム教徒の断食月であるラマダンが始まるとのことです。7月5日の日没までらしい。でも、この期間に男性ならば精通、女性ならば月経があれば、その日はカウントされないので数日先延ばしになるのが「原則」です。原則を重んじるならば口腔内の唾も飲み込んではならないことになります。詳細は書きませんが、飲み込めないゆえの公衆での所作がその昔、欧州系のひとびととの揉め事の原因になったと漏れ聞いてもいます。

その日暮らしの私は年齢を重ねるごとに曜日にも疎くなっており、今年のラマダンが今日始まることを知れたのも、在仏日本大使館からのメールでした。なんでもラマダン期間中(=今年6月6日から7月5日)の、特に金曜日に、テロ事件が起こる可能性が高いので、フランス共和国在住の日本国籍者はそれぞれ注意、心して行動を選ぶように、というような内容でした。ロランギャロス、=全仏オープンテニスは昨日無事に全日程を終了しましたが、なんと今日から4日後からサッカー欧州杯がフランス共和国内の主だった都市で開催されることになっており、その初日は「きんようび」。そして、ラマダン中の7月4日からツール・ド・フランス、=共和国内を駆け抜ける自転車レースが開催されることになっています。先月21日にかのIS、=イスラム国がインターネットを通してラマダン期間中のテロを世界に潜伏する支持者に呼びかけた事実もあるので、これは大変なことです。

自分勝手なことを申せば、ココんちがある超ウルトラスーパーど田舎の県庁所在地はサッカー欧州杯開催地でもツールドフランスで自転車が通り抜ける街ではないので危機感は大都市にお住まいの方々に比べればない・・・に等しいですが、それでもマルセイユ近郊に住んだ経験がある立場としては「どんな小さな町にもイスラム原理教条主義の家庭はある」と割り切った固定概念があるので、こんなテロとはほど遠いと思われる街にいても「いや、テロがあるかもしれない」という本音は無きにしも非ずなんでありんす。←意味が通じない文章かもしれませんね。それくらい、複雑な心境なわけです、と言い訳。

兎に角、サッカー欧州杯が無事に行われますように。

善意あるイスラムの方々が善くラマダン月を過ごせますように。

と祈るのが傍観者の務めだろ、と思う6月6日の朝でした。
パリも水没寸前でなんとかなって良かったね。全仏で優勝したヂョコさまが優勝決定と同時に天空が割れて太陽が顔を出し、あっという間に青空に会場が覆われたことを喜んでいたけれど、太陽が顔を出したことで水もどんどん引いていくことでしょう(と、信じたい)


le 6 juin 2016, Claude

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by ma_cocotte | 2016-06-06 16:08 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(0)
Islamistes vs Musulmans ---内輪で、もーめもめ?
昨晩がトレーズ・ノヴァンブル 13 novembre からちょうど7日目だったので、テロと同じ時刻に各現場で黙祷が捧げられ、その沈黙が終わると同時にフランス共和国国歌を斉唱するという光景が、きょうの朝のテレビ画面で繰り返し紹介されている画像でございます。仏蘭西共和国の国籍を持たないガイジンの私はこの流れに違和感を持ち始めてもいます。もちろん共和国国歌「ラ・マルセイイェーズ」の歌詞に引っかかりがあるからですが、果たしてああして酔いしれて共和国国歌斉唱している方々の何割が歌詞まで味わい、噛み締めながら唄っているのかも、正直「よくわかりません」。誰も他人の心の中を覗けませんからね。兎に角、ガイジンの、しかも欧州人が決めた世界地図だと極東で、時に欧州で安い地図を買えば省略されてしまっている日本國が国籍の、顔が平たい族の私がこうして彼らがどこかトランス状態で国歌斉唱している姿を見ると、なんやかんや言っても、彼らがいくら平和という語を掲げても、根本は武力好きで、自分たちの概念を正としてその正と異なるものものをつぶすことが平気なのではないか、と疑い始めています。欧州におけるフランス共和国という国は唯一、「民族」が存在しない国で、金髪碧眼の白いひとびとも混血であることが今や「普通」です。そういう彼らと世界中からの移民が集う今のフランス共和国ですが、あんなギロチン刑という方法で王を消したことで皇帝も王も存在しないフランスという国ではなぜか教皇や隣国大英帝国やスペインの王族が気になる存在のまんま温存し、注意を払っているのが現実です。この様子を垣間みるたびに「だったら、ギロチンなんかかけなきゃよかったのにね。他の方法手段があっただろ?」とガイジンの私などは苦々しい笑みで思ったりするものです。

