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そろそろ、青葉若葉に風香る季節のはずですが、

寒いっっ!
...なんなんだ、この寒さはっっ!?
パリっ子たちは春休みだというのに、今朝の天気予報ではアルプスでは雪ざます。
ココんちあたりも昨日から強風雨の中にあり、きょうは気紛れに日が射してもすぐに風雨が始まるという繰り返しで、4月最後の一日だというのに暖房を入れているのです。

木々の新芽もこの戻り寒のせいでクタっと萎えてしまいました。かわいそうです。
とは言え、町を歩けば、こんな花も。
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 glycine です。

咲き乱れる藤を仰ぐと、子供の頃通った幼稚園のお砂場の上の藤棚をまず思い出します。そして、フランス各地で藤の開花に遅れること数週間で美しく咲く藤にそっくりのキングサリという黄色い花を思い出します。キングサリが咲けば、フランスは一年で最も花咲き乱れる季節に入ります。

さて、こんにちで4月も終わり、明日から5月。
フランスの明日は国定祝祭日ですが、なんと明日は稀なる「祭日のお重」でございます。というのも、毎年5月1日は「 Fête du Travail フェット・デュ・トラヴァイユ、=労働の祝日」ですが、今年の場合、国定移動祝祭日である「Ascension アサンシオン、=キリスト昇天祭」が同じく明日5月1日なのです。お仕事に例えるなら「ダブル・ブッキング」です。移動祝祭日とは言え、アサンシオンの祝日は復活祭から40日目で必ず木曜日になります。今年は固定祝祭日である5月1日も木曜日なので鉢合わせてしまったのです。
例年ならばフランスの5月は1日、8日のVictoire 1945、ヴぃくろわある1945、=第二次大戦終戦記念日が固定祝祭日で、たいていアサンシオンとその10日後のPentecôte、パントゥコット、=聖霊降臨祭翌日の月曜日が移動祝祭日になります ただし、パントゥコットは6月になる年も数年おきに来ますが

今年は二つの祝祭日が重なる大当たりの年です。いや、労働者にとっては一日休日が減るという ハズレ年 になります。もちろん明日5月1日は毎年恒例の各労働組合による大デモ行進が行われますが、今年だけは午前11時にもなればうるさ過ぎるほどの鐘の音があちらこちらから共和国の空を覆うことになります。

フランス生活文化好き、かつ、ガイジンの私にとって今年の5月1日は、こんな年(↓)
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13 e centenaire du Mont-Saint-Michel


b0070127_18554589.jpgフランス共和国の右袖肩上、つまりブルターニュの付け根上にあるモン・サン・ミシェル大修道院が創立されてから明日5月1日で13回目の100年祭を迎えるのだそうです。1300年も前に最初の礎が置かれたのですね。上の写真は私が2000年8月に行った時のものですが、当時は完全に世俗化された観光地でしたが、現在はFraternités de Jérusalem エルサレム博愛会という修道会が(半)観想修道生活を再開し、明日は午前11時半から23(=André Vingt trois)枢機卿による荘厳ミサ があげられるそうです。モン・サン・ミシェルでは長い歴史の中で盛者必衰どころか盛者が衰えたものの復活しちゃった理を表した感もありますが、エルサレム会のすんばらしすぎる歌唱に興味ある方はどうぞおみ足運んでくださいませね。
...って、ドエりゃあ遠いよね、あそこ。(-。-) ボソッ
フランスは木曜日が休日になると金曜日を休日にする Pont, ポン、=橋 という身勝手な習慣がありますが、どうぞみんなたちも充実の黄金週間をお過ごしくださいませ。

le 30 avril 2008, Robert
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by ma_cocotte | 2008-04-30 18:59 | 『春』 Rien de spécial | Comments(2)
そう簡単に別れられない事情。
先の4月21日の夜、France 2 で放映された検証番組 Complément d'enquête のテーマは『北京オリンピック開催まで100日:邪魔されたオリンピック』というものでした。
ビデオはこちら(↓)
J -100 : des Jeux olympiques qui dérangent
mms://a988.v101995.c10199.e.vm.akamaistream.net/7/988/10199/3f97c7e6/ftvigrp.download.akamai.com/10199/sgv/diff/videotheque/info/videosemissions/videocomplement/43BC2_complement-enuete_20080421.wmv?
かなーり 面白かったです。

約一時間半強の番組の中でさらに4テーマのルポが紹介され、一本目が中國から、二本目がフランスから、三本目がメキシコとエイメリカから過去にボイコットしたことでの元選手のトラウマについて、四本目が2014年に冬季五輪が開催されるロシアからのレポートで、特に前半の二本が私個人としては興味深かったです。

一本目で紹介されたのは中國にフェンシング種目の監督として雇われたフランス人の話でした。当初、妻帯で中國に引っ越し、中國側が用意したすばらしい宿舎に住み始めたものの奥様は半年でフランスに帰国、現在、このコーチは単身で中國に残り、選手を育て続けています。画面前に披露された契約書には中國選手が金メダルを獲得した際の成功報酬についても明記されていました。この監督の中國ライフについてのルポの中で、ビデオでは開始後16分あたりで中國フェンシングチームの選手たちの生活ぶりが流れますが、中國某所にある巨大オリンピック選手養成訓練施設に缶詰になっている女性選手二人の寄宿生活が映し出され、テレビも見放題、インターネットも使いたい放題だとまず紹介はされますが、撮影スタッフが選手にチベットで何があったか知っているかと質問すると「海外遠征に行っていたので知らない」、続いてルームメイトである別の選手の発言が
Pour te dire que Ça me interesse pas. 
ぷる・とぅ・でぃいる・く・ さ・む・あんてれす・ぱっ!

この際言っとくけど、私、興味がない の。
щ(゚Д゚)щ こう、出たかぁあああああっっ! と、思いました。(・_・)
チベットで起こったことは「興味がない」で片付けられちゃうんだ。中國びとが言う「中國がひとつ」が本当なら、今回のチベット暴動はあきらかに動乱状態なんだから、海外遠征中だったとしても「真の中國びと」なら興味がわいちゃうンぢゃないの?ロジックが壊れてまへんか。いきなりブルヂョワが目の前でひけらかされていることを「見とーない、聞きとーない」と背中見せているような態度を取るとはゴルゴダの道のペトロで十分ぢゃなかろうか。あ、中國は真の政教分離国家だからこういうリンク付けは受け付けないンだった。
中國政府がオリンピック参加選手に与えている使命は「メダルを取ること」のみで、その理由付けはまったく選手の脳にインプットしていないそうです。彼らはメダルを取るなら何だってしちゃうし、メダルを取るのに邪魔なことは関わらないマシーンと化しているのだな。

