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Quis ut Deus! Qui est comme Dieu!
典礼暦によりますと9月29日は三大天使の祝祭日だったりします。
三大天使というのはミカエル、ラファエル、ガブリエル、フランス語で言うところのMichel, Raphaël, Gabriel 。ミカエルは正義の天使、ラファエルは癒しの天使、ガブリエルはお告げの天使と役割分類できたりします。私達がよく知る画家ラファエロ Raffaello の名はそのまま大天使ラファエルのイタリア語表記ですが、天才画家ミケランジェロのミケランジェロ Michelangelo はMichael (ミカエル)とAngelo (天使)を合わせた大天使ミカエルそのものを表す名でありますね。
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悪魔を槍でこんにゃろめするミカエル@Abbaye royale de Celles s/r belle

この三大天使のひとりであるSaint Michel 聖ミカエル ↑ は日本國の守護聖人でもあります。1549年、イエズス会のフランシスコ・ザビエルが来日し、カトリック宣教の許しが出たのが同年9月29日だったのでザビエルが大天使ミカエルを日本國の守護聖人と決めたのだそうです。___φ( ̄^ ̄ )

フランス語で守護聖人を Saint Patron サン・パトロンと呼びますが、大天使ミカエルはフランス共和国の守護聖人のひとりでもあります。共和国全体を守護する聖人は何人いるのかと言いますと7人。筆頭守護聖人はもちろん聖母Notre Dame、お次に左右に控えしはヂャンヌ・ダルク Jeanne d'Arc に小テレーズ Thérèse de l'Enfant-Jésusです。更に後ろに控えしはパリの初代司教だったドゥニ Denis(自分の首を持ってモンマルトルからサン・ドゥニまで歩いたおひと(((゜Д゜;;)))、先日紹介したマルタン Martin、聖王ルイ Louisに大天使ミカエル、以上。最強7人に守られているおフランス?知力体力謙遜とどの面からも最強の担当者が受付に現れるとでもいいましょうか。もちろん共和国内の各地方や各都市にはそれぞれの守護聖人がいます。花の都お巴里はヂュヌヴィエーヴ Geneviève、プロヴァンス地方はもつろんマグダラのマリア Marie Madeleine ざますね。

さて、日本國やらフランスを守るミカエルですが、名前そのものはヘブライ語で「神に似た者」という意味。フランスではそこら中にMichel と言う名の男子もMichèleと言う名の婦女子もゴロゴロいるほど有名で人気ある聖人なのに、聖書にミカエルの名が登場するのはたった三箇所、旧約はダニエル書の10:13、新約はユダの手紙の9節、ヨハネ黙示録の12:7です。旧約ではこの箇所だけ読むとなんのこっちゃかわかりませんが、新約では天で戦いが起こって龍、すなわち悪魔と戦ったり、
Que le Seigneur te réprime!
主がおまえを戒めてくださるように
と、時代劇のヒーローのやうな流し目決め台詞を言ってしまったりするのね。

そんなわけで、いざっ!国家存亡の危機には大天使ミカエルがひらり天から舞い降りて悪魔をグリグリツンツンいたぶってくれると信じている・・・ちゅうか、おフランスのカトリック聖堂に入りますと、おフランスの守護聖人であるヂャンヌ・ダルク、小テレーズそして大天使ミカエルの聖像がたいてい置かれています。(余談だけれど、パドヴァのアントワーヌさまがおフランスの教会のどこにでもいるのはなぜ?紛失物が多いのか?それならわかる気がするけどψ(`∇´)ψ)どこのミカエルも悪魔を踏ん付けながら杖でグリグリだったり、そうでなければ楯を持って構えたり、剣を振りかざしていたりもします。聖堂でのミカエル彫刻比べもなかなか楽しく見物し甲斐あるものです。

例えばこちら ↓ 、ポワチエの司教座聖堂のミカたん。オタカラ、オタカラ。
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時代を感じるミカさまですよね。羽なしだけど、悪魔ぐりぐり。

le 29 septembre 2007, Michel et Gabriel


✝ よろしかったら、ミカエル・ヲッチング ✝
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by ma_cocotte | 2007-09-29 00:45 | 『?』なKTOりっくん | Comments(10)
Un photographe, peut-être japonais, tué à Rangoun
Un photographe, peut-être japonais, tué à Rangoun

