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なぜ母は待っていてくれなかったのだろう。
本当なら今度の水曜日のお昼前にココんちを出、その夜の飛行機に乗り、翌日夕方、実家に着くことになっていました。玄関を入ったら、まずベッドに横になっている母と対面し、手や足をさすりながらおしゃべりをしようと考えていました。

ところが、今朝、24日の朝6時24分、母は先週はじめから入院していた病院で黙って天に旅立ってしまいました。父も母を看取ることはできませんでした。病院の方が気付いた時には既に心臓が止まっていたそうです。私が父から母の帰天の知らせを聞いたのは23日23時半頃でした。涙も出ませんでしたし、時折、笑みさえもれてしまう私でした。「兎に角、早く帰ってこい」と父に言われても、フランスの日曜日に営業している会社なんてありません。たまたま27日に予約を入れていた航空会社が日系だったので、理由を明記してメールを送りましたが返事をもらえませんでした。布団に入って目をつぶりましたが、眠ることができたのかできなかったのか定かではありません。しばらくして脂汗をかいている自分に気付いて意識がはっきりしました。こんぴーたの前に行ってもやはり航空会社からの返事がありませんでした。離陸時間の24時間前でインターネット予約販売は締め切られてしまうので、とりあえず明日月曜日の便を片道で検索したら予約することができました。最後の一席でした。それから国鉄駅に行き、27日の新幹線をキャンセルし、明日の同じ新幹線に振り替えてもらいました。これも運良く席が残っていました。

今朝8時過ぎに実家の父から電話がありました。母は実家からさほど遠くない病院で帰天しましたが、以前入院していた大学病院に移動し、病理解剖と脳を献体しました。その後、実家に戻り、寝たきりになってからレンタルしていた介護用ベッドの上で眠っているとのことです。

2005年12月に帰省した時、母はまだ階段の昇降ができましたし、なんとか普通の食べ物を食べることもできました。が、2006年の晩秋に褥瘡が骨が見えるほど悪化し、入院後、歩行が困難になってしまいました。2007年の新年を迎える前に退院しましたが、春になった頃、肺炎を患い地元の病院に入院しました。入院したのだから当初は驚き、悲しみましたが、直後、それまで自宅介護でお世話になっていた某会社の事件が発生し、夏の酷暑は病院にいたおかげで快適な温度と湿度で乗り切ることができました。11月の終わり、母が退院することが決まりました。すぐ帰国しようとしたら、父から毎日のように看護士さんやヘルパーさん、お医者さんが入れ替わり立ち代り来宅するので、父が慣れるまで帰国を待ってくれないか、と頼まれました。偶然にも2008年5月にパスポートが切れるので書き換えを兼ねて帰国しようと私は決めました。3月12日は母の誕生日でもあるので一緒にお祝いできればいいと思いました。が、昨春の入院後、母は総合栄養食を流動食でいただくのみの身体になりました。一緒にお祝いといっても一緒にいることしかできません。でも総合栄養食のおかげでこの一ヶ月、母は太り、肌の艶も良くなり、力も沸いて、痰の吸引など自分の嫌なことは力づくで跳ね除けられるほどになりました。

2005年末以来、久しぶりの帰国を前に、私は寝たきりの母に会うこと、母がいるのに着ることない洋服や着物、埃をかぶったおしゃれな靴を見ること、母の手料理も食べられないこと、おしゃべりもできないこと、などなどつらく悲しいことも覚悟しつつ帰国準備をしていました。介護で疲れているであろう父に休んでもらうためにも、私が母の身の回りの世話をすることになるだろう、慣れないことだけど覚えてみよう、やってみよう、とこころに言い聞かせてもいました。そんな不安は横に置いてでも、この週末は「もう来週の今頃は実家だ、母に会える!」と内心で喜んでもいました。

先週日曜日、恒例の父からの電話があった時、私から今回の帰国日程を話しました。電話を切る前に父が「どうせママにはわからないだろうけれど、28日に帰ってくることをこれから話すよ」と言いました。母はそれを聞いた翌日、入院してしまいました。

母は私に会いたくなかったのでしょうか。
それとも「もうすぐ会える」とわかって気が緩んでしまったのでしょうか。

本当だったら今度の木曜日の夕方、母と私は自宅で再会するはずでした。
でも、その日が葬儀になりました。母は土に返ります。

今、日曜日の午後も過ぎ、私の心の中では何度も「なぜママは待っていてくれなかったのだろう?」と繰り返し問いかけが続いています。なぜ私に会う前にたったひとりで旅に出てしまったのでしょう。

おしゃれで買い物好きだった母とは学生時代も、就職してからもしばしば待ち合わせをして一緒に闊歩しました。学校帰りの私がバス停に並んでいると、両手に買い物袋を一杯持った母が背後から声をかけてくるなんてこともありました。母との待ち合わせ場所で私を見つけると、遠くから大きく手を振ってかけてくる母がもういない。まだ実感がわきません。

そんなわけで、明日、日本に向かいます。

le 24 février 2008, Modeste
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by ma_cocotte | 2008-02-24 22:39 | 『?』なたわ言
これぞ、お気楽、極楽
先日、このようなものを見つけ、買ってみました。
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フランスはブルターニュの袖元、マイエンヌ Mayenne 県にあるラ・クゥドル修道院 Abbaye de la Coudre で作られているフラン flan の素です。

フランスでFlan フランと言えば、ほとんどのパン屋さんで売られているプリン味の焼き菓子をまず思い出しますが、このフランの素は卵を使わず牛乳だけで作ります。それもあまりに単純で、500mlの牛乳をお鍋に入れて穏やかに温め、そこにこのフランの素(粉末)を全部入れて2、3分かき回し続け、その後、ほっぽらかし。すると、まもなく、こんな感じ(↓)。
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ぷるるるるーん。


