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聖下は閣下の謝罪の中身を具体的に知りたいのだよ。
ヴァチカンから2009年1月21日付で破門解除された ばかりのリシャアル・ウヰリアムソン Richard Williamson 司教(FSSPX、=聖ピオ十世会会員)が 公言している私見 につき前言撤回を求める 公式布告文が今月4日に発表 されたものの、その週末 土曜の日没 までにウヰリアムソン師から何ら動きがなかったことで世間は ヴァチカンと彼の間の問題はウヰリアムソン師側から三行半(!?)を付けたものと判断 し、翌週明けの月曜から何らこの両者間について触れることはなくなりました。
とっころが、この2月の第三週19日になって、ウヰリアムソン師の潜伏先である南米はアルゼンチンの政府から2003年から不法滞在を続け、果ては社会平和を乱す発言をした ウヰリアムソン師に国外退去命令(再入国禁止命令付)が公式発表 されました。
この命令に10日の猶予が付いたものの、ウヰリアムソン師は第五日目、カトリックが四旬節という節制月に入る前日24日にブエノスアイレスの空港から祖国大英帝國に戻るため 機上のひと となった のでありました。
翌25日、倫敦はヒイѲロオ Heathlow に無事到着なさったウヰリアムソン師が スカットランドヤアズ に囲まれてその後どこにお隠れあそばしたのかはわからず、
ま、四旬節の大黙想かいっっ!?
自ら「本物のカトリック」と名乗る高位聖職者だもんよ、無垢で愚かな羊に見本を示すのも神から与えられた義務だろうよ、と思った世間が甘くて優しかった。
。。。_| ̄|○ エェ、マダ続クノォ。
(` ´)b 続きますよん。
なんと2月26日付でウヰリアムソン師が教皇B16とエクレジアデイ委員会宛に倫敦から謝罪状を送ったと同日夜のニュウスやら報道各社HP版で流れ始めました。翌朝27日、その文面は一世俗が管理している Zenit. org というヴァチカン情報を流すWEBから初公開、発信されました。以下がウヰリアムソン師が書かれた謝罪文。ココんちにも届いたあるね。
The Holy Father and my Superior, Bishop Bernard Fellay, have requested that I reconsider the remarks I made on Swedish television four months ago, because their consequences have been so heavy.
Observing these consequences I can truthfully say that I regret having made such remarks, and that if I had known beforehand the full harm and hurt to which they would give rise, especially to the Church, but also to survivors and relatives of victims of injustice under the Third Reich, I would not have made them.
On Swedish television I gave only the opinion (..."I believe"..."I believe"...) of a non-historian, an opinion formed 20 years ago on the basis of evidence then available, and rarely expressed in public since.
However, the events of recent weeks and the advice of senior members of the Society of St. Pius X have persuaded me of my responsibility for much distress caused. To all souls that took honest scandal from what I said, before God I apologize.
As the Holy Father has said, every act of injust violence against one man hurts all mankind.

+Richard Williamson,
London, 26 February, 2009

以上っっ!
b0070127_20415515.gif これにて 一件落着。
こいつぁ春から縁起が良くなったんで、皆のもの心して節制せよぉおお。
と、高らかに拍子木、いや、天空から鐘が鳴り響いて幕が閉じ、門は開けられ、人々は喜びのうち四方八方に飛び散っていくのであった。パチパチパチ・・・となると思いきや、27日金曜の日没前 にヴァチカンからこの謝罪文についての見解が発表されました。
Le Vatican ne se contente pas du mea culpa de Richard Williamson
ヴァチカンはウヰリアムソン師の「メア・クルパ」に不足を感じている。
¢( ・_・) あのぉ、 mea culpa メア・クルパってなーに? お仏蘭西語ぢゃないよ。

教えて、エラいひとー!


(` ´)b mea culpa メア・クルパはラテン語で、日本語に訳すと「わたしのあやまち」です。カトリックのラテン語典礼において、冒頭まもなく集う者全員でこんなラテン語を唱えます。
mea culpa, mea culpa, mea maxima culpa.
これ 我が過ちなり、我が過ちなり、我が いと大いなる過ち なり
こう唱えながら1メア・クルパに付き一度、右の掌をグーにして自分の胸の真ん中を叩いて、自らの回心を公衆の中で表明する のです。頭をちょっと右に傾げつつうなだられるようにして3度叩くと、いっそう「グー good」なのね。ヴァチカンが今月始めに公での前言撤回をウヰリアムソン師に求めたのだから、こうして送られた謝罪状が「メア・クルパ、どん!」と報道文において例えられるのも「あり」でしょう。
余談ですけれど、27日午後、ヴァチカンからのニュウスに基づいて各社が掲げた記事のタイトルには mea culpa というキーワードがそのまま用いられていることが多く、21世紀になった今も訳なしで共和国民に通じるラテン語単語なんでありますね。おル・フィガロさまなんぞは
Williamson fait un mea culpa a minima
なんてタイトルで記事を掲載しました。サルでも連想できますね。ラテン語で Maxima の反対はどうやら A minima であるっちゅうことを。しかも本当ならTrois (3) mea culpa(s) だろうに un (1) mea culpa って、あーた。「我がいと些細な過ちひとつ」ですかい。
・・・あ、mea culpa って男性名詞扱いだ。メモメモ。
話し戻って、27日午後のヴァチカン側の発表によりますと、ヴァチカンはウヰリアムソン師の謝罪文の内容について不満足であり、なぜ不満足なのかと言うとウヰリアムソン師がかような美しい文を送ってきたところで、彼が なぜ謝っているのか、何について謝っているのか不明瞭だから だそうです。pour qualifier sa lettre de pardon d'«ambiguë»
ココでちょいっとおまいさんにも昨晩、お仏蘭西のニュウスで流れた関連映像のうち一本なんぞ、ご覧あそばへ。
TF1 : Polémique : Le Vatican insatisfait des excuses de Williamson ←↑ くりックリック!
Le Saint-Siège a fait savoir que les excuses formulées par l'évêque négationniste restaient insuffisantes.
Le Vatican attend des propos plus clairs, et un vrai mea culpa. ヴァチカンは「より明瞭な内容」と「本物の回心」を待っている。
(*´Д`)=3 えぇええっと、ま・ここっつぁんが先日お話したブエノスアイレス空港でのウヰリアムソん氏の下方から腕をぐうぃいいいんとグーなポーズも動く映像でご覧になれますけれども、どの指とは言いませんが拳骨の上に立ってなくて良かったかな・・・というか、ちらりと見える親指だけでも 

b0070127_1832493.gif うぉおっ、まいがっっ!  Oh, my God!
でありまして、もし白い教皇さまがこの映像をご覧になった段階で、
b0070127_18382325.jpg
いってらっさーい

でしょう。教皇さまだって毎週金曜日に必ず告解なさってんですからして。
仏蘭西のマスコミが好んでラテン語ミサの典礼文から原文のまま引っ張って、こうして掲載しているのも、深読みすればイヤミに取れたりします。というのも、聖書朗読と説教、聖歌以外全文をラテン語で唱えるミサについて、参列者本人が疎外感を感じ、参列している意味がわからないまま義務で参列しているに過ぎなかったと振り返る人が多いこと(ただし、この意見は仏蘭西だけぢゃないよ)、美を語るあまりミサの意味をすっかり忘れて勧誘しているヒトも愚かしくも存在することなどから、このウヰリアムソン師からの謝罪文が「形だけで中身がない」とヴァチカンが評価したことに納得しているヲッチャーが多いようです。メア・クルパと唱えつつ胸を三回叩くのは決まりだからそう動いているにすぎないなら、その動作が回心の表れであり、他人が眺めればいかに美しい姿であっても、その中身が空で内容がまるでなかったら?教皇さまがウヰリアムソン師に尋ねているのはまさに謝罪の中身、内容です。ウヰリアムソン君がこの文で謝っているのはテレビ出演でしょうか。「I believe....」を繰り返しつつ自分が信じていると述べたこと?個人が信じようが信じまいが事実は事実なんだがな。例えば、個人が神を信じなくても、神はいる。← カト的抜本です。ウヰリアムソン師個人がいくら「ガス室はなかった」と信じていても、ガス室はあったンです、はい。