ですが、この一週間を冷静に眺めていると、こういう極端な事件を目の当たりにしたフランス生まれのひとびとの心の奥底から報復という気持が芽を噴いたようにも見えます。今になって「アレはいけなかった、コレはいけなかった」と繰り返していても、実は火刑もギロチンも彼らにおいては「ありよ」だったりして・・・と不安になります。報復の繰り返しに終わりはありませんからね。報復によって平和が実現することはありません。

昨日は朝からアフリカはマリ共和国でのテロ事件についてもずっとテレビ画面から流れていました。一夜明けた(正確には現時点で未だ夜は明けていませんが)きょうの朝の一報で、21名の死者となったと発表されています。

8日前のパリの連続テロ事件でも、昨日のマリのテロ事件でも鍵語がひとつあります。それは初っ端、乱射開始の時に実行犯は必ず「アッラー、アクバル!」を叫ぶということ。これはアラビア語で「神よ、偉大なり!」と和訳されることが多いです。アラビア語ゆえ、イスラム教徒の常套句として世界中で知られています。そして、昨日のマリの立て篭り現場では実行犯が人質に「コーランを唱えてみよ」と命じ、それにこたえられなかった人質の何人かが射殺されたらしいという話も漏れていました。
そういう複線もあってか(いや、当たり前のことなンですが)、犯行声明を出すテロリスト側(仏語だとイスラミスト)も、穏健と言われる普通のムスリム、ムスリマ団体(仏語ではミュヂュルマン)も声明文にコーランからの引用文をいくつも添えて公に発表しますが、その繰り返しとなり、テレビに登場するイスラム教の識者方(=ミュヂュルマンさん)が、イスラム原理教条主義過激派(=イスラミストさん)のコーランの解釈がまったくもって間違っているとおっしゃり始めたわけです。加えて、昨日は金曜日だったので午前中はイスラム教にとって週に一度の大切な祈祷日。にもかかわらず、パリの大モスクでの礼拝が安全上、中止になり、礼拝に集ったムスリム、ムスリマさんから「私たちは彼らイスラミストとは違う。礼拝ができないなんて」と不満が噴出したのです。そりゃ、そうだわな。

こうなってくると、イスラム教と関わりのねえあっしには世界を震撼させるこの大問題の根本、抜本は実はイスラム教世界の問題ではないか、と思えてくるのです。両者が互いに「お前のコーランの解釈が間違っている」と言い合っており、イスラミスト側は(私たちにとっては)普通のミュヂュルマンさんたちさえ異教徒扱いで次々と処刑しているという現実です(今年1月のヨルダンでの件も思い出してみてください)。イスラム世界における内戦の外に、彼らにとっての異教徒集団が包んでいるのではないでしょうか。となると、地球上の列強と呼ばれる異教徒集団は普通のミュヂュルマンさんを応援する形になるのかな?と推察したりもするのです。うぅうううん。脳内便秘になりますな。