さて、番組の二本目のルポルターヂュ。
こりは個人的にはワクワクするほど面白すぎでした。
なんてったって「国境無き記者団 Reporters sans Frontières(RSF)」の三人組が命綱もつけずにエッフェル塔にのぼり、例の黒手錠旗を掲げるまでのビデオが流れます。見ているこっちまでハツがドキドキ、息がハァハァしちゃう、まさに「事件は現場で起こってるんだ」であります。上のビデオでは開始後26分45秒あたりからRSF@パリについて流れ始めます。
....これ、下りる時の方がめっちゃくちゃ怖いよね。(((゜Д゜;;)))
お三方ともご無事で何よりでふ。
この「国境無き記者団 Reporters sans Frontières(RSF)」ですけれども、今回のチベット暴動がきっかけで北京オリンピック・ボイコットを騒ぎ始めたのではありません。彼らは1980年台から既に中國の報道のあり方について訴え続け、2001年7月13日、オリンピック委員会が2008年夏季オリンピックの開催地を北京とすることを宣言したと同時にボイコット活動を開始しているので、この3月は偶発的にチベット暴動が勃発したと言えます。この団体の長上であるロベール・メナール Robert Ménard 自身、1953年アルジェリアはオランで生まれたピエ・ノワール、つまりアルジェリア独立戦争でフランス本土に戻った「動乱の経験者」でありますが、彼が現在に至るまで中國に関して訴え続けていることは1980年に活動を開始してから、中國の独裁がなんら改善されていないことにあります。なぜこの国境を越えたRSFという組織が日本であまり知られてもいなければ発展しないかというと、国境なき記者団が日本國の記者クラブ制度を「排他的かつ報道の自由を阻害している」という鋭い主張をし続けているにもかかわらず、日本國の主要マスコミが無視し続けていることにあるらしいです。
___φ( ̄^ ̄ ) 恥ずかしいかも、ニホーン。
で、この国境なき記者団@おフランスと中道から左二番目に位置する全国紙おリベラシオン Libération さまが北京オリンピック開催日から遡ること6ヶ月前の2008年2月8日からオリンピック開会式の8月8日まで共同キャンペーンを続けており、毎週始めのおリベラシオンさまに国境なき記者団を支持する有名人が掲載されることになっております。その第一週目に登場された方がこの方(↓)
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きゃろる・ぶけー Carole Bouquet
Photo par AFP

写真は今年2月8日、キャンペーン開始初日、ポスター掲載初日にパリで中國人と一緒に撮影したものです。国境なき記者団のHPで毎週、新しいポスター掲載が更新され続けておりますがhttp://www.rsf.org/article.php3?id_article=25196、第二週に登場のヴァンサン・ペレス、第7週のエマニュエル・ベアール、第9週のヂェーン・バーキンあたりは日本國でもハツが高鳴る方が多いかと存じます。が、彼らはフランスでは左派系人道主義者で有名だったりします。聖火リレー当日にチベット市民支持集会にヂェーン・バーキンが参加していたことは誰もが知るところですが、エマニュエル・ベアールが大活躍しているのはチェチェン難民救済運動ですね。キャロル・ブケーに至っては、彼女は移民救済運動で首相府に拒まれたもんだから大統領府に直談判しちゃうほどの活動家だったりします。http://www.dailymotion.com/video/x4gzbt_envoye-special-carole-bouquet-sans_politics

私は今週まで14枚のポスターの中では第一週のキャロル・ブケーさまが一番好きでっす。
( ̄ε ̄)b  あ、その話ではありまへんでした。
パリの聖火リレーはオリンピック関係者のみでのリレーで、長野のように芸能人などの参加はありませんでした。国際だろうが内政だろうがヒトにまつわる諸問題についても日本國とフランスでは芸能人の関わり方が大きく異なると、今回のチベット暴動を境にあらためて実感した私でした。

そして、フランスと中國の関係は、神聖皇帝サルコぢサマのポケットがなぜか同時膨張する中國への偏愛だけでなく、中國内にフランスから出稼ぎに行って、中國政府に管理されている「人質」が多すぎかもしれません。カラスの行水のごとく安直に撤退は今のフランスにはできませんね。現在、フランスに寄生する中國からの大量の移住者に「フランスの自由を悪用するな」と厳しく主張する民間人は数多いますが、その逆はありません。中國内に住むフランスびとが中國に不満を持ってもそれを表明する自由はありません。先日、生討論番組 Ce soir (ou jamais!) に登場したパリでの中國人留学生による中國に賛同しないフランス人に対しての不満を表明するデモを主催した中國人女性は現中國が真の民主国家で自由を愛していることは貴方が中國に来ればわかる、と言っていました。自分達の世代が中國の政権を握った時に更なる理想が開花することを楽しみにしてくれ、とも。

チベット問題研究家のおぢちゃん(ヂャン・ポル・リブ Jean-Paul Ribes 氏)に「ああ、もういい。自分の言葉で語ってくれないか」とぼやかれてましたけれどね。私もそう思いました。北京の大学を卒業してからパリに留学できるほどの才を持つこの女性にはすこぶる暗記力はあっても、語句の意味がまるでわかっていません。
興味ないから なんでしょうね。

le 28 avril 2008, Valérie
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by ma_cocotte | 2008-04-28 23:50 | どろりんぴっく2008北京 | Comments(12)
J'ai mangé les pizzas ”nationalistes”.
この度、フランス国粋主義的ピッザなるものを食べました。
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中サイズならばどのトッピングを選んでも2枚で17ユーロです。

なぜ国粋主義的ピッザ la pizza nationaliste なのかというと、
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例えばこちら(↑)はビフテキとロックフォールチーズのピッザです。フライドポテト pommes frites まで乗っています。ステックフリット(ビフテキのフライドポテト添え Steak frites)にロックフォールチーズソース、ああ、なんて美味しいンでしょう。胡椒ソースも美味よね。

そして、続く二枚目。こちら(↓)は、
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フォワグラと鴨ささみとセップ茸のピッザ

でございますですよ。これまでいろいろなピッザをこの共和国内で食べてきたつもりでしたけれど、フォワグラやら鴨肉が乗ったピッザといふものを初めていただきました。この二枚ともトマトソースが使われていません。これらのトッピングはこのお店の個性といえば個性だと思います。そういえば日本國ではマヨネーズが乗ったピッザがありますが、こちらではマヨネーズが乗ったピッザはまだ見ていません。世界の美味が集う花の都ならばあるのかしら?

あのお店 の斜め前がこのお店なんですけれど、私において、ピザ生地はあのお店の大勝利です。トッピングは鴨肉が新しい世界を作ってくれたような気がします。このおフランスびと好みのトッピングが特長のお店には山羊チーズといちじくが乗ったピッザなるものがありますので、次回はこれを食べてみたひ・・・・ココんちのフランスびと♂は「いちじくが乗ったピザ」と聞いただけで「食わず嫌い王」と化しておりますけれど。

le 27 avril 2008, Amédée

とっころで、ご存知の方、教えてください。
フランス語だとピッザ pizza の複数形は pizzas となります。女性形だけど語尾は-esではにゃく s のみです。イタリア語だと複数は女性形なので pizze ですか? 二枚のピッザは due pizze ? まっさか pizzi ではないですよね????