(おそらく)日本人カメラマンがラングーン(内乱)で死亡
日本國ではまだ報道されていませんか....? ミ○(;`_´)o パーンチ 
おフランスでは12時半から始まったお昼のニュウスで流れています。
ロイター電でとりあえず。
RANGOUN (Reuters) - Un photographe, peut-être japonais, a été tué jeudi lors d'une manifestation de l'opposition contre le régime militaire à Rangoun, a-t-on appris auprès d'un hôpital de la ville.
Auparavant, un témoin avait raconté qu'un homme, apparemment un Chinois ou un Japonais, portant une petite caméra, s'était effondré alors que les forces de l'ordre dispersaient un millier de manifestants près de la pagode de Sule, dans le centre de la ville.
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photo@AFP


le 27 septembre 2007, Vincent de Paul

(`Д´# ボヤきたくなくてもボヤきたくなる、と言いましょうか。
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by ma_cocotte | 2007-09-27 19:44 | 『?』なアッジア~ん | Comments(10)
マルタン、マルタン、マルタンタン。 Saint Martin@Ligugé
Poitiers ポワチエの南西10kmの山中にLigugé リギュヂェという名の小さな町があります。三方を山に囲まれ、一方に川が流れているようなこの町にはポワチエの外環道を出てから背の高すぎる木々に覆われた曲がりくねった道を抜けねばなりません。リギュヂェに辿り着いてもメインストリートが一本だけ。そんな不便な町がなぜかすこぶる有名だったりします。
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なぜかというと、この町のど真ん中、市役所の隣に西欧諸国内で現在も活動する最古の歴史を持つ修道院があるからです。この写真↑の右側の城壁の向こうが現在はベネディクト会が管轄するL'Abbey de Saint Martin 聖マルタン大修道院で、西暦361年に聖マルタン自らがこの地に修道院生活の基礎を作ったのだそうです。

さてさて、このリギュヂェについて語るのにどっからどう語れば良いのやら考えあぐねてしまいました。まずは大修道院の守護聖人名であるSaint Martin 聖マルタン(ラテン語だとマルチノ)について語りましょうか・・・だとしても、聖マルタンのどこから語るべ?と悩むくらい、聖マルタンという人物はおフランスでは重要人物だったりします。というのも、まず第一に聖マルタンはフランス共和国の守護聖人のひとりであります。共和国内で最も多い市町村名はSaint Martin、現在の共和国内で最も多い苗字はMartin、男子のMartin マルタンくんも女子のMartine マルチィヌちゃんもそこいら中にうぢゃうぢゃおり、名前がMartinで苗字がMartin というマルタン・マルタンさんもおフランスのどこかに存在するでしょうね。いや~、それは流石にいないかもしれないけれど、Jean-Martin Martin さんやMarie-Martine Martin さんはほぼ絶対間違いなく存在するでせう。それくらいSaint Martin 聖マルタンはおフランスで愛されている存在なのです。

聖マルタンさんご本人の話に戻りましょう。
西暦317年生まれのマルタンさんですが、ハンガリー生まれイタリア育ちのガイジンなんであります。父上がローマ軍の司令官だったのでマルタンは15歳でローマ騎兵隊に入隊し、フランスに派遣されました。ここから耳かっぽぢってよく読んでくださいね。(なんのこっちゃ)
る大雪の日のことでした。馬に乗って移動中の美騎士マルタンが偶然路上で貧しい者に出会い、自らまとっていたマントを刀で二つに裂き、彼に与えました。こんな感じ↓
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その夜、マルタンの前に彼が貧者に与えた布をまとったイエズスが現れ、「あなたがマントを切って与えた男こそ、この私である」と言われたのです。軍務を遂行しながら要理を学び続けた彼は18歳で退役を決め、334年受洗、その後ローマ巡礼中にポワチエ司教のヒラリオ(Hilaire イレール、=現在ポワチエの守護聖人)と出会い、彼の指導で修道生活を始め、360年マルタンはガリア(今のフランス)に行き、翌年361年リギュヂェにヨーロッパ最初の修道院を創り、祈りと労働に打ち込んだのでした。この精神は後にベネディクト会の会則の手本になりました。370年、マルタンはTours トゥールの司教に任命され、リギュヂェを離れましたが修道生活を続け、397年に帰天。殉教者ではない聖人として初めて認められたのがこのマルタンなのだそうです。