上の2009年2月26日付で倫敦からヴァチカンに送付されたウヰリアムソン師からの謝罪状なるものですが、どうもZenit.org ではもう見れなくなっています。というのも、L'Osservatore Romano 紙編集長のフェデリコ・ロンバルディ Federico Lombardi, sj 師がエクレジアデイ委員長であるホヨス枢機卿に対し、ウヰリアムソン師の謝罪文が Zenit にのみ漏れていることについて意見したこともあるのかもしれません。
En outre, ce document n'a pas été diffusé par le Vatican mais par l'agence de presse Zenit - contrôlée par le réseau laïc des Légionnaires du Christ - à qui le cardinal Castrillon Hoyos, responsable de la commission Ecclesia Dei, aurait remis la lettre. Il est vrai que le directeur de la salle de presse du Saint-Siège - le canal officiel d'information - le jésuite Federico Lombardi, avait publiquement critiqué la gestion de cette affaire par le cardinal Castrillon Hoyos. - Le Figaro@27/02/2009 | Mise à jour : 16:34
謎って言っちゃなんですが、このウヰリアムソン師から聖座とエクレジアデイ委員会宛に送られたとされる謝罪文の冒頭に、はっきりと宛先が明記されていないのがおかしいともニュウスで流れてた。
私もそう思うで、しかし。
いっくらウヰリアムソン師でもそれくらいのマナーはご存知でしょうからに。
( ̄□ ̄;)あっ、この謝罪文、おかしいよ。だって宛先がないだけでなく、文の出だしが
The Holy Father and my Superior, Bishop Bernard Fellay,  
聖父および我が長上ベルナアル・フェレ司教
だもの。エクレジアデイ委員会でもホヨス枢機卿でもないわ。...となると、コナンよ。
いずれにせよ、四旬節に入ったところでヴァチカン側のご立腹は美しい謝罪を受け取ったところで収まる気配もないようです。如月も数時間後に終わり弥生月を迎えるっちゅうに、この件の持ち越しは確定と見た、まる

le 28 février 2009, Romain

ヴァチカンも世間もウヰリアムソン師の謝罪について 土曜日没まで 待てるのに、ウヰリアムソン師からの謝罪についてヴァチカンが金曜日没前に態度表明したこと、
(` ´)b これ、ポ、イ、ン、ト 。

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by ma_cocotte | 2009-02-28 17:25 | 破門→波紋→和解→破壊 | Comments(35)
甘く、しょっぱい、チョコの味
甘く、すっぱい、恋の味...ではないのか。
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仏蘭西共和国の市井において日本國より割高だと思われるもの、それは板チョコかも。
いわゆるメーカーの板チョコはたいてい2ユーロ前後の値がついております。

でも、日本の板チョコならば一枚ぺろっと食べられても、仏蘭西の板チョコはひとかけら、一列食べたところで濃い珈琲を飲んだ時のような独特なムカツキを覚えるほどカカオが濃かったりします。ブラックチョコだと覿面です。午後、食べるのは或る意味危険。
だったらミルクがたっぷりのチョコならばガッツリ一枚行けるかと思いますが、いやはやミルクがたっぷりのミルカちゃんでも一列は美味しさのあまりペロッと食べてしまい、つい2列目もばくついてしまいますといきなり目のまわりがギンギン、食道から胃にかけてムカカッカとして、あ~あ、ガッツくのではなかったよ・・・と後悔したりするのであります。
....( ̄□ ̄;)ア? トシのせいか...._| ̄|○
どうも春の足音が聞こえてくるとなぜかショコラが食べたくなりまして、普段は見ないようにしているスーパーのチョコレートコーナーの前を通って見つけたのが、ミルカのキャラメルチョコ。
b0070127_1312767.jpg
この濃厚なミルククリームの奥にドロっとキャラメルが入っており、口に入れれば甘く、しょっぱく、とろりと溶けて、キャラメル独特のチリチリ感がのどを抜けて行きます。

兎にも角にもあっという間に溶けるので、折ったらすぐさま口に入れてしまいましょう。
このチョコにいちごジャムを乗せて食べればまさしく春の味かも。
ブリオッシュにはさんでも美味しいよ。

le 28 février 2009, Romain
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by ma_cocotte | 2009-02-28 01:37 | Thé ou Café? | Comments(6)
いずれ誰もが塵になる。
以下、極上の 灰水の陣 (↓ 画面上をクリくりっくん!)



これぞ、まっこと ザ・美

大英帝國はサルスベリではなくサリズベリ大聖堂 Salisbury Cathedrale での Ash Wednesday (灰の水曜日)の様子のようです。サリズベリは約750年前から存在するカトリックの巡礼地であります。やっぱ英國国教会の合唱メソッドは比類なし。頭の天辺から声を発するようなイメージを描きながら発声練習を積むという話も聞いたことがあります。



もしわたくしに息子がいたら、金積んでもぶち込みたい世界であります。
春がそこまで来ている予感もいたしますし、いつもの「英國に行きたい病」がムズムズしてまいりました。
今年も昨日、2月25日に灰の水曜日 Cendres の移動祝祭日を迎えました。ココんち地元のお子たちは先週土曜日から冬休みです。前日の火曜日は Mardi Gras マルディ・グラ、脂の火曜日だったので、ココんちも揚げドーナツを食べ、ま・ここっつぁんの母の一周忌でもあったのでなぜか母の分までといつもよりちょっと美味しい食事を用意して食べました。

一年前、母が帰天した時は既に四旬節のうちにあり、母を火葬し、残った母の存在を目の当たりにしたばかりの私は日曜日にミサに行くたびに肉と魂の違いを聖書箇所やら神父さまのお説教から学べ、かつ、慰められました。肉体は朽ちるもの、いずれ誰もが塵となる。そういくら聞かされても、まだ、どこか恐い。「死ぬのが恐い。燃やされるのはいやだ」と常々言っていた本人、=我が母の死後の変化を目の当たりにしたからわかっているのにね。
それから一年後、偶然にも母の命日は灰の水曜日の前日で、灰の水曜日には助祭さまからおでこに灰を塗っていただいて、なんとなく自分がいずれ塵に戻ることをひっしり感じ入ることができました。

さて、灰の水曜日で思い出すことは子供の頃です。
なぜか学校の聖堂でお昼休みだか放課後すぐお式があり「信者でなくてもいいんだよ」という同級生の誘い文句に乗って、興味ばかりでおでこに灰を塗っていただいたことが何度かありました。当時は定期的に聖堂に行っても、ミサだとすると未信者は最初から最後まで座ったきりで、その場で立ったり座ったり跪いたり居眠りしたりしていました。そして、白いベールを頭に乗せた信者の同級生がうやうやしく奉納というお手伝いをするために結婚式の花嫁のごとく聖堂後方から祭壇前までそろーそろーと歩く姿やら聖体拝領する様子を眺めるばかりで、祭壇近くに誰もが平等に行けるチャンスなんて灰水の陣くらいだったんだよねー。ああ、懐かしい。脳内フロッピーが一杯になりつつあって、うっかり消去しそうな子供の頃の思い出をこうしてここに書けました。Deo Gratias ってか。

それにしても、ええわぁ、大英帝國。うるるん。

le 26 février 2009, Nestor
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by ma_cocotte | 2009-02-26 23:44 | 『春』 Rien de spécial | Comments(4)
ウヰリアムソン君は北北東に進路を取った。
おはようございます。
昨晩、国営放送France 3 の夜のニュウス Le soir 3 で、「出て来い!ウヰリアムソン君」が大英帝國航空機に乗ってブエノスアイレスからロンドンに向かったことが報告されました。
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Mgr Williamson interrogé par la télévion argentine TN, avant de prendre l'avion pour Londres, le 24 février. © TODO NOTICIAS NETWORK CHANNEL HO / EPA


ウヰリアムソン師は大英帝國びとですので祖国に戻ることも、この日は仏蘭西語だとMardi Gras マルディグラ、=脂の火曜日と呼ばれる日で翌日から始まる四旬節(復活祭前でカトリックは節制に努める)の前日に出国することにしたことも多くの方の想定内だったと思われます。どうやらウヰリアムソン君は母国で節制月を過ごされることになりましょうか。
ウヰリアムソン師ですが、写真からも威圧感が伝わって来るような気がしないでもありませんが、昨晩のニュウス(Edition du Mardi 24 Février 2009)で流れた動くウヰリアムソン君は何を思ってか、突然、下方からグーに握った手をグイィイイインと腕に乗せて持ち上げる仕草をなさいまして、テレビ画面前のココんちの♂♀が思わず、
ひぃいいいいいいっっ
その後、天使が通った(=突然訪れる束の間の沈黙)後、ローマンカラーを隠すとこんな仕草ができるのか?いや、あのベースボールキャップをかぶったからこんなガッツポーズの応用みたいな動作をなさったのでわないきゃ?など妄想を語り合いましたけれど、破門解除された司教職の方が他人様に怒ったところでこのような感情表現はよろしくありませんね。世間を知らない無垢な羊はそんなことを目にしたら、「エラい人が権威を力で表現している」と勘違いしますから。

