<   2006年 07月 ( 17 )   > この月の画像一覧
C'est parti! よーい、どん!
ココんちはきょう、北西に進路を取ります。
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このつぎ、ソコんちのこんぴーたが繋がる日までごきげんよう。


A plus à tous!



le 27 juillet 2006, Natalie
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by ma_cocotte | 2006-07-27 07:03 | 『?』なたわ言
Adieu, Marseille.  最期のマルセイユ
数日後にココんちを去るので、マルセイユに行ってきました。
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ここはマルセイユ市で最も新しい公園、Grand Parc de XXVIème Centenaire 26世紀記念大公園です。元々はSNCF (フランス国鉄)の巨大操車場でしたが、マルセイユの建都2600年を記念してその跡地を改造し、2001年に公園としてオープンしました。

1999年のことです。9月恒例のマルセイユ国際見本市に遊びに行ったところ、会場内で署名を募っていました。「マルセイユの新公園に名前を残しませんか?」というもので、私も署名し、記念にかわいいボールペンをもらいました。上の写真で噴水のモニュメントの後ろに角度の異なる水色の何かが見えますが、そこにはあの日に署名した人々の名前がすべて刻まれています。こんな感じ。もちろん私の名前も確認しました。
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当時、私は独身だったので旧姓と名前がしっかり石版に刻まれていました。私はもうすぐこの地方を去ってしまうけれど私の名前はずっとこの大地からマルセイユの青空を仰いでいるんだなあ、と思ったりもしました。そして私がこの世からいなくなっても私の姓名はこの大地からマルセイユの青空を仰いでいるんだと思うと不思議な気分にもなりました。マルセイユに良い思い出を作ることができた運命に感謝です。

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きょうもきょうとて日中かる~く35℃を越えました。この大公園の中には水場がたくさんあり、どこも行水する人でいっぱいでした。

マルセイユの独特な喧騒と決別するのは本当に心の底から寂しいです。余程のことがない限り、私はもう地中海側に来ることもありません。きょうは、Au revoir オ・ルヴォワールというよりAdieu アデュと永遠の別れを其処此処に告げまくった一日でもありました。
ウワァァーーーー。゜(゜´Д`゜)゜。ーーーーン!!!

le 26 juillet 2006, Anne

マルセイユ往復の間にモクモクと白い煙を吐く車に2台も遭いました。酷暑のせいで電気系統の異常が来たしたものと思われます。フランス車は電気系統に弱い、としばしば聞いていましたが本当にそうかも。ものすごい臭いでした。このすこぶる猛烈な酷暑、なんとかならんか。
酷暑において「寝しなのアイスクリーム」は安眠をもたらすそうだ。
なんて、さっきニュウスで勧めていました。早速、今宵実行♡
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by ma_cocotte | 2006-07-26 04:16 | Promenons-nous! | Comments(6)
長い行列は同胞愛の証。
引越を目前に控え、諸手続きのため役所周りをしておりますが、相変わらずどこの受付もおフランス名物の長い行列ができています。連日35度近い猛暑の中を外出し、目的地の玄関を入ったところではるか向こうの受付まで続く長い行列を見るとゲンナリします。

先日も郵便局に行ったら当然のごとく長い行列が出入口まで続いており、自動扉の開閉が止まらないままだったりするほどでしたが、私の番は思ったより早くまわってきました。私より前の人たちは移民したての人が母国へ送金したり手紙を送るため、自分より先に移民した先輩たちが通訳やら代筆やら記入指導したりと、ひとつの受付に2,3人群がっているような形が繰り返されていました。高齢の方にもたいていボランティアの人が一緒だったり、お孫さんが付き添っているものです。酷暑の中での長い行列には苛苛してしまいがちですが、彼らの思いやりなどを生温かく遠くから眺めていると苛苛から抜け出られたりするものです。後に続く者のために優しくなれるって凄いことだと思います。郵便局だけでなく社会保険事務所やら国保やら職安やらどこでもこの手の塊が受付にたむろしていて、時には受付側から「あなたに聞いてンぢゃありません!彼に話させなさい!」なんて厳しい声も聞こえてきて、こちらまで首をすくめてしまったりもします。フランスの其処此処で見かけるこのような光景を良くも悪くもCompatriote コンパトリオット、=同胞(精神)と呼ぶことが多いです。