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by ma_cocotte | 2008-04-27 23:18 | Thé ou Café? | Comments(10)
うぃいいいい、うぃいいいいい Ouiiiiiii, Wiiiiiiiii
遅らばせながら、フランスではこんにち4月25日が発売日だったのです。
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Wii Fit


恥ずかしながら、買ってしまいましたねー。
インストールというか使えるようになるまでで、心身共に疲れ果ててしまいましたけれど、
コーチは美男子を迷わず選択。そこに愛がなければこの選択は当然でありませう。
初日測定結果は途中にP音を入れたとしてもとても他人さまに話せるような内容ではありませんが、窓ガラスをすっかり覆うカーテンもこんにち新調しましたので、しばらくは飽きるまで楽しめそうです。(なんのこっちゃか)

Wii Fit はもちろん楽しいですが、Wii Sport のテニスとゴルフが面白いですね。
テニスは今のところ連勝中。ふっふっふ。

le 25 avril 2008, Marc

ヽ(`Д´)ノ 昨晩の「サルちゃん80分一本勝負」
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by ma_cocotte | 2008-04-25 23:50 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(6)
火炙られて、身を屈めたままの鶏  La France s’incline devant Pékin
相変わらず、フランスの鶏 Le Coq gaulois は中國サマに火炙られておりますね。
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確かに、中國には名物料理・北京鴨がございますので、鶏を炙るのも得意技ですね。「ドメスティックな鴨」と「ホトケの鶏」とは偶然が生み出した御題だなあ。___φ( ̄^ ̄ )

全国紙おリベラシオンさまの記事タイトルにこんなのがありました。
La France s’incline devant Pékin
ら・ふぉんす・さんすくりん・どぅヴぁん・ぺかん。
というのは、どういうことかと言うと、
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↑ こーゆーこと ↑
Photo par AFP

フランス語がわからなくても一目でわかりますね。ああ、フランス共和国においては写真においても風刺画においてもヨソの国の「聖女」(金晶 Jin Jing サマとおっしゃるとか)をこうして掲載できます。国境を越えて万民にわかりやすいですこと。
動詞 incliner のみなら「頭を下げる」、「首を傾げる」というような意味なんですけれど、これにse(s' )とdevantが前後に付くと「屈服する」、「従属する」という意味を含みます。つまり「フランスは北京に屈服する」と訳されちゃってもしょーがないかな。だって 頬にキスして♪ ぢゃなくて、手の甲にキスです。神聖皇帝サルコぢが教皇さまの指輪に接吻したっけか?しとらんよ。なのに、サルコぢの遣中華使にはその行為を聖女ぢんぢんサマにするよう命じたわけだ。流石、サルコぢ、「La Conscience de la France フランスの良心」と各全国紙に命名されただけあります。なんでも遣中華使のダンチョであるラファラン氏と面談した直後、中國さまのスポークスマンはこうおっしゃったそうです。
"Il est gentil, son message est positif... "
彼は優しく、彼のメサージュはポヂティヴだ。
出たよ、19日の中國人留学生デモで聞こえたキーワード Positif ポヂティヴ ぐゎ。この一語で世界中に散らばる国家派遣中國びとの脳みそにスイッチが入って中身を確認せずにフランス(政府、=La France)は受付、中國に歯向かうフランスびと(=les français)には目には目を、歯には歯を、になるのだよ。

この件で共和国内で問題になっているのはサルコぢの意向と民意が真っ向から対立していることにあって、このままで行くと民意の筆頭代弁者は花の都はおパリ市長のベルトラン・ドゥラノエ Bertrand Delanoë 氏になるでしょう。
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Photo par RICHARD VIALERON/LE FIGARO


4月21日、パリ市議会でダライ・ラマ14世 Dalaï Lama XIV をパリ名誉市民とする市長提案についての投票が行われましたけれど、裏サルコぢ上皇が居座るUMPも、フランス共産党(PCF)も最初から棄権、投票は緑の党とフランス社会党(PS)だけで行われました。ドゥラノエ氏が推挙するという噂が流れた時点で、中國政府は各方面に賛成票に投票してくれるなと水面下で動いたにも関わらず、賛成60票、反対2票であっさり通過してしまいました。反対の2票は中華人民共和國から移住した人々の大居住区を抱えるパリ三区と四区のシチョさんだったそう。区民の意向を中央(=パリ市)に代表して伝えるのが区長の役目でしょうから、たとえお二人が社会党員でもドゥラノエさまの意向に「Oui, monsieur うぃーい、むっしゅう」と言えなかったのもロジックでありましょう。ドゥラノエさまがダライ・ラマ師をパリ名誉市民に推挙したことで「フランス政府への挑発行為」とも言われていますが、ドゥラノエさま曰く、2003年に既にダライ・ラマ師と友好状態にあり以前から考えていたことらしいです。

この投票の翌日夕刻、国営放送France 5 の生討論番組 C dans l'air の御題は
JO : Delanoë ranime la flamme
オリンピック: ドゥラノエは消えかかった聖火をかき立てる
です。タイトルは文学的深読みをお勧めします。(^_^) 番組には今では共和国に住む誰もが「またこいつか」とうっかり思ってしまうほど有名になったいつもの「サルコに愛されるおよばれ特派員 from 上海」ツェン・ルオラン Ruolin Zheng ちゃん(写真)が登場です。

b0070127_20395243.jpg「フランスは中國と等しく、完全政教分離、真の人権国家であり、フランスは中國が見習うべき鑑でもあるのに、今回、フランス国民の一部がこのような行動に出たことは誠に遺憾であります。」
だって。
流石、特派員だ、うまいね、このぉ(グリグリ)ヾ(`◇´)
ところで、あの英語で叫んでいたチベット支持者 pro-Tibet はフランス人なのだろうか?


この討論番組の中でこんな会話がありました。
Christophe Barbier : フランス在住の中國人は不平不満を自由にデモで表現することができますが、中華人民共和国内在住のフランス人が中國人による不買運動もろもろについての異論をあなたの国でデモの形で表現できますか?
Ruolin Zheng : 私たちはサルコぢ大統領を喜んで迎えているではありませんか!(返事になっとらん・どぅらのえ)
あなたは私の国がオリンピック開催にあたって何人の報道特派員をビザなしで迎え入れているかご存知ですか!?
Christophe Barbier :  です。

Ruolin Zheng      :  です。
その差、18,000人
どちらの言い分が本当かよーく考えてみよう。(欽也&ナオコ)

なんつーか、自分で考えずに国の意向を上手にしゃべくる国家派遣中國人は共和国内にどれほどいるのでしょうか。昨晩、France 3 の生討論番組 Ce soir et Jamais! の御題も「Débat sur le Tibet チベット関連討論」で中國人もチベット人も登場しての激論でしたが、ビデオを見ればおわかりのとおり、紹介されるなり例の「一見日の丸T-シャツ」を広げる中國人留学生のおねいさん。この女性、Jieni Fu さんとおっしゃって先の土曜日にパリで行われた大規模デモの主催者です。ビデオの30分目頃から討論が始まりますが、なんだかなー、このおねいさん。およばれ特派員さんと同じで返答が的外れです。あらかぢめ脳内インプットしたKWとビンゴすると饒舌になるんだなあ。五星紅旗は「愛国主義のシンボル」なんですって。ε= (´∞` ) bof...チベット国旗を見つけたら残らず奪い取るように中國政府がフランスにごり押ししたのはなぜだ?第三国で愛国主義を主張するなら双方とも平等ぢゃないか。この番組内で留学生のおねいさんに3月15日付のチベット動乱に関するフランス側報道と中國側報道のビデオを見てもらってますが、おねいさんの感想がフランス側報道が2~3分なのに中國側の報道を30秒しか流さないのは「おかしい」。いや、おかしいンぢゃなくてオタクの国が30秒しかチベット動乱について流してくれないンですよ。それともフランス側の報道を中國にあわせて縮めろとでもおっしゃりたいのか?

