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機密やら秘密、諜報やら情報
今週のはじめですけれど、France 3 で"Otage à Bagdad バグダッドで人質に" というドキュメンタリ&ドラマ(仏蘭西語でDocu-Fiction)を見ました。

b0070127_1916164.jpg2004年8月20日イラクはバグダッドで誘拐されたフランス人ジャーナリスト2名(Christian Chesnot、Georges Malbrunot)が124日後の12月21日に解放されるまでを本人達の証言を絡めながらの再現ドラマです。既に彼ら二人の証言録《Mémoires d'otages 人質の記憶》は単行本(→)、文庫本で出版されており、この再現ドラマの参考資料のひとつに挙げられています。その帯には《Le récit de leur captivité, les secrets de leur libération 捕虜生活の物語、解放の秘密》と書かれていますが、今回のドラマでも解放に至るまでのフランス人男性二人の捕虜生活と彼らの解放に向けて動くフランス諜報機関の動きが同時進行に再現されたので、視聴する側としては両者の立場に自身をなぞらえてビクビク、ドキドキ、ハラハラしながらこの誘拐事件を追うことができました。面白かったです。

ドラマの中でたびたびDGSE(デ・ヂェ・エス・ウ)という単語が出てきました。DGSE というのはDirection Générale de la Sécurité Extérieure の略称で、端的に言えば国家情報部、喩えるならば亜米利加のCIA、大英帝國のMI6、穿って見ると「国際諜報機関」であります。仏蘭西では 防衛国防省 に属し、スパイも養成しております。仏蘭西WIKI でこのDGSE なる語を引きますと、牧草地ど真ん中の基地の写真 が出て参ります。うう、今すぐペネロープと化してピンク・ロールスロイスで訪問したいざますよ。
パーカー、お願い。行って頂戴っ!(声:テツコ・クロヤナギ)
ついでにですが仏蘭西における国内諜報機関はDST(デ・エス・テ)、正式名称はDirection de la Surveillance du Territoire です。こちらは 内務省管轄 で、亜米利加ならFBI に相当する機関になります。

今回のドラマを大雑把に説明するならば単なる「ネズミ捕りゲーム」なのです。フランス人ジャーナリストを誘拐した一団は数日置きに人質と共にアジトを移動することの繰り返し、DGSEは情報を集めながら地下、地上、衛星から彼らの後を追います。画面では空からの追跡と音声が何度も流れましたが、こんなmission(ミシオン、使命)を受けた男性は見てみたいです。
お願いよ、パーカー!呼んできて頂戴っ!
で、このドラマを私はココんちの仏蘭西びと♂と拝見しましたが、今回のドラマに限らずテレビから"DGSE"という単語が聞こえてくるたびに彼が私に質問するのは、
日本におけるDGSE は なんと言う名称 なの?
です。・・・はて? 日本におけるスパイ養成機関ですか?(←この段階で既に飛躍)
なんでしょう?考えていると頭の中に沙粧妙子の三白眼青白顔やら秋田弁を話すギバちゃんなどが浮かんできます。本当に日本のどこかに沙粧さんが所属するようなプロファイリングチームなんてあるのかしら? このようなテレビドラマ路線からそれると、近年しばしば耳にする「もしかして、公安?」、そう、公安が日本國における国際諜報機関きゃ!? と思ったりもしましたが、うぢうぢ考えているうちにココんちの仏蘭西びと♂が
そんなこと、学校で習わないの?
日本人は自分の国を守ってくれる仕組や組織を知らないの?
とイヤミな笑みを浮かべながらつぶやき始めます。しかも追い討ちをかけるように
まさか、世界第二の大国が諜報機関も持たない国ではあるまい・・・。
と。なんか我が母國を馬鹿にされたような気分になります。でも私は学校で「国の情報機関」について習った記憶がありません。おそらくこれに関連する省庁は自治省、防衛庁、自衛隊でしょうか? 私は警視庁と警察庁が異なることを知ったのは「踊る大捜査線」を熱心に見たからです。私は正真正銘の国防音痴と言えましょう。

そこはかとなく悔しくなったので「日本國の情報機関」について調べてみましたが、どうも防衛庁防衛局が仏蘭西のDGSEにあたる存在で日本のCIAと喩えられる機関であり、海外情報収集、海外諜報、諜報活動を行うスパイ的組織にあたるようです。そして陽の目を浴びれる国際情報収集は外務省国際情報局や内閣情報調査室や警察庁警備局(踊る大捜査線の室井氏が所属しているのはココね)の一部が国際テロ対策を担当しているようです
そして法務省管轄である公安調査庁と内閣情報調査室、警察庁警備局の一部と共にいわゆる亜米利加のFBI 的役割を果たしているみたいです。1997年には自衛隊にも通信情報、調査、資料、中央地理、技術情報の5部隊が創設されたそうです

「・・・ようです」「・・・みたいです」「・・・そうです」としか文末を結べないのは、私は学校でしっかり学んだわけでもないし、自己流の甘い検索による記載だからです。近年「情報開示」などという単語をしばしば耳にしますが、世界における大国ならば秘密や機密があって当然です。
イラク開戦後、イラクやパレスチナでフランス人がたびたび誘拐されていますが、現在に至るまで人質の解放&生還率は100%です。上述の2ジャーナリストの解放後、2005年1月5日から6月11日まで5か月と6日、Florence Aubenas という全国紙Libération に勤務する女性ジャーナリストが誘拐されましたが、解放直後の記者会見で彼女がDGSE の機密行動を口にしたことで話の辻褄が合わなくなりしばらく騒がれたことがありました。イラク開戦後の日本人人質の生還率などと照らし合わせると「もしや日本には交渉担当のプロがいないのでは?」と疑いたくもなります。が、まさか地球上における日本國が正攻法しかできないアケスケの国ではあるまいよ。

兎にも角にも、国家の秘密や機密の内容や人材の詳細を国民全員が知る必要はなくとも、その秘密や機密が収納されている箱をくるむ殻やら箔にあたる組織名くらいは国民がもそっと具体的に知ることができても良いのではないかしら、と思います。自分の国籍を登録している国にこのような情報機関があると知ることで、難しい問題は彼らに任せよう、という気持を国民は持てるのではないでしょうか?どうも例の「共謀罪」なんて法案を考察していると、日本国民はこういう機関についてよく知らないので、覗き見や密告、はたまたスパイごっこをしたがってしまう「他人を疑う不安」にかられたりするように思えたりもします。いや、まずは自分が決してそういう愚か者に化すという誘惑に飲まれないようにしなければならないのですが。

まあ、「日本國における情報機関」なんぞ調べているうちに、これらの機関が学校でも教えるほど大らかに日本國で公表され、国民の誰もが知るとなると都合が物凄く悪そうな諸団体やら人々が今回の共謀罪法案通過にコメカミの血管を浮かせて反対している、というのも見えてきました。都合が悪いから反対するのかなあ?