さて、この日の私は引越手続きのため郵便局に寄ったのですが、受付でマダムと会話している間に、突然、切手を求める女性が横から割り込んできました。国内郵便切手一枚でしたが、受付のマダムがこの切手↓を差し出すと、
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「私は普通の切手がいいのよ!」と一言。それを聞いた受付のマダムが「同じ金額だから貼れば同じでしょ?」ときつく返答したところ、その女性はその切手を受け取り、ベロリと切手の裏を舐めて封筒に貼りつつ去っていきました。
私はちらり切手を見るなり、日本語で「かわいい!」とつぶやいてしまったのですが、帰宅して調べたところ今年4月に出た切手のようです。この切手はLe Chaton ル・シャトン、=子猫というタイトルがついていますが、同様にLe Chiot ル・シオ、=子犬というタイトルの切手も出たそうです。
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国内郵送基本料金の0.53ユーロ(70円くらい?)です。郵便料金もユーロになってからビョーンと値上がりしましたなあ。ウワァァーーーー。゜(゜´Д`゜)゜。ーーーーン!!! バゲットヨリハマシダケド

le 25 juillet 2006, Jacques ←ホタテ貝のヤコボんの日だにゃ♡

確か今日はサンジャック・ド・コンポステルで坊さんが香壷に乗ってカテドラル上空をビョーンとスウィングする日でもある・・・。このショウはいつか見てみたいぞよぞよ。
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by ma_cocotte | 2006-07-25 04:50 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
まだまだ売れるのかな。
金曜日の深夜、というか土曜日の早朝、男性の怒声で目を覚ましました。
目が覚めていくうちに男性がかなりGros mots (グロモ、=隠語)交じりの言葉を発しているのがわかりました。「あんなジダンを俺は許さねえぞっ!」と確かに叫んでいました。それだけは寝惚けながらも私の耳でも聞き取れました。それが聞こえてもまだうとうとしていましたが、しばらくして階下から女性の声が聞こえ、それに気づいたココんちのフランス♂が起き上がって窓から外を眺めてみると、どうもその女性の車が盗難されそうになったらしいのです。私が聞いた男性の怒声は彼女の息子さんによるものでした。

時計を見たら午前2時でした。
彼女の車はかなり古いシトロエンですが、車を盗もうとした野郎が運転手側の窓を割り車を移動させようとしましたが、フランス人の多くが用いるハンドルロックがうまくはずせずにいたところを、夜更かししていた息子さんが運良く気づき、前出の天を突くほどの怒声を発したわけです。息子さんの話だと犯人はジタン(スペイン系ジプシー)またはマグレブ系だったので、息子さんは咄嗟に「俺はジダンを許さねえっっ!」と怒りをぶちまけてみたのだそう。しばらくして警察も来て、真夜中の検証となりました。私は5階のココんちの窓から眺めていたけれど、もしココんちの車が盗まれそうになっても真夜中の2時ぢゃ気づかないまま夜明けを迎えただろうと思います。翌朝、彼女の車は修理に出されましたが、駐車されていた場所には山盛りのガラスくずが残っていました。

ちょっと前ですが知人に会ったところ、ついこのあいだシトロエンC2を買ったばかりなのに彼女はルノークリオに乗って現れました。なんと職場(マルセイユ4区)の門前で買ったばかりのシトロエンC2が盗まれてしまったそうです。黒の外装、オレンジの内装でなかなかかわいいC2だったのになあ。

そして、既に2年前になりますが、私が職業訓練校に通うことになり第一日目に聞いた注意事項が「学校前の路上駐車で盗難されても知らないよ」という話でした。その学校前の通りは学校と軍隊病院がドドーンと並んでおり、対面には巨大域のZUP(共同住宅群)でした。先生がおっしゃるにはどうもZUPのベランダから盗めそうな車を一日中見定めているという話でした。現に私が通った半年ちょいの間に学校の門前で車を盗まれて泣いていた人を3名ほど私は見ています。ありゃ、気の毒だ。びょーびょー泣きつつ放心していましたよ。

フランスの田舎だけかもしれませんが、今もトレードマークが抜き取られた車がたくさん走っています。ココんちの先代もマルセイユでトレードマークの「H」の字を見事盗まれたことがあります。先々代のフィアットは出先の駐車場でオイルタンクに穴を開けられたこともありました。
オイルタンクに穴を開けたのは嫌がらせかいたずらでしょうが、盗まれた車のトレードマークは売買されているようで、子供が小遣い稼ぎのために盗み続けているようです。一昔前はバッテリーのような箱型のカセットラジオがフランスの自家用車には付けられていました。路上駐車して車を離れるたびに運転手は買い物籠のようにそのカセットラジオを持ち歩いたものです。今はかなり改良されて、電器量産店ではかなり軽量の車用CDラジオプレーヤーが売っています。降りるたびに眼鏡ケースのような箱にそれを収めて車を離れるというものです。この代物、日本ではあまり見ない商品ではないでしょうか。

またフランスでは定期的にEDF/GDF(フランス電力ガス公社)、フランステレコム、ラ・ポスト(郵便局)が社用車を一般に売りに出します。2001年だったか我が地元のラ・ポストが一台3000フランでまっ黄色のルノー5を出しました。あっと言う間に売れて、街中でそこはかとなくラ・ポストの藍色のロゴが浮かんで見えるルノー5を目にしました。明るいブルーのEDF車もよく見かけます。ラ・ポストが広告を出した時、マダガスカル系フランス人の男性が「何台かまとめて買って母国で売りたいなあ」と話してくれたことを今も思い出します。日本の場合、国内で使わなくなった商用車や公衆電話などは商社をはさんで途上国に売ったりしますが、フランスではまだ国内でもこのような社民間売買が行われていることになります。フランスでは新車は贅沢品扱いなので課税率が劇的に高いこともあり、今も庶民の間では良心的税率の中古車購入が人気だったりします。(お金持ちは新車を買って半年未満で手放すことが多いのです。もち税金逃れのため)。

