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ひとりで嫌いになれないのかしら。
先週から不可解な話の流れを電脳域で見ています。
事の発端は4月19日日曜日、神奈川県のカトリック教会に所属する方が東京都内の或る修道会管轄小教区教会(I 教会としよう)の主日ミサで聖体拝領時に聖体を口で受けようとして対面した司祭に拒まれたことを某SNS内のこの I 教会に関わるコミュニティにトピックスをたてて訴えたことです。すかさず30分未満でレスがつき、そこには司祭が聖体を口で受ける信者を断ることはできず信者は聖体を口で受ける権利が保障されており一司祭の裁定でこれを侵害することができないから、ただちに主任司祭に報告すべきだという勧めが書かれていました。

I 教会は私も知らないわけではない教会であり、学生時代は一週間のうち十日ほどココに入り浸り、昨年春は信者でもないのに主日ミサの中で私の母の名を読み上げて参列者のみなさま方に祈っていただきました。一方、主任司祭に報告を勧めた方は I 教会には関わりのない方であることも知っていました。なぜ I 教会のビジターである二人がこのSNS 内に存在するカトリック・コミュニティでトピックスを立てずにわざわざ I 教会にゆかりあるヒトが集うコミュニティに登録して討論を始めたのかも何だか不思議よね・・・

そんなことを思いつつ、この話題を静観しておりましたら、22日になって、トピックスをたてたご本人からこの神父さまにハンディキャップがあるため口に聖体を乗せるのを躊躇われたことが書かれました。それを私も読んだので これにて一件落着ぅうう かと思った私が甘かった。ヽ(`Д´)ノ マタかい? トピックスの最初で主任司祭に報告するように勧めた方が更に、口でいただくというのが単なる形式ではないことをスペイン人枢機卿のインタビュー記事を例に挙げて知らせ、その上、キリストが手による聖体拝領が各地で大規模に導入されたことに対し、大変に悲しみ苦しんでいる、と断言したのです。
なぜこの方にイエズスさまの感情がわかるのでしょう?
素朴な疑問です。口でのみの聖体拝領がカトリック教会で決まったのは16世紀だったかと思われますので、イエズスさまの帰天から1500年後のことを更に500年後の今、まるでイエズスさまの表情を直接見たかのように表現できるのはなぜでしょう?「悲しみ苦しんでいる」と聞くと、仏蘭西はアルプス山中のラ・サレットに現れた聖母を思い出しますが、イエズスさまもどこかで姿を現して嘆かれたのでしょうか?

ヴぃっくりはこれだけでなく、この論客さんは昨年夏のオーストラリアはシドニーで開催されたワールドユースデイのミサにおいても聖体は口にしか授けられず、手での拝領は禁止されていたと断言しているのです。¢( ・_・) そりゃ、ちがうでしょ? と蛍光灯の私の脳がめずらしく豆電球並みに反応し、KTO でビデオ・アーカイヴを検索してチェックしたら、教皇さまから直接、ご聖体をいただく場合は教皇さまの御前に跪き台が置かれるので、そこに跪き、口で聖体をいただきますが、他の司祭からいただく場合は直立に起立し、手で拝領することもでき、それはしっかりシドニーだけでなく来仏時も訪米時もアフリカ訪問時でもヴァチカンでも同様にそれぞれの記録ビデオ内で認めることができました。どこが禁止なんでしょう?何を証拠に禁止と断言できるのでしょう?不思議です。

時が流れるのは早いもので19日から7日が過ぎ26日、この I 教会であげられたミサの中で、19日に口に聖体を置かれるのを躊躇われた神父さまから聖体拝領前に「私は、口による聖体拝領は全く問題ないと考えている」とまず冒頭で述べられ、ご聖体を誤って床に落としてしまう危険と豚インフルエンザなど疾病の感染についてお話があったそうです。この I 教会コミュニティの 管理者 が偶然にも該当司祭の司式ミサにあずかり、神父さま方がおっしゃったことをコメント欄に掲載したことでこのトピックスは今のところ沈静しています。

そして今、私の耳や目に入ってしまったことはこの件が別の電脳域でも騒がれ同時進行だったということ。毎度書きますが、無知なら罪にならないけれど、知ってしまったからにゃあ、今回の場合は思いやりと臨機応変で各自が動くのが I am Catholic ありましょう。どんなTPOでも 絶対跪いて口で聖体拝領 なんて誰が決めたのでしょう?聖書にそんなシーンはありませんし、教皇B16でさえ「絶対何が何でもそうせよ」と聖俗を威圧したことなんてありません。それをまるで教会や教皇がそうシモジモに強いているかのような話に変わるのは日本國が島国だからでしょうか?十年前なら通じる伝説も今は教皇庁でさえYouTube専門チャンネル http://www.youtube.com/vaticanit を持つくらいですから事実確認は簡単にできます。
それに、I 教会に異議があるなら教会籍を移動してから段取り踏んで改善に努めたらどうなんでしょう?東京はじめ首都圏は教会を選ぶ余裕があるほど存在するのですから、ご自分の希望どおりの教会におみ足運ばれるのがよろしいのでは、と思います。私ならそうします。と書いたところで自分の思い通りの教会なんて世界のどこにあるのでしょう?

