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ボクを何だと思ってるンだい?
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・・・実はボク、
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by ma_cocotte | 2007-01-30 00:09 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(8)
Platini: "C'est une grande victoire" 大いなる栄光はプラティニのもの
選ばれちゃいましたね、プラティニが。
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Photo par AFP, vendredi janvier 26, 17h19

フランス共和国を代表するサッカー選手のひとりであるMichel Platini ミシェル・プラティニが26日夕方、UEFA 欧州サッカー協会会長に選ばれたのでした。対抗馬であったスウェーデンのLennart Johansson レナアト・ヨハンソン氏はなんと1990年から2007年1月26日夕方プラティニが新会長に選ばれるまでの17年間ずううううううっとこの協会の会長職でした。

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すっごおおおおおおおおおい。長すぎいいいいいいいいいい。


「まだ続ける気だったんかい?」のヨハンソン前会長は御年77歳ですから会長職に就いた時は60歳。こんにち選ばれたプラティニはきょうびたったの51歳なので、
Une petite révolution pour le football du Vieux Continent.
年老いた大陸のサッカーのための小さな革命
と、Le Figaro ル・フィガロ紙に書かれたのも理解できます。52人の票のうち、プラティニは27票、ヨハンソン氏は23票(無効2票)という僅差によるプラティニの勝利で、就任決定直後にシラク大統領が大喜びの祝福メッセージをプラティニに送ったそうです。

はてさて、なぜ私がプラティニと親しげに呼び捨ててしまうのか、というと、私にとってのプラティニと言えば1985年12月8日国立競技場で行われたトヨタカップ に出場したJuventus ユヴェントス のプラティニなのです。私が生まれて初めて見たもんのすごい試合でした。感動しました。何に感動したって、
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試合中、いきなり芝生に寝そべったプラティニに。

いっくらゴールに失敗したからとて突然ソコに寝そべっていいんかい?と思うと同時に、コイツぁ、日本人ぢゃないぞっと、彼の寝そべり方から漂う独特な色っぽさに目が覚めたのでございました。(あ、自分は自室でポテチ食べつつ寝そべりながらその試合を見ていました)

それから15年近く経って私はフランスに住むようになりテレビでたびたびプラティニを見ることができるようになりましたが、あのユヴェントス時代のめっちゃ格好いい背番号10番のプラティニとはまるで違う、貫禄あるおぢさまに彼はなっていました。でも、こうして今日、UEFAの会長に選出された瞬間のプラティニの写真を見ると、やっぱりこのヒトはどこか色気のある仕草をするヒトだなあ、と改めて感じ入ってしまいました。

ミシェル・プラティニ新会長はUEFA に新しい改革の渦を巻き起こすのでしょうか?


le 27 janvier 2007, Angèle

プラティニがUEFA の新会長に選出されたニュウスが流れるたびにココんちの仏蘭西♂は大騒ぎしているので、共和国のサッカー小僧には身ぃ悶えるほど喜ばしいニュウスだったのだと思われます。傍で見ていると滑稽でありますが。←天誅?
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by ma_cocotte | 2007-01-27 05:50 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
Adieu と言う前に Au revoir
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L'abbé Pierre ピエール師の葬儀ミサはきょう26日午前11時(日本時間同日19時)よりパリのノートルダム大聖堂で行われることになっています。これに先立ち24日から葬儀直前までピエール師が帰天されたパリ5区のフランス共和国軍病院(Val de Grâce)内のチャペルにピエール師が納められた棺が置かれ、一般弔問が始まりました。

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共和国軍病院のチャペルまで弔問の人々の長い、長い列が作られ、途切れることはありませんでした。

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棺にむかって聖水をかけるヒト、花束を置いていくヒト、ひと、人。弔問に訪れたのは世界中のあらゆる人々と言っても良いでしょう。

フランス語では永遠の別れの際にAdieu アデュを使い、いつかきっと会えるならAu revoir オ・ルヴォワを使います。Adieu って à Dieu が語源かなあ、なんてくだらないことがふと頭に浮かんだのでありました。

23日正午、風刺画HP Chappatte シャパトゥ にこのような絵が掲載されました。
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合言葉は”Saint Pierre!"
聖ピエール(=ペトロ)とピエール師@天国の門前 ψ(`∇´)ψ


好きだわ~。ヾ(`◇´)

le 26 janvier 2007, Paule

フランス共和国内では国営放送 France 2 と民放の雄 TF1 で午前10時より葬儀終了まで特別生番組が放映されます。
日本からはWindows 環境であれば、以下の2URL でビデオ中継をご覧になれます。

▼Le jour du Seigneur : http://www.lejourduseigneur.com/
▼KTO : Messe de funérailles de l'abbé Pierre ←生中継