一時、車泥棒も、車部品泥棒も、車を傷つけるような犯罪も減ったように見えましたが、最近再び流行しつつあるようです。たいていは盗んだ後に売るのが目的なので、どうしても需要と供給が成り立ち、確実に早く換金できるシトロエン、プジョー、ルノーがまず狙われています。

土曜日の午前2時、車を破壊された女性ですが翌日仕事に行けませんでした。夏休みということもあり親戚の子供を二人預かっており週末からキャンプに行く予定だったそうですが、それもキャンセルとか。こういうことにもとりあえず"C'est la vie." (セ・ラ・ヴィ、=これも、運命)とフランス人は言ったりもしますが、彼女やご家族を思うとせっかくの夏休みなのにあまりにもひどい仕打ちです。
こんなくだらない遊びは早く廃れますように。

le 24 juillet 2006, Christine et Ségolène
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by ma_cocotte | 2006-07-24 04:27 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(6)
【mariage civil 市民婚】 ちょっと面倒くさいかも。
6月、7月のフランスは結婚の季節でもあります。
1年で最も美しい季節であることはもちろんですが、キリスト昇天祭を過ぎると教会での婚礼も行うことができるので、多くの人が教会婚と市民婚の両方を一日で終えられるこの時期に結婚を希望するようです。
フランス共和国が認める婚姻は市民婚(mariage civil、マリアージュ・シヴィル)と呼ばれるもののみで、教会婚のみの婚礼では配偶者ヴィザや社会保障制度を受ける資格をもらえません。市民婚は日本で言う婚姻届の提出に相当すると思われますが、日本のように必要事項を埋めた紙を提出すれば良いのではなく、市役所が所有する「結婚の間 Salle des Mariages」にて(原則として)土曜日午後、挙式せねばなりません。その日時予約のために揃えなければならない書類もかなりあり、生まれ故郷にActe de naissance 出生証明書の発送を頼んだり、病院に健康診断に行ったり、証人のIDを集めたり、公証役場で(離婚する時に必要な)公文書を作ってもらったり、これらの書類を万全にそろえたつもりで持っていっても書類の不備ありと突き返されて役所を数回往復なんてのも当たり前で、幸せのための準備とは言え、かなり面倒臭く苛立ったりしたりもするンであります。

さて、私がココんちを去る日まで残り一週間となりました。いろいろ引越準備のため役所周りなんぞせねばならなくなり、今朝もはよから旧市街へ。ついでに市役所に寄って「結婚の間」を覗いてきました。こちらがおらが町役場の「結婚の間」入口です。
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おらが町の役所は17世紀のイタリア式の城をそのまま使っており、結婚の間も当時のままの部屋を使用しています。
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手前の椅子に新郎新婦が座り、向かいの高座に市長が座ります。市長の椅子の上に見える胸像はMirabeau ミラボーどす。左下の長方形が一枚目の写真「入口」に当たり、天井がかなり高いことの目安になります。水色の壁に金字で市の紋章が入っています。

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こちらは新郎新婦席の背後になります。周りの円形テーブルには親族が座ります。白い胸像は共和国のシンボル Marianne マリアンヌ、その下に国家元首であらせられるシラク大統領の写真が飾られています。


入口左の壁面には古いタピスリーが。その上の壁画もきれい。
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市民婚は市長が婚姻に関する法を読み上げ、新郎新婦が「Oui うぃ~」とそれぞれ返答、証書に市長、新郎新婦、証人がそれぞれサインをします。20分くらいでしょうか。

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右の壁画は兵士の帰還でしょうか。右の壁画の柔らかさと対照的に雄雄しさある絵かも。

17世紀と言えばフランス革命以前になります。
どんな方々がこのお部屋に集っていたのでしょう。

le 22 juillet 2006, Marie-Madeleine

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中庭(パテオ)の門戸の上に紋章二つ。上はおそらく300年前の城主のもの、下は市の紋章です。
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by ma_cocotte | 2006-07-22 03:17 | Promenons-nous! | Comments(6)
エゲレスどころかフランスの太陽もまだ沈まない。
フランス共和国は現在も DOMTOM ドムトム(Département française d'Outre Mer-Territoire française d'Outre Mer の略)と呼ばれる海外県、海外領土を所有しています。大英帝國のコモンウェルス50か国(カナダ、インド、オーストラリア、NZなど)には遥かに及びませんが、フランス共和国の DOMTOM 数は現在9か所(共同統治、小島は含まず)で、以下のとおりです。
★太平洋上
Nouvelle Calédonie (ヌゥヴェル・カレドニ) =ニューカレドニア
Polynésie Française (ポリネジ・フォンセーズ) タヒチ周辺諸島
Wallis et Futuna (ワリス・エ・フュツナ) トンガのそば

