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花を愛でる季節だと言うのに、
今年も花粉症を発症してしまいました。
半月ほど前から予兆はありましたが、昨年春に飲んだ錠剤が残っていたのでそれでしのいでいたのですが一昨日それが切れた途端、発症です。昨年 ほどではありませんが、昨日明け方3時にくしゃみと水っ洟が止まらなくなり何度も寝室とトイレを往復したことでココんちのフランス人♂が安眠妨害と判断し、「即刻、医者に行ってくれまいか」と自分のため私に命じましたので、昨夕病院に飛び込んで来ました。昨年は人相が引き出物の鯛のおかしらそっくりになるまで我慢し忍耐を売り物にしていたのですが、今年はそうなる前に病院に行っただけマシかもしれません。とは言え、予約をいれずに病院に飛び込んだのでアレルギーの専門医はおらず、一般内科での診察となり、2時間近く待つことになりました。日本の病院に比べれば2時間くらいは耐え忍ばなければならないことでありますね。先生は体育会系のさわやかなムッシュウで、終始和やかに時は流れ、お薬も無事手元に。

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左から鼻の穴にぶちこむ薬、目薬。水色の小粒は錠剤です。

私には飲み薬が最も効き目があります。ヤクが切れると目やに、水っ洟がビョービョー。明け方のくしゃみもつらいものがあります。ただ不思議なのは毎朝、くしゃみで起床後2時間程度くしゃみと鼻水に悩まされますが、その後鼻水もくしゃみも止まります。これが花粉症の特徴でしょうか。

花粉症と言っても個人によって反応する花粉は違い、私はどんぐりのなる木や針葉樹の花粉に反応しやすいのです。かつての職場の同僚はブタクサ花粉のアレルギー症で、症状のピークになると顔が熱を持ってしまってお化粧もできなくなるほどでした。

私が花粉症を初めて発症したのは社会人一年目でした。社会人になったことがきっかけだったのか、単なる偶然の一致なのかは知りませんが、どうもフランスでも年々花粉症を発症する人が増えているらしく、薬局のショウウィンドウにもアレルギー対策のディスプレーが春先に出るようになりました。CPEの闘いが続けばストレスで花粉症を発症する老若男女も出ることでしょう。今日も国会中継を見ていたら《松町の大臣(ド・ヴィルパン氏)》はまつげまで白髪と化し、目のしばたきが強くなっておりましたよ。議場内はPS(社会党)より左の野次は止まらないので、おそらく大臣(おとど)はアレルギー性くしゃみでもぶっぱなして一掃したいと思ってらっしゃるかもしれません。いや、願いをかなえるハクション大魔王の登場を期待なさいませ。

毎年花粉症になると私はなぜか「シベロンブロック」という言葉を思い出しますが、私の手元にシベロンをブロックするものがないので子供の頃の鼻血止めのようにちり紙を鼻の穴にぶち込んでみたりします。これだけで不思議と安眠できるのです。SIDA(シダ、=エイズ)や鳥インフルエンザと並んで花粉症もこの世から撲滅して欲しい病です。世界中の研究者の皆さんたち、頑張ってください。

le 30 mars 2006, Amédée
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by ma_cocotte | 2006-03-30 23:36 | 『?』なたわ言 | Comments(18)
3月28日全国anti-CPEストライキ情報を知りたくても知れない。なぜならテレビ局がスト実施中なのだよ。
こんにち28日はフランス全土で高校生、大学生と労働組合員を中心としたCPE法案反対を訴えるストライキやデモ行進が行われておりまして、例えばSNCF(国鉄)ですと新幹線の2/3、中距離列車の40%、近距離列車の51%が運休です。花の都おパリの地下鉄とRERは7割運休。もちろん空も大変なこって、エールフランスは午前中全便欠航やら3割欠航などを実施なんですけれど、飛んだところで着陸地の空港がスト実施中となると誘導職員や管制塔職員が働いていないこともあるので、つまり目的地によっては「飛びたくても飛べない」なんてことが起こります。
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郵便職員は14.7%、教員は27.28%、学校職員は42.72%(内訳は職業高校36.83%、普通高校40.56%、中学40.56%)がストに入りました。こんにち28日は全国135箇所でmanifestation(マニフェスタシオン、=デモ行進)が行われますが、マルセイユでは200,000人強の規模になるとのこと、です。ついでにマルセイユ市内の地下鉄とバスは67%が運休です。

ココんちの地元ではきのう夕方、既に高校の校門にanti-CPEの横断幕がかけられており、門柱にもペンキで反対主旨が書き込まれていました。先週23日の抗議行動実施日にはこの高校がニュウスに取り上げられ、高校生組合長が周辺のゴミ箱を校門前に動かしてバリケードを作っているのが流れたりもしていたので今日は家の中でぢぃっとしていようと決めてはいましたが、世の中の動きは気になるもの。フランス国営放送の地方局であるFrance 3 Méditerranée の正午のニュウスを見ようとテレビを点けたら「職員ストライキ決行中」のテロップが流れ、結局私は地元の動きをテレビ局職員のスト参加によって知ることができませんでした。フランス3地中海支局のスト参加表明の原文は次のとおりです。
"Grève"
En raison d'un mouvement de grève national d'une certaine catégorie de personnel, la diffusion des éditions des journaux régionaux et locaux ce 28 mars 2006 ne peut être assurée. Veuillez nous excuser de la gêne occasionnée
『全国スト実施により2006年3月28日の地方ニュウスはおそらく放映されませんので、それによる不便はあしからず、お許しを。』みたいなことをHPに載せておりましてね。これまで何度もテレビ局のストで番組がロクに流れないことは経験しているし、最長半月近く通常番組を見れなかったこともあるので「きょう一日くらいは許してやろうか」なんて仏心を持てるようになった私です。こんなこと、きょうび日本の放送局で行ったら大変な騒ぎになるのでしょうね。フランスではテレビ局勤務者であれ彼らは成人した共和国民ですからスト&デモ参加も平らに等しい権利を有しているのでテレビが止まってしまうのも彼らと同じ共和国民である視聴者は受け入れねばならないのでした。視聴者が決して神さまになれないのは「神は唯一」という思想ベースあってのことでせう。これは商業でも同じで「お客さまは神さま」ではありません。が、近年、民放が視聴率重視に狂い始め、民間企業が日曜開業を決行したあたりからこの意識は薄れ、日本化しているのも事実です。

こんにち28日のストライキをご覧になってもまだ《松町の大臣(=ド・ヴィルパン首相)》が廃案に応じなければ次回ストライキは4月4日実施と既に予告されておりますが、現時点に至るまでの大臣のご言動から察するに折れるわけはないのでこの運動の長期戦はほぼ間違いないでしょう。このCPE法案反対運動の初っ端は一般大学生によるものでしたが日毎に政治色が濃くなり始め、私の脳内では「胡散臭い運動」となり始めています。来年の大統領選挙の野望も絡んでいると思われます。長期化は当初の目的を見失うことが多いのでよろしくない。

