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どろ辛、ドロカラ。
PIRI PIRI です。ピリピリ。
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ポルトガル名物の PIRI PIRI ピリピリ です。

この広い世界には日本國の七味唐辛子、マグレブのアリサ Harrisa、エイメリカの赤やら緑のタバスコなどなどいろいろな香辛料がありますが、ポルトガルのピリピリもなかなかの一品でございます。食感を位置で表すならばアリサとタバスコの間でしょうか。味の重さも同様です。アリサより軽いけれど、タバスコより重いと思います。
ピリピリの中身はカプシクム Capsicum といういわゆるひとつのチリペッパー chili pepper に水、塩、油を加えて練りつぶしたという単純さで、食べる前にビンをよく振ってから使います。ソースの硬さもアリサよりは柔らかいけれど、タバスコよりははるかにドロ~リ、こってりとした液体です。このピリピリにレモン汁を加えたソースを作り、グリルした鶏肉やお魚につけて食べるのがポルトガルの家庭で好まれている食べ方らしいです。

ココんちあたりは大西洋に近いのでポルトガルからの移住者が多く、近所のスーパーマルシェにはポルトガル食材コーナーがあり、私の知らない食品がたくさん並んでいます。食材はスペインやフランス、イタリアと大してかわりがありませんが、オリーヴ漬けにしても、ピクルス(フランス語だとコルニション)にしても、味付けが違うので、口に含んだ瞬間に異国を楽しめたりする のです。
さて、ピリピリですが、口に入った途端、身体中からしゅわわわわわと汗らしきものが出るような妙な感覚を味わえます。ですが、とーっても辛いけれど、咽喉もと過ぎて身悶えることがないし、胃に落ちて燃えるような感覚があるわけでもありません。食べやすいかも。

私はピリピリを無難にピザにかけて食べるのが好きでっす。
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邪道かなあ。でも美味しいよ。

le 28 janvier 2008, Thomas d'Aquin
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by ma_cocotte | 2008-01-28 22:49 | Thé ou Café? | Comments(0)
ヒ ト や 道 徳 の 価 値 判 断 。
この一週間、町を歩けばこのポスターが其処此処彼処に。
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毎週水曜日発行の かのCharlie Hebdo シャルリ・エブド の第一面はこんな感じ。
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インターネット版プラシド Le Placide にもこんなの見つけた...。ε= (´∞` )bof
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Jeudi 17 Janvier 2008

《 Le Fou de DIEU 》は『神の馬鹿』、『神の度外れた無分別』、『神のチキガイ』などと訳せましょうか。ここでの「神」ですがどうも神聖フランス帝國国家元首であらせられる皇帝サルコぢ一世サマを指すようです。昨年5月のスペイン風な戴冠式から8か月が過ぎ、皇帝さまもイヤイヤながらユダヤ教やらキリスト教各宗派、イスラームの高位聖職者と会わねばならず、現在はインドでヒンドゥウな週末を送られておりますけれど、どうも カトリック聖職者との面談時における言動の異様さ だけでなく、先日1月13日から15日までのアラビア半島諸国の旅での皇帝サマのご発言が共和国内で尾を引いているのでございます。天下のおル・モンドさまも1月15日発行紙のReligion (宗教面)ではなく Politique (政治面)で、
A Riyad, Nicolas Sarkozy prêche "la diversité" des religions et cultures
リヤドにて、ニコラ・サルコぢは宗教と文化の「相違」の福音を説く。
なあんて記事を掲載しました。この記事で持ち出されたのは1月14日 リヤドでの国王御前演説での皇帝サマ発言 です。なんだな、こりゃ、礼拝の感話のごとき演説といいましょうか、徹底政教分離国家の元首サマが臣民に説き伏せる「神」ですかね?
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Le credo de Sarko - Le Canard enchaîné n° 4552 - 23 janvier 2008