私個人としてはサンダーバードのように特別なミッションをもらった一族、日本ならば伊賀やら甲賀でもウホウホの大歓迎なんですけれど、そんなことは学校では教えないですわね。
つまんないなー。
■マジメな話@White House ■
とうとう4月28日、北朝鮮による拉致被害者とブッシュ大統領の面会となりました。
こちら↓はブッシュ大統領の声明文です。右上のビデオをクリックするとナマを拝聴できます。
http://www.whitehouse.gov/news/releases/2006/04/20060428-1.html#

ヂャウヂ・ドヴリャあ・ブッシュ大統領閣下のおんお言葉の結びは
"May God bless you all, and thanks for coming."
「皆さんにの祝福がありますように。いらしてくださってありがとう」
政教分離の国家元首がこう言っても亜米利加では騒がれないようでございますね。はい。
さあ、ここまで来ました。大きなうねりと化して一日も早く拉致問題が解決しますように。
日本國における情報機関のみなさまがたも解決に向けて加速してくださいませよ。

le 29 avril 2006, Catherine de Sienne
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by ma_cocotte | 2006-04-29 21:08 | 『?』な日本國 | Comments(23)
緑の季節
フランスは4月も下旬になると外は初夏の陽気なのに、石造りの家の中は涼しくなります。「きょうも寒いなあ」と冬織のセーターを羽織って外出すると、太陽が肌や目に痛いほど照り付けてきます。この季節の着こなしは今もって私には難しいのですが、欧州の女性は実に上手です。どうもTシャツまたはタンクトップを身に付け、長めのカーディガンを羽織って、首にスカーフをちょちょっと巻くという基本で外出し、外気の様子でスカーフをまず外し、続いてカーディガンを温度によってボタンをはずし、それでも暑ければカーディガンを脱いで肩にかけ、それでも暑ければ腰に巻いて・・・と体温調節しているようです。欧州っ子のスマートな着こなしは実に勉強になります。お江戸だと5月頃、応用できる着こなしかもしれません。
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さて、2週間の春休みド真ん中の日曜日。
地元の旧市街の大通りでFoire aux Fleures et aux Végétaux (花・野菜市)が開かれました。日曜日が定休のカフェもきょうは特別営業です。

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プロヴァンス地方の内陸の町Manosque マノスクラヴェンダー農家のお店です。
ラヴェンダーの抽出油、石鹸、クリームなどラヴェンダーづくしで、そばを通っただけでアロマテラピ♡左の値段一覧が手書きされた黒板も、右の銅でできた抽出器も「欲しい」。


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こちら↑は籠職人のお店。
朝市に携える籠はもちろんですが、ガーデニングの寄せ植えの籠も並んでいました。そして、このお店はハンモックも売っていました。ハンモックの影でくつろぐ黒ワン公がかわいらしい♡

なぜか子犬と子猫を売るお店も出ていました。
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白桃のようなお腹ぽっこりんちょ♡♡
フレンチブルのベイビーは一匹950ユーロ・・・。悲しくなりました。


ふらふらと二往復ほどして手作りの郷土菓子屋さんに寄りました。で、
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モンテカオ(欧州人がマグレブに移住して伝播したクッキー)をおやつ代わりに買いました。

食べ歩きしながら帰宅するなり、ココんちの3+1匹が「おなかすいたよー」と夕ご飯をねだってきました。花野菜市で見た犬や猫 を思い出し、今の状況よりココんちの3+1匹を不幸にしちゃならん、とあらためてわが心に言い聞かせました。
目に優しく、お腹に満足しつつ、生命について考えた日曜午後の散歩でした。
■「生命」で思い出しました。■
チェルノブイリ原発事故から20年が経ったそうですね。
1999年夏、私がロンドンからエジンバラに向う飛行機で一緒になった「チェルノブイリの子供たち」はどうしているのだろう?みんな、元気だろうか?とテレビから「Tchernobyl チェルノブイリ」という単語が聞こえてくるたびに思いを馳せています。こちら↓、私が飛行機内で出会った「チェルノブイリの子供たち」について書きなぐったものです。
やっぱり『運命』だったのかな?

le 27 avril 2006, Zita
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by ma_cocotte | 2006-04-27 15:37 | Promenons-nous! | Comments(8)
共謀罪が通過して得をするのは誰か知らん?
巷で話題の「共謀罪」である。
この「共謀罪」なるもの「平成の治安維持法」という異名を持っており、なんでも殺人など重大犯罪の実行行為がなくても謀議に加わるだけで処罰が可能になるのだそうだ。
政府によると共謀罪が対象とする「重大な犯罪」にあたる罪名は615に及び、「仲間同士で暴行を計画しただけで処罰される」といった不安が国民の間に広がったんだそうだが、「処罰されること」に不安を感じるより前に「暴行を計画している輩がいること」に不安を持つのが普通のヒトぢゃないか?国民の不安感から「処罰されなきゃ暴行を計画してもいい」と読めてしまうのは私だけだろうか?日本国内における昨今の殺人事件の数々を知れば知るほど、暴行なんて計画しない道徳を日本国民に義務教育で与えることを先に法案として提出した方がよろしんぢゃなかろうか。

共謀罪に関連するであろう罪名一覧 にザっと目を通すと日常生活の些細なことが罪名に引っかかるようにも思えてくる。気の小さい私なんぞはお縄でショッピカれる「惨めな自分」を想像するのが先になり、何をするにもビクビクオドオド、そんなビクビクオドオドの心境がハツと人相に齎すものは愚醜のみ。寝ても覚めても不愉快な毎日は御免蒙るので、何もしない「物臭の婆」と私は化すことになるだろう。天岩戸の向こうで粗食ながらも運動不足でブヨブヨな一生を終えようぞ。私が死んだら岩戸を隙間なく閉めてくださいな。
このような生き方を妄想するとなぜかある宗教やあるセクトの「信じさえすれば生まれてから墓場まで安楽な一生」という売り文句を連想してしまう。・・・ヤだな、「一、抜けたぁ♪」と子供のように宣言して家に戻りたい。ヒトの一生というのは失敗したり、躓いて味わった痛みを二度と繰り返さないように頭を使って思考し続けてこそ天国の門前で売りに出来ると思うのだけれど。安楽な上下左右同じ24時間というブロイラー生活は私には魅力ではない。

