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他人事に口出しするようになった『人権尊重の国』
まもなく2008年1月1日午前0時をもって、フランス共和国内のカフェ、レストラン、ディスコでの喫煙が「禁止」になります。フランス語で書くと、
l'interdiction de fumer dans les bars-tabacs, cafés-restaurants et discothèques après le jour de l'An

元旦後、バ-、煙草販売店、カフェ・レストラン、ディスコにおける喫煙の禁止
大きな字にしましたが l'interdiction ランテルディクシオンだから 絶対禁止 なのです。Permission (ペルミシオン、許可)という単語を使っているなら、共和国が指定する認可申請をすれば、お国からAutorisation (オトリザシオン、許可の承認)をもらえば店舗内での喫煙が可能になる可能性がありますが、Interdiction ではその術さえありません。これは 今年2月1日付 で実施された公道における喫煙全面禁止令から10ヶ月の猶予を持って実施されますが、私見ですけれど、正直言って
やりすぎぢゃないかあ?
です。現保健大臣であるRoselyne Bachelot 女史の名の下での実施ですが、きょうになって新聞各紙がこの喫煙禁止令について
le "dogmatisme" de Bachelot
バシュロの『独断教条主義』
と叩き始めています。"Dogmatisme" ドグマティズムという言葉は政教一致だった未熟な中世やら近世、民主主義を知らなかった時代を連想します。例えばこのような(↓)
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煙草の毒性を説明するポスターも其処此処彼処で見かけましたが、これを見ても吸いたい成人がいるなら吸わせてやりゃあいいぢゃんか、と私は思います。最近のフランスでは妊婦に喫煙だけでなく飲酒まで母胎のためによろしくないとマスコミ媒体を使ってアピールしていますが、それでも吸いたい成人妊婦にゃ吸わせてやりゃあいいぢゃんか、と思いますよ。いつからフランスは成人の判断にここまで口出す国になったんでしょうか。酒好きかつヘビースモーカーだった両親から生まれた私ですが、両親がもしお酒と煙草を止めていたとしても、私にはさして代わらない今があるように思えてなりません。しかも、妊婦だけでなく、喫煙者のそばにいたら子供も煙草を吸っていることになるはもちろん、喫煙する他人のそばにいたことで自分が癌になっていいのか、と連想させるような宣伝は行き過ぎとしか思えません。喫煙者に近づくも近づかないも成人なら自分で判断することではないでしょうか。死ぬほど吸いたい、死んでもいいから吸いたいなら「吸いなさい」となぜフランスは言えないのでしょう。この法の前後において私は常に煙草を吸いませんけど、何も合わせていただかなくてもいいのに。世界初の人権民主国家とかアピールしながら全体主義っぽくてヤな感じとはこのこと。なんというか喫煙を止めれば道徳者?んなわけあるめぇ。政府は喫煙そのものを規制する前にチュウ坊、いや、Collégiens (コレジアン、日本の小6~中3)の喫煙禁止指導 や違法「草」の家庭栽培や個人製造売買を何とかすべきだと思うンですが。

今年2月以降、公道での喫煙禁止が実施されたものの、現実では勤務中に職場で喫煙できない人々が社屋やら病院、学校、工場の玄関先で喫煙する姿が目立つようになりました。それは共和国内に住む誰もが気付いていることです。公道で禁止なのに変な話です。今回はカフェやレストラン、バー、ディスコ内での喫煙絶対禁止令ですが、確かにこれまでの無法だと銜え煙草で調理している親父もかなりいました。煙草を上手く指に挟んだまま、エスプレッソを入れたり、麦酒を注ぐワザを持つムッシュウやマダムをカフェやバーで見たこともあります。調理場にスタージュ(=見習い)に行った級友から、銜え煙草のまま調理するからサラダやスープなんでもかんでも灰入りなのよ、なんてことも聞いていました。そういう点においては改善が必要でしょうが、従業員と客の立場は明らかに違うだろうに。喫煙した違反者への罰金は68ユーロ(約1万1000円)、禁煙表示を出さないなど対応を怠った店側の責任者にも135ユーロ(約2万2000円)の罰金が科せられます。