食事前に作り、食事をしている間にぷるんと固まってしまいます。生温くてよろしいのならばそのまま食べられますし、冷蔵庫で冷やしてもチュルンと美味しいデセールになります。

このフランの素はシトー会 Cistercienne のシスター方によって作られていますが、無着色、無添加で、海草とコーンスターチとお砂糖に6種類の味(カカオ、ヴァニラ、レモン、ヘーゼルナッツ、フランボワーズ、コーヒー)を添えた身体にやさしい食品でもあります。私が買い求めた売店のシスター のお話によりますとレモンやフランボワーズは果物の抽出液から作ったものなので、時折、苦味や甘さの不足を感じたりするのだそうです。シスターのお勧めはカカオ味とヴァニラ味でした。

なんとココんちあたりの田舎価格ですと一袋2ユーロしません。パリ価格だともそっと高いかもしれませんが、パリ市役所近くのこちら(↓)で見つけられるかと思います。
Produits des Monastères
 10, rue des Barres, 75004 Paris
左岸ですと、おそらくこちら(↓)にござるかも。
l'Artisanat Monastique de Paris
  68bis Avenue Denfert Rochereau 75014 PARIS
私はカカオ味を作り、食べましたが、牛乳の味がしっかり残る味付けと香りなので日本びとにも食べやすいと思います。あまりに簡単で失敗するのが難しいお料理であります。ぜひぜひ。

le 24 février 2008, Modeste
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by ma_cocotte | 2008-02-24 05:27 | Thé ou Café? | Comments(12)
Sarkozy=0 サルコぢに何をかけても無駄である。
だって、サルコぢニュル nul だから。
nul ニュルというのはフランス語で「無」、「0 ゼロ」を表します。私がこの nul というフランス語を「日本語で無、ゼロです」と断言しないのは、日本語の「無」や「ゼロ」の意味より深く重い印象があるからです。この世のどこでも「無」や「0」にどの数字をかけたところで「無」であり「0」ですから、重いも深いもあったもんぢゃあねぇ、なんですが、なんというか日常の会話の中でもし「T'es nul!、テ・ニュル」と言われたら「くっだらねー。そんな話は止めろ」という他人の愚論に止めをかけるような強さがあるし、象徴的な例はサッカーで、両者が0点で終わるゲームをフランス語でMatch nul マッチ・ニュルと呼び、これは文字通りではなく「面白みに欠ける恥ずべき試合」という意味合いが含まれています。フランス語で nul を使えば文章全体を全面否定できるし、品質にしろ、ヒトにしろ、もし nul ならば無価値、無効、無能、「まったくダメダメ」なのです。
もういい加減、2週間に一度の割合でε= (´∞` ) bof... としか言いようのない話題を提供してくれる我らが皇帝サルコぢ一世サマですが、中道左派の全国紙おリベラシオン紙の一般読者コメント欄にたふたふ、
Sarkozy est vraiment un gros con.
サルコぢは本当に大マヌケだ。
なんて投稿がありました。あてくしなんぞは成り上がりの神聖皇帝サルさまにおかれましては既にグロコンどころかニュルだとうっかり思っちゃっていますが、"Sarkozy est con"のキーワードでググったら引っかかる、引っかかる。まるで市谷駅前の釣堀はたまた伊東の大漁苑のごとくでございます。

  070.gif Sarkozy est nul en orthographe  サルコぢは綴り字で無能だ。
  071.gif Sarkozy est nul en vente  サルコぢは商売についてわかっていない。
  070.gif Sarkozy est nul en Histoire !  サルコぢは歴史について無知だ。
  071.gif Le mariage des Sarkozy est-il Nul ? サルコぢの結婚は無効?


そして、こんなのも釣れてしまった。

  Sarkozy est définitivement nul. サルコぢは永遠に無能である。 024.gif

..._| ̄|○ あいやー。フランスびとってキッツーぅ ヾ(`◇´)

さて、ひとつ前のエントリーの『サルねた』には続きがあります。もちろんニュル認定も時間の問題なお話です。

先日2月13日、花の都お巴里で催されたCRIF (フランスにおけるユダヤ教指導者連合、確か超宗派)での晩餐会で「フランスの良心」そのものであるサルコぢ一世サマが「CM2 (セエムドゥ、日本國の10~11歳時の学年)でショア SHOAH、すなわち第二次世界大戦時のユダヤ人迫害について、特に約11000人のユダヤ系フランス人の子供が犠牲になったことについて教えることを義務付けることにする」と述べられたのです。テサロニケからスペインを経由してフランスに移住したスファラディ系のサルコママ(アンドレ Andrée Mallahとおっしゃる)に懇願でもされたのでせうか?

この突然の発案発表がこれまた 世間で大騒ぎ になり、フランス社会党党首のフランソワ・オランド François Holland 氏(=セゴ姐の元カウンターパーツ)は一度賛成を表明したものの撤回、矢面に出されているのは左派でありながら、前回の大統領選挙でセゴ姐を支持せずサルコぢ支援をしたシモーヌ・ヴェイユ Simone Veil 女史であります。昨年、彼女がサルコぢ支持を表明した時も「ああ、二人ともユダヤんだからね」と冷めた発言がほうぼうで聞かれたものです。シモーヌ・ヴェイユ女史ご自身が16歳の時、ニースからアウシュヴィッツに移動収容された経験があるユダヤ系フランス人であり、今回、サルコぢサマのおん口からCM2のお子たちへのショア関連教育義務の話題を耳にした途端、シモーヌ・ヴェイユ女史は«Mon sang s’est glacé»、つまり
『私の血は凍りついた』
のだそうです。 サルコぢも恩人の血を凍らせちゃあいけねぇな。シモーヌ・ヴェイユ女史自身、フランスに生還後、自分が経験したことを思い出すのにも数年かかり、それを他人に語ることにも何年もかかったことを考えると、とてもぢゃないが10才の多感な子供に教えて良いなんて思えないのだそうです。