次期フランス共和国大統領選まで3年強ですが、ドゥラノエ氏が共和国民のハツをがっちり掴むには今が良いのか、それともまだ早いのかどうか。一方、現在「死に体」状態の大統領ちゃんの今宵ですが、20時15分より「神聖皇帝サルコぢサマ80分一本勝負」インタビュウ番組が生中継されます。20時15分以降はTF1でもFrance 2でも同じ番組しか流れません。日本時間ですと25日午前3時15分からになりますが、こちら(↓)で生中継をご覧になれるかもしれません。
France 2 版 : http://video-direct.francetvod.fr/player.php?id=198
TF1/LCI 版 : http://tf1.lci.fr/infos/mediacast/directs/
この生中継を見ない共和国民はいるのでしょうか?
私はガイジンだけど見るつもりです。単にサルコぢが80分間ぢっとしていられるかどうか確かめるだけですけれど。( ̄人 ̄)

le 24 avril 2008, Fidèles
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by ma_cocotte | 2008-04-24 18:20 | どろりんぴっく2008北京 | Comments(8)
やっぱり私は我が侭だから。
明日は4月24日です。
母が2月24日に帰天して2度目の24日、最後に入院してから丁度一年の日にあたります。一か月前の3月24日はまだ実家におりましたが、なぜかはるか昔のように感じたりもします。

仏蘭西は2月23日の深夜近く、日本國は24日の夜明けを迎えてまもなく、父から母が帰天した知らせをもらい、その直後からあらためて帰国準備に入りました。「あらためて」」と言うのも、その3週間ほど前に私は既に帰国計画を立てており、本当ならば2月27日の飛行機で帰省することになっていました。今振り返ると、24日日曜日は奇跡的に要領よく事務的に自分が動いていたと思います。

実家には26日の22時頃着きました。玄関を開けるとお香の香りとひんやりとした風を感じました。居間の介護用ベッドに横になっている母の両肩に大きなドライアイスが乗っていたことで室内まで冷蔵庫のように冷えていたようです。母はしばらく総合栄養流動食を摂っていたので、私が母に最後に会った時よりもふっくらしていました。でも、頭部は脳を献体したためガーゼとネットで覆われていました。

翌日午後2時過ぎに納棺でした。母はパジャマ姿で横になっており、父はこのまま納棺し、その上に洋服を乗せればよいという意見でしたが、母がおしゃれだったことを思うとパジャマ姿での旅立ちは可哀想で、母が気に入っていた洋服を着せていただき、その上に母が袖を通さないまましつけ糸の残ったままの色留袖を乗せました。昔ならば愛用の眼鏡やら、洋服に合わせた靴や鞄も納められたのに、今は火葬の都合で棺に入れることができませんでした。葬儀センターの方に勧められるまま、納棺の儀式を済ませました。ガーゼで母の身体を拭きましたが、母の足が冷たいとはいえふっくらしていたのがなぜかうれしかったことでもありました。

母の通夜と葬儀は近所の葬祭センターで行いました。お坊さまは父方のお寺のお坊さまが遠路はるばるいらしてくださいました。「父の妻」である母の葬儀だから「父方のお寺のお坊さま」がいらっしゃるのは当たり前の話ですが、実は母が生前、父方の家族を嫌って、実家そばのお寺にお墓を買っていました。父と母の間には私が生まれる前に男児がひとりおり、生後すぐ亡くなったものの初めての子だったので荼毘にふし、戒名もいただいていました。母は常々私にいずれ兄のお骨を自分が買ったお墓に移したい、と話していました。

恥ずかしながら、私は人生の半分過ぎた年齢になっても葬儀というものにあまり関わったことがなく、喪服さえ持っていません。当初、葬祭センターで借りるよう勧められましたが、母の喪服を着たら、太った今の私には丁度良いサイズでした。もしかしたらスカート丈が少し短いのかもしれませんが、膝が十分隠れていたので、母の喪服を着、自前の黒のカメリアのブローチを襟にそえてみました。

お経は浄土宗のものでした。遺族席の最前列に座るなんて私にとって初めての経験でしたが、お坊さまの所作を拝見したり、これほどお経に耳を澄まして聞き入ったのも初めてでした。不謹慎かもしれませんが、お経の御文が美しいと素直に思いました。いつかぢっくり自分の目で読んでみたいとも思いました。式の最後にお坊さまから母に与えられた戒名の説明と参列者へのお話があり、母が今は「お浄土」におりいずれ私たちは母に再会できると教えてくださいました。なんとなくこの考え方は、私が耶蘇女学校で学んだ死後の話と似ていると思いました。仏教について何も知らない私はこのお話を伺うまで仏教はどんな宗派も輪廻転生を信じているのかと思っていたので、母がお浄土に行ったままでこの世に戻ることはないというお坊さまのお話には驚きさえ感じました。

お通夜が終わり、お清めも済み、親戚も次から次へと帰宅し、父の二人の弟夫妻が葬祭センターの別室に泊まって、母の線香が途切れないように見守ってくださるということで、父と二人で実家に戻りました。父と私の間に母がいない私の実家になりました。

翌日は午前10時過ぎから葬儀でした。お通夜とは別のお坊さまがいらっしゃいました。若いお坊さまですが、声が良い、所作が美しい、お経の最後に歌を唄われたので驚きました。火葬場までもご一緒してくださり、母のことを待つ間、父と私の前にお坊さまが座られました。前夜、伺った「お浄土」のことを質問してみました。キリスト教と違うのは、浄土宗では輪廻転生の最後が「今の私たち」であって、この人生を最後に極楽浄土に行くのだそうです(もし間違っていたらごめんなさい)。
極楽浄土とは何(お浄土→極楽浄土)
浄土のもともとの意味は、仏国土つまり仏さまの国、世界ということであり、そこは清らかな幸せに満ち、そこに生まれるとどんな苦しみもないところで、例えば薬師如来の東方浄瑠璃世界、大日如来の密厳浄土など、いろいろな仏さまがそれぞれに浄土を築き、そこで説法していると説かれている。その中で極楽浄土は、西方浄土ともいわれ、他に極楽界、安養界(あんにょうかい)(土)などともいわれている。阿弥陀仏が仏になる前の法蔵菩薩の時に、「命ある者すべてを救いたい」と願って四十八の本願(ねがい)をたて、その願いが成就されて築かれた世界である。すなわち、阿弥陀仏が人々を救うためにお建てになった世界。どんな人々であろうとも、 念仏を唱えるならば、命終ののち生まれる(行きつく)ことができる永遠のやすらぎの世界。けがれや迷いが一切ない、真・善・美の極まった世界であるが、単に楽の極まった世界であると考えてはいけない。
われわれは浄土において、仏になるために菩薩行をつみ、やがて仏になることができるのである。 四十八の本願の第十八番目が「念仏往生の本願」といい、南無阿弥陀仏を口にとなえるものは、皆極楽に往生できると説かれている。『阿弥陀経』には、西方十万億土の彼方にある国と記されている。

cf. 浄土宗ホームページ http://www.jodo.or.jp/
その後、母方の大叔父に「ママはいずれどこかに別の形で、あなたの前に現れるかもしれないよ」と慰められましたが、それを聞いた私はちょっと考えて「それより、母が向こうで手を広げて待っていて欲しいと思います。」と返事しました。通夜の日、葬祭センターの方から銀色の折り紙を渡され、私から母への手紙を内側に書いて鶴を折ってください、と頼まれました。母の棺に入れる千羽鶴の千羽目が私の手で折った鶴なのだそうです。手紙には「いつか、いつものように、大きく手を振って、満面の笑顔で私の名前を呼んで抱きしめてください」と書きました。そうなりますように。私が折ったいびつな銀の鶴は母の首元に置かれました。