が、この共謀罪なるものを深読みすると自身を守ってくれるはずの家も安心できないのではなかろうか?共謀罪と関連する罪について目を通していると、先日ボヤいた アフガニスタンで異教徒となった男性を密告した家族なんて話を思い出した。ヤだね、これも。
親に見つかって世間に公表されそうなものは家のどこかに隠し持たねばならない。個室を持たない環境だったらどうしよう?家ばかりではなく校則違反ばかりしていた中高時代の私も思い出した。見つかれば停学はもちろん退学の可能性もあるので、子供なりにスリリングな感覚を味わった。でもイイ大人が味わう感覚ぢゃないよ。
「隠れ切支丹」のようであって、ようでない、ビクビクオドオドの心を学校や会社、ひとつ屋根の下の家庭でも持たねばならないとなるとニッポンびとが大らかに伸び伸びできる場所はどこになるのだろう?おそらくご不浄か、いっそのこと捕まって独房に入るのが伸び伸び出来る手段のようにも思えてくる。なんだ、この変なロジックは!?

なんでこんな共謀罪なんてものが日本國で新設されねばならないのかというと、与党がおっしゃるには国連における国際組織犯罪防止条約を日本國は2003年5月に国会で承認しているため条約に基づく国内法整備の責任があるからなんだそうだ。第二次世界大戦戦勝国同窓会(=国連)で批准されたこの条約において共謀罪は片翼であり、一方の翼には組織犯罪集団の活動に参加しただけで処罰できる「参加罪」なんて(!)ものがある。国連は条約参加各国に「できれば二罪、せめて一罪を実行してちょーだいね」とゴリ押ししているのだそうだ。この戦勝国同窓会で常に中心を陣取ってエバっているといえばかのユ~ナイテッドステイツだが、合衆国には既に共謀罪は存在済みであり、日本國にはこの法を実行した場合のおいしくて明るい面ばかりをごりごりとねじ押し付けて、一日も早い実施を脅迫、いや、勧めているらしい。この合衆国の言動が共謀罪にならないのも「アメリカは世界を守る警察だ!」といういつものヘソ中の考えあってのことだろうか?

日本國における「共謀罪」法案について調べていると反対している団体はどうも実は歴史的に「チクリ」や「密告」をタニマチに奨励している団体だと思われ、おっさん、臭すぎ、ではなく胡散臭すぎ。そして、今国会で反対している野党ズのひとつもついこの間メール事件で「或る共謀」を吊るし上げようとしてヘボったばかりだったりする。

「共謀罪」から連想する語は「チクリ」や「密告」など日陰ヂメヂメな言葉ばかりなので私としては諸手を挙げて大賛成、万歳!とは盲目的に言えないし、誰彼構わずチクられる、密告されるかもしれないという恐怖に陥れられたヒトがヒトを信じられなくなった時、何にすがるものだろうか?と推測すると、共謀罪が通って喜びそうな面々が目の前に浮かんでくるのでは?
共謀罪に反対するのも、賛成するのも、結局は日本國民のためではなく私利私欲や自己が所属する団体を守るためなんぢゃなかろうか?
・・・あ、目がシラジラしく覚めたかも。

le 25 avril 2006, Marc

【Rétroliens*Trackbacks】
*HOME★9(ほめく) : 「凶暴」な法律、「共謀罪」法
*あんとに庵◆備忘録 : 共謀罪


▼愚問▼電脳域における共謀罪▼
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by ma_cocotte | 2006-04-25 19:52 | 『?』な日本國 | Comments(20)
日曜日の夜、久しぶりに
ココんちから一番近いピザ屋台"ALFA PIZZAS" に行きました。
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ピザ屋台は夕方6時頃になると歩道に駐車し店開きします。強風ミストラルがしばしば吹くこともあり、風向きによって車の向きを変えられるのもCamionnette(カミオネット、小型トラック)の利点です。

我が地元にはピザ屋台だけで軽く10軒以上あり、旧市街にはピッツェリアもあるので、各店舗ごとにいろいろな特典があります。こんにちのピザ屋台"ALFA PIZZAS"ですが、
◆10ユーロ : チーズピザ2枚 (チーズピザ1枚は5.5ユーロ)
◆12ユーロ : 
   トラディシオネル(チーズ、アンチョビ、ロメーヌ、きのこ)のうち1枚と
   クラシック 20種類のうち1枚
◆14ユーロ : クラシック 20種類から2種
◆ピザ10枚買ったら、クラシックピザ1枚おまけ
以上がFormules(フォーミュル、定番)です。この"ALFA PIZZAS"のピザ1枚は直径33cm、トマトベース、クリームベース、カルゾーネなど45種類のピザメニュー常備でお客様を待っておりますのです。
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フランスのピザの基本であるPizza Fromage(チーズピザ)というのはトマトソースにエマンタルチーズと黒オリーヴを乗せたもので、その上にトッピングされるものが応用ピザになります。今宵のもん・ここ&ま・ここっとは12ユーロのフォーミュルを選び、
◆Traditionnelle(トラディシオネル)は基本のチーズピザの上にハムが
  乗ったRomaine(ロメーヌ、写真左)
◆Classique(クラシック)は基本のピザの上にモッツァレラ、パルメザン、
  バジル、オリーヴオイルが乗ったMargherita(マルゲリタ)
にしました。何も作りたくない夜は屋台のピザ がありがたいのでございます。

le 24 avril 2006, Fidèle

【よろしかったら】
■フランス風のピザの作り方■La pizza française■

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by ma_cocotte | 2006-04-24 03:05 | Thé ou Café? | Comments(8)
引き篭もらざるをえない時に
南仏プロヴァンス地方の名物といえばMistral ミストラルと呼ばれる風速100km/hは当たり前の北西風ですが、三日三晩吹き続けてこそ正真正銘のミストラルと人々に呼んでもらえます。ミストラルが止むと植木鉢の中の土は砂漠の砂のごとく化しますが、何と家の中でミストラルが止むのを耐え忍んで待っている人々の心もカラカラ、まるで魂の抜けたような心持になります。髪と肌はもちろん外に出ずともこの強風によって干からびてしまいます。