前出のおリベラシオンさまの読者投稿欄の意見もざっと読むとやはり「心がまだ柔らかい成長期であり」「ヒトの死を実感する」年齢にあたる10才時に虐殺にあたる事実を話すのは心理的影響が大きく重過ぎるとありますね。ココんちのフランスびと♂にも聞きましたが、中学生(=日本國の小6~中3の四年間)の後半年が適当ではないかという意見ですね。
フランスですが日本に比べると精神や心理の世界では先を歩いているし、それ故に神経質というか分析が細やかだったりします。例えば、日本國でも知られる「星の王子様 Le Petit Prince」をフランス語を習得する成人の集いの中で引用しようとすると、先生の方からこの本は心理的影響があるので自分では扱いきれないので触れたくない、なんて返答をもらったりします。日本だったらそれこそ10才くらいの子に「読めば」なんてポンと渡しちゃう本だったりしますけれど、こちらではそういう扱いはしない本らしいです。ノンフィクシオンであるショアの義務教育化について共和国民が未来の共和国を担うお子たちのために真剣になるのもフランスでは当然自然かと思います。つまり、誰もフランスにおいてショアの事実を隠滅せよ、とは言っておらず、教えるにあたってそれを知る人間の将来に影響しない最良の時期を見定めよ、と有識者も庶民もサルコぢさまに進言しているに過ぎないのであります。

が、どうもね、このニコラ・サルコぢという自らが「良心」である皇帝サマですが「公人としての下準備」に励まれるのがお嫌いらしい。例えば、昨年12月のヴァチカン訪問前にも側近がヴァチカン基礎知識を前もって学ばれるように勧めたのに、「朕は良心なりなり」なサルコぢ一世サマはそれを断ったことで、平服でヴァチカンに参内し、指輪にチューの所作も知らず、教皇さまにベトベト触って、摩訶不思議な「朕がイチオシのフレンチ・カトちゃんズ」を教皇さまにご紹介あそばしたそうです。世間一般で「摩訶不思議なフレンチ・カトちゃんズ」ではあっても彼らが教皇さまにした所作は神聖皇帝サルコぢ一世サマより常識ある所作であったことも事実です。

今回のCRIF での発言も、本当なら、謙虚な皇帝サマだったなら、前もって教育学や心理学の識者、ユダヤ系の生存者や有識者と話し合ってから、晩餐会のスピーチで口にすりゃあいいのに、そうしたら「口にできない」とわかっているから打ち合わせしなかったんだな。
っにゃろめーっっ。

で、ここで思い出すのが、皇帝サルコぢ一世さまが第二皇妃セシリアさまとの間にもうけられた第三王子ルイ Louis さまであります。ルイ坊って10才だよな、確か。皇帝サマはご自分の愛息にショアを教えても大丈夫という核心があるからこそCRIFで「10才の子にショアの事実を義務教育!」なんて公言できるのだな、と拝察して調べたら、ルイ王子はにゃんと、
ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ スイスの学校に在学中 ヾ(o゚ω゚o)ノ゙
ヂュネーヴ Genève はプチ・ランシィ Petit-Lancy にござるランルティテュ・フロリモン l'Institut Florimont という耶蘇系の学校に今年1月7日から通われているそうです。だっから昨年11月の離婚時には既にセシリアさまがヂュネーヴに拠点を移されていたのですね。皇帝サルコぢサマがたった3か月で再婚あそばしましたけれど、セシリアさまもこの3月に或る実業家と再婚あそばされると既に噂になっておりますわね。なんだかなー、セシリアさんの母校の創立者は昨年5月に列聖された「紫シスター」ことマリ・ユゥヂェニ Marie-Eugénie さまを泣かせるようなことをしやがって・・・ブツブツ。

しかも20日には早朝からフランス国内の 学童の学力レベルと初等教育改革の話題 がニュウスの度に流れております。サルコぢサマには改善らしいですが、わたくしには改悪かもしれません。021.gif

てなわけで、息子をスイスの学校にあずけたサルコぢサマにしてみれば
ウチの息子のおつむにも心理にも影響しないから。
という他人事かつ無責任な理想論の吐露だったってことで。さて、2週間後の次の新しい話題は何だろう。楽しみにしたくもない。

le 21 février 2008, Pierre Damien

【追 記】 21日午前6時半のニュウスで流れましたが、フランスで新興宗教サイエントロジィを受け入れるそうです。サルコぢさまが「危険な宗教ではない」と判断されたことで決定とのこと。
Le Figaro : Elysée: les sectes, un "non-problème"
L'Express : Sectes: "Nous sommes dans la confusion"

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by ma_cocotte | 2008-02-21 01:11 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(4)
余は良心である。 Sarko , directeur de conscience
どうも神聖フランス帝國皇帝サルコぢ一世サマにおかれましてはライシテ Laïcité、徹底政教分離法のことで話題のキレが悪いままであります。ライシテというのは1905年に制定された法でありまして、簡単に説明するなら「教会は国家に干渉してはならず、国家は教会に干渉してはならない」 というものです。けれど、日本國における「徹底政教分離」という語から連想するイメージや事柄とはまったく異なったものと考えた方がいいように思います。だって、1905年に徹底政教分離が法となっても、現在もフランス共和国の13祝祭日のうち8祭日はカトリックの典礼暦と同じ(移動)祝祭日ですし、日曜日は主日 jour dominical なので原則として店舗開業もできないし、トラックや営業車が高速道路を走るのもダメです(ただし、いずれも事前の認可申請すれば働けなくもない)。もそっと身近な話題では自治体によっては1905年以前の習慣のまま幼稚園と小学校は要理受講日として水曜日が休校日ですし、毎週金曜日の社員食堂も学食も給食もお魚メニュウだったりします。

