<   2007年 11月 ( 16 )   > この月の画像一覧
カっとして、グっと来て、パっと断交を宣言しちゃうのだから。
今から10日ほど前の11月19日、突然、ヴェネズエラのおチャベス大統領閣下がご来仏あそばして、5年以上前からコロンビアの極左組織に誘拐拉致されたままのイングリット・ベタンクール女史の救出をほのめかしました。フランス皇帝サルコぢ一世が住まうエリゼ宮殿においてもその意向は大歓迎され、フランスで母上の救出を祈るベタンクール女史の二人の子供や支援者もモアイにお似ましのおチャベスさまを潤んだ目で神を仰ぎ見つつおチャベスさまの今後のご活躍に祈りを捧げたのでありました。
ところが、です。
ヴェネズエラにお戻りあそばしたおチャベスさまがコロンビア政府と極左ゲリラ(コロンビア革命軍、FARC)の仲介交渉を始めるに当たり、どうもコロンビア政府を無視してコロンビア国軍との交流をとり始めたことで、コロンビア政府側が大統領の名の下にチャベス大統領を介した交渉を打ち切ると21日に発表しました。今後はおチャベスさま抜きで交渉を続けるそうです。この世には時差がありますので、おチャベスさま来仏3日未満でこんな展開を見たのです。コロンビア政府の措置を知ったフランス皇帝サルコぢ一世におかれましてはコロンビア政府に「おチャベスさまに今のあなた方は従うべきです」とご進言。コロンビア側は皇帝サルコぢ一世の意見を受け入れませんでした。
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↑ 左がウリちゃん、右がチャベたん ↑
こんなべっとりねっとり密蜜な時もありますた。

Photo par AFP

つくづくおチャベスさまの感情は蛍光灯のごとく、電流の流れの悪い豆電球に譬えられます。25日、おチャベスさまはスペイン、コロンビアの二国との関係を凍結すると発表しました。なぜなら15日前の11月10日、チリのサンチアゴでスペイン国王から Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! とテレビ生中継中の会議の席上で一喝されたこと、続いて4日前にコロンビアに人質救出交渉の仲介役から外されたからです。「スペインはベネズエラの尊厳を傷つけた」「コロンビアはベネズエラ国民の顔につばを吐きかける行為をした」ので「スペイン国王が謝るまで」「コロンビア政府の人間は信用できない」、ゆえにスペインおよびコロンビアとの関係をベネズエラは凍結するンだそうです。「ベネズエラの尊厳」というよりおチャベスさま個人のプライドを傷つけられたことでおチャベスさまのご体内の「お疳の虫」が治まらないだけぢゃないのかすらね?

それでもスペインもコロンビアも 無視 しか示さなかったことで、おチャベスさまのご体内の電圧器まで調子が悪くなり始め、とうとう28日になっておチャベスさまはコロンビアとの国交断絶を宣言しちゃったのでした。コロンビアのウリベ大統領の任期中はぜーったい国交を回復しないって決めちゃったんだそうです。凄いよね、おチャベスさまは自称「我こそは本物のマルクス主義者」だよ。他者を威圧するほどエラいけど、底辺の人なんだよねぇ。

なぜかわざわざパリまでいらして『イングリッドは生きている。私はそれを確信している。』と滞在先ホテルに入る手前でつぶやいた(!)のがベネズエラに生中継されるという演出までしてベネズエラ国民に「我こそは全知全能」をアピールしたおチャベスさまは28日には「僕に縁を切られたら60億ドルの両国間貿易に打撃をもたらしちゃうンだからね♪」と断交宣言の中で述べて、ベネズエラ国民にまたも「我こそは全知全能」を見せ付けました。とっころが、
今もって、コロンビアからは無反応。
チャベたんは無視されてるらしいよ・・・・。おばちゃんはスペインやコロンビアがベネズエラにイヂメなんかしていないと思うよ。おチャベスさまは過去にもメキシコやペルーからの大使を召還し、ベネズエラ国民には「全知全能の絶対権力」を見せつけ国内を威圧していましたが、国際的に傍観するとおチャベスさまがそうしたところで貿易にはほとんど影響がなく、今回の「おチャベスさま断交宣言ショウ」が興行されたからとて両国間の外交のみの対立のみで経済はプルンとも動かないでありましょう。
おチャベスさまってハッタリかまし屋だよね。(-。-) ボソッ
フランスの共和国民の反応はベタンクール女史を救ってくれると宣言したおチャベスさまを「信じ」、「従おう」と主張する人と、救うにしてもそこに民主主義はあるのか?目の前の甘いエサに騙されずフランスは熟考して前進すべし、と慎重論を唱える人に二分しつつあります。確かにベタンクール女史の子供の立場になれば「一日も早い救出を願う」のは当然なんではありますが、子供達が「ママンを救ってくれるおぢちゃん」を盲目的にお慕い申し上げ始めているのもテレビの画面からぢっとり感じ取れる現状です。
こちら(↓)、昨晩放映された生討論番組のビデオです。深夜の大舌戦!
Ce soir (ou jamais!) : L’Amérique latine de Chavez
さて、現代フランスの帝政の中におります一ガイジンとしましては、皇帝サルコぢ一世が内政におかれましては極右でありながら、外交におかれましては 中國さま やベネズエラさまとベットリぬるぬるしつつ任期一年未満の小ブッシュにワンワンという理解に苦しむ「珍帝」にしか見えません。本当にこの地球は21世紀から7年、まもなく8年目に入るのか・・・おフランスはどうも近世どころか中世時代にタイムスリップしつつあるのではと思いつつ、私は少しずつ荷物をまとめようかな・・・と。

le 29 novembre 2007, Saturnin
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by ma_cocotte | 2007-11-29 18:37 | 『?』なチュウナンベエ | Comments(6)
皇帝サルコぢ一世におかれましては、千里を暴迷走する。
日本國ではあまり取り上げられていないようですが、25日から3日間、国賓として中國を訪問したフランスの皇帝サルコぢ一世がこのような発言をなさいました。
中國はひとつ。
皇帝サルコぢ一世によりますと、台湾もチベットも中華人民共和國の下«l’unicité» ひとつ、いや、「ひとつ」なんて訳は甘いな、単一なんだそうでございます。台湾の独立を皇帝は認めないのだそうです。テレビのスピーカーからこの話題が聞こえて来たことで、私の口から出たのは Sarkozy est fou. サルコぢは狂ってる.... です。そうとしか表現できません。皇帝サルコぢ一世の外交音痴は今に始まったことぢゃあござんせんが、いったいサルコぢは
щ(゚Д゚)щ ナニ考えとンぢゃあああっっ!
皇帝サルコぢ一世のこの発言を横で聞いていた胡錦濤国家主席はたいそうご満悦され、その場で来年8月に開催される北京オリンピック開会式にお出ましくださるようサルコぢ一世に申し入れ、皇帝サルコぢ一世は子供のように大喜びされたそうでございます。何たる茶番、学芸会かよ。(-。-) ボソッ