で、偶然の一致だと思いますけれど、今週に入って I 教会を管轄する或る修道会(J 会としよう)についての批判が電脳域でいっそう過激になっており、これもまた驚き。電脳域でつとに有名な関東在住の「立派なカトリック信者さま」が関西にお住まいの J 会所属の修道司祭(M 師としよう)についての批判を述べてらっしゃいました http://6019.teacup.com/sdyosefu/bbs/3133。4月28日付でこの方は以下のようなことを電脳上でおっしゃってます。3月の教皇さまのアフリカ訪問時におけるコンドームという語を用いての諸発言について、J 会のM 師が真っ向から反対意見を述べた、と。まあ、ここまでは私もM 師のブログを愛読しておりますので察しが付きますが、そこから先、お目目が @ @ きよっさんになるほどぶったまげました。こうあった。щ(゚Д゚)щ
教皇は、コンドームではエイズを防げないとおっしゃっています。
「純潔教育が必要である」とおっしゃっているのです。
( ̄□ ̄;)エエエエエエエエエ、いつ? どこで?
んなこと、教皇さまは一度もおっしゃっていませんぐゎ。それになぜこの方は
教皇さまが「純潔教育が必要である」とおっしゃっているのです
と、断言できるのです??????
教皇さまは毎度、いつでもどこでも、ヒトが生きていく上において何事にも「愛を忘れてはならない」とおっしゃっているのは誰もが知っていることですけれど、純潔教育ぅ、なにそれ? B16に限らず歴代教皇さまはもちろん、カトリックでは「愛のない性的関係はいけません」という根本があり、M 師だってその点を否定してはいないでしょう。「そこに愛がある」なら、もし子供が結婚より先にできたとしても教会はそれなりに厳しくも愛をもって導いてくれることをご存知の方は多いはずなんですが。逆に「そこに愛がない」から世知辛い社会で諸問題が勃発するというのはカトリックが常に要理でも結婚準備講座でもカトリック系中高の授業でも語っていることです。で、純潔教育って何?そもそも、このアフリカ訪問時の機内での教皇発言 についてはエイズ問題に取り組んでいるカトリック世俗団体 Sant'Egidio サンテジディオ が教皇さまに直にご意見申し上げたことについて教皇さまが賛同の上、代弁していることは教皇さまのご発言全文を見れば明らかですし、アフリカには以前として部族遊牧民がほうぼうにおり、彼らに必ずしも結婚の概念がないことから カトリック宣教にあたって「愛」を教えることだけでもエイズ罹患率が下がっている 事実もあるって私も以前、地元司祭から教えていただいた話を含めて書いたことがあるのですが。「アフリカの人々は教皇さまが言わんとしていることを理解しているのに、欧米人が理解できないと大騒ぎしているのは別の理由があるからだ」と 仏蘭西の一部の識者が指摘していること、私は頷けたりします。アフリカの人々のひとりでも多くが「愛」と「結婚」を知り、愛する人と幸せな家庭を作り、各家庭の平和がつながりますように。

とっころで、きょうび「純潔教育」という言葉ですけれど、調べてみたところカトリックではなく他の某宗教団体で好んで用いられているようです。URLをココには貼りませんが、「純潔教育 カトリック」で検索したら、上のコメントとほぼ同じ意見文を掲載したブログを発見しました。欧州某所のUN記者室から発信しているんですと。そのリンク先が・・・_| ̄|○ やっぱりそうだったのか。私には書けません。

これでは J 会や M 師に異論を唱えるというより、ひとり勝手にカトリックの外のあらぬ方向に飛んで行ってしまっていると言うか、J 会を嫌うにしても、I 教会に不満があるにしても、M 師が気に食わないにしても、おひとりでその感情を昇華することができないのでしょうか?仲間を集めて一緒に同じターゲットを嫌いになりたいのでしょうか?それとも仲間を集めて共にあらぬ方向に向かわれるが真の目的でしょうか?
気をつけましょう、主の平和のうちに
どうか無知による単語の誤使用でありますように。

le 29 avril 2009, Catherine de Sienne
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by ma_cocotte | 2009-04-29 02:59 | 『?』なKTOりっくん | Comments(168)
今 が お 買 い 得 。。。カモシレナイ。
いちおう仏蘭西共和国では年二回、夏冬のバーゲン(仏蘭西語で言うところの Soldes ソルド)の日程が政府によって厳密に決まっていることをこれまで何度かココで述べた記憶があります。ところが、昨年7月の経済に関する法改正 La loi de modernisation de l'économie en juillet 2008 により、各商店が一年のうち2週間だけ自由にバーゲンを行うことができるようになり、どうやら先週から今週にかけて数日間(必ずしも2週間ではない)、バーゲンを開催している店舗が共和国内の其処此処彼処にあるようです。仏蘭西国内に在住のヒトならばダイレクトメールやチラシまたはメールでソルドの案内を受け取ったことでしょう。私も数店から受け取りました。J'y vais.