★南アメリカ大陸
Guyane (ギュイヤヌ) スリナム,ブラジルと国境を接する

★大西洋上
Guadeloupe (グアドゥルゥプ) キューバやドミニカの近く
Martinique (マルチニック) 同上
Saint Pierre et Miquelon (サン・ピエール・エ・ミクロン) 
                 カナダのそば,大西洋岸の小島

★インド洋上 (旧植民地マダガスカル周辺の二島)
La Réunion (ラ・レユニオン)
Mayotte (マイヨット)
日本人にとっては「天国に一番近い島」でもあるニューカレドニアやタヒチが身近なフランス海外領土ですね。これらドムトムと呼ばれる海外領土、海外県は太平洋に浮かんでいようが南アメリカ大陸に位置しようがフランス国内扱いになります。ヴァカンスシーズンともなれば多くのフランス人がこれらの島々で休暇をすごします。旅費も同距離の海外旅行に比べて割安。領土内にはフランステレコムもあればフランス郵便公社、フランス電力ガス公社もあり、政府機関、教育機関はフランス本国のままです。ですからフランス本土内の大学や最高学府にこれらの領土からやってきた学生が多くいるわけです。例えば、私が通った職業訓練校の教員、Thibault(チボォ)はマルチニック出身で、カリブ系黒人の父親と欧州系フランス人の母親との間に生まれました。高校卒業まではマルチニックで過ごし、大学はフランス本国、そのまま就職、結婚、そして現在に至るというチボォの人生です。そうそう、サッカーのフランスナショナルチームのメンバーでもあるLilian Thuram リリアン・テュラムはGuadeloupe グアドゥループの出身で、先週はシラク大統領との昼食会翌日には故里に戻って大歓迎されたこともニュウスで繰り返し流れました。

一方、フランス本国から「この世のパラダイス」を求めて、これらの海外県や領土に移住する欧州系フランス人も多くいます。引越先が遠いだけで職安(ANPE)も社会保険(CAF)も銀行もすべて本国と同じなので、気軽に引越する人が多いのもうなずけます。私は一度パリから東京に向かうエールフランス機内で7歳の少年と席が一緒になりました。彼は母親とニューカレドニアに住んでいますが、彼の母親とすでに離婚した父親はパリ在住ゆえに、休暇になるとニューカレドニアとフランスを往復しているのです。確かにエールフランスを数度利用すると子供だけの乗客が多い・・・そういうことだったのか。 o(゚◇゚o)

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それと忘れちゃいけない。
毎年フランス総国民がなぜか大騒ぎになるミス・フランスですが、もちろんこれらの海外領土・県全てから代表が出ます。ミス・フランス1999はタヒチ代表(左),2003はGuadeloupe代表(右)がミス・フランスに選ばれました。というわけで、フランス大統領選挙ともなると、各候補者はこれらのDOMTOMすべて遊説に行きます。まさに「世界周遊の遊説」です。

フランス本土内では国営放送 France 3 が RFO ニュース(Reseau france Outre-Mer の略。=海外フランス国関連)を毎日放映しており、これがなかなか面白い!私は寒い季節になるとこのニュースを眺めてはギラギラの太陽を実感しております。((o(⌒∇⌒ o)

以上、3つの大洋に浮かぶフランスの海外領土・県。
こうして24時間中、7j/7、どこかのフランスでお天道様が笑っているのでした。

le 17 juillet 2006, Charlotte
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by ma_cocotte | 2006-07-17 17:40 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
La paix, le 14 juillet 2006  いま、平和を祈る。
7月14日はフランス共和国の革命記念日です。
1789年のこの日バスチーユが陥落して、オスカルさまが帰天した日ですね。
この日の共和国はエラければエラいヒトほど朝っぱらから 忙しい一日 を過ごさなければなりません。庶民であればあるほどこの日を境に夏休みを実感できるとでも言いましょうか。ヴァカンスに出発するヒトが多いのもこの日です。

今年の7月14日も良い天気に恵まれ、朝8時半から正午過ぎまで国営放送France 2、民放TF1 がパリ・シャンゼリゼから恒例の生中継を放映しました。今年の軍事パレードのテーマは "la passion" des militaires "au service de la France" 「フランス兵役における軍人の情熱」でした。


今年の軍事パレードはシラク大統領にとっておそらく最後の革命記念日式典になりますが、こうして騎馬兵を従えて陸軍将軍と共に軍用車に乗ってシャンゼリゼを笑顔で下り、
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ドミニク・ド・ヴィルパン首相とミシェル・アイヨ・マリ国防大臣が笑顔で迎えられるのも、

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いつもどおりエコール・ポリテクニックの学生を先頭に美しい正装を身にまとったグロンゼコール生や軍人のパレード の最後を 外人部隊 (↑)の独特な行進で締め括られるのも、