何かとこの1905年制定のライシテが共和国内で宗教絡みの問題が起きるたびに引き合いに出されますが、カト的には更に第二ヴァチカン公会議と1968年の学生革命が徹底政教分離の決定打であった年と見たほうがいいかもしれません。この時に世俗(ライック laïque )にもたらした意識改革は現在もカトリック社会生活の中に重く残っており、聖も俗も完璧二分していると思われます。

前前から皇帝サルコぢ一世サマがこの1905年の徹底政教分離法をいぢくるという噂が流れておりましたし、すでに皇帝サマは日曜日に誰もが自由に労働できるようにしようとしています。昨年12月20日のラテラノ教会で叙勲直後の演説(カトリック)、今年1月のサウヂアラビアで国王陛下を前にしての演説(イスラーム)、そして今月13日、花の都はおパリで行われたCRIF(Conseil Representatif des Institutions juives de France の略、フランスにおけるユダヤ教代表議会)主催の晩餐会での演説と皇帝サマがそれぞれに違う舌を使って思いを述べられたことで臣民は皇帝サマのご真意が理解できずに渦に巻き込まれているような現状と言えるかもしれません。

まず、昨年12月20日、皇帝サルコぢ一世サマはラテラノ教会内で、フランスの根源は本質的にキリスト教であり、フランスとキリスト教の関係の深さと重要性を強調なさり、徹底政教分離の現状では道徳倫理が廃れる可能性もあるので誰もが宗教に対して平等、自由に向き合えればよいとのたまわれました。
次に、1月14日サウヂアラビアはリヤドでの演説では、文明国の根源は宗教であり、文明国にひとつの文明を押し付けるべきではない、とおっしゃいました。以上、宗教を持たないヒトを区別した発言に「無神論者にも良心がある。信仰の有無で分けるものではない。」と反論したラ・ロシェルの司教さまもテレビ画面に登場いたしました。
そして、2月13日です。ユダヤ教の団体主催の晩餐会で皇帝サマがおっしゃったのは、自らがイスラエルの友であり、イスラエルを認めない人々とは謁見もしないし、握手もしてやらない、と明言されたのです。おまけに12月と1月に受けたライシテ関係の批判について1905年以降の道徳が宗教道徳に劣るなどとチンは言ってない、と加えられました。

昨年春、大統領選挙直前のテレビ番組で紹介されたサルコぢがカトリックの侍者装束をした白黒写真を見たけれど、その時点でサルコぢは2度目の結婚(もちろん市民婚のみ)で、セシリア夫人と二人の間の息子が洗礼を受けているかどうかも果てしなく「non」だったし、昨年12月のヴァチカン訪問の前月にはセシリア夫人と離婚したばかりでした。皇帝サルコぢ一世サマはおん自ら、アンリ4世以降代々フランスの国家元首が教皇から受けることができる勲章を望まれ、それも伝統に則ってラテラノ大聖堂で行われましたけれど、
あれってミサだったんでしょ?
離婚したてのサルコぢが聖体拝領できたのか謎でしたが、先日、地元のカトリック司祭に質問したら、なんと伝統ならばごミサなのに、サルコぢがああだから、共同祈祷のみの式だったそうです。

天下のおル・モンドさまの2月14日付記事に『Sarkozy et Dieu サルコぢと神』というものがありました。政治面に書かれている内容としてはとても宗教臭いです。かなり長い記事でしたけど、カト的に面白い証言が書かれておりました。
サルコぢはヴァカンス先の大西洋岸アルカションで、セシリア夫人と息子の三人で主日ミサにあずかったし、昨夏のリュスティジェ枢機卿の葬儀ミサで聖体拝領をしたという噂が流れたにもかかわらず、(おそらくエリゼ宮付)司祭であったドミニコ会のフィリプ・ヴェルダン Philippe Verdin 師の話では
"Je ne suis pas le Raspoutine de Sarkozy. Il ne m'a jamais demandé la confession, ni interrogé sur la situation des divorcés-remariés par rapport à l'Eglise."
私はサルコぢのラスプゥチンではありません。
彼は私に決して告解を望んだことはありませんし、教会に報告するための離婚、再婚について質問したこともありません。
.....( ̄口 ̄;)!! アイヤー。 
それぢゃ、叙勲ミサで聖体拝領なんてナイナイ、ありえなーい。ありえるかもしんないとちびっとでも思った私が甘かった。サルさまは臣民にアピールするためにはミサにも行けば、これまでどの大統領も決してしなかった聖体も拝領しちゃうし、訪問先では殉教者の墓参もしちゃうけんども、アピールできないことはなーんにもしないということになります。なんつうか、サルが大統領になっちゃった日からうっかり思ってはいたことですが、普通、国父さまというのは臣民の見本でありますし、政教一致の時代は国王たるもの世俗の見本が建前だったはず。フランス共和国の場合は共和国民が投票して大統領を決めますが、こういうサルを選んだ共和国民の「ヒトを見る目」と「鑑の選び方」に問題があるのかもしれません。その共和国民の鑑に選ばれたはずの大統領が今のライシテぢゃ倫理道徳が不十分などあっちこっちでしゃべっていることになります。