この場を借りて、ちょっと余談。
今回、アルゼンチン政府がウヰリアムソン師に国外退去命令を出したのはここ一ヶ月騒がれているガス室の存在を否定する発言だけでなく、ウヰリアムソン師が2003年にアルゼンチンに入国して以降、一切の公的手続きを無視しての不法滞在だったことで国外退去命令を出したと移民担当省側からは発表されています。アルゼンチン政府には宗教省も存在しますので、いずれにせよ、政府内会議での総意が「国外退去」だったのです。アルゼンチンも南米の一国ですから、おそらく宣教師ビザも段取りを踏めば取得できたでしょうに。なぜウヰリアムソン師も、FSSPX も不法滞在を選ばれたのでしょう。教会という組織内でも、市井においても順法意識に欠けるならナンピトにも同じ判断が世間から下される。それがきょうび21世紀、民主共和の政教分離の形の表れぢゃないでしょうか。

きょうはこれから、ロンドンに到着したウヰリアムソン君がテレビ画面で紹介される確率が高そうです。

以上、ご報告まで。

【追記】 国営放送France 2 の13時からのニュウスでウヰリアムソンさまが無事ロンドンに到着あそばされましたことが報告されました。  http://jt.france2.fr/13h/

le 25 février 2009, Cendres  きょうは塵に戻りましょう。


【参考資料】
* Le Figaro : L'évêque Williamson quitte l'Argentine
* Libération : L'évêque négationniste Williamson quitte l'Argentine
* Le Point : Sommé de partir, Mr Williamson a quitté l'Argentine par avion


【速 報】 今、仏蘭西時間で26日20時過ぎですが、ニュウスで繰り返しウヰリアムソン師がローマ宛に謝罪文をロンドンから送ったと流れています。けんども、謝罪のみで自持論であるガス室の存在の否定の撤回についてまったく触れない内容だとのことです。
En bref, il regrette "la douleur" engendrée par ses propos... mais pas leur teneur même.Reste à savoir comment réagira l'église.
France 2 : L'évêque Williamson "demande pardon"
AFP : L'évêque négationniste Williamson "demande pardon"
ZENIT : Mgr Williamson demande pardon à l’Eglise et aux victimes de l’holocauste
La Croix : Mgr Williamson demande pardon pour ses déclarations négationnistes
TF1 : Vatican - L'évêque négationniste "demande pardon"


以下、黒山羊さんから白い教皇さまに送られた手紙です。Zenit に掲載されたもの。
Bishop Richard Williamson Apology
"I Regret Having Made Such Remarks"
LONDON, FEB. 26, 2009 (Zenit.org).- Here is a declaration released today from Lefebvrite Bishop Richard Williamson, regarding his comments on the Holocaust in an interview aired in January by Swiss television.
* * *

The Holy Father and my Superior, Bishop Bernard Fellay, have requested that I reconsider the remarks I made on Swedish television four months ago, because their consequences have been so heavy.
Observing these consequences I can truthfully say that I regret having made such remarks, and that if I had known beforehand the full harm and hurt to which they would give rise, especially to the Church, but also to survivors and relatives of victims of injustice under the Third Reich, I would not have made them.

On Swedish television I gave only the opinion (..."I believe"..."I believe"...) of a non-historian, an opinion formed 20 years ago on the basis of evidence then available, and rarely expressed in public since.

However, the events of recent weeks and the advice of senior members of the Society of St. Pius X have persuaded me of my responsibility for much distress caused. To all souls that took honest scandal from what I said, before God I apologize.

As the Holy Father has said, every act of injust violence against one man hurts all mankind.

+Richard Williamson,
London, 26 February, 2009
ところぐゎっっ、

27日金曜日、日没前(←ココ、さりげに重要) ヴァチカン側は

ウヰリアムソン師からのこの謝罪文では不十分であると発表っっ!

ざますよ。    きびしーっっ!
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by ma_cocotte | 2009-02-25 16:29 | 破門→波紋→和解→破壊 | Comments(8)
お好きなように、どちらでも...で、そうなるといいですね。 Comme tu veux...et, Dieu le veuille! 
先日2月20日付でこのブログに掲載しました『出て行け、ウヰリアムソン君! Partez! ....Non! Quittez, Mgr. Wiiliamson!』において、2月23日より「通りすがり」とおっしゃる論客が今年1月21日以降、主に欧米で騒がれているFSSPX(聖ピオ十世会)とヴァチカンの間の諸問題とそこから派生する事項について多数意見をくださるようになりました。いただいたご意見とのやりとりはエントリーの主題から外れつつあるとブログ主として判断し、ここで新たにエントリーいたします。ここに立ち寄られる、または集われるみんなたちの真摯なご意見をコメント欄にいただけましたら幸いです。

以下、前出のエントリーコメント欄でのこれまでのやりとりになります。
「通りすがり」さまのコメントはで表します。
なお、「通りすがり」さまのIPアドレスは既に確認しており、おそらく同一人物であることをお知らせしておきます。以下、ご一読後、各自、コマを進めてくださいまし。
Commented by 通りすがり at 2009-02-23 10:08 x
 とても、興味深い内容で、ブログのこの記事を読ませていただきました。聖書の黙示録の中で、またカトリックの公式的な聖務日課の中でも見受けられた言葉の中に、「最後の時に信仰を持つものがどれだけいるか」という主キリストの言葉がありとても心に響いた記憶があります。
 近代主義を代表する多元主義や相対主義の流れは次第に天主の存在を忘却させるとする内容の聖ピオ10世教皇の回勅(教令)に目を通して、信仰の危機は現代のことを言っているのだと確信しました。

Commented by 通りすがり at 2009-02-23 10:08 x
また、中には私的啓示だとして距離を置く人が多い、ファティマの聖母の第三の秘密に関して、B16教皇(当時ラッツインガー枢機卿)が、第3の秘密は信仰の危機についてだと仰ったことも確かに現代は信仰の危機が大問題なのだというメッセージを投げかけているのだと思っています。
 だから、そのような信仰についてよりもウィリアムソン司教の発言をメディアが取り上げて騒いで、B16教皇を叩く論調をはるのは、この社会(西洋に限らず)が反キリストであることの証なのであり、また教会内部でも教皇に一致しているように見せかけていざ破門解除に至ると教皇は間違った選択をした、と堂々と主張する司教団がいたりするのは、まさに信仰の危機とは内部から瓦解していることを意味しているからではないでしょうか?



Commented by ma_cocotte at 2009-02-23 16:37 x
★ 通りすがりさま、はじめまして。
B16はFSSPX を創立し、教皇からの返答を待たずに4司教を叙階したルフェーヴル師本人が既に帰天していること、そして、FSSPXのフェレー総長から先のモツ・プロプリオの内容だけでは不服、不十分ゆえ4司教の破門を解除していただきたいという書状を数回にわたってもらったことで破門解除「のみ」をしたに過ぎません。教会内問題はこれで完結です。
FSSPX の受け入れについては「少なくとも」二年先と言われていますし、それまでの間FSSPXに所属する聖職者が聖務を行うことを許可していません。(既にFSSPX 側はこの教皇側の命令を無視しています)
ウヰリアムソン師の発言についての問題は社会平和においての問題であり、FSSPX 側が主張する「教会内の敵」による陰謀やら「教皇が敵に丸め込まれないように祈ろう」というのは抜本から論点がずれていると思います。

続きます。

Commented by ma_cocotte at 2009-02-23 16:42 x
★ 人間だったら戦争より平和を望むのが本能で、それを各国元首が理想としていること。その各国元首のひとりがB16に過ぎない。ウヰリアムソン師の発言はまだ完成を見ていないこの世の平和を、過去の不安定な形に戻すくらいの勢いがある内容です。世間がB16教皇を叩く論調が存在するのも第二ヴァチカンを境にしての変化でしょうね。第二ヴァチカンを破棄したら、B16が何をしても臣民は「はっは~」と平伏せばいいのでしょうか?第二ヴァチカンの会議場にいらしたB16が教皇となった今、それを望んでいると?確かコンクラーベで選ばれた方ですから、それは彼に票を投じた枢機卿方の意の表れ。話がつながらなくなって来ませんか?


