<   2006年 05月 ( 18 )   > この月の画像一覧
誰もいないところでも誰かが見ています。
おとといだったか、拙ブログのサブメニューにこの写真(↓)とともに「・・・私生活も見ている」とプチ・メサーヂュを添えて載せたところ、昨日から私生活を暴かれてうろたえている画家の話が電脳上で賑わっています。偶然とは言え、クスリと笑ってしまいます。

b0070127_1874625.jpgこの写真は先週ローマ教皇B16猊下がポーランドを訪問された折、配信された写真なんでありますが、この写真を見てすぐに昨年末「あんとに庵◆備忘録」で話題になった「黒看板キリスト教徒の謎」、つまり日本國の街道沿いの納屋などの壁に貼ってあるキリスト教の聖句が書かれたブリキの看板の台詞「神は私生活も見ている」を思い出したのです。

b0070127_2075541.jpgわたくしごとですが耶蘇教の幼稚園に入園して最初に習ったのが「守護の天使」についてでした。私達ひとりひとりには天使が常に付き添っており、私達の目には見えなくても天使は常に私達の行動を見守って下さっているのだそうです。身に及ぶ危険から守ってくれるのはもちろんですが、誰も見ていないからと悪いことをしても天使はそれを見て神様に報告するのだとも教えられました(チクリ屋かよ?)。丸2年繰り返し「守護の天使」の話を聞かされた後、幼稚園の卒園記念に頂戴したのがこの額、少女を守る守護の天使のご絵です。この学び舎に通っている間、終礼では「天主のみつかいよ、私の守護者よ。主のおん哀れみによって・・・」という守護の天使への祈りを唱えて家路につくというのが習慣でもありました。「守護の天使」という存在を習った子供たちの間ではいたずらなんぞをすると「そーゆーことすると守護の天使に叱られるよ!」「あなたが言った悪口、黙っててって言ったって守護の天使は神さまに告げ口しちゃうよ!」など市井で漏れ聞いたら、あのお子達の頭はイカれてんのとちゃいまっか?な会話がなされたりもしました。24時間無休の守護の天使の存在を悪用して、「すかしっ屁しても守護の天使は知っている」なんて話から「ひとっ子一人いないサハラ砂漠の真っ暗闇のド真ん中で野糞したって守護の天使はそばで見ている」というお笑い揚げ足脅迫系ネタにまで清らかな話が進化してしまったりもしました。
確かメグ・ライアンが主演、ニコラス・ケイジが守護の天使に扮した映画がありますが、おそらく欧米では守護の天使(Guardian Angels)は多くの人が一度は聞いたことがある存在なのではないかと思います。


いつだったかある方と犯罪について話題になった時、私がこの「守護の天使」ついて話したところ、その方に「誰かが見ているから罪を犯さないのでなく、誰が見ていなくても自分が罪を犯さないということが大事なのだ」と意見を頂戴したことがあります。う~ん、しばし熟考してみましたが、ヒトが「強い存在」で自分が常に正しくあれるのならこの方の意見のとおりでしょうが、ヒトは「弱い者」と仮定するなら第三者である「守護の天使」なるものに常に良くも悪くも監視されているとクッションを置いて行動する方が傲慢につながらないのではないか、と思ったりもしました。人間、そんなに強くないよ。


で、昨日から大騒ぎの日本國と伊太利亜10000kmを股にかけた絵画模写問題です。
四方を海に囲まれた島国ならバレないと見くびった「神は私生活を見ている」なんて思ったこともない、自分のそばには常に悪しき行動を神に告げ口する天使が立っているなんているわけないと信じる一日本人画家和田義彦氏が「誰も見ていなければバレやしない」とご自身の発想を過信してしでかしたことなんぢゃないでしょうか。この事件が発覚するまで、この世に怖いものなんてこの方にはなかったのでは?傲慢ひしひし。

昨日からこの事件についてのビデオをインターネットの恩恵によって何本も拝見しましたが、和田氏ご本人がピカソは模写の天才だの、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロはモデルを見たら移動して絵にしただの、技巧が違うだの(当たり前だろ、他人なんだから)、聞き手が絵画に詳しくないだろうと見くびった自己弁護発言を限りなくなさっていますが、和田氏が模写についての薀蓄をしゃべればしゃべるほど往生際が悪い方だという印象しか持てなくなるのも不思議です。わかっているだけで10枚以上の模写絵画に自分のサインを書いて世に出している和田氏ですが誰もいないアトリエで絵を仕上げてサインしちゃえば、
バレないと思っていたのでしょうか?
甘いよ、和田クン。キミの守護の天使は既に神さんにキミの所業をチクっとるぞ。
今日になって和田氏が今年に入ってイタリアのAlberto Sughi アルベェルト・スゥギ氏にご自身の命が長くないので訴訟しないで欲しい、という懇願嘆願を繰り返したという話も出ていますが、カトリック道徳をベースに育ったであろうスゥギ氏に死を連想する病気を理由にしたPitié (ピチエ、哀れみ)を求めるのは狡賢すぎます。和田氏はウスラトボケながらもイタリア人の弱みをご存知なんぢゃないかと私は疑っちゃいました。しかもピカソやレオナルド、ミケランジェロとこの世を去った画家を引き合いに出してご自身を正当化しようとしたりするのも「死人に口なし」を利用しているにすぎないし、絵画の技法については他人の無知を念頭に置いたハッタリにしか思えません。

私は中学時代の美術の授業で油絵の具を使っての模写を課題にもらったことがあります。みなそれぞれに絵を選んで模写に挑みましたが、せっかくきれいに描けた絵なのに先生は容赦なくナイフで絵を削って中の油絵の具の重なりを見たりもしました。油彩は表面に出る色は一見同じでも、最初の一筆に使う色が違うのも筆を持つ者が違えば違って当然なので、今回の模写の真贋の決定打にはならないのではないかと私は思うのですが。和田氏はキャンバスに乗る絵の具の厚さやタッチを挙げて模写に非ずと主張していますが、だったらキャンバスの重さが違えば「模写ぢゃない」とでも言えるのでしょうか?ご自身の作品を和田氏に模写されたスゥギ氏もおっしゃっているように他人の絵をそっくり写して描いて、その絵に自分のサインを入れるという行為に問題があるのではありませんか?