左派系の大騒ぎや政治に関係なく公共物破壊を趣味にする輩の悪行にうんざりし始めたのは私だけではないらしく、全国84大学中約60大学が3月13日頃から授業が行えない状態にあるため、26日にはパリ市役所前で約1000人の中道右派の大学生たちが「授業を受ける自由も保障されるべきだ」と大学での授業再開要求デモ集会を開きました。後期が始まってすぐ休講状態に入ってしまったため、今のままだと5月末の後期試験実施が難しくなり、本来前後期試験に失敗した学生のための敗者復活試験期間である9月に後期試験が行われることになるそうです。
「これは~」・・・ま・ここっつぁんが学生だったら「授業再開運動」に参加しますね。CPE法案の内容に私は疑問を持っていますが、学生である以上は学業が本業なので学位取得と進級を優先すべきでしょう。大学の定期試験はほぼ全科が論文試験(一試験の持ち時間が3~5時間が普通)なので、révision(レヴィジオン)と呼ばれる試験準備のための自宅待機期間だけで腰痛持ちになるのが常です。気力、体力、集中力で約1か月の試験期間を乗り切って「黄金に輝く美しいフランスの夏」を迎えられるはずなのに、このあまりにハードなフランス式定期試験が9月実施となると心理的に夏休みは否が応でも家に篭りがちになってしまいます。外国語を専門科にしている学生などは6月の定期試験で何とか進級の約束を獲得して、7、8月にアルバイトをし、敗者復活試験期間中の9月に語学留学することが多いのです。anti-CPE運動に熱心すぎてこういうチャンスを失うのも考えものです。やはりフランスの夏は万民に等しくキラキラ輝いていているべきです。「授業再開運動」デモを起こした学生たちが持ち出したスローガンは1968年5月革命で用いられた
学生の勉学を禁じることは禁じられている
です。ご尤もなスローガンです。学生や高校生が左派であろうと右派であろうと同じ共和国民なので、平らに等しく自己の意見を主張する権利と機会は使いましょう。でも自分の要求が通らないからと火炎瓶を投げたり、公共物を破壊するような非合法活動は共和国民ならしちゃいかんよ。そういう感情のコントロールが難しいキミガタならば胸のポケットに宇津救命○を忍ばせて。


le 28 mars 2006, Gontran

■こんにちまでのCPE関連エントリぃズだっぺ■
*3月12日:パリが久しぶりに燃えている。(ソルボンヌ篭城)
*3月14日:《松町の大臣》になんか凡の気持はわかるまい。
*3月25日:たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
*3月27日:お呼びでないのに「およばれ」に与かりたいヒト。
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by ma_cocotte | 2006-03-28 20:45 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(20)
お呼びでないのに「およばれ」に与かりたいヒト。
2006年3月23日、花の都お巴里は7区のド真ん中でございました
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燃えてますね~。

転がってますね~。偶然にも同じ日にマイカーが修理から戻ったばかりのココんちではハートの傷口にアルコールをすりこむような映像でございましたよ。どうか、ココんちの車ちゃん、直したばかりなんだから燃やされないでちょーだいね。

花の都お巴里の7区と言えばセーヌ川左岸、ナポレオンの棺が安置されている聖ルイ聖堂を含むInvalide(アンヴァリド)と呼ばれる巨大歴史建造物を中心にした扇型の区であり、内閣府Matignon(マチニヨン)や省庁が点在し、15区に接する左扇翼にはエッフェル塔がそびえていることでも知られています。7区を日本國でたとえるなら永田町から虎ノ門を抜けて東京タワーに至るあたりでしょうか(岡埜の豆大福が食べたひ・・・)。その7区のアンヴァリド近くで23日、このような路上駐車の車への破壊放火がそここココ彼処(かしこ)で行われました。凄いですね、怖いですね。普通ぢゃないですね。
あー、やだやだ。
CPE法案が10日上院で可決後、11日早朝の学生によるソルボンヌ篭城に始まり日毎勢いを増している反対勢力ですが、その真の目的とは裏腹に翌週あたりからなんか変な臭いが漂い始めています。テレビでは連日のように公開生討論番組でCPE法の是非が語られていますが、先日、De Robien 文部大臣とUNEF(全フランス学生連合)の会長が同席した生番組で文部大臣がはっきりと「解決に向けようとUNEFに電話をかけ面会を求めたのに居留守を使って拒否された」と言ったあたりから私は横鼻を指でゴシゴシするようになってしまいました。確かにCPE法案反対を公共でデモすることでアピールすることは世に知らしめるためには効果あることでしょうが、デモを行いたいがために政府からの交渉のアプローチを拒むのは是、如何に?ですね。この番組放映後17日夕刻からパリのソルボンヌ界隈で暴徒による公共物破壊が行われたことで、私の心は白けてしまいました。

私はCPE法によって上下から皺寄せられた一般大学生に同情し、デモやストなどの抗議活動も共和国民に与えられた平等の権利かつ自己主張の表現として傍観していましたが、ソルボンヌ界隈の破壊行為は明らかに非合法活動ですから受け入れるわけには行きませんし、彼らへの同情ゆえに盲目的に許すなんてこともしません。いかんでしょー、あれは。いつもなら学生の利用で潤っているTabac やカフェの店主が泣き笑いで諦めの運命を語っていましたよ。

23日のパリのド真ん中での騒動ももちろんテレビで事細かに放映されていましたが、当初ソルボンヌ近辺だろうと思いつつ眺めていたらどこかで見たことがあるAir Franceの看板とだだっ広い芝生。もしや、アンヴァリドの長距離バス停?と思いついたら本当にそうでした。
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この写真の右奥にAir France の看板を掲げた建物と長距離バスのターミナルがあります。この手前にはセーヌの左右岸をつなぐアレクサンドル三世橋という絢爛豪華な橋があり、写真奥のSaint Louis des Invalides 聖ルイ教会 は場所柄、軍人高官を含む上流階級が集う教会としても知られ、土曜日になるとそれは優美な結婚パレードなども垣間見れるという本当なら花の都おパリの中でも安心してお散歩を楽しめる「華麗な場所」なんであります。お江戸でたとえるならすがすがしい静寂を感じる皇居前広場のようなところでしょう。が、23日はまるで戦場でした。聖ルイ教会のドーム真下に眠るナポレオンも棺の中まで漏れてくるあまりの喧騒に驚いたかもしれません。
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兎に角、セーヌ河畔や路地の至る所の路上駐車の車は次々とこのような感じで「覆面頭巾」の青少年どもに破壊されたり、周辺に点在する商店の美しいショウウィンドウもメチャンメチャンのコナンゴナンにされましたが、anti-CPEデモの高校生や学生たちはこの暴挙を行っている青少年どもを「僕らの知らないヒトビト」と宣言しております。23日だけで約420人の逮捕者が出ましたが、どうも棒を振り回し、体当たりでありとあらゆるものを破壊しまくっている方々は「破壊するのが趣味なので気持ちよく破壊できる場所に出張してきた人」だったり、昨秋の郊外暴動で暴れ足りなくて満足できなかったヒトだったり、はたまた脳内がヒダリまたはミギ突き当たり巻き切れのヒトビトではないか、と漏れて来ました。
誰も彼らを呼んでもいないのに、招いてもいないのです。
こういう自己中心の暴れん坊ズが騒動に乗じてトンでもない悪さをするのです。自己がコントロールできないネガティヴな感情を発散するためには手段を選ばない連中ですね。図体は大人でも脳内はガキ。いつでもどこでもこういう連中は「気の毒な存在」です。(って、彼らの許しを乞うための常套句は「Pitié. 哀れみを」です)

いずれにせよ、先週あたりから「anti-CPEデモを行う」という理由でなぜかゴミ箱からワインの空き瓶を集めている奴らがおります。既に23日の騒動では空中に緑の壜が飛び交い、地べたには砕けたワイン壜のガラス片が散らかっていました。もちろん治安部隊側から催涙弾も撃たれたし、隊員によって暴徒を警棒が突っついたり、振り回されたりもしました。
花の都おパリのド真ん中で。
3月28日に大規模なanti-CPEストライキとデモ行進が全国で行われるとのこと。昨秋のパリ郊外暴動と異なり、主な都市のど真ん中で繰り広げられるのでケガをしたくないヒト、火傷をしたくないヒト、お目目を傷めたくないヒトは近寄ってはなりません。怖いもの見たさなんて邪心はココロにわいちゃったらすぐに拭い去ることです。


le 27 mars 2006, Habib

外務省海外安全ホームページフランス:学生・労働組合の反CPE抗議行動について (2006/03/24)