ノートルダムでの葬儀ミサにはシラク大統領夫妻、ド・ヴィルパン首相(マルセイユ出張を中止したそう)はじめ与野党政府要人が参列されます。

Les photos par AFP JOURNAL INTERNET
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by ma_cocotte | 2007-01-26 16:27 | 『?』なKTOりっくん | Comments(12)
週明け早朝の波紋 L'Abbé Pierre est mort
日本でも知られる慈善団体「Emmaüs エマユス」を創立したl'abbé Pierre ラベ・ピエール(=ピエール師)が今朝5時25分、入院先のパリ市内の病院(Val-de-Grâce ヴァル・ド・グラス、仏軍病院として知られる)で帰天されました。94歳。
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彼の帰天から2時間ちょっとしか経っていないフランスはまだ夜明け前ですが、テレビ・ニュウスのトップは常にこの話題で、中継先と上手く連携できないなど動揺が視聴者に丸見えの状態です。

というのも、フランスでは毎年、共和国民に愛し慕われる男女が発表されますが、ピエール師は近年常にトップの人気者でした。「でした。」と過去形になるのは数年前、ピエール師本人がセクシュアリティの過去を告白したというスキャンダルがあったからです。この告白が公表される前まで、フランスではピエール師は間違いなく近い将来、列聖(カトリック聖人になること)される、と確信していたからです。90歳を数年過ぎてからの告白が騒ぎになるのも私には奇妙に思えたけれど、このスキャンダルが流れてからピエール師はめっきりテレビ画面に登場しなくなってしまいました。それどころか、一昨年のパリ中心で多発した火事について、この火元のアパルトマンが実はエマウスが貧者に貸している物だ、という話が流れ、これまで半世紀近く輝いていたピエール師の存在がますます小さくなってしまった感があります。

ピエール師の本名はHenri Grouès アンリ・グルエ、1912年8月5日リヨンで生まれました。16歳の時フランシスカンになりたいと召命を感じ、17歳と6か月を過ぎてその気持を告白したそうです。1931年、彼はカプチン・フランシスコ会に入会しました。第二次大戦中のピエール師は1942年、二人のユダヤ人から救いを求められたのをきっかけに翌8月からユダヤ人をスイスに移動させる活動を始め、これをきっかけにレジスタンス運動に身を投じ、スペインを抜け、アルジェでド・ゴール氏(後の共和国大統領)と落ち合ったらしいです。この時の偽名がl'abbé Pierre ラベ・ピエールで、以降、彼のこの偽名が彼の愛称になったのです。

戦後すぐ彼は地方政界に進出したこともありますが、1947年に作家Albert Camus アルベール・カミュ、André Gide アンドレ・ジドゥと一緒にla Confédération mondiale という地球規模の連邦主義者運動を始め、副会長となりました。その2年後、パリ市内に溢れ代える浮浪者を救済する慈善団体Emmaüs エマユスを創設、世俗信者と聖職者が手を取り合って浮浪者(=フランス語ではSDF、Sans Domicile Fixe の略)の社会復帰を支援するという画期的な試みを始めました。それは世俗家庭の不用品をEmmaüs エマユスが引き取り、浮浪者によってそれを修繕し、生き返った物を売店で廉価で売るという仕組です。リサイクル運動に加えて、SDFの手に職をつけて自立させるというこの一粒で二度も三度も美味しい運動は世界中にあっという間に広まりました。
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写真は2002年1月8日エリゼ宮でのヂャック・シラク大統領とピエール師です。シラクさんはピエール師の帰天を知ってすぐ
"avec cette disparition, c'est toute la France qui est touchée au coeur. Elle perd une immense figure, une conscience, une incarnation de la bonté".
この喪失によって、フランス全土が衝撃を受けた。フランスは無限の人物、良心、善良の化身を失った。
とコメントを発表しました(全文は下記参照のこと)。
今朝の速報を追ってみるとLe Monde ル・モンド紙では"Jacques Chirac "bouleversé" par la mort de l'Abbé Pierre"、つまり「ヂャック・シラクはピエール師の死で動転」という見出しが出てしまったし、Le Figaro ル・フィガロ紙には"L'abbé Pierre, une vie de tous les combats"、「ピエール師、全て闘いの一生」と掲載されています(もちろん、速報版です)。今さっき、国営放送France 2 の情報番組でも今日午前中はピエール師に関する情報に注視されたし、と締め括られて番組を終了しました。ピエール師の帰天によってフランスのカトリック離れは更に加速する・・・いや、まだエンマニュエル修道女がいらっしゃる。今年99歳になられる。もうしばらく活躍されたし。