模写は決して悪いことではありません。美術を学ぶにあたって模写は一度は経験するものでしょう。模写が天才的に上手なら模写画家という肩書きを持てばよろしいのです。共にデッサンをしたというのも苦しい言い訳で和田氏、スゥギ氏が並んでいたとしても二人は一体ではないのだから視点にズレが生じます。今回の絵は同じ位置に立つヒトの目から見て描かれたものとしか思えません。

漏れ聞いたここ一か月の和田氏の言動から拝察するに、和田氏は模写を行っていないということを証明するのに必死ですし、こんなに模写が上手なのに「僕は模写が得意です」という事実を公言できない理由もあるようです。いっそ公言しちゃった方が楽になれそうなのに。和田氏にとって真実を語ると失うものが出てくるのでしょうか。ひとつ嘘をついたことがきっかけで嘘に嘘を塗らなければ話が成り立たなくなるという行為は蟻地獄でもがく蟻のようでもあり、今更伊太利亜まで飛んで命乞いせずとも十分に「哀れ」ですよ。芸術選奨受賞者である和田氏はNHKとの単独インタビューで
東洋人が西洋人の、地球の裏側のですね、 学ぶ課程においては
こういった状態も必要だったんだと。
と発言されたようです。10000kmというのは和田氏にとって「地球の裏側」であり、スゥギ氏の絵をそっくりマネするのは「学ぶ課程における必要事項」だったということでしょうか。21世紀に入って5年過ぎた今、見えるものしか信じないとしても、この世の三次元には国境も時空も越えた電脳域というものが存在し時間差なく情報も噂も嘘も飛び交うことくらい自覚してハッタリや傲慢をかまさないとすぐにブログなどで吊るし上げられちゃいますよ。和田氏の名前を日本語とローマ字でイメージ検索したところで1,2ページしか引っかかりませんが、スゥギ氏は仏蘭西語のグーグルで彼のフルネームでイメージ検索しても8ページも引っかかります。ご自身の作品を模写されたスゥギ氏は77歳、彼の絵を模写したであろう和田氏は66歳だそうですが、11歳年長とは言えご自身のWEBを持ってらっしゃるスゥギ氏の方が電脳の恐ろしさをよくご存知なのかもしれません。cf. http://www.albertosughi.com/

スゥギ氏が描いた Virgo laurentana 聖母子 ですが、左に描かれているのはローマでは窓からこの屋根が見えると不動産物件の値が上がると言われる ヴァチカンの屋根 ではないかと私は妄想しておりますが、模写の天才、和田氏がスゥギ 氏の描いたオリジナル作品に余計なものを筆に乗せることで自己主張しているにもかかわらず、この「聖母子」の模写に限って左のヴァチカンの存在を跡形なく消し去っていることもおかしかったりします。
和田氏よ、神はろしいか?
れるな、神は優しいぞよ。よろしかったら告解なんていかがでしょ?

le 31 mai 2006, Pétronille
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-31 18:26 | 『?』なたわ言 | Comments(16)
くれぐれも、何事においても、慎重に。
先週木曜日のAscension アサンシオン、昇天祭の休日から昨日日曜日まで多くの仏蘭西びとにとっては4日間の連休になりました。昇天祭も移動祝祭日のひとつですが復活祭から40日目と定められているので必ず木曜日にこの祝日がやってきます。そんなこともあり、学校はもちろん多くの企業が昇天祭翌日の金、土曜日も休業し日曜日まで四連休にしてしまうのです。この休日に挟まった日を休業してしまうのを「Pont ポン、橋」と呼びます。毎年、昇天祭休暇あたりから南仏にはドイツやベルギー、オランダなどのナンバーをつけた車やキャンピングカーが目立つようになり、夏のヴァカンスシーズン到来を実感させてくれるものです。今年もこの4連休は連日30度を越え、早朝から海辺に移動する人々も増えました。

@@@@@@ 十 @@@@@@


b0070127_1827873.jpg






De jeunes ferventes attentives au discours du pape Benoit XVI (AP)

さて、この昇天祭の四連休、Benoît XVI ブノワセーズ(=ベネディクト16世、以下↑ほっぺの勧めとおりB16と略)がポーランドを訪問しました。訪問前から前教皇Jean-Paul II ヂャン・ポル・ドゥ(=ヨハネ・パウロ2世、以下↑ほっぺのマネしてJPIIと略)の母国であるポーランドをかつてポーランドの何もかもを破壊しまくったドイツ出身の現教皇B16が訪れたところで国民の対応は冷ややかなどと噂されたりもしましたが、フランスのニュウスでは街頭インタビューにおける「教皇に国籍は関係ない」「ドイツ人教皇、だからどうした?」などの発言を好んで流したりもしていました。結局、26日ワルシャワでの野外ミサ参加者が300000人、28日クラコヴィでの野外での主日ミサ参加者は900000人と想定外の人出となり、バカチンもポーランド政府も大満足の結果となったようです。Tant mieux!そりゃ、よござんした。

@@@@@@ 十 @@@@@@

今回のB16のポーランド訪問ですが、国民の95%がカトリック信者(仏蘭西語で言うchrétiens クレチエン、つまり受洗済の者)、うち75%が敬虔な信者(同じくpratiquants
プラチカン、すなわちカトリック生活習慣を守っている者)との交流はもちろんで「共産主義時代には叶わなかった地上でのミサ、交流である」と仏蘭西のニュウスでは繰り返し説明されていました。今月はじめの「中國さまvsバチカン、互いにご立腹事件」を思い出すと、中國における地上の政治思想で二分されているカトリック教会が地上の政治に関係なくひとつになれるよう(つまり政教分離となりますかね)祈るばかりです。吸収合併は「NO!」

世界を股にかける「バチカン」の長であるB16猊下はカトリック関連行事のみならず宗教者代表としてワルシャワのルーテル派教会でのエキュメニカル会議にも出席しました。そして今回のポーランド訪問は元同僚であり上司でもある前教皇JPII の列福祈願のため、JPII の縁(ゆかり)の土地を訪ねる旅でもありました。昨春、JPII が亡くなった直後からポーランドを中心にJPII を聖人にしようという運動が起こっていますが、普通カトリックでは聖人になる前に福者という立場に列せられます。故に今回のB16のポーランド訪問も列聖ではなく列福祈願を前面に出したものですが、ローマ教皇自らがJPII の母国ポーランドにおみ足を運んだところで、JPII の列福決定までには最短であと2~3年かかるそうです。ま、それでいいンぢゃないですか?
特別扱いは良くありません。
最近、巷でしばしば耳にするOpus Dei オプス・デイの創立者 Josémaria Escriva ホセマリア・エスクリヴァにしても、かのMère Thérèse マザー・テレサにしても前教皇JPII時代に異例の速さで列福されたり列聖されており(マザーテレサは現在も福者です)、このような特例は後々決して良い話を市井にもたらさないものです。私の記憶が確かならば異例や特例を繰り返したJPII ご自身も「特例好き」「業績残したがり屋」としてネガティヴに語られることも多々ありました。確かにJPII 時代を振り返ると列聖された人物が多すぎるような気もします。
b0070127_2123627.jpg
ま、収めるのも、掘り起こして蓋を開けるのも、慎重に。


le 29 mai 2006, Aymar
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-29 17:32 | 『?』なKTOりっくん | Comments(9)
ヒトは誰でも罪びとなのに生まれながらに「聖人」だったりすることもある。
私が仏蘭西に住み始めてまもなくですが、仏蘭西びとに名前を尋ねられて私の名前を言ったところ、
「そんな名前の聖人はいましたっけ?」
と真顔で聞き返されたことがあります。というのも、ほんの一昔前の仏蘭西の役所にはファーストネーム(Prénom、プレノン)の許可リストがあり、リスト掲載の名前以外は戸籍登録できない決まりがありました。そのリストに掲載されている名前はカトリックの聖人とローマ、ゲルマン系の偉人です。同じ名前でも仏蘭西語のMarie(マリ)が伊太利亜語のMaria(マリア)や英語のMary(メアリ)、Joseph(ジョゼフ)が西班牙語のJosé(ホセ)など派生される名前は戸籍に登録できるので選択肢は広がります。プロヴァンス地方ですとMarius マリウスやCésar セザールなどの男子名が出身地方を象徴する典型名だったりして、プロヴァンス郷土の星、Académie française アカデミ・フォンセーズの会員でもあった作家Marcel Pagnol マルセル・パニョルが好んで自身の作品タイトルに使ったりもしました。他にもブルターニュやバスク地方出身の人達の名前は新鮮な響きもあって興味深いものです。