人生半分は消耗したであろうに、いまだ「死ぬのが怖い」私は自ら「私の魂を奪ってください」とミストラルの強風の中に飛び出す気持はさらさらありませんので、天気予報でミストラルが吹き荒れる予報が流れれば、ミストラルが吹き始める前に三日三晩の食糧備蓄準備に入ります。料理はあるもので何かを生み出すしかありませんが、ココんちには仏蘭西びと♂がいるので欠かせないものがPain パンです。

魂を奪われそうになって外見が半ば木乃伊(ミイラ)と化しても、パンばかりは焼きたての美味しいものを毎日食べたくなります。が、ミストラルが吹く中、目の前のパン屋さんまで足を運ぶのも億劫な水太りデブ(=私)のような者に便利なのがこちら。

↓スーパーで売っている半生バゲットです↓
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このナマ白い物体を200℃のオーヴンに10分ほどぶちこむだけで、

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こんな感じ↑、こんがりんちょのきつね色となったバゲットは外はカリカリ、


中はモチモチしっとりなパンとなります。
焼きたてにバターやチーズを乗せて食べると

我、瞬時極楽。

スーパーによってはDemi (ドゥミ、半分サイズ)やオリーヴオイルとハーブを練りこんだ半生パンなども置いてあります。ちなみにこの半生バゲットは二本入りで40サンチーム(0.40ユーロ)ほど。

ココんちにおける冷蔵庫備蓄の非常食 Baguette précuite でございました。

le 23 avril 2006, Alida
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by ma_cocotte | 2006-04-23 17:05 | Thé ou Café? | Comments(18)
こんにちは祝着至極のご慶事
こんにち2006年4月21日は
神の恩寵による大ブリテン島および北部アイルランド連合王国ならびにその他の王領地および領土の女王、コモンウェルスの元首、信仰の守護者
by the Grace of God of the United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland and of Her other Realms and Territories, Queen, Head of the Commonwealths, Defender of the Faith
であらせられるエリザベス2世女王陛下の満80歳のおん御誕生日です。
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おそれながら申し上げますが、畏れ多くもかしこくもこうして女王陛下のおんお写真をお見上げ申し上げますと、女王陛下はまっことお美しくあらせられ、そんぢょそこらの美女とは何かが違うと拝察いたしました。

先に述べた「神の恩寵による・・・」で始まる一文は大英帝國国王の正式称号ですが、称号最後の「信仰の守護者(Defender of the Faith)」はかつてヘンリー八世がルターの教義に反対した褒美にローマ法王から与えられた称号で、その後ヘンリー八世が英國国教会を創設したことでヴァチカンがこの称号を剥奪を決めたものの、イングランド議会が国王は「信仰の守護者」であることを確認する法律(ヘンリー八世治世第35年法律第3号)を1534年に制定したことで現在まで国王称号に添えられている語であります。英国の紙幣、硬貨に書かれているDFは《Defender of the Faith》の頭文字なのです。

かつて英文学を学び、その延長線で英國市民生活史も学んだ私にはエリザベス女王陛下の周辺も常に気になることでありまして、誰もが知る近年のエリザベス女王ご一家にまつわるスキャンダルを拭い去っても、女王というよりヒトひとりの運命として興味深いことがあります。
エリザベス2世女王(Elizabeth Alexandra Mary)は1926年4月21日、ジョージ5世の次男の長女として生まれ、王孫として育ちました。祖父ジョージ5世の崩御後、エリザベスさまの父上の兄がエドワード8世として国王に即位しますが、離婚歴ある米国女性シンプソン夫人との恋愛を選んだ彼が退位したことでエリザベスさまの運命はでんぐり返ります。1936年、父上がジョージ6世として英国王に即位したことでエリザベスさまは王位継承第一位になってしまったのです。おそらくエリザベスさまにとっては想定外に転がり込んできた「皇太子」という地位だったことと思います。父上の即位に伴いバッキンガム宮殿に引越してまもなく第二次世界大戦が始まりましたが、両親である国王夫妻はロンドンに留まったままドイツ軍の空襲を受けた家の慰問を続け、留守番のエリザベスさまは妹マーガレットさまとバッキンガム宮殿の美しい庭園を耕して野菜作りに励んだそうです。薔薇をはじめ美しい花々が四季を告げていた英国式庭園がみるみるうちにジャガイモなど食べられるものを実につける植物の畑に代わり、そこで収穫された野菜も国王夫妻の慰問時に国民に配られました。
この話を初めて聞いた時、私はかなりショックを受けました。長いこと英米式のフラワーアレンジメントを習っていたのでガーデニングや庭園設計などにも興味を持っていましたが、平和しか知らない私は美しい庭園ばかりに惚れていたけれど、もし戦争が起こったら庭の花は抜いて「食えるもの」がなる植物を作らねば私は生きていけないんだと実感しました。世界一のお金持と言われる英國王室でさえ宮殿の庭を畑にしたのですから、私が庭を畑にすることを躊躇っちゃいけません。第二次大戦時のバッキンガム宮殿での逸話を知ってからは常に覚悟しています。四季を通して美しく花咲き乱れる庭は「平和」あっての景観なのです。

b0070127_5332682.jpgそして私はエリザベス女王のお召し物を拝見するのが大好きです。色もデザインも帽子や小物、靴などのコーディネイトも着こなしも全て好きです。姿も形も何一つ私には真似できませんが、拝見しているだけで心が満たされるのです。ありがたいことです。ここ数年、女王陛下の帽子は日本人デザイナーによって作られており、私も日本人のひとりとしてうれしいし、誇りに思っています。