偶然にも日本國は黄金週間に突入ですので、もし仏蘭西にいらっしゃり、お目当てのお店の店頭に Soldes と掲げられていたら、らっきぃ、ぼんぬ・しゃんす Bonne chance!です。良いお品を手に入れることができますように。

Bonnes vacances à vous!

le 29 avril 2009, Catherine de Sienne

ちなみに、今年の夏のバーゲンは6月24日午前8時から7月28日の閉店まで、です。一部、コルシカ島の二県が7月8日からバーゲン解禁となります(海外県も別日程)。
cf. Dates des soldes été 2009 par département
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by ma_cocotte | 2009-04-29 02:49 | 『?』な、お!?仏蘭西 | Comments(2)
聖 徳 太 子 の 壱 万 円 札
新しいテレビがココんちに来たので、少しずつココんちにあるDVDをおさらいしています。きょうは天気も悪く、うすら寒いので映画鑑賞にはもってこいの日となり、先ほど「続・三丁目の夕日」を観ました。東京タワーができてまもなくの東京、おそらく東京タワーの位置と大きさからして港区の愛宕山あたりが舞台で、私が知らない私の両親の青春時代を連想しつつ、この映画を楽しむことにしています。
映画が始まって10分ほどしたところで、画面に大きく、聖徳太子のピン札が50枚、いえ、帯でとじられたままの壱万円の新券が出てきました。
それを見た途端、一年少し前、私の実家で母の遺品を整理している時に、母の箪笥のひきだしからしっかりとしぼりの和布にくるまれた硬い板に挟まれた聖徳太子の壱万円札、伊藤博文の千円札のピン札(新券)が数枚出て来たことを思い出しました。けど、それをどこにしまったのか思い出せなくて、頭を抱える”神山悟”状態になっている私。

なぜ聖徳太子や伊藤博文の古いお札が新しいまま出て来たのか。調べてみるとこれら紙幣は1984年以前のものです。久しぶりに見た旧紙幣が大きく見えたこと。

遺品を片付けているうちに薄黒く汚れた指先で触れることが躊躇われるほどきれいな旧紙幣でしたが、そういえば母が生前、いつ何が起こるかわからないので新券は必ず数枚家に置いておくように、と私に教えてくれたことを思い出しました。ご慶事についてですね。母はもういないのに、偶然にも箪笥のひきだしから出て来たピン札で内助の功というか日本女性の日常における細やかな心がけのようなものを思い出させられ、そういう習慣を忘れていた自分が恥ずかしくなりました。誰もいない母の寝室で情けなさにうなだれていたら、母がそっと私の肩に手を乗せてくれたような気もしましたが。

仏蘭西という国は日本國とは紙の価値も違えば、お金の扱い方も違います。これだけクレジット・カードやカルトブルー Carte Bleue、=クレジットカードのようなものだけれど暗証番号を打ったとほぼ同時に引き落としになるカードが浸透してもまだ小切手の習慣がしっかり残っており、日本のようなお年玉でもお札ではなく小切手であることもあります。紙も日本より貴重品ということもあるし、日本人はじめとする東アジア人が持つ独特の「かわいい」という感性が仏蘭西びとにはあまりないため、見た目が愛らしく美しいポチ袋のようなものも見つけることが難しく、簡単に手に入るものでもありません。冠婚葬祭も上流階級ならば兎も角、仏蘭西の庶民においてはどんどん簡略しており、特に葬儀における喪服の習慣はなきに等しいです。そんな環境に長くいると、自分は生きているから新しいことを吸収するかわりに先に覚えたことを忘れてしまいがちになり、時にうっかり日本女性としての善き習慣を脳内ハードディスクのゴミ箱に入れてしまっています。昨年の春、偶然、見つけた聖徳太子の新券でがさつな自分を恥じ入ったにも関わらず、それから一年再び忘れかけたところでこうして映画を観て同じことを思い起こし、また反省。そしてまたすぐに忘れてしまうのかしら?老いていく自分自身との付き合いもハードであります。

le 27 avril 2009, Zita

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昨年春の帰省時に、実家から持ち帰った地元新聞販売所が一昨年末に配ったカレンダー。暦としてのお役目終了後、もし日本國にいたならゴミ箱に捨ててしまっただろうけれど、カレンダーの真ん中に印刷された切り絵が描く日本の情景を捨てるには惜しく、額縁屋さんに持参し、額縁棒を選んで、額に入れてもらいました。夏祭りの絵は私が幼い頃、大叔母に浴衣を着せてもらい、祖母と一緒に行った観音さまの盆踊りを思い出します。他の絵は母の幼い頃を重ねています。昭和9年生まれの母は洋装で学校に通っていたので、この絵は大正時代あたりの光景なのかしらん?
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by ma_cocotte | 2009-04-27 23:50 | 『?』なたわ言 | Comments(9)
マルちゃん、見っけ。
こんなところにいらしたのね?
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             ついでに、ボスコ丼もめっけ、と缶を踏むぅ。 ↑ 