仏蘭西はEUにおいても国民総混血&移民国として知られており、使用言語はラテン語族であっても21世紀の仏蘭西において仏蘭西びとはイコール「ラテン系」であると、例えば独逸は「ゲルマン国家」、大英帝國は「アングロサクソン国家」のように断定するのは難しいのも事実です。就職活動においても自身の国籍 nationalité と出身国 origin を述べる習慣が残っています。そんなわけで市井の人々の間でも互いの先祖を手繰り寄せるのが一種のお近づきの印みたいな習慣があり、顔をまじまじ眺めたり、苗字で出自を推測しあったりします。例えば苗字の語尾が-anならアルメニア系、-skiならポーランド系、-lhoならポルトガル系、母音ならイタリア系、-zならスペイン系などです。いつだったかテレビに登場した医師の苗字は子音のみ、どう発音するのでしょう?どこの出身なのでしょう?初めて見ました。

仏蘭西共和国における新生児の戸籍登録では苗字も4通り選べ、
▼父親の苗字
▼母親の苗字
▼父親-母親の苗字(両方の苗字をハイフンでつなぐ)
▼母親-父親の苗字  ( 〃 )
です。故に親子で苗字が違うこともありますし、夫婦が正式に結婚(つまり市民婚)をしたところで仏蘭西国内の役所の書類はすべて旧姓のままで登録されます。これは結婚した二人についての登録書類で双方の親も旧姓というか彼らが生まれた時の苗字のまま、結婚した二人の子供についての書類も親の名前は旧姓のまま登録されます。日本國の現状や制度と比較すればいろいろ言いたくなることもありますが、ハイフンでつなぐ苗字などは日本における一人娘と婿の問題などが解決できるような気もしたりします。

てなわけで、たまたま父親がフランス系の苗字を持っていると「フランス人?」と想像してもらえたりもすることになりますが、フランスの苗字って面白い・・・変な苗字がいっぱいあるのです。単純なところでは名前のような苗字が多く、例えば私の元大家の苗字はAndré アンドレです。仏蘭西という国は場合によっては日本の習慣のように苗字を先に書くことも多々あるので、大家のようにRobert André ロベール・アンドレという名前だとどっちが苗字でどっちが名前なのだ?と首を傾げてしまうような姓名に出会うこともしばしばあります。ド付きの苗字だとかつての所領地の地名であることもあります。

ココんちの近所のマダムはCentonze サントンズという苗字ですが、この苗字はよく見るとCent(100)とonze(11)に分かれます。何でもこのマダムの祖が騎士で、主からの給金が111(サントンズ、通貨名は?)だったので苗字がCentonzeになったそうです。嘘みたいな本当の話です。

日頃、対人関係はもちろんテレビでも仏蘭西っぽい苗字を目にしますが、思わず噴出してしまいそうになる苗字に多々巡り合います。ココんち夫妻の知人マダムの苗字はPoisson ポワソン、つまり「魚」さんです。サッカー選手のLe Boeuf ル・ブフ、「牛」さんはしばらく牛肉のCMに登場し、「牛」さんが牛を共食いしていました。France 2 の女性ニュウスキャスターの苗字はLe Saint ル・サン、「聖人」です。女性ならLa Sainte ラ・サントだろうに彼女はSophie Le Saint です。彼女はどんな悪いことをしてもMlle. Le Saint 、マドモワゼル聖人と呼ばれることになります。「聖人」といえば、現在花の都 お巴里の大司教 さまは André Vingt-trois アンドレ・ヴァントロワとおっしゃいます。苗字の「Vingt-Trois ヴァントロワ」は日本語に訳すと数字の23 二十三です。つまり大司教さまは「二十三」さんです。前出のCentonze (百十一)さん同様、先祖の初任給が23だったのでしょうか?他にもBeaujardin ボジャルダン(美庭園)さんやらBeauséjour ボセヂュゥル(良い一日)さん、Bonfils ボンフィス(孝行息子)さんなんてのもいらっしゃいます。Charpentier シャルパンチエ(大工)さんはよく聞く苗字ですね。Mort モール(死)さんもいれば、Vivant ヴィヴァン(生)さんもフランスにはいます。まさかいないだろう、と思いつつPignon ピニョン(松の実)を調べたら、4196名もフランス国内にいらっしゃるそう。ある弁護士の苗字はImpossible インポシブル、「不可能」さんという名の弁護士・・・あらら、不可能さんに弁護を頼む仏蘭西人はいるのでしょうか?勝つのは不可能ぢゃない?

さて、以下は仏蘭西の苗字ベスト30です。名前にもなるMartin マルタンが第一位ですが、上位には名前にもなる苗字が多いですね、驚き!
1.   Martin       235 846
2.   Bernard      105 132
3.   Dubois        95 998    
4.   Thomas       95 387
5.   Robert        91 393
6.   Richard       90 689
7.   Petit         88 318     *図体がデカくても「おちび」さん
8.   Durand       84 252         
9.   Leroy        78 868
10.  Moreau       78 177

11.  Simon        76 655     *ペトロの旧名はシモン。
12.  Laurent       75 307
13.  Lefebvre      74 564
14.  Michel        74 318
15.  Garcia        68 720     *語尾は母音でもスペイン系
16.  David         61 762
17.  Bertrand      59 817
18.  Roux         59 440     *大人でも「赤」さん。
19.  Vincent       57 351
20.  Fournier       57 047

21.  Morel         56 760
22.  Girard         55 642
23.  André         55 228
24.  Lefevre        53 670
25.  Mercier        53 622     *「小間物商人」さん
26.  Dupont        53 405
27.  Lambert       51 543
28.  Bonnet        50 999     *「(縁なし)帽子」さん
29.  François       50 612
30.  Martinez       49 762     *とてもスペインな苗字


こちら↓をクリックすると下方に仏蘭西の地図があります。
Les noms de famille les plus portés France
各県をクリックすると県ごとの苗字ランキングが出てきます。スペイン国境沿いの町はフランス風の苗字よりスペインの苗字が上位になり、フランス北部ベルギー国境近くになるとオランダ系の苗字が登場します。私が住むBouche du Rhone 県(13)ではイタリア系やスペイン系の苗字はもちろんユダヤ系やヴェトナム系の苗字も載っています。流石、フランス一のコスモポリタン県です。フランスのおもしろ苗字は共和国民も興味があるらしく、定期的にテレビ番組で取り上げられたりもします。たかが苗字、されど苗字で思わずムフっと笑えます。面白かったりなんかして。

le 26 mai 2006, Bérenger

*おフランスの名前(prénom)のオモシロさはこちら↓でどうぞ*
あなたのお名前なんてーの?