1月25日はフランスの暦では Conversion de Saint Paul 『聖パウロの回心』の日でしたが、偶然にもこの日の夜、国営放送France 3 の大西洋版ニュウスラ・ロシェル&サント教区 のベルナール・ウセ Bernard Housset 司教が神聖皇帝サルコぢ一世サマのリヤド発言について反論声明を出したことを伝えました。ウセ司教さまがおっしゃるには、皇帝サルコぢ一世サマはサウジ・アラビアで「全ての道徳は宗教によって作られる」と言っているが、そうではなく、神を信じようが信じまいが各自の心の中の良心が徳と化して現れるのであり、フランスにおけるライシテ laïcité、=完全政教分離の良さは「政治に支配されるものでもなく、精神世界に支配されるものでもなく、各自ひとりひとりの中にある「良心の自由」の保障」である、と。司教さま個人におかれましては無神論者の友人知人もいるが、彼らの存在の抜本に道徳心があることを確信しているのでサルコぢ一世の主張は受け入れ難いのだそうです。
ご尤も ですわねぇ。
人間の誰もが心の最奥に良心 La conscience をもれなく持っているとするのがカトリックですからして、信仰の自己申請のみで個人の道徳の有無やら良し悪しは明らかにできません。どこかの大統領みたいにいくら「J'uis Catholique. 私はカトリックだ」と口外しながらも不道徳な生活を臣民に喜んでひけらかしている御仁もおりますしねぇ。一年ほど前、大統領選挙選でサルコぢはやたら laïcité ライシテの語を出していましたが、当時、彼がそのライシテの中身を語ったか?と振り返ってみると「カトリックもユダヤも1905年以降公共で我慢していることがあるのだからイスラームも我慢するのが「平等」とは語ったに過ぎないかもしれません。こうして神聖皇帝サルコぢ一世サマが大統領なんかに身をやつして8か月が過ぎ、いくら本場イスラームの国での演説であれ、宗教心のない人間にはモラルがないがごとき発言というのは「自由・平等・博愛」のスローガンの下に生きる共和国民に不平等を与えかねません。ニコラ・サルコぢなる人物が大統領候補になった段階から自分を応援する人物には「出身国を限定しない「できる」人物」を集め、「できる人物」であれば出身国で差別も区別も自分はしないことをアピールしました(なんせサルコぢサマご本人が移民二世で、弁護士として成功した大統領はんです)。そして、大統領就任後は移民や難民には「共和国の中で「できる」なら「住み続けることができる」けれど、「できないなら母国へ帰れ」ですし、共和国民には「働くことができるなら働いて上限なく稼いでその収入を共和国のために浪費しろ」がごとき勧めをし続けています。それができないなら野垂れ死にもやむをえないと言わんばかりの改革ばかりですもんね。これからはサルコぢが決めた「新しい平等」のせいでSDF(路上生活者)はますます現れ、テレビも見れないご老人が増えるばかりでしょう。

どうやら神聖皇帝サルコぢ一世サマによって、フランス共和国にはサルコぢ独善設計の新しい天秤や物差しを使った「人間の価値」の判断基準が作られたようです。8か月目にして支持率は既に50%を割りました。残り4年2か月で支持率がどう動くのかも注目です。

le 26 janvier 2008, Paule
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by ma_cocotte | 2008-01-26 21:07 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(0)
Requiems あの世のあの方やらこの方へ
2008年1月21日はフランス国王ルイ16世 Louis XVI のご命日でした。
今から215年前の1793年1月21日午前10時22分、パリは革命広場(現在のコンコルド広場)にてシャルル・アンリ・サンソン Charles-Henri SANSON (1739-1806) によってギロチン斬首による帰天でした。ちなみにサンソン家は1688年から1847年まで政府公認の死刑執行をする家で、シャルル・アンリは4代目でした。
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観衆は約2万人だったとか。ルイ16世の最期の言葉は次の通り。
« Je meurs innocent des crimes qu'on m'impute. Je pardonne aux auteurs de ma mort, et je prie Dieu que le sang que vous allez verser ne retombera pas sur la France ».
「私は無実のうちに死にます。私は私の死を決めた張本人達を許します。そして、私の血が二度とフランスに落ちることのないように私は神に祈ります」。
ルイ16世のご遺体は旧マドレーヌ教会に運ばれ、祈りが捧げられた後、石灰を敷き詰めた墓穴に埋められ、1815年1月19日掘り起こされ、パリ北部の聖ドニ大聖堂 Basilique cathédrale de Saint-Denis の王家墓地に移送、再埋葬されました。
2008年、フランス共和国には今もRoyaliste ロワイヤリストと呼ばれる「王党派の共和国民」が存在します。この名称の下に一致団結はしておらず、苗字にドつきの元貴族階級やら政治的に過激な方々から大革命時に革命政府から迫害を受けた先祖を持つ方々など色々で、地域別の特徴も絡められたりもします。
毎年1月21日にはこれらの団体が中心となってルイ16世追悼イヴェントのようなものが開かれますが、今年は帰天215年目ということもあり、王党派でなくとも各地でルイ16世を偲んでのミサもあげられたようです。例えば、花の都はおパリは9区にござる聖ユヂェエヌ教会 Saint-Eugène でもルイ16世のために1962ミサ (=ラテン語による背面ミサ)があげられました。ミサ式次第 を拝読いたしますと、フランス語訳のついたラテン語の式次第の途中にルイ16世が1792年12月25日にタンプル塔で記した遺書が全文掲載されていますが、
007.gif ...泣けるやね。
遺書の前半はカトリック教会と神への告白、後半はこの世に残される家族への希望ですが、ルイ16世ってものすごく「イイヒト」ぢゃーん。死刑賛成361人に対して反対360人(他に執行猶予希望が26名)という一票差での死刑というのは、いやはやなんとも。国王の信仰篤く、家族愛で溢れた遺書を読んだら後悔するよ。とは言え、当時の人々は皆、この世から去られております。( ̄人 ̄) もしかしたらまだ煉獄に滞在中かもしんない魂のために。