これについて仏語紙Taiwan Info は皇帝の発言に対し 遺憾の意 を表明。その中で「民主主義と自由と人権をフランスの国家元首はどう考えられるのか!」と書かれても当然ですわね。ブルターニュ地方の地方紙Agence Bretagne Press にも「チベット人は核開発を受け入れた覚えはない!」という内容が載せられています。全国紙Le Figaro HPでは掲載された記事に対し、読者がコメントを書けますが、Vos réactions ヴォ・レアクシオン(あなた方の反応)なるそのページの意見欄ではサルコぢの発言に疑問を投げている人が多いです。フランスは「人権の国」だったのではないか?なぜか消えてしまったけれど、昨晩はこの投稿欄に「私はサルコぢ支持者だが、この発言にはがっかりした」という意見もありました。なんというか皇帝サルコぢ一世が5月に国家元首におなりあそばして以降、サルコぢがいかにも共和国民と世界の平和のためにチンは働いているというパーフォーマンスが繰り返されても、必ずそのオチが皇帝サルコぢ一世「個人」のご満悦につながるのが不思議だったりします。
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今回の中國公式訪問で皇帝の生母であらしゃる皇太后アンドレ Andrée さまがファーストレディとして皇帝に従われましたが(写真中央)、世継ぎのピエール Pierre 皇太子(写真右端)も伴われ、皇帝の愛姫ラシダ・ダティ(写真左端)もご一緒(彼女は「いつでも一緒」だけどね)。北京オリンピック開催地現場視察では、ラグビーフランスナショナルチームの監督だったベルナー・ラポルト Bernard Laporte 氏までニュウスで紹介されて、おら、ヴぃっくり。一体、皇帝サルコぢ一世は「My favorite things チンのお気に入り」を何人伴って中國におみ足を大統領専用機を使って運ばれましたのでしょう?フランス共和国民の意向が「中国は単一」発言に含まれているとは信じ難いです。

フランス共和国内には台湾人もチベット人もたくさんいます。台湾人については厳しい審査を経て観光ヴィザを手に入れて渡航されているわけでして、ヴィザ無しでフランスに観光名目で入国しながらバックれて、売春婦してでも、不法冷凍食品を作ってでもフランスに滞在しながら産業スパイしている 中国人たち を皇帝サルコぢ一世は優遇するんですかね?


le 28 novembre 2007, Catherine


【参考】
*La Croix : Sur Taïwan et Tibet, la France soutien la Chine
*Le Figaro : Sarkozy rassure ses hôtes sur Taïwan
*Agence Bretagne Press : Le Président Sarkozy en Chine : le Tibet ... à la trappe !

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by ma_cocotte | 2007-11-28 19:54 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(5)
いやはやなんとも、
あまりにもハラホロヒレハレで「お察し申し上げます」としか言葉にできないお話を発見。



テディベアに「ムハンマド」 名付けさせた英女性教師を逮捕 スーダン

11月27日9時29分配信 産経新聞

【ロンドン=木村正人】スーダンの首都ハルツームにある英国国際学校で9月、英国人の女性教師が7歳の児童にテディベアの名前を選ばせたところ、23人中20人がイスラム教預言者と同じ「ムハンマド」と名付けた。父母の一部が「イスラム教への冒涜(ぼうとく)だ」と騒ぎだし、現地の警察は25日、イスラム法に基づきこの教師を逮捕した。
b0070127_16533343.jpg逮捕されたのは8月に同校に赴任したばかりのジリアン・ギボンズさん(54、photo@BBC)で、英国の指導要領に基づき授業中、児童に動物の名前を付けさせた。ギボンズさんが「アブドラ」「ハッサン」「ムハンマド」の3つの名前を挙げたところ、ほとんどの児童は一番なじみの深いムハンマドを選んだという。
裁判で有罪が確定すれば、ギボンズさんは6カ月間投獄された上、40回のムチ打ちの刑か罰金刑を受ける。イスラム教ではムハンマドの偶像化が禁止されているが、同校の校長は「完全な過失で、イスラム教を侮辱する意図はなかった」と説明している。混乱を恐れて同校は来年1月まで休校とされた。



.......ε= (´∞` ) アイヤー。40回のムチ打ちは痛いと思うぞ。

イスラームの家庭で育った子供の目に映るテディ・ベアがどのように捉えられるのか私にはよくわからないけれど、私個人は子供の頃からぬいぐるみが大好きで、熊のぬいぐるみも好きで、テディ・ベアも好きよ。特にCHEEKY チーキーにハァハァ。だって、かわいいんだもん。人それぞれの好みがあるにしろ、7歳児の教室内で23人中20人がテディ・ベアを見た印象を頭の中で思い巡らしたら「アブドラ」よりも「ハッサン」よりも「ムハンマド」が良い!という意見が多かったわけです。だから熊のぬいぐるみの名前がムハンマドになったのです。こうなっちゃうと教室内の民主主義もイスラム法の国家の下では逮捕に相当する罪になっちまい、おまけに50歳を過ぎた女性に40回のムチ打ち刑というのが男女平等なんだか、男子だったらもっと凄いのよ、なのかもわからないアチラの世界であります。いや、理解に苦しむ。だいたい、そのクラスの中の男子児童のうち何人にムハンマドやその派生名がついているのかしらね?かわいいわが息子にはムハンマドと名付けてよくて、そのかわいい息子がかわいい熊にムハンマドという名前を付けると罪になるの?