[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-26 19:20 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(16)
せっかく復活したのに40日なんてあっという間。
こんにちは Ascension アサンシオン、昇天祭の祝日です。
復活祭から40日目、イエズスさまが天国に戻らなければならない日です。

エクサンプロヴァンスのサン・ソヴール大聖堂の正面から屋根の上の大天使ミカエルをお見上げ申し上げましたが、遠い、遠すぎます。

b0070127_41126.jpg
天国というところもミカエルの更に向こうの空遠くにあるのでしょう。


天国の門前に着いたところで、門の右にいらっしゃる聖母と赤子は優しく微笑んでいても、門の左のトントン・ピエール(=ペトロおぢちゃん)は怖い顔をしてぎゅっと門の鍵を握ったままです。もし罪が赦されて中に入ることになったとしても、天国の門はあまりに大きく重すぎてひとりではそう簡単に押し開くことはできなさそうです。ピエールおぢちゃんは門を開けるために力を貸してくださるのでしょうか?
b0070127_4124071.jpg

Veni creator Spiritus,           Viens en nous, Esprit Créateur,
Mentes tuorum visita:           Visite l'âme des tiens.
Imple superna gratia            Emplis de la grâce d'en haut,
Quae tu creasti pectora.         Les coeurs qui sont tes créatures.

Qui diceris Paraclitus,           Toi qu'on appelle Conseiller,
Altissimi donum Dei,            Don du Seigneur de Majesté,
Fons vivus, ignis, caritas,         Source vive, Feu, Charité,
Et spiritalis unctio.              Toi qui es onction spirituelle.

Tu septiformis munere,          Toi, le Donateur aux sept Dons,
Digitus Patemae dexterae,        Puissance de la main de Dieu,
Tu rite promissum Patris,         Toi que le Père avait promis,
Sermone ditans guttura.          Qui fait jaillir notre louange.

Accende lumen sensibus,        Mets ta lumière en nos esprits,
Infund amorem cordibus,         Répands ton amour en nos coeurs,
Infirma nostri corporis           Et que ta force sans déclin
Virtute firmans perpeti.          Tire nos corps de nos faiblesses.

Hostem repellas longius,         Repousse l'adversaire au loin;
Pacemque dones protinus:       Sans tarder, donne-nous la paix
Ductore sic te praevio,          Ouvre devant nous le chemin
Vitemus omne noxium.          Que nous évitions toute faute.

Per te sciamus da Patrem,       Fais-nous connaître Dieu le Père,
Noscamus atque Filium,         Enseigne-nous aussi son Fils,
Teque utriusque Spiritum         Et fais-nous toujours croire en toi
Credamus omni tempore         Toi qui es leur commun Esprit.

Déo Patri Sit Gloria,            Gloire à Dieu le Père éternel,
Et Filio, qui a mortuis           Au Fils ressuscité des morts,
Surréxit, ac Paraclito,            A l'Esprit saint Consolateur,
In saeculorum saecula.           Pendant tous les siècles des siècles



死後の世界で役立つであろう「現世における死語」、つまりラテン語(左)と仏語訳(右、斜体)の文章を久しぶりに手にしましたが、フランス語はラテン語系とは言え、こうして並べてみるとラテン語と似ているようで大して似ておりませんね。寧ろ、英単語を連想できる単語がラテン語にあったりなんかして。最終節くらいがフランス語を見ずに何言っているのかわかる一文かもしれません。英語とラテン語と言えば「小さな恋のメロディ」という映画でマーク・レスターがラテン語の宿題か何かを忘れて先生からお尻を棒で引っぱたかれるおしおきを受けるシーンがありました。小雨降る中、墓場でデートするマークとトレーシィ・・・がーぶちょん♡
いずれにせよ、日本語を連想できる単語はラテン語にはなさそうです。あの世でもハンデありすぎ。こんにちから10日後の Pentecôte 聖霊降臨に期待したいところです。

21世紀になって第二外国語でラテン語またはギリシャ語を選択する中学生がフランスで増えているそうです。ギリシャ語はギリシャで使えるけれど、ラテン語を習得したところで彼らは何に生かすのでしょう? 「駄・ヴぃんち・コード」の解読でしょうか?


le 25 mai 2006, Sophie
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-25 04:00 | 『春』 Rien de spécial | Comments(22)
現実と虚構のないまぜによって傷つくのは?
仏蘭西共和国は花の都お巴里の西、セーヌ川を越えたところにCourbevoie くるぶヴぉわ という町がございます。仏蘭西唯一の高層ビル街と呼んでいいNanterre(ナンテール)市の隣町というと分かりやすいでしょうか。この町の片隅にCollège Privé Hautefeuille(私立オトフォイユ中学校)という6年制の私学校があります。先週5月17日、国営放送France 3のお昼のニュウスでこの学校が紹介されました。
これ↓をクリックし、12時44分頃にカーソルを持っていくとこの話題が始まります。
http://jt.france3.fr/1213/index.php3?jt=3
この話題の直前は同じ17日に一般公開が始まった「ダ・ヴィンチ・コード」についてのニュウス(12h41m53s開始)でしたが、なぜこの学校がダ・ヴィンチコードの話題に次に登場したのかと言いますと、この学校の経営がダ・ヴィンチコードの原作にも映画にも実名で登場する
Opus Dei (オプス・デイ)
という カトリックの一団体 によるものだからです。約4分もの丁寧なレポートを拝見すると、1学年平均30名ほど、全校生徒約180名のこの学校は1989年開校(←名簿がドつきだらけだぜ・・・)という新設校にもかかわらず、きょうび仏蘭西では珍しくなった クラシックなネクタイつき制服 着用のカトリック系男子校です。画面に次々と登場する男子生徒のほとんどが七三に分け丁寧に櫛を通した髪型・・・うう、侍者オタのわたくしのハートをくすぐるぢゃあございませんか。上のニュウスによりますと彼らの一日は黒板上に十字架が飾られた教室での祈りで始まり、週に一度聖堂でのごミサに与るなど、これまたきょうびの仏蘭西では珍しいかな~り宗教色濃い学校生活でもあります。月謝は150ユーロ。教師や職員 はカトリック信者であっても必ずしも オプスデイ 会員ではありません。現在180名のお子達のうち12名が卒業後、更に司祭の道を歩み続けると希望しているそうです。・・・一割弱が志願者というのはべね16猊下の目から喜びの涙が零れ落ちるような話でございますな。