さて、翌日1月22日は物品改修再利用運動を中心とする Emmaüs エマユスを創立したピエール師 l’Abbé Pierre の帰天から一年目でした。生前、「共和国民に尊敬され愛される男性」の常に上位であったピエール師を回想する式典が共和国内各地で行われました。
TF1 13Hのニュウス
Un an après, l'hommage à l'abbé Pierre est quotidien

首相官邸の公式声明 : ピエール師の死についての追悼文
Commémoration du décès de l’Abbé Pierre
実はピエール師に関しては「カトリック左派のアイドル」であって、決してフランスのカトリック全てがピエール師の生き様や残したものについてニコニコ笑って受け入れているわけではありません。元々はカプチン・フランシスコ会に所属する司祭であったピエール師ですが、エマウスの活動を始めてからは修道生活は「していなかった」と言っていいでしょう。家出状態。ピエール師に共和国民からまんべんなく人気が集まった理由は、ピエール師が修道生活から離れたこと、従順や礼儀作法を軽蔑、反抗したことでありました。それでもピエール師はカトリックですからね。その上、晩年近くなってピエール師が女性司祭や聖職者の妻帯、同性愛カップルによる養子を認めてカトリックから批判されてもいましたし、彼の最後の著書で女性との関係が何度かあったことも公表しました。が、ピエール師の人気は75Wの電球が60Wになった程度の違いでした。一年前、彼の葬儀がノートルダムで執り行われたのは「彼がカトリック司祭だ」からではなく「彼がカトリック信者だ」からです。カトリック信者であるピエール師が確かにエマウスという団体を創立しましたが、創立者本人はエマウスの非宗教性を常に主張してもいました。国民に人気があったこともあり大統領や閣僚、社会党員までが参列するほどのまるで国葬のような葬儀の後、彼の棺はカプチン会の墓所ではなく、エマウス創立時のスタッフが眠る共同墓所、彼の最初の女性秘書の隣に埋葬されました。

一年経った2008年1月22日もピエール師が息を引き取った ヴァルドワーズ陸軍病院の聖堂 でのミサにはフランソワ・フィヨン首相が出席し、エマウス発足と縁あるパリは1区のブゥルドネ通り rue des Bourdonnais での記念板設置のお披露目会には社会党員でもあるドゥラノエ市長が出席するという感じ。生前からピエール師は左派お勧めの「理想のカトリック信者(=伝統軽視の新しいカトリック、catholique ouvriere)の一例であり、これからもしばらくはピエール師が政党左派の票集めのために表に出されることは続くでしょう。

昨年12月20日、神聖皇帝サルコぢ一世さまはヴァチカンに ピエール師を支持するカトリック司祭を同伴 しました。サルのおっさん、何考えてンだか。

帰天してもなお政治のためにお呼びがかかるルイ16世、ピエール師なのでありました。


le 24 janvier 2008, François de Sales
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by ma_cocotte | 2008-01-24 03:10 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(3)
『白と赤と黒』のうちの『黒』 Adolfo Nicolás est le nouveau «pape noir»
この世の全ての道はローマに通じるそうですが、その基点かもしれないヴァチカン市国の元首は教皇です。教皇さまのお召し物は「白」で知られますが、この「白い教皇」さまの左右を支えるお二人を「赤い教皇(福音宣教省長官、枢機卿職でもあるので赤)」、「黒い教皇(イエズス会総長、修道司祭職なのでスータンの黒)」と譬えて、カトリックそのものの重職が白・赤・黒の三つ巴であると言われています。___φ( ̄^ ̄ ) 

ところで、選ばれましたね、25年ぶりに新しい「黒い教皇」さま。
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80歳を迎え引退を表明したコルヴェンバッハ Peter-Hans Kolvenbach 総長の跡に、2008年1月19日、スペイン出身のアドルフォ・ニコラス Adolfo Nicolás 師が初代イグナチオ・デ・ロヨラから数えて30人目のイエズス会総長に選ばれました。イエズス会会員19216名(=2007年1月1日現在の数。内訳は司祭13491名、神学生3049名、修道士1810名、修練者866名)を代表する217名の代議員の投票による結果です。
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↑ これが総会会議場と投票箱 ↑