貧者を哀れみ、自分の富を分け与え、統率力がありながら慈愛を持って仲間との修道生活で祈りと労働の日々・・・おいろっぱの方々の考えにおいてはマルタンは言うことなしの理想人。てなわけで子供ができればその名を与え、苗字を持つことが許されればマルタンそのものを屋号にして守っていただこうとかつては誰もが思い願ったのですわね。

で、なぜ360年にポワチエを訪れ、イレールに再会したマルタンが21世紀の現在もすばらしく、恐ろしいほどド不便なリギュヂェの町に足を運んだのか理由がわかりません。前出最初の写真の左下、教会の壁にそって路地があり、その突き当たりにこのような建物が建っております。
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近寄って見ると、
Ici au IVème siècle St. Martin ressuscita le catéchumène
4世紀にここで聖マルタンが洗礼志願者を蘇らせた
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なんて書いてあります。石板の下の彫刻、ゼンマイ棒を持った方はイレールでせうか?
この小さな建物の中に入ると、畳一畳くらいの広間の正面にこのようなステンドグラス。
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このステンドグラスの右の壁に成人の顔の大きさ程度のドアがありました。ドアの向こうは観想修道院の聖域になりますが、昔はここから施しのようなものを修道者に納めていたのかもしれませんね。

そーんな妄想を抱きつつ、この建物から表に出れば突然、ハツがびびる爆音。なんとこの建物の背後には現在線路が敷かれ、TGV(新幹線)が右に左に爆走しているのでありました。このリギュヂェに限ったことではありませんが、修道院のそばに鉄道が通っていることが多いおフランス国内であります。
なんでだろうね?
リギュヂェ探訪、更に続きます。


le 25 septembre 2007, Hermann


おセシリア・おサルコぢさまの前夫さんの苗字もMartin 、フランス共和国守護聖人のひとりであるThérèse de l'Enfant-Jésus、小さき花のテレジアの苗字もMartin ぢゃったよ。
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by ma_cocotte | 2007-09-25 02:22 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
秋になりました。
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秋分の日の昼の長さは約12時間7分、夜の長さは約11時間53分なのだそうです。

フランスの一年は四季というより三季かもしれません。
この時期、皐月や山吹が再び花を咲かせ、若葉を吹く木もあれば、ムスカリは土から芽を出したりします。パンジーやプリムラも元気。苺もフランボワーズもトマトもまだ収穫できます。まるで春のようですが、ポプラが日毎に黄金色を強め、冬が近いことを告げ知らせています。

今年の夏は強烈な暑さを感じることもないまま終わってしまいました。
行く夏、来る秋、冬はすぐそこ。

le 24 septembre 2007, Thècle
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by ma_cocotte | 2007-09-24 04:48 | 『秋』 Rien de spécial | Comments(11)
お試しあれ。
先週末、ココんちから程近い Échiré エシレという名の町に行って来ました。
実はこのÉchiré エシレ町は日本國ではつとに有名だったりします。何が有名って、
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エシレの町のど真ん中に建つこの工場 ↑ で作られるバタアはじめとする 乳製品 です。
このおフランスカラー青、白、赤のロゴ ↓ 、視点やら視野を変えると牛に見える!
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まっこと、よくできたロゴでございます。


ココんちは地元なのでスーパーでも気軽に購入できるエシレのバタアですが、家庭用の廉価バタアでもノルマンディ産よりちょと高めだったりします。フランスではDemi sel ドゥミセルと呼ばれる塩が混じったバタアよりDoux ドゥと呼ばれる無塩バタアが日常生活で愛用されていますが、Doux のバタアは口に入ればとろりと溶け、ほんのり甘く、酸味がある感じです。クセのないチーズっぽいかも。兎にも角にも、美味です。

おフランスびとは毎朝、好みのパンに分厚く塗ったバタア、その上に好きなconfiture コンフィテュール、=ジャムをべっとり塗り、それを好みの飲み物(たいていカフェ・オ・レかショコラ・ショ)に浸して食べます (((゜Д゜))) オエ。バタアとジャムが飲み物の温かさで滑り落ちる寸前で取り出し、食べる・・・結構、テクが必要です。私はそのテクを身につけようとは心の奥底から思いませんが。