葬儀の翌日だったか、父は母が買った墓所があるお寺に母が亡くなったことと、母の骨を自分の先祖の墓に入れる旨を報告しに行きました。このお寺は真言宗で、父からの話を聞いたご住職はなぜ葬儀前に知らせなかったのだと激怒されたそうです。が、母はお墓を買い、お布施を振り込む用紙が来れば振込み続けていましたが、真言宗を信じてもいないし、真言宗の中身を知ろうともせず、結婚するまで母の実家で拝んでいたお経を唱えつつ、毎朝晩、仏壇に手を合わせていました。そんなことを知っている娘としては浄土宗にも真言宗にも申し訳なく思ったりもします。生前、母が望んでいた兄のお骨を移すにしても、浄土宗のお寺でまず拝んでいただき、その後、真言宗のお寺で拝んでいただかなければお骨を移動することも納めることもできないのだそうです。

まだまだ私には知らないことがいっぱいあります。

一か月間の実家滞在中は、目が開いていれば常に「次に何をしなければならないのか」ばかり考えていました。もしかしたら睡眠中も考えていたかもしれません。逆に済ませたことを確認する余裕がなく、今になって思い出せることも断片的で自分の精神がいかに浮遊していたのか実感しています。特に実家滞在4週目に入る頃は、不思議の国のアリスに登場するウサギさんのように「時間がない、時間がない」という言葉しか口から出てきませんでした。心のあり方を上手に表現できませんが「時間はあるのですが時間がない」という感覚です。焦りでしょうか。いや、あと一週間あればなんとかなりそうだ、という目測はたてられたので焦りではありませんね。過去に秘書職なんぞ勤めたせいか、計画を立てられても、それを要領よく遂行できなかった私に非があります。できなかったことは次回帰国で必ず、と父に言い訳して実家を出ました。

こちらに戻ってからデジカメの中を確認すると、無礼にも通夜の晩、私が撮った母の祭壇の写真が2枚出てきました。当日はきれいに祭壇を設えていただいたことに感動して、写真に納めたのでしょうが、今になって写真には母が納まっていた棺まで映っていることに気付き、正面から見る勇気もありません。このお棺も、中にいた人も、今はもう何もないのだと思うと胸が締め付けられる思いがしますし、今更、母が献体した脳がどうなっているのか心配になったりもしています。先日、遊びに行ったおうちに暖炉があり、そこに紅茶の箱が投げ入れられて燃える様を見るくらいつらいことはありませんでした。

先の4月13日は四十九日にあたりましたが、父が母の遺骨と仮の位牌と作りたての位牌を持って、お寺に行き、供養していただきました。本当ならこの日に納骨ですが、墓を直している最中なので納骨は秋を迎える頃になります。遺骨をお寺に預けることもできますが、父は納骨まで母には実家にいてもらいたいのだそうで、その日までは父における喪中なのだそうです。毎週日曜日、こちらの早朝に父から電話がありますが、20日の電話で、私が滞在中に済ませた香典返しの手配が四十九日を過ぎたことで無事届けられていることも知り、ひと安心しました。香典返しについても私は無知で、母が愛していた百貨店を訪ねて、専門とされる方から何から何まで教えていただき、なんとか非礼なく済ませることができ...たと思います。

「次にしなければならないこと」ばかり考えていた私も、四十九日近くなったあたりから、台所に自分が立って調理しているとふと母が料理を作っている姿を思い出したり、母が病気になってから既に無理だとわかっているのに帰天してもなお母の手料理をもう一度食べてみたくなる衝動に駆られることが多くなりました。町を歩けば、ああ、母が横にいてくれたら、母にこのウインドウを見せたい、とふと思ってしまったりもします。そして毎晩、床に就けば、丸い地球の上をいくら歩いても、泳いでも、同じ大地に母がいないことを実感し、子供のようにメソメソしてしまうようになりました。何もかも私の我が侭ですよね。今、こうしてタイプしていても涙が出てしまいます。もしかしたらそろそろ「泣く時期」に突入したのかな。私にとって初めての経験ですから、身をもって知るしかないのでしょう。

生まれてから現在に至るまで私が泣けば頭ごなしに「泣くな!」としか言わなかった父のもとで育った私が、今は「泣け、泣け」と言う夫と暮らしているのも不思議な気がします。

私が「次にしなければならないこと」を見つければ、泣く暇もなくなるし、叶いもしない我が侭な思いを浮かべることもなくなりますね、きっと。

le 23 avril 2008, Georges
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by ma_cocotte | 2008-04-23 15:26 | 『?』なたわ言 | Comments(21)
次は7月のシドニーだな。___φ( ̄^ ̄ )
そして、その次の次は9月のルールドォ。ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ヾ(o゚ω゚o)ノ゙ ヾ(o゚ω゚o)ノ゙
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これまた、加工まで時間の問題であります「手のひらビームなB16」 Photo/getty

ローマ教皇B16の外遊計画でございますね。9月とは発表になっていても、日付が未発表なのです。妄想X-dayは8日、14日なので、月の前半の2週どちらかなんでありまふが。8月15日ご訪問と固ゆで卵どころかピータン状態で確信していたので、9月というKW爆弾で脳内真っ白になっての再妄想です。昨年12月末にバチカンまで勲章欲しさに訪れた神聖皇帝サルちゃん が9月のルルド巡礼の際にB16がパリに寄られるよう畏れも知らずに話したそうなので、B16がパリに上られる可能性もあるかもしれません。

ま、それは9月のルルド巡礼についてはひと夏超えた向こうのことなので横に置いておいて、昨日までの「赤い靴を履いた男の子 ヂョゼフ」のお話。
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Photo par AFP/Tim Sloan

主人公ヂョゼフが白いケープの上に白いケープをまとっていたこともヂョゼフを語る上での忘れてはならないことです。
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Photo par The Catholic University of America

このダマスコ絹にホワホワ毛皮フリンジ、背後から眺めれば黄金の巻きロープが一本のお召し物はモッゼッタ Mozzetta と呼ばれるもので1960年代後半以降、教皇さまがお召しにならなくなったそうです。(そういや、赤いモッゼッタをお召しのハンプティダンプティJXXIIIのお写真をどこぞで見た記憶がおぢゃる)。このまま行くと教皇冠・・・いや、それはないだろう。
cf. Catholic Encyclopedia (1913)/Mozzetta

昨晩はインターネットでヤンキーズスタヂアムでの主日ミサのナマ中継をヲッチ。前回のB16外遊までは KTO (←カテオまたはカトと呼ばれている)というフランスのHPでヲッチしていましたが、なんと改悪(つーか、リュスティヂェさんが帰天して、リカールさんから23(=Vingt-trois)に仏国内長上の座が譲られてから、インターネット上のカト関連HPが全て改悪されていたりなんかするのですが)されてしまったので、今回の外遊は ETWN を主にヲッカケさせていただきました。