つい数日前、次のようなユダヤん小噺を聞きました。
子供 : 先生、どうして人間はみな違うのですか?
ラビ : それはね、誰もが神さまにそっくりだからだよ。
味わいある話でございます。全知全能の神は自分の似姿であるヒトを作ったからこそ、人間は誰一人、同じではないのです。外見が同じ双子だって思考も嗜好も違うのだからして、この世に生を受けた過去のヒトも、今生きるヒトも、これから生まれてくるヒトも全部合わせたところでまだ神の全てにはならないのですわな。

そもそもテディベアを見て、「いとおしい」と思ったからこそ物心つく前から愛し、信頼するムハンマドさまの名前を思いついたンではないでしょうか。純真な子供であればこその選択としか思えません。それともなんだい、この事件は「先生による挑発」と考えるのでしょうか?

2005年春、独逸のHermann社から教皇ベネディクト16世ベアやらチャールズ&カミラベアなんてものが発売 されましたが、あれから二年以上が過ぎてもいまだヴァチカンからも英國王室からもこの発売元に対しクレームひとつ出ていないようでございます。イスラームのみなさま方にその話をしたところで「そりゃ、教皇も未来の英國王もこの世で最期にして偉大なる預言者ぢゃないっすから、ムハンマドさまを教皇や英國王なんかと同じ扱いにしないでくださいませんか。」と言われれば「は、こちらの無知をお許しください」としかみなさま方の信仰を尊重してお返事申し上げるしかありませんけれど。
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先日、私がお目にかかったアフリカ系移民の少年。10才くらいと思われる彼の名前はChrist-amour クリスタムール、日本語に訳すと「キリスト・愛」ですが、おフランスの場合はこの名前は問題なく戸籍登録できます(フランスには命名法が存在します)。逮捕されるどころか、名付けた親御さんの信仰に驚いちゃったりなんかします。
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↑ 2007年11月27日、スーダンは首都ハルツームのおもちゃ屋さんで。↑

Photo par AFP

それにしてもいやはやなんとも、スーダンのみんなたちをお察し申し上げますが、スーダンのみんなたちにしてみればイスラーム法で守られた国だからこそこの世の楽園なんでありましょうから、なぜ私がお察ししているのかも論じたところで点がずれるだけですね、きっと。
どうぞお幸せに。

le 27 novembre 2007, Sévrin
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by ma_cocotte | 2007-11-27 22:40 | 『?』なミュぢゅるマン | Comments(6)
そーいや、サルちゃんは今、どこに?
おかみさーん、中國ですよ。
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Copyright © 2007 AFP

なんとサルコぢ大統領閣下、共和国内がストやら、暴動やら、物価急騰の暗い話題でどろどろの中、それは内政問題だからとフィヨン首相にお任せして、閣下ご本人は日曜日から3日間、中國にいらっしゃいます。26日月曜日には約200億ユーロ(¥160くらい=@ユーロ)の商業契約を両国間で結ばれました。中國さまはエアバス社のA320機を160機を120億ユーロでご購入くださったそうです。
さらに原子力関係で AREVA が中國さまから80億ユーロもの契約を取り付け、原子力廃棄施設建設のために150億ユーロを双方で出し発展に努めることもお約束。ついでにEDF(フランス電力)が中國の電力会社株を約30%取得したのだとか。更に、更に、コンテナ輸送のCMA-CCM、Alcatel-Lucent テレコム、Sanofi-Aventis 製薬会社が中國さまと契約を結び、中國内に工場など拠点を建設するのだそうです。ε= (´∞` )bof。

なんちうか、この契約の基礎固めはサルコぢさまが内相時代の中國訪問で造られていたのかもしれませんね。「あてくしが大統領になったあ暁にゃあ」と、自分に投票してくれる中國人受け入れでも内約していたらスッキャンダールだぞ。内相だったらそれが思いのままだったりしますんでね(おフランスの移民管理は内務省一括)。

さて、ハンガリー亡命貴族を父に持つサルコぢさまがフランス共和国大統領におなりあそばして最初に選んだアジア訪問先はこのように中華人民共和國でした。離婚したばかりのサルコぢはこの訪問に母上と次男を同行しました。
こちら(↓)で、中國でピチピチのおサルコちゃんを拝見できます。
TF1 : La première visite officielle de Nicolas Sarkozy en Chine
このニュウス(↑)で流れたサルコぢさまの演説でやたら「フランスは目が覚めた」とかおっさってますが、阿片でも吸ったんですかね?(-。-) ボソッ

この「ニコラ・サルコぢ新フランス大統領お披露目ショウ」が中國で開催されるにあたり、数日前、ご立腹された方がいらっしゃいました。
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我らが アラン・ドロン Alain Delon さまであります。
Photo AFP : Olivier Laban-Mattei

全国紙おル・フィガロさまには Alain Delon furieux contre les «charlots» de l’Elysée エリゼ宮の『シャルロ』に対し、激昂のアラン・ドロン という見出しが載ったほどであります。何がアラン・ドロンさまを激怒させたのかと言うと、この中國訪問直前に招待状もなくエリゼ宮スタッフがアラン・ドロンさまをエリゼ宮に呼び出し、口頭で"Viendra ? Viendra pas ? 来るの?来ないの?"とサルコぢ大統領閣下の中國訪問随行を求めてきたんだそうです。これに対し、アラン・ドロンさまは先約があるという理由で拒否、なんとその先約とは11月25日がアラン・ドロンの娘アヌゥシュカ Anouschka ちゃんのお誕生日でありました。シャルロ Charlot というのはフランス国内で造られた単語で「チャーリー・チャプリンの映画のような現実」を指します。アラン・ドロンさまはこの件ではっきり«très humilié まったくもって恥だ»と述べてらっしゃいます。そして、正直に「話が遅すぎる」とも。