日本國でも全国紙でこのニュウスが掲載されたようですが、フランスにおいてもかのおル・モンドさまより右に座します全国紙で取り上げられました。
Le Monde L'espagnol Adolfo Nicolas élu supérieur général des Jésuites
Le Figaro Les jésuites ont élu leur nouveau «pape noir»
La Croix L'Espagnol Adolfo Nicolas, nouveau préposé général des jésuites
記事にざっと目を通しただけでもJapon やらTokyo の文字がいくつも拾えます。
ニコラス師は1936年4月29日スペインはパレンシア Plencia 生まれ、1953年イエズス会に入会。そして、1960年来日し、1967年3月17日東京で叙階。ニコラス師が「神父」として生まれ変わった場所が「日本」になるので外国語の記事には「極東から選ばれた総長」という表現もありました。ニコラス師はかつて上智大学神学部で組織神学や秘跡論の教授でありまして、1993年から1999年までは日本管区長、その後3年間、都内の貧困地区で司牧したのだそうです。多くの新聞が取り上げているようにニコラス師は英、西、伊、仏、日本語が堪能で、頭がめっちゃ良く、神学だけでなく秘跡にも詳しく、司牧にも熱心で、ユーモアもあり青年のようなすがすがしい心を持ち続けているなんて私にしてみればAll mighty やら Tout puissance の域ですが、それでも全知全能の神 Dieu tout puissance, All mighty God のほんの一部にお似ましなんでしょうね。
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イエズス会の歴史を眺めればかのフランシスコ・ザビエル François Xavier や第28代イエズス会総長だったペドロ・アルペ Pedro Arrupe 師という日本國に深く関わるスゥパァスタアが既におります。俗世ならばこの偉大なお二方は新総長のプレッシャーと取られてしまうかもしれませんが、ニコラス師ならば天にまします霊的兄であるお二人に取次ぎの祈りを捧げ、100%以上のお力を発揮されることでしょう。

来月21日、久しぶりの新しい「黒い教皇」さまは「白い教皇」さまから正式に受け入れられるそうですが、この4月に72歳になるニコラス師がイエズス会のため、いや、カトリック教会のために「何ができるのか」と誰もが注目しているようです。

Representing Fr David Schultenover (the editor-in-chief of Theological Studies): “I trust he’ll be the proverbial wise man from the East."
私はニコラス師が諺で言うところの「東から来た賢者」であると信じています。 デイヴ・シュルトノヴァア師


“He has a deep grace of Ignatian spirituality and a creative imagination. After serving as provincial, he decided to live and work with the poor,” said Father Shogo Sumita, SJ, current provincial of Japan.
「ニコラス師はイグナチオ精神の深い聖寵と独創力に恵まれ、日本管区長を務めた後、彼は貧しさと共に働き、生活することを選んだ人です」
 住田省悟SJ現日本管区長


“And at 71 years old,” says President Father Thomas Smolich, SJ “Nicolás walks faster than anyone I’ve ever seen.”
「71歳だからって、私がこれまで見た誰よりも早くニコラス師は歩きますよ。」 第35回総会長トマス・スモリック師
John XXIII was elected pope at age 76, and Benedict XVI at 78, so why not Adolfo Nicholás at 71?
щ(゚Д゚)щ だから、なんなんだ?.....おっしゃるとおりでございます。
教皇ヨハネ23世は76歳、ベネディクト16世は78歳で選ばれたのでございますから、ニコラス師が71歳なんてまだ若い、若い。カトリック(教会)とイエズス会とアドルフォ・ニコラス新総長さまのためにお祈りいたしませう。
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Photos de Dani Villanueva SJ, Tom Rochford SJ ou .Don Doll SJ

le 21 janvier 2008, Agnès
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by ma_cocotte | 2008-01-21 21:46 | 『?』なKTOりっくん | Comments(2)
神聖皇帝サルコぢ一世サマの言うことを聞くのは。
1月9日に皮切りされた今年の冬のソルド(Soldes, =バーゲン、大廉売)が始まって2度目の週末を迎えました。フランス共和国大統領 なんか に御身をやつしている皇帝サルコぢ一世さまですが、最近は皇帝どころか
Sarko de plus en plus au Dieu
サルコは少しずつ神に変化している。
とまでたとえられるようになりました。そんな神聖フランス帝國(しゃ、シャレになんねぇ)の皇帝サルコぢ一世さまは長いこと臣民にpouvoir d'achat (プヴォワァル・ダシャ、=購買意欲)を押し付けて、「買え、買うんだ、ジョーっ!」とひつこいのです。皇帝サマがテレビにご出演あそばされるたびにこの購買意欲の話題です。最近になって皇帝サマは「買わぬなら買わせてみせよう」とまで豪語あそばされています。