かつて耶蘇女学校におりました頃、英語の授業前に必ず英語で祈ることになっていたので、卒業して半万年過ぎようと英語での祝詞を聞いているうちに自然に一緒に唱えられることにヴぃっくりしたりもしましたが、In the Name, of the Father, of the Holy....に続いて、私が Ghost とつぶやいたら、B16が Spirit とおっしゃった。Σ( ̄△ ̄; アイヤー。

...ビンゴできませんでした。そんな前世紀の遺物な私ですけれど、
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Photo par Getty

こんな写真(↑)を見っけ。19日土曜日の聖パトリック大聖堂近くでイカが豊漁だったようです。素人には時代設定の難しい一枚ですな。100年の誤差では見定められまい。(大げさ
聖パトリック大聖堂でのごミサも ETWN でヲッチしましたけれど、B16が到着してまもなく聖堂を抜ける際に流れたのが「くりすとぅす・ヴぃんちと Christus vincit 」というラテン語合唱聖歌でしたけれど、オーケストラが奏でるとヘンデルが作曲したかのような、どこか勇ましい勢いを持った雰囲気を醸し出すものですね。閉祭では「われ神をほめ(聖歌集12番)」が唄われていました。これは聖歌集を開かなくても2番までなら唄えるかも。画面を眺めていたら、黒スータンに白エプロン(=スルプリ)の男性がガッツポーズですばらしい垂直飛びを繰り返していたり、保守的な装いのシスターが護衛の横からスライディングで教皇さまタッチするなんぞ男女共に体育会系な様子を拝見しておりますと、エイメリカのローマン・カトリックは諸々の問題があっても、まだ勢いがあるように見えました。

ま、向き合わなくちゃならない問題があります。その問題に立ち向かうにしても山の裾野を廻るような楽を選ばず、苦があっても山を登り、下っていただきたいですね。フランスのニュウスで流れた関連報道を見て、そう思いました。
Victimes de prêtres pédophiles américains, ils témoignent
http://videos.tf1.fr/infos/media/jt/0,,3825731,00-victimes-pretres-pedophiles-americains-ils-temoignent-.html
約3000人のカト司祭が告発されているってぇのは・・・いやはや。( ̄人 ̄)

le 21 avril 2008, Anselme

20日で萌え尽きましたけれども、しばらくは装束研究でもすっかな。
ココんちの近所でこんな肖像画をめっけますた。
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水色のモッゼッタってなんなのーっっ!?  (;`O´)o

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by ma_cocotte | 2008-04-21 19:44 | Vive le pape! | Comments(2)
Ça va pas la tête ? 頭、おかしいンぢゃないの?
こういうのを「余計なお世話」と言うのです。
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@ une manifestation anti-française le 19 avril 2008 à Pékin Photo par AFP
2008年4月19日北京で行われた「フランス人への抗議デモ」
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Reuter 版でだうぞ(↑) Manifestation anti-française de Chinois en Chine, à Wuhan

さて、旗の文字に目を向けてみましょう。
ヂャンヌ・ダルクは売春婦で、
ナポレオンは変態、
フランスはナチスですか。

コルシカに自由を。  ε= (´∞` )
そう思うなら、あなたがた。コルシカに行って自爆テロってください。
コルシカ独立を願う人の中にはコルシカ在住の別の血統の人々を激しく差区別しているではありませんか。
( ̄ε ̄)b  あ、だから中國人留学生はコルシカ贔屓なんだ...。
ろじっく、ろじっく ♪~ ♪♪\(^ω^\)( /^ω^)/♪♪

それにしても、フランスでは中國サマの願いどおり、警官隊がチベット旗を時には暴力的に奪い取って、丸めてポイして差し上げましたけれど、中國内ではこういう欧州内ならタブーの語がちりばめられた改造国旗を警官隊が奪い取ってもくださらないのでしょうか?

同じく中國でのデモでは上の旗にも明記されている「Jeanne d’Arc est une prostituée ヂャンヌ・ダルクは売春婦だ」という叫び文句がよく聞こえてきたそうで。誰が腹立ち紛れたか存じませんが、個人の妄想による根拠のない歴史捏造公開も甚だしいざます。極右政党FNの党首ヂャン・マリ・ル・ペン Jean-Marie Le Pen がヂャンヌ・ダルクを敬愛しているからのイヤミ発言とも流れていますが、そりゃ、ル・ペンよりこんなところにいきなり担ぎ出されたヂャンヌ・ダルクが迷惑ってもんよ。彼女は極右に担がれているコトだって迷惑しているかもしれないもの。cf. Jeanne, mon amour  ヂャンヌが好き。  ←クリックしてご覧くださいませ。このヂャンヌの姿をご覧になって誰が「売春婦」を連想します?

中國内のデモについて動く証拠はこちら(↓)。国営放送France 3 のニュウスで流れた中國内での「(中國を支持しない)フランス人に抗議するデモですね。
Manifestation anti-francaise en Chine
http://www.dailymotion.com/video/x54xcx_manifestation-antifrancaise-en-chin_news
19日土曜日は花の都おパリにおいても共和国内各地から中國人留学生が終結してLa manifestation anti-française (中國に賛同してくれないフランスびとに抗議するデモ)が行われました。彼らが着ているお揃いのT-shirt がなぜか日章旗のように見えたりして、別ベクトルから爆笑ですが、流石、中國サマ。不眠不休でおねいさんたちが踏み踏みして作ってくださったお揃いTシャツなんでしょうね。
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Photo par Xinhua

日本國では中國内のデモが許可制であると伝えられていますが、フランスでは中國内でのデモは禁じられていると報道されていますので、昨日のパリでのガイジンによるデモを見たココんちのフランスびと♂などは「フランスは優しい。デモができない国のヒトのデモまで認めている」とつぶやいたりしています。

昨日のデモの様子でこちとらヴぃっくりしたことが、参加者が大きな声で「ネガティヴは見るな、ポジティヴだけを見ろ!」とフランスびとに勧めたことです。おかしいですよね。ポジティヴの中身とネガティヴの中身を彼らは確認していません。確かに「北京オリンピック開催」はポジティヴであり、「北京オリンピック開催反対」はネガティヴでしょうけれど。なぜ反対されているのか、彼らは知らなくていいと言っているのです。そもそもフランスに長期滞在できる彼らは本国でもポジティヴでしょ?選ばれた中國人ではありませんか?あんたら、国内のネガティヴ同胞を見ないのね?と問いかけたら、「Human Rights 人権」という言葉が耳に入った途端、無反応になるのと同じ反応を示しかねません。
フランスという国はポジティヴにはネガティヴがあり、それを両方考察して真が得られる、という教育を小一の子供から読み、書き、討論とあらゆる形で徹底的に教え込んでいます。ですから、ポジティヴだけしか見ないのであれば、真には至りませんがな。中國びとヒト括りと異なり、フランスびとは自分で考察して見出した答えでチベットびとにつくか、中國びとにつくか決めています。その理由づけも各自、千差万別です。
なんつうか思考回路が抜本から違うンだな。
フランスでいくら騒がれても、相手にならんよ。
キミガタがこうして異国でデモができるのも、ヒトの権利を尊重しているからです。忘れてくれるな。
それに、別に中國内で仏系企業の商売が上手く行かなくなっても、サルちゃんと彼に選ばれた「愛されるお友達たち」の懐に入るお小遣いの額が変わるだけで、共和国内に住む人々の生活は昨年5月以降あいもかわらず窮屈なだけですもん。

le 20 avril 2008, Odette
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by ma_cocotte | 2008-04-20 17:27 | どろりんぴっく2008北京 | Comments(23)
あなた、どこの誰? D'où venez-vous? Where do you come from? 
4月12日から5月5日まで、共和国内はABCの3ゾーンで2週間ずつに分け、春休みに入っています。花の都おパリとその周辺のお子たちはこんにち19日から春休みが始まります。
この一か月、フランス国内で話題になったのは共和国内各地で催された中高生による、教育制度改正反対デモでした。
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2008年4月15日パリ市内の中高生デモ Photo par TF1/LCI