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最後の最後にLa Patrouille de France フランス偵察機隊による恒例の飛行をこうして笑顔で安心して見上げられるのも、夜になってココんちの窓から各市町村の打ち上げ花火をわくわくしながら眺められるのも、
フランスの今日のこの日が平和だからなんだ
と心の底から思いました。(・_・)

というのも、毎年7月14日はガーデンパーティ会場の片隅で行われる大統領との生トークが午後1時のニュウスでFrance 2 とTF1で共同放映されるのが伝統ですが、今年のこの番組 において大統領に投げかけられた最初のテーマは地中海の対岸で始まってしまった 戦争 についてでした。いつもの年なら共和国のお祝い日なので国内事情が最初のテーマになるのに今年はそうではありませんでした。それくらいLa Guerre de Liban レバノン戦争は深刻な影を落としています。もし戦争がフランスに及んだら、この日の軍事パレードに参加していた共和国軍人のほとんどが参加することになるでしょう。来年7月14日も平和であればこそ軍事パレードなるものを誰もが笑顔で眺められることになります。そうであってほしいです。

le 16 juillet 2006, Notre-Dame du mont Carmel   

偶然にもきょうはカルメル山の聖母の祝日でございます。祈りよ、届け。


Photos : Yahoo! France/AFP
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by ma_cocotte | 2006-07-16 04:54 | 『夏』 Rien de special | Comments(4)
そんなこと、僕に言われても
困る...と言い返したいほどのマテラッツィからの 執拗な囁き だったのかもしれません。
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12日夜、Canal+TF1 でZinédine Zidane (愛称Zizou ジズゥ)氏へのインタビューが相次いで放映されました。どちらの番組でも世界玉蹴り競技会決勝での例の話題になる前に子供たちとサポーター、そして約20億人の世界に散らばるテレビ観戦者に軽率な行為を詫びた背番号10、我らがキャピテン・ジズゥでありましたが、一方で彼はあの頭突き行為を決して後悔しない、と何度も繰り返し言い続けました。

あの夜の頭突き に至るきっかけですが、ジズゥ曰く、
Je lui ai dit d'arrêter de tirer mon maillot et que s'il le voulait, on pourrait faire l'échange à la fin du match.
僕は「ユニフォームを引っ張るのを止めて」と言い、更に「もし君が望むなら試合後にユニフォームを交換しよう」と言ったんだ
ここら辺はテレビでたびたび流れたジズゥの背後にマテラッツィがべったりついて両脇下からユニフォームを左右に引っ張ったところでジズゥが振り返って何か話したところですね。
とっころがジズゥのこの申し出に対し、
Il a alors dit des mots très durs, des mots qui me touchaient au plus profond de moi. C'était très grave et très personnel. Cela concernait ma mère et ma soeur.
彼はとてもキツい語、僕の心の底の底を突くような言葉を言ってきたんだ。それはとても深刻で、僕の母や姉妹に関するかなり個人的 なことだった。
マテラッツィからのキツい返答でカッチ~ンと来たジズゥは
Au début, j'ai essayé de ne pas l'écouter et de partir mais il a continué à répéter ça deux ou trois fois et les choses se sont passées très vite.
最初、僕はそれを聞かないように努力し彼から離れたけれど、彼はそのキツい言葉を2度か3度繰り返し続け(その後の)事態はあまりに早く過ぎ去った。
んだそうでございます。つまり背後からマテラッツィによる暴言が2,3度繰り返されたので、ジズゥは振り返り彼の胸元めがけて頭突きをしてしまったのです。ジズゥはインタビューで、延長後半残り10分でこんなことをしてはいけないという自覚はあったけれど、自分が抗議しなければマテラッツィが言ったことが正しくなってしまうのであの行為には後悔できないとはっきり言いました。
一方、フランスで知らぬ者はいない団体、SOS-Racisme (SOS人種差別)がこのインタビュー直前まで推測していた、マテラッツィがジズゥを「汚いイスラムテロリスト」と形容したことについてジズゥははっきり否定しました。(残念だったな、SOS-Racisme
FIFA のブラッテル会長がジズゥに与えたMVPの剥奪を考えていることについては、
"Il faut punir les provocateurs. J'ai été provoqué. Je ne veux attaquer personne mais je veux me défendre. On punit toujours la réaction et jamais la provocation.
挑発者は罰せねばならない。僕は挑発された。僕は他人を攻撃したり非難したくないが、僕は自分を守りたい。いつも(挑発による)反動行為が罰せられ、挑発行為は決して罰せられない。
と、ジズゥは締めくくりました。いかにもおフランスな屁理屈ですね。
ジズゥが12日夜テレビに登場する数日前、マテラッツィは彼のシャツを引っ張ったら「そんなにこのシャツが欲しいなら試合が終ったらくれてやるよ」と馬鹿にされたように言われたので憎まれ口を叩いた、というようなことを公言したそうですが、マテラッツィが主張する「くれてやる」とジズゥが主張する「交換しよう」ぢゃ似ているようで意味がだいぶ違います。交換しよう、と言われてカチンと来るものなのでしょうか?で、ジズゥ本人ではなく彼の母親や姉妹の悪口を去っていく背中につぶやき続ける???たとえるなら真夏の蒸し暑い真夜中に蚊の泣き声で目が覚め、真っ暗中で顔やら身体を叩いても蚊が鳴き続けているような不快感に似ているように思いますが、私がジズゥの立場だったら背後から親兄弟の悪口が聞こえてくるのはたまったもんぢゃござんせん。しかも延長後半残り10分で疲労困憊状態だと相手の精神状態を慮らないと自分にはすかしっ屁のような台詞でも相手には針のむしろになったりもします。
щ(゚Д゚щ) ウザッタイカモ・・・・・
この件、C'est la vie. セ・ラ・ヴィ(運命だったのよね)と言えばそれまでの話でありますが、SOS-Racisme が騒ごうとした「イスラムテロリスト」にしてもジズゥはミュヂュルマンの家庭に育ったけれど9.11の容疑者とは同胞ではありません。アルジェリア出身と言ってもカビル族なのでベルベル・アラブ族とは異なります。ジズゥがこの件をはっきり否定したところでSOS-Racisme の目論見はあっという間に蒸発しちゃいました。これはジズゥの勝ちです。
よくやった、ジズゥ。
あの決勝において体格もろもろでマテラッツィがジズゥをマークすることになっちゃったのも運命でしょうが、イタリアでは当たり前の母親や姉妹への罵詈はフランスに限らずイスラームの家庭に育った男児には通じません。いえ、フランス語にも
b0070127_1658758.gif...Ta mère   ...タッメ~ル