2007年大晦日のフランスは平和なのか、どの報道番組もトップニュウスはこの喫煙禁止令カウントダウンについてばかりです。全面禁煙を既に始めた飲食店のオーナーは「客が3人減ったけど、子連れの家族客が増え始めているからどっこいか」という意見も流れれば、ベルギー国境沿いの県に住む仏蘭西びとが喫煙が全面禁止されていないベルギー側の飲食店で喫煙を楽しむ姿も紹介されました(大陸国は良くも悪くもこれができる)。その中には妊婦さんもいましたが、誰もが口を揃えて、この法はStrict!厳密すぎる!とボヤいていました。私もそう思うよ。ベルギーに気軽に行けず、喫煙を今まで通り楽しみながらカフェやレストランでの時間を持ちたい仏蘭西びとに勧められているのが、イスラーム圏の水煙草をチュパチュパ回し飲みというのも私にはわけ分からん展開だったりします。

ココまで他人の嗜好を規制するなら、いっそ仏蘭西国内で煙草を売るな!ですわよ。
この頃のフランスはウザいね、まったく。

le 31 décembre 2007, Sylvestre
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by ma_cocotte | 2007-12-31 20:54 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
舌の根も....
乾くことはないわな、皇帝サルこぢサマにおかれましては...ε= (´∞` ) Bof
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щ(゚Д゚)щ この手は何だ?   ↑↑↑
Copyright © 2007 AFP

そ し て 、

皇帝サルこぢの 舌なめずり は何っっ?


「充実したヴァカンスを過ごしたい」という理由で大統領給与を値上げさせた皇帝サルこぢ一世ですけれど、こんなことのために税金を払っているこちとら、空虚しさを覚えるばかりです。
し っ か ~ も 、
美感覚のまるでない私には現在、皇帝サルこぢ一世の恋人であるカルラ・ブルゥニ Carla Bruni さまと
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Copyright © 2007 Reuters

ついこないだまで皇帝サルこぢ一世の后(きさき)だったセシリア Cécilia さんが
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双子のピーナッツみたいに そっくり なので

皇帝サルコぢ一世サマの女性の趣味がわかったと申しましょうか、毎回、皇帝サマは婦女子の見てくれで簡単に恋に落花生で、同じあやまちを繰り返すそんぢょそこらの おっさん ぢゃないかと疑ったりしてしまうのです。いや、そんぢょそこらのおっさんはこんなことを他人のお金でしないわな。...なんて、こうゆうことを発言したら不敬罪でコンシエルジェリィ Conciergerie にぶち込まれる日もカウントダウンなお仏蘭西かもしれまへん。
ε= (´∞` ) bof ため息が普通の呼吸になりつつあるけふこの頃。
誰がこんな仏蘭西を救うのだ?フアンフアンちうりっぷを望んで待つ。SOS

le 28 décembre 2007, Innocents
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by ma_cocotte | 2007-12-28 03:17 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(4)
Jubilate Deo, omnis terra
昨日までいなかったのに、
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きょうはいるよ、べいびぃ が。
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La voici, la nuit de dieu,
D'où le jour va naître comme un feu.




さて、昨晩。
25日は0時半過ぎに帰宅した、ま・ここっつぁん。
テレビに火ぃを入れたら、教皇Benoît XVI (ブノワ・セーズ、=ベネディクト16世)聖下のお説教中でありました。そう、昨晩、フランスでは TF1 でヴァチカンでの深夜ミサの生中継が放映されていました。お説教も終わってまもなく、現場では
Credo in unum Deum, Patrem omnipotentem,
factorem coeli et terrae, visibilium omnium et invisibilium.
と唄い始めたのですよ。「おお、今年はラテン語で信仰宣言きゃっ?」と知らない節でもなかったのでところどころで口ずさんだりしたのですね。
そしたら、あーた、閉祭までずーっと ラテン語 だったのよ。
昨晩のヴァチカンの深夜ミサはラテン語でのノブス・オルド(Paul VI)ミサだったのです。
深夜2時近く、いつもだったら熟睡してわが魂がどこを浮遊しているかも自覚できない時間だったし、Credo (クレド、=信仰宣言)に続いてフランス語で言うところのPrière Universelle、日本語の共同祈願が始まり、今年はフランス語、アラビア語、ドイツ語、中國語で世俗さんが意向を読まれたことや、イタリア語とラテン語がそこはかとなく抑揚が似ているのも私が気付くまでに時間がかかる原因になりました。この生中継番組を見ていて何となく「あれ?」と目が覚めたのが、聖変化で教皇さまが掌を返した途端、カーン!と脳天に響く一発の鐘が鳴った途端、画面の向こうの世俗席の人々が一斉に同じように動いた・・・・。跪いたのだよ。私の目ぇは、きよっさん @。@。更に「カーン、カーン、カーン」の三連発が2回繰り返された(聖変化ですからね)。一昔前の先唱者装束(黒スータンに白エプロン)の男性が聖堂隅の鐘を叩く姿が画面に映し出されました。立ったままの人もいたけれど、いや、私の目の黒いうちにこの場面を再び見ることができようとは。解説者の男性が画面にクレドや主祷文をすらすら唱えている世俗さんが映ると「いいですねぇ。ラテン語ミサなので世界の国境がなくなります」と何度か繰り返していました。共同祈願のフランス語がイタリア語でないことに気付くまで1分近くかかる私には門外の話だったりしますが、これから近い将来に何度かラテン語ミサに出ていれば「山」とラテン語で問いかけられれば「川」とラテン語で返答できるくらいにはなれるかしら。(淡い期待)
しかも、教皇さまの両脇の助さん格さんお二方のお召し物ぐゎっぐゎっぐゎっ。