■ご参考までのCPE関連エントリぃズだす■
*3月12日:パリが久しぶりに燃えている。(ソルボンヌ篭城)
*3月14日:《松町の大臣》になんか凡の気持はわかるまい。
*3月25日:たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
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by ma_cocotte | 2006-03-27 04:24 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(13)
たれかある。大臣の四角い頭を丸くしてはくれまいか。
10日の上院可決から2週間が過ぎ、今では共和国民の誰もが親しみをこめて略称で呼ぶようになったCPE(=Contrat Première Embauche、初回雇用契約制度)ですが、その略称には憎しみのanti-が冠されてanti-CPE(アンチ・セペウ)という反対運動となり、日毎大規模なうねりと化しています。ドミニク・ド・ヴィルパン首相はCPEを「Egalité des chances. 機会平等均等」と前面に打ち出してどんな反対運動が共和国民によって行われようとも撤回も妥協もしないと主張し続けています。一方、11日に在学生によるソルボンヌ篭城で幕開けたanti-CPE運動は日毎に拡大し、今では高校生も加わり、彼ら若者に同情する教職員や労働組合員までが抗議運動に参加し始めました。23日の全国規模のデモ行進の参加者は約550,000人だったそうです。

私はド・ヴィルパン氏が外相時代から贔屓しておりましたが、今回のCPEばかりは彼の主張を聞けば聞くほど疑問ばかりが脳に浮かび上がり、ド・ヴィルパン氏に一度たりともにっこり微笑むことさえできませんでした。首相は「若年層における就職機会均等」を主張していますが、CPEが実施されたところで現状と何ら変わらないとしか想像できません。26歳なんて年齢制限をしなくても、フランス国内の企業が就労者に理由なき解雇を以前から実施しているのが実情です。一度就職しちゃえば解雇の心配がない楽園勤務地の「役所」でもCPE法によって理由なき解雇が実行できるようになるだけの話ぢゃないかと思ったりなんかしちゃって。フランスの労働形態にはCDD(セデデ、Contrat à durée déterminée)という期限付き正社員制度も既に存在しており、諸企業はとりあえずCDDで人材を雇った後、CDI(セデイ、Contrat à durée indéterminée)と呼ばれる無期限雇用に切り替えるのもよく聞く話です。仮契約をした就職予定社員の職業訓練校での修業費用を会社が立て替える制度も既にあります。おパリで抗議デモを行った高校生が掲げた言葉(↓)ですが、
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『CPEなんかなくていい。何もかも今より悪くなる。』

C'est pas mieux que rien. なんて変なフランス語なんだ?直訳すると「CPEなんかないよりましだ、ぢゃないよ!」となりますかね。きょうび高校生の使うフランス語は難解ぢゃ。

でもキミがたよ、おばちゃんもそんな気がするよ。CPEによって失業率が今以上に上がる予感がします。11~12%くらいかな。現法だとフルタイムの身分で最低半年働かないと失業保険は払われないのに、簡単に企業が新入社員を解雇できるようになってしまったら彼らの生活保障はどうなるのでしょう?失業してしばらくするとアパルトマンの家賃が払えなくなってHLM(アッシュエルエム、Habitation à loyer modéré、団地)に越していくおぢちゃんやおばちゃんもいるけれど、HLMは人気が高すぎてコネなしならば入居希望を出してから2年待ちは当然、待ちきれずに挫折するヒトも一杯いるのです。18歳になれば独立する子が多いフランスで学生生活補助も打ち切られたCPE該当者が失業した場合、どのように家賃を払えば良いのでしょう?一度家を出た子供が「生きていけない」と親に泣きついたところで既に養育生活保障を打ち切られた親が笑顔で無条件に子供を迎えることだって難しいフランスなのに。なーんかCPEというのは聞いたところで親であろうと子であろうと不安しか浮かばない変な法案です。これぢゃ、国民に反対総決起されるのも不思議はありません。今のところ、国民の約66%がCPE法案に反対だとか。

私がフランス国内の労働事情を傍観している限り、義務教育修了のみの若年層の失業問題だけでなく、彼らの対局にいる高学歴者(Bac+5以上)の失業率が高すぎること、これによって高頭脳が海外に流出することに歯止めをかけることに目を向けるべきではないかと思います。そのためには現在もフランス国民に人気のFonctionaire(フォンクショネール)と呼ばれる公務員制度の抜本的見直しや企業向けの改善(税制や就労者雇用負担金の率など)が先であって、現段階で近未来を担う卵である学生に「働いてもどうせクビ」なんて先入観やら不安を与えるのは就業意欲を萎えさせるので決して得策とは思えません。

28日に大規模なanti-CPEストライキとデモ行進が全国で行われるとのこと。その前に誰か松町の大臣のおつむりの中をやっこくできる者が現れぬものかのお。ストライキもデモも共和国民に認められた権利ではありますが、ここ数日の騒動を傍観する限り、両手広げて歓待できるものではありませんな。To be continued...


le 25 mars 2006, Humbert
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by ma_cocotte | 2006-03-25 02:57 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(39)
「愛」なのか?「愛徳」なのか?それが問題だ。
一昔前までの日本國では弥生三月を迎えると「春の結婚シーズン到来!」などとしばしば見聞したものです。私の両親も3月に挙式、神道によるものでした。きょうび流行のキリスト教(っぽい)挙式が流行りだしたのは昭和40年代に入ってからでしょうか。私は今でも「キリスト教結婚式」という語を聞くと、なぜか目の前に赤レンガの霊南坂教会が浮かんでしまいます。KWはヘイちゃん、トモカズ、ヒロミ・ガウ、対してルリ子、モモエ、ユリエだな。

私もこれまで友人、知人のキリスト教式結婚の儀に数回出席したことがありますが、ほとんどの式で読まれた聖書の箇所が新約聖書の中のひとつ、パウロによって書かれたとされる「コリント人への第一の手紙13章1-13節」でした。
たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もしがなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。(コリントⅠ13:1)
で始まるこの章節は「愛の賛歌」とも呼ばれており、日本でのキリスト教(っぽい)結婚式では以下の文が必ず朗読されると言っても過言ではありません。
は寛容であり、は情け深い。また、ねたむことをしない。は高ぶらない、誇らない、無作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。はいつまでも絶えることがない。(コリントⅠ13:4-8)
以上、「本日のメーンエヴェント」的文章で読み手の声が朗々として間が上手だったりすると「ぢ~ん」と乙女心に染み入る文面でありますね。このパウロによる「愛の賛歌」全13節の中に「」という単語は9回出ており、賛歌の最後は以下の文で締め括られています。
いつまでも存続するものは、信仰と希望とと、この3つである。このうちで最も大いなるものは、である。(コリントⅠ13:13)
                   以上、新約聖書(1954年改訳)日本聖書協会から引用
結婚式の参列に慣れてしまうとついうっかり「ああ、またこれ?」なんて思ってしまったりもしますし、挙式終了直後に誰かがこぶしをまわしながら「愛、あ・な・たとふ~ぅたり~ん♪」とわざと感動している友の耳元で唄ったりするものです。愛、らヴ(Love)、アム~ル(Amour)♡ 私は「愛」と聞くと高校時代、倫理の授業で学んだ三種の愛をまず思い出します。確かέρως(エロース、性愛)、φιλία(フィッリア、友愛)、αγάπη(アガペ、無償または究極の愛)ぢゃなかったっけか。とっころがパウロさんは信仰と希望と愛の3つを挙げてらっしゃる・・・はて? いや、この愛は若い二人のためにはそりゃあ究極の無償の愛に決まってはいるンだろうが。なぜか我がツルツルおつむに引っかかったのでちょいっと調べてみました。