でも、です。庶民は買う気になれません。昨年9月以降、共和国民が生きていくために最低限必要な食品(パン、牛乳、チーズ、珈琲、畜産物など)が軒並み値上がりしました。年に一度定期的に発表されるSMIC(スミック、=業種間一律スライド制最低賃金)やAllocations (生活諸手当)の値上がり率が微々たるものなのに、生活必需品の値上がりは留まることを知らず、ガソリンにしても何にしてもそのターゲットのエラい人が皇帝サルコぢと私的にべっとり親しい関係にある人ばかりというのが胡散臭すぎるのです。なんでこやつらのために私達が一生懸命、大統領の言いなりになって買い物をせねばならないのでしょう?購買力を高めるために共和国民がもっと働くように、と皇帝サマがおっしゃったとか。そのために主日の労働を解禁するらしいけれど、この変革で「家族」の形がまた変わりそうな予感がします。(神聖皇帝サルコぢ一世さまは「家族」を重んじてないことも先日の ルイ第三王子の件 でもわかっちゃいますが、共和国民を巻き込むのはどうかと思います)。

さて、風刺週刊誌であるLe Canard enchaîné ル・カナァ・アンシェネの1月16日版にこんな風刺画(↓)が掲載されました。
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Chacun ses valeurs ( Dati ) - Le Canard enchaîné n° 4551 - 16 janvier 2008

《 Chacun ses valeurs 》というのは『それぞれの価値』とでも訳しましょうか。右のSoldes と書かれた袋を持つバーゲン帰りと思われる三婦人ですけれど、右端はロスリン・バシュロ Roselyne Bachelot 保健相、中はクリスチィヌ・ラガルド Christine Lagarde 経済大蔵労働相、左はクリスチィヌ・ブタン Christine Boutin 住居相です。皇帝サマの飼い犬。左のDior の袋をSPに持たせたおねいさんはラシダ・ダチ Rachida Dati 法相ですねぃ。すっかり皇帝サマとカルラ・ブルニ Carla Bruni とのおロマンスによって陰になってしまいましたが、カルラちゃんが登場するまでは皇帝サマのご寵愛はラシダさまにあると噂されておりました。先日のアラビア半島歴訪の旅では久しぶりにラシダさまは皇帝サマとご一緒の旅でした。
個人的にはクリスティヌ・ラガルド女史のスマートさや華やかさは浅漬けでなく好きだったりしますが、皇帝サマが庶民に求める購買力は皇帝サマのお友達であるクチュリエのパトロンさんたちにお金ががっぽがぽと入ることだとするなら、この風刺画のラシダちゃんは神聖皇帝サマに最も喜ばれることをしていることになります。
ε= (´∞` ) bof
去年の秋、大統領給与が皇帝サマの希望で140%加算されました。40%ではありませんよ、140%です。が、皇帝サマが私達に見本として公開されるのは
友人所有のジェットを使って、恋人カルラちゃんと
贅沢三昧の海外旅行
ですけれど、共和国民がこんなことをマネしていいのでせうか?マネできないけど。

共和国大統領給与が皇帝サマのご希望ですんなり140%upしても、公務員の給与は据え置きのままリストラが始まり、役職でなければ公務員にも民間に見合った残業代を出そう、
だから、買ってよ、買っててば。 (●`皿´ ●#) キィーッ
と、神聖皇帝 サルコぢ一世 がきーっきっきーっっ!となってもそれは凶暴なサルのようにしか庶民には見えなかったりします。

昨日、地元の中道左派支持のフランス人女性との雑談で彼女が
こんなことならル・ペンの方が まだマシ だったわね (-。-) ボソッ

いや~、爆笑でしたわ。彼女は5年の我慢と言っていましたが、次期大統領選でサルコぢに投票する共和国民っているンでしょうか?おブルヂョワなカードル(=管理職)さまのみですわよね。
以前私が住んでいた土地の市長は極右で知られる人でしたけど、RMI(エレミ)と呼ばれる低所得者住民についてはバス代、映画鑑賞代など無料でしたね。移民の公立施設雇用も認めていました。サルコぢさまは国営放送の広告放映を廃止するそうですし、定年以降の高齢者世帯からのテレビ税も徴収すると改悪いたしました。神聖皇帝サルコぢサマの独善平等観が不気味です。

le 20 janvier 2008, Sébastien
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by ma_cocotte | 2008-01-20 00:00 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(8)
言いだしっぺは
2008年1月13日にシスティナ礼拝堂にて、背中を向けてかっくんかっくんなさいましたとさ。
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Photo par Maurizio Brambatti/Pool