↓ 左のお方にご注目 ↓
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これ、ダルマチカ でございませんこと?

昨晩の私は7割がたウトウトしながら、なんだか夢のような不思議な世界を見た心地です。昔と今がまぜこぜになってラテン語ばっかりの世界です。25日朝、目が覚めても不思議なものを見た気持が失せなかったのですが、25日の正午過ぎにUrbi et Orbi を見ていたら、やっぱり最後はラテン語による祝福で(これは恒例ですけれど)、なんとなく午前2時に見た光景が現実だったという確信に至りつつある今です。もしかしてJean XXIIIミサ、Paul VIミサに続いてBenedict XVIミサという新しいラテン語ノブスオルドミサが誕生、そのお披露目が昨晩だったのでしょうか?(放映時間は例年より1時間ほど長かったと思われ(-。-) ボソッ

まっこと不思議な、狐につままれたような2007年の聖夜でありました。

le 25 décembre 2007, noël
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by ma_cocotte | 2007-12-25 23:27 | 『冬』 Rien de special | Comments(2)
窓を開ければ、
真っ白だったよ、イヴの朝。
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遠くに沈み行く月。


そして東の空からは、
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朝日が地平線から光の矢を放ち、


冬至も過ぎ、昨日より日照時間が2分延びても、こんなお天道様を拝めるのは午前8時55分。
ココは北国。

夜明け前から車のエンジン音がせかすように聞こえ、
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ま・ここっつぁんもせわしないイヴを迎えました。.....鶏から行くか。(-。-) ボソッ
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le 24 décembre 2007, Adèle
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by ma_cocotte | 2007-12-24 18:50 | 『冬』 Rien de special | Comments(12)
サル式ローマの就日 Une journée de Nicolas Sarkozy au Vatican
2007年12月20日、フランス皇帝サルコ一世の朝はローマで明けました。この日、まず初めに皇帝サルコ一世はローマ教皇との謁見のためヴァチカンに向かいましたが、
遅 刻 しました。
遅刻分数は当初25分と報道され、その後、遅刻分数は17分だったという修正報道もありました。いずれにせよ、皇帝サルコぢ一世の遅刻は
Comme d'habitude  い つ も の こ と
でありますので、サルコぢ担当記者も「ま、いっか」の待ちでしたが、ヴァチカン側におかれましては来訪者の遅刻は
前 代 未 聞
だそうでございます。やってくれました、皇帝サルコ。
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しかも、車から降り立った皇帝サルコ一世は午後にラテラノ聖堂で教皇さまから下賜された勲章"chanoine d'honneur シャノワァヌ・ドヌゥル"の叙勲ミサを控えているにも関わらず平服だったった...。皇帝をお迎えし、教皇の御前まで随行する10名に及ぶ大使方は正装だったのに。遅刻した皇帝サルはJames Harvey 大司教と在ヴァチカン仏大使にはさまれ、更にスイス衛兵に四方を囲まれるようにして宮殿内へ。遅刻したにも関わらず皇帝サルコ一世はキョロキョロしたり、途中で立ち止まって美術品を眺めたりしながら歩を進めるという態度を披露あそばされました。いよいよ教皇さまの待つお部屋へ。ここからの皇帝サマがまた画期的なことをしてくれたとでもいいましょうか。普通、教皇が来賓者に右手を差し伸べたら、その薬指の大きな指輪に接吻するのですが、いっきなり皇帝サマは教皇さまの手を握り上下に振ってすまいますた。更に教皇さまに遅れること数秒で着席するなり皇帝サルコ一世から教皇に質問です。普通、着席を促されるまで座らず、会話も教皇さまから切り出すもんぢゃござんせんかね。違うの?
Sarko 1er « Où avez-vous appris le français ? » 
サルコ一世 : どこでフランス語を勉強されました?
le souverain pontife « Je l'ai appris au lycée, à l'école en Bavière» 
教皇さま : 高校です。バヴァリアの学校でした。
教皇B16のフランス語ペラペラは結構知られているのですが、サルコぢはご存知なかったのでしょうか。側近も教えないというか、予備知識などおさらいしないままの本番だったとしか思えない会話の始まりです。
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皇帝サルコ一世はその後、引きつった笑みのまま、教皇さまの御前で揉み手の繰り返し。こういう場での成人の揉み手ですが心理的にはお願い事がある時に掌が常によれよれするのだそうです。皇帝サマは教皇さまに何をお願いしたかったのでしょう。二度の離婚の赦し、はたまた、三度目の結婚でありましょうか。会談は25分ほどでしたが、内容は公表されていません。なんでも皇帝サルコ一世が来年、教皇さまがルルド巡礼のためフランスにおみ足を運ばれた際には必ずパリに更におみ足を運ばれますように、と命令、いや、お願いしたとか。そして、現在、共和国内で話題になっている▼日曜日(カト的にはJour dominical 主日)にナンピトも就業できるようにする、▼離婚の簡略化、▼移民の問題にまったく触れなかったようだという推測も報道各紙に書かれています。