こちら↓がこの男子校のHPです。
http://hautefeuille.free.fr/index.htm
読み応えも見応えもあるHPですが、2002年10月6日ヴァチカンにて行われたOpus Dei の創立者 Josémaria Escriva ホセマリア・エスクリヴァ の列聖式にもこの学校のお子たちは 参列 しました。

@@@@@@ 十 @@@@@@

映画「ダ・ヴィンチ・コード」が一般公開されて数日が過ぎました。仏蘭西のメディア界はまだ映画宣伝のための番組作りというレベルまで至っていないので、ダ・ヴィンチ・コードについてはニュウス内の文化枠で数度紹介されたのみです。この映画の集客につながるような番組は私の知る限りまだ一本も流れていません。
この仏蘭西国内唯一のオプスデイが関わるカトリック男子校をFrance 3のニュウスで紹介するに至ったのも、テレビ局側が映画公開に向けてのリンク付け、学校側は 映画 Da Vinci Code への抗議 をこめての受け入れだったようでもあります。

@@@@@@ 十 @@@@@@

カトリック・ヲッチャーの末端である私がOpus Dei (オプス・デイ)という名前を聞いたのは半年くらい前です。その名前を検索してみると「オプス・デイ」とは
▼各自の仕事、地位、生活条件の中でキリスト教的徳を実践すること。
▼司祭、信徒、老若男女、独身者、既婚者等、あらゆる人種、社会層、職種の人々を対象。
▼ オプス・デイの目的はまったく霊的なもので、あらゆる条件の人々に、世間にいながら信仰に完全に一致した生活をするように勧め、社会のあらゆる分野の福音化に貢献すること。
と繰り返ししつこいくらいに書かれています。オプス・デイは日本でしばしば耳にする「信徒団体」に近い存在のようなものでしょうか。更にこの団体がどんな活動をしているのか調べてみると物心両面の社会福祉事業が中心であり、世界各地で職業訓練校の開校に力を入れているようです。

この程度の予備知識で半年以上が過ぎ、映画Da Vinci Code の公開に伴って再び「オプス・デイ」という語を見聞するようになったところで、お巴里の西はずれの小さな男子校についてのニュウスを観た私が気付いたことですが、ヴァチカンがこの作品について異例の発言をしたのは「オプス・デイ」という団体というより、この名の下に関わる、例えばHautefeuilleに通う子供たちなどを守りたかったからではないでしょうか。現実と虚構のないまぜによって傷つくのはヴァチカンという名でもなければ、サン・シュルピスという建築物の名前でも、オプス・デイという団体名でもなく、それらに関わるひとりひとり、小さなひとびとということです。少年のこころはガラスのようだって誰かが唄っていたわよね。

日本國において映画 Da Vinci Code は20日から一斉公開され、電脳上でも日増しにこの映画にまつわる議論が活発化している一方で、根拠のない説も陰謀やら妄想の形となってそこここに書かれ始めました。よく考えてみると原作者が現在に実存する団体名を用いなければ、たとえイエスとマグダラのマリアの関係が物語の抜本にあったとしてもバチカンだって黙認したことでしょう。だってこれまでずっとこの手の話が出るたびに黙ってきたのだから。近年、司祭不足で悩むお仏蘭西のカトリックにしてみれば巴里の西外れの耶蘇学校に12名もの志願者がいるというのはひとつたりとも失いたくない宝であります。悪い噂というものは繊細で無垢なひとの心にまず傷をつけるものでもあります。21世紀の今、知る術がありすぎてどこまで先人である大人がオプスデイの学校に通う少年達を守れるかわかりませんが、知力を尽くして宝を守るのは当然です。

@@@@@@ 十 @@@@@@

前述のニュウスの中で学校生活を謳歌し、校内ミサで床に跪いて祈る少年たちを見ても、HPで去る5月13日に校内で行われた堅信式の写真集 を眺めてもカトリックの学校に通った経験があったり、カトリックの外見ぢゃなくて中身を知る人にはきゅーんと来る感情が心に沸くと思います。日本においてこの映画の宣伝に絡んでどのような番組が日々流れているのか私は存じませんが、そういう番組や映画を観たことでキリスト教についてご存じない人々の心にあらぬ誤解を生んでいるのはここ数日の電脳域を眺めれば一目瞭然です。ヴァチカンがなぜ過敏になっているのかという憶測も飛び交っていますが、電脳上で語られているほど難しいことではないと思います。ただ宝(=信者)を守りたいだけ。
電脳上で飛び交う妄想や心無い誹謗中傷など厳しい言葉には
真実を知る者が真実を語ることしかないのだと思います。

le 22 mai 2006, Emile


5月はじめから見聞した中國政府とヴァチカンの内政干渉問題にしても、ヴァチカンが心配しているのは「教会」という組織全体ではなく、そこに関わる人ひとりひとりという かもしれませんね。だから中國さまと話がかみ合わないンだな、たぶん。
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-22 18:08 | 『?』なKTOりっくん | Comments(8)
ワタクシはアレよりコレに貴重なお金を使いたい。
アノ映画 ダ・ヴィンチ・コード が20日、日本國で初日を迎えたようです。お仏蘭西は17日水曜日から公開していますが初日の入りは232.898人で、スターヲーズのエピソード3の公開初日の入り641.799人と比較するとあまりにトホホな数字なのでダ・ヴィンチ・コードは苦戦を強いられているのではないか、というのがここ数日お仏蘭西における評でもあります。


実は、今回のカンヌ映画祭に参加している作品で仏蘭西のマスコミが大喜びで共和国民に強くグイグイと推している映画がございます。それは、こ・ち・ら↓でござる。
b0070127_18245685.jpg

こんな小悪魔セクシーショットぢゃ、まだわからぬか?

少しはマジメな決め手を出そうではないか。ゴホン、改めまして、

ひかえおろう。

この桃色まみれなお方を

どなたと心得る?
b0070127_18301547.jpg
マリー・アントワネット さま

であらせられるぞっっ!