蝋燭7本。
美しいやね。(^_^)
この日、13人のベイビィに教皇さまが洗礼 を授けられました。щ(゚Д゚)щ ウラメシカァアア

ヲッチャーとしては祭服に注目かにゃあ。新しい背面ミサ誕生の予感。

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.....と、新しい背面ミサ誕生の予感、と上に書きましたが、どうやら本当に新しい典礼(rites)のようです。イタリア語による新しい形の共同司式ミサ(nouveau rit concélébré en italien) だそうです。司式者は常に祭壇、つまりオリエント(l'orient、 東)向き、故に背中を会衆に見せたままになります、はい。記録によりますとルーテルが改革を主張する以前の典礼様式だとか....
教皇さま、戻り過ぎではございませんか? ヾ(`◇´)
時代をUターンし過ぎざます。もそっと手前でおみ足を止めませんと。怒髪天衝く某団体が見えます
この古式ゆかしいごミサの形は教皇さまが既にプライヴェートであげられていたかもしれませんが、公では今回が初のお披露目だったそうです。古すぎるけど新しいミサなんですと。___φ( ̄^ ̄ ) シテヤラレタリィ。

le 16 janvier 2008, Marcel

【追記】 CTV で流れた背面ミサのニュースビデオを見つけました。
http://www.youtube.com/watch?v=bijooEnWL0w

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by ma_cocotte | 2008-01-16 21:49 | 『?』なKTOりっくん | Comments(52)
其の コ コ ロ がやましいのでせうか。
カルラちゃんと既に結婚したのか、していないのか。
先週の木曜日に挙式だったのか、今度の木曜日に挙式なのか。
もよもよ、よ。
これほどコソコソするのが好きなフランス共和国国家元首も共和国の歴史上初めてではございませんこと?

====== ✝ ======


先日、フランス共和国大統領府公式HP Présidence de la République を拝見しておりましたら、昨年12月13日、大統領におん身を窶しておられる皇帝サルコぢ一世さまが、パリ大司教であらせられるアンドレ・ヴァントワ André Vingt-Trois 枢機卿はじめフランス・カトリック教会の高位聖職者方をエリゼ宮にお招きあそばされた時のビデオを発見いたしました。
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お写真はご覧のとおり、止まった画像でありますが、こんにちみんなたちにご覧いただきたいのは大統領府提供の動く画像での皇帝サマであります。
13-12-2007
Allocution à l'Archevêché de Paris devant le Cardinal André Vingt Trois
↑ コチラをクリックし、真ん中のメニュウで同じ日付とタイトルを
  更にクリックするとご覧になれます。
ビデオはヴァントワ枢機卿のスピーチで始まりますけれど、ヴァントワさんがスピーチなさっている間、左ちょい奥にいらっしゃいます皇帝サルコぢ一世サマが動きっぱなし。ぢっとしていることがないのです。
Pourquoi?  ぷるこわ? ¢( ・_・) ナゼ? 

なんなんでしょう、この無駄すぎる動きは?何度拝見しても落ち着きがないというか、そわそわしているというか、他のことでも考えているとでも申しましょうか。とあるご持病があるという噂は真かもしれないと思いました。

遡ること 11月24日にヴァチカンで枢機卿に任命されたヴァントワ師 へのお祝いとこの13日から一週間後に控えた皇帝サマの ヴァチカン公式訪問 を考えての会談だったと拝察いたしますが、今思えば、この12月13日頃は皇帝サマは出会ってまもない カルラ・ブルゥニ Carla Bruni ちゃんとネットリネトネト中ですものね。
違っ! ヽ(`Д´)ノ

この時は セシリア前夫人との離婚 という理由だけでも「一昔前なら神父さまは皇帝サマなんかに会ってもくれなかったんだからねっっ!」なのに、実は離婚の罪を赦してもらう前にカルラちゃんとこっそりいっちゃこいてたのでありますからねぇ。心のやましさに後ろ指さされたいのかしら。
皇帝、おぬしもやるよのぉおおおお。
この12月13日のフランス司教団との会合で皇帝サマが随行に選ばれたのがミシェル・アイォ・マリ Michèle Alliot-Marie 内務大臣です。
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この人選については「ああ、やっぱりそうか」と思いました。なぜなら、一年ほど前のラベ・ピエールの葬儀で彼女は典礼文を暗誦していたし、ヴァントワさんの枢機卿任命式にも彼女が大統領代行として出席された記憶がございます。彼女も当初、昨年の大統領選候補者のひとりで、予備選挙前だったかサルコぢ支持を表明したのでした。もし彼女が共和国大統領だったらプライヴェート面ではなんら注目にならず、大統領職についてのマトモな話題だけが耳に入っていたでしょうね、とふと思いました。はい。

le 15 janvier 2008, Remi

====== ✝ ======


1月15日朝から、ミシェル・アイヨ・マリ内務大臣が ラジオ局Europe-1 の番組内 で、サルコぢ閣下サマの末の息子、10才になるルイくんが昨年夏から殺人予告されている事実を認めたことが話題になっています。気になるところです。お昼以降のニュウスで取り上げられることは間違いないでせう。