「...てめぇの母親はよぉ」と公衆でつぶやいただけでナンピトからも冷ややかな視線を集めることができますし、この基本文章「タッメ~ル」に公共放送でP~♪なあらゆる挑発形容詞をくっつけることもできますわよ。兎に角、世界にちらばるイスラームの家庭における偏愛とも呼べる女家族の男子への特別な愛情のかけ方はつとに知られていることです。ジズゥも一度はユベントスに所属した男ですからイタリアのその手の女性蔑視話法くらいは知っているでしょう。5年もいたんだぜ?罵詈を一度聞けば十分理解しているのに、不快を悟ったジズゥが離れる道を選んだことでその背に同じ罵詈をつぶやき続けるのは
щ(゚Д゚щ) ヤッパリウザッタイカモ・・・・・
イスラームでは「わからない相手にはまず態度で示せ、それでもダメなら言葉で説明せよ」と言われているそうなので、これも私たちの常識とは異なる順番だと思います。まして女性が「或る職業」だとしたら公開石投げ刑だったはず。
ガクガク(((( ;゚Д゚))))ブルブル
「僕のママンがそんなはずない!」とジズゥのつるっぱげ頭からなぜか怒髪天突くのもイスラームでは当然です。実際、TF1のインタビューでジズゥはあえて「Ma mère マ・メール、=私の母」ではなく「Maman ママン」という幼児語を用いて母親弁護の意見を主張しました。
翌日、ジズゥのママン、マリカさんが「Yazid ヤジド(=ジズゥの本名)は私の名誉、家族の名誉を守っただけ。マテラッツィに対する嫌悪感だけが残る。彼が言ったことが本当なら、急所を切り取りたい」とおっしゃったのも、イシュマイルパパが「人生は瞬間で変わる。イタリア人が何か言って息子も戦闘態勢に入った」とおっしゃるのも、イスラームの世界なら至極当然でございます。だってジズゥがとった行動は「かみさまのいうとおり」だもの。
おまけに接触プレーをたしなめたジズゥにマテラッツィが「お前のシャツより、お前のかみさんのシャツを脱がせたい」と言い返したんだとしたら、イスラームのおエラいさん方にしてみれば「こんな愚かな異教の♂がいるから、イスラームの婦人は公衆でチャドル、ブルカ、せめてスカーフをかぶってその卑しい目を反らせ」となります。御尤もかも。
ジズゥ、マテラッツィ双方疲れきっていて、汗べっとりぐっちょりのユニフォームを触ったり触られたり、もしかしたら二人とも意識朦朧だったのかもしれませんが、マテラッツィは地雷を埋めて自ら踏んでしまった形になりますか。彼の母国では笑って済まされることも他国人には笑って済まされず、ましてこの事件が起こった現場はイタリアではなくドイツです。しかも今大会開催における FIFA のスローガン はこれ↓でした。
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試合前の国歌斉唱後、このプレート↑と共に両チームの選手が揃って写真を撮りつつ宣誓するのは誰もが見ていたことです。宣誓してから90分を過ぎ延長後半残り10分だったとは言え当初の宣誓を忘れるような言動をとってしまうのは迂闊すぎます。
今のところ、ジズゥのレッドカードのみでマテラッツィは「うやむやな伊太利亜♂」状態ですが、来週7月20日チューリッヒにて両者から証言を聞くとFIFA が発表したのでまだピリオドは打てない話のようです。どうなりますことやら・・・。

le 14 juillet 2006, Camille


おフランスより日本でこの件が大騒ぎになっているのがちゃんちゃらおかしかったりなんかして。日本の道徳で善悪裁判しても、それは世界の道徳でも常識でもないのであります。
ましてイスラームの生活慣習や道徳は  ..... _| ̄|○ イカ、ジシュク

【参考文献】
フランス語系人のBO-YA-KI
 : 金沢大学の粕谷祐己先生のブログです。
マテスレ : マテ兄貴の伝説 キタワァ*・゜・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜・*

【Rétroliens*Trackbacks】
*知れば誰でも激怒する、これが中国だ! : 今の日本にかけているもの
*おもきち : 言ってはいけないこと
*じゅんたろうレター : ジダン切れる!
*園丁日記 : それが出来なかった殿御?