Commented by 通りすがり at 2009-02-24 09:02 x
ma-cotte様
 わざわざご返答ありがとうございます。
私は今の教会のあり方、または典礼のあり方に疑問を持ち続けて調べてるうちに、聖ピオ10世会の存在をネットを通して、知りました。
 破門解除に至る経緯に関して、マコッテさんの誤解があると思います。
聖ピオ10世会のフェレー総長によれば、破門解除を求めるように再三手紙を出すように促したのは教皇様のほうだと仰っています。エクレジアデイ委員会のホヨス枢機卿がそのように求め、最後通牒までだしてきたので、ローマ(教皇)の権威にすがることが聖ピオ10世会当初からの考えであったので、手紙を出し続けていたそうです。
 信仰の話をしたいというのが、聖ピオ10世会側の考えであり、さまざまに解釈できる部分が存在する第2バチカン公会議の成果である公文書に関してお話したいと言うのが本音なのだと思います。

Commented by 通りすがり at 2009-02-24 09:12 x
後、人間は平和を求めることが本能だとするマコッテさんの考えは、人間には原罪が存在することをお忘れではないかと考えてしまいました。おそらく、教会内の事情を知る人なのでカトリックの方だと存じますが、もし、人が本能に従ったら、社会は秩序を乱すのだと思います。だからこそ、理性に従って行動することが求められ、平和を希求することが必要なのだと思います。
あと、補足ですけれど、聖ピオ10世会は第2バチカン公会議を受け入れていますし、ルフェーブル大司教はその成果である公会議文書のうち信仰に関する部分と典礼に関する部分に疑問を投げかけているに過ぎません。どうでも良いように解釈できるので、カトリックの信仰を失ってしまうと警告をしていた一司教なのです。

Commented by 通りすがり at 2009-02-24 09:26 x
 あと、ウィリアムソン司教の発言で、ナチによる600万のホロコーストの否定に関してですが、マコッテさんはマルコポーロ廃刊事件をご存知ですか?
 否定派のなかには、イスラエル建国(シオニズム)を可能ならしめた理由としてネオナチによる600万のホロコーストが重要な位置を占めているので、これを否定することは国連中心に動いてきた世界を転覆させることだとして、ユダヤ系組織や欧州連合から強い圧力がくるのだと主張しています。
 歴史にタブーがあってはいけないと思っています。当時フランスの良心とまで言われたフランスの一神父様は、10年前ホロコーストに関して歴史的検証が必要だろうと仰ったことにユダヤ系組織がもう抗議し、欧州で火種になったことを思い出せば、ホロコーストを既成事実化した現在、覆せないものになっているのだと思います。



Commented by ma_cocotte at 2009-02-24 17:27 x
★ 通りすがりさま、承ります。
が、教皇さま、ベルトーネ国務長官、カスティヨン・オジョス枢機卿はじめとするエクレジア関連の方々各自が公開している今回の経緯と、フェレー師が2月4日以降、オジョス枢機卿からの再三頼まれたことで破門解除(FSSPX側では破門撤回)を願う書面を送ったという話のどちらを信じたり、支持するか、通りすがりさんの自由です。
というより、フェレー総長さまはどなたに従順を誓われているのですか?
なんか司教任命式の式次第を拝見したいですね。おそらく伝統に則ってらっしゃるから一字一句、つっかえることなく行われたと思いますけれど、まさか当時の教皇名と任命式が開催された土地の教区長名が抜けていた?まさかね。


Commented by ma_cocotte at 2009-02-24 17:37 x
★ 次に、

 > 理性に従って行動することが求められ、平和を希求すること

ですが、ウヰリアムソン師に通りすがりさんがご忠告申し上げたらいかがですか?
人間には残念ながら原罪が存在するから平和を乱そうとそそのかされることがあるのです。(と、公教要理や宗教の授業で習いませんでしたか?)平和を求めるのが本能と私が書いたのは「神=平和」であるからです(もちろん「神=愛」でもあります)。つまり神を知る個人が平和を望まないという話の流れは既にロジックが壊れています。私たちはひとりでも多くのひとに平和そのものである神を知ってもらうため、多くの宣教師が異教の土地に出てもいます。その手段として暴力をカトリックが勧めていますか?残念ながら神そのものの捉え方が異なったり、宣教手段において武力が用いられることを容認されていることで、個人の平和を壊そうとする者やら物、団体が現れたら、自らの平和を守るために防衛するでしょう。それも神を知る個人が神を愛を知ればこその本能の表れのひとつです。

Commented by ma_cocotte at 2009-02-24 17:55 x
★ W師の発言ですが、宗教を超えた大地の平和を壊せるほどの発言だということ。平和を希求することを促すのではなく、その逆に向かって扇動する発言をFSSPX高位聖職者としてなさった。
今日のZENIT 英語版にスペイン司教団から教皇さまへこの件について書状が送られた旨、掲載されました。
http://www.zenit.org/article-25180?l=english
アルゼンチン政府がウィリアムソン師に追放令を出したことも。
http://www.zenit.org/article-25174?l=english
次に、ホロコーストについての貴意見ですが、隣近所に身内を収容所で失った人、腕に刺青を携えた本人などがいないからそうおっしゃれるだけでは?
ナチスの強制収容所に収容されたのはユダヤ人だけでないこと、ご存知ですか?それにフランス国内には既にナチスの収容所があり、そこにはガス室も解剖室、焼却炉も現存して公開されています。
ところで、
  
  >当時フランスの良心とまで言われたフランスの一神父様

とはどなたですか?
「フランスの良心」という枕詞ですが、神を冒涜したかのような発言をするとマスコミが喜んで使いますが。代表例が現大統領サルコです。


Commented by 通りすがり at 2009-02-24 19:08 x
マコッテ様
 いくつか質問がございましたので、返答します。
フランスの良心とまで言われ方は、アベ・ピエール神父様です。
先ほどネットで調べましたら、ウィキペディアに簡単な紹介がありました。
ホロコースト否定論者が極右の人たち(腕に刺青を携えた本人と表現されているようですが)といわれるのははたまた誤解です。政治的に左派の方でも600万人のホロコースト否定論者はいくらでも存在します。
 収容された方が、ユダヤ系の人たちだけではないのは、マキシミリアンコルベ神父様の存在をご存知のカトリック信者の方はだれでも知っています。

 

Commented by ma_cocotte at 2009-02-24 19:41 x
★ 通りすがりさま、
ラベ・ピエールですが、司祭妻帯、女性祭司、ホモセクシュアルの同棲などを支持した方で、FSSPX思想とは真っ向から反対の立場ですね。
彼は性関係のあった秘書の隣に今は永眠していますよ。
彼が「フランスの良心」と世間で例えられたのは、現カトリックの考えと違う考えを公にされた方だからです。宗教を越えた左派のアイドルであることは間違いありません。そして、「腕に刺青を携えた本人」というのは収容所に収容された本人を指します。極右ではありません。
一昨年帰天されたリュスティジェ枢機卿はご両親が収容所に送られ、母上はそこで帰天、ご本人はフランス国内のカトリック信者に匿われてた方です。
通りすがりさんがどなたに従順なさるのも通りすがりさんの自由です。以下の言葉、プレゼント。

「自分にとって黒に見えても、カトリック教会が白であると宣言するなら
それを信じよう。 イグナチオ・デ・ロヨラ」
「教皇と一致していない人はカトリック者ではありえない。 ドン・ボスコ」


Commented by 通りすがり at 2009-02-24 23:06 x
 アベ、ピエール神父様に関しては仰るとおりです。だから、政治的に左派の方でもホロコースト否定論者は存在すると言うことです。
 「腕に刺青を携えた本人」を読み間違えて、上の件を取り上げたまででしたので、ホロコースト否定論は割愛しましょう。
 フェレー総長のことですが、ローマ教皇に従順ですよ。しかし、多くの教皇によって異宗教間のエキュメニカル運動を排斥され続けたのに、今のエキュメニカルを推進なさった前教皇にたいしては、厳しい批判をしていたまでです。
 しかし、教皇空位派とは違い、聖ピオ10世会は教皇の位階秩序を尊重していますよ。それが今回の破門解除の大きな要因だったのではないでしょうか?