同じ記事の中には皇帝サルコぢ一世サマがテニスプレーヤーのアメリ・モレスノ Amélie Mauresmoや有名歌手とならば数時間話せるのに、ラベ・ピエールや教皇さまとの謁見に同伴したギィ・ジルベール Guy Gilbert 神父、近未来の聖人と噂の高いエンマニュエル修道女 Soeur Emmanuele には素通りだったという側近の証言も書かれています。彼はチャンピオンや歌手の前では我は常に神と共にあり、頂上の頂上、チャンピオンの中のチャンピオンと振舞っても、昨年夏、米仏往復のハッタリをかましてリュスティジェ枢機卿の葬儀ミサに出席しても700人の司祭が棺を聖別した後にようやく聖水をかける番がまわってきたではないか....という記事は凄いな。日本の全国紙でこんな記事内容を読んだことないかも。

うーん、兎にも角にもサルコぢサマがライシテをいぢくることで、今後、フランス国内にモスク建設が積極的に行われるだろうとニュウスが取り上げるようになって一週間が過ぎました。今週に入ってから生討論番組でもサルコぢとライシテについて取り上げ始めています。
France 5 : C dans l'air.
Sarko, directeur de conscience サルコ、良心の指導者

France 3 : Ce soir (ou jamais)
Les franc-maçons  フリーメイソン
どちらもかなり面白かったです。フリーメーソンの儀式を初めて見ました。こういう衣装で、こういうことをするとは。手前の頭骸骨はどなたでしょ?世界中に60000人も会員がいるのだそうです。そして、C dans l'air では下方にテロップで流れる視聴者からの質問で「ライシテしても学校で宗教美術や音楽、歴史で宗教が出てくるのはなぜ?」というものがあり、思わず笑ってしまいました。フランスの生活文化史から政教分離を理由に宗教を出せなくなってしまったら、芸術も歴史も消えてしまいかねません。そして、この番組の終盤でサルコぢが1905年法の改正によって共和国内をコミュノタリズム le Communautarisme を実行しようとしているのではないかという話になりました。これが実施されるといずれ市民戦争が起こるだろうと危機感を持っている共和国民が多いとか。それぞれの象徴(教会、モスク、シナゴーグ、集会場など)の周りに皇帝サルコぢサマがおっしゃるように誰もが自分の宗教に対して平等、自由に向き合えるようにすることを意味するらしいのです。時代の逆行のようにも感じますけれど、いつのまにか共和国の「良心の絶対指導者」にもなられた皇帝サマの思惑はどのようなものなのでしょう。

ちなみに、皇帝サルコぢ一世サマご自身は社会主義革命によって故国を追われたハンガリー貴族を父に持ち、スファラディ(聖書に登場する土地出身のユダヤ人)系の母(彼女はテサロニケの出)との間に生まれた男子で、カトリック洗礼を受けたものの、父親が愛人を作って家を出てからは、ユダヤ教倫理や生活道徳を身につけた母の手で育てられています。
それぞれ同じ倫理道徳仲間のみで固まった方が平和なのでしょうか?
うーーーーーーーん。脳内便秘になりそう。

le 20 février 2008, Aimée
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by ma_cocotte | 2008-02-20 05:48 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(12)
香りの臭気、いえ、周期。
毎年2月、14日の聖ヴァランタン Valentin の頃、街中やバス停の広告塔は一斉にランジェリーのポスターになります。慣れないと目のやり場にも困るほどランジェリーそのもののポスターですが、慣れると刺激の「し」の字もないようです。フランスびとを見ているとそう見えます。

この時期、テレビのCMは香水のCMが流れるようになります。フランスの聖ヴァレンタインデーは男女双方が平等に「愛しいひと」に愛情の印を示す日なので、テレビでも男女それぞれの香水のCMが流れています。

先日、久しぶりに緑茶の香りのシャワーソープが欲しくなり、スーパーに行きました。ちょっと前までシャワーソープ、プスムス、デオドラントなど「テ・ヴェル Thé Vert、=緑茶」の名前で棚中、複数社の製品が並び、微妙に違う緑茶の嗅ぎ比べを楽しんだりもしました。が、見事、棚からまったく緑茶の香りの商品が消え失せておりました。驚きました。一斉に同じ香りの商品販売を止める規制でもあったのでしょうか。南仏に本社がある某社と老舗のRG社にはまだお茶の香りの商品が残っておりますが、スーパーで手に入る商品に比べると決してお気軽価格ではありません。欧州人がイメージした緑茶の香りは深みがあってアロマテラピ効果があると思われるほどくつろげましたが、消え失せてしまったとなると、単に「流行の香り」だったのでしょう。定番として定着して欲しかったです。007.gif

「香り」と言えば、南仏に住んでいた頃は男女関係なくすれ違いざまにココナツっぽい甘くこってりした香りが鼻に入ってきたものですが、大西洋側に近いココ新天地に引っ越してからは粉っぽい、クラシックな、まさに老舗G社の香りを連想するにおいがしばしば鼻に入ってくるようになりました。六角形のこの共和国も所変われば好みも変わるのだとまず実感したのは「香り」だったかもしれません。

私にもお気に入りの香りがいくつかあります。
Ester Lauder 社のWhite Linen、CD社のEau de Dolce Vita、TMのANGEL、CKのONE、C社のEau Dynamisante、などなど。
この他に老舗G社の男性用 Jicky という香りもたまにつけたりしています。この Jicky ですが、10年以上前、或る良質な紙の女性ファッション誌の中でボーイッシュなパリジェンヌが自らのお気に入りとして勧めていた香りでした。確か二度目にパリに行った時、G社の本店で買いました。ところが、日本でこの香りを身につけるとなんとなーく床屋さん、バーバーな香りなのです。しかも重く鼻に入ってくるので、時に気分が悪くなったりもしました。そんなわけで日本では滅多につけることがなかった J ですが、フランスでつけるととても心地良い香りになります。空気や温度、湿気によるマジックでしょうか。身にまとってすぐは日本と大して変わらない印象でまず鼻に入りますが、数分後には何ともいえない軽さで包み込んでくれます。