今回の皇帝サルコ一世のヴァチカン訪問に随行した方々ですが、皇帝サルコ一世の「愛しの」ラシダ・ダティ法務大臣は初めて随行に入りませんでした。そして、随行者のひとりであるカトリック司祭ですが、この方(↓)です。photo Cito/AP
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ギィ・ジルベール Guy Gilbert 神父。"prêtre des banlieues"(=移民地区で活躍する司祭)として知られるジルベール神父の普段は革ヂャンにバイクぶろぶろで知られていますが、この日ばかりはご自分の最長上である教皇に謁見なのでローマンカラーをはめたんだけど、謁見後には我慢しきれず紙巻タバコにエスプレッソだったようですね。

更に誰もがぶったまげたのは皇帝サマが Jean-Marie Bigard(ヂャン・マリ) ビガーという芸人を教皇さまにお引き合わせしたことです。ビガーですが、共和国内をくまなく巡業し、どこの会場も満席にするほどの人気芸人ですが、かなり強烈にきわどいシモネタ漫談を得意としています。確かにビガーは「舞台前には10~20回は祈る」と告白されるカトリック信者ですが、皇帝サマが大統領候補だった時からサルコぢ支持を表明していた人物でもあります。それ故、皇帝サマがビガーを教皇さまに引き合わせたことについて現在のところインターネット上の方々で激論が飛び交っているようです。教皇さまがビガーの仕事内容をご存知ないことをいいことに、皇帝サマが"le prosélytisme de Nicolas"、つまり「ニコラの政治勧誘熱」を教皇さまの御前で発散させているのだとか、"L'EVANGILE SELON SAINT NICOLAS"、つまり四福音をもじって「聖ニコラによる福音」にたとえて批判を述べられていたりします。うーん、皇帝サマは「僕を支持してくれた礼」としてビガーのために教皇さまを引き合わせたのかもなあ。普通、逆だよね。しかも、教皇さまのそばで皇帝サマの携帯電話が鳴ったとか...ヽ(`Д´)ノ

更に更に、皇帝サマは教皇さまに三冊の本を贈りました。Georges Bernanos ヂョルヂュ・バルナノという皇帝サマが市長サマだった時代に治めていたNeuilly s/r Seine ヌイィ・スュル・セーヌ市で活躍された作家の作品"La Joie 喜び", "L'Imposture 詐欺"の二冊と、ご自分が皇帝サマになる前に書かれたとされる著書"La République, la Religion et l'Espérance"(=共和国、宗教、希望)を特別に赤色の革表紙で装丁したものを差し上げたのでした。やっぱ贈呈品でも皇帝サマの自己主張でグイグイだと思われ。

そして、皇帝サマの「本日のメインエヴェント」は12月20日の午後、聖ヨハネ・ラテラノ大聖堂で行われたChanoine d'honneur 勲章叙勲ミサに出席することでした。
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photo par AP