きょうの朝、カレンダーを見たら、きょうの聖人は Marc とありました。
フランス語で Marc と書く聖人は誰かと申しますと 聖マルコ福音記者 です。

カレンダーやら天気予報で「きょうの聖人」がマルコと知り、マルコについて調べたら、ペトロからの受洗やら、聖バルナバの従兄弟ということやら、ペトロから洗礼を受けたにも関わらずパウロと共に旅に出たことや、アレクサンドリアの初代司教だったことなど知ることができました。きょうも、一知る喜び。Deo Gratias!

ところで、四福音を記した四聖人はそれぞれ象徴を持ちますが、マルコ獅子
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仏蘭西のど田舎 ↑ でも、羅馬の旧市街 ↓ でも、
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いつでも、どこでも、マルコは獅子と一緒。

とは言え、南仏に住んでいた頃、机を挟んでローマびと修道女と旧約のエゼキエル書を勉強した時に四福音に関わる四聖人の象徴、すなわち、マルコ:獅子、マテオ:人(天使)、ルカ:雄牛、ヨハネ:鷲について教えてもいただきました。ところが、南仏の教会では外見でも、聖堂内美術でもこの二者を関連付けしたものをあまり見ることがありませんでした。が、所変われば聖堂建築や美術の伝承も違うようで、仏蘭西中西部の教会聖堂ではこの二者を表現したものを多々見ます。世界は広いな、大きいな、ですけれど、
カトリックは世界で 一(いつ)
なんぢゃ。「平和と一致」、まずは自分が平和となり、家族や友と一致すれば、それがつながり、世界中のみんなが平和になれる日が来る? 来ます。

le 25 avril 2009, Marc
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by ma_cocotte | 2009-04-25 17:44 | 『?』なKTOりっくん | Comments(0)
「あったこと」を「なかったこと」にしたくなる気をなぜ持つのだらふ。
昨日の夜のニュウスでトップニュウスではありませんでしたが、かつて19世紀終わりから20世紀はじめにトルコ國内であったアルメニア人虐殺 Génocide arménien について共和国内各地で行われた追悼行事の様子が流れました。
当時、トルコ国内に住んでいたキリスト教を信仰するアルメニア人の虐殺が始まったことで、トルコ国内に住めなくなったアルメニア人を最も多く引き取ったのがフランスであり、今ではアルメニア人の苗字の特徴でもある語尾に-an の付くアルメニア系仏蘭西びとは生めよ、増えよ、仏蘭西に満てた、なんであります。

ところが、トルコ政府はこの虐殺がまったくなかったという主張をまったく変えておらず、国際政治上では1991年以降、トルコとアルメニアは冷戦状態のまま現在に至っています。

今年に入って欧州に不穏をもたらしたのは例のヴァチカンから破門を解かれるなり明らかになったFSSPX 会員であるリシャール・ウヰリアムソン師の「ユダヤ人迫害においてガス室は存在しなかった」発言でしたが、欧州においてはナチスだけでなく、他にも今に生きる人々による「あったこと」を「なかったこと」にする問題がゴロゴロ転がっています。

仏蘭西国内に限定し、この手の問題を隠されているところから引きずり出してみますと、仏蘭西大革命後、革命政府によるカトリック王党派の虐殺 がまずあげられるでしょうか。ココんちあたりにはご先祖さまがどうも犠牲になっているらしい子孫さんがゴロゴロいます。なぜ「ご先祖さまがどうも犠牲になっているらしい」という表現を用いるかというと、革命 政府がリストを焚書しちゃって跡形もないから。で、なぜ革命政府の革命が小文字なのかというとそういうことだから、です。今も仏蘭西では革命政府による虐殺について タブー という言葉を用いても差し支えない現状だからです。世界史上初の民主革命の汚点を認めたくないから、知らん振りし続けています。頑張れ、遺族子孫。
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ここ ↑ はヴァンデ Vendée 県はマイユゼ Maillezais にある聖ペトロ司教座聖堂の址です。なぜこんな廃墟になっているかと言うと、革命以降、迫害を受けたカトリック聖職者や修道者が建物の石を売って食いつないだそうです。革命政府は彼らに還俗、蟄居を命じたことでこんなこともあったし、この司教座も稀な前例だと思いますが、リュソン Luçon 教区に吸収合併されました。そう、かの リシュリュウ卿が着座した教区 です。カトリックの側から眺めれば、大革命後に革命政府の命令を拒んだことで革命政府に天国に送られた聖俗信者の中にはヴァチカンが列福された方々もおります。