そろそろ新しい香りの瓶を増やしたい気分になったりしています。
先日、嗅いだRG社の緑茶の香り、竹の香り、気になっています。

le 17 février 2008, Alexis
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by ma_cocotte | 2008-02-17 04:34 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
アンリ・サルヴァドォル、天に呼ばれる。 Henri Salvador a tiré sa révérence à 90 ans
今、知りました。
私たちを癒しの世界へフランス語の歌唱によって導き続けた歌手アンリ・サルヴァドォル Henri Salvador 氏が今朝10時半、天に呼ばれたそうです。90歳。
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1917年7月18日、フランス領グアドループに生まれたスペイン系フランス人。母上はカリヴィアンインディアン。歌手としてのキャリアは60年だそうなので、遅咲きの歌手でもあります。が、テレビ出演すれば10代のお子たちから喜びの悲鳴を浴びせられる爺でしたね。

毎年この季節、四旬節に入るとなぜか有名な俳優や歌手が帰天します。
楽しい復活祭を迎えるためのおよばれなのでしょうか。この世にいる私は寂しいですが、あちらでは毎年新しいスタアを迎えての復活のお祭りなのでしょう。いいなあ、春の青空とぽっかぽか浮かぶ白い雲にアンリ・サルヴァドォルの歌はぴったりです。

le 13 février 2008, Béatrice

【追 記】 2月16日、TF1 の20時のニュウスで流れた葬儀についての報道です。
Henri Salvador : le dernier adieu de centaines de fans
http://tf1.lci.fr/infos/media/jt/0,,3715600,00-henri-salvador-dernier-adieu-centaines-fans-.html


ヽ(`Д´)ノ 今朝ははよから  (`Д´#
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by ma_cocotte | 2008-02-13 22:04 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(2)
盛者必衰の理を顕はす。
ハスの天ぷらが食べたひ。

週明けからくだらん話題がテレビから繰り返し聞こえており、ウザいであります。
何でも花の都はお巴里のすぐ西隣にあるヌイイ・スュル・セーヌ Neuilly s/r Seine 市(別称:Sarkoland サルコランド)の市長選に神聖皇帝サルコぢ一世の皇太子ヂャン Jean サマが立候補あそばされるとか。
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Jean Sarkozy à Neuilly, le 11 février 2008 © Stephane de Sakutin / AFP

ヂャン皇太子は21歳の法学部学生でっせ?市長選は今年3月ですが、6月の後期試験のために勉強した方がいいんぢゃないかなあ。試験をしくぢったら太陽も拝めないまま部屋に篭って9月の再試験準備なんて皇帝サマの長男坊として恥ずかしいぞ。・・・あ、そっか、パッパがエイメリカ留学のためにお友達に寄付とネゴを頼むのか。

そもそも3月に行われるヌイイ市の市議会議員選挙にはサルコぢ一世が現在も上皇のままである政党UMP所属、かつ、大統領府主席広報官のダヴィド・マルティノン David Martinon 氏が36歳の若さでUMPの筆頭候補に選ばれ、UMPが勝利すればマルティノン氏がサルコランドの市長になるはずでした。Trahison à Neuilly ( Martinon - Sarkozy ) - par Plantu
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ENA(パリ政治学院)出のダヴィド© AFP

ぐゎ、ぐゎ、ぐわ、おル・フィガロさまの非公開世論調査で既にUMP敗北の予想が出、この発表と同時にヂャン皇太子がアルノ・トゥレ Arnaud Teullé 氏とマリ・セシル・メナァ Marie-Cécile Ménard 女史の三人で独自リストを作り、出馬表明をしました。一方、マルティノン氏は早々に撤退表明をし、大統領府広報官の職も退いたようであります。

サルコランドと呼ばれるヌイイ市ですが、1983年から約20年、皇帝サルコぢ一世サマが市長なんかをやってました。28歳でシチョさんになったのです。その地盤をヂャン皇太子が継ごうとされているのですね。進化論が本当なら現在の21歳は25年前の28歳と同等なのかもしれません。サルコの法則によりますけれど。

それにしても、なんだかなあ でございますわよね、奥さま。
この息子、なーに考えてンだか。(-。-) ボソッ
同じ2月11日ですが、皇帝サルコぢ一世の圧政について支持率が39%、不支持率が58%に達したことも公表されました。
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ガイジンの私にしてみると、当たり前だのクラッカーな数字です。神聖皇帝サルコぢ一世サマがフランス共和国大統領なんかに御身をやつしてからの何もかも呆れることばかりでございますし、そのせいで秋から現在に至るまでスト、スト、スト。昨日だったかストのせいでボルドーに行けない日本國柔道選手団だったかニュウスにボケーっと映りましたぜ。
支持率低下のはっきりした理由は明らかになっていないけれど、皇帝サマが臣民に強いる「働いて働いて稼いだ金でぢゃんぢゃか購買し、生活向上せいっっ」と命じたものの昇給率とインフレ進行率のバランスの悪さが諸悪の根源でもあるらしいです。・・・・というか、大統領が勧めるものを買うと、大統領のお友達がCEOの会社がウッハウハと儲かるのがあまりにもあからさまだからぢゃないのかしらねぇ。昼間でもライトをつけて運転したらガソリンが消耗するけど、値上がりしたガソリンを入れねばフランスでは行動さえままならない。でも、石油会社のオオナアってサルちゃんの昔からのお友達でしょ?どこの誰が大統領になる前からウルトラ大金持ちの皇帝サマの恋愛デエト費用を助けなきゃならないのでしょうか?今度の皇妃カルラさまのトリノのご実家なんてお城ですし、カルラさまが「赤い旅団」の誘拐ターゲットになったことで巴里に移り住んでからのお住まいはトリプレックスの2000㎡のアパルトマン。新婚初夜はヴェルサイユ宮殿で太陽王ごっこだけど、臣民に頼むよりカルラちゃんちにおねだりした方がよろしいのではないかしら。(もちろん既にしてるんだろうけど)