・・・げ、お菓子にまみれてメイドに靴磨きさせるのがブルボンスタイルでっか? 
あー、こりゃこりゃ。
一個、いや一切れでいいからそのお菓子、おばちゃんにちょーだいよ。
それが天井ビトの臣民への哀れみというものよ。
正気に戻って、この映画 Marie Antoinette ですが来週5月24日から仏蘭西で公開されます。てなわけで、おらがド田舎町のバスのどのボデーにもアントワネットさまが微笑んでらっしゃいますが、予告編(←クリック!)を見ただけでわたくしの印象は「同じMade in USA の映画で、両方ともフランスが舞台なのに、この映画の方が「駄・ヴぃんちこーど」より数千倍面白いよー♪」です。BGMがこれまた私のハートにグ~♡
いっや~ん、Kirsten Dunst 演じるアントワネットさまが
エロっぽくてかわいすぎ~♪
「ベルばら」育ちの日本婦女子にはたまらないですよ、この映画。監督Sofia Coppola が描く絢爛すぎる豪華な世界にどっぷり浸れますし、猫耳黒服メイドもたんと出るでよ。
例えば初っ端のルイとの婚礼で「墺太利オンナ」のマリア・アントニアは素っ裸になるのも「ベルばら」と同じよん。いや、「ベルばら」で描かれる花嫁マリア・アントニアは恥じらいあるが、この映画のマリア・アントニアは脱ぎっぷりがいいあるね。
b0070127_19104055.jpg
日本びとにとっては漫画「ベルばら」の影響でフランスと言えば太陽王ルイ14世以降革命までのロココなお仏蘭西を連想してウルウルするものですが、仏蘭西びとの多くは太陽王以前の中世時代にウルウルする人が多い・・・にもかかわらず、この亜米利加製映画は仏蘭西びとのハートをガッチリ掴んだようで公開前から生温かく好意的に大騒ぎing♡なのです。映画評HPでも5点満点中4.9という驚異的数字をゲットしました。一週間違いの一般公開であり、栄えあるカンヌのオープニングフィルムである「駄・ヴィンチコード」の点数がたった2.9、辛うじて5点満点の58%と比較しても
わたくしはフランスの女王なのですから
できれば元祖の初風さまか上原さまっぽく読んでね
なアントワネットさまの威力は物凄いんであります。
予告編 はバルコニー上のアントワネットさまの場面(おそらく「パンがなければお菓子を食べればよろしいのに」)で終わってしまうけれど、果たしてこの映画の結末はどーなっちゃうんだろ?14歳でフランスに嫁ぐことでマリ・アントワネットとなり、わずか19歳で王妃になってしまったことで世間を知らぬままハメをはずした人生をマトモと思い込んだまま貫いて革命勃発、37歳にして断頭台の露となってしまったマリア・アントニアは今もサン・ドニ聖堂の地下で眠っているのです。たった37年の人生でしたが、大公女から王妃となり、4人の子供を産み、浮気までして、無限大の贅沢から牢獄生活まで味わったこの墺太利オンナ・・・、勝ち組なのか?負け組なのか?兎に角、予告編を見ただけでワクワクしちゃう「ベルばら」育ちの私ですが、個人的にはこの場面↓をぢっくり拝見しとう存じますよ。
b0070127_2062435.jpg
↑墺太利大公女マリア・アントニアと仏蘭西王孫ルイ・オーギュストの婚姻↑
赤いおべべに白エプロンの侍者をまったりと凝視したいものよの・・・。
たれかタオルを。がーぶちょん♡

le 20 mai 2006, Bernardin

【Rétroliens*Trackbacks】
*Excite 芸能 : キルスティン・ダンスト、カンヌでもアントワネット風
*Excite 芸能 : 映画「マリー・アントワネット」に冷ややかな反応も

[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-20 18:26 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(28)
退屈すぎてグっすり眠れるヴィンチ村へようこそ。
昨日17日夜、お仏蘭西は地中海岸沿いの一都市Cannes カンヌで 第59回国際映画祭が開幕 しました。今年のオープニングフィルムはDa Vinci Code (だ・ヴぃんち・こーど)で、前日16日報道関係者2000名を招いての一足先の試写会が行われました。その結果は栄えあるオープニングフィルムなのにすこぶる評判悪し。報道関係者は仏蘭西びとばかりではありませんが、鑑賞直後のインタビューではやたら英語で「退屈」を意味する boring ボーリンという単語が聞こえてきました。中には隣のヒトが最初からイビキをかいて熟睡していたため気が散ってよく観れなかった、と他人のせいにした発言をするヒトもいました。

これ↓をクリックし、
http://festival-cannes.france2.fr/lagazettedufestival/20669695-fr.php
右のサブメニュの vidéo をクリックすると仏蘭西の国営放送で流れた映画「ダ・ヴィンチ・コード」関連のニュウスが観れます。

キリスト教の一派であるローマンカトリックの中心であるヴァチカンはカンヌ映画祭開幕前日の16日午前、教理省(カトリックの教義および道徳の保持と促進を任務とする省)で第二位の地位にあたるAngelo Amato(アンジェロ・アマ~ト)大司教が正式にこの作品関連商品すべてをボイコットする呼びかけを発表しました。その理由ですが、Francematin 紙によりますと
Le livre, et donc aussi le film, est "farouchement antichrétien, truffé de calomnies, d'attaques et d'erreurs historiques et théologiques concernant jésus, la bible et l'Eglise."
「原作本も映画も、反キリスト教精神が甚だしく、キリスト、聖書、教会について歴史、神学上の間違いや批難となる誹謗中傷が詰め込まれている」というものです。この映画に実名で登場するOpus Dei オプス・デイ日本管区の公式HPにも「広報室からの手紙」と題してこの映画制作に関わる関連企業宛の公開抗議文が掲載されていますが、その中にも
この小説は、現実と虚高のないまぜであり、どこまでが事実で、どこからが空想なのか区別できません。従って、カトリック教会の歴史をあまりご存じない読者が、誤った結論に導かれ、カトリック教会への共感を感じなくなるおそれもあるでしょう。
アマ~ト大司教にしてもオプス・デイにしても世界中のキリスト教無知にあらぬ誤解の種やら菌が捲かれて根が張ることを恐れているようです。悪心をくすぐる誤解の種というものは簡単に根を絡ませながら張るものです。一度はびこると除草剤をまかねばなりませんし、除菌剤などはまいたところで黒ずみが取れないというのも誰もが知ることです。事実、噂も同じで、捲いた者より捲かれて迷惑を蒙った者が処理せねばなりません。きょうび「どこまでが事実でどこから空想」という所謂「まことしやかな嘘」というものはなぜか素人さえ好んで妄想して垂れ流すようになりました。このあたりは今年はじめの民主党メール事件や話題の「共謀罪」にもつながると思います。

ここ数日の批評を垣間見ると「映画より原作の方が幾分マシ」だそうです。おそらくDan Brown 氏はキリスト教とカトリックについて調べ尽くしてのフィクションを書いたのだろうと信じたいところですが、キリスト教無知による妄想の表現という可能性もあるわけです。つまり名称という箔のみをかいつまんで作品に使ってみただけ、というものです。一方、この本を読む、映画を観るヒトビト、消費者側も「キリスト教の内容を知っているヒト」と「キリスト教の名前しか知らないヒト」に二分できます。仏蘭西と日本を例にとると、よほどワケのある親を持たない限り洗礼を受け、13歳時の堅信まではカトリック教会に関わる仏蘭西びとは前者にあたり、日本國国籍保有者の1%が新旧含めたキリスト教信者という日本びとは後者に当たるヒトが多いのです。そしてこの映画を観てネガティヴな感情が心に沸いたところで多くの仏蘭西びとは「くだらない」と言い、多くの日本びとは「つまらない」と表現するでしょう。例えば昨日17日、朝の情報番組 Télématin テレマタン でこの映画についてのニュウスが流れた後、司会者がはっきりと「くだらないモノには興味がないので僕は観ない」と口にしちゃいました。少なからずキリスト教の基礎があるヒトはこの映画におけるあまりの妄想や空想に「くだらない」と彼のように吐けますが、あの映画を観たところでキリスト教の「キ」の字は世界史の試験に出るから暗記した程度の方々ならおそらくDan Brown 氏が読者に期待している彼が分かち合いたい旨味がわからぬままで幕が閉じるのだと思います。