Commented by 通りすがり at 2009-02-24 23:17 x
>宣教手段において武力が用いられることを容認されていること

そんなことは許されていませんよ、昔から。
大神学者聖トマスアキナスは、生命を殺める正当な理由は3つあると主張しています。そのうちの一つに「正しい戦争」とあり、宣教手段において武力が用いられたことは歴史上知りえませんが正当な信仰を守るべきときに戦争がなされたというのは、オスマン帝国がヨーロッパ本土に襲撃したときなど限られています。
 ウィリアムソン聖職者が上の発言をしただけで、マコッテさんの上記の発言につながるのは論理的飛躍があると思いますが。


22日から23日に変わる時点で以上のコメント交換になりました。

さて、あらためまして 通りすがり さま、最新二つのコメントについての返答をいたします。まず、フェレー総長は現時点でローマ教皇に従順ではありません。破門解除と同時に聖職停止が命じられているにも関わらず、FSSPXの会員が違法ミサを続けているのはなぜですか?

次に、
>宣教手段において武力が用いられることを容認されていること
そんなことは許されていませんよ、昔から。
わたくしは、異教徒が宣教手段において武力が用いられていることを容認されている場合を示したつもりなんですが。拙コメントの中で「その手段として暴力をカトリックが勧めていますか?」と既に問いかけ、その後に続く「残念ながら神そのものの捉え方が異なった」をカトリック内の団体にあてたつもりはまったくありません。
今回の四司教破門解除とウヰリアムソン発言と教皇庁の動きを曲解したイスラームのモロッコ移民がベルギー国内においてユダヤ系の一般家屋のポストに次々と放火した事件が既に発生していますが、論理的飛躍も何も世界中から集まった人々が共存し、互いに共通部分を見つけつつ、互いの違いを尊重しあいながら理想的平和を構築しようとしている社会に、カトリックがその平和を乱す発言を支持するのでしょうか?教皇さまみずからが平和を軽んじると?教皇さまが再び欧州内の異教徒を高い塀と厚い門の内側に閉じ込めるつもりですか?

通りすがりさん、ひとつ忘れていることがありませんか?
現教皇ベネディクト16世は今は教皇であっても、もともとは独逸の一教区司祭です。
教区司祭は教区民のために働きます。まさか聴罪を一度も経験されたことがないまま、階位を昇られた?これまで一度も独逸国内の世俗の罪を聴いたこともなければ赦したこともないとでも。年齢から拝察してホロコーストについて知りたくなくても聞こえちゃってませんか?それとも、B16ご本人がホロコーストを否定している証拠がありますか?ミギだろうがヒダリだろうが身辺に収容所の犠牲者もいなければ、市井でナチに殺められたヒトもなく、見たことも聞いたこともないからホロコースト否定発言ができるンぢゃないでしょうか。フランス人のラベ・ピエールがそれらを否定できるなら、それはそっち方面でのお勉強が熱心すぎて、記憶していた事実をすっかり忘れちゃったんでしょうね。ま、ご自分から修道生活を去られたラベ・ピエールと、破門解除された高位聖職者の立場とは異なります。例えるなら、世界に広がる大企業において中間管理職が平社員を束ねる役目があるにも関わらず、ウィリアムソン師のお口から出た私見は孤立しているに過ぎません。ガス室否定だけでなく、9.11についてのウィリアムソン師の私見も世界中の反米派が喜んでくださいますね。ウィリアムソン師が時にミギと、時にヒダリと手をつなげるのもとてもカトリックです。

現時点で国際人種差別委員会はリチャード・ウィリアムソン司教に対し、証拠を挙げて自論を正当することを認めており、それができないなら前言撤回し謝罪という流れは問答無用の命令ではありません。ですが、ウィリアムソン師は教皇庁からの2月4日付の求めに対し自論を撤回できる証拠を教皇側から出すよう願っていますよね?ヴァチカンからの証拠提出が条件でウィリアムソン師が前言撤回する可能性はあると。なぜウィリアムソン師はご自分で調べないのでしょうか?  http://www.struthof.fr/

そして、以下、
フェレー総長のことですが、ローマ教皇に従順ですよ。しかし、多くの教皇によって異宗教間のエキュメニカル運動を排斥され続けたのに、今のエキュメニカルを推進なさった前教皇にたいしては、厳しい批判をしていたまでです。
だから?多くの教皇とはどなたでしょうか?
FSSPX の会憲に「死人のごとき従順」(perinde ac cadaver)なんて言葉がないから厳しい批判を段取りを踏まず(← ここ、重要)にできたのでしょうか?


ついでにもいっちょ
しかし、教皇空位派とは違い、聖ピオ10世会は教皇の位階秩序を尊重していますよ。それが今回の破門解除の大きな要因だったのではないでしょうか?
......違うと思う。..._| ̄|○
この場を借りまして、こんな新聞記事でも読んでみましょ。

法王に相次ぐ批判…ホロコースト否定の司教「破門解除」

【ローマ=松浦一樹】ローマ法王ベネディクト16世がナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)を否定する英国人司教の「破門解除」を決定し、各国のユダヤ教徒ばかりか、カトリック教会内部からも痛烈な批判を受けている。▼教会保守派である法王の指導力を疑問視したり、政治センスの欠如を指摘したりする声もあり、「法王は無謬(むびゅう)」とされるバチカン(法王庁)では、異例の事態となっている。▼法王は先月24日、スイスを拠点とする超保守派修道会に属する司教4人の破門を解いた。その中に、「ガス室は存在しなかった」と公言するなど、ホロコーストを史実と認めない英国人リチャード・ウィリアムソン司教が含まれていた。▼法王の決定を受け、イスラエルのユダヤ教最高権威である大ラビ庁は、バチカンとの関係を「無期限で中断する」と一方的に宣言。法王の母国ドイツでは、メルケル首相が「ホロコーストは否定されてはならない」と批判した。▼法王は「英国人司教の言動を、知らされていなかった」と釈明。今月12日には「ホロコーストを否定し、矮小(わいしょう)化することは犯罪行為に等しく、耐え難いこと」と述べ、事実上謝罪した。▼しかし、ほぼ同時期に、「ハリケーンが米南部を直撃したのは地元民が罪深いから」といった過激発言で知られるオーストリア人神父を、法王が司教補佐に任命していたことがわかり、騒ぎは収拾どころか拡大。オーストリア司教区が法王の決定に「不信認」を突きつけたため、神父は任命を辞退した。▼バチカンの失態が相次いだことで、法王批判は、カトリック教会内部からも噴出。バチカンで対ユダヤ教関係を担当するドイツ人のカスパー枢機卿はラジオ放送で、「法王庁内で意思の疎通に問題がある」と発言。ウィーン大司教区からは「信者の教会離れに拍車がかかっている」との苦言も飛び出している。▼バチカンは1960年代以後、他宗教との対話促進に力を入れてきたが、神学者出身で、保守色が濃厚な現法王が就任した2005年以降は「対話はむしろ後退している」(伊レプブリカ紙バチカン担当記者)との見方が強い。法王は06年にも、イスラム教が暴力を容認しているとも取れる発言を行い、イスラム諸国の反発を招いた。度重なる騒ぎに、教会の長としての法王の求心力を疑問視する声さえ出始めている。

2009年2月23日22時49分 読売新聞



....以上ですけれど、実は 通りすがり さんが一体ここで何を目標に定め、何を求めてコメントを書いていらっしゃるのか、凡な私にはわかりかねている次第です。Aidez-moi, svp.
FSSPX が正しく、ウヰリアムソン師のお考えが正しい。
ただそれだけを証明にいらしてる? ¢( ・_・) ハテ?
書き遅れましたけれど、「平和と一致」を掲げる国境を越えた巨大組織に所属する団体ならば、その団体の責任者は平和と一致の実現に努めるはずです。破門解除されたなら、今年2月4日付公文書 にある団体の最長上からの求めに応じること。命じられたことや社則を守ること。それに不平不満を持つのなら面倒くさくても社則を守り、段取りを踏んで、改善に努めること。それを何一つできないから1988年においても、今においても、傍観している世間が批判しているに過ぎない。FSSPX 認可まで少なくとも2年は要すると言われているし、ウヰリアムソン師発言以降のFSSPX側の言動から2年後の認可はありえないとまで言われ始めています。一致のために努力するのは双方であり、妥協するのが教皇側だけというのは何か違うというのが私個人の感想です。