サルコぢ大統領閣下の目論見ではアジアでは伝説的美男子超ウルトラスーパー大スタアであるアラン・ドロンさまを随行すれば、それだけで中國さまに生プレゼントができると考えられたようです。アラン・ドロンは«l’image de la France フランスのイマージュ»そのものなのだから、と。アラン・ドロンに断られたことでサルコぢさまのご一族随行者以外では環境相、経済相、ラファラン前首相。もっちろん、法相のラシダ・ダチ Rachida Dati がべっとりフジツボで大統領閣下にくっ付いていることは今もいつも世々に至るまで変わらない事実であります。

なんちか、サルコぢさんってどこの親父もご自分と同じ感覚で、家庭が二の次、三の次とでも思っているんでしょうかね?で、家庭の二の次、三の次以降にすることが「正しいこと」で「余に倣え」とでも?そりゃ、おフランスの芸能人の多くが自由恋愛を経験し、離婚再婚も繰り返しちゃあいますが、その繰り返しで既に懲りている人もいるって、恋愛中のサルちゃんには理解できないのかもしれません。未熟者めが。サルコぢ一世の帝政ならば大統領の命令に娘の誕生日も諦めて中國にアラン・ドロンがほいほいと付いて来るもんだ、と閣下が見積もっていたとするなら、暴君サルコぢ一世の慢心・傲慢も病的ですわな。ミ○(;`_´)o パーンチ

大統領閣下の中國滞在最終日の火曜は上海らしいです。

来年8月の北京オリンピック開催まで中國に大統領がいらしても、フランス国内はなんら変わらないような気がしてきました。どうぞラシダちゃんと心行くまでごゆっくりなさいませ。

le 26 novembre 2007, Delphine
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by ma_cocotte | 2007-11-26 16:35 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(8)
23の中の23. Mgr. Vingt-Trois sur 23 prélats
11月24日、ヴァチカンで新たに23人の枢機卿が誕生いたしました。
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Photo par Reuters/Tony Gentile


その23人のうちのおひとりが、フランスは花の都はお巴里に建つノートルダム・ド・パリの現在の主であるパリ大司教アンドレ・ヴァントワ André Vingt-Trois 師です。
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↑ 教皇さまに任命されてる中のヴァントワ師(^_^)@AFP ↑

ヴァントワ師の苗字 Vingt-Trois ですが、日本語に訳すと数字の23そのものなのです。偶然にも今回の枢機卿任命式で任命された新枢機卿の数は23名なのです。その23名のうちのおひとりが23、いや、ヴァントワさんなのです。
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ヾ(`◇´) ガハハハハハ
 
ヴァントワさんの笑い方のマネしたつもり。

今年8月に帰天された リュスティヂェ枢機卿 の「霊的息子」とまで呼ばれたヴァントワ師に枢機卿任命の内示があったのは今年10月17日だったそうですが、さてさて豪快なヴァントワさんがヴァチカンに新風を吹き込みますのやら。ヴァントワさんの豪快な笑いはこちら(↓)、24日夜、TF1 ニュウスで流れたもの ↓ でご覧ください。
TF1 : 23 nouveaux cardinaux consacrés par Benoît XVI
24日、ヴァチカンで行われた枢機卿任命式にはフランス政府からミシェル・アイヨ・マリ Michèle Alliot-Marie 内務大臣が出席しました。....だろうな、と思いました。妙に納得であります。というのも、ラベ・ピエールの葬儀ミサでも、リュスティジェ枢機卿の葬儀ミサでもミシェル・アイヨ・マリ女史は典礼をそらんじておりました。ラベ・ピエール師の帰天当時、アイヨ・マリ女史は国防大臣でしたが、ミサ中の所作を傍観していて、もしかしたらこの方はサン・ルイ聖堂(アンヴァリッド内の聖堂)でミサにあずかっているだろうな、となんとなく察した次第。今回の人選は適任だと思いました。というより、アイヨ・マリ女史ご本人がうれしかったのではないでしょうか。

今回の任命式で新たに枢機卿に任命された司教方の出身国はイタリア、フランス、アイルランド、ドイツ、アメリカ、スペイン、インド、アルゼンチン、ケニヤ、メキシコ、ポーランド、セネガル、ブラジルとイラクでした。イラク人の新枢機卿のお名前はエンマニュエル3世デリィ Emmanuel III Delly とおっしゃるカルデアのバビロン総主教(↓)であります。
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↑ 教皇さまの私設秘書ゲオルグとエンマニュエル3世@11月24日 ↑
Copyright © 2007 AP

カルデア人は古代メソポタミア文化の土地で古くから確固たるキリスト教社会を築き上げており、近年のイラク国内の政情不安を知るためにも枢機卿会議にエンマニュエル3世を迎え入れようと教皇さまが決めたそうです。___φ( ̄^ ̄ )ナルホドォ。
イラク戦争直後からキリスト教を信仰するカルデア人が多数亡命をしており、現地で培われたキリスト教生活文化が失われることをヴァチカン側はかなり警戒しているようでもあります。ヴァチカンがカルデアの総主教さまを枢機卿に任命したことで、カルデア・バビロン地方のキリスト教生活文化をイラク側は今までより「ちょっと考えないと」破壊できなくなります。何せ背後にヴァチカンです。これがベネディクト16世聖下が選んだ防衛方法なのでした。


さてさて、ヴァチカンの枢機卿会議。
「枢機卿」は"カトリック教会の王子たち princes de l'Eglise"と譬えられる階位でありますが、現教皇ベネディクト16世が2005年4月に聖座にお着きあそばして後、今回の任命式が2度目に当たるものでした。B16にとって初めての枢機卿任命式は2006年3月で、その時は15名の枢機卿を誕生させました。この24日の任命式で23名ですから、B16によって任命された枢機卿は38名になります。24日に任命された23名の新任枢機卿のうち、18名が80歳以下とのこと。教会法によりますと教皇選出選挙有権者である枢機卿数は120名必要であり、現時点で80歳を過ぎた枢機卿も含めて枢機卿の数は201名だそうです。