le 22 janvier 2007, Vincent

午前7時すぎにヂャック・シラク大統領からピエール師の帰天についてのコメントが発表されました。

▼AP電第一報は以下のとおり。(仏文ですのであしからず)▼
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by ma_cocotte | 2007-01-22 15:58 | 『?』なKTOりっくん | Comments(15)
ヒラリ!と出ますか、クリントン。
ヒラリー・クリントン上院議員が2008年の合衆国大統領候補に立候補するそうで。彼女が立候補するチャンスは前回大統領選であったはずなのにミスキャストでケリーなんか出ちゃったから、今回の立候補話は「機」熟しすぎての決断でしょうか。「機」が腐る前に何とかした方が良いですね。
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1947年10月26日イリノイ州シカゴ生まれのヒラリーさん、本名はHillary Diane Rodham Clintonとおっしゃる。Rodham が旧姓です。彼女の名前ヒラリーですが、Saint Hilary で検索すると St. Hilary of Poitiers が最初に引っかかります。偶然ですが、先日このブログで紹介した Saint Hilaire が彼女の名前の由来に当たる人物です。(よろしかったら→ http://malicieuse.exblog.jp/6328713)聖ヒラリー教会博士は「Patron against snake bites 噛み付くヘビから身を守るための守護聖人」というのも例のモニカ・ルインスキィちゃん事件を思い出しても思わずニヤリな偶然でございますな。

さて、ヒラリー・クリントン女史が2008年合衆国大統領選挙に出馬するであろうと想定して、彼女が合衆国弁護士100傑であることや前大統領夫人であること、現在上院議員であることなどはあまりに知られていることなので、この場ではアメリカ大統領選挙では欠かせない要素である宗教面から傍観してみましょう。
前回大統領選挙では共和党の子ブッシュは表向きが南部メソジスト、裏向きが福音派で、民主党のケリーはローマン・カトリックという対決でした。余談ですが、パパブッシュは南部メソジストに加えてテレビ伝道者で知られるビリー・グラハム信者、弟ブッシュは妻の影響でローマン・カトリックに改宗しちゃったという大英帝國のエリザベス二世女王と遠縁にあたるほどの名家ブッシュ家は宗教においては迷家と化していたのでありました。

ヒラリーさんはメソジストの信者で、生まれてから現在に至るまでメソジストの宗旨に則った生活習慣を守り続けているそうです。
メソジストってぇのはヂョン・ウェスレーが英國国教会から分かれて創設したプロテスタント宗派で、英國では当初労働階級で流行したものの、大きく発展したのはアメリカにメソジスト教徒が移住してからになります。
1789年、アメリカ大陸で初めて上下院が誕生しましたが、この第一期上下院議員(任期1789-1791)の宗旨を調べてみますと、全上院議員29名の内訳は
アングリカンが13名(44.8%)、組合教会が4名(13.8%)、長老派が3名(10.3%)、メソジストが2名(6.9%)、カトリック、オランダ改革派、クエーカーがそれぞれ1名で各3.4%、未確認が5名で17.2%
だったそうです。同様に第一期下院議員の宗旨内訳は全66名のうち、
アングリカンは24名(36.4%)、組合教会が7名(10.6%)、長老派、クエーカー、オランダ改革派がそれぞれ3名(各4.5%)、カトリック、ルター派が各2名(各3%)、ドイツ改革教会、ユグノー、カルヴァン派が各1名ずつ(各1.5%)で、他の20名は未確認(30.3%)
だったそうです。この数は今から218年前のものになりますが、今では「ど、どこにいるの?」なユグノーやピューリタン(カルヴァン派系)の名前があることでも「過去」だということがわかります。
さて、第109期(2005-2006年)の米国上下院議員の宗旨一覧を見てみますと、上院(100名)下院(435名)のうち、
カトリックが上24名/下134名、バプティストが上7名/下68名、メソジストは上11名(ヒラリーさんもその一人)/下50名、長老派が上15名/下37名、国教会が上10名/下32名、ユダヤ教が上11名/下26名、ルター派は上3名/下18名、モルモンが上5名/下11名、組合教会が上6名/下11名、ストーン・キャンベル系が上1名/下6名、クリスチャン・サイエンティストが上0名/下5名、東方正教会が上2名/下2名、アッセンブリィ・オブ・ゴッドが上0名/下4名、ユニテリアンが上1名/下2名、改革派が上0名/下2名、セヴンスデ・アドヴェンチストが上0名/下2名、アフリカンメソジストが上0名/下2名、福音派が上1名/下1名、クエーカー、キリスト共同体、ゴスペル派、ナザレン、キリスト教第団、サイエントロジスト、教会共同体はそれぞれ上0名/下1名、マクリーン聖書教会は上1名/下0名 
だそうです。この第109期の上下院議員のうち、プロテスタントと漠然と答えた者が上1名/下20名、同様に単にクリスチャンと答えた者が上0名/下5名、回答無しが上0名/下4名だったそう。
上下院議員535名からカトリック、ユダヤ教、東方正教会、モルモンやサイエントロジストを引くと「プロテスタント」ではありますが、このリストでわかるようにプロテスタントは細かい宗派にわかれているので一概にプロテスタントの信者数が「力」に例えるのはどうかなあ、と思います。第一期と第109期を比べるとなんとまあ宗派名が増えたことでせう。独立当時は誕生していなかったマスメディアを利用したキリスト教宗派やモルモンやトムたんのサイエントロジストも登場します。この210数年でローマン・カトリックさんは頑張りましたが、組合派や改革派が後退したのは明らかかも、です。