この一か月、私の小耳に挟んだ教育改革は、高校の修業年数を目的の違いなく3年に統一すること(現在は2年制高校が存在)、もうひとつは9月の新年度から教員数を削減することです。政府側の話では生徒数が減少した故、教員11,200人(このうち8,830人が中高教員)を削減するという計画です。ま、これにご不満な中高生がデモという形で意思表示をしたのですね。フランス共和国においてデモを行うのは共和国民に平らに等しく与えられた権利ですので、事前に開催日や規模などを地元警察に申請すればデモれます。こんにちまでの3週間でニュウスになるほどの中高生による大規模デモが行われたのは6回になります。共和国内の主だった高校生組合によりますと l'Union nationale lycéenne (UNL)の発表では40,000人が参加、la Fédération indépendante et démocratique lycéenne (FIDL) では50,000人が参加したと発表しています(ただし、これらの数字に対し警察は13,000人規模であったと発表)。

フランス政府が発表した改正案を知ったことで、フランスに納税しており、フランスの恩恵を受けている者が喜怒哀楽をデモにして手続やら段取りを踏んで表現するというのは共和国内の誰もが納得することです。循環ロジックになっております。

ですがね、先日のアノ話。

そう、パリ市内で行われた聖火リレーです。2週間近く経った今でも相変わらず尾を引いたままで、中國ではパリでの聖火リレーが上手く行かなかったのはフランスの責任という理由でフランス系庶民向け百貨店6店舗での不買運動が始まったとか。
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中國国内でのフランス批判デモ Photo par AFP

19日お昼のニュウスでも中國国内のインターネット利用者による不買運動街頭抗議行動の様子が流れました。なぜまたネット利用者とアピールせねばならんのでせうかね。おフランスのナレーターが中國では国民によるデモが認められていないのに、こうしてデモができるということはどういうことなのか考えて欲しいと言っていました。
¢( ・_・) ハテ?

.......しばし。


( ̄口 ̄;)!! あ、政府がさせてるデモってことね? 

ε= (´∞` ) アホクサ。註:日本の新聞では中国内のデモは許可制と書かれていたりします。
しかも、胡錦濤さまは2005年4月の反日デモ同様、無秩序な破壊につながる大規模デモを全力で封じ込めるとおっしゃっているとか。そんなことをおっしゃりながら、フランス大使館前に、「チベットは中国のもの」と中国語、フランス語で書かれたステッカーを貼った車両約15台が通り、沿道の窓からは五星紅旗が振られて国歌斉唱。主張させてから抑えるってか。そこまでのシナリオができているのかもね。出演料はいくらなんだろう。ε= (´∞` ) ぼふぼふ。

そもそも4月7日、花の都はおパリで聖火リレーの沿道を陣取っていたみんなたちですが、
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このヒトたち、どこから来て、どこに消えたンでしょうか?
写真ぢゃわかりませんね。
今一度、ビデオで見てみます?
La flamme olympique fortement chahutée à Paris par TF1
http://videos.tf1.fr/infos/media/jt/0,,3809774,00-flamme-olympique-fortement-chahutee-paris-.html

Les militants pro-Tibet s'invitent sur le parcours de la flamme par TF1
http://videos.tf1.fr/infos/media/jt/0,,3809782,00-militants-pro-tibet-invitent-sur-parcours-flamme-.html
ココはフランスなのに、なんで目に入るものも耳に聞こえてくるものも英語なんでしょね?
で、この警察に引き摺られつつ咄嗟の判断で英語をしゃべる人たちがデモに参加できるよう役所の手続したのは誰なんでしょね? 
ちなみに上のビデオ二本目のタイトル"Les militants pro-Tibet s'invitent sur le parcours de la flamme" を訳せば、「聖火リレーの沿道に呼ばれないのに押しかけるチベット贔屓の闘士(活動家)たち」となります。お呼びでないのか。こりゃまた失礼しました。

しかも、聖火がフランスを去ると同時に、英語をしゃべる彼らも消えちゃったぢゃないの?

フランス語を話す連中だって怪しいもんです。
中國内の大学でフランス語を専攻するおにいさんもおねいさんもさぞかし楽しい修学旅行だったでしょう。フランス語が流暢な中國の方々も使命を果たしたことで、共和国内のそれぞれの持ち場に戻ったようです。お疲れさまですよね、サルコぢがご贔屓の中國サマと技術&商業提携している各企業に、中国語が堪能ということで在仏中國人留学生がそのまま就職し、こんな自分をフランスに行けるように、長期間住めるようにしてくださった「愛する本国」から出張の命令連絡があれば喜んで馳せ参じるんですもん。cf. やっと来れたので帰らない中國姐たち

長野での聖火リレーは1週間後、26日です。

全国の中国留学生、長野に集結計画 聖火リレー応援で
2008年04月18日18時44分

 長野市で26日にある北京五輪の聖火リレーに、日本全国から大勢の中国人留学生らが応援に駆けつける計画を立てている。全日本中国留学生学友会などの呼びかけで、すでに500~600人が参加を申し込んでいるという。
 同会によると、参加するのは全国の100前後の大学の中国人留学生やOB・OGらで、最終的には約2千人の参加を見込んでいる。東京など首都圏からはバスを借り切って長野に向かい、日中の国旗や五輪の旗を振って聖火リレーを沿道から応援するという。
 同会の李光哲会長(36)は「五輪の平和の理念を広め、中日の友好を促進するための活動」と強調。反対派などと衝突しても暴力は避け、「日本の警察当局にゆだねる」と述べた。
 一方、別の在日中国人の団体も大阪、京都、広島などから長野に向かう計画を進めており、千人以上が参加する予定という。


http://www.asahi.com/national/update/0418/OSK200804180058.html



どっかで既に繰り広げられた事実と似て遠からぢなお話ですけれど、愛国心の大波が長野に押し寄せることになるのでしょうか。英語が上手なプロちゃんも日本ならば日本語で叫ぶのかなあ。フランスぢゃバレちゃったもんね。こちとら、デモ慣れしてんだよっっ。ヾ(`◇´)
日本國内とは言え、治外法権下での主催国の好き嫌いに日本人が精一杯気を使った聖火リレーになるかもしれません。中國に関わる皆さま方に日本國でのショウに満足していただけたら、現在フランスがされているようなことを中國内で日本國(関連企業、役所)がされることはないでせう。国境も時空も超えてピョンピョンお気軽に飛んで騒いでいることだけが現代を感じる話です。中國内?暗黒の中世時代のようなもんだーね。

le 19 avril 2008, Emma

【ついでに】 国営放送France 5 で繰り返し放映されている Pekin 2008, Double jeux というスイスメイドのドキュメンタリーですが、中國内での北京オリンピック関連報道規制の様子の隠し撮りなのですよ。抜粋版ですが、コチラ。面白いですよ。どうも”Human Rights”というKWで難聴になるみたいです。どはははは。ご笑覧くださいませ。
http://www.dailymotion.com/video/x4v3hu_doubles-jeux-extrait_news
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by ma_cocotte | 2008-04-19 21:44 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(8)
21世紀から8年経っても、公私混同。
先日、ココんちに日仏夫婦が来ました。
双方の留学先であるエイメリカで出会い、恋に落ち、子供を産み、フランスに戻ってきた二人であります。英語学を主に言語&音声学の片割れとこんぴーた関係の専門家であるもう片方です。こんな田舎にそんなのがいるのか!? いたりするのがフランスです。都会に住めない、住みたくないフランスびとって多いのです。「なぜ田舎がいいの?」と質問したところで「それはフランスが美しいからさ」と返答してきます。