Pendant ses 29 ans de règne, le prédécesseur de Benoît XVI, le Polonais Jean Paul II, avait réuni neuf Consistoires et créé plus de 200 cardinaux. 
ポーランド人JPIIによる29年の御世を引き継いだベネディクと16世は200名を越える枢機卿会議を新たに創造し、まとめたのでした。par Reuters
ル・モンドさまにも転載されたこのロイター電の記事の締めくくりは妙に意味深。ベネディクト16世のお考えはどのように....ますます興味津々まんもすざます。
来年はいよいよベネさまのご来仏ぢゃ。(^_^)

le 25 novembre 2007, Catherine
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by ma_cocotte | 2007-11-25 15:15 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
Maurice Béjart nous a quitté. ベジャールよ、お前もか。
きょうのお昼のニュウスのトップ事項でした。
モーリス・ベジャールの帰天。(T_T)
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きょう、スイスはローザンヌの病院で彼の魂は天に帰ったのだそう。80歳。
1927年の元旦の日にマルセイユで生まれた方だったのですね。
そして 1970年代はじめにイスラム教徒になられた とか。

今頃、天の舞台で Jorge Donn ヂョルヂュ・ドンと再会しているかな?
BGMはもちろん、ボ レ ロ


le 22 novembre 2007, Cécile
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by ma_cocotte | 2007-11-22 21:20 | 『?』なオイロッパ | Comments(10)
聖家族は二世代だった。 Présentation de la Vierge Marie
こんにち11月21日をおフランスのカレンダーで探してみると聖人名の欄に Présentation de la Vierge Marie (=聖母マリアの奉献)と書かれていたりなんかします。しかもカトリックの暦に首を突っ込むと、Mémoire obligatoire (義務祝祭日)です。フランスにはMarie の名を持つ男女がゴマンどころかそこいら中にゴロゴロいらっしゃいますので、きょう一日、お花屋さんやケーキ屋さんは稼ぎ日かもしれません。

さて、聖母の奉献って何だろな?と。
私が以前聞いたのは、聖母マリアの両親(父・ヨアキム、母・アンナ)は結婚しても子宝に恵まれず、結婚後10年にして女児を授かった!てなわけで、ユダヤ教の習慣では「初子の男児」を神殿に捧げましたが、聖母の両親はようやく子供を授かった喜びで、聖母が女児であるにもかかわらず神殿に捧げた、という話です。

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Saint Joachim présentant la Vierge enfant au temple
神殿に聖母を捧げる聖ヨアキム

Claude François dit frère Luc (1614-1685), vers 1676, huile sur toile, 161,3 x 114,3 cm,
Musée de Sainte-Anne-de-Beaupré

この絵(↑)、私のお気に入りだったりします。蓑虫のようなマリアさまが超チャアミングであります。1676年頃に描かれた絵らしいですけれど、聖霊を表す鳩を見つめる聖母と父親の目が良いですね。
このような話、聖書のどこにも書かれていないので、それだけでなぜかお怒りになられる諸兄諸姉もいらっしゃいますが、外典の一冊であるl"protévangile de Jacques"(ヤコブの原福音書(?って言うの?)の中で述べられている話だそうです。きょうの良き日を祝うようになったのはエルサレムの神殿の近くにある「聖マリア・ノーヴァ」という名の聖堂を543年11月21日に献堂したことに始まるそうです。___φ( ̄^ ̄ ) 知る喜びぃ。
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ココんちの近所の教会の聖母座の下のおんぼろ祭壇にも「聖母の奉献」が

一ヶ月もすればクリスマスですが、一般にSainte Famille 聖家族というとまず「イエズ~ス、マーリィア、ヨーゼフ♪」(←節を付けて唄える方は唄いましょう(^_^)を思い浮かべるものですが、この聖なる一家のご新造さんである聖母マリアを育てたご両親もすばらしかったのよ、というのもよく耳にすることだったりします。つまり聖家族ってぇのは実は二世代で、イエズスさまのぢっつぁまばっつぁまも両親に負けじ劣らず、いや勝るかもしれない良き家庭を築いたのだぞ、ぶっちゃけて言えば、
この親あって、この子あり
なんだ、と長いことカトリックの国では親から子へと繰り返し伝承された話なのです。
その証拠に上の絵と同じ作家によって描かれた、
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La Vierge présentant l'enfant Jésus
幼な子イエズスを捧げる聖母

Claude François dit frère Luc (1614-1685), vers 1676, huile sur toile, 161,3 x 114,3 cm,
Musée de Sainte-Anne-de-Beaupré.

二作品を見比べるとメルモちゃんを思い出すのはなぜだ ¢( ・_・) ハテ? 
蓑虫だったマリアちゃんが大きくなって蓑虫なイエズスさまを捧げるの絵。正しく言えば父に倣ったわけぢゃないンですけれど。
何がすばらしいかと言うと、ヨアキム&アンヌ夫妻が女児である聖母を神殿にささげる決意をしたことはもちろんですが、特に聖母の母アンナ(フランス語だとAnne アンヌ)は賢母だったことをよく耳にします。ゆえに今はあまり流行っていませんが、Anne アンヌという名前の女性がフランスには多かったりします。親が生まれた娘に将来賢母になって欲しいという願いを込めて名付けたのですね。たいてい今に残るアンヌの聖像や絵画は少女マリアに本を読ませる母の姿が表現されています。
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ココんちの近所の教会のステンドグラスに描かれた聖家族第一世代。
右は聖母の父・ヨアキム、左は母・アンヌと少女マリアでございまふ。

一般にマテオ福音やルカ福音に描かれているイエズス、マリア、ヨゼフそれぞれのドラマチックな話はキリスト教を語る上で見逃せないものではありますが、私個人は聖書に書かれていなくとも聖家族第一世代のヨアキム、アンナ、ミリアム(聖母の幼名だったそうな)の話がかなり好きだったりします。私自身が晩婚のせいかもしれませんが、ヨアキムとアンナ夫妻がようやく授かった女児を男児のごとく捧げてしまうという話が私利私欲を捨てたヒトのたとえのように思えてならなかったりします。「私達夫婦の努力でできた、私の子」という意識の中に「神からあずかった」という気持があること。特に胎で育てる母親にしてみれば持てそうで持てない気持かもしれません。このあたりの話は、新約聖書に描かれている洗礼者ヨハネの両親ザカリアとエリザベトの話にも通じるかもしれません。