ヒラリーさんが信仰するメソジストはアメリカ建国後現在まで常に上位3,4位あたりを占めていますが、歴代大統領42名の宗旨となると以下のようになります。
国教会 11名(26.2%)、組合教会 10名(23.8%)、メソジスト 5名(11.9%)、バプティスト4名(9.5%)、ユニテリアン 4名(9.5%)、ディサイプル派 3名(7.1%)、オランダ改革派 2名(4.8%)、クエーカー 2名(4.8%)、組合派 2名(4・8%)、カトリック 1名(2.4%)、エホバの証人 1名(2.4%)
以上っっ!大統領となるとカトリックはダメダメで後にも先にもあのケネディちゃんだけ。ヒラリーさんのメソジストは大統領宗旨においても第三位なので、こりゃ作戦次第では2008年は行けるんぢゃないでしょうかね?急成長の新興系キリスト教をどう扱うかにかかっているかもしれませんが。それにしてもエホバな大統領なんていたの?とヴぃっくり。なんとあのアイゼンハウワー大統領だそうでございますよ。

で、ヒラリー・クリントン女史ですが、夫さんのビル・クリントン氏(彼の本名はWilliam Jefferson Clinton)はメソジストではなくバプティスト信者です。どうも例のルインスキちゃん事件の時に、ヒラリーさんの内心には「根底倫理が夫と違う」という割り切りがあったとか。夫婦であれ、信仰がなんであれ、いずれにせよ、ヒトは弱い者、死ぬまで完全ではないってことなのではないでしょうかねぇ。

ヒラリー女史の家庭のことはヲッチしたところでどうなるわけでもないのでココまでにして、2008年合衆国大統領選。女史がこれからどのような政策を出してくるかが注目どころでしょうが、子ブッシュの出したもんを拭わねばならないという使命はヒラリーさんだけでなく後任大統領になった者は誰でもきれいにするまで苦労されることでしょう。・・・と、考えると、子ブッシュっておむつの取れないベイビィなんだとつくづく・・・(以下、自粛)

le 21 janvier 2007, Agnès

【参考資料】
◆ Religious Affiliation of U.S. Congress
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by ma_cocotte | 2007-01-21 23:43 | 『?』なエイメリカ | Comments(9)
ユーロよ、初心忘れるべからず。
高すぎクンの強すぎクンである。
それもぶった切りたいほどの「高すぎ」であり「強すぎ」である。

あてくしは毎朝6時から1時間、France 3 で放映される Euronews をぼけーっと見るのが習慣だけれど、このニュウスは30分ものが二度流れる仕組になっており、最近はBourses ブルスのコーナーで目が覚めることが多くなった。1度目に見て「・・・へ?まっさか」と疑いつつ、2度目に見ると「・・・っげっ!(゜Д゜)」とお目目ぱっちりになる。日経平均が155円@1ユーロって、あーた・・・。あてくしのような一般人が両替所に行ったら買い(=円をユーロに替えること)が1ユーロにつき約157円計算、売り(=ユーロを円に替えること)が1ユーロにつき約153円になるってことだよね・・・。

おかしいよ、こんなの。なぜ放置されているんだあ?

何がおかしいかってユーロがこの世で使えるようになった時、2001年のことだったと思うけれど、確か135円@1ユーロだった記憶がある。しかも謳い文句が「米ドルと同等の強さ」だった。が、現在はどうだろう?円に対し1ユーロが約155円平均で、米ドルは約119円平均だ。1単価につき35円強も差が出ている。いいのか、おい?

私は日頃、円を忘れてフランスで生活している身であるが、2001年以降、年々生活は苦しくなっている。スーパーではなく普通のパン屋さんに飛び込んでバゲット1本を買えば0.70サンチームを求められる。1ユーロは6.55957フランだから約4.59フランである。アホ言うんでね。この世にユーロなんて単位が出来る前はバゲットは3フランで買えたんだ。2001年より前、そう20世紀の終わり頃のフランスは散歩していてライトに疲れればふら~っとカフェに入って一服できたもんだ。パリはフランス共和国のショウウインドウ都市なので例外だが、フランス人のためのフランス国内の市町村のカフェでは7~8フランも払えば、フレンチエスプレッソなカフェが飲めた。当時、1フランは約18円だったから150円払えば釣りが来る、その釣りをチップで置いて行くような感覚だ。とっころが現在、フランスのド田舎のカフェに飛び込んでカフェを頼むと1.40~1.50ユーロだからして、日本円に換算すると235円置いてもお店から出て行けない。「お客さん、足りませんぜ」と言われちゃう。