兎にも角にも「報復」を肯定する流れに私は乗れないなあ。

オランド大統領とヴァルス内閣の根がフリーメーソンというレッテルが貼られても仕方ありませんやねw

まだ最後の指名手配者が見つかっていないので、緊迫の日々が続きます。ベルギー国内に潜伏中らしい(この手の庶民向けの公開情報は今となっては真偽不明ですけれど)


le 21 novembre 2015, Dimitri


【書き忘れ】

イスラム原理教条過激派のみなさんが連呼する「十字軍」ですが、こういうことの起源、起点は誰がどう決めているのですかね?
特に「十字軍」の蛮行については前世紀あたりから共産主義が持ち上げて、世界中のひとびとの脳みそを「反欧米」化するために用いている必須語です。だから、私はこの一週間で「十字軍」の語を見聞するようになってから、ここいらあたりで共産主義者が動き出している気配を感じるので、ドン引きしてこれを鍵語にしての討論を眺めています。
ですが、最初に述べた「起源、起点」なんですよ。
特に地中海という内海の周辺は紀元前、ヂーザッさんの誕生よりはるか前からユダヤんが移住しており、ヂーザッさんの死後はキリスト教宣教も始まっています。パウロというおぢさんは地中海北周りでスペインまでシナゴーグ訪問を続けてキリスト教宣教したと言われてますし、マグダラのマリアというおばさんは船を乗り継いで地中海を横断し、マルセイユに到着。その後は現在のフランス共和国内の宣教に励んで帰天したと。そういう有名人だけでなく無名のユダヤんもキリスト教徒もイスラム教の発祥以前に地中海沿岸に存在した。ああ、思い出した。アウグスチヌスというエラい聖職者は現在のアルジェリアの生まれのベルベル人だったらしいです。だから、彼のおかあさんのモニカもアルジェリア生まれのベルベル人。そういうひとびとにイスラム改宗を強制しながら進軍し、ジブラルタルを超え、スペインを北上して、ポワティエまで力を持ってやってきたのはイスラムさんたちではありませんか。私は昨年秋にポルトガルに行きましたが、ポルトガルには今でもアラビア語の地名が残っているだけでなく、ポルトガル語そのものにアラビア語由来の単語が多数存在したままです。

イスラム原理教条主義過激派のみんなたちはこの史実(例えば、732年トゥール・ポワティエの戦い)は無視というか「知りたくないの」なんでしょ。結果が負けて撤退だから。

兎にも角にも思考が発達の過程にあり(というか、これはこの世の終わりまで停滞することない)、過去の未熟な思考と言動について今に持ち出して暴力をもって回心を促すこと自体、幼稚極まりありません。

オランドよ、お前もだ。武力以外、知をもって挑んでいただきたい。
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by ma_cocotte | 2015-11-21 15:35 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(2)
またも、金曜日
2015年6月26日 金曜日。

午前中に、仏蘭西の南東部の化学工場で自爆未遂テロ事件発生。
犯人は少なくとも2男性で、車にガスボンベを乗せていたとのこと。犯人が捕らえられた後、工場主 犯人の勤務先の社長の斬首された遺体が発見されました。

午後一番で飛び込んで来たニュウスはチュニジアの海岸線にある2ホテルで同時テロ。
海岸でくつろぐ外国人客だけをターゲットに発砲、射殺。少なくとも28名の生命が絶たれました。(追記:27日朝の時点で38名)

そして、午後半ばにして、なんとアラビア半島のクウェート国のシーア派モスク内で自爆テロ事件。14名死亡。
イスラム国(IS)が犯行声明。同じイスラム教なのになぜ?と思いきや、ISはスンニ派でシーア派を異端としている故うんぬん。ところが、このクウェート国はスンニ派の首長一族が統治しており、国民の8割がイスラム教徒で、そのうちスンニ派が7割、シーア派が3割というスンニ派マヂョリティー国なのです。同じイスラム教徒なのに、たった3割の異なる宗派を信じるひとびとさえISは滅したかったのでしょうか。仏教にも、キリスト教にも、いずれの宗教にもいくつもの宗派があるものですが、どうにも今のISの言動は「心身に余裕がないゆえの過激さ」としか見えません。