こんな11月21日、親と子について、しばし考えてみるのもいいかも。


le 21 novembre 2007, Présentation de la Vierge Marie
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by ma_cocotte | 2007-11-21 22:23 | 『冬』 Rien de special | Comments(2)
おチャベスさまの、ご来仏。
昨晩、ヴェネズエラのチャベス大統領閣下殿様が来仏あそばされました。
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Copyright © 2007 AFP

今回のチャベスさまの来仏の主たる目的ですが、サルコぢ大統領閣下との『対等な面会』ではなく、イングリッド・ベタンクール Ingrid Betancourt という一女性について、でなのであります。
この女性、フランスとコロンビアの二つの国籍を持ち、2002年当時、コロンビアの次期大統領候補のひとりでありました。ところが、2002年2月、コロンビア最大の左派ゲリラFARC(コロンビア革命軍)に誘拐されたまま、いまだ行方も生存も不明のままです。今年46歳を中南米のどこかで迎えられたと思われます。フランスにはベタンクール女史の二人の子供(メラニ Mélanie と Lorenzo ロレンゾ)、そしてこの二人の父親である前夫と中道左派より左が中心となって救出運動(主にデモ行進)を繰り返し行っています。
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私が住む町の役所も、市長がPS(社会党)なので正面玄関にこのようなベタンクール女史救出をアピールするポスターが常に掲げられています。誘拐後こんにちまで、テレビやラヂオの報道番組では定期的に長女メラニィが出演し、母親がコロンビアで行方不明になっていることをフランス共和国民が忘れないで欲しい、一日も早く救出して欲しい、と訴え続けています。
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左がメラニィちゃん、真ん中がロレンゾくん
@11月19日パリで行われた救出祈願デモ
Photo par Reuters

この件についてフランス共和国政府がまったく動いていないわけではありませんが、2003年夏、フランス当局がベタンクール女史を救出しようとした作戦を試みたことでブラジル政府が主権侵害を理由にフランスに抗議した事実もありました。この時、フランス政府の言い分はベタンクール女史の家族の要望を受けて、ゲリラ側との解放交渉をする目的でコロンビア国境近くのブラジル側アマゾン川中流のマナウスに軍輸送機ヘラクレスを派遣しましたが、この救出作戦が失敗に終わったことが、おル・モンドさまの報道で明るみになったのでございますね。で、当時外相だったド・ヴィルパン氏(後の首相)がブラジル政府に事前に承諾を得ていたと正当な作戦だったと主張したましたが、ブラジル政府は駐伯の大使を呼び、説明を求める一方、ブラジルの下院外交国防委員会は「ド・ヴィルパンの嘘つき」と批難し、フランスから事前連絡がなかったと主張しました。これを受けてド・ヴィルパン氏があっさり事前連絡が「できなかった」と謝罪して炭火が消えたかのようになった、なんてことがかつてあったのです。
で、おコロンビアのおゲリラですがベタンクール美女史の解放条件として、病気中の幹部の治療と多額の身代金をフランス側に要求。前出のおフランス救出隊には医療チームが参加していたという噂もありました。

大統領選に立候補宣言しながらも誘拐されて見つからないままのベタンクール女史ですが、コロンビア国内ではこの誘拐事件についてあまりニュウスになっていないようです。現在のコロンビア大統領はアルバロ・ウリベという新自由主義者を自称する方で、2002年8月に就任。この方のご両親はゲリラに殺されており、その恨みを背景に対ゲリラ武力行使強硬を唱えての就任にも関わらず、就任後すぐ極右武装集団AUCの武装解除交渉に成功したことで一時は65%もの驚異的支持率になったほどです。ベタンクール女史はウリベ現大統領に比べると穏健対話を左派ゲリラに求めていたのに誘拐されてしまったのです。

イングリッド・ベタンクール女史の誘拐から5年以上が過ぎ、突然チャベスさまから絶望しそうになっているフランスに残された家族に「ママンは生きているよ。おぢちゃんが救出してあげよう。」と話が持ち込まれたのでありました。
11月20日午前0時54分着の AP 電によりますと、
"Ingrid est vivante, j'en suis certain", a déclaré le président vénézuélien à des journalistes devant son hôtel parisien. Ses propos étaient retransmis en direct sur la télévision publique vénézuélienne.
『イングリッドは生きている。私はそれを確信している。』とパリの宿泊先前で報道陣に向かい、ヴェネズエラ大統領は宣言した。彼の談話はヴェネズエラ公共テレビ局に生中継された。
ε= (´∞` ) Bof。 どうやら自らが救世主であることを自国民にアピールするのが深層目的のようでございますね。マルクス教徒のチャベスさまがどのように極左ゲリラからベタンクール女史生存の情報を得たのでありましょうか。こんな宣言をするためにパリにおみ足運び、家族を慰め癒す救世主を演じるなら、いっそナマのベタンクール女史と一緒に来仏あそばされた方がフランスの平らで凡な民に神を忘れさせられるほどの存在になれたでありましょうに。そして、マルクス教で頭飛ばしの大躍進出世、つまり世界の全ヒダリから崇敬のナマ神扱いになれましたものを。リビアからブルガリア人を救った前妻を持つサルコぢとまさに「対等の分かち合い」もできたでしょう。このもったいぶった来仏がおチャベスさまの自国民向けパーフォーマンスだけで「なかったこと」にならないよう、真のベタンクール女史救出が一刻も早く実現するよう祈ります。

さて、おチャベスさまと言えばスペイン国王陛下に Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! と公の席で一喝されたことが記憶からなかなか消えてくれない事実ではありますが、なんとこの国王陛下の Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! がスペインで大人気となり(そりゃ、なるわなヾ(`◇´)、この"Por qué no te callas!"をあしらった商品が大ヒット、おまけにきょうび、この一喝が着メロとして出され、事件から10日経つか経たないかのうちに約50万人がダウンロードし、150万ユーロ(2億5千万円弱)の収益を得たそうです。更におまけに「www.porquenotecallas.com」がオンライン競売に出されており19日時点で入札価格は1万ユーロ以上に跳ね上がっているそうで。なんつうかスペイン・ラテンなノリがリアルになっているなあ、と思う次第。誰も「そういうことをしたらチャベスさんをいぢめていることになりませんかあ?」と言わないところが国力は日本よりないにしろ成熟したオトナの感性の国ですわなあ。

おあとよろしいようで。(-。-) ボソッ

le 20 novembre 2007, Edmond
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by ma_cocotte | 2007-11-20 15:54 | 『?』なチュウナンベエ | Comments(4)
ぢわぢわと。
例の お薬水 を買った頃、恥ずかしながらはじめて私はコレ(↓)を買いました。
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この紋所が目に入らぬか?