Dieu le veuille! 
神様が通りすがりさんの思い通りになると、通りすがりさんにはいいことですね。

le 25 février 2009, Roméo


【追 記】 通りすがりさん、曰く
ルフェーブル大司教はその成果である公会議文書のうち信仰に関する部分と典礼に関する部分に疑問を投げかけているに過ぎません。どうでも良いように解釈できるので、カトリックの信仰を失ってしまうと警告をしていた一司教なのです。
1988年、ルフェーヴル師の独断による4司教任命直前にルフェーヴル師のもとを離れて教皇庁に庇護を求めた団体(FSSP)、2005年にFSSPX から追放された司祭に任された神学校(IBP)、いずれも現在、教皇庁から認可された修道会、神学校であり、彼らは1962ミサのみをあげており、ヴァチカンに戻り、ヴァチカンの指導において何ら信仰を失ってはいないと公にしています。
ついでに、以下は2009年1月8日現在のフランス共和国内、共和国軍、スイス、ルクサンブルグ、ベルギーとローマ市内で1962ミサをあげている教会のリストです。 Nouvelle autorisation とあるのは司教認可が新たに下りたことを指します。
Messes traditionnelles en France
http://www.amdg.asso.fr/lieux_messes_spv.htm
この現状で敢えてFSSPX のミサに通う理由は何でしょう。
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by ma_cocotte | 2009-02-25 00:21 | 破門→波紋→和解→破壊 | Comments(121)
この一年、生きてこれた、生きていられた。
2月24日になってしまいました。
きょうは私が生まれてはじめて迎える私の母の祥月命日です。
本当なら一周忌で帰宅するのでしょうけれど、母の場合、私の父方の実家の墓所工事を昨夏行ったこともあり、納骨が9月の彼岸に行われ、その際、お寺さんの承諾の下、一周忌の法要も共に済ませていただいたのでした。

この一年、私は生まれてはじめて母無しに生きました。
なんとはなしに母からすぐお迎えが来ちゃうンぢゃないかな、と内心思っていました。でも、来ませんでしたね。天国で退屈な思いをしていないのか、天国から眺める一人娘の生き様があまりに面白いのか。
既に私は実家を出て10年になり、昨年2008年2月24日まで母と一年以上会わなかったことは数度あります。でも、間に海や川があっても同じ地球の上、大地でつながったどこかに母が「いる」、母の「存在」を確信できる、たとえ母が言葉さえ思うように発せず、経管栄養だけで生きているだけの「存在」でも娘にとっての母は心のビタミン、栄養でありました。そりゃそうですよね、自分がこの世に飛び出るまでの毎日、母から栄養をもらって既に育てられていたのですから。でも、その母を今はいくら地球を何周まわったところ見つけられません。お墓の下に母の存在の証となる燃えカスが収まっていることはわかっちゃいます。でも、その存在の中にあった魂までが燃えて昇華してしまったとは私には思えません。母の存在と言う栄養剤を欠いても、私がこうして今も母から呼ばれることもなく生きているのは、母の死を通してヒトがこの世に生かされていることを何とはなく悟ったからかもしれません。

母無しのこの一年、母を亡くしただけでなく私にも喜怒哀苦楽いろいろありました。でも、私が自ら「すぐ死にたい」と思うことはありませんでした。昨年2度の帰国で、複数の友人、知人から「人生はこの世ですべてが終わり、死の後は無なのだ」という考えも聞きました。それならそれで、私が今生きている地球は美しい星なのでできるだけ長くこの世に生きて愛でたいと、我が身に纏わり着く世知辛いことは横に置いて素直にそう思うのです。

子供がいない私だからこんな風に思えるのでしょうか。母が亡くなったところで、子供がいれば「いつ呼ばれても、ま、いっか?」なんて微塵も思わず、「これからはこの子のために生きよう」と自分の立場を置換できますか。ただ、「いつ呼ばれてもいいや」と内心思いつつも、その日を迎えるためにはそれなりの物心両方の準備がいるようにも思えるので「今すぐ呼ばれちゃうのはちょと困るかも」と私の心が死に対してもぢもぢしていたりもしています。そんな自分の心の中の葛藤が面白くもあります。
生きぃているから悩むんだ。
掌を太陽に透かして見れば、真っ赤に流れるボクの血潮~♪
これからの私の余生は死ぬための準備をするためにあるのかなあ、擦り傷をおえば赤い血が出る私の手もその準備のために必要なんだね、たぶん。どうせ塵に戻るんだから、親からもらったこの身体を使わなくっちゃ。

この一年、母の死を通してたくさんたくさん学んだこと、知ったことがあり、私にとってのきょう2月24日は一周忌というより一周愛です。母が「親が死なないとわからないことがある」と、私と口論になるたびに言っていましたが、それはきっと、何より愛ですね。一年経って母の愛、友からの愛、私が受け止められないほどいただいていることを実感しています。このいただいたたくさんの愛を私も分けていきましょう。
数日前、田口芳五郎 という方が生前に残されたこんな言葉を見つけました。
私が今日あるのは、母の祈りです。
ああ、ああ、本当にそうです。私もそう。
母が毎朝晩かかさずお仏壇に手を合わせていたことを思い出しました。

le 24 février 2009, Isabelle
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by ma_cocotte | 2009-02-24 18:56 | 『?』なたわ言 | Comments(11)
なんとなく特別な週末を迎えた。
2009年2月22日。
なんとなく特別な週末を迎えた。お仏蘭西的には日曜日は週明けなんだけど。
というのも、二日後24日に私の母のはじめての祥月命日を迎えるが、2008年2月23日は土曜日でまもなく日付が代わる時刻に突然電話がなって父から母が他界した旨の知らせを聞いたのだ。涙なんか微塵も出なかった。翌週の水曜日の飛行機で帰国することが決まっていたから木曜日の午後に帰宅すると父親に話したら「何、言ってるんだ!?」と怒鳴られたことも覚えている。電話を切った直後から空だか宙を浮いたような感覚の中に私は入ってしまい、こんぴーたの前で航空会社の連絡先を探したり、それがうまくできずにとりあえず横になったり、明け方には妙な寝汗で目が覚め、再び机の前に行き、と。横になろうが直立だろうが私はウトウトと、まさにそういう感覚の中にいたと思う。後になって私が妙な寝汗で不快感を感じた同時刻に母が脳を献体するために手術台の上にいたことも知った。偶然ですけれどね。
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ココんちの仏蘭西びと♂がおそらく洗礼を受けた洗礼台。現在はまったく使われていないようだ。

夜が明けて、その日は日曜日だったからココんちの仏蘭西びと♂と一緒に教会に行った。その教会は彼が生後まもなく幼児洗礼をいただいた教会で、私たち二人が婚姻の秘跡というものをいただいた教会でもあるから、彼は教会に着くなりまっすぐ香部屋に飛び込んでその日の司式司祭に私の母が亡くなったことを告げた。すると、その神父さまが私の母の名前を尋ねてきたので、彼が私の母が異教徒であることを話したが、その神父さまはそんなことは構わないから教えなさい、と彼にびしっとおっしゃったそうだ。そんなことを私は宙だか空の中にいたので何も知らず、ミサが始まってしばらくして聖人名でもない私の母の名に「-さん」がくっついて読み上げられた時には驚いたし、不謹慎にもちょっと「さん付け」に笑ってしまった。異教徒なのに母の名を読み上げ、そのミサに参列した人々が皆、一瞬でも遠い異国の異教徒の母のためにまで祈ってくれたこと、いくら感謝しても感謝しきれなかったりする。

今月はじめ、8日だったと思う。
この昨年2月24日、おそらく世界中で最初に母の死を思い祈ってくださった神父さまが2月2日に帰天され、5日に既に密葬が済んでいたことを知った。自分が情けなくなった。10,000kmも離れた日本で死んだ母の通夜にも葬儀にも私は出席できたのに、同じ市内に住む一司祭の葬儀にも出られず、彼の帰天を知った時に彼は既に土の下だった。再び自分が空の中に誘われたかのような感覚に襲われた。この神父さまと同じ司祭館に昨年9月まで共に住んでいた助任司祭からこの神父さまががんらしいということは2週間ほど前に聞いており、それなりの覚悟を私もしてはいたが、まさか入院後たった3週で帰天されるとは。後日、同じ助任司祭から聞いた話では腎臓癌の末期だったそうだ。この神父さまは定年を数年後に控え、昨年9月に長年住み慣れた小教区教会から地元の公立病院付司祭として異動になった。異動後たった5か月での帰天というのも何か意味があるように思えたりもする。