そこで16世紀にプロテスタントからカトリックに改宗したアンリ4世国王が教皇から下賜されて以降、代々フランスの国王、国家元首がいただく最高位の勲章が皇帝サルコ一世に教皇代理枢機卿から与えられ、皇帝サルコぢ一世は名実共に「ヴァチカンの騎士」となったのです。現在はフランス共和国大統領のタイトルのひとつなんだって。(ただし、第五共和制においてポンピドとミッテランは下賜されていません)。アンドラ公国の共同国家元首でもあるんだよ、皇帝サルコ一世は。

こちら(↓)、20日に流れたサルコぢ大統領ヴァチカン公式訪問関連ニュウスです。
TF1 : Sarkozy fait l'éloge d'une "laïcité positive" au Vatican
France 2 : Nicolas Sarkozy rencontre Benoît XVI

で、ミサですけれど、皇帝サルコ一世はご聖体を拝領できたンでせうか?¢( ・_・) ハテ?

le 22 décembre 2007, Françoise-Xavière 
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by ma_cocotte | 2007-12-22 07:29 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(10)
「微笑む豚」噺の続き、
ココんちの地元の朝市で売られている lapin ラパン、=うさぎちゃんたちです。
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せつないほどかわいい と思います。


でも、朝市のお惣菜屋さんの店先には、
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Fricassée de lapin du Lubéron
リュベロンのウサギのホワイトソース煮込み
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おいしそうだけど、おいおいお....(T_T) 複雑ぅ。
そういや、南仏に住んでいた頃、ココんちの仏蘭西人♂のママンのお家に行くとにんにくの利いたウサギのホワイトソース煮が出たことがありましたよ。鶏肉のようなんだけれど、モソっと咽喉あたりに残る感じは鶏レバーのようかも。美味しいンですけれどね・・・かわいいウサちゃんを見てしまうとなるべく食べたくないな、と思ってしまったりしますし、スーパーで「因幡の白兎」状態で並ぶウサギを見ると泣けてきますよ、あたしゃ。

le 20 décembre 2007, Théophile
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by ma_cocotte | 2007-12-20 02:06 | The ou Cafe? | Comments(12)
ご慶事には『尾頭付き』ですわよね。
ノエルまで一週間となりました。
そろそろご慶事に向けて本格的準備に入らねばなりません。
お買い物♪ お買い物♪ ですが、こんな広告がココんちのポストに入っておりました。
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内臓抜き お かしら つきの  半頭分


.....いやはやなんとも。
豚半頭分の売りなのにお頭はひとつ付いているという摩訶不思議。

b0070127_4234981.jpgフランスのテレビでもたまに時代劇ドラマが放映されますが、中世時代劇となると必ずと言って良いほど宴の場面に豚のお頭付きの丸焼きがメインディッシュとして登場します。「宴」と言っても、時には異端者の火炙り刑を見物しながらの宴だったりするので、そういう場面に慣れないガイジンにはそのようなものを眺めながら酒を飲みつつ食事をすることができる自体、信じられなかったりいたしますが、牛より豚が宴の人気メニュウだったことは「知る喜び」でございました。

← この本「Gastronomie de Moyen-Age 中世の美食」の表紙の中の「おかしら」はいのししでしょうか。キバが見えますね。
冬と言えばいのしし料理の季節でもあります。トマトソースとたっぷりの野菜でコトコト煮た料理です。身体が芯から温まり、なかなかの美味です。

今年の冬は寒いです。寒すぎです。

le 18 décembre 2007, Gatien
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by ma_cocotte | 2007-12-18 03:40 | 『冬』 Rien de special | Comments(16)
お見せできるほどの場ではございませんが、
冬の或る日。霧深過ぎる午後のこと、
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或る教会の、手を天に差し伸べるご像(↑)の真下あたりの部屋に入りました。この部屋に行くためにはsacristie (香部屋 こうべや)と呼ばれる部屋を通り抜けねばなりません。ほんの四半世紀前でしたら香部屋の向こうは世俗は引くことの先唱者♂侍者坊♂修道者♂♀で入れない場所でしたが、きょうび世俗♀も入れる場になりました。そういう変革に追いつかない固ゆで頭のま・ここっとはなぜか香部屋の敷居をまたぐ時、毎回足が気持高く上がります。スキップする時の足みたいなもんだな。(^_^)
香部屋に入るとその先にドアがあり、そのドアの向こうにまたドアがいくつもあって、その一つのドアの向こうにある部屋に入ったのでした。20畳くらいある長方形のだだっ広い部屋の一長辺一面は巨大な棚(↓)であります。
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Cathé の道具でごった返しております。お見苦しい点お許しを。