紋所の中身が目に入った時を想像すると身がよぢれたりいたします。ヾ(`◇´) 
そう、萬金油、タイガーバームです。
半月ほど前、外国人向けのフランス語講座に出席した時、トルコ人の女性が足のむくみに悩んでいると話したところ、すかさずタイ人の女性がタイガーバームの小瓶を携えてトルコ人女性のむくみの部分に塗り、マッサージを始めました。このマッサージを2~3日続ければ治る!と、タイガーバームの小瓶を気前良くトルコ人女性の手に握らせました。タイ人女性の話で、おらが町のはずれにあるアジア食材店のレジ近くでタイガーバームを見つけられる、と聞いたので、慢性肩こりと腰痛持ちの私は早速そのお店を訪ねてみました。が、レジ近くを見回してもタイガーバームらしき物は見当たらず、しばし視野を広げたり狭窄してもみました。いい加減見つからないので、レジの男性に尋ねると、なんとレジ机の下からカラフルな小箱を取り出してくださいました。
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5.95ユーロ。適正価格でしょうか?ムッシュウは「サロンパスもあるよ」とおっしゃってました。そう言われてみると、フランスでこの手の筋肉痛の痛みを緩和するお薬を見たことがありません。帰宅して肩やら腰やらふくらはぎやら塗りましたが、塗ってしばらくするとぢわぢわと患部に染み入る感じが実感できました。ハッカの香りですーっと涼やかなのに、ほっかほかと奥に沁みていくような不思議な感じです。イイものが地元で買えると知ることができました。鼻づまりに効きそう。(^_^)

ところが、です。

タイガーバームを地元で買えることを教えてくれたタイ人女性はもう地元にはいません。ちょっと前、フランス人のご夫君とタイに移住してしまいました。というのも、フランスではよくある話ですが、このご夫妻も母国で既婚歴のあるアジア(または東欧)系女性とフランス人男性の中年再婚カップルです。タイ人女性は一度は子供を母国に残したまま単独でフランスに住み始めたにも関わらず、数年後に母国に戻るというパターンです。このタイ人女性の場合、タイの実家に子供二人を預けたまま来仏し、結婚を契機にフランス国籍取得のための準備にも入りましたが思うように進まず、そうこうしているうちに子供が恋しくなり、ご夫君が定年を迎えたこともあり、ご夫君を説得しての帰国だそうです。

こうすることでタイ人女性がこれまで続けてきたフランス国籍取得の準備はチャラになってしまいます。今年5月、サルコぢが大統領になって以降、共和国内の外国人長期滞在者への滞在条件はどんどん厳しくなっているのも事実です。フランス共和国内で適用される社会保障制度を駆使すれば、難民であろうとガイジンであろうと「普通の暮らし」ができた共和国ですが、その恩恵にあずかれる条件や日数設定が厳しくなっているのです。来月だったか、外国人滞在希望者に対してのフランス語学力試験が各地で実施されます。おまけに、ガイジンだけでなく共和国民全体に関わることでは共和国内の物価が恐ろしい勢いで上昇しており、生きるためのエネルギー源である食生活に目に見えて響き始めているのです。(なんと今月は毎日どこかでストライキ。きょうは国鉄ストライキの第四日目ざます。毎日ストライキなのも新しい大統領のおかげ、いや、せいだな。)

このタイ人女性の言い分では、この半年でフランスの国内物価が急上昇し何を買うのも不安になるけれど、タイに戻れば不安もなく美味しく物が食べられるし、丁度時同じくして夫が定年になったこともあるので子供と親が待つタイに戻るのだそう。このフランス人の夫さんはタイの田舎でスーパーマーケットを始めるつもりらしいです。それもフランスでは難しいけれど、タイなら簡単に実現することなのだそうです。このタイ人女性と似たような話をメキシコ人女性からも数か月前に聞きました。フランスでの生活が苦しくなり始めているので、メキシコを生活拠点にしつつ、フランス人のご夫君と墨仏間輸出入業を始める計画を立て、我らが地元の商工会議所の起業講座に登録したそうです。

確かにヴァカンス明けの9月以降、何もかも値上がりし続けています。ぢわぢわと生きていくための苦しさを実感していたりします。このままだと共和国の庶民が飢える日が来そうです。
大統領閣下、
ブリオッシュも値上がりしていますので、パンの代わりになりません。

le 17 novembre 2007, Elizabeth
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by ma_cocotte | 2007-11-17 20:49 | 『?』なたわ言 | Comments(4)
接触の悪い蛍光灯。
こんな記事を見つけたよ。


ベネズエラのチャべス大統領、スペインとの関係見直しに言及

11月15日19時17分配信 ロイター

[カラカス 14日 ロイター] ベネズエラのチャべス大統領は14日、国際会議の場でスペインのフアン・カルロス国王から「黙りなさい」と一喝され論争となったのを受け、スペインとの外交および商業関係の見直しに言及した。
 同大統領は、同国王による叱責に対して謝罪を要求しているほか、主に銀行などスペインからの投資にも対抗的な措置を講じるとの意向を示した。
 同大統領は、地元のテレビ番組で「両国関係を損ないたくはないが、私は今、スペインとの政治、外交、経済関係について詳細な再検討を行っている」と述べた。
 資本主義者を「帝政」と揶揄する同大統領は、銀行大手サンタンデールやベネズエラ大手銀行のオーナーでもあるバンコ・ビルバオ・ビスカヤ・アルヘンタリア(BBVA)の名を挙げ、これらのスペイン系企業を必要としていないと話した。