するとどうでしょっっ。日本語では「愛」と訳されている語はフランス語聖書(フランスで最も信頼され、読まれているCERF版)だと「愛」はL'amour(ラムール) ではなく la charité(ラ・シャリテ)が置かれているのです。la charité(ラ・シャリテ)と言うのは英語のCharity(チャリティ)にあたる語で、隣人愛や慈愛、思いやりを意味します。耶蘇教っぽく表現するなら「愛徳」がよろしいでしょう。
英米語でこの箇所を検索してみますと、English Standard Version またはNew American Standard Bible ですと「愛」は Love と訳されていますが、かの大英帝國は欽定訳聖書(King James Version)ですと、「愛」は Charity と訳されておりますのです。
これ、どちらが本当なのでしょう?
日本國のようにこの「愛の賛歌」が結婚式において好んで読まれるならば、「愛=love、amour」がこの上なくしっくりする訳なんでありましょうが、上述日本語訳の文中の「愛」をフランス語聖書のごとく「愛徳」または「慈愛」に置き換えて読んでみると文章の意味や重みが違ってくるように思えます。パウロが伝えたかったことは果たしてどちらなのでしょう?ちなみにフランスでは「la charité(ラ・シャリテ、=愛徳、慈愛)」が主流なので、待降節(クリスマス前)または四旬節(復活祭前)の節制月にこの箇所が好んで読まれるようです。うむむむむ。

le 22 mars 2006, Léa
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by ma_cocotte | 2006-03-22 03:09 | 『?』なたわ言 | Comments(22)
天使に誘われ、悪魔はお肉をかぢっちゃったのだった。
日曜夕方になって天使が「マクド に行きたい」と悪魔に声をかけました。マクドというのはあのMcDonald's のこと、フランス語だとどうもこのように省略するようです。天使がそう囁く直前、悪魔はテレビからMcDonald's のコマーシャルミュージックが流れたのを確かに耳に留めていました。悪魔が自分のポケットをまさぐるとスーパーのレシートが出てきました。そのレシートの背面には地元のマクド限定のサーヴィス券が印刷されていました。Maxi Best of (特大セットメニュ)をひとつ注文するとアイスクリームサンデーか好みのサンドイッチをひとつおまけしてくれると言うものです。なんてすばらしいBON(ボン、=割引券)でありましょう。天使はレシートに泣きながら感謝しておりました。
悪魔はこの3月から悪魔らしく痩せてみようかとお肉を抜いて満腹になってみようと努力する日々を送っていましたが、19日目にして天使の誘惑と偶然もらってしまったレシート裏の割引券でふらふらゆら~りと地元のマクドにドスドス行ってしまったのでありました。

何でも天使が言うには、期間限定で「Big Tasty」というハンバーガーがマクドで食べられるとのこと。天使の定番はビッグマックにもかかわらずテレビコマーシャルを見ていたらBig Tastyを食べたくなったので悪魔に声をかけたのだそうです。日曜夕方、7時ちょっと前のマクドはいつもよりちょっと混んではいました。カウンターで悪魔はレシート裏の割引券をフランスびとなのにアメリカーンな体格のおねいさんに見せつけ、まず有効かどうかを確認。有効と認められるなりBig tasty のMaxi Best of (6.6ユーロ、←マクドで一番高いセットメニュ)を頼み、すかさず天使が「おまけはビッグマックにしてくらはい」と頼んだ。悪魔はアイスクリームサンデーとサンドイッチのどちらにするか悩んだけれど、左の壁に貼り付けられた定価表を凝視したらサンデーは1.7ユーロ、サンドイッチは3.0ユーロ前後すると知ってしまったのでドけち根性の見せ所で「ひ・・・ひれおひっしゅ・・・」をオーダーしまったのでした。
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右が期間限定のBig Tasty、左はひれおひっしゅ。飲み物はオランジナ0.5ℓ

Big Tasty は2/3パウンドの牛挽肉ステーキにトマト、レタス、チーズに特製ソースというもので、特製ソースはニッポンびとには感じの良い胡麻風味ケチャマヨとでも申しましょうか。日本なら大受けの味ですが、フランスびとには今ひとつの味かもしれませんな。ひれおひっしゅは日本のものとほぼ同じ。「ほぼ」というのはパンの味と質感が日本のものと異なるからです。悪魔にはフランスのバンズの方が美味しいと思えるのだそうです。

天使はいとも簡単にBig Tastyバーガー、ビッグマック、フライドポテト特大、0.5ℓのオランジナを胃に収めましたが、肉抜き19日目の悪魔は完食できず、飲んでも飲んでも減らないオランジナとPommes Frites(ポム・フリト、=フライドポテト)は棲家に持ち帰りました。
悪魔はドけちですのでね、決して捨てませんよ。はい。
こうして3月20日、春を迎えたフランスですが、悪魔は振り出しに戻って肉抜きに挑み始めました。お昼はラタトゥイユ(プロヴァンス風の野菜ごった煮)で腹を満たしました。
日本國は明日21日が春を迎える日ですが、フランスは今日がPrintemps(プランタン、=春)。なぜかフランスと一日ずれているのでありました。なぜだろう?


le 20 mars 2006, Herbert
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by ma_cocotte | 2006-03-20 21:12 | The ou Cafe? | Comments(10)
我輩はケチである。

然も  つきのケチである。

つまり我輩は「ドけち」である。幼い頃から既にケチだと自覚していたし、他人様に「大好物が出てきたら最初に食べる?それとも最後?」と聞かれれば迷わず「最後に決まってるぢゃん」と返事をするほど心身の真髄からケチ、ミトコンドリア級ケチなんである。正真正銘お墨付きのケチの我輩が仏蘭西に住むことになってケチに磨きがかかった。磨けば磨耗して少しは散財するのがロジックであろうが、我輩はケチを磨いたことで箔が付いた。摩訶不思議な話であるが、真実である。我輩は仏蘭西に住んでドけちと化した。特に日本から頂戴した美味の数々は美しくて、愛らしくて、もったいなくて、ありがたくて、なかなかその封を切ることができない。故に賞味期限が切れてから封を開けることばかりだ。

やうく考えてみると我輩のこの心理はドけちなんだか、散財ド阿呆なのかよくわからぬ行為でもある。いや、間違いなく我輩は封を切ればもったいないという気が先立ってそれは下品に物(ブツ)を消化する。飲むように口に含め、頬を膨らまして鼻息を吐きながら噛み砕くとでも言おうか。つまり、封を切る瞬時が我輩にとっては行動の頂点なのかもしれない。こんな心理を抱えながら、我輩は老いていくのだ。それが「ヒトの生」と言うものなのだろう。


先日、一年以上前に頂戴した八女茶を飲み終えた。勿論、一か月ほど前に封を開けた賞味期限後半年以上経った緑茶である。日本國の皆様方には「賞味期限を遥かに過ぎたお茶なんて」と厭きれ返られるであらうが、我輩には涙が零れ落ちるほどの美味であった。煎れるたびにこの喜びを下さった方にまず感謝してから口に含んだ。そもそも八女茶といふものは九州は福岡の名産であって、両親はもちろん先祖を辿っても富士山の向こうがいない我輩にとってはそれだけで有難くもったいない品である。封を開け、消化してしまえば、もう二度と口にすることもなかろう、と思うと我が宝物(=日本食品)貯蔵棚の奥深くに収めてしまうのである。ココんちには猫の手が八本もある故、尚更のことである。封を開けてしまえば噛まずに飲む(まあ、お茶だから当然かもしれんが)ので、八女茶は先日消化されてしまった。続いて封を開けた茶は静岡やぶ北茶である。賞味期限は2006年1月と明記されている。賞味期限から2か月過ぎての開封であるが、それは美しい緑色を出すお茶である。旨い、美味い、実にウマひ。

さて、昨日のことである。朝もはよからココんちの仏蘭西人♂はAix(エクス)なる旧都に上るといふので我輩はひとりで昼食を摂ることになった。ココんちにおいて我輩がひとりの食事となると「日本食」っぽいものを食したくなるのが常である。「っぽい」といふのがポイントでもある。我輩の住むやうな仏蘭西の片どころではないド田舎では日本食材はまず手に入らない。もし手に入るとしても日本海以西の諸国や沖縄の向こうの島国の同品目食品価格の数倍という値である。この日本海はたまた東シナ海を挟んでの定価の違いは一体何ゆえなのであらう?