この棚の下段の扉を開けてみますと、なんと中はこんな感じ~(↓)
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¢( ・_・) ハテ? どこかで見たことがある懐かしい形と、ふと脳内を一周してみると、母の着物が収められた和箪笥です。扉を開けると10cmに満たないひきだしが目の前の棚と同じようにあり、桐と樟脳の混じった独特の香りさえ思い出すことができました。

写真のひきだしに貼ってあるラベルを見たところ、Dalmatique とかRouge (赤)、Violet (紫)、Blanche (白)、Verte (緑)と色が手書きの美しい筆記体で書かれていました。Dalmatique ダルマティクというのは日本ではダルマチカ(←羅典語?)と呼ばれるカトリック聖職者の祭服でござんすね。どうもこの場所、今では倉庫兼作業場と化しておりますが、ひと昔前まではカトリック聖職者の衣裳部屋だったようです。きょうび司祭服は香部屋第一の部屋(!)の箪笥のハンガーに吊るされているもんですが、昔は10000kmも離れた日ぃ出ずる國と同じ習慣で横に寝かせて収めていたのですね。そう思うと不思議な感覚に襲われました。

さて、Dalmatique ですけんども、今から40年ほど前の例の第二ヴァチカン公会議を境に大変革しており、それでもわれわれにはヴァチカン中継で拝見するあちらの世界は異次元ですけどね。巷では第二ヴァチカン公会議以前の祭服を焚いたという噂まで漏れ聞いたりいたしますし、特におフランスではその第二ヴァチカン以前の慣習を元から断つ作業に懸命だったとさえ言われてますが、確かに聖堂内で昔のダルマチカを目撃すたことはござんせん。

私が昔のダルマチカを目撃したのは、なんと県立公文書館内の銀行金庫のような扉の向こうの防炎防火かつ一定湿温度に保たれた薄暗い保存庫にダダダダーっと金銀ギラギラ極彩色の司祭服が数十着。そして、先日、無料公開日に行った地元の博物館で、
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わたしの ドンっ! と呼んでください。



せなのこの文字が目に入らぬか~っっヾ(`◇´)
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どんっ! どんっ! どどんっっ!

素人の撮影なのでわかりにくいですが、どれも総刺繍ですし、この(↑)ダルマチカの縁取りの朱色の点々なんて 石 でっせ、石。こんな素晴らしい刺繍を拝見しても、そういえば我らが祖父母時代にはまだ染めではなく総刺繍の振袖なんてあったべよ・・・と遠い目になったりもいたします。

旧祭服が教会ではなく民間で保存されていることに異議もありましょうが、フランス国内のあっちこっちの教会そのものがシロアリやら雨漏りでくずれかけているのですから、防炎防火一定湿温度の場で保存していただいた方が、近未来、再びこれらの祭服が日の目を見る機会にはよろしいンぢゃないか、と楽観したりいたします。一度付いた雨染みは取れんからね。

婆の目が黒いうちにこんな場面(↓)をもう一度拝みたいぞよぞよ。
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(↑) Photo par FSSP (↓)

...ってこれ(↑)、今年の10月20日、Lindau ランドォという町で行われたハアス司教司式によるTonsures et Prises de soutanes(剃髪とスータン着衣式)です。このスータンのドレープの美しさ。モン・クール(Mon coeur、=私のハツ)がバフバフ。究極美ぢゃあ。こちらが動けば美しいダルマチカもスータンも抹香のモヤにかすんではいても、この目で見て確かめられるのですわね。

そして、そして、みんなたち。こ、これ(↓)でどうよ?
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ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ 言葉にできない・・・。 ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ ヾ(o゚ω゚o)ノ゙


絢爛豪華。うるるるるる。目の保養で、がーぶちょん。

le 14 décembre 2007 Odile
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by ma_cocotte | 2007-12-14 18:13 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
次から次へと濃い客ばっか、
ついこないだおチャベスが来たばっかなのに、今度は
コロネル・カダフィ かよっっ!
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Nicolas Sarkozy accueille Mouammar Khadafi le 10 décembre 2007 à l'Elysée à Paris
Eric Feferberg AFP