Michèle Alliot-Marie confirme les menaces de mort contre Louis Sarkozy

かわいいさかりの息子が昨夏からこんなことになっているのに、親父の春ボケな話が同時に流れるフランスという国も「世紀末様」かもなあ。(-。-) ボソッ
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by ma_cocotte | 2008-01-15 18:53 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(0)
贅沢な記者会見。
2008年1月8日午前、花の都はおパリの大統領官邸(エリゼ宮殿)で、この宮殿に住み込まれて日夜休むことなく臣民のためにお働きあそばせてらっさいます皇帝サルコ一世への年頭会見がございました。
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ああ、なんて美しい大広間でございましょう。


真の皇帝であらせられるサルコぢサマが名ばかりの仏蘭西共和國大統領閣下におん身をやつされましてから初の年頭会見でございましたので、わたくしも草葉の陰のテレビに映る生中継で皇帝サマをお見上げ申し上げましたが、その内容は
芸能ニュウス
さようでございます。お察しの通り、イッタリアーナのCarla Bruni カルラ・ブルゥニ嬢との結婚は

何時だ? 

何時だ? 

何時、結婚するンだ?

てめぇ、 隠すなよぉ!

にゃろめーっっ! 

ダン! ダンっ! ダンっっ!

というナンともいやはやハラホロヒレハレな内容で正午近くに中継終了いたしまして、どっぷりひっしりといかに自分が時間を無駄にしたか小腹の泣き声を聞きながら台所に立ったのでありました。
アホくさぁあああああああ (-。-) ボソッ
勘弁して欲しいですね。結婚発表お探りショウならそこらのホテルの廊下でやれよ、であります。たふたふ年頭会見まで私物化でせうか。
皇帝サルコぢサマがカルラちゃんについて聞かれても聞かれてもノラクラだから、この結婚の話題が定期的に出て、まるで濃い雲が立ち込めたかのように本当に重要な「日本の国連安全保障理事会常任理事国入り支持の表明」がかすんでしまいました。

約500人の記者から、エジプトに続いてヨルダンで皇帝サルコぢサマがカルラちゃんと休暇を過ごしたため、社会が不調なのに大統領だけが幸福で良いのか の質問が出たことは天晴れでしたけど、皇帝の返答が「私は 正直な男 だ」。「正直な男」のかわりに「動物」を当てはめた方が良いとついうっかり思ってしまいました。

現役大統領の再婚、市民婚のみって大英帝國チャアルズ皇太子の二番煎じですよね。しかも三度目の結婚だから二度目の結婚のチャアルズより「勝った」と思う皇帝サルコぢサマですかねぇ。本当に興行がお好きな皇帝サルコぢサマですこと。一日も早く興行の幕がおりてくださいますように。

le 9 janvier 2008, Alix
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by ma_cocotte | 2008-01-09 23:56 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(6)
ヂェズュ・クリ坊誘拐事件が多発中?
あれ から一年と一日が経ちました。
きょうは Galette des Rois ガレット・デ・ロワを食べるお祭り日であります。
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↑ 今期初、ココんちのガレット・デ・ロワであります。 ↑

きょうび、ガレット・デ・ロワも中身のヴァリエイシャンが増えまして、宅が選んだハツモノの中はアンズとリンゴの甘煮を粗めにつぶしたものでした。年末にはお一人様用のチョコ・フラン入りガレットも食べました。美味。

さて、軽くオーヴンで温めまして、一日の運命を見極めるゲーム。
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背後の二つのパイの合間から、こんにゃろめーっっ!047.gif

アンズとリンゴにまみれたシンプソン野郎人形が出てまいりました。
寂しかったです。(-。-) ボソッ
と申しますのも、ココんちのガレット・デ・ロワ消費の歴史におきまして、2008年1月6日現在のココんちオール・スタアズはこちら(↓)であります。
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イエズスさまがいなーい...007.gif