それにしても「あったこと」は「あった」のではないでしょうか。

生き証人がいたり、子々孫々に語り継がれたことで認められる事実を、まったく関わりもなく現場にもいなかった第三者が「まったく否定する」場合、それなりの具体的証明が必要でしょう。にもかかわらず、「あったこと」を「まったくなかったこと」と変えられるのは何らかの願望がそれを主張する個人や団体の脳だか心にあるのかもしれません。

トルコさんには認められない何らかの理由が根底にあるんだよね。
でも、言の葉を公に飛ばさないだけ。
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これ ↑ はよくできた典礼書。ラテン語で書かれているけれど、舞台の小道具に過ぎません。「なくしたもの」を蘇らせただけ。廃墟となったマイユゼの司教座聖堂は県の遺産として今はちょっとしたレクリエーション施設となり、夏のヴァカンスの間は敷地内数箇所を自分の足で廻りつつ、寸劇を見たり参加したりしながら歴史を学べるようになっています。みんなたちもぜひ。http://abbayes.vendee.fr/

le 25 avril 2009, Marc
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by ma_cocotte | 2009-04-25 16:41 | 『?』なオイロッパ | Comments(0)
イ ツ モ 、ア ナ タ ヲ 、ミ テ イ マ ス 。
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ワ タ シ モ 、

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ワ タ シ ノ 母 モ 、 

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ワ タ シ ノ 父 も 、

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ワ タ シ モ 、

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ワ タ シ モ 。


そして、天使も。
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だ か ら 、ボ ク は、コ コ で、 ア ナ タ を、待 っ て る 。

そこから先、手をつないだボクたちは「ワタシ」が待つさらなる天空に行くンだよ。
光になって、高く、たかーく。


======十======

上の写真はすべてイタリアはローマ市内の教会や聖堂のドームです。
ローマで撮った写真をおさらいし、ドームの写真を集めたら、ショートストーリーができちゃった。そんなお話が作れるのも、建築物が与えた空間に信仰を乗せて表現した遺産があるからこそ。聖堂に足を踏み入れて「きれい」「美しい」という最初の印象から先は広く眺めるもよし、更に深く何かを読み取れたならば、
Deo gratias 神に感謝
ああ、こうして並べるとどの聖堂ドームも美しいこと。天空に描かれたものに見守られ、彼らから天に誘われる(いざなわれる)錯覚を覚えるのも、母の胎にいるかのように包み込まれての安心を感じられるのも、無味無色の窓からさす自然光が温かく、その温かみさえ神からの私たちへの贈り物と悟れます。美しい地球に生命をもらえたことに感謝して、本当に天に戻る日まで生き抜こうではあーりませんか。

一方、仏蘭西の教会聖堂にはドームと言っても中世以降、四半円ドームの天井が多く、ローマのような半円ドームの空間を持つ教会聖堂にはあまり(私は)出会っていません。仏蘭西の場合、丸い天井からの語りかけはないけれど前後左右からステンドグラスに描かれた諸聖人の視線を感じるとでも申しましょうか。彼ら諸聖人の視線は時に厳しくもあり、そのまま告解室へ・・・というのは1968年以前の仏蘭西の其処此処彼処で見かけられた日常だったのかも。

仏蘭西であれ、羅馬であれ、聖堂内の空間を思い切り使って信仰が表現されてはいるけれども、表現の形の違いはあっても、両者に共通するのは床かもしれません。意識せずに踏みつけている聖堂の床も、注意してみると聖人や司祭、世俗代表(=王侯)の墓石と気付いてドキリとすることはよくあることですが、床面に笑顔の天使も神さんもまずいません。地は善意の人が平和を作るためにあるけど、地面の下は知らんわ 全ての善意が塵に戻るためにある?

ローマで天井の美しさに漠然と感動し、蛍光灯脳を持つ私がそのドームの絵画からの語りかけに気付くまで数日かかり、今になって写真を撮り忘れた聖堂の数を数えては後悔ばかり
・・・してらんねーので、また、行くよーん
ベネデット、待ってろよーっ! なんであります。
ウワァァーーーー。゜(゜´Д`゜)゜。ーーーーン!!! 泣くな、ヴぁっきゃろー。
ベネさまをお見上げ申し上げられなかったのも、天からの思し召し。
ま・ここっとよ、甘えるな、また щ(゚Д゚)щ カッモ~ン と・・・天下の教皇さまが釣り餌にされたとしても、神さまの釣りに関われるなんてみんなが幸せ。と、独善発想の究極をゆく。のでした、まる