先週の木曜日からイスラーム世界ではラマダーンに入っており、世界中のイスラーム信徒が日中の断食を行っています。欧州では夏至の三日前からラマダーンとなるので、日照時間が長い今、断食が例年に比べ厳しいことは言うまでもありません。たとえ真冬のラマダーンであっても、断食を始めたばかりのひとびとが日中、イライラしたり、喧嘩っ早くなることも周知です。
きょう金曜日の連続テロ事件の分析でも、ラマダーンに入ったことでイライラが募り、こういう行いに出てしまったのではないか、という(日本人にしてみればちょっと理解できないほどの安直な)推論も飛び交い始めています。けれど、ラマダーン中の老若男女のイライラを知っているヒトには「かもね」と相槌を打つ点でもあります。

そもそもラマダーンは貧者を思い、貧困をよくよく知るためにイスラームの暦で年に一度、日中の断食を厳しく守る信心行のひとつです。日没後から夜明けまで腹持ちの良い料理をたらふくいただいて、日中を乗り切ることになっています。そして、金曜日はイスラームの祈祷日です。たいてい祈祷を終えたテロリストがほうぼうに散らばってテロを実行するのが通例です。

イスラームの外の、異邦人の私には理解できないことですが、なぜ週に一度の祈祷日を穏やかに過ごさず、ヨソの環境に騒ぎを齎さねばならないのでしょう。
イスラームから見れば、同祖とは言え、ユダヤ教、キリスト教は発展途上の未熟な「生活宗教」です。いくら「この世で完熟成熟の完璧宗教であるイスラーム」への改宗を勧めても、それを拒むユダヤ教徒、キリスト教徒に憐れみを持つのが筋道ではないかと員数外の私は思うわけです。改宗を拒まれたら殺してしまえ、という考え方に未来はつながらないし、恐怖を見せ付けたところでこの世に平和を築けるなんてことはありません。

余計なお世話でしょうが、彼らの改心を祈ります。


le 27 juin 2015, Cyrille


偶然というか(あの世においては必然なのでしょうけれど)、昨日、きょうとカトリックの聖書第一朗読の箇所が、創世記16・1-12、15-16(25日)と創世記17・1、9-10、15-22(26日)だったのです。つまり、アブラハムとハガルの間に長子イシュマイルが誕生し、その後、アブラハムとサラの間にイサクが誕生する話です。このハガルとイシュマイルの子孫がムハンマドにもつながる血筋であり、イサクはユダヤ人の先祖となります。

なんかダブっているので、私にとっていろいろ深く考えさせられる金曜日となりました。
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by ma_cocotte | 2015-06-27 01:53 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(0)
誰に向かって言い訳しているのだろう?
言い訳?
はい、イスラム原理教条主義過激派集団の「イスラム国」が日本人殺害警告ビデオを公にして以降、日本政府が繰り返している安倍首相がエジプトで発表した寄付金2億ドルはイスラムの女性や子供を殺すためではなく、難民救済人道支援に用いられるものと 正当性を説いている と繰り返し報道されていることについて、です。

これ、イスラム国側からしたら、なんら正当な言い訳になっていないこと、日本政府のみんなたちは気づいていないので、こんな言い訳を繰り返しメディアに流し続けているのですよね?

先日もココに書きなぐりましたが、コチラの常識はアチラの非常識です。

イスラム国は私たちが納得しない手段を用いて土地を占領し、彼らが信じているイスラム法に則った理想郷を建国しました。彼らが欧米に向けた移住勧誘ビデオを見ればわかるとおり、イスラム国の領土に引っ越した家族は皆、イスラム国領土内での暮らしが「何も考えずにイスラム法に従って暮らしていれば安楽幸福なのだ」と満面の笑みで画面に向かって世界中のひとに話しているのですよ。