巴里全体のバランスに比して、巴里より大金持が住まうヌイイ市の住民の中には皇帝サマのおかげでガッポガポと儲けてらっさる階級の方が多ござあますが、UMPに投票なさいますのかしら?なさるのでしょうね。信じられないけれど、ボルドーであのアラン・ジュペ Alain Juppé が市長でいられるという摩訶不思議が起こるフランスですから、21歳の動かずしゃべらなければ結構イケるヂャン皇太子がヌイイ市のシチョさんになることもあり得るでせう。
(((゜Д゜;;))) あわわわわ。
フランス共和国大統領なんかに御身をやつしてらっさる神聖皇帝サルコぢ一世サマがどこまで自己を満足させるための栄華を極めようとしているのか存じませんけれど、栄華なるものは必ず滅びます。国土も臣民も「皇帝の野望」のためにこねくりまわされるのは勘弁。

皇帝サルコぢサマは生まれてまもなくカトリック洗礼を受けながらも、ユダヤんのママンの手ひとつで育てられたのだからダヴィド王の栄華とその後についてもご存知だろうに。

le 13 février 2008, Béatrice
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by ma_cocotte | 2008-02-13 05:34 | 『?』なサルコぢ屋 | Comments(6)
あれから、150年
今から150年前のきょう2月11日、ピレネー山脈の麓にあるルルド Lourdes という小さな町のはずれの茂みで聖母マリアがベルナデットという少女の前に姿を現しました。
その記念日の一日前、2月10日11時から国営放送France 2で聖母が出現したというマサビエル Massabielle という名の洞窟の前であげられたミサが生中継されました。
Messe à Lourdes
150ème anniversaire des apparitions
http://www.lejourduseigneur.com/emissions/2008/04_02/messe_a_lourdes_00001
私はこれまで2度、1999年7月、2000年8月にルルドに行ったことがありますが、真夏でも朝夕の冷えが厳しい土地です。2月の今、ルルドの寒さを想像もできませんが、家計を助けるために薪を集めに獣道を抜け、川べりの沼地に辿り着いた少女の手足は寒さで悴んでいたのではないかと思います。

子供の頃、おとぎ話のように聞いたルルドの奇跡が150年も前の遠い昔の出来事のように思われたり、たった150年しか経っていない出来事なのだと驚いてみたり。果たしてどちらの感覚が本当なのでしょう?たった150年前の出来事なのに年間約600万人の巡礼者が訪れる大聖地と化した田舎町ルルドです。ルルドの国鉄駅に降りた瞬間に老若男女の誰もが自分より少しでも楽ではない人に手を差し伸べるという動きが目の前で繰り広げられ、聖域に入った時のあの妙な静けさと昂揚が作る独特な雰囲気。いつかまたその雰囲気の中に身を置いて、自分に「できること」を熟考してみたいものです。

今年の12月8日までにルルドに行けたらいいなあ...ココんちから車で4時間くらいらしい。

le 11 février 2008, Notre Dame de Lourdes

【追 記】2008年2月11日のTF1 ニュウスのビデオクリップより
50.000 personnes célèbrent l'apparition de la Vierge Marie à Lourdes
  50000人の巡礼者が集うルルドの様子です。

Lourdes : témoignage de ''miraculés'' reconnus par l'Eglise
  1858年以降、奇跡が認められた68症例のうち、44番目の奇跡認定者の女性の
  紹介です。68症例のうち、現在も生存しているのは8症例、うち3名がフランス人。
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by ma_cocotte | 2008-02-11 02:50 | 『?』なKTOりっくん | Comments(4)
どんぶり?ざる?それとも...お勘定?
ココんちの近所に最近できました。http://www.dominos.fr/
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日本國や韓国でも人気のあるチェーン店らしいですが、先日1月28日から2月3日まで、このお店で作られるピザが一律6.95ユーロという企画がありました(ただし、お持ち帰り限定)。一律6.95ユーロと申しましても、このお店のピザはまず2人前と4人前の2サイズがあり、全部で17種類です。最も廉価なピザは二人前のマルゲリータで10.90ユーロ、最も高いピザはエクストラヴァガンツァというピザで4人前が22.90ユーロです。人数も、値段も倍違うのに、何を頼んでも一律6.95ユーロなのです。こういう大雑把すぎるザル&ドンブリ企画はあまり日本ではないような気もします。このプロモで誰が2人前10.90ユーロのピザを頼みます?

もちろん頼みましたよ、一番高いピザを四人前でどうかひとつ、と。
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EXTRAVAGANZZA エクストラヴァガンツァ4人前とKick'n Chicken キックンキンなるバーベQソースをつけて食べる鶏のピリ辛から揚げです。普段なら22.90ユーロもする庶民の手ぇが届かない高価過ぎるピザが6.95ユーロぽっきりになると、なぜか4.50ユーロの前菜メニュウも頼めちゃうというこのドけち。生まれて初めて食べたこのお店のピザですが、
щ(゚Д゚)щ ウママ
何が美味しいって具より生地です。このお店には三種類のピザ生地がありますが、初心者ですから、
( ̄ε ̄)b  とりあえず patê classique で。
と注文しました。エクストラヴァガンツァの具ですが、トマトソース、モッツァレラ、ペパロニ、ハム、マッシュルーム、玉ねぎ、緑ピーマン、香料入り牛肉玉、黒オリーヴという内容です。正直な感想は具だくさん過ぎて、大味。ほおばっているうちに何を味わっているのかわからなくなってしまいます。