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by ma_cocotte | 2006-07-14 03:25 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(44)
平和だからこそ。
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日本で「大統領」として知られるヂャック・シラク氏はフランスではしばしば

 Chef de l'état シェフ・ドゥ・レタ  

と呼ばれます。
Chef de l'état を日本語に訳すと「国家元首」なんでありますが、国家元首であらせられるシラク大統領閣下は7月1日、9日と8日間に2度も世界玉蹴り競技会で勝ち進むフランス共和国軍(笑)の応援にお出ましになりました。
8日間で2度も玉蹴り見物に行けるなんて凄い!と思いましたが、時差のない隣国だからこそのお気軽出張だったのでしょう。4年後の南アフリカぢゃ、そうは行かないだろうけれど、そうは行かせちゃうのかな?4年後はチエリ・アンリ Thierry Henri あたりがキャピテンでしょうか。
がーぶちょん♡ に楽しみぢゃの。

7月1日に国家元首シラク閣下がお出ましになりフランスはブラジルに勝ってしまいました。
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続いて7月5日の準々決勝、対ポルトガル戦にはシラク氏ではなくドミニク・ド・ヴィルパン首相が応援にいらっさいました。正直ぶっちゃけて申し上げますと今年に入って 疫病神に取り付かれたような毎日を過ごしているド・ヴィルパン氏 が応援に来ちゃったら
西 はもうダメ
と覚悟した私でしたが、なんとフランスはポルチュガルにも勝ってしまいました。おそらくド・ヴィルパン氏にとって今年一番素直に喜べた事実だったと思われます。試合直後のインタビューでお声が裏返っておりました。この日はモナコのアルベール大公殿下(← きょうで即位一周年)もおでましで、とても華やいだ印象の観客席でありました。

7月9日の決勝戦は国家元首であらせられるシラク氏がベルナデット夫人と共にベルリンまで応援にお出ましになり、ド・ヴィルパン氏は首相官邸マチニヨンでのテレビ観戦となりました。いくら決勝戦とは言え、大統領と首相が揃って国を空けるわけにはいきません。これがエラいひとのつらいところでありますね。フランスではエラいヒトやお金持ほど生活に制約があることで知られています。

そして、こちら↓はベルトラン・ドゥラノエ Bertrand Delanoë 氏、花の都はお巴里の市長さんであらせられます。
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中道左派の左側に座すドゥラノエさんは大スクリーンを掲げた会場で民衆と共に応援することを決勝まで続けました。大統領、首相、首都の市長がここまで試合を楽しめるのも大会開催中に暦が7月となり、フランス共和国がヴァカンスシーズンに入ってしまったおかげでしょう。毎年7月、8月のフランスはいつもにもまして鈍足な仕事運びになるのが常です。

もし日本のナショナルチームが世界玉蹴り競技会の準々決勝、準決勝、決勝まで勝ち進んだとして日本政府は臨機応変に閣僚の出張応援を認めることができるのかしら?とちらり想像もしました。約10日間に3回の試合となりますが、もし今年だったら西の方からミサイルなんかがぶっぱなされたので応援なんて無理だったでしょう。もし首相が応援に行っても行かなくても、国民から非難轟々轟!なのがきょうびの日本のような気もします。
自由って素晴らしいね。
前々回のフランス大会で優勝したとは言え、前回の日本韓国大会で予選落ちしたフランスが4年後にまさか決勝まで残れるとは誰も思わなかったけれど、エラいひとからココんちの仏蘭西♂まで子供のような表情でフランスの行く末に一喜一憂する姿はなかなか傍観し甲斐のあるものでした。世の中が平和であればこそ素直に楽しめる一か月なのかも。この一か月、日本國だけでなく世界各地で不穏な緊張感が流れまくっています。悲しい予感さえします。
どうか4年後の地球が平和でありますように。こうしてワールドカップを楽しめますように。
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4年後は美少年かも...よろしくてよ、よろしくてよ ♡

le 12 juillet 2006, Olivier

Photo d'ouverture : AFP/DDP/STF
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by ma_cocotte | 2006-07-12 04:05 | 『?』なたわ言 | Comments(4)
それを言っちゃあオシマイよ。
な台詞をマテラッツィさんちのマルコ坊やがそれはしつこくジズゥに囁いたので、うざくなった