そうなのです。いくら食べてもまだ飼い葉桶に入ったベイビーなJésus Christ (ヂェズュ・クリ、=イエズス)人形が出てこないのです。欲しいです。だうしても欲しいです。映画「美女と野獣」のムッシュウがガストンからもらった金貨を握り締めるようにゲットしたいであります。でも、悲しいかな。年々、ガレット・デ・ロワの中のお人形さんは聖劇の登場人物ではなく、エイメリカーンなアニメ人形が増えているのです。
...いらんわ、こんなの。020.gif
共和国内にはこのガレット・デ・ロワの餡の中に納める小さな人形のコレクターもいるらしく、朝市や骨董市で籠にてんこ盛りになった人形を見かけることもしばしばあります。早い話、ヂェズュ・クリ on 飼い葉桶を買っちまえばいいンですが、が、やっぱりこの季節、Epiphanie (主の公現、三賢王の訪問日)のためにガレット・デ・ロワを買い、家族で素朴なゲームをしつつ、聖劇のお人形さんを当てたいではありませんか。少しずつ人形を増やしてクレシュ(=プレセビオ)世界を広げていくのも楽しかったりします。ああ、死ぬまでにヂェズュ・クリ人形が出てまいりますように。

でね、ベイビーなヂェズュ・クリのお人形、そう、クリスマスを迎える深夜、空の飼い葉桶に乗せられるベイビーのお人形です。一昨年の降誕節のことですが、ココんち地元のA地点の教会のクレシュからヂェズュクリ人形が或る日突然消え、数週間後にそこから徒歩10分ほどのB地点の教会内に誘拐されたヂェズュ・クリ人形がぽつーんと置き去りにされていたのですよ。そんな事件があったせいか、このクリスマスのクレシュはどこの教会もいにしえの小聖堂(脇聖堂という言い方が良いのでしょうか)の柵の向こう側に設置されることになりました。まさか柵を乗り越えてまで盗まないだろう、とか、柵を開けようとしたあたりでの改心を期待してとでも申しましょうか。
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↑ 今年はこんな感じで塀のむこうのクレシュであります。 ↓

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クレシュに飾られる人形に限らず、カトリック聖堂内からの絵画、聖像、聖遺物の盗難はフランス国内では年々増え続けており、盗難を防ぐあまりにこのようにせざるを得ないのは胸中複雑にもなります。

数日前、日本國都内某所のヂェズュ・クリ人形が「影ジェズュ・クリ人形」ではないか、という話を聞きました。誘拐されたので、プレセビオの大きさと不釣合いなお人形が置かれているように思えてならない、と。せっかくこんにち1月6日は遠路はるばる三人の王様が生まれたばかりの王さまにお目にかかるのですから、飼い葉桶に本物の王さまが戻りますように。
それにしても物騒よのぉ。

le 6 janvier 2008, Epiphanie
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by ma_cocotte | 2008-01-06 03:53 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(14)
これがベルギーといふものか。
お腹が空いたので、ふらーっと入ったベルギー風サンドイッチのお店。
まずはせっかくなのでベルギーのビールを空腹に沁み込ませることにしました。
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どうも最近、サンドイッチ屋さんに入ると、フルーツ味のビールをうっかり頼んでしまう傾向にあります。これがカフェに入ると、迷わず「Une Pression!生ビール!」なのにね。

お店に入るとショーケースがあり、その中にサンドイッチの具が10種類くらい並んでいます。お肉やお魚などなど。私は衣のついたお肉を選んでみました。更にサンドイッチに添えるソースを選びます。フランスでは知られるAmora 社のソースボンベがやはり10種類近くありました。

出てきたサンドイッチはこんな感じ。
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ソースは甘辛ピリっとした味で、玉ねぎのみじん切りがプチプチ。

で、お肉なんですけれど、生まれて初めて食べた味と歯ごたえとでも申しましょうか。しばらく、頭のまわりを「?」マークがピヨピヨと周っているような感じで味わってみましたが、例えるならチューリップ缶詰のハムにそこはかとなく魚肉ソーセージの味が混ざったような味と歯ごたえです。

.........これはいったい何なのでせう?

南仏でひとりだけベルギー国境に近い県出身のご老人とお話したことがありますが、南仏でベルギーを感じるのはムールフリットと呼ばれる ムール貝の酒蒸しとフライドポテトの盛り合わせ に白ビールでキューっっでした。が、大西洋側となるとやはり真直ぐ北上すればベルギーに行っちゃうよ!なので、ベルギーから南下した移住者も多いですし、このようなベルギー風サンドイッチのお店なんてものもあります。

私にはハツモノでしたのであらぬ方向を見上げて「ハッハッハ」ではありましたが、私には大西洋岸を南西方向へ行くといずれ辿り着くポルトガル風サンドイッチ に大勝利宣言。牛肉の薄切りステーキサンドは今思い出してもうっとりです。щ(゚Д゚)щ ウママー。

le 4 janvier 2008, Odilon
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by ma_cocotte | 2008-01-04 00:44 | Thé ou Café? | Comments(13)