昼も手前になり、ふと我輩の頭に或る日本米が浮かんだ。2月はじめにこのド田舎までいらした方から頂戴した米である。勿論、八本の猫の手から守るため、我が宝物貯蔵棚奥に秘められたものである。
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新潟魚沼産コシヒカリ 2kg
精米 18年1月9日

どうだ、参ったか。参らないよね・・・、でも仏蘭西ド田舎生活には「幻の一品」なのであるぞ。勿論、未開封。袋を「どっこらしょ」と裏返すとそこには「お米の上手な保存法」が説明されているのである。宝物棚の開帳の音で「おやつは鰹節か?はたまたカニかま?」とすっ飛んできたココんちの銀猫、ぷろすぺえる銀治熊蔵が「何だ、この袋は?」と訝りながらも目を凝らして説明書を我輩に読んでくれた。
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●お米をおいしく食べられる期間の目安は精米日から30日位である。
●夏期は精米日から15~20日位が目安である。
●保存は色や匂いの付くものは遠ざけ、湿気に注意せよ。
●米びつに入れ替え、直射日光の当たらない、風通しの良い、冷暗な場所に保存せよ。


なんですとよ。まずは上述のごとく精米日は18年1月9日であって、今日は3月19日である。2か月以上経っていることになるだろう。賞味期限は冬期で30日と言うことを引いても既に賞味期限から30日以上過ぎていることになるのではあるまいか(そうは思いたくないが)。そして来週の日曜日に仏蘭西共和国は夏時間となる。夏はまもなくココんちにもやってくる(いや、そう思いたくもあるが思わないことにして)。そしてそして、ココんちには「米びつ」そのものがない。いや、炊飯釜もないのだ。お米が立って炊けるという炊飯釜は日本式浴室と同格の我輩の夢そのものなんである。

・・・ということで、読んでいるうちに開封するのが面倒臭くなった我輩は迷わず封を開けるのを止め、昼食にはCarrefour で買った「何時でも気軽に買える」長米を食らった。この18年1月9日に精米された我輩にとって一粒一粒がどんな宝石よりも美しい新潟魚沼産コシヒカリの米粒2kgは再び我輩の宝物貯蔵棚の奥深くに収められたのである。我輩がこの米を涙ぐみつつ食む日は何時のことになるやら。我輩はケチである。然もドつきのケチである。<了>


le 19 mars 2006, Joseph
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by ma_cocotte | 2006-03-19 22:00 | 『?』なたわ言 | Comments(24)
マジョフくんは今、何処に。
フランス国内は連日、現役高校生と大学生を主体としたanti-CPE運動のニュウスで盛り上がっておりますが、地中海の対岸では3月14日のイスラエル軍による西岸刑務所での銃撃戦後の緊張が高まっており、パレスチナ側の報復抗議行動の表れのひとつとしてガザ地区に滞在する外国人記者やカメラマンが多数誘拐されました。その中にフランス人も含まれていましたが、昨日15日フランス人人質2名が韓国人記者と共に解放されました。

b0070127_20423736.jpg【解放された3人】
写真(Nouvel Observateur 紙より)
左から
韓国はKBSのヨン・テヨン特派員、イラン系フランス人カメラマンのAlfred Yaghobzadeh(アルフレド・イャゴブザデ)氏、 右のCaroline Laurent(カロリヌ・ロラン)氏はルワンダ・コンゴ問題研究で知られるジャーナリスト。41歳、二児の母でもあります。

これまでフランス人ジャーナリスト誘拐はガザだけでなくイラクでも数回ありました。ガザ地区での誘拐について記憶に新しいところでは昨年8月22日に解放されたモハメド・ウアチ氏 の事件でしょう。いずれにせよ、フランスの公共放送で公表されたこの手の誘拐事件における無事生還率は今のところ100%です(ただし、最初から公表されない誘拐事件については知る術はござらん、そりゃそうだわにゃあ)。人質となったフランス共和国民解放のために暗躍するのはPolice de Police(警察の警察)なのか、DST(フランスにおけるFBIみたいなもん)なのか、DGSE(フランスにおけるCIAみたいなもん)なのか、外人部隊のエラいヒトなのか存じませんが、100%の人質無事生還というのはネゴ上手なんでありましょう。日本國ももう二度と犠牲者を出さないように頑張って努力してネゴ上手になって欲しいです。

◎◎◎◎◎◎十◎◎◎◎◎◎

さて、テレビで地中海東岸のニュウスを眺めるたびに私には思い出すヒトがいます。私が1999年2月から一年半通った某大学の外国人向けフランス語学校で出会ったパレスチナ人のマジョフくんです。

マジョフくんは18歳になってすぐ、一人でフランスに留学しました。ホームルームでの授業初日は恒例の他己紹介です。私はマジョフくんがパレスチナからの留学生であると聞くなり、「国」ではないパレスチナ人が国外に出られることに感動してしまい、下手なフランス語で質問攻めしてしまいました(今思えば台湾人も出国できるのだからパレスチナ人も出国できて当たり前なんだけれど)。「パスポートはイスラエル発行ですか?」なんて質問もしました。マジョフくんのパスポートはパレスチナ自治政府発給のもので、彼はパレスチナ自治政府の公費留学生でした。新学期が始まってまもなくの頃、マジョフくんの行動はぎこちなく、教室のドアを開けるのもおじおじ、遅刻した時にドアを叩くノックの音は歯切れが悪い、教室の電気をつけるのも先生に恐る恐る聞いて恐る恐るスイッチに触る、授業は発言を求められても息がかすかに動くような発声などなど、「はっきり発声しなさい!」と先生に語調強く注意されてもマジョフくんはしばらく大きな声を出せませんでした。半日教室に鮨詰め状態での授業の途中で爆笑できるような面白い話もマジョフくんは素直に声を出して笑えません。もしかしたらパレスチナのイスラームの戒律が厳しいので、いきなり南仏で北欧系やらラテン系の美人女学生たちと机を並べて緊張しているのかなあ?純情もんめが!なんて内心笑っていた私です。
週に一度、ホームルームがある文学部校舎から更に遠い場所にあるキャンパスで仏作文の授業がありました。「まずフランス語を話せるようになりたい!」と言う多くの日本人留学生には不人気の授業でしたが、マジョフ君と私がその授業を選択していました。絵画や写真、短文を見ながら物語を連想してフランス語で表現する授業はなかなか面白いものでした。ある日、この授業の帰り道、マジョフくんと一緒になった日がありました。マジョフくんが真面目なイスラム教徒だとそこはかとなくわかっていたので、私から決して彼に話しかけることはしませんでしたが、その日は彼の方から大きな声で私の名前を呼んでくれました。大きな声を出せるようになったマジョフくんには感動したなあ・・・もう5年以上前になるけれど今でも彼が声をかけてくれた場所を思い出せます。文学部の裏を抜ける線路際の道を歩けば私が住む旧市街に至り、途中にマジョフくんが住む学生寮があります。私たちは学生寮の前まで並んで歩きました。道すがら、マジョフくんは自分の夢を私に語ってくれました。それはマジョフくんの故郷ガザ地区を昔のような美しい町に戻したい、だからフランスで最高の建築技術を学んでパレスチナに貢献したい、というものでした。
月日が流れマジョフくんが物怖じしない青年に変わった頃、彼は学内のパレスチナ人留学生を集め、ホールを借りて、パレスチナ関連パネル展示会を開きました。開催直前、ホームルームでの授業の終わりにマジョフくんがすくっと立って「皆さんにパレスチナの現状を知ってもらいたい。本当のことが伝わっていないことが多すぎるのです。」と私達に力説しました。朗々と語るマジョフくんはとても大きく見えました。
マジョフくんと仲間たちがフランスに住むようになって感じていることは、アメリカを中心としたマスコミコントロールでした。私はこれについてはレバノンを訪ねたベルギー人(私の恩師)や中東で仕事をした日本人の知人、友人からも聞いていました。余談になりますが、イラク戦争が始まってから亜米利加NYC在住の友人とメールで逐一情報交換したことがあります。当時、フランスで流れていた戦場での悲惨な映像はアメリカではまったく流れていませんでした。開戦当初、戦場の最前線が移民で固められていたことも、兵士の殉死の代償を遺族への国籍授与で解決しようとしていたことも、亜米利加本国ではしばらく流れませんでした。フランスでは最初の犠牲者の葬儀まで流れたのに。イラク開戦はマジョフくんと机を並べた日々から何年も後の話になるけれど、マジョフ君の主張の一端があの時にはっきりしました。