こちらは先日、孫であるHarry(Henryが本名)王子の陸軍士官学校卒業式にお出ましになった時の写真です。なんともいえないピーチ色の組合せです。
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フランスと英国は近いので、確か昨年は二度ほどフランスにお出ましになったエリザベス女王陛下です。陛下の美しいフランス語にはうっとり聞き惚れてしまう私が我が身の程を眺めると、どうひっくり返っても女王陛下のような80歳を迎えられそうにありませんが、これからも女王陛下に憧れる小ヲッチャーでありたいと思います。
エリザベスⅡ世女王陛下の御世にいっそう栄えあらんことを。

le 21 avril 2006, Anselme

【参考】
* Cereblating the Queen's 80's Birthday

↑このHPから女王陛下にお誕生祝いのメールを送ることができます。
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by ma_cocotte | 2006-04-21 04:12 | 『?』な大英帝國 | Comments(9)
C'est la vie!C'est le destin!【空から降ってきた運命】
先週土曜日、大西洋に近い ロワール・アトランティック地方 で起こったことです。
この地方の子供達にとってこの日は2週間の春休みの初日にあたる日でした。春休みの初日にあたる週末には多くの家族がヴァカンスに、復活祭を祝うために祖父母の家へと移動するのもフランスではよく聞く話です。

この土曜日15日深夜、まさに日付が日曜日に変わろうとする時間に、Nantes (ナント、「ナントの勅令」のナントです)からブルターニュ地方の都市 Vannes (ヴァンヌ)に向う高速道路上で走行中の車に突然アスファルト片が落下、フロントガラスを突き抜け、助手席に座っていた13歳の少年の頚動脈に直撃し、この少年は即死してしまいました。春休み初日の夜、彼はヴァカンスに向う途中だったのに、たった一人で突然天国に行ってしまったのです。
事件直後からGendarmerie (ジャンダルムリ、憲兵隊または辺境警備隊)によって捜査が開始され、事件現場近くに住む17歳の少年二人が容疑者として拘束されました。彼らの言い分ですが、春休み初日の週末なのでune soirée alcoolisée (アルコールが出るパーティ)に出席後、気晴らしで4車線道路の陸橋上からアスファルト片や小石を落として遊んでいたそうで、"pour s'amuser" 「単なる遊びだったんだ」と言うものです。まさか落下したものが車を直撃して即死者を出すなんて微塵も想像せず、週末の泥酔ゆえのinnocent(無垢無邪気)な遊びが引き起こした偶然なんだ、故に無罪放免だろ?と彼らは主張しているそうです。

・・・17歳にもなって、こんな言い訳しやがって。
高速道路上の陸橋からアスファルト片を落としたらどんな縦の力が加わって、陸橋下を80~100km/h強で通過する横の力にどう作用するかも想像しなかったのでしょうか?泥酔すれば陸橋からアスファルト片や小石を投げ落とすことは無罪になることでしょうか?17年の人生で一度も卵やコップを床に落としたことも、落ちるのを見たこともなかったのでしょうか?床に割れたコップの破片で指を切って痛い思いをしたことも、破片を集めることを怠ってスリッパの裏にガラス片が刺さっているのを見つけてゾっとしたこともないのでしょうか?

アスファルト片が走行する車に直撃せず道路を直撃したとしても、タイヤがそれを轢いたらどういう可能性が起こるのかも想像できなかったのでしょうか?それともinnocent(無垢)を出すと言うことは「そんなこと、僕は知らない。あなたから聞いてそれを知りました。」と憲兵隊に釈放を願っているのでしょうか?
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こちら↑が高速道路を横切る陸橋です。

フランス国内ですが、歴史的に街の成り立ちは教会を中心とした同心円の広がりで、同心円同士がぶつかるほどの大都市はフランス国内には数えるばかりです。それ以外の市町村は同心円と同心円の間を信号無しの道路がつなぐ形です。例えば私が住む小さな町からマルセイユまでは約30kmですが、町の境を表示する看板横の道を過ぎればマルセイユまで信号なしで行くことができます。その間、いくつものこのような陸橋があり、地形の特色で道路の50m強上空に橋がかかっていることもあります。

近年、ワケーモンがこの高速道路を横切る橋を利用して遊ぶのが流行しているようで、小石を投げるのはもちろんですが、「勇気試し」のごとく欄干を越えて橋の側面にいたずら書きをするのも知られています。

この事件、復活祭明けの月曜日からニュウスで繰り返し流れていますが、私が思い出したのは昨年末、私が帰省している間にココんちに齎されたあの事件です。これ(↓)。
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ココんちの仏蘭西びと♂がマルセイユに向かう途中、12世紀建造のカルメル会修道院遺跡 そばの陸橋から小石が落とされて、ココんちの車のボンネットを直撃した事故 です。

12月半ばのアクシデントでしたが、保険適用外という悪運やら私のドけちがたたりまして、その後しばらく修理せずにいました。というのも、フランスの田舎は今も シトロエン2CVやルノー4 が現役でパタパタ走っており、バンパーが曲がっていたり、フロントガラスに放射状の穴が開いたままの車もたくさん走っています。そういう車を見つけてはドけちの私は「まだまだうちの車はマシよ」と動かずにおりました。が、いよいよ上の写真の塗装が剥げた部分にサビが出始めたので、心底からしょうがなくドけちの私が清水から飛び降りる気持で修理に応じたのが3月末です。結局、今年1月始めに出してもらった見積金額より高い修理費を取られ、ドけちの私が「馬鹿を見た」といういつものオチつきなんですけれども、先週末の事件を知ってしまうと、マルセイユの上空から降ってきた小石はフロントガラスを直撃せずにボンネットに落ちたのは奇跡に近いことになります。夫が出していた速度と誰かが小石を投げたタイミングの結果がこれです。夫の話では小石が落ちた瞬間、物凄い音がして目の前が真っ白になったそうです。そうなった瞬間も車は100km/h近くのスピードで前進していることになります。写真でも一目瞭然ですが、小石は運転手席側手前に落ちています。ぞぞぞ。
ココんちの仏蘭西びと♂はもしかしたら運が良かったのではありません?
これも彼の運命であり、宿命なんでありましょうが、現在命あることに感謝でございます。