どうもヴェネズエラの国家元首であらせられるチャベス大統領閣下は去る10日に、スペイン国王陛下から Por qué no te callas! 黙らっしゃいっ! と公衆で叱られたことにかなーり根を持たれたようで3日もかかって怒りを公衆で爆発させたようであります。素朴な疑問ですが、
なんで怒りが爆発するまで3日もかかったんでしょうね?
ここまでチャベスさま本人が爆裂するためのエネルギー供給が速やかに行われなかったので3日もかかったのかと拝察いたします。「21世紀の最高級マルクス主義者」を自認するチャベス大統領閣下がテレビ生中継の席上でスペインの王様に叱られた腹いせをどう表そうかと泣きついたのはキューバのご隠居さんであることは間違いないでしょうし、未来の南米を理想的アジア型中華思想に満たすためには中國さまのエラい方々にも相談申し上げたでしょうし。仲良しの弟分であるボリビアのエボ鯛、いや、エボ大統領にも「おぼえてろよーっっ!」とゲンコがつんのポーズでにいちゃんが決して負けたわけではないことを見せ付けたでしょうし、弟二人でチェ・ゲバラさまに手を合わせて祈ったかもしれません。もちろんマルクスブラザース方々からの意見をいただいたところでキューバのご老公さまのご意向が最優先されたではありましょうが、チャベスさまが動くためのエネルギーをそそいで下さる先の電圧を統一するのに3日かかったんだろうな。こんにち世界中の新聞が掲げた内容ぢゃ、電圧のせいで蛍光灯が切れちゃいそうな予感もいたします。
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闘牛さん(左)と鈍牛さん(右)がごっつんこ。

チャベスさまは「黙らっしゃいっ!」と公の席でご自分に叫んだスペインの王様を闘牛にたとえました。が、その場で怒りを表さず、ホテルでぶちぶち、翌日はスペインの新聞社にグチグチ、事件から3日も経って仕返し開始を宣言したチャベスさまは瞬発力の鈍い牛のようにも見えます。チャベスさま個人が無断で暴走しすぎたことで第一幕が盛り上がりましたが、結局はマルクスブラザーズのエラい方々が全体案をまとめて、チャベスさまに第二幕を踊ってもらうショーが始まったようです。

だがなー、確かに中南米にはスペイン出身の「豪族」のような人々が各国の機能をツンツンいぢれるような部分にドデンと居座っているだろうけれど、もし現時点で中南米がスペイン系企業やスペインと二重国籍を持つようなおブルヂョワをいたぶったところで、中南米国内がまだ成熟しきっていないのだから国内混乱をチャベスさまの私怨がきっかけで巻き起こすことになりかねません。現に中國さまから大量の「優良」移民を受け入れ続ける中南米の左傾各国であります。人材を他国に頼っているのは間違いないし、今回の事件がきっかけでスペインとの関係を薄めたところで、中國さまからその穴埋めを理由にコッテリとした関係を求められるのもミエミエだったりします。チャベスさまにおかれましてはここはひとつ冷静に、国内臣民のあらゆる質の向上にエネルギーを注ぐことがチャベスさまが「真のヴェネズエラ皇帝」になれるための基礎作りではないかとも思われます。マルクス主義者で「皇帝」というのも摩訶不思議ではありますが、マルクス主義者だからこそチャベスさまはホアン・カルロス一世スペイン国王陛下に対し、「Monseiur le Roi 国王さん」と呼びかけたのでありましょうし、事件後、ホテルの自室において「大統領に向かって「黙れ!」とはなんて軽率な国王だっっ!」と絶叫したのでありましょう。
右と左では常識と非常識も逆だったりいたしますしね、はい。
でもですね、今回の事件ですけれど、右も左もあったもんぢゃなくて、成熟した大人の一般常識の問題だと思います。今回の事件の舞台はテレビで生中継されており、事件発覚直後からYou Tube には大量投稿され、誰もが国王陛下が理科実験の豆電球のごとくパっ と発火した瞬間を拝見できるのです。
King Juan Carlos to Chávez: "Shut up" (ENGLISH SUBTITLES)
これ ↑ にゃんて、英語字幕つきなので状況把握がつきやすかったりしますが、この会議でスペイン首相ザバテロ氏が演説を始めたあたりからチャベスさまのお口のチャックが緩み始め、テレビ局側がチャベスさまのためのマイク音声をオフにしたにも関わらず、チャベスさまが延々とザバテロ氏の発言妨害を始めたのです。
これ、右だろうが左だろうが中道だろうがノンポリだろうが
しちゃいけねえです。
大統領が国王よりエラいということと「黙らっしゃいっ!」と国王が大統領に軽率に叫ぶことと何の関係もありません。もしあの会場に幼稚園児がいたとしたら、間違いなく「おぢちゃん、うるさくて聞こえないよ」とチャベスさまに言うでしょう。幼稚園児には国王だろうが大統領だろうが「大人の男のヒト」です。チャベスさまの疳の虫が治まらないのなら、スペインに絡むよりまずはマイク音声をオフにしたヒトを威圧したらどうかね?と思いますね。なんで首相なんかのマイクをオフにしないで大統領閣下さまのマイクをオフにしたのだ!?と激怒ってみてはどうでしょう。・・・・・もしそこまでアホ晒したら、飛鳥時代の恐怖政治みたいというか、お上にはむかったら火あぶりショーな中世ですかねぇ。こんな山から出てきたばかりの田舎っぺな暴君のようなチャベスさまがなぜ大統領なのか理解に苦しみますが、国際舞台に「中南米の最優秀マルクス主義国家」代表としてお出ましあそばすなら、出席者の身分がナンであろうと平等に相手を尊重し、それぞれの意見に耳を傾けるという会議マナーを身につける必要があるのではないでしょうか。大統領も、国王も、中南米も、欧州も関係なく、ヒトとして。

le 15 novembre 2007, Albert
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by ma_cocotte | 2007-11-15 18:16 | 『?』なチュウナンベエ | Comments(10)