以上、例に出したバゲットもカフェも共和国民が平等に食し、楽しむ食品と政府が決めているからこれでも「良心価格」なんである。それでもフランス共和国民はユーロになってから年々締め付けられる家計を実感しているし、ニホーンびとの私なんてユーロからフランに直してみたり、ましてやユーロを円換算することが恐くてできなくなった(実際のところ、フランス共和国内に滞在するニホーンびとはユーロ後、入国したヒトがマジョリティになりつつあるが)。政府の言う「良心価格」のどこが「良心」なのだろう?魂を売っているとしか思えん。

正月だったか久しぶりにマクドナルドに行った。ビッグマックセットを頼んだ。果てしなく7ユーロに近い6ユーロw/t小数点という価格だ。うっかり日本円に換算してしまうと1100円で1円おつりが戻る程度になる。夫の口だと3口で終わるビッグマックとフライドポテト、ドリンクで1100円。まくどにせんひゃくヰぇん。(T_T)
異常としか思えない。
とてもぢゃないけれど、今の私にとってフランス国内のマクドナルドは手軽なファストフード店からは程遠い存在だ。フランスでこうなのだから、スペインやギリシャなどフランスより物価の安かった国々ではどうなってしまっているのだろう?今年1月1日から欧州における最貧国ルーマニアとブルガリアが加盟した。通貨統合により彼らもユーロを使うようになる。が、大丈夫なんだろうか?EU圏内の物価が両国に流れることで国民はその流れの早さに付いて行けるのだろうか?EU加盟ということで両国の生活事情などをテレビで拝見したがヒビやらひずみが生じないことを祈るばかりだ。

今年はフランス共和国大統領選挙の年で、やたらミギのサルコぢとヒダリのセゴ姐の対立みたいに言っているけれど、実は共和国内ではこやつら二人は政党が違うだけで方針はほぼ同じと薄笑いを浮かべて語られ始めている。共和国大統領は外交が主な仕事になるから、正直なところこの異常物価高騰をEUで問題視しユーロをなんとか修正してくれる才能を持つヒトが大統領になるといいと思う。共和国内に住む人々にとっては内政による生活改善に期待するのが当たり前なんで、「大統領より、新大統領によって首相が誰になるのか興味ある」と言うフランス人の方が多いかもしれない(少なくとも私はこちらの発言を多く耳にしている)。故に、大統領候補の中にはEU脱退やらそこまで過激でなくてもEU再考を挙げる候補者もいるので、彼らのユーロ考については耳の穴かっぽじって目を拭いて注視聴したい。
てか、日本國側もユーロに対して何とか動いてちょーよ。
が、ユーロもココまで栄華を極めれば必ずトコトン没落する日が来るはず。それが世の常。盛者必衰の理をあらはすんだよーだ。ったく、ユーロよ、中庸がエエのに愚か者めが。ψ(`∇´)ψ

le 20 janvier 2007, Sébastien
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by ma_cocotte | 2007-01-20 16:31 | 『?』なオイロッパ | Comments(13)
和食ではなく日本食の正統派@ふらんす

こんな記事を見つけました。

正統派和食店を推奨=乱立する偽物に対抗-仏
1月16日15時0分配信 時事通信

 【パリ16日時事】日本食ブームで和食レストランが林立するフランスで、正統派の日本料理店だけを選別する試みが実現、16日に日仏の料理関係者やジャーナリストでつくる委員会が50店舗を推奨し、新たに発行されるガイドブックで紹介する。
 推奨されるのは、パリ市内の41店と地方の9店。これら店舗には、同委のお墨付きを得たことを示す、手ではしを持つ図柄をあしらったステッカーが与えられ、顧客に対してほかの店との差別化を図ることができる。 


承っておきましょう、ちゃんちゃん♪ な記事ですが、文末のこちら
顧客に対してほかの店との差別化を図ることができる。 
は、いかがなものかと。他店との「別」ではなくて「別」ではないのかしらねぇ?食べ物の話題なのに〆で不愉快になりました。
もうひとつ同じ話題の別記事にはこのように書かれていました。