この世で実現したイスラムの完全な世界というのは、イスラムで包括されています。

日本政府が「難民救済支援のための2億ドル」というのは、イスラム国からすれば、未だイスラムに包括されていない土地にいるイスラム教徒を留めることになります。イスラム国は世界中のイスラム教徒を集めて、地球そのものをイスラムそのものにするのが最終目標なのですよ。イスラム包括していない土地に住み続けるイスラム教徒全員をなんとか「イスラム国」というこの世で実現したイスラム包括世界に招き、地球そのものをイスラムにするため「働いてもらいたい」のです。
たった二週間ほど前、その目的のために派遣した戦闘員が3名、仏蘭西で殉教したばかりです。ユダヤ食料店を襲ったテロリストの妻は今年1月2日にイスラム国領土内に戻っています。(彼らにとっては地上の楽園がイスラム国領土ですからして)

そんなわけで、私は日本政府がいったい誰にむかって、あの2億ドルもの寄付が「難民支援の平和目的」とアピールしているのか疑問です。イスラム国側にもしこの言い訳が届いても、彼らはいっそう怒りに燃えますよ。だって、リクルート妨害、移住妨害ですもん。イスラムの信者は、イスラム包括されていない地球上の土地で苦しみ、悩み、怒り、疲れ果てて、イスラム国を頼り、イスラム国領土で安楽安全に日々の日課を守り、アッラーを賛美して、生活する。そして、地球そのものを全員でイスラムそのものに変える。それが、彼らのシミュレーションです。


まあ、いずれにせよ、仏蘭西とベルギーでイスラム国につながるひとびとによるテロ事件が起こった一週間後、加えて、年頭に日本國が世界第三位の富裕国であり、仏蘭西は大英帝国に抜かれ第6位の富裕国となったなんて報道が繰り返されているところで、日本國首相が中東訪問することが抜本的に不思議です。キャンセル延期するよね、普通。

昨日から日本人についての殺害予告が世界で注目されていると日本語報道が流れていますが、仏蘭西共和国内では雑誌数誌が取り上げてネット配信しましたが、テレビラジオではヂャポンのJの字も触れずに、共和国の対テロ対策についてあらゆる報道を流し続けています。
既に連続テロ事件から二週間経ったとは言え、あの3容疑者を支援したであろう12容疑者が逮捕、4名が自首、ブルガリアとギリシャで支援者発見など、現在進行形。容疑者が昇天し、犠牲者全員の埋葬が済んでも、事件については終わりを未だ見ていません。

ですから、日本國首相が中東訪問したのはたいしたもんだと思います。
もし私がエラいひとだったら今回の中東訪問そのものキャンセルという選択しかありませんでした。

対イスラム国につながることで功名を目論んだり、自己弁護に励んだところで、あちらには全て裏目だという基礎は持っているにこしたことないと思います。

le 22 janvier 2015, Vincent



【ついでに、】

人質のひとりの方がキリスト教徒であるという情報が飛び交っています。
もしそれが本当だとすると、上に書いたとおり、イスラム国の領土はこの世に実現した完全包括されたイスラム世界なので、キリスト教徒の領土内侵入は「完全包括」を壊すことになります。
以前、拙ブログのどこかに書きなぐった記憶がありますけれど、イスラムにおいて、イスラムの男性は同じアブラハムを父祖とする一神教(=ユダヤ教、キリスト教)の女性と結婚できますが、イスラムの女性はユダヤ教、キリスト教の男性と結婚するとするならば、彼にイスラム改宗してもらわないと宗教婚は実現しません。ユダヤ教、キリスト教以外の宗教(ex 仏教、神道、ヒンドゥー、アミニズム、無神論者)との婚姻ならば、異教徒のイスラム改宗は必須です。こうして誕生したイスラム家庭に生まれた子供はオートマチックにイスラム教徒として扱われます。たとえ母親がユダヤ教またはキリスト教徒であっても家長である父親がイスラムであることがイスラムでは最重要最優先になります。