それにしても、このお店のピザ正規価格は南仏のピザ屋台価格の2.5倍強です。マルセイユあたりのピザ屋台で一枚10ユーロ以上のピザを出したところで誰も買わないと思うわ。ビリオネアーであるジズゥを産んだおっかさんでも買わないよ。とっころが、この大西洋に近い町ではこのお店が出来る前のピザ・レベルと言ったら・・・・涙無しには語れません。

さて、もっちもちのピザを美味しく食べられた翌日、また買っちゃったのだな。
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これはLA DOUBLE STEAK&CHEESE です。いつもなら2人前だと15.40ユーロ、4人前だと21.90ユーロだそう。具..あ、いや、トッピングざますがトマトソース、倍量の香料入り牛肉玉、倍量のモッツァレラ、生トマト、エルブ・ド・プロヴァンスです。見た目は緑色のピーマンがない分地味ですが、味はエクストラヴァガンツァより美味でした。何を食べているのかよくわかりました。お肉、チーズ、ハーブの味を堪能できました。ピザ生地もクラシックを再び頼みましたが、やっぱり美美美味味味でした。

流石に二日連続で贅沢すぎるピザを廉価で食べましたので、その3日後に
またかいっっ!!??
外出した時にお店の前をうっかり通ってしまったのが運命でしたね。CHICKENITA シケニータを、お店が勧めるPâte fine 薄生地で頼んでみました。
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トッピングはトマトソース、モッツァレラ、香料を添えて焼いた鶏肉のサイコロ、ペパロニ、生トマト、エマンタルチーズで、普段のお値段はLa Double steak&cheese とまったく同じ。見栄えはやはりエクストラヴァガンツァのような緑色や黒色に欠ける分、今ひとつですけれど、味は私個人としてはこれが一番美味しかったかも。贅沢を言うならペパロニを抜きたい。ピザ生地はトッピング下の部分は確かに薄いけれど、縁はクラシックと同じモッチリ感に味です。薄くしてもイタリアン・ピッツァ化しませんでした。

ココんちのフランスびと♂はどうも二回目に食べた牛肉ピザがお気に入りらしいですが、そういう感想を聞きつつ、6.95×3は20.85で、22.90+(21.90×2)は66.70ですから
ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ やったね、パパ!明日はホームランだっ!ヾ(o゚ω゚o)ノ゙
と、ほくそえむ私は育ててもらった親に申し訳ないほど卑しいな、とつくづく思いました。しっかし、正規価格でこのピザを誰が楽しむンだろう?別世界だわ。ひたすら次のプロモを待つ。

le 8 février 2008, Jaqueline
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by ma_cocotte | 2008-02-08 22:10 | Thé ou Café? | Comments(10)
mardi gras -今年の春の訪れは早いらしい-
フランスで2008年のカレンダーを眺めると、聖人名の欄にきょう2月5日は mardi gras マルディ・グラ、日本語に訳すと「脂の火曜日」です。翌日6日は cendres サァンドゥル、「灰」とあります。フランス語だと少し分かり難いですが、英語圏ではこの日を ash Wendnesday アッシュ・ウェンズディ、「灰の水曜日」と呼びます。

「灰の水曜日」というのはカトリックの移動祝祭日のひとつで、この日から復活祭前日(土曜日没前)まで主日(Jour dominical、=日曜日)を除いた40日間をCarême カレム(四旬節)と呼びます。フランスの長い生活文化史においてこの40日間は「祈りと節制の月」でありました。日本では「大斎」と呼ばれていました。近年、欧州系の共和国民でこの期間中にお肉や乳製品を断つ人はあまりいませんが、その代わりに自分の好きなもの、例えばお菓子や煙草を我慢する人はたまにいます。小銭を貯めてしかるべき団体に寄付をなさる方もいらっしゃいますね。

で、フランスにおける mardi gras マルディ・グラです。
祈りと節制の40日に入る前日のこの火曜日、昔のフランスびとは「自分の大好きな食べ物の食べ納め」をしました。大好きな料理やお菓子をたらふく食べた翌日は教会に行き、神父さまからおでこに灰を十の字に塗ってもらって節制に入りました。子供達は仮装したり、おめかしして「脂の火曜日」の午後、街中を練り歩き、大人からお菓子や飴をもらったりしたのだそうです。21世紀に入り、10月31日のハロウヰンが盛んになりましたが、元々はマルディ・グラがフランスらしい子供が仮装を楽しむ日だったのです。

年が明けて最初の移動祝祭日は「脂の火曜日」と「灰の水曜日」ですが、なんとなくこの日を迎えるとフランスの春がもうすぐそこまでやって来ているんだなあ、という自覚が芽生えます。今年のこの二つの移動祝祭日は昨年より2週間も早く訪れ、2月2日のChandeleur シャンドルゥル、=主の奉献の祝祭日でたらふくクレープを食べたばかりなのに、すぐ「脂の火曜日」を迎えてちょっと豪勢かいつもどおりのおかずやデセールをたらふく食べて、翌日夜から節制です。なんともセカセカした感じの暦の流れではありますが、暦の上とは言え春の訪れが早いことはうれしい気もします。

外は強風が吹いてはいるのですが、庭の隅にはうつむき加減の小さな水仙が咲きました。
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ココんちあたりは緯度にして北海道の北部にあたるかと思いますが、既に沈丁花は満開、クリスマス・ローズも咲き始めました。木々の枝にふくコチコチの新芽から若葉が見える日も近いでしょうか。

le 5 février 2008, Agathe
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by ma_cocotte | 2008-02-05 23:10 | 『冬』 Rien de spécial | Comments(0)