<日本食>正統派選ぶ試み始まる 50店ネットで公表 パリ

1月18日10時51分配信 毎日新聞

 【パリ福井聡】「日本食レストラン」を名乗る店が600店にも上るパリで、正統派の日本料理店を選ぶ試みが16日、始まった。日仏の料理関係者やジャーナリストでつくる「日本食レストラン価値向上委員会」(委員長、アラン・コアン仏財団事務局長)が第一弾として同日、ネット上で50店を公表した。新たに発行するガイドブックでも紹介する。
 同委員会が同日公表したのは、パリ市内の41店と地方の9店。複数の覆面委員が店を訪れ、▽日本的な店舗や雰囲気▽日本料理の有資格者の有無▽メニューに日本食としての質や多様性があるか▽米やしょうゆ、酒が日本製か、それと同等の品質か――など18項目に及ぶ基準を点数化し、50点満点で7割以上取得した料理店を「日本食レストラン」として推奨した。
 同委員会はこの制度について「フランスの一般消費者に正統な日本食を提供する店の道しるべを提供し、日本食や日本文化の認知の向上や浸透を図る。日本食の料理人にチャレンジする機会を提供し、日本からの食材の輸出振興にも寄与したい」としている。
 日本食を巡っては「正統派でなくてもいい」「食の好みを選別は出来ない」の声もある。輸出振興促進の立場から同制度を支援する日本貿易振興会(ジェトロ)パリ事務所は「リストは店の良しあしではなく、あくまで日本料理店としての基準。日本人の間でも日本食にこだわる人と寛容な人とでは受け取り方が異なるが、中には中華料理店を急きょ改造したような店もあるため、一応の目安となる」としている。
 同委員会は今後も「日本食レストラン」を推奨していく。同委員会のホームページは「http://www.cecj.fr」。


文末のURLを記事のまま載せましたが、存在しないみたいですね。変なの。

この記事によると
リストは店の良しあしではなく、あくまで日本料理店としての基準。
のようですね。店の良し悪しではなく日本料理店としての基準ならやはり差別より区別の方が適した語だと思います。

それにしても花の都お巴里には600軒も日本食レストランがあるのですか。改めて驚きました。私が初めて巴里観光した時にはオペラ座近くの路地を入ったところに在仏日本人に知られた和食屋さんがあり、私が訪れたのは11月末だったのでそのお店自慢のお鍋を食べた記憶があります。近年、テレビで日本食、特にお寿司が紹介されることがたびたびありました。何でもパリの華やかな世界でアペリティフにお寿司が出されることが増えたそうです。数日前はFrance 2の朝の情報番組で長寿島として沖縄が食事など含めて紹介されました。

花の都おパリではなくフランスの地方での話になりますが、中華系(タイ、ベトナム、カンボジアなど)レストランに夕食で入ると食事の最後に「酒」が振舞われることが多いです。おちょこにお酒がそそがれると、おちょこの底にエロいおにいさんやおねいさんが浮かび上がり、ニヤっとしながらお酒を飲むと
お酒ぢゃない
んですね、これが。店員が「サケ、サケェ」と出すのはヴェトナムのお酒で、ヲッカのように強く喉を通り過ぎるだけでカッカしちゃいます。私は日本人なので日本酒がどんなものか知っていますが、以前職業訓練校に通っていた頃ブラジル人の女性に「日本のサケってものすごく強いから気をつけた方がいい」とクラスメート全員に発表されたことがあります。一応日本人の立場として「それは本当の日本酒ではねーよ。本当の日本酒はワインのように飲みやすいものなんだべ」と反論したら、そのブラジル人の女性に「私の彼(おフランス人)が連れて行ったレストランでニセモノのサケを出すと言いたいの?みなさん、サケは強いのよ!」と鼻の穴を膨らましてまくし立てられてしまいました。あれは参った。というか、このブラジル人女性はブラジルが世界のヘソの中心なので困らせられっぱなし、失笑しっぱなしでした。ε= (´∞` )

今回の抜き打ち検査でフランス国内の日本食レストランのうちパリ市内の41店と地方の9店が「真の日本食レストラン」として発表されたそうです。
この手の話題になるとどうしても思い出してしまうのが南仏某観光都市にある日本食レストランです。連日日本人観光客が入れ替わり立ち代り滞在する町にある日本人が経営するレストランなので一目置かれた存在でもありました。ある時、その町に住む日本人男性が日本料理が恋しくなってこの店に入りました。奥から女将が出てきていきなり「あなた、どなた?」「何してらっしゃるの?」と質問してきたそうで、いつも正直な彼は自分がこの町に住む大学生だと話した途端、この女将が、
ココはあなたのような学生が来るところではないの。
とはっきり関西のアクセントでおっしゃったそうです。私が知る限り、この男性は日本の或る地方都市の旧家の出で、関西の大学を卒業後、アメリカの大学に正規留学その後フランスの大学に正規留学をした男性で既に30歳を過ぎていましたが、仲間内ではグルメで知られてもいました。毎朝、この町で最も古いカフェで朝食を摂ったり、私にはとてもできないような贅沢を楽しんでいる方でした。が、この人はご自身のことを誰彼に話すヒトではないし、まして一見(いちげん)で入った店で女将に聞かれたところで話すことでもないでしょう。このお店の女将は「学生」と聞いただけで「あなたの来るところではない」と決め付けました。他にもこの女将に関してはいろいろな噂を耳にしましたが、この店は女将が自慢の個人輸入による高価な日本酒しか置いていませんし、寿司しか握らない日本人板前もいるらしいのでおそらく今回のリストに載ったかもしれません。