le 21 septembre 2007, Matthieu
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by ma_cocotte | 2007-09-21 16:41 | Thé ou Café? | Comments(8)
あらま、そうだったの。
先日9月14日の明け方、おブルヂョワな保養地として知られるフランス南西部の町 Biarritz ビアリッツで、Jacques Martin ヂャック・マルタンというフランスではつとに有名なテレビ司会者が帰天しました。
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きょう買ったtélépoche てれぽっしゅ、=テレビ番組一覧雑誌の表紙もヂャック・マルタンで、予定の表紙の上にこの臨時表紙をかぶせて止めての販売です。
14日の朝のニュウスから繰り返しヂャック・マルタンの帰天についての報道が流れ、連日、追悼番組が放映されていますが、中でもあのVanessa Paradis ヴァネッサ・パラディが7歳の時に初めてテレビ出演した番組L'Ecole des Fans の司会者がヂャック・マルタンだったことでその時のビデオが何度も流れましたが、
щ(゚Д゚)щ がわええええ、ヴぁねっさ。
YouTube : Vanessa Paradis Emilie Jolie
で、話戻って帰天されたヂャック・マルタン。
テレビではあまり触れられていませんが、ヂャック・マルタンは生前、4度結婚しており、子供が8人いるそうです。その4人の妻のうちのひとりが、
Cecilia Ciganer-Albeniz
というおねいさんなんですが......¢( ・_・) ハテ? どこかで聞いたことがあるやふな名前。 
上の雑誌に載っていたこの写真↓の右上から二番目の写真の右に映っているBrune ブリュンヌ、=黒髪のおねいさんなんですが...
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も、もしやこりは、おセシリア・おサルコぢさまでわ?


そう、現在のフランス共和国大統領ニコラ・サルコぢ氏夫人のセシリアさま、つまり現在のフランスの國母さまの元夫がこの度帰天したヂャック・マルタンだったのであります。 セシリアはヂャック・マルタンの三番目の妻で、1984年8月10日に結婚。この時の市民婚の司式者が当時、副市長だったニコラ・サルコぢでした。セシリアはヂャック・マルタンとの間に二女をもうけたものの離婚。その後、不倫関係だったニコラ・サルコぢと1996年10月23日にできちゃった再婚をしました。1984年生まれのJudith と1987年生まれのJeanne-Marieの二人の娘はサルコぢの大統領選挙活動開始後、たびたび「幸せなサルコぢ家」の一員としてやたら 登場 していますね。

2000年に入ってからサルコぢの名前がどんどん知られるようになったことで、彼の妻であるセシリアも脚光を浴び、浴びすぎてそのスポットライトはセシリアが不倫逃避行したニュウヨウクまで伸びたりしましたが、一方、セシリアの元夫であったヂャック・マルタンは1998年に突然脳血管障害を患ったことでテレビ画面から消えざるを得なくなり、2006年11月から静養のために引っ越したフランス南西部、大西洋岸のBiarritz で帰天したのでした。

今世紀に入ってヂャック・マルタンとセシリア・サルコジに向けられたスポットライトの強弱が反比例であり、2007年初夏、セシリアは大統領閣下夫人となり好奇の目の直射日光を日毎強く浴び続け、同年晩夏にヂャック・マルタンは「伝説の司会者」と化しての旅立ち。考えさせられるものがあります。

le 19 septembre 2007, Emilie
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by ma_cocotte | 2007-09-19 04:19 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(8)
今からいくつ廻れるか。
日曜日も午後1時をまわってしまいました。
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1984年以降、フランス共和国の9月第三日曜日は歴史建造物や文化財について共和国民が学ぶ日、Journées du Patrimoine です。今年2007年度は昨日、今日の二日間、共和国内の主だった歴史建造物や美術館、博物館が無料で見学できたり、城や城砦、役所、教会などで特別展示会やコンサートが行われています。

わたくしも昨晩は地元の教会のパイプオルガンコンサートに行き、日曜午後は可能な限り旧市街で開放されている歴史建造物やら美術館のハシゴをしようと計画中であります。
お天気も快晴。(^_^)
フランスでは何もすることができない日曜日が日常なので、きょうは何かすることができる非日常の日曜日なのであります。C'est parti!

le 16 septembre 2007, Edith
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by ma_cocotte | 2007-09-16 20:33 | 『夏』 Rien de spécial | Comments(0)
この自転車に、ヴぇろ、ヴぇろ。
フランス共和国内なら日祭日以外、一日に一度は見かけるであろうこの自転車。
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Attendez, monsieur!

おぢさん、待ってぇっっ!