マジョフくんは一度も私の前でコーランの「C」の字も口にしたことはありませんでした。それでも彼の内に秘めた信仰はひっしり伝わってくるものがあり、彼にイスラーム戦士の心意気を感じたものです。2000年5月終わり、マジョフくんと私が所属したクラスは授業の最終日にホームルーム解散式を兼ねたピクニックを町外れの美しい公園で実施しました。皆が一品ずつ何かを持ち寄るfête(フェット、=パーティ)でしたが、マジョフくんは自分で作ったクスクスのお菓子を持ってきました。クスクス(セモリナ粉で作られた粒)をカスタードクリームと蜜で混ぜて焼いたものです。「僕のお母さんの味なんだ」と伏目がちにはにかんで言うマジョフくんでしたが、お菓子を作りながらホームシックになったんじゃないかなあ。一方、クラスメートが作ってきたサラダに鼻をくんくんさせて「お酢にアルコールが入っていないか?」とマジョフくんは神経をビンビン尖らせていました。マジョフくんはかなり厳格な信仰の下で育ってきたのだろうと遠目に見て察しました。この頃には彼は上手い冗談も言うし、他人の冗談やからかいに思い切り楽しそうに笑い転げる18歳の青年になっていました。実家には10人をはるかに越える兄姉妹弟がいるというマジョフくんは女性への優しさも慣れたものでした。

今思えば、彼がフランスに来てまもなくの行動がぎこちなかったのは、フランスに来る直前までガザ地区の真っ只中で成長したことが原因だったのだと思います。電気をつけたくてもつけられない夜があったのだろうし、家族で談笑したくても声をひそめなければならない日もあったでしょう。笑い転げている途中で瞬時に笑いを止めなければならない緊張も味わったこともあるだろうし、音楽を聴きたくてもボリュームを思うように上げられない、踊りたくても踊れない、大家族で息を潜めて夜を明かしたこともあるのでしょう。そういう環境で彼は育ったのです。突然、一見平和なフランスに来たからとて態度をコロっと変えられる器用さを純朴な彼が身につけているはずはありません。私達にとって当たり前の「ドアを開ける」という行為さえ、彼にとっては「ドアの向こうに敵がいるかもしれない」という幼い頃から身に付いた警戒心や恐怖心が先に立ってしまい、ドアをノックするために要する手の力加減さえなかなか身に付かなかったのかもしれません。

あれから5年以上が過ぎ、マジョフくんが今どこで勉強しているのか残念ながら私は知りません。テレビでガザ地区のテロが流れるたびに「もしや・・・」と画面に見入ってしまいます。純粋な彼がテロに身を投じていたら・・・と想像してしまうこともあります。

マジョフくんと机を並べた日々、彼は私のくだらない質問にも微笑を浮かべながら、考え考え答えてくれました。多くのアラブ系が言い訳する時に使いたがる「コーランの○×には・・・・と書かれている」なんて切り口上を一言も口にせず、マジョフくん自身の考えをしっかり述べてくれました。パレスチナに限らず世界中のイスラームに絡む諸問題に必要な人材はマジョフくんのように自分の意見を自分の言葉で論拠立てて述べられる人です。パレスチナ政府はマジョフくんの聡明さを見抜いて、18歳になったばかりの彼に国の未来を託したのでしょう。

今も事ある毎に、マジョフくんが語ってくれた夢と希望を思い出します。彼の夢はぜひともかなって欲しいし、かなえてあげたい。マジョフくんによっていつかガザ地区と、そしてできればパレスチナ自治区支配になってから薄汚れた雰囲気になってしまったベトレヘムの町並みを美しく活気あるものに再現してくれる日が実現するよう祈り続けていきます。そしてマジョフくんといつかどこかで再会できる日が来ることも。


le 16 mars 2006, Bénédicte


とは言え、いろいろ難しい問題がそこココ彼処にゴロゴロしている地中海東岸です。
この写真集(↓)は一刻一刻新しい写真が加えられるほど活発な中東情勢録でもあります。
     Yahoo!France 中東写真集

イスラエル軍によるJéricho(ジェリコ)銃撃戦関連ビデオはこちら(↓)。右欄vidéos(16日現在4本)から選択できます。
     France 2 : Jéricho : l'opération israélienne dénoncée
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by ma_cocotte | 2006-03-16 17:59 | 『?』なメディテらねぇ | Comments(10)
《マツマチのオトド》になんか凡の気持はわかるまい。
松町の大臣(まつまちのおとど)とは、de VILLEPIN : Premier ministre。そう、現フランス共和国首相、Dominique de VILLEPIN ドミニク・ド・ヴィルパン。日本語表記のドビルパンぢゃなくて正しくはド・ヴィルパンである。日本國のマスコミよ、なぜこんな表記までして「ド」つきを隠したがるのぢゃあ?

3月11日早朝、花の都はお巴里のど真ん中でのドンパチでソルボンヌ構内篭城者を一度解散させたものの、anti-CPE(反CPE法案)運動ストライキの勢いは強まるばかり。この運動は法案のターゲットである大学生ばかりでなく、日に日に多くの大学教員も学生に寄り添って反対運動に参加し始めています。13日夜8時のTF1ニュウスに松町の大臣は生出演 してCPEの正当性を熱く語ったけれど、昨年11月のパリ郊外暴動で問題になった若年層の失業と関連付けて話す大臣(おとど)にはそこはかとなく違和感を覚えました。大臣の特徴は語調強くかつ熱い語り口ですが、13日の夜は耳を傾ければ傾けるほど空虚さを覚えるというか、耳にまとわりつく蚊の羽音のような騒音とでも言いましょうか、ぶっちゃけると空論のように思えました。聞き手のニュウスキャスターはClaire CHAZAL(クレール・シャザル)という人気女性キャスターでしたが、松町の大臣の強い口調に釣られたのかプロであるはずの彼女の言葉が大臣の言葉と同時に聞こえることがたびたびありました。こんなに強く出たクレール・シャザルを初めて見ました。(この二人のやりとり全文はこちら

13日から一夜明けて学生ストは全国84大学中50大学で実施され、14日には17大学がストに入りました。私がかつて通った某大学(文学部)もスト決行中とニュウスに抗議文の横断幕で装われた我が懐かしの文学部玄関が映りました。「実施したところで何が変わるんだ?」と主張する学生も。もう大学には関わっていない私ですが、今回のCPE法については一般大学生に同情しています。大臣が昨秋のパリ郊外暴動での若年層就職問題を関連付けてCPEが合法のような言い方をしているけれど、無理がありすぎ。別世界の話を無理やり関連付けたところで両者に皺寄せが来ることくらい大臣ならわかるだろうに。松町の大臣の力説を聞けば聞くほど、
大臣(おとど)には一般大学生の気持なんかわからないンだ、
ヴぁっきゃろー!ニャロメー!
と、疳の虫に甘んじつつ、内閣府HPに掲載されている彼の略学歴を拝見すると、以下の通りなンである。

Dominique de Villepin  ドミニク・ド・ヴィルパン
est né le 14 novembre 1953 à Rabat (Maroc).
1953年11月14日、モロッコの首都ラバ生まれ

Cursus (修学過程)
Licencié ès lettres et en droit,   
Diplômé de l’Institut d’études politiques de Paris,
 
国立政治学財団パリ政治学院修了免状(法学/文学 学士) 
Ancien élève de l’Ecole nationale d’administration
(janvier 1978-mai 1980 : promotion Voltaire).
 