上の2番目の記事の途中に
日本食を巡っては「正統派でなくてもいい」「食の好みを選別は出来ない」の声もある。
とありますが、私がまさにそのひとりです。前出の南仏某観光都市の日本食レストランは知人がこんなことを言われたのを知って、私なんかが入ったら着席する前に「とっとと出て行きやがれどすえ」とすっ飛ばされそうなのでそれだけで怖気づいて行けませんし、そうかと言って同じ街のヴェトナム系フランス人が経営する韓国装束の人がサーヴする和食屋にも行く気がしませんでした。米国軍人がうんざまんざいる遠くに浮かぶ軍艦を眺めながら食事できる日本食レストランにも入ったことがありますが、冷凍解凍したお寿司が出てきたっけなあ。いや、向かいのカルフールの生魚売り場で買った寿司だったのかもしれない。マルセイユにはユダヤ人が経営するコシェルの寿司屋さんもあるし、フランス人が寿司マシーンを使って作る寿司屋さんもあります。注文するとパックに入ったままサーブされるんだな、これが。私が何度も繰り返し行ったのはマルセイユのちょっとはずれたカルチエの路地にある日本食レストランで明らかに外国の訛りで「いらしゃいませ~」と言う日本人ではない板前さんがいるお店でした。奥の厨房に日本人がいるのかいないのか知りませんが、ここの昼定食は良心的値段で、日本人ではないアジア人が作っているのになかなか美味しいものでした。

あたりもはずれもある、とわかっていても、ハズレでもいいから日本食の看板を見つければふら~と入ってしまうのでありますが、同じ日本人に「あなたなんか来るところではない」と断言されるくらいなら、ちょっと面白いアクセントの日本語でも美味しく食べて、食後に店員さんに「ごちそうさまでした」と気持ち良く言えるお店の方が私は好きです。お店の人もアジア顔の人を見つけると「どこの出身ですか?」と聞いてくることが普通なので、日本人として味などで何か気付いた点があれば「こうしてみると良いですよ」と話せば、そのお店の日本食レストランとしての格が向上することになりますよね。そんなことで役に立てるならうれしいな、と思いました。)^O^(

スーパーマルシェの生魚売り場でお寿司が買えるようになって久しいのですが、もそっと安くならんもんかのぉ。しかもおフランスではサーモンのお寿司が主流だけれど、あてくしはマグロのお寿司が食べたひ。

le 19 janvier 2007, Marius
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by ma_cocotte | 2007-01-19 02:45 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(20)
来仏するには今!この時しかなかった安倍ちゃん。

金曜日夜8時のニュウスで日本國首相安倍晋三氏が来仏した、と流れた。
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安倍氏は到着後そのまま大統領府(=エリゼ宮)でヂャック・シラク大統領と会談した。翌日、安倍ちゃんは今年初夏の大統領選挙でほぼ絶対間違いなく最終二候補に残るだろうと予測されているヒダリに座します社会党候補のセゴレーヌ・ロワイヤル姐、ミギに座しますUMP(シラク氏も所属する与党第一党)所属の現内務大臣ニコラ・サルコぢ氏と相次いで会談した。

だけど、フランスではシラク氏の公私混同の日本狂 pro-japon が有名である一方、近未来の大統領であろうセゴ姐もサルコぢも病的中國贔屓 pro-chine であることが知られている。セゴ姐に至っては昨年社会党大統領候補に選出直後まず地中海東岸の旧フランス統治国(レバノン)とイスラエル、パレスチナを訪問し、先週は中国を訪問した。中国でセゴ姐がどのような活動をしたのかそれはコト細かく国営放送でも民放でも流れた。
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家庭では「同棲未婚の母」でもあるセゴ姐は中国滞在中にフランス語を専攻する大学生との座談会まで行い、女性的慈愛のアピールにも怠らなかった。(私の独断だけどね)

一方、サルコぢはおととしだったか中國訪問。そこでなぜか必要もないだろうに日本の悪口をくっつけてのスピーチを繰り返し、中國さまが手を叩いて喜ばれるという光景が繰り返しニュウスに映された。当時、サルコぢは大統領候補に選出されるための下準備をしている最中で、現大統領のシラク氏が親日であることと違いを見せ付けるためには自身を親中と置くのがいいと決めてのことだったようだ。そうだとしても サルコぢはちょっと日本をケチョンケチョンにしすぎだった と思うあるけれど。

てなわけで、安倍ちゃんは今、フランスを訪問するしかなかったように思う。
シラク大統領との会談においてシラクさんは日本の安保理常任理事国入りを強く支持する考えを示したそう。でも、シラクさんの大統領としての命はウルトラマンなら胸のサインがピコピコ赤く点滅しちゃっている状態である。果たしてシラクさんが安倍ちゃんに常任理事国入りを支持すると力強くおっしゃったとしても、それに至るまでの過程でシラクさんの大統領の任期が満了し、親中の新大統領になった場合、シラクさんの約束はどうなってしまうのだろう?