そんな、ココ ↓ はヴぁちかんのサン・ピエトロの主聖堂の祭壇から見上げた天空。
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初代教皇ペトロのお墓の上、教皇さまが司式される祭壇の真上にあり、お墓も祭壇もドームの形と窓から入る自然光を持って包み込まれているような錯覚を覚えますが、天蓋の頂点は遠い、本当に遠い。高すぎます。そっくり返ってこうして天を仰いだところで、威圧を覚えるのか、天に招かれていると思うのかも、各自の心の在り方次第なのかもしれません。ローマ教皇というカトリックの最長上である方ならば天は近いでしょうに、天は遠い。
今の教皇ベネディクト16世はしばしば「おそれるな」という言葉を用いられます。昨年9月に来仏された時は連日、教皇さまが「N'ayez pas peur おそれるな」を繰り返されたのでその後しばらく流行語のように良くも悪くも使われておりました。
ここで、「おそれるな。N'ayez pas peur」という言葉に触れますが、Peur プール というフランス語を日本語に訳すと「恐れ」であって「畏れ」ではありません。漢字と二種のかなを持つ日本語は便利であり不便であり、それゆえ時にヒトを介して都合よくあしらわれてしまう欠点があり、ひらがなで「おそれるな」と書けば、イントネーションも関東ならば同じで、その音を聞いた人々の思いのままに漢字変換すれば、「恐れるな」「畏れるな」「怖れるな」「懼れるな」と4つも表現でき、どれも意味が異なります。教皇さまはヒトとヒトとの間の誤解や困難について「恐れるな、怖れるな」と私たちにおっしゃっているけれど、その際、神さまといつも一緒だから「懼れるな(=心配するな)」と、ヒトが作り出した目に見えるもの、目に見えないものに怖じ気ている私たちを勇気付けてくださっています。でも、この世の目に見えるカトリックワールドで最長上にいらっしゃる教皇さまが毎週金曜日には告解をし、アンジェラスにしてもウルビ・エ・オルビにしてもバルコニーから私たちの前に姿を現す前に数十分に渡ってお祈りしてから窓辺に向かわれると漏れ伺ってしまうと、教皇さまは神のみを畏れ敬っているからこそ、世界に散らばる万の羊の長として続けてらっしゃるのだと気付かされます。

ところが、畏敬の念をヒトとヒトとの横の関係に置き換え、その互いの思いが強くなってしまうと、いつのまにか神と私の二者=縦の関係が薄れてしまい、横の関係に畏怖の念が生じたりしませんか?敬い畏れるのと、怖くて畏れるのはまったく違う心境です。

深いよね、かとりっくぅ。
たかが天井画で深い思考と祈りにいざなわれるのも、信仰そのものが描かれているからなのかも。

le 24 avril 2009, Fidèle ← 偶然にも Fidèle は「信仰に忠実な人」という意です。
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by ma_cocotte | 2009-04-24 18:59 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(7)
かつてそんなことがあったのですね。
現在、フランス時間で、2009年4月23日午前11時になるところ。
丁度一か月前のほぼ同じ時間、私はこんなところに行きました。
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ご存知の方はご存知の、あ!あそこ~?です。
ココは聖ピエトロ大聖堂向かって左、郵便局やらご不浄の先にある、がーぶちょんな関所 ↓
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の向こう、左に曲がって右に曲がった奥の左です。

ここの関所は「forbid(仏蘭西語でいうところの Interdit 絶対通行禁止」ではありませんから、決められた手続きで認可を求めれば、許可証が下りるので、それを提示すれば実行できるのです。以下、一例。「あがないの秘跡 Redemptionis Sacramentum 」から。
[104.] The communicant must not be permitted to intinct the host himself in the chalice, nor to receive the intincted host in the hand. As for the host to be used for the intinction, it should be made of valid matter, also consecrated; it is altogether forbidden to use non-consecrated bread or other matter.
[101.] In order for Holy Communion under both kinds to be administered to the lay members of Christ’s faithful, due consideration should be given to the circumstances, as judged first of all by the diocesan Bishop.
ま、何だな。
The communicant must not be permitted to
は上の関所のシステムと同じで、面倒くさくてもコツコツと手続きを踏んで、認可を求めて、何年かかったとしても 許可がおりれば実行できるけれど、
it is altogether forbidden to ~
こちら ↑ は手続きの方法の術が存在しません。問答無用の絶対禁止。「絶対」だから「神さましか許せない」のです。小学6年生の時、担任だったシスターが私たち児童に「この世で「絶対」という単語を用いることができるのは神さまだけです。ですから私たちは「絶対ゆるさない」など軽々しく口にしないように」と習ったことに感謝です。だって上の英文の微妙な違いがわかりますからして。Forbid という単語を用いて禁じているならば、そこは謙虚、従順な聖母を思い出しましょう、なのです。ま、納得行かないなら
as judged first of all by the diocesan Bishop
ファーストオブオールで教区長に判断を委ねる こってす。順番を間違えて本社や支社への直訴は上の掟を破ることになるぞえ。そもそもカトリックワールドにおかれましては神さましか許せないのだから、聖母にお取次ぎを願って自分の願い「絶対禁止の撤廃、いや、解除」を黙って地道に祈り続けるのが最善の早道・・・だと、あたしゃガッコで習ったね。適わないうちに天国に行けたらそれもしあわせってぇもんよ。