こってり 濃すぎ


つぅか、
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おっさん、顔を いぢりすぎ。


カダフィっつぁんをボカして正解、AFP
いんやー、おとといだったかポルチュガルの会議場で挨拶をするカダフィ将軍と皇帝サルコ一世の動く映像なんてものを拝見しましたが、この顔にピントがあって動くとオカルトだぞ。カダフィ将軍の現在の御尊影を拝してしまいますと、ヂャニ・アリデのいぢり具合なんてまだカワイイもんよ、おまいさん。

さて、カダフィ将軍。
Mouammar Kadhafi さんは北アフリカはリビアの君主であらせられます。
1969年9月1日のクーデタ後、おカダフィさまはずーっとリビアで一番エラいヒトです。この方の息子さんは花の都おパリにお住まいですが、確か数年前シャンゼリゼ通りを左側通行で逆行しても無罪放免だったという記憶がほんのちっぴり脳裏に残っております。そいつの親がこうして12月10日、34年ぶりに公式来仏しやがったのですが、この40年近い君臨においておカダフィさまが裏で関わったとされるテロ支援についての信憑性ある噂の数は数え切れず、今回の来仏で皇帝サルコ1世がおカダフィさまを「我が良き友よ」と歓待したことを批難するヒトは数え切れないほどであります。誰もが口にするのは
大統領は人権より金を重んじた。
であります。っま、そっ言われちゃってもしょーがないっかなー♪と思いますよ。なんでもおカダフィさま、今回の来仏で100億円以上を携え、なんとエアバス機を21機(約30億円)と原子炉を購入してくださったさふでございます。おまけに戦闘機も御所望なんですと。これまたついこないだの皇帝サルコ一世が好きなヒトだけ誘っての中國公式訪問 に続き、お金をたんまり懐に突っ込んでくださるヒトが皇帝さまにおかれましては「我が良き友」の第一条件であって、誰が何と言おうと「人権問題」と「商談」は別問題なのだそうです。これまでの言動から薄々気付いてはおりましたが、この皇帝、魂を売っちゃったとしか思えんの。大統領就任後、モロッコ、中國、アルジェリア、ヴェネズエラにリビアとコテコテドロドロベットリネットリんちょな外交相手先でございますわね。後で大きくて重すぎる見返りがフランスに跳ね返って来て、それに向き合うのは皇帝ではなく共和国の三角形底辺の人々のような気がします。三角形の頂点はなんせ皇帝に気に入られようと必死ぶっこいているもの。必死のぶっこき方は
金、
良心でも誠意でもないわけよ。ε= (´∞` ) 最低としか言えない。
こんなマネ、マネ、マネーの自己満足外交をいつまでおル・モンドさまやおリベラシオンさまがキレずに見ていられるのか、カウントダウン状態に入ったかもしれません。セゴ姐曰く、
経済・軍事契約締結のために人権の伝統を踏みにじっていいのか
ご尤もでございます。セゴ姐の公約は「フランスの伝統は守る」だったもの。

...次に控えし濃ゆい来客は誰だろ?

le 11 décembre 2007, Daniel
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by ma_cocotte | 2007-12-11 04:57 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(4)
「世にも不思議な話」から150年経ちました。
「世にも不思議な話」というのはルルドに聖母が現れた話です。
詳細はこちら(↓)を、くりくりっく。
嘘のような本当の話-2月11日ルルドの聖母の祝日
聖母マリアがピレネー山脈途中にあるルルドの藪の中で少女ベルナデット・スビルゥ Bernadette Soubirou の前に最初に姿を現したのが1857年2月11日木曜日のことで、来年2月11日がその150年目にあたります。
て な わ け で 、
こんにち12月8日はフランスの暦またはカトリック典礼暦で Immaculée Conception 無原罪の聖母 の祝日でありますが、聖母を見たことを誰にも信じてもらえずに悩むベルナデットに聖母が告げたのは、
Que soy era Immaculada Concepciou.
私は無原罪の宿りです。
でした。この Immaculada Concepciou がまさにフランス語の Immaculée Conception にあたる言葉ということもあり、きょう2007年12月8日から来年12月8日までカトリックでは Jubilé de Lourdes ルルド150周年祝祭年と定めました。
公式HP:http://www.lourdes2008.com/
Jubilé はきちんと訳すと50年を節目にしたお祭りであり、カトリックにおいては大赦、いえ、KTO的には免償が伴ったりします。このルルド150年記念祝祭においても既に免償条件が信者向けに発表されています。今回の免償についての規定は以下のとおり。

 すべての個々の信者は、真に罪を悔い改め、赦しの秘跡を通して清められ、聖体拝領で養われ、教皇の意向に従って敬虔に祈ることを前提に、以下の条件で、日常的に全免償を受けることができる。