日本國ではこの映画についての批判例として「イエスとマグダラのマリアとの間に子供があり、その子孫が云々」ということを挙げていますが、まずこの段階で多くの仏蘭西びとは失笑し始めます。というのは日本國ではあまり知られていないことですが、仏蘭西には伝承によってマグダラのマリアに纏わる話がドッカリ腰を下ろして2000年も経っています。それこそ仏蘭西のまことしやかな伝承によりますとエルサレムでのイエスの死後、マグダラのマリアは
パレスチナの浜から舟に乗ってマルセイユに着いた~♪
んですね。この時、彼女はサラという黒人の侍女を連れており、このサラの子孫がジプシーなんだ、とジプシーは自称しています。毎年5月になるとSainte Marie de la mer (サント・マリ・ド・ラ・メール)という南仏の孤立した小村でサラとマリアを讃える祭りを世界中のジプシーがこの小村に集って行います。なんでもマグダラのマリアはその後ひとりで布教に旅立ち、Aix(エクス)からコートダジュールに向う途中にあるSaint Maximin et Sainte Baume (サン・マキシマン・エ・サント・ボム)という町で生涯を終えたそう。1279年、アンジュー家のシャルルと彼の従兄であるルイがこの町に巡礼に来た時マグダラのマリアの墓を掘り当て、その後この町はドミニコ会によって守られ、歴史上何度も訪れた教会破壊の危機も修道士の機知やら奇知で守られてきました。今もココの大聖堂の地下墓地に彼女の遺体を収めた棺と頭蓋骨(↓)が聖遺物として安置されています。
b0070127_1915364.jpg
まあ、こんな話はそもそもイエスは存在しなかったと主張する方々には抜本からちゃんちゃらおかしい話なんでありますが、南仏のこの町Saint Maximin et Sainte Baume はお仏蘭西の人々にとっては恩寵に満ち溢れた聖地のごとき巡礼地の「ひとつ」なんであります。仏蘭西びとならダ・ヴィンチ・コードの髄にあたるマグダラ絡みの話も自身が思い込んでいる伝説と真っ向から異なるのでこの段階で

Bof... ぼふ。

「くだらない」という感情が心に沸いてしまうことになります。私個人としては「ダ・ヴィンチ・コード」に描かれている「イエス&マグダラのマリアによる愛の後日談」より、仏蘭西で伝承され続けている「イエス亡き後のマグダラのマリア伝説」の方が信憑性があって数千倍面白いです。

兎にも角にもカンヌ映画祭開催を前にヴァチカンまでがボイコットを促したことで話題豊富なお仏蘭西の「けふこの頃」でございますが、騒げば騒ぐほど悪心をくすぐられて観たくなるものでございますな。出自は知らないけれど、Dan Brown なるヒトの思惑はココにあってガッポガッポと懐を肥やせるからこれで良いンぢゃない?そこまで想定しているなら、いかにも「らしい」よね。果たしてこの映画をツル脳の私が見たところでさっぱりワケがわからなくて「つまらない」という感情が沸くのか、それとも一縷でもムフっと失笑できるツボがあって「くだらないわ」とつぶやけるのかも現時点ではわかりません。・・・だから観てみたいのかも。ふっふっふ。


le 18 mai 2006, Eric

【Rétroliens*Trackbacks】
*あんとに庵◆備忘録 : [芸術]ダ・ヴィンチ・コードはカンヌで酷評
*Excite 芸能 : 「ダ・ヴィンチ」ピンチ!?カンヌ賛否両論
*Excite 国際 : カンヌ試写会は冷淡 映画ダ・ヴィンチ・コード

[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-18 16:22 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(8)
初夏の訪れと共に、目の保養
あれから一年 経ちましたようです。
今年も明日17日から28日までの12日間、おカンヌ映画祭 が開催されます。今年の祭りの進行役はおヴァンサン・カッセル(Vincent Cassel) さまです。今年で第59回を迎えるこの国際映画祭ですが、審査員一覧を眺めるとシノワんとユダヤん中心の会であり、審査作品に日本映画がまったくないのもちょっと寂しい特徴かもしれません。主席審査員はヲン・カーワイ監督、毎年注目されるオープニングフィルムはあの「ダ・ヴァンシ・コド Da Vinci Code」です。赤絨毯を踏んで入場しおダ・ヴァンシ・コドを鑑賞した方々の感想が聞きたいところです。

・・・Bof

「・・・ぼふ」と言うのは無関心の時に仏蘭西びとが吐く言葉なんですけれど、私としてはベアトリス・ダルやエマニュエル・ベアールあたりの「・・・Bof」をぜひ聞いてみたいです。へへへ。

というわけで、進行役のおヴァンサンさまと審査員でもあるおモニカ・ベッルッチ(Monica Bellucci)さまぢゃ。
b0070127_15105051.jpg
キタワァ*・゜・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜・* !!!!!


明日もこの状態で赤絨毯踏んでくださってくらしゃい。がるるるる。


革紐でひと束ねにされたこの二人の間にはDevaちゃんという女児が生まれました。


le 16 mai 2006, Honoré

いやいや仏蘭西ではダ・ヴァンシ・コドのボイコット運動炸裂中です。
騒げば騒ぐほど見たくなるぢゃアないか。
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-16 19:09 | 『春』 Rien de spécial | Comments(14)
残されたもの
14日日曜日、地元のメインストリートでBrocante (ブロカント、古物・がらくた)市が開かれました。Brocante というのはAntiquité (アンチキテ、古美術)より質も値段も庶民の手に届いて馴染むものとでも言いましょうか。毎週末、どこかの町の路上でブロカントが開かれていると言ってもいいくらい、庶民にとってブロカント巡りは何もない日曜日の楽しみでもあります。

仏蘭西で盛んなブロカントですが、なぜもこんなに中古品が絶え間なく豊富なのかというと独居老人の死亡による物流らしいのです。主(あるじ)のいなくなった家を空けるには家財道具すべてをどこかに移動せねばなりません。故に、時に見るからにオドロオドろしい雰囲気を醸し出す品物が並んでいたり、古本からも気のせいか妖気のようなものがもわ~んと漂っていたりもするのです。おらが町の骨董市の雰囲気はこんな感じ→緑きらきらの日曜日!コトコト骨董市だっっ!