そう、郵便配達さんの自転車、La Poste (ラ・ポスト、郵便局)のvélo(ヴェロ、フランス語で自転車の愛称)です。ココんちにはたいていお昼ちょっと前に郵便屋さんがキーコキーコと現れます。前後左右にたくさんの郵便物を納めた袋を携えたラ・ポストカラー(山吹色の地に青のロゴ)の自転車を、妙にクラシックな、例えるならスゥパァ・マリオがかぶっているような帽子を頭に乗せたムッシュウだったり、自転車の大きさと不釣合いなほど華奢な女性が一生懸命立ち漕ぎしてやって来ます。フランス共和国内で21世紀になった今も素朴な雰囲気を漂わせるお仕事は郵便配達のように思えたりもします。

こちら ↓ は数日前、旧市街で見つけた最新型のラ・ポスト自転車。
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Choette!

いいぢゃん!


ラ・ポストのおニュウなロゴ入り自転車、相変わらずかわいらしい雰囲気が漂っています。

ラ・ポストの自転車は代々、横向きライオンマークの Peugeot プジョ社のものが多く、そこはかとなくおしゃれなのであります。いつかはきっとプジョの自転車~(T_T) 悲願。

余談になりますが、ラ・ポストの自転車だけでなく配達車も通(つぅ)好みだったりします。おフランスは年々富裕な国になったせいか見かけることも少なくなりましたが、南仏などでは今もLa Poste のロゴがうっすら見える、ロゴを消した痕が残る、山吹色のRenault Super 5を見かけることがあります。現役時代のルノ・スゥパァ・サンク@ラ・ポストはこんな ↓ 感じ。
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近年の同レベルのラ・ポスト車は同じくルノのClio クリオですが、モデルチェンジ時期になると地方によっては旧モデルを廉価で下取りに出るようです。このかわいいルノ・スゥパァ・サンクも2001年頃だったか南仏の某県で売り出され、一台がたったの3000フラン(=約460ユーロ)だったそうです。どうりでうっすらロゴの山吹色がブイブイ走っていたのだな。(^_^)
自転車も売りに出ないかなあ.....( ̄人 ̄)

le 15 septembre 2007, Roland
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by ma_cocotte | 2007-09-15 18:58 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(6)
いよいよ明日は...茶バネとカックン ヾ(`◇´)
Retour vendredi de la messe ancienne en latin
ラテン語の旧ミサが金曜日に復帰 ♪♪\(^ω^\)( /^ω^)/♪♪
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抹香でぼやけて見えねぇぢゃねえかあ。
(T_T)
 
いや、感涙で見えないのです。
22 IV 2007, Priesterseminar St. Petrus in St. Pelagiberg

おフランス語で言いますところの Pie V Messe ピ・サンク・メス、訳してピオV世ミサ(1962年ミサとも呼ばれる)が明日9月14日、典礼暦の《La Croix Glorieuse 十字架称賛の祝日》から今日9月13日までのヴァチカンで定められた規定よりちょっとだけ自由に行うことができるようになりました。現在其処此処のカトリコ教会で見るミサとどこが違うのかと大雑把に挙げますと、式次第がラテン語(ただし、司祭の説教以外)、ミサ中の聖歌はグレゴリアーン、司式司祭はじめ祭壇上の男子(女子は禁制あるね)はほとんど背中を向けたままで立ったり跪いたり、カッキンコッキン、抹香パフパフしながら
き~りぃえええ、えっ、れ~いぃぞーん♪
なんであります。何言ってるかわかる人にしかわかりませんね。(^_^)

このごミサ復活の話題は多面過ぎてどこから語ればよいのか考えあぐねてしまう代物でありますが、きょうのところはさらっと流すことにして、第二ヴァチカン公会議という世界カトリコワールド総決起集会が1962年から1965年にかけて開催され、1968年以降はPaul VI というこれまでの世俗席から司祭の背中の運動ばかり見ていたミサが、祭壇をはさんで司祭と世俗が対面するミサに変更されたことで、古いミサが日の目を見ない状態に今日9月13日までなっておりましたが、今年7月7日に教皇ベネディクト16世が発表した Motu Proprio 《Summorum Pontificum》 によって明日9月14日から条件付とは言え以前より自由に旧ミサを行うことができるようになったのです。