1978年1月-1980年5月 国立行政学院在籍

なんだ、松町の大臣、一般大卒者ぢゃないンぢゃん・・・。
松町の大臣はいわゆるひとつのScience Po (シアンス・ポ、=パリ政治学院の愛称)からENA(エナ)というフランス共和国が税金を使って使って天塩にかけて育てた天才のひとりなんである(ちなみに上述のClaire Chazal はENAで進級できず退学)。彼の学歴は一般大学卒ではなく国立高等専門学校(グランゼコール)卒になる。彼が果たして若かりし頃、一般大学生とは別階級とみなして口もきかないグロン・ゼコール生のようなヤな野郎だったかどうかは知らないが、共和国民のための内政を司る長たる首相たるものが一般大学生に今まで以上の苦渋を飲ませようとするのは、
シアンス・ポーのパーかよ?
ものぢゃないかと思ってしまったりします。昨秋11月に暴動が起きた郊外では若年失業率が50%にも達している地域があると指摘したうえ、「若者の不安定な現状に何らかの対策を取るのは当然の責務」とCPEの効果を強調した松町の大臣ですが、それと大学生の就業条件がどこかで交わるのでしょうか?私が知る限り、これこそ別世界ではありません?

フランスの失業率は常に10%前後をうろうろしています。9%台になるとニュウスで歓喜の映像が流れるのも常です。こんな高失業率の国にガイジンの私が求職者としてANPE(アンペウ、=職安)に登録する場合、個人面談時に学歴もこんぴーたに登録されます。フランスの学歴表現は日本とは異なり、大学名を聞くことは稀で、大学登録資格者(Bachelier バシュリエ)以上はBAC+(数字)という形で表現するのが日常です。ただし、日本の学歴必要年数と異なるため、高卒後の単純年数をBAC+の後ろに付けると必ずしも正しい表現になりません(日本の四大卒はBAC+ になります。BAC+4は修士)。しかもANPEでの面接でニッポンびとが学歴を自称しても受け入れられず、申請者本人が免状を法廷翻訳後、地元を管轄するRectorat(レクトラ、大学区)に持参し、学歴平行審査を受けねばなりません。大学区が審査後与えた学歴がフランスで正真正銘生かされる学歴になります。こんなことができるのもフランスの教育制度が中央集権制を敷いているからで、昨年の教育地方分権案が提案された時にもフランス国内では 高校生による全国規模のストライキ&デモが実施 されました。

こんなシチメンドクサい作業を私もかつて経験しましたが、フランス国内でフランス人と同等の学歴を頂戴したところで、私の会話力はガイジンのままです。就職活動もフランス人大学生と同等というわけにはいきません。そんな事実をしっかと受け止めて3ヶ月に一度通らなくてはならないANPEでの面接で例えば「おら、フランス語がうまく話せないンだで、掃除婦や工場労働についてみたいンだべよ」とあたすが願ってみても、「あなたの学歴ぢゃこの仕事を与えられないわ」と拒否されます。掃除婦や工場労働はBAC+某のあたすが入り込んでしまうとハジかれるのは誰だかわかってンの?とクドクドクド。

そういう経験がある私からするとCPEって一体ナニ?とここ数日頭をひねるばかりです。文学部に入ったばかりの一年生が「3年まで上がれたらCAPES(教員試験)を受けるかなあ」と道は一本しかないような返答しかなく、2年に上がれず留年が決まればさっさと軍役に登録したり、手に職がつけられる職業短大に軌道を修正してしまう子が学年の半数はいるというのが現実なのに。頭が良くて博士課程まで大学に残れても(とは言っても、グランゼコール生から見ると彼らは口も聞きたくないパーなんだそうだ)、論文を仕上げたら「出て行け」と促され、そうかと言って「文学博士」ぢゃ仕事なんてありません。博士号まで持っていながら海外出稼ぎを第一目的にとりあえずは派遣会社登録というのもよく聞く話です。ガッコあたまに商売につながるネゴの才能はあるの?と疑われるのも常なので、AFPA(労働省立職業専門学校)にはBAC+5以上の学歴者のための就職準備クラスもあります。

大学生に限らず就職希望者が就職活動で一般企業に飛び込めば「職業経験がないのでしょ?」と難癖を付けられ、職業訓練校に行けば「Contrat de Qualification 採用予定者登録」を就職希望会社と取り付け、会社に月謝を出してもらって当校へいらっしゃい」なんて言われ、就職希望者は会社と職業訓練校と言ったり来たりなんてこともよく聞く話です。こういうことが好きな子なら毎日が楽しいだろうけれど、苦手な子にしてみれば「もーいいよ」とヘナヘナになります。

今のままだと1968年の5月革命を再現するのでは、とまで言われている今回の騒ぎですが、今一度、騒ぎの素であるCPE(セペウ)案に触れてみると「失業率が約23%と高率の26歳未満を対象に2年間、雇用主に解雇の権利を認める仮契約の形で、政府が率先して就職を斡旋(あっせん)したり必要な技術を身につけさせる」というものです。一方、なぜフランスの失業率が高いままなのかというと、正式雇用の場合、解雇がほぼ不可能なうえ、雇用主の社会保障制度(年金、健康保険、失業保険)の負担額が高いことが主因となっているためなンであって、政府が若年層の高失業率改善のためにまず着手するべきことはCPE法の着眼点より別のところにあるような気がしたりなんかして。今までの一般大学生いぢめに頭でっかちによって更なる「いぢめ」が加えられただけ、と気付いた一部の一般大学生はこのanti-CPE運動にはノータッチで、楽しい夏休みを迎えるために6月の後期試験準備や論文・レポート作成に没頭しているそうです。就職を考えるより進級試験が大切というわけだ。後期試験で進級が認定されない場合、9月に行われる学年最後の敗者復活進級試験に挑まなければならないため、美しい夏の毎日をガリ勉せねばなりません。楽しいはずの夏休みが悪夢の日々に化してしまうのです。「まずは進級!」と決めた彼らのこの気持もものすんごーくわかります。美しく輝ける夏を迎えるために今から準備せいっっ!

う~ん、ストに没頭しているのは夏を約束された余裕綽綽の頭を持つ大学生?
いや、彼らは共和国民なら誰もが喜怒哀楽をこのように表現できるという自由権利を謳歌しているのです。この手のストやデモを実行後、
「結果はどうであれ、私たちの切なる思いを公に表明できたのだから満足」
とキザな台詞で締めくくるのも共和国民の常です。今のところ、高校生も大学生も「廃案まで妥協せず」と意気込んでいます。


le 14 mars 2006, Mathilde


*今週末3月18日に大学生、高校生を中心に彼らの思いを支持する大人たち(教職員、労組)を交えての全国規模のanti-CPEデモが行われるそうです。
▼全フランス高校生組合のHP : http://www.unl-fr.org/
▼全フランス大学生組合のHP : http://www.unef.asso.fr/
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by ma_cocotte | 2006-03-14 20:09 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(11)
巴里が久しぶりに燃えている。
先週3月11日早朝4時半、警察機動隊によって前日から10日上院を通過したCPE(=Contrat Première Embauche、初回雇用契約制度)可決抗議のためソルボンヌ構内に立て篭もっていた学生たちの強制退去が行われました。
おそらく昨年11月のパリ郊外暴動より怖い思いをされた日本の方々が多かったことでしょう。何せ舞台は花の都お巴里は左岸5区のおソルボンヌ、そしてサン・ミシェル大通り。セーヌ左岸で最も有名だった教会サン・ジェルマン・デ・プレから東に向かって最初にぶつかる大通りがサン・ミシェルで、クリュニ美術館前を右に折れるとソルボンヌに至ります。日本人の多くが観光で立ち寄るし、日本人好みのプチホテルなるものが点在しているのもこの辺り。この近辺は日本人向け不動産物件が多いので日本人在住者が多い界隈でもあります。サン・ミシェル大通りは学生向け書店や文具店が多いので足を運ぶヒトも多いでしょう。私もかつてGibert JeuneGibert Joseph には毎日のように寄っていました。
夜明け前の突撃だったとは言え、公共で学生と機動隊が押し合いへし合いして催涙弾やら空中から鉄はしごが降ってきたりですから近隣では相当の騒音だったはずです。午前7時前には沈静化したそうですが、ソルボンヌのマクドのウインドウは粉々に割られていたそうで・・・たまったもんぢゃありませんね。私もニュウスでずっとこの篭城事件を眺めてはいますが、こんな場面↓を見ても「建具がもったいない、壁を傷つけるなよ!」とつぶやいてしまいますし、
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こんな場面↓を見れば「窓ガラス割るなよ、その外灯を譲ってくれないか・・・」などニュウスの本質以外のことが気になって仕様がありませんでした。ガイジンの私にとっては美しい歴史建造物も日常使用している学生にとっては当たり前のタダの校舎なんでしょうね。
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結果としては窓ガラスは粉々に割れ、書籍も燃やされたり、壁や建具にも「篭城2006春」記念の傷が刻まれました。