私は教区司祭の埋葬についてまったく知らないのだが、彼が所属した教区HPや訃報が掲載された新聞HPなどをインターネットで確かめて、彼が生まれ故郷の小さな墓地に葬られたことを知った。苗字に「ド de」が付く方だったから、どうも一族の墓所で永遠の眠りに付いたようだ(↓)。
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2月14日、前々から予定していた訪問先に行く途中、その墓所に寄ってみた。数百年前までは獣道でそこにアスファルトをしいただけのような道を抜けた向こうにある山間の小村の小さな墓地。その真ん中に彼と同じ苗字の墓石がいくつかあった。大きな新しい墓石の側面には複数の人物の名前が掘り込まれていたけれど、その中に1885年生まれで名前の前の敬称にラベ L'Abbé (=司祭、修道院長)が付いた人がおり、もしかしたら私たちの教会婚直後に司祭館でアペリティフの準備をしてくださったこの神父さまがアジア顔の私に気をつかわれて話してくださった南アジアに渡ったことがあるイエズス会宣教師だった叔父上のことではないかと想像した。が、苗字にド de が付く子沢山の家ではひとりや二人、司祭や修道者が出るのもついこの間までの仏蘭西の伝統だったので多分私が思いついたことはハズレだろう。イエズス会修道司祭なら一族の墓所ではなくイエズス会の墓に入るだろうしね。
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この神父さま、ドつきの出自にもかかわらず、もろ1968思想のカトリック司祭で伝統軽視はもちろん、信心業を全て否定していた司祭だった。昨年夏に前出の助任司祭から漏れ聞いた話ではこの神父さまがこういう思想なのに、兄弟姉妹のうち数名がFSSPX の礼拝に通っているらしいとのこと。同じ一族なのにね、そういう分裂を招いているのも仏蘭西共和国内の其処此処彼処にゴロゴロ転がっている家庭内問題だったりもする。私個人はカトリックの学校で見聞してきたカトリック的信仰生活とこの神父さまが自他共に実践していることにあまりにもギャップがありすぎて付いていけなかったけれど、そんな伝統を軽んじるこの神父さまが聖櫃に向かって挨拶する時の所作の美しさ、典礼準備のために集った若者たちの前で聖書朗読と解釈について指導する際の眼光の鋭さなど我が脳に焼き付いてしまい忘れることができない。幼い頃から身にしみこませた習慣や所作を成人してから選り好んだ思想で自分から消し去ることはできなかったのだと思う。

1968年に絡む思想について天においての真贋やら善悪は私にはまったくわからないし、まさに天に委ねるべきことだろう。何から何まで思考の一致がないのは親子関係でも同じこと。日本から離れて住む私には両親とほぼ同世代のこの神父さまが「私のパパ」でもあった。なんか理由はないけどそう決めていた。今の私にとってこの神父さまがこの新天地で一番最初に異教の名前である私の名前をしっかり覚えてくださったこと、一昨年のノエルの準備に参加してくれたアフリカ系移民の母息子がおり、その息子の名前がクリスタムール Christ-Amour (=キリスト-愛)と聞くなり二人で目を合わせて感動を分かち合ったこと(私は内心、学校でいじめに合わないか心配になった)、いつも笑顔で私のほっぺに優しくビズしてくださったこと、・・・そういうことばかり思い出しては感謝するばかりだ。お葬式には行けなかったけれど墓参できただけでも良かった。メソメソしている私にココんちの仏蘭西びと♂は、今は天国で私の母がこの神父さまに最初に祈りを捧げてくれたことや私に優しくしてくださったことに礼を述べているよ、と慰めてくれる。それが本当だといいな。だけど、まだ私の心のどこかでは一年前に母を祈りで見送ってくださった方が土の下というのはどこか割り切れないままでいる。

母は24という数字がつく日に亡くなり、カトリックの典礼暦だと24の付く日は重要な祭日であることが多い。一周忌にあたる今年の2月24日は偶然にも仏蘭西ではMardi Gras マルディグラ(=脂の火曜日)という日で世界中のカトリックが復活祭の準備のための節制に入る日(Cendres、=灰の水曜日)の前日だ。今ではハロウヰンというエイメリカのお祭り騒ぎに圧されてしまったけれど、本当ならこのマルディグラに仏蘭西のお子たちはお菓子をもらうために町内を仮想して練り歩くのだ。もし母が生きていたら、かわいい子供たちのためにたくさんのお菓子を準備したことだろう。私の友達が実家に遊びに来るたびに、帰り際に大きな紙袋を渡して「ほら、広げて」とジェスチャーしつつ、その袋の中にたくさんお菓子や果物を入れて楽しそうだった母を思い出す。今朝、父からの電話で一周忌を前にいただいたものをお仏壇に捧げたという話をもらった。もう母は永遠にお腹の空くことのないどこかにいるはずなのに。


ちょっとだけ、センチ。


le 22 février 2009, Isabelle

ココらへんは冬休みに入りました。春は近い。
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by ma_cocotte | 2009-02-22 18:13 | 『?』なたわ言 | Comments(15)
出て行け、ウヰリアムソン君! Partez! ....Non! Quittez, Mgr. Wiiliamson!
「出て来い!ウヰリアムソン君」が出て来ないまま、2日後に「破門解除一か月記念日」を控えていた2009年2月19日、アルゼンチン政府 からアルゼンチンはラ・ラハ La Reja におぢゃるFSSPX (La Fraternité Sacerdotale Saint Pie X、=聖ピオ十世会)の修道院に隠れたつもりだったリシャール・ウヰリアムソン Richard Williamson 君に
強制国外退去命令
が出てしまいましたね。ただし、政府の温情で出国まで10日間の猶予あり。

L'Argentine somme l'évêque négationniste Williamson de quitter le pays

BUENOS AIRES (AFP) — L'Argentine a donné jeudi dix jours à l'évêque britannique Richard Williamson pour quitter le pays, soulignant que ses thèses négationnistes "heurtaient profondément la société argentine, le peuple juif et l'humanité".

"Le ministre de l'Intérieur Florencio Randazzo a annoncé aujourd'hui que la Direction nationale des Migrations sommait Richard Williamson de quitter impérativement le pays dans un délai de dix jours sous peine d'être expulsé", a annoncé le ministère dans un communiqué.
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Séminaire Nuestra Senora Corredentora, résidence de Mgr Richard Williamson
à La Reja, en Argentine, le 28 janvier 2009

La levée de l'excommunication par Benoît XVI de Mgr Williamson et de trois autres évêques intégristes le 24 janvier a suscité un tollé et déclenché une crise qui a compromis les relations du Vatican avec le judaïsme et brouillé l'image du pape.
Deux jours avant le décret pontifical, Richard Williamson avait déclaré à une télévision suédoise: "Je crois qu'il n'y a pas eu de chambres à gaz (...) Je pense que 200.000 à 300.000 Juifs ont péri dans les camps de concentration mais pas un seul dans les chambres à gaz".
L'Argentine, où l'évêque négationniste réside depuis 2003, a justifié sa décision en précisant que ses papiers n'étaient pas en règle.
La Direction argentine des Migrations a fait valoir "que l'évêque a falsifié à plusieurs reprises la véritable raison de sa résidence dans ce pays, puisqu'il déclarait être employé de l'Association civile +La Tradition+, alors qu'il était prêtre et directeur du séminaire lefebvriste que la Fraternité Saint Pie X possède dans la localité de Moreno", à 40 km de Buenos Aires, précise le communiqué.
Le ministère de l'Intérieur a rappelé, ensuite, que "l'évêque Williamson est devenu connu après avoir fait des déclarations antisémites à un média suédois, dans lesquelles il a mis en doute l'Holocauste dont a été victime le peuple juif".
"Pour ces raisons, qui s'ajoutent à la ferme condamnation du gouvernement argentin de positions qui heurtent profondément la société argentine, le peuple juif et l'humanité entière, prétendant nier une vérité historique, le gouvernement décide (...) de sommer l'évêque lefebvriste de quitter le pays ou de se soumettre à l'expulsion", toujours selon le texte.
Le secrétaire au Culte, Guillermo Oliveri, a précisé que l'évêque "pouvait évidemment faire appel" de cette décision administrative. Mais il a été on ne peut plus clair en déclarant à l'AFP que "le gouvernement a décidé qu'il ne doit plus résider dans le pays".
La communauté juive d'Argentine, la plus importante en Amérique Latine, a "salué" la décision du gouvernement.
"Nous estimons juste de le déclarer +persona non grata+ et d'aller jusqu'à l'expulsion", a déclaré le président de la Délégation d'associations israélites, Aldo Donzis.
Le secrétaire général de l'AMIA, la mutuelle juive, a dit que les déclarations de Williamson "portaient atteinte à la paix sociale dont a tant besoin ce pays".
Une plainte devant la justice fédérale argentine pour apologie du négationnisme avait été déposée le 10 février à l'encontre de Williamson par le responsable de l'édition argentine du magazine américain Newsweek.
Mgr Williamson, 68 ans, devait également répondre à l'Institut national contre la discrimination (INADI) qui lui a officiellement demandé "d'infirmer ou de confirmer ses propos".