本当なら9月14日の夜明けと共に日ぃ出づる國から順々に西へ西へと時間差で旧ミサが行われるならば
щ(゚Д゚)щ そりゃ、すげえや。かっも~ん
の地球上のカトリコたちにとって感涙イヴェントなんでありますが、諸事情あってそういうわけにも行かず ヽ(`.´)ノ 、この12日、ヴァチカンから発表された復帰初日のメインエヴェントは先々週の週末、教皇さまが欧州中の若者に声をかけて総決起集会(巡礼野外ミサや夕祷など)を開催されたイタリアはアドリア海に近い聖地 Madonna di Loreto で、巷でたまにその名を見るダリオ・カストリヨン・オヨス枢機卿(エクレジアデイ委員会会長)司式の旧ミサであります。確かこの巡礼地はフランシスコ会改革派が任されておりますので、明日はオヨス&茶バネ団でカックンコッキンでしょうか。

フランスの14日はどうなんでしょう。9月14日の旧ミサ復帰を前にして、9月11日にフランス全司教会議が開催されたと漏れ聞いておりますが。13日は朝から地中海岸スペイン国境に近い ペルピニャンの大聖堂に泥棒が入り、金銀財宝が盗まれたこと が繰り返しニュウスで流れております。それと、
ラマダン ramadan
今年もまたこの月がやってまいりました。覚悟。

le 13 septembre 2007, Aimé

✝ 実は私、既に経験しました。@ふらんす✝
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by ma_cocotte | 2007-09-13 15:21 | 『?』なKTOりっくん | Comments(12)
何処も彼処も、Notre Dame に、Vierge Marie
《La mise au tombeau イエズスの埋葬》 という16世紀に創られた彫刻が納まっているポワチエのCollégiale NOTRE-DAME-LA-GRANDE(聖母参事会教会)、通称《松ぼっくり教会》の外見です。
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教会の塔の上にそれぞれpomme de pin 松ぼっくりのような屋根が乗っかっているのでこの愛称で呼ばれているようです。おそらくポワチエにおいて旧市街のド真ん中に座すこの教会は町外れの司教座大聖堂より知られています。教会入口正面のファサードはロマン芸術における最も美しいファサードなのだそうです。

通(つぅ)には正面玄関上のこれ ↓ だけでもがーぶちょん。
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まりあたまぁ。

中に入ると、薄暗くて、カビと抹香が混ざったような臭いが鼻に入り、花の都おパリで言うとサン・ジェルマン・デ・プレ教会に初めて入った時の失望感に近い感情が沸いたりします。左右の柱の華やかさは南仏はエクサンプロヴァンスの大聖堂の主祭壇周りの壁画やブルターニュ地方の伝統的な屋根瓦を思い出したりします。
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この写真↑の突き当たりのステンドグラスのちょいっと手前に目ぇ凝らしますと、何かぽっこり突き出たものが見えますが、間近で拝見しますと、
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まりあたまぁ。

ずんぐりむっくりのかわいらしい聖母子像ですが、表情が豊かで、こちらまでにっこり(^_^)


そして頭をぐいーんと上げて天井を見ると、薄暗い中にぼんやりと、
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まりあたまぁ。

素晴らしい天井画なのにかなり傷んでいるので修復していただきたいであります。(T_T)

兎に角、教会に冠せられた名前が Notre Dame 聖母なので、世の中の体制がどう変わろうともこの中はまりあだらけ。ステンドグラスも聖母にちなんだものが数枚ありましたが、先月15日の拙ブログで紹介したステンドグラス もため息ものでありましたが、私個人はこのステンドグラスにハツがバクバク。
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Radix Jesse

Tree of Jesse エッサイの株、ざます。

ココんちの近所のNotre Dame 教会の正面ステンドグラスも
♪♪\(^ω^\) エッサイの株から一つの芽が出、( /^ω^)/♪♪
♪♪\(^ω^\) その根からひとつの若枝が生えて実を結び~( /^ω^)/♪♪
なんではありますが、あまりに大河ドラマ過ぎて、ぼわーんとした印象のステンドグラスなんでありますが、ポワチエのこのエッサイの腹から家計図はなんとも生き生きとした印象とインパクトある色でグっと来るものがありますね。竪琴を持ったダヴィド王が老けたおっさんなのが「ありゃ?」ですが。エッサイ・パパは相変わらず気持良さそうに居眠り中。

le 12 septembre 2007, Apolinaire
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by ma_cocotte | 2007-09-12 00:03 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(3)