だから、おそらく人質となっている2日本人男性にはイスラム改宗が既に求められていると思われます。
イスラムに改宗するには何の事前準備も勉強も必要なく、証人二人と共にモスクで信仰宣言した瞬間から日々の実践を生涯繰り返すことで自らそのものがイスラムそのものになることになります。ろくしんごぎょう 六信五行 に励み、ただイスラム法に従って生涯を送れば、天国に行けると教条原理主義であればあるほどイスラム型の「ゆりかごから墓場まで」制度を妄信するので、西欧型の教育制度は彼らにとって天国に行く妨げになります。(ボコハラム関連事件をご覧あれ)

この世で最後にして最高の完全なるイスラームについての生活文化を横に置いて、私たちの価値観、道徳観で公衆にアピールするくらい逆効果はありません。イスラームについて宗教と括ると立腹するイスラムさんもたくさんいることも頭のどこかに置いておきましょう。
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by ma_cocotte | 2015-01-22 17:47 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(4)
神無き国にはびこる「神話」
ココは地の果てアルヂェリアの、リビヤとの国境、チュニジアとの国境に近い、砂漠の中の天然ガス関連施設で起こった事件。
事件の結果はご存知のとおりでありますが、事件の終結らしきものが発表されたことで、さまざまな憶測が電脳域の日本語圏内で飛び交い始めました。

自分もいろいろ読み逃げしておりますが。
「イスラム原理主義のテロリストが日本が富裕国ゆえ
身代金目当てで今後、同様の事件が繰り返されるだろう」
という推測には「そりゃ、ハズレ」としかつぶやけない自分です。
なぜなら、イスラム聖戦の戦士(仏語ではジハディスト Jihadiste とよばれるようになった)の第一の目的はこの世の中すべてがイスラームとなることで、これを実現するために彼らは手段を選ばず地球全体のイスラーム化に励んでいるのですから。今回の事件で私たちは彼らが人質をとり殺人まで「犯した」と見るでしょうが、イスラームの原理主義世界からこの事件を眺めたところで、眺めているものも、最前線で戦った聖戦士も「犯した」なんて微塵も思いついていません。そんぢゃ、私たちが自分の良識をもってイスラーム原理主義世界の中で生きる人々に説教したとしましょう。説教した方が殺されちゃいますよ。単純な話、イスラーム原理主義世界の外の知識が常識扱いになっていることさえ、その世界の中の人間には納得いかないことであり、外の常識を穿ち、自分の世界の常識を世界全体に広めるのが彼らの信じる使命です。

事件の終結らしきものを境に、日本語で「宗教なんか信じるからこんなことが起きるのだ。宗教を失くしてヒトを信じましょうよ」なーんて意見も拾ったけれど、これもまた、イスラーム原理主義の中の一部の過激な世界では通じません。なぜなら、外の世界の「常識」であって、自分達の世界では「非常識極まりない」からです。何が非常識極まりないのかというと「宗教を必要としない人間」の存在です。イスラームというのは、イスラーム世界以外では「宗教」の枠に入れられていますが、イスラームは宗教ではなく習慣、法律も含む人間の「生」そのものだからです。つまり、私たちが「神を信じていません。ユダヤ教徒でもなければ、キリスト教徒でもない」という発言は必ずしも自分の命をテロリストから救済できる台詞ではありません。神を信じない人間は彼らには動物と同じです。具体的な宗教名を出さずとも、「私も神を信じるひとりです」と名乗った方が救われる場合もあるでしょう。

兎にも角にも、犠牲者の数で大騒ぎする日本という国と、生存者がいることで奇跡だと大騒ぎする欧米諸国との間に大きな基礎知識の違いがあることだけは確かですね。

殺すことでひとつの霊魂が肉体を去ろうが、テロ実行中に自らの生命がこの世で終わろうと、どちらの立場であっても、聖戦において殉教した者の霊魂は天国直行であることが約束されているので、これもまた、彼らに「罪」だと言い聞かせても理解に至ることはまずありません。殉教ほど美しく、来世が約束される行いはないわけで。これも私たちには理解不能な非常識であっても、彼らのイスラーム原理主義の中の一部の世界では「理解して当たり前の常識」です。