 「A.2007年12月8日から2008年の同日まで、ルルドの次の場所、1.ベルナデッタが洗礼を受けた小教区の洗礼堂、2.「カショ」と呼ばれるスビルー家の家、3.マッサビエルの洞窟、4.ベルナデッタが初聖体を受けた養護施設の礼拝堂を、できればこの順序に従い敬虔に訪れ、各所で適切な祈りの時間を持ち、その中で信心深い黙想を行い、主の祈りと信仰宣言(クレド)、そして記念年の祈りまたは聖母への祈りを唱えて締めくくる。」

 「B.2008年2月2日の主の奉献の日から、2008年2月11日のルルドの聖母の記念日および聖母の出現150周年の記念日まで、ルルドの聖母に捧げられたあらゆる教会、礼拝堂、洞窟、およびふさわしい場所を敬虔に訪れ、公的に置かれたルルドの聖母の御像・御絵の前で聖母への信心業に参加するか、少なくとも適切な黙想の時間を持ち、主の祈りと信仰宣言(クレド)、そして聖母への祈りを唱えて締めくくる。」

 「C.病者、高齢者、また正当な理由のために外出できないすべての人は、自宅、または、外出できない用事のために置かれている場所においても、すべての罪から離れようとする心を持ち、可能な時にただちに前述の条件(ゆるしの秘跡、聖体拝領、教皇の意向のための祈り)を果たす決意の下に、2008年2月2日から2月11日まで、上記に示した場所を心からの望みをもって精神的に訪れ、上記に指示した祈りを唱え、マリアを通して、信頼をもって自らの病気と人生の苦しみを神に捧げるならば、同様に全免償を受けることができる。」

全文はこちら:http://www.radiovaticana.org/japanese/japnotizie0712a/
japcronaca071205.htm

この中(↑)のA.ですが公式HPにも既に地図が掲載されています。これ(↓)ね。
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きょうび21世紀のフランスは最早、カトリック伝道国ではなく宣教をヨソにお願いする国に成り果てましたが、どうもルルドに聖母が出現された件については名ばかり信者(幼児洗礼を受けたのみのフランス人)であっても興味があるらしく、6日、7日とTF1 の13時のニュウスでルルド特集が流れました。特に6日放映された奇跡認定の話題(↓)は興味深いものでした。
【Lourdes : 150 ans de miracles】
http://videos.tf1.fr/infos/media/jt/0,,3644634,00-lourdes-150-ans-miracles-.html
ビデオの中に奇跡認定に関わられる医師も登場しますが、この150年でルルドの水による治癒例が約7000、そのうち67症例が既に奇跡認定(最新の奇跡認定は2005年のイタリア人女性)され、今年2007年度は奇跡認定審査希望として新たに36症例が提出されてきたそうです。先生の話ではこの36症例のうち10症例が奇跡の可能性がありそうだ、とのこと。
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Crédits photo : DENIS/REA @Le Figaro

さて、この150周年記念のお祭りがルルドを中心に催されることでローマ教皇ベネディクト16世がルルドに巡礼にいらっしゃるのは間違いなく(思えば前教皇JPIIの最期の海外巡礼先は2004年8月15日ルルドでありましたな)、この調子だとフランス皇帝サルコ一世がヴァチカンを訪問しないまま、B16がご来仏されることになりましょう。なぜか教皇B16の来仏日程はまだ発表されておらず、この一年の間の節目の日、すなわち2月11日(聖母最初の出現)、3月25日(聖母が無原罪を名乗られた日)、8月15日(聖母被昇天)、来年の12月8日のどれかには必ずおみ足を運ばれるかと思われます。かつてシラク大統領閣下はベルナデット夫人と共に空港まで教皇さまをお出迎えあそばされましたが、皇帝サルコ一世は果たして空港に現れるのでしょうか。
エイメリカにおヴァカンス中なので皇帝サルちゃんは迎えになんか行かない@8月15日・・・ありえそうで怖いけど、恐る恐る置くひとし君人形。

le 8 décembre 2007, Immaculée Conception

b0070127_1663387.gifそうそう12月第二週末と言えば、毎年恒例のチャリティー番組 Téléthon テレトンが昨晩から放映中です。ということは、今晩のTF1 は ミス・フランス選考会 だな。(^_^) ワクワク

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by ma_cocotte | 2007-12-08 15:02 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)