こんなこと、気をつけましょうね。
・・・と言ったところで車に乗る者がどう気をつけてよいのかわかりません。ドけちの私は修理するに当たり、修理した車を引き取った帰り道に空から小石が降ってきたら?なんてドけち妄想もしたので、修理する日を延ばし延ばしにしていました。たぶん、おそらく、誰かが陸橋から小石を投げることさえなくなれば悲しい事故も、無駄な出費もなくなるのです。なんとかならんか、若いもん。


le 19 avril 2006, Emma
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by ma_cocotte | 2006-04-19 19:49 | 『?』なたわ言 | Comments(14)
来る者は拒まず、去る者は追って諭して戻らせる。
今年3月末イスラム教に改宗したフランス共和国民、フィリップ改めオマー・トルシエ Omar Troussier 氏が来日するそうです。改名しようが苗字はトルシエのまんまの彼は日本では元サッカー日本代表監督としてよく知られ、フランスではサッカーOM(オリンピック・ド・マルセイユ)の元監督だったかな?くらいに知られています。現在「自由の身」のトルシエ氏は表向きにはワールドカップ向けのテレビ出演、裏向きには就職活動のための来日らしいですが、新聞にはこのようなことが書かれました。
トルシエ氏はイスラム教に改宗して今やオマール・トルシエというもうひとつの名前をもっての来日となる。イスラム教は豚肉と酒はNG。日本代表就任時は3度の食事には必ずワインを口にしていただけに今回の来日でその真相も明らかになりそうだ。    夕刊フジ[ 04月17日 17時05分 ]
ちょっと待てくださいよ、「3度の食事に必ずワインを口にする仏蘭西びと」はフランスのどこにいるのです?仏蘭西びとがジャムとバターをごってり塗った干からびたパン(Tartine、タルティーヌ)をカフェ・オ・レやショコラ・ショ(=ホットチョコレエト)に浸して食べる習慣は知っておりますが、タルティーヌをワインに浸す仏蘭西びとを私はまだ見たことがありません。パンをワインに浸すと聞いて連想するのはカトリックのミサですが、トルシエ氏はイスラム改宗前までそんな真似事を毎朝実行していたのでしょうか。兎に角2005年10月にモロッコ代表監督になったもののわずか2か月でモロッコサッカー協会との不和が原因で解任されたトルシエ氏が妻と共にモロッコでイスラム教に改宗したことはイスラム世界では熱烈歓迎されたようです。

一方、3月末のトルシエ氏のイスラム教改宗と同時期にアフガニスタンで下記のような事件がありました。
■改宗男性がイタリア亡命■
 イスラム教からキリスト教への改宗を罪に問われたが、精神状態が審理に適さないとして釈放され、亡命を求めていたアフガニスタンのアブドルラフマン氏(41)が29日までにアフガンを出国、イタリアに入国し、亡命を認められた。ベルルスコーニ同国首相らが明らかにした。▼イタリアは、アブドルラフマン氏がアフガンを出国する前から亡命者としての受け入れを表明しており、フィーニ外相は「宗教の自由を守るという重要性を考え、人道的義務を果たした」と述べた。▼アフガンでは、カヌニ下院議長が29日に同氏を亡命させないよう政府に求める考えを表明。釈放に反対する抗議行動も起きており、同氏をひそかに出国させたカルザイ政権に対するイスラム保守派の反発も予想される。▼アブドルラフマン氏は、約16年前にキリスト教に改宗。先月、家族からの通報を受けた当局が拘束した。シャリア(イスラム法)では、改宗は極刑にも相当するため、欧米諸国が助命を求め圧力をかけていた。
  
            -Nikkansports.com [2006年3月30日14時22分]
このトルシエ氏の改宗(キリスト教→イスラム教)とラフマン氏の改宗(イスラム教→キリスト教)の逆行の改宗2パターンからイスラム教なるものは「来る者拒まず、去る者は追ってイスラームに引き戻す」というイマージュが浮かびます。アフガニスタンでのこの事件については穏健派指導者でさえ「イスラム教を拒否することは神への侮辱であり許されることではなく、釈放されたらラフマン氏を国民の手で切り裂くよう呼び掛ける」とおっしゃいまして、シーア派指導者は「ラフマン氏が欧米で生き永らえれば後に続こうとする者が出る。死刑という前例を残すことが重要だ」ときっぱり。穏健だろうが強硬だろうがイスラームの指導者たるもの、イスラム教における罰 のあり方(見せしめによって同じ罪を他者が繰り返さないようにする)を提示しました。この厳しい発言だけを読めばびびりちびりますが、イスラームもそれなりの理由があるからイスラム教から去る者を追い、諭してもイスラム教に戻らないならば極刑を下すのです。その理由を探してみました。

■イスラームは宗教だがそんぢょそこらの宗教と違うのだ■
イスラム教を紹介する本は数多ありますが、共通して書かれている第一項目は「イスラームを「イスラム教」と訳してくれるな」と言うことです。イスラム学者が日本語訳で拘っているのは「宗教」を意味する「教」が「イスラム」の後ろにくっついていることなのです。
イスラームは確かに「宗教」だけれど、日本人が想像する「宗教」の枠から逸脱した宗教がイスラームなので、他の諸宗教に付けられる「教」をイスラムという語尾に付けられるのは納得できない
のだそうです。なんのこっちゃ?と頭をひねってしまいますが、更に紐解くと日本人は宗教なるものは個人の心の救いを第一定義とし宗教には政治、経済は無縁(であるべきもの、つまり政教分離)と思いがちですが、イスラームは社会問題を常に考え、政治、経済も包括しているということです。つまりイスラームは個人の心の道徳であると同時に社会の安寧を司る国家(=法律)の役目も担っていることになります。政と教の二つが一致と表現してもそれはまだイスラームではありません。イスラームは「一」なのです。であるイスラームは個人の心身という基本だけでなく、経済価値、家族、政治、倫理、刑罰、崇拝、相続、飲食、結婚、離婚など人間としての活動全般に亘って細かく教えが取り決められた包容性高い含蓄した完全体ということです。故にイスラームはラフマン氏を裁けるのですね。
そして次のこともイスラームがラフマン氏の改宗を罰したい理由のようです。