ヴァチカン市国の関所も手続きをして通行手形を頂戴したからこそ歩いて通過できます。全速力で駆け抜けても、よその門 ↓ からコソコソ侵入しようとしても、聖別済みの槍でドスっと突っつかれるだけ・・・(え?ならばやってみようかな・・・・おいおい。
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いや~、裏門って本当にいいですね。

開いてて良かった。
そこはかとなく労働の香りが漂う裏門の制服が好みだったりします。うふふ。

w(*゜д゜*)w あ、ついうっかり手が動き、英文をコピペしたことで話がズレましたが、元に戻って、関所の先の奥の奥。ココの玄関から先の撮影はそれこそ「絶対禁止」ですので、ここから先の写真はございません。
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それは残念!なほど、この玄関から先の世界は素晴らしいものでした。巡礼団に加えていただいたことで、この玄関左のサロンで所長(超ウルトラかっこいい)のお話を一時間も伺い、この玄関右のアトリエとモザイク石の収納庫を拝見することができました。七曲署のユーコ・アサノでいいですから雇っていただけたら、その場で地上天国です。お茶くみでもお掃除でもいいけれどモザイク職人さんになってみたーい。ゴーグルつけてたまねぎを刻むように石片を切ったり、砕いて板にペタペタするのです。窓のない倉庫にだってどっぷり浸れることがあたくしにはできてよ。ああ、なんてステキなの~。

で、ここで再び脱線。今、わたくしが
ココの玄関から先の撮影はそれこそ「絶対禁止」ですので、
ここから先の写真はございません。
と手を滑らせたばかりですが、このアトリエ内部の写真を掲載したブログがGoogle検索で引っかかります。そのブログのコメント欄に以下のようなコメントを発見。
April 3, 2009 at 12:50 pm
Paolo Di Buono
My name is Paolo Di Buono, I am the responsible of the Vatican Mosaic Studio.
I would like to understand why did you publish the photos of the Vatican Mosaic Studio without any authorization.
I hope to have soon an explanation by email.
Otherwise we will be obliged to begin a legal procedure in order to remove the photos.
Best regards.
へ?「ぱおろ・でぃ・ぶお~の」ってあの麗しのショチョさまではありませんか!それにしても、
あまりにナマナマしすぎる実例
あっりがとー、かみさま、あっりがとー
今月3日の書き込みですからして、ひぃ、ふぅ、みぃ、よ、いつ消去?
The Authoization、= 認可の申請をして許可をいただければ掲載が可能になる可能性があり、ショチョさんは「絶対ダメ」とはおっしゃっていないことも芳醇蔵出し味噌でございます。


え、、て~、元の話題に強制送還。
流暢なフランス語による所長からのお話は多岐に渡っており、脳みそツルツル凡女の私は「知る喜び」スパークリング。まずは教会美術史において、隣国とは言えイタリアとフランスの聖堂内装飾美術文化がまったく違うことが「知る喜び」でした。負け惜しみになりますが、所長さまから説明を伺ったことで「あら、ほんと」なほど明らかな二者の違いですが、フランスの教会美術はステンドグラスにあり、イタリアの教会美術はモザイクにあるという第一定義ですね。ですからイタリアの聖堂の窓はくぅもーりぃガラスを~、で、窓は無地で地味なのです。逆にフランスの聖堂は白壁が特長で、太陽の動きで陽光がステンドグラスを抜いて白壁に表現する色の芸術がすんばらしい(この条件に加えて抹香の煙が光の空間に立ち上るとあまりの美しさに感涙)。フランス国内でモザイクで圧倒されるのはリジューとルルドの大聖堂でしょうか。記憶が定かではありませんが、パリはモンマルトルのドーム天井もモザイクでしたっけ?フランスの聖堂内装飾の場合、色がついたところでモザイクではなく壁画が主流だと思います。まあ、古い教会建築であればあるほど窓が小さくなるということは大学の基礎課程の美術史でも学べ、確か窓が小さくなると柱が太くなるのです。今回の巡礼で教会訪問を始める前にローマにおけるキリスト教伝来前史遺跡を巡りましたが、イエズっさんのお誕生前からローマには既にモザイク文化がござったので、モザイクは元々は土着文化だけど、そこに信仰という目に見えない、量れない力が加わったことで美が開花し、発展し続けていることになります。

あー、止められないわぁ、この手の話。でも、止める。
・・・モザイクのネタはココではココまで(笑)。また別項でねちっこくしゃべりますので、みんなたち、いろいろいっそう深く教えてください。