このエントリーを書くにあたり安倍訪仏についていろいろ調べてみたけれどあまり引っかからなかった。一方でセゴ姐の中国訪問は引っかかりまくり、セゴ姐の公式HP でも安倍会談については何も書かれていないのに中国レポートは特集になっていた。フランスのマスコミもフランスがアジアのヘソを日本から中国にずらし始めているのに対応してか中国関連事項を共和国民の目に触れさせることが多くなった。


長すぎたシラク大統領の時代はまもなく終わる。
新しい共和国大統領が誕生してからのフランスと日本は現状よりクールな関係になるのはまず間違いない。一度甘い汁を吸った日本国民としては甘い汁が冷め切って飲み難くなるのは残念だけどね。現大統領が公私混同で日本國とべったりべとべとだった関係が終焉してのツケがクールを通り越して冷遇になるかもしれないのは、何も日仏関係だけぢゃない。歴史として二者の甘すぎる蜜月は必ず苦味に変わる。当たり前な山であり谷なんだと思う。


le 15 janvier 2007, Rémi
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by ma_cocotte | 2007-01-15 21:03 | 『?』な日本國 | Comments(15)
8年目にして初めて見たかも
今朝6時過ぎに目を覚まし、テレビをつけたら、画面の下方の様子がいつもと違う。赤い帯になっており右端には赤白青にマリアンヌの横顔が白く抜かれたところに自由、平等、博愛のスローガンが書かれた共和国政府のシンボルマークがあり、テロップのようなものがずっと流れていた。左端にAlerte という文字を見て「警報」なのだ、と理解した。Alerte というのは天気予報で良く出てくる語なのでね。
テロップを寝ぼけながらも読んでみたら、昨日から行方不明になっている11歳と8歳の兄妹の捜索を共和国民に願うものだった。彼らの家の庭で一緒に遊んでいた27歳の青年と共に忽然と消えてしまったそうである。

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1月10日午後から行方不明になったクリストフくんとルゥシィちゃん兄妹。
私にとって1999年1月末にフランスに入国してから初めて見るニュース速報だった。日本ではしばしばニュース速報が画面の上に現れるけれど、フランスでは滅多に流れない。というか、入国して半年ちょっとテレビ無しの生活を送ってはいたけれど、その後の7年半、労働者ストライキで生番組が中止になった場合のテロップ以外、今朝のような情報提供を求める速報テロップを見た記憶が私にはまったくない。

ニュウス速報を滅多に流さないことが良いことなのか、悪いことなのか良く分からないけれど、日本國ではやたらニュウス速報が流れるなあ・・・と改めて思い出した今日の朝だった。

お昼をだいぶ過ぎて、この兄弟が無事に見つかったというニュウスがいつものお昼のニュウスで報告された。良かった、無事で何より。お子たちの未来を大人が奪ってはならぬ。


le 11 janvier 2007, Paulin

【後記】2007年にして仏蘭西が初めての経験したのは、
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by ma_cocotte | 2007-01-11 21:57 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
きょうから冬のバーゲン。
今年は1月10日水曜日から冬のバーゲンが始まる。
9日日暮れてから近所の商業地区まで下見に行ったら、バーゲンの値札張替え準備のため、ほとんどのお店が16時過ぎに閉店なんてことになっていた。全国規模のチェーン店なら深夜バイトを雇っての値札張替えも可能だろうけれど、小規模店舗において残業はあり得ない。故に繰り上げ閉店になる。

クリスマスから年始にかけて連日最高気温が0度だったのに7日を過ぎてからは連日最低気温が10度、最高気温が13~15度と、天気予報によると南仏より暖かいので「へへん♪」と喜んだりする情けない自分がいる。・・・くだらん。



バーゲンの下見に行ったついでにスーパーマルシェのパティスリでティラミスを買った。
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455gで4ユーロ90。6ピース分と書いてあった。
フランス共和国内の数ある全国スーパーチェーンで私が「うまま (゜Д゜)」と思うのはカルフールとジェアン・カジノのパティスリなのだけれど、このティラミスはジェアン・カジノで買った。中はこんな感じ。
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文句なく、うまま (゜Д゜)

ご覧のように直径20cmの素朴な器付きでお買い得のうまま(゜Д゜)なんだけれど、このお菓子はこれ以上値下げはできないよねぇ。あなどれませんわ。

le 10 janvier 2007, Guillaume
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by ma_cocotte | 2007-01-10 04:11 | Thé ou Café? | Comments(6)