日本でもこの事件は取り上げられましたが、前回のパリ郊外暴動同様、あらぬ方向に話が向かって行くンぢゃないか?と予想しております。というのも、あらゆる制度が日本國とフランスではあまりにも違うのです。日本で大きく取り上げられた昨秋のパリ郊外暴動ですが「放火」による公共物破壊があったゆえ国際ニュウスに扱われたのだ、と私は見ています。あのパリ郊外暴動で挙げられた数々の犯罪から放火を引きますと、残りの犯罪は毎晩フランス国内のどこかで起こっていると言っても過言ではありません。車一台の放火もマルセイユの北部なら日常茶飯事でしょう。真っ黒焦げの車は私もしばしば見ています。
今回の学生ストについての報道も似たようなもので、学生が学内に篭城したことが国際ニュウスとなったポイントでしょう。それによって機動隊が突入し、催涙弾が飛び交い、空からは学生が窓から投げた鉄はしごが降ってきたので大々的に国際配信扱いになった、そんなもんですね。警棒で殴られた学生、痛かっただろうなあ。いかんよ。痛いの、嫌い。
実はフランス共和国ですが、篭城しない程度の学生ストも教員ストも日常茶飯事です。私自身は前期試験ど真ん中突然の教員スト、学生側授業ボイコット集会、階段教室でのUNEFUnion Nationale des étudiants de France、全フランス学生組合)による教壇占拠も経験しました。平常の授業中に突然、階段教室の頂上入口からゲリラ的に学生組合長はじめ上層部学生が入場してきましたが、教授(英国市民文化史)はあっさり場所(つまり教壇)を明け渡し、私たちと一緒に彼らの決起声明に耳を傾けていました。高校生にもなれば支持政党を持つフランスですからノンポリ大学生はまずいません。アルバイトする時間がなくても国内政治については常日頃から考えているのがフランスの学生です。毎年夏休みになれば各政党による高校生以上が出席できるサマーセミナーが開かれ、それがニュウスで流れるのもフランスでは当たり前のことです。

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全国38大学で進行中の学生ストライキはCPE(セペウ)と省略して呼ばれる「26歳未満の若者を企業が雇用する場合、2年間の試用期間なら自由解雇できる」という法案に反対するものですが、このCPE法案に反対しているのは学生ばかりではありません。ココんちの地元の幼稚園から高校までの教職員は7日に抗議ストライキを行いました。当日、学校は休校です。先週末からスト予告のポスターがそこここに貼られていました。そして当日、教職員は朝もはよからマルセイユにてCPE案反対デモ行進(→)に出席していたのでした。

今回ド・ヴィルパン首相が打ち出した雇用促進策は、試用期間中の若者の解雇を容易にすることで企業の採用増を促すことが目的です。これによって雇用が不安定になると考えた学生の反発の表れが篭城ストなんでありますが、ド・ヴィルパン首相は学生の不安と恐れに同情しつつも方針転換の意思はないと下院ではっきり述べています(今晩12日夜8時からのTF1ニュウス にド・ヴィルパン首相が生出演します)。

ここで、フランス共和国における大学生と雇用の問題に触れますと「何を今更・・・」な話でして、私なんぞはソルボンヌで篭城した学生の学部を知りたくなりました。就職に直結した学部というと経営または経済学部あたりでしょうか?
フランスの高等教育制度は日本のそれとはまったく異なるので重ね合わせることができません。大学というのは学問を学ぶところであり、就職の助けになる機関ではありません。子に働いてもらいたいと願う親は子供が高校生にでもなれば、頭が良ければグランゼコール、ほどほどならBTS(上級技術(文系)またはIUT(工業技術)を狙え、と子に促し、「卒業しても稼げない一般大学になんか行くな」と言う親もいるほどです。例えば私も在籍した文学部になると、ほとんどの学生の希望は教員です。というか、大学で文学を専攻した者が進む道はそれが普通というのがフランスです。大学3年になればとりあえずCAPES(カペス、中等教育教員証)を受験、もし大学4年(日本の修士)に上がれればAgrégation(アグレガシオン、中・高教育教授証)という難関試験を受験して晴れて公立学校教員となります。が、この2試験に落ちれば、AMPE(職安)に登録して自分の学歴より下の職業に妥協してつくことさえあるのが現状です。企業側から言えば「ガッコ頭で非常識(=就労知識まるでなし)」の普通大学卒はすぐに使えないので敬遠。というわけで、AFPA(労働省傘下の職業訓練校)には一般大卒者や博士号を持つ者への就職実用資格講座が多分野にわたってあり、分野によっては2年待ちは当たり前の状態です。会計関連は常に激しい競争率でAFPAの空席を手に入れるのも根性がいります。

フランスの就業制度では学歴に応じた職種にしかつけないのが普通です。ただでさえ他のEU諸国に比べ低所得であり、21世紀になった今も公務員が安定かつ高地位のフランスです。博士課程修了者にはPoste Doctorat(略してポスドク)というカテゴリーから職業を選ぶことになりますが、CNRS(Centre National de la Recherche Scientifique、国立科学研究所)の空席待ちは辛抱しても空しさばかりというのも現状。故に高学歴者がアメリカ、カナダなど高収入が約束されている研究機関に就職するのも目立っており、フランスでは本来「国の宝」であるはずの高知能の過度な海外流出も問題になっています。

つまり今回のCPE法は就職の難しさをわかりすぎている学生に今以上の不安を政府が与えたことになります。政府としてみれば昨年11月のパリ郊外暴動の折に暴れん坊たちから「職をくれ」と要求されたことで、暴れん坊ズが喜ぶ改善案のつもりだったのでしょうが、一方でこのようなひずみやゆがみが出てくるものです。

近年フランスでも過保護親が増えたことが原因で、グランゼコール卒業生の民間企業就職が人気になりつつあるそうです。例えばサン・シール陸軍士官学校では学生が卒業直後の任地であるアフリカや南米などの最前線勤務を拒否し数少ない民間企業に就職を希望しているのが問題になっています。本来、グランゼコールは上級国家公務員になるための高等教育機関なのに彼らが民間に行ってしまうと、凡人が働ける机と椅子が減ることになります。もし一般大学生までが一般企業就職を第一希望とするとなるとフランスの失業率は上がるばかりでしょう。どこからどういじれば良いのだか、ド・ヴィルパン氏でなくても頭の痛い話です。フランス人に日本の大学生の生活や就職事情について話すと「恵まれているね。天国だね。」と言います。以前の私なら「そんなことないよ」と言っていたはずなのに、我が身をもってAFPA生活を経験した今では「そうだね」と同調できるようになってきました。

le 12 mars 2006, Justine
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by ma_cocotte | 2006-03-12 20:51 | 怒髪に突かれるCPE! | Comments(18)