ジズゥが  ガツン と一発!  ブチかましたらしい。
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伊太利亜♂がクドくなるのはこれぞと決めた♀を手中に収めるまで愛を囁き続ける時だけなのかと思っていたけれど、ジズゥにまでクドくクドくとは。確かにジズゥは同性であっても、同じ球蹴りアスリートであっても「ひとめ惚れ」しちゃう♂ではありますが、だからと言って頭突きされるまでクドクドと挑発文句を囁くってぇのはクドすぎです。フランスにおいてジズゥは静かすぎるキャラクターで知られており、マテラッツィもジズゥの性格をよーく知っての上での挑発行為だったのかもしれません。もしマテラッツィがシセ Djibril Cisse に変なことを言ったら頭突きどころか下顎目掛けてのアッパーパンチでノックアウトだったことでしょう。囁き続けられるどころか一度うっかりポロっと言っちゃったところでシセの瞬間ボンバーだったと思われます。もしマテラッツィがそう簡単に着火しない敵を選んでチャッカマンのごとく
"T'es sale terroriste" お前は汚いテロリストだ。
と火が点くまでぶちぶち言うというのもなんだか肝っ玉小さいイタ公に思えたりもします。しかも頭突きされてのドラマチックな倒れ方がいやはやなんとも俳優さんのようでした。

兎にも角にも世界玉蹴り競技会決勝から一夜明け、おフランスのニュウスでは繰り返し
Qu'a dit Materazzi à Zidane ?
「マテラッツィはジダンに何を言ったのか?」と題して、ジズゥの頭突きはマテラッツィに une injure raciste 人種差別的罵詈雑言によるものであるが何をズバリと言われたのかという真相は数日後に行われるであろうジズゥの記者会見で明らかになるだろう、という踏ん切りの悪いまとめを流し続けています。静かなジズゥがこんなことをしたらどうなっちゃうかわかっちゃあいるけどあえて頭突きして退場になったのはマテラッツィに耳元で何か言われたからであって、その「何」がだいたい想像つくのも共和国民なんであります。試合終了直後から一貫してジズゥを擁護するシラク大統領の態度でも推測はつきます。いつだったかパリで行われた国際親善サッカー、フランスvsアルジェリア戦において観客からの国歌斉唱時の嘲笑行為で激怒したシラクさんがこうしてジズゥを庇い続けているのを見れば「あっは~ん?」な挑発単語しか脳内をかけっこしません。

マテラッツィがおそらくジズゥに囁き続けたであろう差別を連想する挑発単語の数々は実は ジズゥには該当しない 単語です。なぜならジズゥはアルジェリア系二世のフランス共和国民とは言えマグレブ・アラブ系でもなければ、9.11容疑者の祖国の出身でも同胞でもありません。自分に微塵もあてはまらないことを何十分も自分のそばに来るたびに言われたら、頭突きの一発もウザい蚊のような某にぶちかましたくなるかもしれませんね。マテラッツィも愛するジズゥについて下調べしてから振り向いてもらえる言葉を囁かないと、かえって無知が露見して叶う恋もこういう決定的破局を招くことになります。イタリアでは「うちの息子に限って」とひたすら庇い続けるマルコの父ジュゼッペ・マテラッツィ氏が注目されているようですが、サッカー親子鷹なのね、ジュゼッペとマルコは。いずれにせよ、息子はパパを悲しませるようなことをしちゃいかんが、父ジュゼッペもマルコに負けず劣らずの「おぬしも悪よの」顔だわよ。

こんな事件に巻き込まれてレッドカード退場になっても、準優勝チームの選手であるにもかかわらず今大会のMVPにジズゥが選ばれたことは何があってもジズゥを庇いきれるだけの屁理屈が既に整っているからかもしれません。ほぼ絶対間違いなくジズゥが試合中に聞き続けた囁きは「とんだトバッチリのいい迷惑」語録でしょう。この話がどう展開していくのかもそっとを拝見するといたします。

もちろん決勝戦翌日の朝からフランスでは敗因について識者によって語られていますが、大方の意見は、決勝戦でフランスは白のユニフォームを着用していたにもかかわらず応援団は
Allez, les Bleus ! アレ・レ・ブルゥ!"
とフランスの正ユニフォームの色「青」のイメージのまま「青、行けーっっ!」と応援を続けたのだから青のユニフォームを着用していたイタリアが優勝して当然だ、と言うものです。
...アホちゃいまっか?
つまり、競技場の観客すべてがイタリアを応援していたことになるぢゃあないか? 
おフランスってやっぱり、かなりの「おマヌけ」かも。

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*あんとに庵◆備忘録 : [社会・時事]ジダン頭突き事件とか



le 11 juillet 2006, Benoît ← 教皇さま、おっめでとー♪

Photo d'ouverture : Zinédine Zidane regardant Marco Materazzi à terre, lors de la finale du mondial de football 2006 - AFP/DDP/STF
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by ma_cocotte | 2006-07-11 03:19 | 『?』なオイロッパ | Comments(24)