cf.
http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5jVaNOoUoqCtyoky_V5zoRi5UNSdQ




なーんだ、ウヰリアムソン君は亜爾然丁(アルゼンチン)という名の天岩戸の向こうに隠れていたんだねー。ラ・ラハという町はアルゼンチンの首都ブエノスアイレスから40kmほどのところにあるそうだ。
上の記事の中で注目すべきはグィレルモ・オリヴェリ Guillermo Oliveri 宗教担当大臣が"政府はウヰリアムソン師をこの国に二度と寄生することはないと決意した。 le gouvernement a décidé qu'il ne doit plus résider dans le pays". と述べていること、そしてラテン・アメリカ国内で最も重んじられているアルゼンチンのユダヤ世界が政府のこの決断を歓迎していること、などですね。過去は兎も角、きょうび21世紀のアルゼンチンは自らがヴァチカンと共にあり、アルゼンチンにおけるユダヤんを含む戦後に作られた共存社会の完成を戦後65年目(欧州の終戦は1944年)にしてこのウヰリアムソン師国外退去命令という公式声明を世界に向けて発表したことで宣言したようなもんです。ユダヤ系互助組合の長上さんも政府のこの決断が社会平和 la paix sociale につながると歓迎の上に箔を塗ったりしています。社会っつぅのはきょうび宗教の枠の外、宗教をもコーティングしているものですね。FSSPX 思想はこの逆でFSSPX 思想が社会を包括することにあります。カトリックを国教とする政教一致を世界に広げよう!なのです。そりゃ、理想なんですが、方法を間違えると彼らが蔑視している異教の原理主義者となんら変わらないわけで、ウヰリアムソン君だけでなくFSSPX が世界中の極右とお手手をつないでいる点についてつっつかれるのも時間の問題・・・というか、水面下では既に調査が始まってますよね。なんせ、ヴァチカンに挑戦状を叩きつけたようなもんなんだから。

そんなわけで、ウヰリアムソン君がアルゼンチンにいられるのも残り9日となりました。
既にスイス、フランス、カナダなど各国カトリック司教団がそれぞれこの件についての見解を公式発表していますし、もし独逸に行けば即刻逮捕級の発言をしたウヰリアムソン君であります。そして、国際人種差別委員会からウヰリアムソン師に具体的に
自持論の立証をするか、
(立証できないなら)否定するかはっきりしろぃっっ!
と、喧嘩売られてますし。こうなると、
「出て来い!ウヰリアムソン君」はこれからどこに出て行くンだろう?
ウヰリアムソン君が出国できる先は母国の大英帝國か、ヴァチカンから眺めると宣教国でしょうか?だとすると、アジアまたはアフリカ諸国でしょうか?宗教に甘くて優しいアジアかなあ。日本國だったりして。これはスーパーひとしくんを出そうか出すまいか悩むところだな。みんなたちの推測はいかがなもんでしょ?
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It's my turn?


おあとよろしいようで。

le 20 février 2009, Aimée


今朝一番の国営放送ニュウス http://jt.france2.fr/8h/ がきっかけでのエントリーでした。とりあえず~♪
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by ma_cocotte | 2009-02-20 17:08 | 破門→波紋→和解→破壊 | Comments(51)
それが桜の花ならば期間限定は正しくもある。
先日見つけた洗剤。
日本 Japon という文字だけに惹かれて買ってしまいました。
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Fleur de Cerisier du Japon  日本の櫻の花


春先の期間限定 édition limitée で「日本の桜の花の香り」の洗剤を出すとは。
ラベルを見ると梅やら木瓜の花に見えなくもありませんが、下方の蕾は確かに桜だな。

先ほどこの洗剤で床掃除をしましたが、香りは・・・・?¢( ・_・) ハテ? どこが日本?

あの懐かしい梅味のチューインガム(← という文字表現をあえて選びたい)の香り、はたまたシセイドーのドリュックスよりカネボウっぽい残り香を思い起こすとでも申しましょうか。
ああ、そうだ
昭 和 っぽい。
お化粧している母を背後から眺め、母を送ってひとりでお留守番している時に、こっそり母の三面鏡のひきだしを引っ張った途端、鼻に入ってきた独特なお粉と口紅の脂臭さが混じったあの匂いに近いかもしれません。

さーくら、さあくら・・・・桜と言えヴぁ、桜餅ぃ、長命寺ぃ、宝来屋ぁ、榮太郎、ううううん。この洗剤の香りをいくら深く吸い込んでも、桜餅の葉っぱや縁起物の桜茶の香りとは結びつきませんでした。

そもそも桜の花の香りを私は丁寧に嗅いだことがありません。あの桜餅の香りは桜の香り?
学校には桜並木があったのに、飯田橋から赤坂離宮まで桜を愛でつつ何度も歩いたのに、桜の開花と聞けば青山墓地の坂をぶっ飛ばしたのに、毎日のように朝な夕な靖國の下段も抜けたのに、日本酒とゴミの臭いで消されていたのかあっっ!? そゆこと(` ´)b
あの頃の私には桜の季節が当たり前すぎて、日本固有の美しい四季を味わうことを軽んじていました。今になって愚かな自分に気付かされる我が境遇、でお・ぐらしあす。

昭和の香り、母の香り、「香り」で思い出しましたが、舶来とは言えゲラン Guerlain 社のミツコ Mitsouko の香りは日本國を思い浮かべられませんか。香りの余韻に粉おしろいのような香り、香をためた和紙のような残り香を私は感じます。和装にも合います。

あと一週間ほどで母が一人旅に出て一年になりますが、母は Chanel N°19 を愛用していました。Chanel N°5 より若さを感じる香りだと思います。Mitsouko, Chanel N°5, Chanel N°19 などなど、私にとっては「大人の女性の香り」でもあります。ああ、小学校の授業参観の日になると校舎内にこれらの香水と洋モクの煙の匂いが混ざった臭いが蔓延していたっけ。クラクラクラ~。「くっせー!」という男子の甲高い声。廊下で雑談する親たちのざわめき。懐かしい、懐かしい。「帰りにどこに寄るのかしら?グラタンとチョコレエトパフェにしよう!」とそればかり考えていました、授業前から。
今の私はいい加減年なのに、母がChanel N°19 を愛用し始めた年より上なのに、まだこの「大人の女性の香り」をまとうには何もかも追いついていません。この分だと追いつけないまま、シャワーソープの安っぽいニオイだけを携えて私も一人旅に出ることになりそうです。
だーめだ、こりゃあ。

le 16 février 2009, Julienne
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by ma_cocotte | 2009-02-16 21:24 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(16)
呆気なく、ブロークンはあと。
さっくりと甘酸っぱいハートです。
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さっくさくのサブレに生クリーム、イチゴに粉砂糖。実にシンプル。
こんなの、おうちで作れますね。なのに、買ってるま・ここっつぁん。この人、作れないから。
お店のマダムがおっしゃるには昨日と今日だけの特別出品だそう。
「正しい選択」とほめていただきました。
真ん中からざっくりと broken heart して、ペロッとごっくん。
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日曜日のお昼過ぎ、パン屋さんに寄るといつものお買い物にプラスαで何か買いたくなるものです。それがささやかな楽しみだったりもします。
2009年2月15日はお店に入るなりまずこれ ↓ が目に入ってしまいました。
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Brioche aux amandes
ブリオッシュオザマンド

ブリオッシュが余っていたンでしょうか。
久しぶりに見たので迷わず買いました。好物。
さっくり、しっとり、バタアがぢわぁああ。お砂糖がしゅわぁああ。

le 15 février 2009, Claude
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by ma_cocotte | 2009-02-15 23:06 | Thé ou Café? | Comments(6)