昨年末からどうもココんちのこんぴーたの調子が心身共に悪いのです。こんぴーたの「身」は箱でありますが、どうも箱の中身に納まっているハツ(心)もよろしくない。画面に変な情報ばかり紹介してきやがったりします。しかも私が専門としていることでも画面から提供される情報で脳内便秘状態になっていたので、ここぞとばかりにこの夫婦にずずずいーっと話してみました。話してみるものですね。私にとって難しいことも、彼らにとっては取るに足りないことなのです。ココんちのこんぴーたの前でお二人がかわりばんこにピコチコいぢられて、こんぴーたの問題も、私がわからなかったことも画面の向こうに叩きつけていました。「ま、2、3日様子を見ることです。相手の反応を待ちましょう」と医者のようなことを言って彼らは帰って行きました。相手の反応次第で次の対応をするそうです。
先生、ありがとうございました。
わからないことは知ったかぶりしないで師と仰ぐ、先輩と慕う人に話せば済むことですね。ああ、すっきり。そこに愛があれば必ずや力になってくれるものです。今日、まい・こんぴーたの画面が反応を知らせてきましたが、どうも先生の投薬は効き目がなかったようです。また先生に荒い治療してもらわねばなりません。敵は毒。根こそぎ溶かすのがいいような気もいたします。

そんな治療をまい・こんぴーたにお二人で行っている間に、我らが地元の話題になりました。

私が一か月ほど日本にいた間に共和国内で統一地方選挙が行われました。3月9日だったと思います。私は選挙権を持たないガイジンですし、ココ新天地はフランス社会党が絶対の地盤で無敵ということもあり興味がありませんでしたが、どうも市長が代わり、前市長と同じフランス社会党(PS)党員の女性議員が新市長となったそうです。前市長は選挙直前にいきなり社会党から推薦を断られたんだって。...知らなかったねー。ココんちの夫Pからメールで「選挙はくだらなかった。ぼふ。」と報告があり、母のことで精一杯だった私は彼に突っ込みも入れないまま忘れ去っていたのです。(●`皿´ ●#) キィーッ 何で教えてくれなかったのよっ!と叫んでみたところ、「ほら、大統領選の時だったかウチの呼び鈴を鳴らしてビラを置いていったマダムが市長になったんだよ」とポツリ。ええ、あの人があ?

で、雑談。
今週になって、この女性新市長が突然、町外れに建設中の市営サッカー場の工事を中止すると発表したのです。理由は お金がない。
そうだと思います。というのは、このサッカー場はもし2012年にパリ・オリンピックが実現したら予選会場のひとつとして使用される予定でした。ところが、パリは落選し、ロンドンがオリンピック開催地となりました。だから期待していた予算が入らなくなってしまったのでしょう。こんな小都市ではその埋め合わせは難しいです。それも世界中で注目されるようなフランス一部リーグを抱える都市ならともかく、なんだかヨレヨレのひなびたしょぼしょぼサッカーチームですし、そのチームを養っているのだって市なんですからして。

ところが、話はまだありました。そのヨレしょぼサッカーチームのホームグラウンドにはある人物の名前が掲げられていますが、この新市長さんと同じ苗字なのです。そう、二人は親子。彼女のパパもかつてこの市の市長であったので名前がサッカー場に冠されたのです。
( ̄ε ̄)b  はっはーん。そういうことかあ。
どういうことかというと、建設予定の新スタヂアムには新しい名称があり、市長の父親の名前が冠されるわけではありません。新しいスタヂアムの建設は前市長から引き継がれた借金事業であり、ここらで一発、お金がかかる引継ぎは早期切捨てにして市民にまわすわよ!と宣言した方が投票時の人気を一日でも長く維持できるし、なんてったって愛するパパの名前がついた現在のスタヂアムが使用され続ければパパは市民に愛される日向のパパのままであります。娘としては市長になる前からスタヂアム建設は面白くなかったわけだ。


しらーーーーーーー。


こういう話、私は苦手です。20世紀に飛鳥時代な政治屋だったマルコスで十分。ところが、意外にもフランスびとというのはこの手の人情話にウルウルしたりします。「市長はパパ思いなのねー」。十戒に「父母を敬えってあるもんね」。それでも頷けねーなー。こんな話、地位を得たがために公私混同しているどっかのサルコぢと同じです。所属政党は違えど、共和国の統領がああだから、ココの市長もこうなのきゃっ?
ココんちは市の最も外環に位置しており、目の前の草原も今週から更に外環を広げるために工事が始まりました。分譲住宅と道路が建設されることになっています。その草原の果てにはスタヂアム建設のために使用されている大クレーンの長い首が見えますし、ココんちのそばに造られる道路はスタヂアムに真直ぐ続く道だという説明も聞いていました。それが新しい市長の一存でドボチョンです。この計画変更は国営放送の地方局ニュウスにしっかり流れました。あの建設途中の状態のまま放置されるのでしょうか。

こんないとも簡単に計画をへし折れるなんて、むっかーし都庁でなかったっけ?
あれは選挙公約だったからよろしなのかしら?
新市長の決断にムッとした私に更にムッとする話を教えてくれたお客さん。
それは今回の統一地方選であのアラン・ジュペ Alain Juppé がまた当選し、ボルドー市長の椅子に座ったこと。ボルドー市民、どうかしていませんか?56,62%で当選とは言え、当選は当選です。横領したおっちゃん以外に誰かいないの?いるよねぇ、フランスの5大都市のひとつでしょう? cf. 誰がジュペを思わざる。ヽ(`Д´)ノ

シラク前大統領の裏献金話も本人の健康状態が理由でモヨモヨのままですし、サルコぢ大統領の御世になって11か月、どうもフランスが歴史を逆行しているように思えてなりません。あの日、チューしていたサルコぢとセシリアちゃんも今は新しい伴侶と新しい生活に入っているのにね。私たちはこの国のエラい人たちの私事都合で好き勝手にこねくり回されています。
ほんと、日毎、住みにくくなっています。
この頃は「サルコぢ」と誰かが言えば「あの嘘つき」と返答する会話をよく耳にします。彼の人気は尽きても任期は残り4年です。強い対抗馬が出ないままのボルドーみたいなことになりませんように。

le 18 avril 2008, Parfait
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by ma_cocotte | 2008-04-18 04:55 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)