■イスラームは「永遠に最後の絶対無二の完全究極の宗教」なんである■
イスラームはアラーによって啓示された永遠に最後の宗教なので未来永劫イスラーム以上の完全無敵の宗教はこの世に現れることはありません。イスラームが誕生する前に既に神の啓示により存在した宗教(ユダヤ教、キリスト教)を全てひとつに包含するのがイスラームです。つまりイスラームの中にユダヤ教とキリスト教が含まれており、イスラームにおける啓典には律法、詩篇、福音書がコーランと共に並べられ、アダム、ノア、モーセ、ダビデ(以上、旧約聖書の登場人物)、イエス(新約聖書の登場人物)は、ムハンマドに先立ってアラーに遣わされた使徒とされています。つまりイスラームは全ての宗教を包含するこの世における最後の絶対無二の完璧な宗教であるため、イスラム信者は全ての預言者の教えと警告を信じ、神の啓示を記述した全ての書物を信じるのです。コーランの第5章3節には
「今日、われは汝らのために汝らの宗教を完成し、また汝らに対するわれの恩恵を全うし、汝らの宗教としてイスラームを選んだり」
と神の言葉が書かれていることでもイスラームが神にとってどのようなものなのかわかります。というわけで、イスラームは「この世における唯一無二の完全無欠宗教」であり、ユダヤ教やキリスト教はイスラーム以前の「発展途上かつ不完全な宗教」とイスラームでは考えられているのですね。ですから矛盾なキリスト教から完璧かつ究極のイスラム教に改宗したトルシエ氏は「更に精進せよ、励めよ」とイスラームに歓迎されますが、不完全体のキリスト教に戻ってしまったラフマン氏には「何も完全な共同体から不完全な団体に逆行する必要はないだろう?」とイスラーム側は止めにかかったようです。
その気持はわからなくもありませんが・・・。
なぜラフマン氏が未来永劫完全無欠のイスラームから矛盾であり発展途上のキリスト教に改宗したのか?について考えてみると、イスラームの聖典であるコーランにはイエスとその母マリアが登場し、マリアの処女出産についての摩訶不思議も述べられていますが、彼女の子であるイエスは単に「アラーの使徒」のひとりであって「神の子」ではありませんし、彼の復活もイスラームでは認めていません。
おそらくラフマン氏はイスラームが否定しているこの点(三位一体や復活)を信じたのでキリスト教に改宗したのでしょう。教義そのものの違いですね。となると、イスラームがこの世における唯一の完成された宗教ゆえに信じなければならないという主張はラフマン氏をイスラム教に戻らせる決め手にはならないようです。

キリスト教は洗礼に至るまでの準備が重んじられますが、イスラームへの改宗は私の記憶が確かならば五行の第一である「アッラーの他に神はない」「ムハンマドはアッラーの使徒である」と信仰を告白し、もし同じ一神教であるユダヤ教徒とキリスト教徒がイスラームに改宗するならば信仰告白と共に自分がそれまで属した宗教への帰属を否定します。この儀式は二人の証人を伴ってモスクで行われ、特別な準備はいりません。イスラームは改宗というポイントでヒトが完成することはなく、生涯をかけて六信五行と呼ばれる基本事項を実践し続けることが尊ばれます。つまり日常生活での実践のない自称イスラム教徒をイスラームは受け入れ難いのです。そしてイスラームには信者自身が自らの言動によってイスラームを伝えるいう布教の義務が課せられており、「言葉のみで改宗を強要してはならない」という戒めも存在するそうです。トルシエ氏夫妻もこれまでのカタールやモロッコでの生活で心揺り動かされるムスリムに出会って改宗を決めたのかもしれません。が、改宗式でトルシエ氏は帰属を否定しているはずなのでオマールがフィリップに戻ることはありません。

トルシエ氏にしてもラフマン氏にしても成人が決意した改宗ではありますが、もし私がラフマン氏だとしたら家族による通報が何とも悲しく耐え難い行為です。私はこれまで家族は互いに血のつながる者を最期まで守ると思っていたけれど、おそらくラフマン氏の家族にしてみればイスラームの教えの下、手塩にかけて育てたアブドルくんがイスラム教の中からキリスト教だけ掻い摘んだことがあまりにも悔しく許しがたかったので通報したのかもしれません。んっが、私は納得いかんなあ。というのはね、ムハンマド・アリ・アルクーリ先生は「イエスが神の子ではない」理由として、以下のように語っています。
神の正義と力を考えると神が人々を救うため自分の息子を犠牲に殺したことは矛盾に満ちている。なぜ神は救うために殺さねばならぬのか?無実の人を殺すことは多数の人を救うためにしても理にかなわない。神であれば殺さず人を救うことになる。更に神は息子を守る立場にあるはずなのに唯一の息子を殺すわけがない。つまりアラーはアラーであってその他の何者でもないのだ。
アラーが唯一の息子を殺すわけがないのなら、アラーを信じるラフマン家の人々もアブドルくんを通報したりしないのではないでしょうか?それともラフマン氏の改宗が他人によってバラされると家族としての連帯責任でも課せられるのでしょうか?もしあらかじめ極刑が思い浮かぶのなら、かけがえのない家族を守るよね?
うーん、信仰と家族愛は天秤にかけられるものでしょうか?

le 18 avril 2006, Parfait

【Rétroliens*Trackbacks】
*uumin3の日記 : アフガン改宗問題続報
*From VALVANE : 二人の改宗

【参考資料】
*日本ムスリム協会 : 入信について
*日本ムスリム協会 : イスラームQ&A
イスラムとは何か  ムハンマド・アリ・アルクーリ 武田 正明 / 時事通信社
イスラームのとらえ方  東長 靖 佐藤 次高 岸本 美緒 木村 靖二 / 山川出版社

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by ma_cocotte | 2006-04-18 00:08 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(18)
Benoît XVI 【お誕生日の初体験】

Joyeuses Pâques !

慶び祝おう、復活祭!

昨年4月19日第265代ローマ法王に選出されたBenoît XVI(ブノワ・セーズ、=ベネディクト16世)にとって今年の復活祭は法王となって初めての復活祭でありました。4月8日日没後から始まる「聖週間」と呼ばれる復活祭に至るまでの一週間は儀式の連続で、16日正午から行われたUrbi et Orbi (ウルビ・エ・オルビ)と呼ばれる祝福で2006年復活祭の一連行事は締め括られました。特に復活祭の前日夜は復活徹夜祭(または復活前夜祭)と呼ばれるミサがあるため、教皇さまの疲労がヲッチャーズの心配でもありました。復活徹夜祭のミサは通常の主日ミサよりかなり長く、メインエヴェントはミサ途中の洗礼式なんであります。

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こちらの写真(↑)は昨晩、ヴァチカンで行われた復活徹夜祭での洗礼式の様子です
par PIER PAOLO CITO (AP - dimanche 16 avril 2006, 1h03

どうやら日本人の女の子が教皇さまから洗礼を受けたようですね。ここ数年、ヴァチカンでのミサ放映に映るアジア代表は韓国人の老若男女ばかりだったので久しぶりの日本人登場は喜ばしいことです。それにしても教皇さまによる洗礼となるとこのお嬢ちゃまの洗礼証明書には永遠に「べねでぃくと16」と書かれることになります。・・・え、ええなあ、ぢゅる・・・。