とまあ、ここ数日、日本語で飛び交うこの事件の意見を眺めつつ、意見文の中に「日本人」という枠組みで救済やら解決、政府批判もろもろ出ていると、限界が見えます。というのも、単純な話、イスラーム原理主義の中の一部の世界において、イスラームとして生きていない人間は、ヒトが決めた国境や国力、身分も、外見も関係なく、「同じ」です。日本という国が富裕国である、日本人は宗教を持たない、ゆえに他国の人間より優遇し、救われる可能性が高いという話は、極東の島国日本における「神話」に過ぎないと思います。

神が不在の日本と言う国にはびこる神話における「神」とは誰なのでしょう?

知りたいところです。

le 23 janvier 2013, Barnard


他にも電脳域の日本語で飛び交うこの事件の推測や意見、記事に首傾げてしまう話が多々あれど・・・


【追 記】
書き忘れましたが、今回の事件がアフリカの、アルジェリアと国境を接するマリと言う国でフランスが戦争を起こしたことが原因である、フランスのせいだ・・・という単純な意見も飛び交っているようだけれど、フランスや他のアフリカ数か国が援軍しているマリ政府軍の軍人さん、兵隊さんもほぼ全員がムスリムである点を忘れないでください。マリ北部を陣取る原理主義のムスリムとムスリムであるマリ国民の間の違いはいったい何なのか、丁寧に知ることが大切です。
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by ma_cocotte | 2013-01-23 18:01 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(10)
チラシで気付く今年の斎戒 Date du début de ramadan 2010/1431
ポストに投げられたチラシを確かめていたら、なぜかスーパーマルシェのチラシの表紙がいずれもオリエンタルな雰囲気。
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余裕を持って文字を目で追ったら、RAMADHAN の文字。ああ、おそらくもうじきイスラームの世界では年に一度のラマダン(斎戒 رمضان ‎)月に入るのですね。調べてみたら、仏蘭西での今年のラマダン開始日は来る8月11日から9月10日までだそうです。なぜ国別なのかというと太陽が昇り沈む時間が国によって違うからです。
昨年2009年のラマダンは8月22日から9月21日まででしたし、来年2011年のラマダンは8月1日から8月30日までと既に予告されています。このようにイスラームの暦は一年を354日で数える太陰暦に基づいているので、年々ラマダン月も前年より前に戻る形になります。以前、アルジェリア出身の女性から夏至前後のラマダンが身体に厳しいので大変だと聞いてはいましたが、近年の夏の異常気象の熱暑の中での断食も厳しすぎるものだと思います。というのも、ラマダン中は日中、お水もダメだし、ツバさえ飲み込んではならないので地面にツバを吐く人も散見されます。(これが移民受入したばかりの仏蘭西でもめた事項のひとつでもありました)

日中は何も口にできないこともあり、ラマダン料理は腹持ちが良く、カロリー高い食事が家庭の成人女性によって準備されます。ゆえにラマダン後に太る人が多いのです。
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ココんちのポストに入っていたチラシの中はハラルというイスラームの決まりで処理された食品が紹介されていました。

ラマダン رمضان ‎と聞いて、私達はまず断食を思い出すことが多いですが、本当のラマダン رمضان ‎の真意は「心身を清らかに保つ」ことであり、ラマダン月のうちは断食以外に性欲はじめもろもろの欲望から逃れ、誰もが穢れのない状態にいなければなりません。だからラマダン月の間に体液*による穢れがあると斎戒が成立せず、その日数は日を改めて行わなければなりません。*ラマダンにおける体液は精液、経血を指し、尿はあてはまりません。

来年の夏が酷暑になりませんように。今年のラマダンが始まる前から祈ってしまうのでした。

le 6 août 2010, Transfiguration
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by ma_cocotte | 2010-08-06 21:55 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(4)