次に所長から伺った話はモザイクとヴァチカンの関係。宗教というより国際政治や外交に関わる面です。このステュディオのパトロンはヴァチカン市国になりますので、国家元首である教皇さまが海外を訪問する際、訪問先の国家元首に贈られるのがこのアトリエで作られたモザイク画になります。φ(._.) ニャルホロ 訪問先がキリスト教国の場合、聖画をさしあげますが、例えば日本國のようなキリスト教以外の宗教の国や社会共産国を訪問する際には風景画をさしあげることが前提にあります。と、こ、ろ、が、一度だけ例外がありました。それはヨハネ・パウロ二世がキューバを訪問した際、事前に教皇さまにどのようなモザイクにするかプランを伺ったところ、キューバは共産主義国にも関わらず教皇さまが「聖母子画を持っていく」とおっしゃり、正教会のイコンのような、カトリックで例えるなら「絶えざる御助けの聖母」のようなイメージのモザイク画をキューバのカストロ氏の手に差し上げたのだそうです。「教皇さまはいったい何を思われたのでしょうかねぇ」「・・・さぁ?」という我らが会話のオチではありましたが、なんかショチョさまのこのお話が耳に入るなり目頭が熱くなってしまったというか、素直に感動しちゃった逸話でした。え?感動しませんか?感動しましょうよ。ゆえに、

....しんみりとこの項、閉幕ぅ。祈れ。ちゃう、祈りましょう。 Prions...

le 23 avril 2009, Georges
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by ma_cocotte | 2009-04-23 17:58 | 『巡礼』 Rien de spécial | Comments(15)
ううう、うっかり、
ついうっかり、できごころで、
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買ってしまつた、液晶ちーヴぃー。


そもそも、月曜の朝一番で嵐のDVDが届いたことで、夕暮れの東京を、燃え盛る聖火台の炎を、まるで私も国立競技場にいるがごとく見てみたくなったのよ。言い訳が苦しい。
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実のところは、買出しに行ったイーパーマルシェ Hypermarché でこのテレビが50ユーロ引きのプロモーションだったのです。数字に弱いのよ (" ̄д ̄) 意味が違いませんか? 店内には32インチで400ユーロを切った日本ブランドの商品もござったが、同じ32インチでもTNT =仏蘭西の衛星放送 内臓にしちゃったぞっと。日本國から見れば、時代遅れの代物かもしれませんが、あまりにも美しい画面に感動しまくらちよ。お宝、発見!のような喜びをかみ締めております。

これで、あすたまにゃーにゃで嵐をぢっくり、がーぶちょん。何、言ってんだか。

え?ホープ軒?

le 22 avril 2009, Alexandre
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by ma_cocotte | 2009-04-22 06:20 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(0)
ヂャウ・ハランバン夫人、今も、いつも、ヨレレのレ
早いもので、永遠の都ローマに行って、一か月が経ちました。
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まだ疲れがそこはかとなく残っていたりするのも、
ついこの間の出来事だったと思えるのも、
年齢と運動不足だけが原因でなく、
中身があまりにも濃すぎた六泊七日のローマの旅だったからでせう。

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ローマに着いて、最初に口にしたのは屋台のパニーニ。щ(゚Д゚)щ うまま。
久しぶりに使った伊太利亜語が通じてうれしかったっけ。

2009年3月21日、真冬のように寒い羅馬 ローマ の午後でした。

le 21 avril 2009, Anselme
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by ma_cocotte | 2009-04-21 22:35 | 『旅』 Rien de spécial | Comments(54)
こんなヒト、どうでもいいのよ、でもね、
耳に入ると胸がきゅぅううんと、ね?


先週、髪を切っている最中にお店のスピーカーから流れてきたカロジェロ Calogero の新曲 C' est dit セ・ディです。今度の曲でもやっぱり胸が切なくなるような、忘れていた胸きゅぅううんな情景が思い出されてしまうような世界に誘われます。
以下、どれ ↓ もBGMにお勧め。
Pomme C
La débacle des sentiments
Prendre racine
Tien an men
En Apesanteur
saut de l'ange
Si seulement je pouvais lui manquer
この頃やたらCalogero!と気になったところでわかったことは、
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この4月20日に新しいCD "L' Embellie" が発売されたばかりだったということ。
「CD全部揃えちゃ病」を発症しそうです。・・・( ̄□ ̄;)エ? 嵐?そろそろDVDが届きます。

カロジェロの歌はどれも日本びと好みのメロディーラインだと思います。シシリア人が先祖とそこはかとなくわかる Calogero の顔立ちも日本びと好みなのかもしれませんし、声の周波数も耳に心地よいのかも。あまり聴き過ぎ、切なくなって、胸をきゅううんと搾り過ぎますと...シャレになりませんわね。ほほほのほ。

le 20 avril 2009, Odette
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by ma_cocotte | 2009-04-20 05:56 | 『いいね。』 Chouette! | Comments(5)