そしてこんにち2006年4月16日は教皇さまにとって「はじめての復活祭」でもありましたが、今年はもうひとつのお祝い事が。それは教皇さまご自身のお誕生日なのです。1927年4月16日、聖土曜日にJoseph Ratzinger(ヨゼフ・ラツィンガ)はMarktl am Innという独逸はバイエルン地方の小村で生まれ、同日に洗礼を受けたそうです。復活祭は移動祝祭日なのに教皇さまが生まれた1927年も聖週間だったとは!こんにち79歳となられた教皇さま、復活祭で新たな生命を得られたことでしょう。新たな一年、ますますご健勝でありますようささやかながら「ファンの中のはしため」として祈ります♡


le 16 avril 2006, Pâques et Benoît-Joseph
あらやだ、お誕生日の守護聖人がBenoît-Joseph(ベネディクト・ヨゼフ)だったんだ!?

【Rétroliens*Trackbacks】
*あんとに庵◆備忘録 : 4月16日■[カトリック・典礼]復活祭
*司教の日記 : 御復活おめでとうございます


【復活祭ミサをビデオでだうぞ】
ヴァチカン・サンピエトロ広場での野外ミサとUrbi et Orbi
パリ・ノートルダムでのミサ
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by ma_cocotte | 2006-04-16 21:15 | Vive le pape! | Comments(12)
風が止んだら、『お?葉枯れ』なのね。
昨日まで3日間、心も身体もお寒うございました。
地元ではずっとミストラルなる北西から吹く強風で、空を仰げば南仏特有の強い日差しなのに体感温度は激寒でございました。ミストラルというのは地中海沿岸の内陸を東西に連なるリュベロン山脈にぶつかった風が地中海に向ってこき下ろす強風を言います。時速80~100kmは当たり前で、1日で止むような風は単なる強風、3日間力を弱めず強く吹き続けた風を本物の「mistral ミストラル」と呼びます。

このミストラルですが、本当に力強い。旧市街のようなクラシックな建築物の中にこの風が迷い込むと鎧戸(木で作られた重厚な雨戸)や植木鉢さえ運び去ります。風は気紛れに数秒止んだりするので、頭上には細心の注意が必要です。このような外科的注意だけでなく、ミストラルはヒトの心さえ蝕みます。何と申しましょうか、3日間強風の泣き声を聞いていると「魂が抜かれた」ような気分になります。私のクラスメートだった中央シベリア出身の女性が言うにはミストラルのような強風よりシベリアの寒さの方がマシなのだそうです。風のない寒さならば外出は苦にならないというのが彼女の弁でした。

ココんちは北西に位置し、ベランダはミストラルを真っ向から受け止めなければなりません。私は下手の横好きでベランダ園芸を楽しんでいますが、せっかく先月末、春らしくなってすぐに芽を出し蔓を巻き続けていたクレマチスの若い芽と蕾がミストラルに曝され枯れ果ててしまいました。ミストラルの幹はまた最初から若芽ちゃんを製造開始せねばなりません。気の毒なことをしました。ごめんなさい。兎に角、ミストラルが3日吹けば、ベランダの鉢はカラカラに乾ききってしまうので、風が止んだら水遣り作業をせねばなりません。

さて、ここでフランスの暦の話です。

フランスという国は実にいろいろな暦を持つ国で、世界標準暦であるCalendrier grégorien グレゴリオ暦365日には聖人の名前を冠することで独自色を出していますし、長い歴史の中でほんの数年とは言え「Calendrier révolutionnaire 革命暦」なんて暦も持っています。フランスにはもうひとつあまり世界に知られていない暦「Calendriers agricoles 農事暦」なるものがあります。この暦によりますと「聖ユーグ Hugues の日(4月1日)から雨が続くと納屋と製パン室は一杯になる」のだそうです。つまり4月の降雨量が多ければ豊作になるということです。この諺が本当ならば今年の南仏は実りの秋、大豊作になりますぞ。EU一の農業国、ばんざーい!です。

が、単純そうで単純でないフランス人のことです。4月には「雨が降られちゃ困る日」もあり、それは聖ジョルジュ Georges の日(4月23日)で、この日に雨が降ると100個のさくらんぼの中14個しか食べられるものはないそうです。さくらんぼ大好きな私としては「23日に雨が降っちゃいけません」と今から天を仰いで祈るのが良いようです。聖ジョルジュの日から二日後の4月25日、聖マルク Marc の日も天気が悪いと種のある果物が不作になると伝えられています。4月の寒雨は秋の豊作を招くけれど、下旬の雨は初夏の果物をまずくするということですね。メモメモのメモ。

フランスと言えば毎年3月あたりから数々の移動祝祭日を迎えるうちに季節は夏となりますが、今年は来る16日がPâques (パック、復活祭)で翌日月曜日が国定祭日になっています。とは言え、カトリックの暦では先週土曜日夕刻よりLa semaine sainte 聖週間に入っており、日曜日のRameaux ラモ、枝の主日以降、木曜日からjeudi saint(聖木曜日), vendredi saint(聖金曜日)そして土曜夜のVigile pascale(復活徹夜祭)と復活祭を迎えるための教会行事が続いています。 聖木曜日、聖金曜日両日共フランスでは国定祭日ではありませんが、アルザス地方だけは旧ドイツ時代の法律のまま聖金曜日は祭日になっているそうです。
現在のフランスの国定祭日13日中8日はカトリックの祝祭日を兼ねたものですが、昨年労働時間減少(週39時間から35時間勤務に変更)に伴い、政府はPentecôte 聖霊降臨の祝日をなくすことで給与ロスを回避しようと企てたので、今年の6月5日Lundi de Pentecôte は「赤になりきれない灰色太字の祭日」としてカレンダーに載っています。今のところ自称カトリック62%と年々減少傾向にあるフランス共和国では一方で年々イスラム教徒が増加しているので、この国定祭日も今世紀中にガラリと変えられることでしょう。
これもC'est la vie!運命だ!
ちなみに復活徹夜祭は成人洗礼が行われる日として知られていますが、今年15日夜フランス国内のカトリック教会で洗礼を受ける成人は2650人だそうです。


le 14 avril 2006, Maxime
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by ma_cocotte | 2006-04-14 17:14 | 『春』 Rien de spécial | Comments(8)