で、きょうもふらふら眺めたりしましたが、興味を引いたのはこちらでございます。
b0070127_4211342.jpg
おヂャンヌ・ダルク Jeanne d'Arc さまの絵皿です。

このお皿、実は数枚のセットになっており、おヂャンヌさまの生涯が描かれているようです。他の露店で色違いを見つけました。どちらの絵皿も下円に小さな字で「ヂャンヌ・ダルクは毎日教会に通い祈りを捧げました」なんて教訓のごとき説明も書かれており、21世紀の仏蘭西のどこでこのようなお皿が新品で手に入るのか、あったとしても誰が買うのか、など首をかしげちゃいますが、限りなく百に近い数十年前にはこういうお皿が売られたり、配布されたりしたのございましょう。きょうびルルドの土産物屋さんでもこのようなお皿は売っていないぞよ。ちなみにこのお皿、25ユーロで売られていました。

b0070127_4122163.jpg













シャルル7世と於ヂャンヌの初対面?

そしてこちら。わかるひとにはわかるひと。
b0070127_3361555.jpg
おなつかしや、もしやあなたは パウロ六世 教皇さまでは?


15ユーロでした。


le 15 mai 2006, Denise
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-15 03:00 | Promenons-nous! | Comments(23)
もし『あなたは芸者?』と問われたら@欧羅巴 
日本國では「Sayuri さゆり」という名で出ていたこの映画、仏蘭西では「Geïsha 芸者」という名で出ていました。
b0070127_1728195.jpg
仏蘭西というか欧州では日本女性に対しての「芸者偏見」が21世紀になった今もあります。そりゃあ、国際儀礼の席上に関わる方々の間では会議場でも社交の場でも、オフレコ部分でしか「芸者」という単語は出てこないのだろう、と思います。が、そういう世界をビールの泡と喩え、泡を拭った黄金の液体部分を庶民の世界と喩えるなら、庶民の世界では「Geïsha」という輸入語はズケズケと出てきます。コスモポリタンな空間に紛れ込めば「あなたの国籍はどこ?」という問いかけがお近づきのきっかけ文句でもありますが、日本びと♀が「日本です」と返事をすれば、問いかけた本人がなぜかいやらしい笑みをたたえて「・・・芸者でしたか?」なんて聞いてくることがあります。もしかしたら日本びと♂だと「芸者の友達はいるか?」なんて問い返されているのではないでしょうか?

ファンデーション使用率が常に40%未満の仏蘭西びと♀にとって日本人女性観光客の化粧は厚化粧に見えるのは当然ですが、仏蘭西の燦燦とした陽光の下、日本以上に厚化粧に見えてしまう日本女性の実物や写真を見るなり「ゲイシャ!ゲイシャ!?」と喜ぶのはいかがなものかと思います。
私の場合ですが、国立職業訓練校に通っている時、研修中のスペイン語教師から「あなたは芸者でしたか?」と質問されたことがあります。また別のところで家族の写真を見たいと言われたのでアルバムを開いた途端、私の母の写真を指差して「ゲイシャみたいな化粧よ!」と高笑いされたことがあります。確かに私の母はファンデーションを塗り、眉をかき、紅を注すのが彼女の身だしなみでした。なんというか胃に何か重いものが落ちて言葉が出ないような感覚に襲われます。

学校でスペイン人♂から不気味な笑みと共に「あなたは芸者でしたか?」と質問された時はしばしの沈黙後、私が
「芸者がどんな職業だかあなたは知っているのですか?」
と聞き返したら、こいつは目をそらしてモゴモゴしやがりました。こやつも在籍していた国立職業訓練校が推奨するRobert 社の仏仏辞書で、Geïsha という語を引きますと
geisha  n.f.
Artiste professionelle japonaise qui divertit les hommes par sa conversation, sa musique et danse.
とあります。つまり「芸者(女性名詞) 会話と歌舞音曲で男性のウサを晴らすプロの日本人女性芸人」とでも訳しましょうか。

仏蘭西のような公教育の「はじめの一歩」から徹底的選別主義の下で育ったヒトビトには♂でも♀でも辞書を引くという作業ができない方が多く存在します。そういう教育ヒエラルヒが確立しているのです。悲しい事実ですが、仏蘭西において辞書も引かないヒトビトの間で Geïsha という単語は曲解されており「高級売春婦」のように短絡的に捉えられています。おそらくこの曲解は仏蘭西だけでなく欧羅巴での底辺における常識と化しているのではないでしょうか。しかも芸者は日本びと♀限定というより亜細亜びと♀というカテゴリーになっています。欧羅巴のどこかで「I am Geïsha」を売りに稼いでいるアジアん姐ちゃんがいるんでしょう。西班牙のIbiza かな?日本ではなぜか流れないことですが、欧羅巴のヒトビトは不道徳な行為を行う時に集う場所というものがございます。パンドラの箱ん中に自ら身を落とすとでも言いましょうか。どうもこの手の情報が日本國をはじめ亜細亜諸国には流れないために「秩序ある公衆」で浮かび上がる行動を取る亜細亜びとが多々おります。ただし永遠の快楽島Ibiza 以外は年々欧州内の快楽都市は移動するので噂に頼らねばなりません。21世紀に入り仏蘭西国内での快楽都市と噂されているのはSaint Tropez です。欧州中から快楽を求める方々が集まってきているようです。ニュウスなどでも犯罪率が高まることで取り上げられるので臭ってくるのでバレたりします。

「舞妓」や「芸者」はたまた「花魁」の世界をあんまりよく知らない現代っ子の日本びとにとってこれらの職業をガイジンに上手に正しく説明するのは難しいことではありますが、「あなたは芸者でしたか?」、「芸者の友達、知り合いはいない?」とガイジンに問いかけられたり、自分の愛する家族や友人の写真を指差して「見て見て、芸者よー!」なんて言われたりしたら、即座にビシッ!バシッ!と反論しないと、欧州ではご自身のアイデンティティそのものから誤解され続けますよ。もしこんなことを言われても日本びと♀がクネクネしてニヤニヤしたままだと、その後欧州びと♂の対応が変わってきます。迫られたりなんかして、その後「遊びだったんだよー。わかってるくせにー♪」などと冷たくお別れされちゃったりしますです。日本女性の恥じらいや躊躇いの仕草さえ誤解を生むきっかけになってしまうのです。あ、いえ、いい年齢ぶっこいた成人の日本びと♀だってガイジンとのあヴぁんちゅ~ると割り切っているのだったら、こんな婆の戯言は野暮だってことは重々わかっておりますよ。こういうことをガイジンに言われて私のようにムカっムッキッキーッ!とするひともいれば、その反対にウッフ~ン♡と喜ぶひとがいるのも21世紀なんだってことも。

le 13 mai 2006, Rolande
[PR]
by ma_cocotte | 2006-05-13 17:29 | 『?』なオイロッパ | Comments(48)